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「憲法上の権利」の作法

1 :氏名黙秘:2009/07/25(土) 19:23:19 ID:???
小山剛

2 :氏名黙秘:2009/07/25(土) 19:27:35 ID:???
削除依頼出せカス

3 :氏名黙秘:2009/07/25(土) 19:28:37 ID:???
棟居先生が書評書かれてましたね

4 :氏名黙秘:2009/07/26(日) 01:52:34 ID:???
つーか憲法スレッドがあるんだから、そこを使えよな常考。
>>1は責任もって削除依頼出しとけ。

5 :氏名黙秘:2009/07/30(木) 13:46:54 ID:???
>>1
出版社乙。必死過ぎwwwwwww
せめて3段階審査スレッドくらいにしとけばよかったものを。

6 :氏名黙秘:2009/07/30(木) 14:35:52 ID:???
>>1
こいつ小山じゃね?

7 :氏名黙秘:2009/08/01(土) 23:42:58 ID:???
>>6
小山本人ならこんなこと書かない。慶漏生の仕業。

8 :氏名黙秘:2009/08/03(月) 00:09:41 ID:+jnt1lPZ
>>1じゃないけど、この本は、
単独スレがあってもいいくらいの良書だと思う。
別に法セミ、法教の連載(後者は終了)込みでもいいが…

9 :氏名黙秘:2009/08/03(月) 00:10:42 ID:???
>>8
こいつ小山じゃね?

10 :氏名黙秘:2009/08/03(月) 00:12:05 ID:C1TnReRU
小山センセって法セミで連載してたっけ?
定期的に読んでるけど宍戸憲法しか見覚えがない

11 :氏名黙秘:2009/08/21(金) 17:21:06 ID:Pju+7vh0
ケンサホage

12 :氏名黙秘:2009/09/10(木) 19:04:04 ID:???
今年は試験直前だったから手を出さなかったけど、来年のために読みます………

13 :氏名黙秘:2009/09/10(木) 19:07:47 ID:???
今年の問題ケンサホで書いたら時間足りなくない?

14 :氏名黙秘:2009/09/10(木) 19:17:43 ID:???
厚く書くとこと薄くかくとこ間違えなきゃいい話

15 :氏名黙秘:2009/09/22(火) 18:50:05 ID:???
ケンサホって、ちょっと難しくないか?
所詮ケーオーのアンポンタンの癖して。

16 :氏名黙秘:2009/09/22(火) 21:24:52 ID:CdLt1DcK
具体的にどの辺が難しいと思う?

17 :氏名黙秘:2009/09/23(水) 03:25:12 ID:???
>>16
こいつ小山じゃね?

18 :氏名黙秘:2009/09/25(金) 20:57:15 ID:???
コヤゴーのケーオーのアンポンタンが、まだちょーしこいて、削除依頼だしてねーな。ww

19 :氏名黙秘:2009/10/06(火) 13:47:13 ID:???
新司でカンニングした慶應法法卒 河井美奈 ノ処分の是非2
名前: 氏名黙秘
E-mail:
内容:
2007年度第二回新司法試験(福岡会場)の本番で、
あろうことか、スカートの中に択一六法を忍ばせる
というカンニングを決行し、慶應法法ヒララギゼミ卒の
河井美奈氏(九州大学ローススクール卒)は、
3年間の受験禁止処分を受けた。

一方、翌年2008年度本試験時に
縮小コピーした「民事訴訟法答案構成ノート」を持ち込み
カンニングが発覚した者は4年間の受験禁止処分を受けている。

この両者の1年の違いはどこからくるのか。
また、新司法試験の不正行為発覚に際しての処分はどれくらいが妥当なのか。
量刑を試験委員の恣意によって決められたらたまらないため
その妥当な処分の量刑相場を話し合うスレです。

法務省 司法試験法第10条に規定する受験禁止期間に関する処分基準について
http://www.moj.go.jp/SHIKEN/kinshi.pdf

平成21年1月28日から同年2月27日までの間,
行政手続法に基づく意見募集を行った結果ほか>>2

前スレ 新司をカンニングした慶應法法卒 河井美奈 への処分の件
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/shihou/1239186161/


20 :氏名黙秘:2009/10/06(火) 13:52:09 ID:???
【司法試験委員会会議第47回(平成20年7月25日)議事録】
(4) 平成20年新司法試験における不正受験者の取扱いについて(協議)
http://www.moj.go.jp/SHINGI/SHIHOU/080725.html

【平成19年度新司法試験委員会議事録】
(6) 平成19年新司法試験における不正受験者の取扱いについて(協議)
http://www.moj.go.jp/SHINGI/SHIHOU/070606-1.pdf

371 :氏名黙秘:2009/07/23(木) 01:58:39 ID:???
司法試験委員会会議(第54回)議事要旨・配布資料
http://www.moj.go.jp/SHINGI/SHIHOU/090330.html
司法試験委員会会議第54回(平成21年3月30日)
http://www.moj.go.jp/SHINGI/SHIHOU/090330-1.pdf

(2) 司法試験法第10条に規定する受験禁止期間に関する処分基準について(協議)
○ 事務局から,標記処分基準については,平成21年1月28日から同年2月27日までの間,
行政手続法に基づく意見募集を行った結果,寄せられた意見はなかった旨報告がなされた。
○ 協議の結果 従前の処分基準 平成16年8月2日司法試験委員会決定 を廃止し
今後実施される新・旧司法試験及び予備試験については,別紙の処分基準を適用することが決定された。

21 :氏名黙秘:2009/10/07(水) 01:49:09 ID:???
↑↑ミーナ 上げ↑↑

22 :氏名黙秘:2009/10/08(木) 20:40:52 ID:???
ヨビコーのロンショー主義に屈した男ww
コヤゴーww

23 :氏名黙秘:2009/10/08(木) 22:18:19 ID:sDmE1LVH
小山だけど、
みんな感想とかあったら書いていってよ

24 :氏名黙秘:2009/10/08(木) 22:43:35 ID:???
はいはい、漏洩漏洩

25 :氏名黙秘:2009/10/09(金) 11:46:19 ID:???
>>23
本物の小山の予感。

26 :氏名黙秘:2009/10/17(土) 05:23:53 ID:???
確かに良書だけど個別スレが立つほどのものではない。

27 :氏名黙秘:2009/10/18(日) 04:14:28 ID:???
内容はともかく、表紙のデザインかわいい。

28 :氏名黙秘:2009/10/26(月) 23:11:15 ID:???
勉強法スレから来たけど、あったんだ・・・しかしひどいことに

29 :氏名黙秘:2009/11/01(日) 17:22:39 ID:tqq0GkCt
学部生だが、三段階?で規範定立まで論証してくれないか?厚めで頼みます。



30 :氏名黙秘:2009/11/01(日) 17:25:18 ID:???
事例も示さずに規範定立とかアホか

31 :氏名黙秘:2009/11/01(日) 17:44:38 ID:tqq0GkCt
論証できるんじゃないの?

二重の基準みたいに

32 :氏名黙秘:2009/11/01(日) 18:19:18 ID:???
アホ丸出し

33 :氏名黙秘:2009/11/01(日) 22:05:27 ID:???
ageんな糞スレ

34 :氏名黙秘:2009/11/01(日) 22:44:32 ID:???
揚げ

35 :氏名黙秘:2009/11/03(火) 14:58:08 ID:???
小山の作法での判例整理法は、別に三段階審査論とか比例原則論で
なくても、米国の違憲審査基準論にも転用できそうなものといえる。

出題趣旨にも合致するようにするには、比例原則論はひとまず横に
置いておき、従来の議論に接続する方途を、これからは選択すべき
ではないだろうか。

36 :氏名黙秘:2009/11/03(火) 15:01:58 ID:???
驕れるものは久しからず、青柳もそろそろ辞め時だな

37 :氏名黙秘:2009/11/03(火) 15:28:09 ID:???
憲法の勉強法スレが面白すぎ

38 :氏名黙秘:2009/11/04(水) 09:28:19 ID:???
>>35

今までて、二重の基準つかった目的審査手段とかでもいいのか?

39 :氏名黙秘:2009/11/04(水) 10:35:03 ID:???
も・・・目的審査手段・・・?

40 :氏名黙秘:2009/11/04(水) 10:43:19 ID:???
錯誤無効にきまってるだろ、このカスタード。

41 :氏名黙秘:2009/11/07(土) 15:21:32 ID:???
三段階審査論においては、二重の基準を採用する必要はない。小山の
「作法」を読む限り、二重の基準は審査基準の定立・選択に際して、
必要な論拠たりえない、という匂いがプンプンしている。明示はして
ないけどね。

42 :氏名黙秘:2009/11/07(土) 15:28:36 ID:???
重要な利益を強力に規制するという厳格な基準と、事案の特殊性に
応じた審査密度の検討により、判断枠組みを設定するという考えの
ようだ。

43 :氏名黙秘:2009/11/26(木) 17:03:24 ID:pxRm4ihC
age

44 :氏名黙秘:2009/12/03(木) 22:22:25 ID:???
みんな持ってるよね。でも、俺は図書館のを借りっぱなしw

45 :氏名黙秘:2009/12/17(木) 13:49:43 ID:/XhApQbL
>41
二重の基準論は、論じる必要があるときはあるが、ないときはない。
だからあの禿は明示しない。

46 :氏名黙秘:2009/12/20(日) 00:49:10 ID:???
単なる従来の人権処理パターンと同じ内容の気がするんだが?

47 :氏名黙秘:2009/12/21(月) 12:57:34 ID:???
違うわけじゃないよね。
ただ、新試験で与えられる膨大な問題文をきれいに使えるように整理するためのもんだよね。

48 :氏名黙秘:2010/01/29(金) 08:05:25 ID:???
全体的に物足りないできになってるよな

49 :氏名黙秘:2010/02/25(木) 22:37:37 ID:???
>>48
って本人に言ったらぶったたかれたの巻

50 :氏名黙秘:2010/03/17(水) 01:56:51 ID:???
age

51 :氏名黙秘:2010/05/13(木) 13:57:57 ID:???
他人鈍ったたかれる


52 :氏名黙秘:2010/06/15(火) 14:10:53 ID:???
hh

53 :氏名黙秘:2010/06/29(火) 15:10:59 ID:???
良書

54 :氏名黙秘:2010/07/25(日) 02:01:10 ID:???
>>45
論じる必要など全くないでしょ

そもそもドイツじゃ表現の自由が格上なんて議論は一切ない。

55 :氏名黙秘:2010/08/22(日) 07:58:55 ID:???
>>54
いや、経済的自由権は原則として立法裁量を尊重するべきであるということを論ずるときは、二重の基準論を書くべき。

56 :氏名黙秘:2010/09/28(火) 18:50:37 ID:???
age

57 :氏名黙秘:2010/10/17(日) 10:46:30 ID:???
「記者クラブにリークを繰り返している
樋渡検事総長と佐久間特捜部長は
堂々と記者会見で名前を出して話したらどうか」

「お前まずいぞ、検事の実名を出しただろう。
『調子にのりやがって』と、検察は怒っていたぞ」

58 :氏名黙秘:2010/10/23(土) 18:20:07 ID:???
興味持って探してみたけどこの本が近所の大きい本屋のどこにも置いてない。
結構マイナーなのか?

59 :氏名黙秘:2010/11/03(水) 04:43:15 ID:???
読むの時間かかりそうかな。
この本読んでる時間あるかな。
買おうか悩むな。

60 :氏名黙秘:2010/11/22(月) 22:58:44 ID:???
薄いからw

61 :氏名黙秘:2010/11/23(火) 05:05:28 ID:???
そうなんだ。ありがとう。
ちょっと大きめの本屋探してみる。

62 :氏名黙秘:2010/12/12(日) 10:55:19 ID:???
二重の基準と三段階審査の違いを簡単に教えてくれ。
今までの違憲判断仕方と違うのかい?

63 :氏名黙秘:2010/12/27(月) 13:12:05 ID:???
>>62
違憲判断の仕方は同じ。
そもそも、二重の基準と三段階審査の違いという質問がおかしい。
審査基準論と三段階審査の違いならともかく。
学部生?

64 :氏名黙秘:2011/01/27(木) 17:49:37 ID:???
名著!


65 :氏名黙秘:2011/01/27(木) 17:54:57 ID:???
審査基準論と三段階審査論との端的な違いについてだが…

三段階審査論では、
(1)人権保障の範囲(2)人権制限の有無(3)人権制限の形式的正当化
(4)人権制限の実質的正当化、という段階を踏む。

これに対して、審査基準論は、
(ア)人権保障の有無(イ)人権制限の有無(ウ)審査基準論、という段階を踏む。

(1)と(ア)の段階、(2)と(イ)の段階、(4)と(ウ)の段階は同じ。
審査基準論には(3)の段階に相当するものがない。あえて言えば(3)は(イ)に解消している。

こうした対応関係は大した問題ではない。問題とすべきは(4)と(ウ)の段階の中身の違いだ。

66 :氏名黙秘:2011/01/27(木) 17:59:27 ID:???
三段階審査論では、合理性と必要最小限度性と狭義の比例性の3つを検討する。
合理性とは合理的関連性のこと。
必要最小限度性はLRAの基準と同じ。
狭義の比例性では要件や基準の定立がないので個別的利益衡量をすることになる。
ただし何らかの指標なりメルクマールの指摘があったほうが望ましい。
ただ某学者は判例の集積などにより類型化を図るべきだという。
それなら宮沢俊義が内在的制約の限界は判例の集積を通じて明らかになる、
と言ったのと全く同じ。要するに、比例性判断の方法は確立してないってことだ。

これに対して、審査基準論では、審査基準という名の要件を定立してこれを当てはめる、
という形で論じる。基本的に個別的利益衡量を行うというそぶりは見せないようにする。
表面上のことだけどな。ただ基準の当てはめという形式は維持している。

67 :氏名黙秘:2011/01/27(木) 18:01:50 ID:???
俺なりの言い方だが…

三段階審査論では、
合理的関連性があるかないか、規制手段は必要最小限度なものかどうか、
目的と手段は均衡しているか(比例しているか)を検討するが、
これらは審査基準とは言わない。
最後の均衡性・比例性の検討においては、個別的利益衡量をしている。違うかね?

審査基準論では、
厳格な基準、中間審査基準、合理性の基準のどれかを選んで当てはめる。
個別的利益衡量は、形の上では、やらない。
明白かつ現在の危険のテストは厳格な基準に、LRAの基準は中間審査基準に属する。
多くの場合目的手段審査の枠組みで立法事実の有無を検討することに主眼がある。


68 :氏名黙秘:2011/01/27(木) 18:06:26 ID:???
ヒアリングや出題趣旨では、なぜその審査基準を定立したのか、
を説得的に論じるべきだというが、
事案の特徴(具体的な事実そのままではない)を踏まえて、
事案を類型化して論じよということだと思われる。

三段階審査論ではこれを実質的正当化の箇所で行う。
つまり、事案の特徴を踏まえて合理性・必要最小限度性・均衡性・比例性を論じるわけだ。
本問の特徴は@ABであるから、合理性はこうなる、必要性はこうなる、均衡性はこうなる、
と論じればよい。個別的比較衡量なんだから、こうなる。

審査基準論では基準の選択が必要だが、三段階審査論では選択の余地がない。
合理性・必要性・比例性が「一種の」審査基準として機能しているが、これらは
審査基準とは言えないだろう。

69 :氏名黙秘:2011/01/27(木) 18:11:04 ID:???
事案に応じて基準を修正するというのは、根本的なところでは、
結論の先取りに等しい。

いくら宍戸が言い訳しようとも、原理原則と事案を行ったり来たり
しながら論じることが必要だ。利益衡量のメルクマールをあげて
事案の特徴を踏まえるとかいっても、結論の先取りをしていることに
変わりはない。

審査基準論でやるなら、合理的関連性とかLRAの基準の、さらに
下位の基準とか二次規範として、刑法の間接事実の認定よろしく、
メルクマールを挙げるという方法か、あるいは、基準の根拠を論じる
ときに、事案の特徴を「分類整理」しておくとか、そういった方法
しかあるまい。

70 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 14:59:27 ID:???
>>67-69
三段階審査論での個別的利益衡量が、
侵害される基本権に応じた利益衡量基準を選択するという意味では、
審査基準論での審査基準の選択とおなじだろう。
それでも、三段階審査論は思考経済であるから支持できる。

他に三段階審査論で明かになったことは、
憲法上の基本的概念の研究がなされていないということ。

71 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 16:03:16 ID:???
>>70
合憲性判定基準論のほうが思考経済だと思うが、、、

72 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 16:13:25 ID:???
誰か教えてくれ。

人権の制限は、なぜ法律(条例もあるけど)でするのが原則なんだ?
「人権の衝突の調整を図る、あるいは、公益によって人権を制限する」
それを国会が法律で持ってやる。

この構造は、憲法が予定しているものなのか?
もしそうなら、どういう風に説明できるんだ?


73 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 16:16:12 ID:???
国民主権とか

74 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 16:24:16 ID:???
>>72
法律が憲法価値を実現ているからだよ。

人権という憲法価値を制約できるのは、他の人権とか公益とかだが
そうした制約利益が憲法価値といえるから制約できるわけだ。
そしてそうした前提のもとで、法律が公益とか他の人権という
憲法価値を実現する限りにおいて、人権を制約できるという理屈。

75 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 16:28:23 ID:???
>>72
人権は国政の上で最大限に尊重されるという言い方のなかに、
必要最小限度の制約を受ける場合があることを憲法自身が
認めているといえるわけだ。その意味で憲法が予定している。

しかも法治主義により法律の形式でもって制約するしかない。

法律の制約なしに行政が独自の判断で裁量的に人権を制限できる
とするのは法治主義に反する。法律という枠を被せることが
憲法で予定されているともいえる。

76 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 16:29:37 ID:???
まあ、憲法が法治主義を予定している、そして法治主義が法律を予定している
という二段階の説明をすることになると言うべきか。

77 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 16:32:47 ID:???
>>73−76
うひょー。ありがとぅ 
よく分かったよ。

78 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 16:54:56 ID:???
えらく素直な人だな

79 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 17:51:21 ID:???
>>74
>>75
質問者じゃないけど頭が整理できた
ありがとう

80 :氏名黙秘:2011/02/10(木) 00:39:43 ID:???
>>70
>憲法上の基本的概念の研究がなされていないということ。

どういう意味でしょうか

81 :氏名黙秘:2011/02/10(木) 08:36:14 ID:???
570 :氏名黙秘:2011/02/08(火) 22:18:42 ID:???
今年受験だから刑訴百選と重判ぐらいかな
事例演習労働法の改訂版も買うかもしれん

572 :氏名黙秘:2011/02/08(火) 22:30:55 ID:???
>>570
もし宍戸連載未読なら今からでも買って読むことを強く推奨する。
計画にねじ込むのはキツイかもしれないが、
択一に余裕があるのなら、30時間くらい割いて通読する価値は十二分にある。

573 :氏名黙秘:2011/02/08(火) 22:37:49 ID:???
宍戸は全部コピーしましたよ
まだ読んでないけど

577 :氏名黙秘:2011/02/08(火) 23:37:20 ID:???
>>573
なら読みなよ。

82 :氏名黙秘:2011/02/10(木) 08:49:24 ID:???
581 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 00:38:57 ID:???
ぶっちゃけ宍戸連載そんなにいいとは思えない。
皆本当にいいと思ってるのだろうか。
今までと論証の体系とかがらりと変えることになるけど平気なの?
芦部やら四人組やらで十分。

582 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 00:48:44 ID:???
全部読んだわけじゃないけど正直俺も同意だな
あれを読んでも、じゃあどうすればいいの?って感じになる
予備校をやたら馬鹿にしてるけど自分もがっつり予備校使って司法試験受かったんだよな

583 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 00:54:13 ID:???
>>581
だよな
あしべの読み込みと判例の読み込みで十分なのに
下手に手を広げて何も身につかないまま試験に特攻か
いやーライバルが減ってありがたいが、さすがにかわいそうだよな(笑)
少なくとも、ああいう類の読み物は上級者向け
というか、他にやることなくなった人向けだよな

584 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 00:55:36 ID:???
芦部じゃ足りないし判例には体系がない

83 :氏名黙秘:2011/02/10(木) 08:52:25 ID:???
585 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 00:57:58 ID:???
>>582
うん
1000番〜500番ぐらいの人の答案みてるとわかるけど、
基本的に予備校で教わる以上のことは書いてないよな(笑)

判例指摘して事案の違い意識してどうのこうのとかいってるけど、
そんなの1番の人でもやってないから(笑)

586 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 01:00:53 ID:???
>>584
君は芦部は完璧なのかな?
あそこには基本が詰まってるんだけど、
それすらできない人に限って足りないとかいって分厚い基本書に手出して泥沼にはまるんだよね

587 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 01:05:23 ID:???
>>586
逆だよ
オレには行間がありすぎで理解できない
芦部だけ呼んで理解できたならさぞかし優秀なんでしょうな

588 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 02:11:19 ID:???
理解なんてできなくていいし、する必要もないよ
芦部に書いていることをそのまま書けば合格答案

84 :氏名黙秘:2011/02/10(木) 08:56:21 ID:???
589 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 03:42:23 ID:???
「じゃあどうすればいいの?」という気持ちになるのは同意だが、
従来型の「論証の体系」なるものが採点する人間にはおそろしく嫌われているんだろうな、
という感想を持ったのも確か。
採点する人が宍戸先生よりも「論証の体系」を好意的に見てくれるとは到底思えん。
そこが怖いわ。相対評価みんなで沈めば怖くないって思うのかもしれないが、
なら逆にどこで浮かぶんだって話になる。
平均点(3000番前後)しか取れなかった=不合格への第一歩だからな。
500〜1000番あたりの答案を見て安心してると大変なことになるよ。
新司法試験はみんな全然できていない泥仕合なんだから、その辺はまだ偶然の範囲。

590 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 03:55:41 ID:???
手を広げると失敗するという一見信憑性の高い命題がおそらくあまり正確ではない
一冊の本だけ読み込もうとしてもそこに書いてあることはなかなか理解できない
芦部もそうだし神田会社法あたりも好例
結局百選解説その他の参考文献を行ったり来たりしないといけない
重箱の隅をつつくような学習は不要だと思うけど
同じ基礎的な事柄を複数の視点から勉強するのは悪くないと思う


85 :氏名黙秘:2011/02/10(木) 09:00:17 ID:???
591 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 06:09:50 ID:???
>>589
いや、だから基本が入ってないからそもそも
たとえば今年だったら在外選挙の規範すら正確に再現できてないんだよね
そういう基本をしめせれば浮かび上がるよ勝手に
判例との比較とかは1番の人でもやってないから再現みてみ

594 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 15:06:57 ID:???
本番で延々判例の比較をせよだなんて宍戸は一言も書いていないのでは
判例を事実関係含めて押さえないと判例法理を誤った場面で適用してしまう
というだけのことでは
まぁスレチだからこの辺でやめるわ、悪かった

597 :氏名黙秘:2011/02/09(水) 17:24:51 ID:???
芦部の行間を読めないレベルなのかよ今の受験生ってww

86 :氏名黙秘:2011/02/10(木) 11:05:56 ID:???
>>85
>本番で延々判例の比較をせよだなんて宍戸は一言も書いていない

それはそうだろうが、ただ、ここでは誰も「本番で延々判例の比較を」
すべきかどうかなど問題にしていない。

>判例を事実関係含めて押さえないと判例法理を誤った場面で適用してしまう

宍戸は事実を押さえることの重要性は何度も強調しているが、
判例法理の適用を正しく行うことが必要だ、とは言っていないね。

87 :氏名黙秘:2011/02/10(木) 11:08:35 ID:???
宍戸の言うことなんか気にしなくても新試には受かるよ。誰もあんなことは本番ではできないから。

88 :氏名黙秘:2011/02/10(木) 11:11:25 ID:???
>>84
>従来型の「論証の体系」なるもの

これは予備校が提供している論証パターンのことだ。
問題を見て、論証パターンという既製品で規範定立ならぬ規範定立をやり
当てはめならぬ当てはめをやって一丁上がりという答案が
低い評価になるのは当たり前だろう。

ただ試験委員がどんな答案とか思考が求められているのかを
明確にアナウンスしなかったことが原因だと思うけどな。

89 :氏名黙秘:2011/02/10(木) 12:43:55 ID:Ti1GmvHg
論理構成は論証パターンでも現場思考でも枠事体かわらないはずなのに

なぜ論証パターンが批判されるのか分からない。

人間のピッチャーが投げるカーブでも
ピッチングマシーンが投げるカーブでも
打者から見て、球そのものはかわらない。

90 :氏名黙秘:2011/02/10(木) 13:21:01 ID:???
ストレート要求してるところにカーブを投げ込んだらだめだろ

91 :氏名黙秘:2011/02/10(木) 13:33:20 ID:???
>>89
論証パターンの論理構成は、ある特定の事案に応じたものなのに
別の事案にも、その特殊性を顧みることなく、そのまま妥当する
かのように考えることが良くないわけね。

その意味では、事案の特殊性に応じて変更可能な柔構造だとは
言えない硬直した構造になっているのが論証パターンだということ。

92 :氏名黙秘:2011/02/10(木) 13:37:13 ID:???
事案の特性を踏まえない規範定立を、論証の吐き出しという形で
やったうえに、当てはめになっていない当てはめをやっていれば、
どうして点数が高くなるだろうか。

特に目的はこれこれであって正当である、重要であると言うだけ
なら、まったく意味はない。憲法論ですらない。そこが批判される
ところだと思いますけどね。

93 :氏名黙秘:2011/02/10(木) 13:42:33 ID:???
あと人権制約の可否について論理矛盾をおかした答案もだめでしょう。

一元的内在制約説を書いた上で、公共の福祉によって制約されると
書くだけなら、間違いと言われても仕方ない。判例よりも酷いから。

あるいは単に公共の福祉により制約されると書いただけで、その内容
を検討することなく、いきなり審査基準が問題となると書くのも
どうかな〜となる。これも良くない。

いずれにしても紋切り型の公共の福祉論並みの答案を書く人が多すぎ。
どうして点数が高くなるだろうか。民事系や刑事系のような高得点者
が出ないのも当然と言うべきでしょうか。

94 :氏名黙秘:2011/02/10(木) 13:45:28 ID:???
憲法における事案の特殊性の分析にしても、それは1つ1つの事実を
逐一評価すればそれでいいというものではない。それでは事案分析に
なっていないと言われてもしかたないでしょうね。

ここまで書いてみて憲法は根本的に答案を改造し直さないといけない
と思いました。

95 :氏名黙秘:2011/02/11(金) 10:26:51 ID:???
原告内容規制、消極規制で厳格基準
被告間接付随、積極規制で緩い基準
私見で中間基準

96 :氏名黙秘:2011/02/11(金) 11:32:18 ID:???
慶応に小山教授お気に入りのギャル男がいると聞いた。なんでもギャル男なのに憲法ヲタとガンダムヲタらしい。確か憲法blogやってるとか…

97 :文科省 既に撤退を決めた姫路独協につづく統廃合へ 8校指定対象 :2011/02/11(金) 13:50:04 ID:???

http://www.47news.jp/CN/201101/CN2011012501000928.html 2011/01/26 02:05 【共同通信】

法科大学院重点8校、改善進まず 中教審特別委が報告案

 中央教育審議会の法科大学院特別委員会は25日、教育内容や学生の質確保などについて「重点的な改善が必要」と昨年指摘した法科大学院13校のうち、8校は「改善の取り組みが進んでいない」とする調査報告案をまとめた。
「改善の取り組みを相当実施した」と評価したのは東洋大1校にとどまり、4校は「一定程度実施した」と認定した。

 報告案は26日、特別委作業部会の審議を経て、同日の特別委で正式提示する。

 文部科学省はこれらの状況や、司法試験の合格状況などを踏まえ、低迷を続ける法科大学院の補助金を早ければ2012年度から削減し、乱立する法科大学院の再編・統合を促したい考えだ。

 調査は、撤退を決めた姫路独協大を除く全73校のうち、昨年1月に「重点改善校」と指定した13校と「継続的な改善」を求めた12校などをあらためて対象にした。

 重点改善校のうち、取り組みが進んでいないとされた8校は、

 東北学院、大東文化、東海、静岡、愛知学院、大阪学院、神戸学院、久留米
 
 の各校。いずれも10年度入試の競争倍率が2倍未満で、昨年の新司法試験合格率も全国平均(25・4%)を大きく下回った。

2011/01/26 02:05 【共同通信】



98 :氏名黙秘:2011/02/12(土) 03:44:57 ID:???
なんかこのスレだけレベルが高いな

99 :氏名黙秘:2011/02/12(土) 11:33:36 ID:???
だめだ

100 :氏名黙秘:2011/02/13(日) 13:00:59 ID:???
法学セミナーで駒村君が三段階審査論を解説しているが、
正直言って使い物になるような説明ではないな。

てかイラネって感じだね>三段階審査

101 :氏名黙秘:2011/02/23(水) 22:47:55.97 ID:???
採点実感嫁。

102 :氏名黙秘:2011/02/27(日) 11:36:20.09 ID:???
平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(憲法)
http://www.moj.go.jp/content/000069353.pdf

(引用はじめ)法科大学院では,審査基準(三段階審査とか比例原則という言葉)の定型的・観念的使用を戒めるとともに(引用終わり)




103 :氏名黙秘:2011/02/27(日) 12:00:13.40 ID:???
違憲審査基準選択の理由の説明と判例の事案との差を指摘できれば
ずいぶん違うのか?

104 :氏名黙秘:2011/02/27(日) 18:31:42.71 ID:???
>判例の事案との差

今回の採点実感にあるように、
制約されている権利・利益とその権利・利益への制約態様の特定
に着目して、問題文と判例の事案との対比を行う。

例えば、
判例は、〜〜〜と判示しているが、これは〜〜〜(という事案)に関するものであり、
(〜〜〜ではないから)〜〜〜(という事案)に関する本問とは、事案を異にする。

105 :氏名黙秘:2011/02/27(日) 18:48:23.58 ID:???
例えば芦部の二重の基準論は、問題が民主政の過程に関する事案
であり、しかも、裁判所の能力が問われるべき事案であって初めて
使うことができる。

芦部が二重の基準を使うべきだと考えた判例の事案と問題文の事案
とを比べると、大抵は使えない事案なんだな。

106 :氏名黙秘:2011/02/27(日) 22:36:49.92 ID:???
ようするに三段階審査を定型化することなく答案で使えってことか

やはり三段階審査必須か

107 :氏名黙秘:2011/02/27(日) 22:54:41.86 ID:???
>>106
日本語、大丈夫か?

108 :氏名黙秘:2011/02/28(月) 00:12:47.79 ID:???
採点実感に対するレスだぞ?
お前らの書き込みなんかどうでもいい。
全体を読むと明らかに問題の事案に即した正確な三段階審査を高く評価しているのが分かる

109 :氏名黙秘:2011/02/28(月) 00:24:22.89 ID:???
>>108
日本語、大丈夫か?



110 :氏名黙秘:2011/02/28(月) 00:26:19.51 ID:???
>>108
「全体を読むと」「明らかに」

三段階審査を使うか否かの前に、
事実をこんな風に評価したら即アウトだろうな

111 :氏名黙秘:2011/02/28(月) 00:30:39.15 ID:???
どんだけ必死なんだよwww
三段階審査は無視することにして現実逃避してる今年受験の子なのか?
今2ch見てるようじゃ落ちるね、さようなら

112 :氏名黙秘:2011/02/28(月) 02:28:36.21 ID:???
まえもな

113 :氏名黙秘:2011/02/28(月) 07:40:54.63 ID:???
>>111
このスレで必死なのは君だけに見えるが?

114 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 12:38:42.53 ID:???
そもそも審査基準論と三段階審査論を同じレベルで比較してるのは何なんだ?
三段階審査論を全く理解してないと思われる。

審査基準論は、違憲審査をどのような基準でするかの話で
三段階審査論は、違憲審査基準定立を含む違憲性判定の手順をどのように行うかの話で
全く次元の違う話だが。

刑法の体系論(構成要件・違法性・責任)と違法性阻却事由はどう違うの?と言ってるに等しい。

115 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 12:44:54.30 ID:???
審査基準論ということばは「二段階で保障→審査基準というステップを踏む手法」という意味で使われてるんじゃないか1

116 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 12:47:37.92 ID:???
>>115
審査基準論をそのように説明してる基本書はあるかい?

117 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 12:48:49.85 ID:???
知らんわ
ここでの文脈でそう判断しろと言っている
だいたい審査基準論だとか三段階審査だとか答案には書かないだろう

118 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 12:55:08.60 ID:???
そうやって専門用語の意味を勝手に変えて使うこと自体が間違いだ。
三段階審査論に対応する言葉なんてない。

アメリカでは違憲審査基準の定立以外は適当にやっていることを、
ドイツでは3つの手順にまとめているよ
というだけの話に過ぎないし。
アメリカ型違憲審査基準論とドイツの三段階審査論は全く矛盾するものではないし
比較するものでもない。

119 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 12:57:58.06 ID:???
どちらかを選択する必要がある以上、比較出来るにきまってるじゃないか。


120 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 13:05:45.58 ID:???
>>119
次元の違う話なんだから、どちらかを選択するようなものじゃない。何を訳の分からないことを言ってるんだ。
アメリカ型違憲審査基準論をつかいつつ、それに至る手順及びあてはめを三段階で行っても
全く問題ない。

121 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 13:23:49.87 ID:???
それは審査基準論と三段階審査論のミックスであってな、やりたけりゃやれよ
と言うしかないが、普通はな、どっちかを選ぶんだよ。

それにしても何とまあ、頭の悪い解答だよな。120というのは。

>アメリカ型違憲審査基準論をつかいつつ、それに至る手順及びあてはめを三段階で

って、おまえ馬鹿?

122 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 13:31:01.08 ID:???
>>121
おまえ憲法上の権利の作法読んでないでしょ。
アメリカ型違憲審査論を丸ごと変えるような議論じゃないのに。

123 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 14:44:47.36 ID:???
審査基準論と三段階は確かにカバーする範囲の大きさは違うけど重なる領域があると思うんだけど…(例えば三段階でいう正当化とか
「その限りで」両者を選択あるいは比較できると思うばい

124 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 14:57:16.89 ID:???
65 :氏名黙秘:2011/01/27(木) 17:54:57 ID:???
審査基準論と三段階審査論との端的な違いについてだが…

三段階審査論では、
(1)人権保障の範囲(2)人権制限の有無(3)人権制限の形式的正当化
(4)人権制限の実質的正当化、という段階を踏む。

これに対して、審査基準論は、
(ア)人権保障の有無(イ)人権制限の有無(ウ)審査基準論、という段階を踏む。

(1)と(ア)の段階、(2)と(イ)の段階、(4)と(ウ)の段階は同じ。
審査基準論には(3)の段階に相当するものがない。あえて言えば(3)は(イ)に解消している。

こうした対応関係は大した問題ではない。問題とすべきは(4)と(ウ)の段階の中身の違いだ。


125 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 14:58:25.55 ID:???
>>121
>それは審査基準論と三段階審査論のミックスであってな、やりたけりゃやれよ
>と言うしかないが、普通はな、どっちかを選ぶんだよ。

普通はな(笑)
どこの普通ですか(笑)

126 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 15:02:59.92 ID:???
問題はだな、三段階審査論では、個別的な、アドホックな、場当たり的な
比較考量をやってるんだよ。比例原則の適用の名のもとにな。それが問題
とされているんだよ。

たとえ建前であっても、法解釈論は、要件を適用するという形式をとるはず
なのに、三段階審査論はそうした形式をとらない。審査基準論は曲がりなり
にも一応は審査基準の適用という形式を踏んでいる。

どちらが優れているとは言わないが、三段階審査論だと個別的比較考量による
理由を説明すべきだし、審査基準論だとその基準を選択する理由を書かねば
ならない。審査基準論は事案の特殊性を踏まえた修正論議が認知されているが
個別的比較考量によって憲法判断を行う理由の説明を事案の特性を踏まえて
行える人はどのくらいいますかね?

127 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 15:06:03.32 ID:???
>>125
普通とか比較とか、そんな言葉に食いつくとは、アホの極みだな。
高橋とか駒村の論文とか、それから小山の作法にも審査基準論とは
区別された議論がなされている。

それよりも、
>アメリカ型違憲審査基準論をつかいつつ、それに至る手順及びあてはめを三段階で
こんな馬鹿なことを平気で言うとは、どうしようもないな。

128 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 15:08:47.31 ID:???
>>122
作法も読んだし、高橋のジュリスト論文も読んだし、法学教室の憲法の連載
も読んだし、審査基準の形式的定立とその当てはめによる憲法論の不毛の
克服に審決を注いでいることは知っている。

てか、おまえこそ分ってないな。

129 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 15:14:13.14 ID:???
いいぞもっとやれ

130 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 15:40:27.10 ID:???
>>127
横ですが、
>高橋とか駒村の論文とか、それから小山の作法にも審査基準論とは
区別された議論がなされている。

読みかじりで、大したことは言えないのですが、
「その区別」の実質的意味を「もう少し具体的に」言わなければ
説得的でないです。つまり、「俺はこう読んだ。そこでは区別されている」
と言っているだけなので、失礼な言い方ですが、あなたの読解力に依存せざるを得ない。
ところが、あなたの読解力の的確性は論証されていません。
ホントに失礼な言い方で申し訳ありません。

>アメリカ型違憲審査基準論をつかいつつ、それに至る手順及びあてはめを三段階で

その表現そのものには勇み足のところがあると思います。しかし、彼の主張の「何処がいけないのか」
を示してくださると有難いです。「背景も哲学も違うところから組み立てられた議論だから、違うのは当たり前だ」
などと抽象的な次元で突き放すのではなく、もう少し噛み砕いて説明してくださるようにお願いしたいのです。

刑法で「結果に対して心理的因果性をもつ」ということと「補充利用関係にある」ということと
何処が違うのか、といった質問が初学者からなされることが多いですが、この種の問題の匂いを
嗅ぎとるのは、あなたの主張から乖離していますでしょうか。


131 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 16:04:12.56 ID:???
>>130
1 審査基準論と三段階審査論の区別について

区別されているか、区別されていないか、という次元なら、区別されている。
同じような議論をやっているところはあるが、そもそも両者は同じことだとされている記述は
小山・作法にも、高橋・立憲主義と日本国憲法にも、法学教室の駒村・石川・亘理の鼎談にも
どこにも存在しない。いいですか、存在しないのですよ。

それにね、あなたも教えてもらおうとするだけじゃなくて、上記の3つのうちどれか1つでも
読んでから言いなさいよ。

2 彼の主張の「何処がいけないのか」

言いたいことが分らないからいけない。勇み足どころか何が勇み足かも伝わらない。
あなたには意味が分るのですかね。分るのなら教えてもらいたいところですよ。

三段階審査論の実質的正当化の段階で審査基準論を展開するということですかね。

心理的因果性は結果に着目、相互利用補充関係は行為に着目、議論の出発点は
法律論のイロハだと思っていますが、それをないがしろにする議論を良しとする
立場には与したくないですね。

132 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 16:06:39.18 ID:???
審査基準論と三段階審査論の区別というか関係について、小山の作法に
現れているというのなら、ページ数でいいから、おしえてくださいな。 

それくらいはできるでしょう。

そうしたら何かしらのコメントを寄せることにしましょう。


133 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 16:21:28.96 ID:???
>>131
あなたは、「区別されているから区別されている」としかいってませんよね。
何ら積極的に論証しようとなさらない。それどころか、「教えてください」と解釈までしていますよね。
しかも、一つくらい読めとまでも。私が何も読んでないと言い切れるのはスゴイ眼力ですが。
その眼力ならば、何処が分からないのか見通して、座礁点はここだから
こういうチャートを示してあげるね、くらいは言えそうだと思いましたが。

まあ、私の書き方があなたを怒らせたのなら謝罪します。

>言いたいことが分らないからいけない。勇み足どころか何が勇み足かも伝わらない。
これはないでしょう。これを言ってしまえば「じゃあ、あなたは相手の言っていることを理解しないで
ただ罵倒していたのですか?」となります。

刑法の例は、同感です。




駒村先生は、審査基準論と三段階審査論とを接合させようとなさっていますよね? 
「接合というからには(概念上)区別が先行するからである

134 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 16:46:44.35 ID:???
>>133
なるほど。あなたがFランロースクールに在籍してるということがよくわかりました(^O^)/

135 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 17:07:47.27 ID:???
>>133
別にさあ、三段階と審査基準を同じかどうかなんて論点じゃないよ。
ドイツとアメリカという出自が違うし、枠組みも違うし、あなたが
書きかけたように、駒村が接合を試みているのなら、違う部分が
あるからでしょ。同じとは言えないよね。

こんな場面で論証もへったくれもないよ。人権保障の有無と審査基準論を
区別して論じるがその積極的論証はない、と言ってる人のほうがまだマシだよ。

それからね、分る言葉で書けと罵倒してるんだよ。内容以前だからな。
分った?

まあ、こうしたことはともかくだ、肝心の個所でもいいからそこを
指摘してもらえると、こちらもいいたいことがわかる。自分の言葉で
書くのは、あなたにはまだ時期尚早だと感じる。

136 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 17:21:09.03 ID:???
審査基準論と三段階審査論は異なる違憲性判断の枠組みである。
その接合の可能性が論じられることからもそれが裏付けられる。

これでこの議論は終了。

137 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 17:31:43.65 ID:???
>>135
「三段階と審査基準が同じかどうか」などという論点だとは思っていません。
私でもそのくらいは分かっていますよ。

そのこととは別の話として、

私が書きかけたのは、「接合」というからには、
@「違う部分がある」とともにA「接合できる共通土俵が見いだせる」からじゃないのですか
ということだったのです。ただ、駒村先生の主張が未消化であることもあり、
手違いで、途中で送信してしまいました。


138 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 17:38:30.97 ID:???
少なくとも「違憲審査基準論と三段階審査論とどちらを選択するか」
などという問題の立て方は完全に誤りであることが分かる。
両者は接合可能な理論なんだから。

139 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 17:38:54.34 ID:???
私のために争わないでよ

140 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 17:51:46.51 ID:???
違憲審査基準が全てきちんと乗ってるいちらんひょうみたいなのありませんか?


141 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 17:55:42.53 ID:???
審査基準論は、違憲かどうかの判断をどのような基準で行うか、という話。
いわば「どのようなものさしを使うか」の話。

三段階審査論は、違憲かどうかの判断までをどのような手順で行うかの話。
いわば「何本のものさしを使うか」という話。

両者は別次元の話。どちらを選択するか、などという問題の立て方は全く誤り。

142 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 17:59:08.29 ID:???
接合を試みている段階なら、まだ接合されたとはいえないよね。
接合の可能性があるのと、接合されたというのとは違うよね。

接合されてない議論を答案で書くのですか?
接合された理論なり枠組みなりが提示されているのなら分るが
そんなものがあるのですか?

実益という意味でも、選択せざるを得ないだろうし、結局
接合できませんでしたという可能性も、同じ程度にある。

接合可能だから選択を問題にするのは誤りではないか?
という言い方でローの先生に聞いてみたらいいよw

基準、三段階、接合のどれを選択するのかというからには
接合ができていないといけない。

接合された学説なり理論なりを提示してもらおうか。

143 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 18:00:05.21 ID:???
>>141
キミ、馬鹿かね?

144 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 18:01:10.83 ID:???
>>137
未消化ならまだ使い物にならんということだな。

145 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 18:12:24.01 ID:???
>>142
馬鹿?

>接合されてない議論を答案で書くのですか?
ねえねえ、このスレの誰が言ってるの?

>実益という意味でも、選択せざるを得ないだろうし、結局
接合できませんでしたという可能性も、同じ程度にある。

日本語で書いてね。前半は、「答案に書く実益という」と善解できるとしても、
後半は、「同じ程度にある」のは「何」と?
馬鹿?
日本人?

146 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 18:16:59.01 ID:???
>>145
接合された理論なり枠組みなりが提示されているのなら分るが
そんなものがあるのですか?



147 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 18:17:58.22 ID:???
>>146
ないよ。勘弁してやれよ。

148 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 18:20:40.95 ID:???
>>146
つうか、接合された理論があるなんて、誰が言ったの?
「言ってないことを答案に書くのですか?」と聞くって馬鹿じゃないの?



149 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 19:49:58.16 ID:???
小山GO!受験新報の連載やめたの?

150 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 21:15:00.53 ID:???
>>148
接合理論がないなら答案に書けない。答案で三段階審査論と審査基準論を
接合することもできない。

それじゃ、三段階審査論か審査基準論を選ぶしかないだろう。
現実に選択してるじゃないか。アホか。それぞれ答案の書き方が確立しているのだから
どちらかを選ぶことが前提になってるじゃないか。

しかも審査基準論の意味を限定し、三段階審査論とは別次元と言いだした馬鹿が
おのれの馬鹿さ加減に気がつかないから話が噛み合わないわけだ。
勝手な定義を持ち出して云々するのは、馬鹿ロー生という感じだな。
しかも接合云々と言いだしてる。結局何の実益もない。あほらし。

151 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 21:26:00.81 ID:???
>>150
アホかw
「答案に書く」か否かというステージを作り上げたのは
お前だろう。

俺は何も言ってないぞ。
他人の主張を勝手に作り上げて
「それを答案に書くの?」なんて
三流の似非学者がやる手口じゃないか。

極度にデフォルメして、実際にはない学説を作り上げ
それを叩く。それとおんなじ次元。まるっきり馬鹿じゃねーか。

もう絡んでくるな。実益がないのは、こちらの言うことだ。



152 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 21:38:21.05 ID:???
答案に関係ないなら何の意味があるのかね。
明後日の方向に行ってろ。実益とは答案以外あるのかね?
ないだろ。この馬鹿。

153 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 21:41:50.93 ID:???
>>151
>「答案に書く」か否かというステージを作り上げた

もともとこのスレの流れがそうだけど…

154 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 21:45:14.39 ID:???
151はキチだし放置で

155 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 21:55:17.00 ID:zMWsjWOx
>>150
だから憲法上の権利の作法を読めよ。読んでないだろおまえ。

作法70頁「いわゆる審査基準が問題となるのは、この相対的禁止についてである」
三段階審査のうちの制限の正当化のうちの一部で問題になるに過ぎないの。

この作法の「相対的禁止」と呼ばれる部分は、
芦部等の学者が言っている違憲審査基準論におきかえても
全く通用する。
よく読めば、概ね表現の違いに過ぎず、
アメリカ憲法論でもドイツ憲法論でも、結局、似たような議論がされていることが分かる。
どうせ受験生はみんな芦部説と判例をごちゃ混ぜで書いてるだけだし。
それで何の問題もない。憲法で一貫性が問題となるようなことは普通に気をつけていればほとんどない。

156 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 21:59:36.07 ID:???
>>151
「スレの流れがそう」ってのは?
スレ全体を読んでも、そうは思えないけどな。
理論の話をしていたはず。

仮に、>>153のいうように、スレの関心事が「答案」にあったとしても、
今現在「答案」の話をしていない流れの中で
答案を書けない阿呆の個人的関心からの噛みつきに
反論するのは当たり前。

礼儀をわきまえた指摘ならともかく
最初から人をバカ呼ばわりするような阿呆
から売られた喧嘩を買うのは当たり前だろう。



157 :氏名黙秘:2011/03/01(火) 22:50:31.81 ID:???
要するに、アメリカ憲法論とドイツ憲法論があるが、
両者は歴史的経緯の違いはあれども、別に対立するものでも矛盾するものでもない。

例えば、芦部と憲法上の権利の作法を比べたって、別に何か相反することが書いてあるわけじゃないことは
読めばすぐ分かる。

審査基準を定立してあてはめるのはどちらも同じ。
もちろん、実際の審査基準では、アメリカ憲法判例とドイツ憲法判例とでは異なる点が出てくるが、
単にそれは歴史的経緯や文化の違い等によるもので、
根本的な理論的相違(例えば行為無価値と結果無価値のようなもの)というわけではない。

ただ、ドイツ憲法判例では、審査基準定立の前に、保護領域に関わるかどうかと、制限といえるのか、
という点につき検討が加えられる。
アメリカ憲法論では、その2点はあまり意識されていなかった、というだけの話。
判断の枠組みを重視する大陸法らしさともいえる。

以上、どちらをとるのかなどというのは愚問でしかない。

158 :氏名黙秘:2011/03/02(水) 00:43:00.03 ID:???
今北産業
>>114がアホ
誤った読み方してすみませんでしたって小山先生に土下座してこい。

159 :氏名黙秘:2011/03/02(水) 01:44:55.12 ID:???
昭和50年代後半頃の旧司のときから、司法試験の答案はアメリカ流とドイツ流の折衷だった。
1保障のあること
2制約のあること
3制約は正当化されるか、審査基準の定立、あてはめという流れで書くように指導されてた。

160 :氏名黙秘:2011/03/02(水) 01:53:59.36 ID:???
それって予備校の論証パターンとどう違うの?

161 :氏名黙秘:2011/03/02(水) 01:56:51.40 ID:???
三段階審査のメリットってなんだろう。
目的手段審査にとびつくまえに、
憲法の条文の射程なのかで踏みとどまって考えたり、議論を闘わせたりできることかな?
それとか、正当化の中の手段審査の考慮要素が具体化されたことかな?
でも、やっていることは別に特別なことじゃないよね。

162 :氏名黙秘:2011/03/02(水) 04:26:18.49 ID:???
利益衡量が核心

163 :氏名黙秘:2011/03/02(水) 07:33:29.01 ID:???
>>161
特別じゃない事象に名前を付けて特別な概念を作るのが学者の役目

164 :氏名黙秘:2011/03/02(水) 08:24:40.97 ID:???
作法7頁
「三段階審査は、審査の過程において検討すべきことを検討し、
検討すべきでないものが紛れ込まないことを担保して、
論証に明確性と検証可能性を与える。」

作法212頁
「本書は、内容面ではそれらの体系書や教材等にまったく新しい何かを付け加えるものではない。」

165 :氏名黙秘:2011/03/03(木) 11:10:37.54 ID:oprKFIwn
中位ロー入試で、三段階審査のマスターは必須ですか?

166 :氏名黙秘:2011/03/03(木) 13:15:39.85 ID:???
>>165
三段階審査論と表現するかどうかはともかく
三段階審査論の発想は理解しておくべきだと思うよ。
>>161は「やっていることは別に特別なことじゃないよね」と言っているが
つまり当然やるべきことだから。

167 :氏名黙秘:2011/03/04(金) 18:44:05.96 ID:IxlDL4TB
>>166
そっか。ありがとうございます。勉強しときます。

168 :氏名黙秘:2011/03/04(金) 20:47:41.68 ID:???
要は、私人間効力の大陸法系の直接適用説・間接適用説、アメリカ法系のステイトアクション理論の関係みたいなもんか。
間接適用説でさらっと流せばOKだが
ステイトアクション理論を使っても直接適用説や間接適用説の反対説として扱うような間違いを書かなきゃOK。
ステイトアクション理論を直接適用説の亜流と言うのも不可能ではないが
そんなことは学者の誰も体系書や論文には書いてないので
直・間適用説とステイトアクション理論をごっちゃにしたようなことを書けば答案としてはアウト。
審査基準論と三段階審査論の関係も同じようなもんじゃないの。
   

169 :氏名黙秘:2011/03/04(金) 21:33:02.53 ID:???
正直憲法の答案でそういうの求めてないと思うよ
いかに当事者の言いたいことを拾える理論構成ができるか

170 :氏名黙秘:2011/03/04(金) 22:30:48.21 ID:???
>>168
だから違うって。
アメリカの憲法判例は三段階審査を否定するわけじゃない。
単にそういうこと(三段階審査にいう最初の二段階)はあまり考えてこなかった、というだけ。

171 :氏名黙秘:2011/03/04(金) 22:32:05.75 ID:???
ということは
アメリカはなんかの条文の射程にはいることは当然の前提と考えていたってこと?

172 :氏名黙秘:2011/03/04(金) 22:34:12.73 ID:???
最初の二段階を渾然一体のものとして扱ってきたんだろう

173 :氏名黙秘:2011/03/04(金) 22:41:55.60 ID:???
判例法国である英米法は悪くいえば理論軽視だからね。その場その場で判例が法を創る。
理論重視の大陸法とは発想が違う。
だからといって混ぜていけないとかいうことではない。
そもそも日本の法学は英米法も大陸法も輸入しまくりだし。

174 :氏名黙秘:2011/03/04(金) 23:57:27.11 ID:???
まあ、俺の理解ではこういうことだ。

三段階審査論は、新興の学者の功名心(良い言い方をすれば、学究心)が巨大な壁を突き崩す強力な兵器なんだな。
憲法学者の大きな関心は、判例の統制(判例への影響=裁判官の思考への食い込み)にある。
芦部理論は判例に受け入れられなかった。
その現状が、新興の学者の功名心を駆り立てるとともにを鼓舞した。

芦部理論が外からの統制に失敗したのであれば、判例の懐に入って、いわば内在的に
判例が好んで使用するタームや手法を取りだし、その概念に新たな息吹を吹き込んで
内部からコントロールする。学問の先進国を見ると判例をコントロールするに相応しいと
想念した近似値がドイツにあるではないか。
これを日本流に再構築し拡めよう。そういう見方をしている。


175 :氏名黙秘:2011/03/05(土) 08:20:53.32 ID:???
それじゃ方法論からして違うわけだ。判例統制という目的が同じだとしても。

176 :氏名黙秘:2011/03/05(土) 10:19:21.96 ID:???
>>175
>方法論からして違う
まあ、新興の学者は、そう思っているだろう。
全く異質の思考なのだと。

しかし、実体を詰めて行くと、アプローチは違うけれども、
個々の局地(平面)における思考では、従来とそう変わらないではないか
という感想を受験生は持つ。
射程範囲が短い平面では、ロジックが見え易いだけに、共通性が見出し易い。

だから、違うと言えば違うし、実質的には矛盾するものではない、
という言い分も分かる。アプローチや発想は異質だけれども、局地での処理は
似たようになることも多いだろうから。

と思うんだがなあ〜。あくまで俺の独断。

177 :氏名黙秘:2011/03/06(日) 10:25:08.65 ID:???
>>174,176
主張者の思惑の半分くらいはそうだと思う
けど、注意しないといけないのは、アメリカ(あるいは芦部流)の前提としている人権観と、
ドイツにおける基本権観はまるで違っているということと、
違憲審査基準論の憲法適合性の判断方法と、三段階審査論の比例原則の憲法適合性の判断方法は似て非なるものだということだよね
前者の違いは、三段階審査を輸入しようとする各論者がわりかし丁寧に比較して説明するけど、
後者については、これはもうだます意図があるんじゃないか? と思えるくらい比較説明を省く癖があるな
違憲審査基準論:制約により得られる利益と失われる利益をガチで比較せず、「審査基準」なるハードルを立てて、それをクリアできたら、
 得られる利益が失われる利益より大きいということにしよう
比例原則:制約により得られる利益と失われる利益をガチで比較する

これをわかってないと、例えば、なんで二重の基準論がドイツ由来の三段階審査で丁重に扱われないかが理解できない
そして両者の接合を試みようとしても、この点をわかってないとまさに木に竹を接ぐ形になって、
出来上がった学説は最高裁から観るとよりクリーチャーになるだろうね

178 :氏名黙秘:2011/03/07(月) 12:57:54.38 ID:???
>>177
それは三段階審査論の話じゃなくて、ドイツの違憲審査基準論とアメリカの違憲審査基準論の違いだろ。
三段階審査論っていうのは、文字通り、三段階の審査を意味するのであって、
そのうちの三段目に論じるべき、違憲審査基準そのものとは別だ。

ドイツの違憲審査基準論とアメリカの違憲審査基準論を混ぜるかといったら
それはよく注意しないといけない。

だが、一段目として保護領域かどうかの検討、二段目として制限の有無の検討、三段目として正当化されるかを検討、という
三段階に分けて考えるべきという三段階審査論の発想は、
これをアメリカ型違憲審査基準に至るまでに取り入れたとしても何の問題もない。
むしろ議論の内容の明確化のため、その発想は取り入れるべきだ。

だからみんな、なんだ特別なことじゃないじゃん、>>161 っていう当たり前の感想になる。
だから本のタイトルも「作法」という、当然のルールを意味するものになってる。

179 :氏名黙秘:2011/03/07(月) 13:14:10.33 ID:???
>ドイツの違憲審査基準論

なんだよ、こりゃ。

180 :氏名黙秘:2011/03/07(月) 13:15:59.39 ID:???
アメリカの審査基準論でも人権保証の有無は論じるだろ。
何言ってんだ?

181 :氏名黙秘:2011/03/07(月) 13:33:27.80 ID:???
この本が司法試験受験生を混乱に陥れていることは間違いない。

182 :氏名黙秘:2011/03/07(月) 22:47:17.31 ID:???
>>178
>だが、一段目として保護領域かどうかの検討、二段目として制限の有無の検討、三段目として正当化されるかを検討、という
>三段階に分けて考えるべきという三段階審査論の発想は、
>これをアメリカ型違憲審査基準に至るまでに取り入れたとしても何の問題もない。
>むしろ議論の内容の明確化のため、その発想は取り入れるべきだ。
まさかお前、保護領域(1段目)、介入(2段目)、正当化(3段目)というステップだけを「三段階審査」と言うと思ってるんじゃないだろうな・・・
保護領域で範囲の広狭に捉え方、介入の捉え方、正当化での憲法適合性の審査方法(法律の留保、比例原則等)をひっくるめて、「三段階審査」だぞ
こう理解せず、「ステップ=三段階審査」と薄っぺらい理解をしてたら、そりゃお前みたいに表面的な意見も出てくるよ
だけど問題は、>>177のいうように、その基本権理解や比例原則など、実態的側面の話であって、これをわかってないと輸入がどうの接合がどうのっていうのはちゃんと議論できないよ
君の言う「ドイツの違憲審査基準論」は「違憲審査基準論」の用語法からして意味不明だけど、正当化の段階で検討されるそれも「三段階審査」の定義に織り込まれている内容なんだよ

183 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 09:06:48.62 ID:2J4ZjrxC
>>182
それは「三段階審査」の定義の問題だが、そもそも厳密な法律用語ではなく、
それが何であるかを追求することにあまり意味はない。
理解が薄いかどうかという問題ではない。

ただ、作法70頁「いわゆる審査基準が問題となるのは、この相対的禁止についてである。」
「具体的な違憲審査の在り方は・・・」
とあるように、三段階審査でも違憲審査基準をどうするべきかという表現を使っているのは明らかだ。

184 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 09:18:23.20 ID:???
>>183
三段階審査論にいう審査基準と、従来からのいわゆる審査基準とは
意味というか意義というか、全く同じものではない。

三段階目に明白かつ現在の危険のテストを書いても平気なのか?
二重の基準を書いてもいいのか?

書けば三段階審査論を誤解していると評価されるのではないのか?

185 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 09:54:35.19 ID:???
>>184
そんなことはない。

186 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 11:31:50.69 ID:???
>>184
>三段階目に明白かつ現在の危険のテストを書いても平気なのか?
>二重の基準を書いてもいいのか?

だからそんなのは問題ないんだよ。
日本の憲法判例だって、LRAや明白性の基準や明白かつ現在の基準らしきことを述べたことがあるが
こういったアメリカ由来の違憲審査基準を使う日本の憲法判例だって、ドイツ憲法判例の理論からも説明できる、
というのが憲法上の権利の作法での話だし。

さすがに、比例原則から二重の基準が導かれるかのような表現で書けば
なんじゃそりゃ、って話になるけど。

187 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 12:12:14.06 ID:???
それじゃ三段階審査論とか言ってる意味ないじゃん

188 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 12:22:45.38 ID:???
>>187
だからね、保護領域や制限の有無という
これまでちゃんと議論されていなかったところに光を当てた点に特に三段階審査論の意義がある。

芦部に書いてないでしょ。そもそも当事者が主張している自由が憲法上の権利の保障の範囲かを検討する必要があるとか、
その自由が制限されているといえるかどうかを検討する必要があるとか。

言われれば当たり前だけど、当たり前な部分をちゃんとやるのが法的判断では重要といえる。

189 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 12:31:18.59 ID:???
>>188
でもその手法って旧試時代から使われてたよね

190 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 12:32:22.16 ID:???
芦部に書いてないから展開して良いものか悩ましかったのものが
展開して良いんだってわかっただけいい

191 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 12:42:02.20 ID:???
>>189
使われてたけど、ちゃんとした学問的裏付けがあったわけじゃなく、基本書に書いてないので
そこらへんがいい加減な答案はたくさんあった。
それこそ基本書や学者の授業だけで勉強してると、違憲審査基準ばかりに目が奪われる羽目になる。

192 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 12:43:47.64 ID:???
>>190
展開していいんだも何も、
判例はずっとそうやって判断してたんだから、
いまさら学者の追認があったところで、
ここまで騒ぐことじゃないよね

画期的な方法みたいに語られてること自体に違和感を感じる

193 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 12:45:02.42 ID:???
芦部に書いてないというか、次の版でで書かれているらしいよ

194 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 12:46:45.87 ID:???
>>192
それ自体は画期的な方法ではないが、
学問的裏付けをもって世に知らしめたことは最近になってから、ということではあるな。

195 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 12:47:43.77 ID:???
>>192
判例がそうやってるっぽいってのはわかっても、勝手に答案で展開して評価されなかったら怖いだろ
受験生という立場じゃ主要な学者が明言しててくれないと怖くて使えない

196 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 12:49:49.81 ID:???
三段階審査に学問的裏付けがあるというが、そんなものが本当にあるのか?
基本書に書いてないとしても、当たり前だからね、そんなの。
保護領域の問題にしても、扇動罪と表現の自由という昭和20年代の判例では
まさに保護領域のような議論でしょ。
それをいまさら保護領域の問題でございます、とかしこまられても、聞いてるほうが恥ずかしいよ。

というか今まで意識してなかったことを意識したとか、
三段階審査論はそんなことをやっているのか?

違うと思うよ。もっと独自の意義があると思うけどな。独自というからには
アメリカ帰りの違憲審査基準論とは違うものを言いたいのだろうよ。

197 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 12:53:01.07 ID:???
>>195
いや、だから旧試時代から答案で評価されてきてるんだって
人権パターンみりゃわかるじゃん

受験通説が学者によって追認された意義は、
ロースクールでより答案に近い形での憲法の講義が可能になった、
ってことくらいじゃない?

198 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 12:53:38.45 ID:???
それから形式的正当化の問題なんて、在監者の人権制限に法律の根拠を
要するかとか、そういった論点でも論じられているし、受験生が答案に
書くと単に法律とか条例がこういう態様で規制している(条文)とか
その程度だよ。

これなら従来の丁寧な答案と変わらんよ。
>>188の言い方なら、三段階審査論とタイトルをつける意味なし。

199 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 12:55:48.44 ID:???
>>197
その人権パターンは旧試でも新試でも全く評価されてないのですがね。
まあ、これが言い過ぎなら、高い評価は受けていないと言い換えよう。

その理由が分りますかね。人権パターンを学者が三段階審査論で言い換えた
という勘違いをしているのなら、アンポンタンと言われてもしかたないよ。

200 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 12:56:25.07 ID:???
>>196
だから目新しいことではないんだって。独自の意義なんかないんだよ。
作法212頁にもはっきりとその旨が書いてある。
暗黙知(と言えるかも疑義があるが)を形式知にしただけの話。

201 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 12:58:29.30 ID:???
>>199
新司は知らんけど旧司は上位合格者も人権パターンで書いてるんだけどそのへんどうなの

202 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 13:01:07.38 ID:???
>>201
新試でも公法系というかハッキリ言えば憲法の点数が悪い。旧試でも
憲法の点数が悪い。

相対的に上位にはなるが、人権パターンはやはり高く評価されない。

203 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 13:03:04.09 ID:???
>>202
少なくともAにはなってるんだけどどうなの
それを「悪い」っていえるの

204 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 13:04:07.39 ID:???
>>200
悪いけど、それは小山が三段階審査論が頓挫したときに備えている
予防線じゃないの?

だって三段階審査論は自由権というか防御権にしか有用でないでしょ。
生存権なんかだと立法裁量論以上の精緻な議論がありますかね。
ないのと違いますか?それならまだ芦部的違憲審査基準論のほうが
まだマシということになりますよ。保護領域とか形式的正当化とかなら
芦部でもやってますもん。

205 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 13:05:57.78 ID:???
>>203
相対評価でAということですよ。それで合格すると思いますよ。
ですが、高い評価は受けない。

嘘だと思うなら、
試験委員経験者である学者とか弁護士に聞いてみたほうがいい。

206 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 13:09:30.75 ID:???
>>205
相対評価だとしても択一突破した1500人が受けて200番以内に入るのが高い評価じゃないと
それ以上何を望むんだよ

207 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 13:11:34.61 ID:???
人権パターンの弊害は宍戸が法学セミナーでも書いていたよね。
あれを読んでみてはどうかな。

宍戸も三段階審査論だけど人権パターンはダメとハッキリ書いてる。
だから人権パターンが学者の形式知への努力により三段階審査論へと
生まれ変わったとか、そんなトウヘンボクのようなことを言ってる
デマゴーグは相手にしないことですよ。

208 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 13:14:35.74 ID:???
>>206
まあまあ、素点が他の科目に比べたら低いということです。
とびぬけた人もいるということですが、人権パターンの答案ではないようです。

高い評価というのは順位という意味では使っていませんでした。
素点が低いという意味です。私に教えてくれた人もそういう意味だったかと
思いなおしました。

209 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 13:43:28.70 ID:???
要は、今年の採点実感に書いてあった

・問題になっている法令や処分が,どのような権利を,どのように制約しているのかを確定すること
・制約されている権利は憲法上保障されているのか否かを,確定すること

の2つをちゃんと確定しておけば、違憲審査基準論だろうが、三段階〜だろうが、人権パターンだろうが変わらないってことでいいんですかね?

210 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 15:40:01.50 ID:???
>>209
まさに(まっとうな)人権パターンや三段階審査の考え方ですね。

人権パターンっていったって、実際の答案によってばらばらだし。
人権パターンかどうか、なんていうのは、極めておおざっぱな議論で意味がない。
>>209のようなことがちゃんと書いてあるかどうかで差がついていくんだから
それを人権パターンと命名するか三段階審査と命名するかなんて全くたいした話じゃない。

211 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 18:33:00.60 ID:tGzimpPQ
1 ステップバイステップの思考形式
2 ドイツ特有の基本権理解
3 ドイツ特有の憲法適合性の判断方法
三段階審査において、上記3つが含まれているんだけど、1は確かに暗黙知を形式知に仕上げたもの、といえる。
しかし、2及び3は、最高裁はともかくとして、学説の主流であるアメリカ流(あるいは芦部流)の人権論(人権とは何か・その制限の憲法適合性の審査方法)とはそもそも出自も思考形式も大きく違う。
それも表面的な違いじゃなくて、具体的内容においてまるで別物と考えてもいいくらい。
(さしあたりはとりあえず、javaとjavaスクリプトはクマとアライグマが違うくらい別物、というのと似たような感じ)
だから、安易に接合させようと考えるのは危険としか言いようが無い
そういうわけなので、アメリカ流にどっぷりな主流の学説からしたら、何が輸入可能(接合可能)なのかまさに手探りな状況といってよい

なので、踊る阿呆に観る阿呆同じ阿呆なら……という感じで踊らされないように注意が必要ですよみなさん




212 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 18:37:44.33 ID:???
>>211
まあこのスレでは、審査基準と三段階審査のドッキングもありだ、
三段階審査は学者が人権パターンを理論的に裏付けたものだ、
というのが約一匹いるわけですからね。

213 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 18:52:14.53 ID:???
>>212
>審査基準と三段階審査のドッキングもありだ、

だからこの意味不明な用語の使い方もやめようよ。
三段階審査でも審査基準は問題になるんだから(作法70頁)。
君が言いたいのは、ドイツ憲法学における違憲審査の手法とアメリカ憲法学における違憲審査の手法を混ぜていいかどうか、
でしょ。

214 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 20:13:04.21 ID:???
>>213
一応確認しておくけど、ドイツ憲法学には「審査基準(=ハードル)」なんてものはないよ?
どこまでいっても比例原則に基づいた比較考量があるのみで、アメリカみたいにそれを擬制するハードルをたてたりしないよ?

215 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 20:47:51.16 ID:???
>213

>三段階審査でも審査基準は問題になるんだから(作法70頁)。

これは小山剛だけが言ってるわけでしょ?
他の憲法学者、石川、宍戸などは言ってますか?

216 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 21:16:35.88 ID:???
>>215
うーむ、たしかに、ドイツでは審査基準ではなくて審査密度の問題だ、
というふうに言われるようだな。

高橋和之先生の講演
http://niben.jp/info/group20100114.pdf
アメリカ憲法論とドイツ憲法論から日本の判例を見ている。
非常に分かりやすい。

薬事法判決をアメリカ型違憲審査基準論で見るのは無理で、
調査官はドイツ憲法判例をもとにしたのだろうと。

217 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 21:28:44.93 ID:???
審査密度を問題にするのなら、合理性・必要性・狭義の比例性でも
いいかもしれない。違憲審査基準という考え方は審査密度と接点は
もともとなかったのではないかな?

審査基準と合憲性判定基準を区別する人もいるが、そこまでやると
複雑すぎてかえって使いづらいし、一般的に浸透しているとは言え
ないよね。

やはり審査基準論と三段階審査論は別物と考えておいたほうが無難
ではないだろうか?

218 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 21:29:50.89 ID:???
憲法上の権利の作法もいいけど,
まずはヒアリング・出題趣旨を徹底的に読み込めよ〜。

219 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 21:32:36.59 ID:???
>>217
>>216の高橋先生の講演を元にすれば、
審査基準論と対比すべきは(広義の)比例原則ということになると思うけど。
審査基準論と比例原則を混ぜていいかどうか、ということでしょ。
まあ日本の判例は矛盾がないように混ぜているということになるだろうけど。

220 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 21:34:18.17 ID:???
別に猿払事件の基準でいいわけだよ。

221 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 21:37:40.47 ID:???
>>218
指摘は全くその通りだが、ヒアリング・出題の趣旨の要求を実現する枠組みとして
憲法上の権利の作法は参考になると思う。

222 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 21:42:48.63 ID:???
しかしなあ、日本の憲法判例が三段階審査論をベースにしていると
言えば、それは間違いだという評価になるのではないか?

参考にしているというだけなら、二重の基準だって参考にしている
ことは明らかなんだし、だからといって芦部とかのアメリカ的な
違憲審査基準論をベースにしていると言えば、やはり間違いだろうよ。

223 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 21:43:31.10 ID:???
そういえば芦部は審査密度とかは言ってないよな。

224 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 21:46:44.19 ID:???
高橋の言葉で要約すればこういうことになるな。
「ドイツ型よりはアメリカ型の方がいいのではないかなと,私自身は思ってい
ますけど,最近,ドイツの方が優れているのではないか,しかもドイツ型で日
本の判例を分析した方が,よりよく日本の判例が分析できる,理解できる,と
唱える見解がでてきてておりまして,これが結構説得力があって,次第に支持
者を増やしているのではないかと見ています。従って,学説の方ではそこの違
いをもうちょっときちっと分析して,果たして本当にどちらのアプローチがい
いか,両者の比較の中から日本の独自のアプローチが形成できないのか,そん
な問題意識で現在研究しているところです。」

225 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 21:57:36.67 ID:???
高橋はドイツ型とアメリカ型を対比させているな。
ドイツ型=三段階審査、アメリカ型=審査基準、ということだ。

226 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 22:02:32.16 ID:???
>>225
ちゃんと読め。審査基準と対比しているのは広義の比例原則だ。

227 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 22:06:44.32 ID:???
審査基準はアメリカからやってきたんだろ。
人権保障論もそれに含めてアメリカ型なんだよ。
俺がそういう使い方をしてるんだよ。文句あるのか?

228 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 22:13:47.42 ID:???
>>227
おまえはコーラのことも審査基準っていうのか

229 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 22:51:25.47 ID:???
概念はよくわからんけど

要は
・問題となる人権はどの条文の射程内なのか?
・どの法令が人権を制約するのか?
・その制約が正当化されるかを、審査基準を立てて、あてはめて検討する
・結論

という順番で書いていけばいいんだよな?
抽象概念だけこねくりまわしてもよくわからん

230 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 22:57:11.74 ID:???
この議論の流れデジャブのような・・・w

231 :氏名黙秘:2011/03/08(火) 23:50:09.04 ID:???
>>229
とりあえず、>>211を読むといいよ
君の理解は>>211の1でしかない

232 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 00:12:01.61 ID:???
うーん、アメリカと考え方が違うっていわれてもよくわからん
答案の正当化審査部分でやることって、
結局、目的手段審査の手段審査を丁寧(手段の実効性・必要性・許容性に分けて)にやりましょうってことなんじゃないの。

233 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 00:31:38.48 ID:???
>>232
残念、違うよ
比例原則の一般的な理解は、手段の適合性(役に立つか)、必要性(必要最小限か)、狭義の比例原則(得られる利益と失われる利益の比較衡量)となっている
適合性ではじかれることはまず無い。必要性は、「最小限」と言っても、琴と次第によっては緩和される。そして最後の狭義の比例原則、これがちょっとやっかい
これをそのままやるとなると、「アメリカ憲法学に倣って主流の学説が克服しようとした裸の比較衡量に逆戻りすることになるんじゃねぇの? by高橋」という批判がでてくる。
だから、これをなんとかしようと、比較衡量において、「審査基準」なるハードルを擬制して、「このハードルをクリアできたら、規制により得られる利益が勝っているということにしよう!(すなわち合憲)」
というアメリカ流の「審査基準論」を、ここに接合しようと、主流の学者が躍起になっているのが現状。
だけど、冷静に考えて、ドイツの基本権理解とアメリカの人権理解が根底に置いて違うのに、そういうことって出来るの? ステップバイステップの思考の輸入はともかく、比例原則と審査基準論の接合はもっと慎重にやるべきじゃないの? と警鐘を鳴らすのがドイツ流の学者
ちなみに、本当は高橋の批判にあるような「裸の比較衡量」にはなったりはしない。例えばドイツでは段階理論というもので比較衡量の審査密度の高低を普通に操作しているから

234 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 00:57:21.54 ID:???
わかりやすい説明をありがとう
ただ新試の答案で学説のいう規範の理解が評価対象になるのだろうか
事案にくらいついているかどうかで差が付きそうだと思うけど

235 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 01:14:15.79 ID:???
高橋みたいな一流とされる学者にすら真意が伝わってないのに、なんで一般受験生にすんなり受け入れられると思ってるのかね。

236 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 01:29:29.71 ID:???
>>235
高橋先生は、アメリカ流の違憲審査基準をベースに発展してきた現在の憲法学界を擁護するために、わざと誤解してるフシがある


237 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 01:45:17.60 ID:???
わざと誤解できるということは、そのように読める解釈の幅があるんだろ。
同じことだよ

238 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 02:06:40.49 ID:???
とりあえず、ここでの話が新司向きではないことは分かった

239 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 02:33:41.82 ID:???
「事案に食らいつく」みたいな抽象的で感覚的なタームが好きな人は法律家には向かないよ。

240 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 02:37:35.50 ID:???
なんだ結局ドッキング基地外論破されたのかざまぁw

241 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 04:21:55.76 ID:???
>>237
読める解釈の幅というか、単純にちゃんと全容を輸入できておらず、一枚岩になっていないからいいように利用されている、というのが正しい
だから小山の作法みたいにつまみぐいのいいとこどりしてるうっすいやつより、ドイツの基本書を翻訳した『現代ドイツ基本権』(法律文化社、2001)なんかを一度読んでみた方がいい


242 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 07:45:44.43 ID:???
>>241
で、それをあなたは読んだのか?
同じ系統で括られる学説が一枚岩でないって当たり前のことだろう。
>>233の、主流の学者って駒村?




243 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 08:52:04.28 ID:???
>>238
ある程度勉強が進んだら、>>216の高橋先生の講演を読んでみると、
現在の憲法学者が何を考えているのか、
日本の憲法判例がどうして芦部憲法からずれているのかが分かっていいと思うよ。
まあ芦部憲法の補訂者でもあるし。
結局、アメリカ憲法論とドイツ憲法論を接合しているのは、他でもない、日本の憲法判例だというのが現実だ。

244 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 09:42:27.54 ID:???
>>233
>ドイツでは段階理論というもので比較衡量の審査密度の高低を普通に操作しているから

その審査密度はアメリカ的な審査基準に置き換えることができるのですかね?
仮にそれが可能であるとして、置き換えることに何か意味があるのでしょうかね?


245 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 11:15:23.90 ID:???
>>213
>ドイツ憲法学における違憲審査の手法とアメリカ憲法学における
>違憲審査の手法を混ぜていいかどうか

混ぜていいわけないだろ

246 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 12:10:09.21 ID:???
>>245
日本の憲法判例の否定ですか。

247 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 15:16:22.11 ID:Ta/OWHzh
安易な学説まぜこぜといえば、塾が行為無価値で因果関係のみ前田の広義狭義の相当性をとってよいとしたら、

大塚先生が三版著書の注にわざわざ、あまり前田からは引用しない先生なのに、結果無価値の発想を因果関係にとり込むなと

書いていた

248 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 15:21:33.62 ID:???
判例法理じたい幹がしっかりしていないのをむりやり幹らしきものを見出そうとしているんだから・・・

249 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 17:35:26.49 ID:???
>>228
あんた、アホかね?

250 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 19:48:10.03 ID:???
>>244
どうも「審査基準」という言葉の意味を理解していない人が多いみたいだな
審査密度という言葉で言い換えることは不可能な概念だぞ?


251 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 20:28:41.31 ID:???
>>250
だとしたら、三段階審査論と違憲審査基準論の接合など、ハナから無理じゃん。
まして、三段階審査の比例原則をそっくりそのまま芦部の審査基準論に置き換える
ことなどやってはならない、ってことじゃん。

252 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 20:38:50.22 ID:???
だから、>>177>>233がそれは指摘してるよ

253 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 20:51:28.98 ID:???
審査密度に段階を設けるには、どうやったらいいのか?
何か文献があるのか?

254 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 20:53:40.07 ID:???
>>251
日本の学者はハナから無理なことを研究するのか?
頭悪いなおまえ。

255 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 20:55:36.67 ID:???
>>254
それがハナから無理なことを研究しているんだよ。わからんかな。
研究の途中で筆を折った話ならたくさんある。
しかも問題の接合は未だだれもやってない。ましてや受験生には無理。

256 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 20:57:32.86 ID:???
適当じゃだめなのかな

257 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 20:58:57.93 ID:???
>>255
小山は普通に比例原則から違憲審査基準につなげているが。
もちろん論理必然につながるという意味ではない。
そこにつなげても構わないという感じの書き方。

258 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 21:09:14.69 ID:???
>>257

それじゃあよ、>>250>>252に対して、おまえさんの指摘は間違ってるぞ、
と言ってやれよ。

259 :氏名黙秘:2011/03/09(水) 23:29:13.18 ID:???
>>250
>どうも「審査基準」という言葉の意味を理解していない人が多いみたいだな
>審査密度という言葉で言い換えることは不可能な概念だぞ?

「審査基準」と「合憲性判断基準」とを用語的に区別する立場をとれば、
「審査基準」は、審査態度ということになるので、
これを審査密度という言葉で言い換えることは可能では?

260 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 01:31:16.51 ID:???
>>259
その場合は、ドイツの比例原則とアメリカの審査基準論と接合していいのか? の「審査基準」の部分が「合憲性判断基準」に表面的に代置されるだけで、
問題の本質はまるで変わらない

261 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 02:04:33.87 ID:???
>>114
ようするに↑こいつの独自説が誤っていただけなんだろ?
ついでにいうと小山先生自身もちょっと怪しいんじゃね?
彼が勘違いしたのは先生に責任がある。

262 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 08:39:36.66 ID:???
それじゃ、俺がまとめてみよう。

三段階審査論と審査基準論を定義しないままA「どちらを選択すべきかという選択が問題だ」
B「いやこれらは選択の問題ではない、小山は接合を試みている」という論争が始まった。

三段階審査論は、@保護範囲、A形式正当化、B実質的正当化(広義の比例原則)の三段階を
問題とする。審査基準論の意味について、Aは、広義の審査基準論として@ABすべてを包含
していた。Bは狭義の審査基準論としてBのみに限定していた。

Bの主張の骨子は、
三段階審査論は、憲法判断の枠組みを自覚的なものとすることに主眼がある。
この憲法判断の枠組みは、従来の審査基準論の論者も使用可能である。
従って、審査基準論は、三段階審査論という自覚的な憲法判断の枠組みの中で展開できる。
そうすると、小山が「作法」で示唆しているように、三段階審査論と違憲審査論が「接合」
可能なのは当然であり、日本の憲法判例はその実践例である、ということができる。


263 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 08:41:00.43 ID:???
>>262の続き

これに対する批判は、3点である。

上記の@保護範囲は、ドイツの基本権保障とアメリカの人権保障とは考え方が異なるのだから、
三段階審査論と広義の審査基準論とは同じ思考方法であると、安易に考えるべきでない。

上記のB実質的正当化(広義の比例原則)において、ドイツでは審査密度を段階的に設定する
ことにより「裸の比較衡量」を回避して憲法判断の妥当性を担保しているが、アメリカでは
厳格度の異なる審査基準を「適用する」ことによりその妥当性を担保している。そうすると、
憲法判断の方法について「発想法」が異なるのだから、広義の比例原則を審査基準で置き換える
ことには疑問がある。

Bの主張は、三段階審査論を形式的な枠組みとして捉えるような表面的な理解において成立
するものである。しかしドイツとアメリカにおける憲法判断の実質的相違に照らして考えると、
理論的な接合は容易ではない。日本の憲法判例が接合を実践している(又は接合に成功している)
と評価するのは理論の放棄に等しい。

264 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 08:42:59.08 ID:???
>>263の続き

以上のまとめ

現状では、三段階審査論を形式的に理解する立場では、広義の比例原則を審査基準論で置き換える
ことが可能であるといえる。これに対して、三段階審査論を実質的に理解する立場では、広義の
比例原則を審査基準論で置き換えることは不可能ないしは著しく困難である。

従って、形式説では、三段階審査論と審査基準論(特に狭義のそれ)は選択の問題ではないが、
実質説では、三段階審査論と審査基準論(特に広義のそれ)は選択の問題であるか、選択の問題と
して考えるべきである。

265 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 09:07:31.97 ID:???
おおよそ良いと思うが三段階審査は@保護範囲A制限B正当化(A形式→B実質)がふつうだな

266 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 09:18:09.07 ID:???
よくまとめたよなあ

267 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 09:22:23.74 ID:???
小山先生の戦略は、なんというかトロイの木馬に近い……
いい顔しておいて三段階審査がとりこまれればこっちのもんよ、という匂いがぷんぷんする。時限爆弾が仕込まれているというか
一方比較法の対象としてアメリカ憲法を研究してきた駒村先生による接合の試みは、どちらかというと海賊行為に近い……
定義をわざとざっくばらんにしておいて、使えるものは使っちまおう、輸入できるものは輸入しちまおう、理論も換骨奪胎してしまおう、という感じ

こりゃあ収束がつくのは5年後くらいかな

268 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 09:27:22.98 ID:???
そういえば、アメリカ憲法流の学者が三段階審査を分析・検討する際、形式面の審査で「法律の留保」の審査があるっていうのが、注意深く無視されるよね
華麗にスルーされるというか

269 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 09:50:14.22 ID:???
>>253
段階理論(段階説)についての説明は、比較的手に入りやすい文献だと、
ピーロート・シュリンク『現代ドイツ基本権』(法律文化社、2001)304頁以下、
シュテルン『ドイツ憲法2 基本権編』(信山社、2009)333頁以下、
ドイツ憲法判例研究会編『ドイツの憲法判例 第2版』(信山社、2003)272頁以下、283頁以下
を読むといいんじゃないかな

あと、ドイツにおける制限の正当化における憲法適合性の審査手法は、比例原則に限られない、ってのも注記が必要だね

270 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 09:52:08.67 ID:???
採点実感の「審査基準(三段階審査とか比例原則という言葉)の定型的・観念的使用」というのは、
単に審査基準や比例原則に具体的事実を入れれば結論が出てくるという、あたかも自動販売機のような安易さ
・悩み(対立利益への配慮)のなさに対する警鐘と捉えるべきであろう。

271 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 09:53:42.32 ID:???
>>269
新試でも段階理論は使えますかね?
判例法理を説明するのに有用でしょうか?

272 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 09:57:19.86 ID:???
>>270
その点なんだけど、審査基準を定立したときに、目的審査とか手段審査で
基準の適用、例えば目的が正当かどうかという基準をてきようするときに
比較考量するってこと?

芦部が審査基準の適用における比較考量っていってるけど、あれをやれってこと?

273 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 09:58:13.17 ID:???
>>269
ありがとう。見てみるよ。

274 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 10:09:03.19 ID:???
>>271
各文献読めばわかるけど、段階理論はとりわけ経済的自由ででてくる
職業遂行に対する規制、主観的制限、客観的制限を想定して、右に行くほど、制限の度合いが強いとして、
職業選択に対する規制は職業遂行に対する規制よりも厳格に審査されねばならない つづいて、客観的制限は主観的制限よりも厳格に審査されねばならない
なんでこんなこと言う必要があるのかと言うと、憲法裁判所によれば、人格形成に関する度合いが強くなるほど、立法裁量の幅は狭くなるから

そして、もう気付いているだろうけれど、我が国最高裁において十中八九これの影響を受けたとされるのが、おなじみの薬事法違憲判決


275 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 10:12:24.76 ID:???
>>272
すまん、言ってる意味がまず理解できん

276 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 10:19:32.07 ID:???
>>275
芦部が(あるいは渋谷も)比較衡量の意味には2つあって、
@審査基準としての比較衡量、A審査基準の適用における比較衡量
について、@は審査基準として等価値的比較衡量の場合しか認めないが、Aは当たり前だ
という記述があるでしょ。芦部を見てね。

例えば合理性の基準だと、目的の正当性、目的と手段の合理的関連性、という基準を
事例に適用する場合に、目的が正当かどうかについて、人権価値と制約目的の価値を
比較考量しながら、結論を出すという意味ではないかと理解していたのです。

採点実感のコメントは、こういう意味ではないのかと思ったので、聞いてみたのです。

277 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 10:21:50.60 ID:???
>>253
段階理論以外で、審査密度の高低をつける理論としては、
柴田憲司「憲法上の比例原則について(一)」法学新報116巻9・10号195頁
に、超ざっくりとした紹介があるよ
曰く、
「ドイツの連邦憲法裁判所は、あるいは問題となった基本権の声質にかんがみ、またあるいは民主的立法者の判断を尊重すべき要請や、裁判所としての機能的限界等々にかんがみ、当該事案の性質上、比例原則をどれだけ厳格に適用しうるかと言う観点から、
『明白性の審査』・『主張可能性の審査』・厳格な無いよう審査』等々を使い分けているといわれる。これは、日本の憲法学説における『審査基準』論と、少なくとも表現形式上は類似するものといえよう。(つづく)

278 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 10:22:00.08 ID:???
>>274
ドイツでは、人権の全般について一般化できているのですかね?

279 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 10:24:58.40 ID:???
(承前)また、とりわけ第三原則たる『衡量』の合理性を担保するべく、たとえば表現の自由の領域に置いて、ドイツの連邦憲法裁判所は、日本の憲法学説にいわゆる『表現の自由の優越的地位』論に照応しうる表現を用いたり、
いわゆる『違憲性の推定』論に近似する『推定ルール』なるものを持ち出すこともある。さらに、職業の自由を規制する手段の合理性を判断する際にも、
胴裁判所は、日本の違憲審査基準論にいわゆる『規制の態様』論に類似する理論を用いることもある(いわゆる(旧)『段階理論』)。(つづく)

280 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 10:27:56.65 ID:???
(承前)このような各論レベルにおける主主のルールの規範的性格についても、ドイツにおいてはさまざまな議論がなされているところであり、また、こういった日独(米)の判例・学説における表現形式上の類似性が、
はたして内容における同一性をどこまで示しているといいうるカについても議論の余地のありうるところである。」

ということらしいです。
審査密度の高低の操作する際にも、表面だけ見りゃ米学説と似てる部分もあるので、輸入・接合を試みようとする気が起きるのも無理ないね

281 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 10:52:03.60 ID:???
>>274
それって、日本の通説の「個人の能力にかかわる制限である場合には厳しく」とか
目的二分論で上手くいかないときは規制態様を加味して」とかに似てるね

282 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 10:57:40.67 ID:???
>>281
似てるもクソも議論の輸入元だからなぁ

283 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 12:40:25.46 ID:???
>>265が書いているが、君はそもそも三段階審査の「三段階」の内容を理解してない。
三段階審査を書いた本を読んだことすらないのにそんなこと書いても意味ないよ。

284 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 12:45:58.73 ID:???
>>283>>262に対してね。>>262はどう読んでもケアレスミスではない。

285 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 13:37:54.81 ID:???
>>283-284

三段階審査論は、単なる憲法判断の枠組みにすぎず、独自なものではないとか
ましてや、受験生の書く人権パターンを学者が形式知により根拠づけたとか
そんなマヌケなタワゴトをわめくよりは、よっぽどマシだと思うがね。

問題の個所は適当に置き換えて読んでくれればいい。意味は変わらないから。
変わるのなら、具体的に指摘してくれ。相手してやるよ。

286 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 13:43:47.22 ID:???
おいみんな!
>>285が相手してくれるってよ!

287 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 13:48:19.50 ID:???
>>286
だから相手をしてやるって。

それよりも、おまえ自身が書けよ。おまえみたいなお銚子者はあっちへ行け!
しっし!!!w

288 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 13:58:08.08 ID:???
>>287
Oh,miss spell.

×"お銚子者"
○"お調子者"

289 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 15:36:17.70 ID:???
>>285
三段階審査の三段階すら理解してないのに何を言ってるの?

290 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 16:11:30.63 ID:???
ドイツの違憲審査基準論とか言いだしたのは、どこのどいつだ!
おまえだろ!出直してこい!

291 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 22:05:59.73 ID:???
>>276
受験生は対立利益への配慮を「審査基準の修正原理」かなにかと誤解しているのではないのかと危惧している。
私見で「〇〇に配慮して(を加味して)中間審査基準によるべきである。」と書かれた答案を見て、
採点者は「またこれか(苦笑)」とウンザリしているのではないか?
審査基準定立の後は目的の重要性は認めつつ(被告の主張を認めて対立利益に配慮したつもり)、
他の手段の可能性を指摘して関連性を否定しておしまい。
実はこういう答案は印象が悪いと思う。
手段審査の段階で利益衡量をするのが理想なのだろう。
しかし、審査基準論の下で利益衡量をするのは難しい(アドホック・バランシングの根本的な問題点)。
そこで、俺は三段階審査論に期待する。
芦部理論は「もう死んでいる」ということが近年の財産権や経済的自由の最高裁判例ではっきりしているから、
今こそ憲法理論の転換期ではないかと思っている。

292 :氏名黙秘:2011/03/10(木) 22:08:42.88 ID:???
>>291
まあ芦部憲法ではやって良いと書いてあるけどねw

芦部 5版で悪いがP103

293 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 00:25:08.04 ID:???
>>291
合理性の基準を例にとると、
目的が正当かどうかは、人権の価値、規制目的の価値、
規制目的の価値が人権の価値よりも優越するか、すくなくとも同等であると
論じて初めて正当だと評価できるかどうかという判断でしょ。
手段の合理的関連性とは、規制をしなければ規制目的を達成できないという
抽象的な因果関係があるってことでしょ。
重要な人権であればあるほど、規制目的との因果関係の距離は近いことが
要請されると言う意味で、利益衡量が行われると。

294 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 00:29:06.52 ID:???
>>293
あんた相当できるな

295 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 08:04:17.17 ID:???
>>291
中大ローの安念先生は、対立利益が重要だから厳格な基準を中間審査基準に
グレードを下げるという論法が誤りであるとまでは断言できないと、中大
ロージャーナルに書いてますよ。

本試験での評価は分りませんが。

296 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 08:09:45.00 ID:???
>>291
石川も法学教室で発言していたが、芦部理論は判例法理をいわば外在的に
批判するというポジションに位置するものだから、死んだという評価は
全くあたっていない。

三段階審査論は「作法」を読む限り、判例法理の追認作業に堕していると
言っても過言ではあるまい。判例法理を内在的に温かくw理解してやること
はできても、内在的に厳しく批判することはできまい。

昭和期に判例を内在的に理解していたら、今頃旧態依然たる判例法理が生き
長らえていると思いますよ。

297 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 09:17:42.07 ID:???
とはいっても許認可行政にはむしろお墨付きを与えていたんだろ…
学説判例一致でお墨付きとか(´・ω・`)

298 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 09:20:34.39 ID:???
>>297
何時までも中2病やってないで現実見ろよ

299 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 10:14:26.32 ID:???
>>292
「解釈としての比較衡量」(芦部第三版100頁)のことを指してのことだが、それでよろしいか?
俺も貴君のように理解すると思っていたが(現に当該箇所に補線を引き欄外にその旨注意書きを記入していた)
今一度その箇所を読み返すと、果たしてそう読んでよいものか疑問(よってエポケー)。

>>296
>判例法理を内在的に温かくw理解してやることはできても、内在的に厳しく批判することはできまい。
三段階審査は判例法理を脱構築する理論ではなく憲法判例を「読む」理論(資本論についてアルチュセール一派が行っていた作業を憲法判例で行うごとし)理解で、FA?

300 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 11:00:29.65 ID:???
>>299
やhり、そうなのか…

判例批判は三段階審査論では無理か。違憲審査基準論の出番はまだまだありそうだな。



301 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 11:59:40.76 ID:???
>>299
前半の件だが、事案の特性を踏まえて審査基準を定立し、
事案の特性を踏まえて下位基準を設定して当てはめる。
むろんこれら2つの事案の特性は、前者が類型論であり、
後者が二次規範というわけだ。

これが求められているということではないか?

302 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 12:24:27.33 ID:???
>>296
学説の流行みたいなもんだな。他の法分野でも良くある。
判例を外在的に批判し、反判例ってか判例をリードする理論を次々に出す時期と
判例を追認し、判例の暗黙の法理を理論化する作業に没頭する時期。
民法でも刑法でも同じ現象が起きている。学者の趣味によるのかもしれんが。

303 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 12:35:16.20 ID:???
判例を内在的に理解すると言えば聞こえはいいが、憲法でも刑訴でも
内在的に批判することはほとんどできないだろ。

批判するためには相対化が必要であり、相対化は外在的にのみなしうる
というのが多くの人が採ってきた方法論であるからね。

法律学のみならず社会学でもそうだよ。

その意味では、内在的批判というのは形容矛盾だな。ここにいう
内在的とは追認的ということであり、追認するなら批判もクソもない。

同じような発想を宍戸が判例法理の内と外というテーマで書いていたな。

304 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 12:54:03.13 ID:???
日本の判例は基準なき利益衡量をしたがるんだよ。基準をハッキリ、クッキリ
させたら要件の適用という形式になるが、それは結論の硬直化を招くような
気がして怖いんだよ。アメリカの審査基準論の大勢がそうだよな。

ドイツの比例原則+審査密度は、審査基準論に比べたらはるかに要件の適用と
いう意識が希薄だし、希薄になるような方向を向いているように見える。

アメリカ審査基準論から最高裁の判例をみるとあいまいな審査基準に見えるのも
ある意味当然だろう。このあいまいな最高裁の審査基準を比例原則と審査密度の
組み合わせに置き換えようとしているのが小山だ(「作法」参照)。

要件の適用を明確なものにしようというベクトルのアメリカ審査基準論を
三段階審査論の中にヤドカリのように押し込めるのは、歴史的沿革を無視し、
基準が使われる文脈を無視し、定義を放擲して、審査基準を気分で理解する
ことなくしては、できない。小山は当然のことながらそうした批判を受け
ないように配慮した文章を書いている。

もともとベクトルの異なるアメリカ審査基準論をドイツ三段階審査論に接合
することなど無理なのだ。

305 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 12:56:50.80 ID:???
比例原則と審査密度の組み合わせというのが小山の表現だが、これは
審査基準と立法裁量の組み合わせというように考えても同じことだな。

一報は適用されるべき要件という意味での基準、審査密度も立法裁量も
裁判所と議会のどちらの判断を尊重すべきかという意味での役割分担の
問題だからな。

306 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 13:01:15.55 ID:???
わすれた。>>305に加えると、
合憲性判定基準と審査基準(審査の厳格度と言う意味で305のそれとは意味が違う)
ということを区別しようとした江橋教授の立論(「講座憲法訴訟」や「憲法訴訟
ゼミナール」参照)も、同じことをやろうとしていると評価すべきだろうな。

307 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 13:47:53.40 ID:???
>>305
>審査密度も立法裁量も裁判所と議会のどちらの判断を尊重すべきか
>という意味での役割分担の問題だからな。

言われてみると、そんな気もするが、そうなのかな?
役割分担は背景にある問題じゃないの?



308 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 14:35:45.24 ID:???
>>304
>要件の適用を明確なものにしようというベクトルのアメリカ審査基準論を
>三段階審査論の中にヤドカリのように押し込めるのは、歴史的沿革を無視し、
>基準が使われる文脈を無視し、定義を放擲して、審査基準を気分で理解する
>ことなくしては、できない。

これは一面的な見方だ。
日本の憲法だって、各国の憲法を参考にして作られたんであって、
アメリカの憲法だけ見て作られたわけじゃない。
先進諸国の憲法でワイマール憲法の影響を受けてない憲法なんてないだろう。

アメリカ由来のものとドイツ由来のものは違うから、というのは全く理由にならない。
それこそ雰囲気で否定するのようなものだ。
アメリカ由来のものとドイツ由来のものを混ぜた場合、
「ここに論理矛盾が生じるから」ダメ、という部分が具体的に指摘できないと、法律学じゃなくなる。
どの国の法律だってあらゆる国の間の交流からできたものなんだから。

309 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 14:45:38.76 ID:???
>>308
おまいの方が一面的じゃないか?
比例原則+審査密度は、審査基準論に比べたらはるかに要件の適用という意識が
希薄だし、希薄になるような方向を向いているもの
これと
要件の適用を明確なものにしようというベクトルのアメリカ審査基準論
は混ぜるべきではないって言ってるのであって
アメリカドイツの話じゃないでショ

310 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 16:11:06.10 ID:???
>>308
審査基準論は要件の適用という形を意識してるわけだ。たとえそれが擬制で
あってもだ。三段階審査論・比例原則では、やはり要件の適用という意識は
希薄だ。高橋和之もそこを指摘している。

確かに憲法も法律もそして判例もアメリカとかドイツの影響を受けるよ。
それは誰も否定しない。

論理矛盾といっていいかどうかは、直ちに判断できないが(疑わしいとは
思うが)、少なくとも審査密度は「要件の定立と適用」という判断形式を
採ってはいないよね。

この「要件の定立と適用」という形を鮮明にしようとする方向と、あまり
意識しない(自覚的に鮮明にしようとはしない)方向とでは、同じものだ
とは言えない。判断構造としての要件定立志向を無視するなら混ぜてもいい。
だが無視せずに、そして高橋のように強調するなら論理矛盾の様相を呈する。

だって日本の従来の憲法学の通説は、個別的比較考量を可能な限り回避すべく
要件の定立を試みてきたのだし、それが審査基準論の発達というわけだよね。
ところが三段階審査論の論者は要件の明確化ということを志向してないでしょ。
小山も石川も宍戸も新も、みんなそう。志向しているのは個別的比較考量の
類型化だよね。宍戸も法学セミナーでそう書いているよ。

あなたの言うことは過去の歴史としてはそのとおりだが、無視を決めこむ
ところがあってはじめてできることだよ。無視するのかしないのかが問題だな。

311 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 17:42:04.89 ID:???
>>310
違憲審査基準と比例原則を混ぜるのは確かに注意する必要がある。
だけど、保護領域、制限、制限の正当化という3段階の枠組みを使いつつ、
制限の正当化のところで比例原則を用いずに違憲審査基準を使っても何の矛盾もないと思うよ。

312 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 18:05:58.92 ID:???
>>311
矛盾はないどころか、それはもはや審査基準論の立場だよ。
審査基準論の立場でも常にではないが保護領域や制限について
必要に応じて言及してきたのだから。

三段階審査論の核心部分は三段階の枠組みそれ自体というよりは
実質的正当化の段階をどのように判断するかにある。この段階を
審査基準論にスライドさせるとなると三段階審査論とはいえない。
仏作って魂を入れず、となるからね。

三段階の枠組みの重要性を宣言したことに三段階審査論に功績がある
ということはできるが、あなたが提示した論じ方だと審査基準論「が」
三段階審査論「を」取り込んだということになるよ。

審査基準と比例原則はベクトルが異なるが、保護領域や制限に関しては
べクトルの相違はない。

313 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 18:18:09.57 ID:???
おい、議論がループしてるぞ

314 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 18:31:28.45 ID:???
>>313
ループしようがしまいが重要なことだ。>>311の主張もこのスレで以前からある
ものだが、保護領域→制限→違憲審査基準論(要件の定立と適用の明確化)と
いう流れで論じた場合、どんな感想を抱くだろうか?

従来の人権パターンそのものか、その亜流としか思えないだろうよ。
これを(アメリカ由来の)違憲審査基準を取り込んだ三段階審査論と言うのだろうか?
そう言うことも確かに不可能ではないが、どちらかと言えば三段階審査論の
着眼点を援用した違憲審査基準論、ないしはそのブラッシュアップとでも
言ったほうが気が利いているんじゃないかな?

1 保護領域→制限→違憲審査基準論(要件の定立と適用の明確化)
2 保護領域→制限→比例原則+審査密度(類型化志向の比較考量)

と整理すると分り易い。念のため2の正当化の部分は端折っているから文句はなしね。

315 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 18:39:18.58 ID:???
ふむ、三段階審査論にも独自の意義があったということか・・・

316 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 19:53:29.81 ID:???
「三段階」という形式面ばかり強調するからこうなるんだよ
もっと基本権理解と正当化における憲法適合性の判断方法を精確に輸入していれば…
ああ、黙殺されるねきっと


317 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 20:17:40.17 ID:???
>>316

あなたは、>>314の1、2のような整理は良くないってことが言いたいわけ?




318 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 20:55:09.25 ID:???
>1 保護領域→制限→違憲審査基準論(要件の定立と適用の明確化)

こんなものは本来ありえん代物だろうが。
論理的に可能であれば何でもありと喚いて平気でいる馬鹿を
思想の世界では、破壊主義者、ニヒリストと言うんだ。

319 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 20:55:58.92 ID:???
>>317
いや、まさか 誤解を与えたならわびるよ。すまない
その整理はむしろ正当とすら思っているよ


320 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 22:07:34.42 ID:???
>>318
そういう発想は、純血主義というか、完璧主義というか、
純粋なアメリカ型憲法論じゃなきゃいけないとか、ドイツ型憲法論じゃなきゃいけないとか、
それじゃ極右とか極左と同じだよ。
法律学は伝統や文化の純粋さを追求する学問じゃないんだからさ。
条文が少ない憲法は自由度が高い分野なんだよ。
憲法の教科書読み比べりゃ、10人が10人違うこと言ってるから。他の法律学と違って。

321 :氏名黙秘:2011/03/11(金) 22:41:08.42 ID:???
そういえば、フランスの憲法適合性の審査ってあんまり話題にならんな


322 :氏名黙秘:2011/03/12(土) 00:37:37.29 ID:???
まあ何にしても、審査基準が要件定立志向であり、比例原則・審査密度が
類型的比較衡量志向であるといったまとめは有難い。このいずれかを選択
して答案を書くことになる。


『最近、主としてドイツ憲法研究者を通じてドイツに由来する三段階審査という
違憲審査の方法が精力的に紹介され、しかもそれは単純な紹介を超えて「違憲
審査基準論に代わる実用的な解釈図式として、各論者が日本法における利用
可能性を試している」段階に至っている。』
(阪口正二郎「憲法上の権利と利益衡量」一橋法学)

323 :氏名黙秘:2011/03/12(土) 10:56:44.57 ID:???
まとめ

1 人権保障の有無→人権制限の根拠→違憲審査基準(要件の定立と適用の明確化)
2 保護領域→制限→違憲審査基準(要件の定立と適用の明確化)
3 保護領域→制限→比例原則+審査密度(類型化志向の比較考量)

普通は1か3だよな。2は未だ認知されてない。

324 :氏名黙秘:2011/03/12(土) 15:25:12.90 ID:???
阪口論文を読んでみて、そこにも違憲審査基準論と三段階審査論との
「接合」の試みがあるという言及があるが、ここで注意すべきなのは、
この「接合」というのは、

保護領域→制限→違憲審査基準(要件の定立と適用の明確化)

といった論証の型をさしているのではない、ということだ。これは「接合」
でもなんでもない。「野合」とでも言うべきものであり、この論証の型を
主張する学者は1人もいない。

「接合」とは違憲審査基準(要件の定立と適用の明確化)と比例原則+審査
密度(類型化志向の比較考量) との接合を意味している。既に言及されて
いるようにベクトルが異なるとか(阪口の言うように)段階の設定の有無と
いう違いがあるために、容易に接合できるものではない。>>311の後段の
論理について学者は誰も採用してないし問題にすらしていない。

325 :氏名黙秘:2011/03/12(土) 15:35:24.09 ID:???
上の整理に従うなら、駒村連載のやろうとしていることは、
保護領域→制限→違憲審査基準(要件の定立と適用の明確化)+比例原則+審査密度(類型化志向の比較考量)
と言う感じなんだよなぁ その理論的接合根拠がどうにも鵺的で気持ち悪い

326 :氏名黙秘:2011/03/12(土) 15:47:09.03 ID:???
ぬえ的
難しい言葉使うなあ

327 :氏名黙秘:2011/03/12(土) 16:06:14.87 ID:???
一人もいないんだっけ?
事例研究憲法で誰か主張してなかったか?

328 :氏名黙秘:2011/03/12(土) 16:16:01.58 ID:???
>>327
木下・村田・渡辺「事例研究 研究」(日本評論社)のことかな?


329 :氏名黙秘:2011/03/12(土) 16:22:12.76 ID:???
小山はドイツの三段階審査論を主張している。判例のこの部分は、
三段階審査のこの部分に対応するとか言っている。正直言って
小山の試みは(学説の)審査基準と比例原則・審査密度の接合では
なくて、(判例の)審査基準を比例原則・審査密度に言い換えよう
というものだ。接合じゃないな。

330 :氏名黙秘:2011/03/12(土) 22:06:26.20 ID:???
>>328
ごめん吹いたw

331 :氏名黙秘:2011/03/12(土) 22:24:15.54 ID:???
小山「作法」によると、<原則としての自由>と<例外としての制限>
という枠組みを前提にしているのが三段階審査論であると明言している。

だが、たとえ小山の設定する防御権を制限する立法の合憲性判断においても
こうした<原則としての自由>と<例外としての制限>とうい枠組みが必ず
妥当するわけではない。小山はこれを肯定するために宮沢の一元的内在制約説
をにべもなく否定する。同様に宍戸もこれを過去の遺物であると断ずる。
だが果たしてそうであろうか。

他方において、小山は、法的判断は、究極的には、利益衡量・比較衡量の問題
であり、対立する利益のうちどちらが優越するのかを判断しようとしている
のだという。だが、この対立する利益のどちらが原則であり、例外であると
断ずることが果たして妥当なのだろうか。

自由と制限という設定は賛成するが、原則と例外という設定には反対する。
従って<原則としての自由>と<例外としての制限>という枠組みに賛成
することができない以上、これを前提とする三段階審査論にも賛成できない。

アメリカ的違憲審査基準論は、<原則としての自由>と<例外としての制限>
という枠組みを超えた、それ以外の場合をも包含する判断枠組みなのである。

332 :氏名黙秘:2011/03/12(土) 22:41:18.67 ID:???
一元的内在制約説は、制約利益を人権に還元する。人権を制約するのは人権
であるというわけである。とすると<原則としての自由>と<例外としての制限>
を前提とする三段階審査論にとって、一元的内在制約説の妥当性が承認される
のは大変に都合が悪い。そこで人権に還元することは意味がないと言い切る。

しかし、人権に還元することは個人の利益を超えた政府独自の都合を制約利益
とすることを回避するという実践的な目的がある。かかる目的を実現するには
制約利益を人権に還元することには十分な意味があると言えよう。

従って、一元的内在制約説に立つのであれば三段階審査論を採用することは
理論的に不可能ないし著しく不都合であると評すべきである。

また、個人と国家の対立という想定において、国家が個人とは別個の主体である
かのように考えるのは、人権制限の問題を考える場合には、いろいろと不都合が
生じる。国家の立場といっても、その背後に別の個人の利益の実現という要請が
あるわけだ。一元的内在制約説は、人権制限の背後にある別の個人(の集合)が
持つ人権の実現を抉り出すことをも可能とする。三段階審査論における目的審査
では、こうした制約利益の本質から目をそらすおそれが多分にある。受験生が
規制目的は正当であると簡単にすませるのと、どこか似ていないだろうか。

こうした事態の原因は<原則としての自由>と<例外としての制限>という枠組み
を安易に前提とするからである。こうした枠組みで考えることが妥当な場合もある
であろうが、そうでない場合もある。だが、いずれにせよ、これを前提とする
三段階審査論に賛成することはできないのである。

333 :氏名黙秘:2011/03/12(土) 22:47:25.70 ID:???
>>331-332のように思考を進めるならば、

保護領域→制限→違憲審査基準(要件の定立と適用の明確化)

のような論じ方に極めて違和感を持ってしまうのである。なぜなら、保護領域・制限
というのは、<原則としての自由>と<例外としての制限>という枠組みを前提とする
論証構造であることを(部分的にせよ)象徴するタームだからである。


334 :氏名黙秘:2011/03/12(土) 23:12:32.52 ID:???
一元的内在制約説www
ヴェテ乙www

335 :氏名黙秘:2011/03/13(日) 00:06:55.69 ID:???
>>334
食いついてきたな。待ってたぞ。浦部は多少理論的深化を果そうとしたが、芦部は結局
一元的内在制約説の理論的深化を図らなかったし、高橋も長谷部も一元的内在制約説を
そのまま維持することはできないと言う。だがその狙いとするところは変わってない。
青柳幸一も佐藤幸治も同じ狙いを持っていることは疑いない。

人権を制約できるのは人権だというのが狭いといって別の公益により人権を制約できる
としても、その公益は憲法価値を有する重要な公益(高橋)でなければならない。
人権という憲法価値を制約できるのは憲法価値といえる利益である、という意味では
一元的内在制約説の趣旨は全く損なわれていないのである。

だとすれば一方の憲法価値が原則であり、他方の憲法価値が例外であるといえるの
だろうか?比較衡量・利益衡量にしても、この場合、憲法価値と憲法価値の衡量をする
ことになるが、原則と例外の関係をアプリオリに設定することは妥当だろうか?
これはなかなか難しい問題であろう。

小山ら三段階審査論を主張する者たちはこうした点に目をつぶっている。でないと
<原則としての自由>と<例外としての制限>という図式を維持できないからだ。

もうひとつ。個人と国家の対抗関係に着目すれば、原則と例外の関係を設定できると
言うかもしれない。しかし人権や権利の本質に関する利益説に立つまでもなく、
主体のみに着目し、利益の性質=被制約利益としての人権と制約利益としての人権・公益
に着目しないとするなら、原則と例外の関係につき、原則としての自由・例外としての制限
という図式そのものの妥当性を疑うべきである。この図式を維持できないのであるなら
小山がその帰結だという三段階審査論に賛成する理由の1つが少なくとも失われたと
言ってよいのではあるまいか。だがこの点はかなり三段階審査論にとって重大な問題だぞ。

336 :氏名黙秘:2011/03/13(日) 00:22:49.35 ID:???
小山批判のまとめ

1 法的判断は利益衡量である。
2 対立利益に原則・例外の関係をアプリオリに設定することはできない。
3 一元的内在制約説の趣旨は人権制限の根拠を人権ないし憲法価値に置く。
4 この立場では被制約利益と制約利益の間に原則・例外の関係だと規定しない。
5 従って一元的内在制約説の趣旨を前提にするなら原則的自由・例外的制限という図式を採用しない。
6 三段階審査論は原則的自由・例外的制限の図式の帰結だから、この立場は一元的内在制約説の趣旨にマッチしない。
7 以上より一元的内在制約説に立つ者は三段階審査論を採用しない。

337 :氏名黙秘:2011/03/13(日) 00:24:58.18 ID:???
ぶっちゃけ大人の事情で人権が制限されるのはしょうがないだろ
中学生じゃないんだからわきまえろ
社会見ろ

338 :氏名黙秘:2011/03/13(日) 00:36:29.20 ID:???
ここで話してる議論って生きてく上でどうでも良くないか?日本なんて後進国なんだからそんな空論しても仕方ないし、ただのオタクスレになってる。

339 :氏名黙秘:2011/03/13(日) 04:14:19.35 ID:???
そうだな。
まず、一元的内在制約説とそれ以外では人権の範疇が異なるのではないかという疑問がある。
憲法上記載されている価値なら何でも制約根拠になるのか?
なると考えるなら、一元的内在制約説でいいのだろうし、公共の福祉でバンバン制約できる、
この無制約さを制限しようとするのが大事なのではないか。
ならないと考え、制約根拠となる「人権」の範囲を限るなら内在外在二元説になるだろう、
そして三段階審査論とも整合的である。

憲法13条において一般的自由説に近い説をとる論者、たとえば佐藤などは、
一元的内在制約説から原則自由例外制約に乗り換えやすいな。


340 :氏名黙秘:2011/03/13(日) 13:14:22.51 ID:???
>>335
>もうひとつ。個人と国家の対抗関係に着目すれば、原則と例外の関係を設定できると
>言うかもしれない。
言うかもしれない、じゃなくて、そのとおり。
国家と社会の古典的な二分論を参照すれば、国家が対国家たる基本権うごめく社会に対して影響を及ぼせる可能性は本質的に0であり、
したがって制限されざる基本権と、その制限が例外的に正当化される図式が想定されるという理由から、
原則・例外の関係を見出す、というのが三段階審査の妙味であって、なおかつ、その場合の三面関係における第三者は、基本権保護義務論でカバーできる
けれど、以下が何を言ってるのかよくわからん
>しかし人権や権利の本質に関する利益説に立つまでもなく、
>主体のみに着目し、利益の性質=被制約利益としての人権と制約利益としての人権・公益
>に着目しないとするなら、原則と例外の関係につき、原則としての自由・例外としての制限
>という図式そのものの妥当性を疑うべきである。
「利益の性質=被制約利益としての人権と制約利益としての人権・公益」というものは、三段階審査でもちゃんと考慮されてるよ?

341 :氏名黙秘:2011/03/14(月) 18:34:55.63 ID:???
>>339
>>340

キミら、よく読んだら?

342 :氏名黙秘:2011/03/14(月) 20:47:10.16 ID:???
>>341
すさまじい返答だなおい・・・

343 :氏名黙秘:2011/03/16(水) 18:39:25.24 ID:???
だからさ、原則・例外の設定自体が問題なんだよ。
そもそも判例がそう言ってないでしょ。「基礎からの憲法訴訟」にもあるよ。

344 :氏名黙秘:2011/03/17(木) 09:48:42.42 ID:???
作法読んで原則例外なんだって信じ込んでたけどここでのぎろん見たらそうとはいえないことに納得した
むずかしいな…

345 :氏名黙秘:2011/03/17(木) 10:43:25.65 ID:???
ここを見てから芦部本に高橋が追加した三段階審査の記述の意味がよくわかる
ようになった気がするよ。

346 :氏名黙秘:2011/03/17(木) 14:02:47.94 ID:???
小山批判というより、一元的内在制約説を採用しないことに対する批判じゃん。
小山自身、一元的内在制約説は妥当ではないとしているから、一元的内在制約説と三段階審査の理論的結びつきの議論をしてもしょうがない。
やるなら、単純に一元的内在制約説に対する批判を純粋に検討すべき。


347 :氏名黙秘:2011/03/17(木) 14:50:24.70 ID:???
>>346
キミも、よくわかってないね。

一元的内在制約説は、原則としての自由、例外としての制限なんてことは
言わないよ。制限根拠も人権なんだから、例外になりようがないよ。
ここまで言えば、憲法価値と憲法価値を衡量するのに、原則と例外の関係を
設けることは妥当でないとわかるでしょ。一元的内在制約説以外の立場でも
同じだよ。そして、小山も利益衡量をしているのだから、そうであるはず
なんだよ。

ところが、いつのまにか原則と例外の関係を、そーっとしのばせて、さも当然
であるかのような態度だよな。三段階審査論が原則と例外の関係を絶対視して
いるのだから。

ここに小山をはじめとする三段階審査論に立つ連中の論理の飛躍があるわけだ。
規制の背後にある人権価値・憲法価値を例外という立場に追いやるのが当然だ
と言わんばかりの論調はおかしいんじゃないの?ってことだよ。一元的内在制約説
だと、そこのところの問題点を浮き彫りにするわけだしね。

348 :氏名黙秘:2011/03/17(木) 14:58:57.32 ID:???
小山批判ということなら、三段階審査論を採用するかどうかは別に構わないが、
それよりも、判例の審査基準を、比例原則やら審査密度やらで置き換えること
のほうがよっぽど問題だよ。

判例を内在的に理解しようとするのはいいとしても、それは三段階審査論に
置き換えることとは意味が違う。

第10の使途が零号機を捕食して使途だと識別できないようにしてセントラル
ドグマに入る障害をなくすのに似ているのではないか?

宍戸も法学セミナーの連載で、三段階審査論の立場であることを鮮明にしないで
受験生批判をやって三段階審査論に誘導しようとしている記事を書いている。
学者の良心としてどうかと思うよ。

349 :氏名黙秘:2011/03/17(木) 15:05:04.39 ID:???
俺が三段階審査論を導入するのなら、これと判例との違いを「外在的に」
明らかにしようとするだろうよ。最高裁の判例は三段階審査論ではない
のだから。

判例の準則を審査密度と比例原則に言い換える作業も、まるっきり無駄と
までは言わないが、内在的検討などと言わないでもらいたいものだ。

もともと違うのに、それを同じだと言ったり、実は同じだと理解できるなど
と言うのは、下手な手品を見せられているような気分がする。

350 :氏名黙秘:2011/03/17(木) 15:09:46.44 ID:???
最後に。

原則としての自由と例外としての制限というのは、国家法人説・法実証主義
の伝統のある特殊=ドイツ的な発想だということだ。

無論アメリカ憲法学はそんな考え方は採らない。

こうしたことを踏まえて日本の憲法および判例に対するスタンスを冷静に
考えるべきだろうな。

351 :氏名黙秘:2011/03/17(木) 19:07:07.49 ID:???
>>347
わかってないのは君だな
なぜわざわざ「憲法上の権利」などという言い方をしているのか理解していないみたいだな

352 :氏名黙秘:2011/03/17(木) 19:26:50.21 ID:???
民主党が憲法どころかこの国を崩壊させた

353 :氏名黙秘:2011/03/17(木) 21:43:44.03 ID:???
>>351
それを言うのなら、衡量の対象について汎用性のない理解に至るだろ。
それに>>346の理解の仕方それ自体がおかしいだろ。

354 :氏名黙秘:2011/03/19(土) 10:51:22.87 ID:???
君達、冷静にな

355 :氏名黙秘:2011/03/23(水) 02:48:49.62 ID:???
>>347
347は、一元的内在制約説以外も同様としている論拠は?
憲法価値以外も人権制約根拠となるとするならば、原則例外が描ける場合があり得ることになる。

また、憲法上の権利という主観的権利と、内在的制約説にいう人権とでは、前者の方が重要であるのでは。
内在的制約説の場合、人権を憲法上の権利よりも広くとらえる必要があるという長谷部の批判がある。
屋外広告物条例は、まさか美観を維持するという憲法上の権利を導くというのか。

原則例外が描けるのは、憲法上の権利として強い保護が与えられる場合に限られるわけだから、制約根拠としての人権という薄弱なものよりは重要といえると考えられる。

347の議論は、どうも憲法上の権利と制約根拠としての人権を同価値であるという思考があるように思う。
そのような考えの当否はさておき、以上の立論があり得る以上、三段階審査の原則例外図式は不合理ではないと、96のギャル男が申しております。

356 :氏名黙秘:2011/03/23(水) 23:11:59.44 ID:???
>>355@

憲法価値を制約できるのは憲法価値である。従って、憲法価値である人権を制約できるのは
憲法価値といえる利益でなければならない。憲法価値とは認められない利益を根拠に人権を
制約することは認められない。

「まず、人権を制約する立法などの目的が審査される。この目的が憲法上価値を否定される
場合には、それだけで制約は違憲と判断される。」(香城敏麿「憲法解釈の法理」29頁)

人権制約の根拠論とは公共の福祉の解釈論である。芦部は学説を3つに整理し、そのうち
一元的外在制約説は単なる法律上の価値による人権制約を認めるおそれがあると言う。

「この説は、…、明治憲法における『法律の留保』のついた人権保障と同じことになって
しまわないか、という問題があった。」(芦部信喜「憲法」96頁)

しかし内在外在二元説も一元的内在制約説も、一元的外在制約説を批判した上で説かれて
いるので、憲法価値を制約できるのは憲法価値である、という前提を下敷きにしている。

ここで一元的内在制約説をあえて取り上げたのは、人権を制約できるのは人権であるという
ことから、憲法価値を制約できるのは憲法価値である、というテーゼを容易に想像できる
と考えたからである。

憲法価値を憲法価値とは言えないものにより制約することを認めないのであるから、
>憲法価値以外も人権制約根拠となるとするならば、原則例外が描ける場合があり得ることになる。
ということは認めがたい。

357 :氏名黙秘:2011/03/23(水) 23:15:35.81 ID:???
>>355A

次に、制約利益を人権に還元することが不可能ないし困難な場合があるという、一元的
内在制約説に対する長谷部批判についてだが、それこそ対立利益の具体的な分析の欠如を
示すものである。棟居や浦部などは今でも一元的内在制約説に忠実である。

美観風致の維持も人権条項に還元するのが一元的内在制約説であり、審査基準としての
個別的比較衡量に話をつなげて具体的事情を踏まえて人権制約の正当化事由を具体的に
論じることが、汎用性のある合憲性判断の枠組みになると思われる。

それから人権制約の根拠論と基準論を区別する必要がある。二重の基準における優越的地位
や三段階審査論における防御権の人格的価値論などは、人権制約の基準論に属する議論である。
人権制約の根拠論において制約される人権が制約利益よりも重要である、という主張を確定
するのであれば、いかなる事案においても、どんな文脈でも、被制約利益たる人権が制約利益
よりも優越するということになるから、制約は違憲に決まっている。審査基準や比例原則を
論じるまでもない。審査基準や比例原則は具体的な事案の下で論じるものである。
明確性の原則などは判例と学説とでは扱いが異なるので、今は脇に置いておく。

従って、
>原則例外が描けるのは、憲法上の権利として強い保護が与えられる場合に限られるわけだから、
>制約根拠としての人権という薄弱なものよりは重要といえると考えられる。
などは、人権制約の根拠論としてなら賛成しがたいが、基準論に置き換えて理解するので
あれば、1つの立場として認めないというわけではない。

358 :氏名黙秘:2011/03/23(水) 23:21:50.60 ID:???
>>355B

人権制約の根拠論において、憲法価値は憲法価値により制約できる、ということを確認
したうえで、その次に、それらの価値を、具体的な事情の下で、衡量することになる。
これは人権制約の基準論の話である。

「表現の自由と名誉権とが対立するとき、あるいは、営業の自由と国民の健康とが対立
するとき、いずれの原理も妥当な原理でありうる(…)。
 複数の原理が衝突するときは、それらを衡量し、その上で、法的問題に対する答えを
定める具体的な準則、つまり、いかなる条件の下である原理が他の原理に優位するのか
を定める準則を定立する必要が生ずる。憲法上の権利に関わる問題では、この具体的な
準則は、審査基準といわれる。憲法上の権利に関わる議論の多くは、判例や学説の提示
する審査基準が、対立する諸原理の適切な衡量にもとづくものといえるか否かをめぐって
争われる。」(長谷部「憲法」103頁)

審査基準論は、制約される人権の性質に着目して審査基準を定立しようとする。制約利益
である人権の性質に着目しないようにしている。その結果、制約される人権の重要性が
クローズアップされ、厳格な審査に向かいやすい。「強い保護」が与えられる「重要な」
権利であると言いやすい。その意味では、人権制約の根拠論とその基準論とは切断されて
いるといってよい。

これに対して、個別的比較衡量は、制約される人権にも着目するが、制約利益にも目を
向けている。その結果、人権制約の根拠論において提示された憲法価値の対立を基準論
においてもスライドさせて、その衡量を問題とすることになる。その意味では、人権制約
の根拠論とその基準論の間に連続性があるといってよい。制約される人権と制約する人権
との間に憲法価値として同等というのは、根拠論も基準論でも登場する考え方である。
>>347はそうした連続性を前提にしていたので、今から見ると確かに分かりにくい。

359 :氏名黙秘:2011/03/24(木) 03:00:49.35 ID:???
>>358
要は、制約の根拠論としては、三段階審査論(原則・例外図式、制約利益も検討の俎上にのせる比例原則)を認める気は無いが、
制約の基準論としては、これは成り立ちうる、という理解なんだな?

360 :氏名黙秘:2011/03/24(木) 08:10:05.81 ID:???
>>359
比例原則は基準論に位置するが、三段階審査論全体について言えば、とくに人権制約
の根拠を論じることがないようにみえる(小山「作法」を読む限りは)。

そもそも、人権の限界に関する問題は、シンプルに整理すると、

@人権を制約する根拠たりうる利益はありますか?
Aあるとしたら、人権とどのように調整するのですか?

という問題があり、公共の福祉論は、@Aをともにカバーするという前提で議論されたが
根拠論として@に限定されるべきだ、Aは基準論として議論すべきだという意味では、
議論の土俵に関してコンセンサスが形成されている。

そして基準論に関しては、アメリカの議論を一生懸命に輸入しているところへ、
今度はドイツの議論を一生懸命に輸入しようとしているうちに、人権制約の根拠論を
忘れているのではないか、というわけだ。

青柳が採点実感で、比例原則における個別的比較考量という手法を採用するのなら
その理由を書けと言っているが、あなた分りますかね?人権制約の根拠論のような
一種の先祖返りのような議論をしないとできない話ではないかと思いますよ。
356以下は、そうした意味も込めたつもりだが、上手く伝わらなかったようだ。

361 :氏名黙秘:2011/03/24(木) 10:12:19.11 ID:???
>>96

362 :氏名黙秘:2011/03/24(木) 12:33:51.52 ID:???
>>349-350
日本の判例はまるっきりアメリカ型というわけではないんだが。
ドイツ憲法判例を取り入れたと見られるところも多々ある。
日本の判例がドイツ憲法判例とは違う、という前提は誤りだ。

363 :氏名黙秘:2011/03/24(木) 18:34:27.06 ID:???
96のギャル男君、以下に対する回答を持ち合わせていますか?


3 比例原則での個別的比較衡量を選択するのならば,
なぜあらかじめ基準を立てない比例原則を採るのか,
比例原則で何をどのように比較衡量するのかについて,
それらがきちんと説明されていなければならない。
(by青柳幸一)

364 :氏名黙秘:2011/03/25(金) 01:27:36.49 ID:???
>>363
>3 比例原則での個別的比較衡量を選択するのならば,
>なぜあらかじめ基準を立てない比例原則を採るのか,
一般論としては、個別的比較衡量は、政府利益を優先するおそれがあるから、同程度の権利を調整するため、裁判所が仲裁者としてはたらくらような場合に限られる(芦部4版100頁、なお、宍戸31頁)。

対する判例は、原則として利益衡量であるが、恣意的判断に陥る可能性がある場合などにおいて、基準論を併用するようだ(前田巌ジュリ1350号86頁)。

そうすると、保護や制限の程度が低いなど、恣意的判断のおそれがない場合には、あらかじめ基準を立てる必要はないと考えることもできる。

>比例原則で何をどのように比較衡量するのかについて,
>それらがきちんと説明されていなければならない。
この点は、対立利益を明示して、判例を参考にするしかないのでは。
一例として、制約される利益の内容、性質、制限の程度、得られる利益の内容、程度、緊急性など。


365 :氏名黙秘:2011/03/25(金) 01:59:03.95 ID:???
>>356
355です。
359は別の人です。

@は、なるほど正しいと思う。
Aも、自分としては基準論として言っていたつもりなので賛成。

作法は、人権制約根拠を規制目的として位置付けているように読める(70頁以下)。
73頁の
「規制根拠を、何人かの人権、あるいはすべての国民の人権に還元することは、不可能ではない。
しかし、それは意味のないことである。
…すべての公益は、およそ恣意的なものではない限り、究極的には何らかの意味で人権制約根拠に還元されうるためである。」
という記述は、異論のあり得るところではある。
ただ、何を憲法価値とするかは、その線引きがそもそも曖昧ではないかと思う。
それゆえ、およそ恣意的な公益を除外すれば、一元的内在制約説も、作法の見解も、近時の有力説も、結論部分ではコンセンサスが得られるのではないかと思う。

個人的には、憲法上の権利に対する直接的制約は、原則例外が描けるとは思うが、それ以外の領域では難しいと考えている。
そこに、自由国家思想を理由に原則例外を描くのは、あまりに乱暴ではないかと思う。
仮に作法ないし三段階審査が、この点についても原則例外を描くとすれば、そこに異論があるとは思う。

366 :氏名黙秘:2011/03/25(金) 03:43:11.01 ID:???
>>357
日本国憲法の解釈の元に置いて「自由権」と位置づけられてきたものについては、
利益衡量がどうしたとかいうことを込みに考えたとしても、原則・例外図式を用いることは全く正当だと思うんだが


367 :氏名黙秘:2011/03/25(金) 15:34:21.94 ID:???
>>362
>日本の判例はまるっきりアメリカ型というわけではないんだが。

そのつもりです。付け加えると、まるっきりドイツ型でもありません。

>ドイツ憲法判例を取り入れたと見られるところも多々ある。

そうだと思います。アメリカ憲法判例を取り入れたと見られるところも多々あります。

>日本の判例がドイツ憲法判例とは違う、という前提は誤りだ。

100%違うとは言いませんが、表面的な表現に着目するだけなら賛成しませんね。
ドイツ憲法判例とは違う、という前提に立てば、日本の憲法判例を「外在的に」検討する
ことがより一層可能になる。同様にアメリカ憲法判例とは違う、という前提で日本の判例を
「外在的に」検討することも大いに意義がある。

従来の憲法学者は、日本の判例とアメリカの判例の共通点を指摘することに躍起となっていた。
同じことを今度はドイツの判例と対比させてやろうとしている。森鴎外がいかに当時のドイツ
の文献のパクリをやり過ぎているのかを明らかにするのと似ている(例:小堀桂一郎)。

すでに日本の判例はアメリカともドイツとも異なる独自の発展を遂げているのだから、
その点を指摘することのほうがよほど大事だとは思わないかな。日本の判例がヌエだとか
言って満足するのは、年寄りのすることだ。日本の憲法判例の根底にある論理を抽出する
ことが可能だろ。外国文化を受容する際の一種の構えを論理として昇華することなどを
言っているわけだが。

ただ日本の学者はそれを認めないだろう。属国根性丸出しで留学しないと箔がつかないのだから。
論文でも諸外国の論文を渉猟しないと学位を認めない。まあそれはいいとしても、日本の独自性
を打ち立てようとすることに、どうしてあんなに消極的なのだろうか?しかも独自性を追求すべきだ
と言う学者が多いのだから、言うこととすることが違いすぎる。本当に始末が悪い。

368 :氏名黙秘:2011/03/25(金) 16:13:37.79 ID:???
>>367
どうした? 急に人格が粗野になったぞ

369 :氏名黙秘:2011/03/27(日) 16:59:49.25 ID:???
>>368
それはすまない。

>>366
原則例外図式は、三段階審査論とそれ以外とでは、それがもたらす理論上の効果に違いがある。

三段階審査論では、精神的自由であれ経済的自由であれ、規制側に合憲の条件について論証責任を
負担させるのに対して、それ以外の立場では、精神的自由規制立法の審査においては、規制側に
論証責任を負担させるが、経済的自由規制立法の審査においては、規制側に論証責任を負担させない。

これは、三段階審査論が論証責任を規制側に負担させる根拠が原則例外図式であるのに対して、
それ以外の立場がその根拠を精神的自由の優越的地位に求めているからである。これは原則例外図式
に対して理論上どんな役割を負わせようとしているのかに違いがあることを意味している。

もっとも、そうした効果とは無関係に、単なる議論の整理法として原則例外を使用するのは一向に
構わない。あなたのいう原則例外図式は、こうした単なる整理法の意味であるから、三段階審査論
や利益衡量に関するここでの議論とは関係ないと感じるのは、当たり前である。

370 :氏名黙秘:2011/03/27(日) 17:18:28.80 ID:???
>>364
個別的比較衡量を、裁判官が仲裁者として働き恣意的判断のおそれのない場合に適用する、
というのは、アメリカ型の違憲審査基準論に立脚する芦部説である。

ところが、採点実感における青柳のコメントは、
@比例原則=個別的比較衡量、
A個別的比較衡量=予め基準を立てない衡量、
B従って比例原則=予め基準を立てない衡量、
と捉えているのではないだろうか。

とすると、裁判官が仲裁者として働き恣意的判断のおそれがないから個別的比較衡量で判断する、
とは言い難いのではないか。あるいは、こうした論法が妥当するのは、ごく一部であって、
比例原則の適用が想定されている事例をカバーしきれないのではないだろうか。そうだとすると、
こうした「裁判官が仲裁者として働き恣意的判断のおそれがないから」という解答を青柳が
必ずしも期待していないようにも思える。

ア 人権制約の合憲性の問題一般について個別的比較衡量で判断する根拠
イ 自由権(防御権)の合憲性の問題について個別的比較衡量で判断する根拠
ウ 憲法上同価値といえる人権と人権・公益が対立している場合に個別的比較衡量で判断する根拠

のうち、芦部の解答はウにしか妥当しないのではないだろうか。

371 :氏名黙秘:2011/03/27(日) 17:35:07.72 ID:???
>>355
>347の議論は、どうも憲法上の権利と制約根拠としての人権を同価値であるという思考があるように思う。

制約される人権と制約する人権との間には、一方が他方よりも憲法価値として優越する、
といえる場合もあるが、そうでない場合もある。そして、そうでない場合においては、
積極的に同価値であるというのではなく、憲法価値として一方が他方よりも優越するとは
いえないという消極的な言明にすぎない。(そうすると、一般的な憲法価値論として結論を
出せないのであれば、個別具体的な当該事案において、それぞれの憲法価値を背負った
それぞれの具体的な利益のうち、どちらが優越するのかを判断することになる。)

いずれにしても、同価値である、という断定をしているわけではない。かりに同価値であると
断定するなら制約根拠たりうる価値とはいえないので、それだけで制約は違憲となるから。

372 :氏名黙秘:2011/03/27(日) 18:34:40.47 ID:???
とりあえずお前らの議論は司法試験レベルを超えているw

373 :氏名黙秘:2011/03/27(日) 21:14:02.85 ID:???
超えているけど見ている側としては知的に楽しいからもっとやれといいたいです

374 :氏名黙秘:2011/03/28(月) 04:36:53.99 ID:???
うーん
国家と社会の二元論を前提として承認するのなら、防御権構成、原則例外図式の承認もたやすいはずなんだが、
どうも、>>369は国家概念について、ドイツのように強い国家というものを想定しておらず、
英米流の弱い国家概念を取った場合の立場からの批判に聞こえる
その意味でやっぱり外在的批判に近くて、内在的批判としてクリティカルではない


375 :氏名黙秘:2011/03/28(月) 08:21:32.21 ID:???
上で原則例外図式に疑問を呈する奴は、憲法が、対国家規範であることや、主観法(国民に帰属する基本的人権)・客観法(憲法が価値を認める利益)の区別すら理解できていないんだなW。


376 :氏名黙秘:2011/03/28(月) 14:11:38.46 ID:???
>>374
>>374
そもそも>>369は、>>366がなぜそのような疑義を持ち出したのか、
その原因となる誤解を解いただけである。もう一度整理すると、

1 三段階審査論→原則例外図式に論証責任という理論的効果を付与する
2 その他の立場→原則例外図式は単なる整理法にすぎず、特別の理論的効果を付与しない
(2では精神的自由の優越的地位に違憲性の推定・論証責任の付与を認める立場とそうでない立場がある)

三段階審査論とは無関係の従来の伝統的な日本の憲法学は2に従っているのであり、>>366もその流れに
いることを自覚しておれば、>>366のような疑問は生じない、ということである。とすると、>>374
コメントはピントはずれだと思われるのだが、ついでにこちらもコメントを残しておく。

>国家と社会の二元論を前提として承認するのなら、
>防御権構成、原則例外図式の承認もたやすいはずなんだが、

二元論を根拠として三段階審査論を導く算段なのだろうが、その論理的必然性はない。
三段階審査論における防御権構成、原則例外図式の妥当領域も狭い。

>国家概念について、ドイツのように強い国家というものを想定しておらず、
>英米流の弱い国家概念を取った場合の立場からの批判に聞こえる

強い国家・弱い国家なるものは、強い個人・弱い個人と同様に法理論として使用する実益はない。
定義しても理論上有益な効果を見込めない。そのような概念を弄ぶ自分に酔っているのではないか?
実益や定義の提示を願いたいところだ。


377 :氏名黙秘:2011/03/28(月) 14:14:01.28 ID:???
青柳は三段階審査論・比例原則における個別的比較衡量を用いるなら、その根拠を提示しろと言う。
例えば、屋外広告物法・同条例の規制目的の1つが美観風致の維持だが、これと表現の自由を
個別的比較衡量するなら、青柳はそうした判断方法を採用する理由を書けというが、芦部のような
裁判官が仲裁者としての役割しか果たさないので恣意的判断に至る危険性がないからだ、とは
いえない。しかし三段階審査論に立ちながら、青柳の指摘に答えられるのだろうか?

二元論や、>>375にいう憲法の対国家規範性を前提にする(らしい)三段階審査論に賛成の諸君は
青柳の疑問に答えることは難しいと思うね。

378 :氏名黙秘:2011/03/28(月) 17:53:30.82 ID:???
>>377

青柳のコメントを比例原則=個別的利益衡量として捉え、三段階審査=比例原則という公式にあてはめて、三段階審査=個別的比較衡量と考えるようだが、その前提が誤っているのではないか。
すなわち、青柳は、比例原則としての個別的利益衡量というにとどまり、比例原則=個別的利益衡量という図式にはないと思われる。

三段階審査の採用する比例原則は、何も個別的利益衡量ではない。
審査密度により定立される枠組のもと、補充的に利益衡量をするにすぎない。
これは、香城理論が、猿払の目的手段の枠組みについて、基準ではなく考慮要素と考えることと親和的である。

これに対して、審査基準論は、定立された基準をクリアすれば、利益衡量がなされたと擬制するため、個別的利益衡量をしてはならないとして、反論をする。

そうすると、三段階審査においても、基準のような枠組みを提示することがありうる。
この場合は、個別的利益衡量ではない。

したがって、
>三段階審査論に賛成の諸君は青柳の疑問に答えることは難しいと思うね。
とは言えないと思うが、いかがであろうか。


379 :氏名黙秘:2011/03/28(月) 18:10:37.25 ID:???
>>378
高橋和之は、比例原則について、「私自身が従来考え、理解してきたところでは、
比例原則というのは基準なしの利益衡量論という気がしています。」
(高橋和之「違憲判断の基準、その変遷と現状」自由と正義2009年7 月号111 頁)

高橋和之も青柳幸一も芦部信喜の弟子である。

380 :氏名黙秘:2011/03/28(月) 19:24:30.39 ID:???
以前、質問して違法という結論になってしまったのですが、まだ疑問が残っているので改めて質問させていただきます。


最近、公園での野宿は違法だっていうのをよく聞きます。
公園は宿泊施設じゃないからダメだとか、条例で「管理に支障をきたす怖れがある」から禁止とか…。
でも誰もいない公園でこっそりやる分には構わないと思うんです。
そもそも公園ってオープンスペースじゃないんでしょうか?
そして野宿は人類が古来から旅する際に日常的に行ってきた文化ですから合法だと思います。

違法じゃなければやっても問題ないと思うんですが、そこのところはどうなんでしょうか?
今回は都市公園に限定して教えてもらいたいです。

何卒よろしくお願いします。

381 :氏名黙秘:2011/03/28(月) 19:43:24.32 ID:???
>>376
>>374へのコメントありがとう。
誤解させてしまった点があるので誤っておくと、「>>369」としたのは、直近で同一人物だと同定できるのが>>369だったので、そうしたまでの話で、
>>369でのコメント内容になにかしら言いたいことがあったわけではない。この点は誤解させてしまって申しわけない。
さて聞きたいことが数点ある
 >二元論を根拠として三段階審査論を導く算段なのだろうが、その論理的必然性はない。
「論理的必然性はない」と言うが、まるで説明がないのでこれについて詳述を頼む
 >三段階審査論における防御権構成、原則例外図式の妥当領域も狭い。
これはそのとおりだと思う。石川健治も認めるように平等権・社会権はたしかにウィークポイントになりうる。が、本題はそこではなく、「自由権に限った場合の話」をしているのであって、
この反論の仕方は理論に対する直接的な反論にはなっていないのを自覚されたい
 >強い国家・弱い国家なるものは、強い個人・弱い個人と同様に法理論として使用する実益はない。
 >実益や定義の提示を願いたいところだ。
「実益」というが、原則例外図式をしくことが実益となっていることを認識されたい
加えて、「法理論として使用する実益はない」と言うが、個別の解釈論について(国家論を述べることで個別具体的な事案の憲法適合性の合憲違憲の分水嶺が導かれるとかいったもの)ではなく、
原則例外図式をしくことの実益となっていない、ということの論証を頼む(>>374は個別の憲法解釈について触れてはいない。あくまで三段階審査論に言及するのみということを意識されたい)


382 :氏名黙秘:2011/03/28(月) 19:44:19.94 ID:???
日本国憲法第19条・第22条参照

 野外生活を営む権利は「自然」権です。


         野宿は合法です……



         <⌒/ヽ___
       /<_/____/

383 :氏名黙秘:2011/03/28(月) 19:44:44.80 ID:???
アメリカ(あるいは芦部)流どっぷりな学者は「基準」厨だからな・・・

384 :氏名黙秘:2011/03/28(月) 19:54:10.06 ID:???
>>382

第19条・第22条はおかしいなw
特に19条を挙げるのはおかしい。
野宿は外部的行為だからな。思想信条を制約してるわけじゃない。
22条もおかしい。
公園は自分の所有物ではないから、もともと自由には居住できない。

憲法上の権利として主張するなら、せめて憲法13条後段にするべき。
しかしその権利すら、公共の福祉の観点から必要かつ合理的な制限に服するよ。


結論
緊急避難時以外で公園で野宿をする権利はない。


385 :氏名黙秘:2011/03/28(月) 20:42:24.13 ID:???
>>383
「都市公園で野宿する権利」が憲法上認められるか否かについて論ぜよ。

386 :氏名黙秘:2011/03/28(月) 20:44:50.95 ID:???
>>386

認められない
以上

387 :氏名黙秘:2011/03/28(月) 23:49:19.92 ID:???
>>381
第一の論点について。
二元論→三段階審査論、二元論→違憲審査基準論、二元論→個別的比較衡量論、いずれも成立。
とすると、二元論を三段階審査論に「固有の」根拠とするなら、そこに特別の意味を込める必要あり。
しかるにそのような特別の意味は過分にして知らない。こうした意味で「論理的必然性なし」と言及。

第二の論点について。
人権は自由権以外にも参政権その他がある。そして二元論はすべての人権を包摂する憲法全体の基礎
にある理論に関する1つの立場に他ならない。すると二元論は自由権の前提のみならずその他の人権の
前提でもある。よって「自由権に限った場合の話」をしても、二元論は、自由権に関する原則例外図式等
との必然的な結びつきについては、ないとまでは言わないが、ワンオブゼムにすぎない。そう考えると
「防御権構成、原則例外図式の承認」につき、とてもではないが「たやすい」とは言い難い。

第三の論点について。
強い国家の定義が明確でない以上、それが原則例外図式とどのように結合するのか不明。定義が明確に
になってはじめて実益の有無が判明するというもの。まずは定義をしてもらえないかな。こちらの
予想としては従来から何度も指摘しているが、国家が実現すべき国民の利益に対する関心が薄いことを
もって強い国家なるものの本質とするのではないかと思っている。

388 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 00:07:48.84 ID:???
おまえらばかだろ?

公権力保有財産の使用権をどうやって保障するかは立法裁量にゆだねられるべき問題。
生存権や財産権と同じで、国がレールを敷く。
保護領域論は争点じゃない。


389 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 00:22:29.70 ID:???
>>388

公園での無許可野宿は合法ってことですか?

390 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 01:58:20.98 ID:???
>>389
 規制法令があり、要件に該当するのであれば違法。
行政権には既存法令の憲法適合性審査権がないので、規制法令があればその
まま運用せざるを得ない。したがって、裁判外で規制法令該当行為が合法と
して扱われることはない。
 ただ、被災者等への支援が間に合ってない状況では、取締りの必要性が極め
て低い(さらにいえば、国家が住居確保等の被災者支援を十分にできないの
に取り締まるのは不当も甚だしい)から、取締られることはまずないと思う。
むしろ、野宿生活で変な犯罪に巻き込まれないように注意してください。
 いつもこころに太陽を。

391 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 05:26:31.14 ID:???
>>390

旅行者の場合はどうですか?

392 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 07:17:22.77 ID:???
>>390
都市公園法ぐらいググレカス。
憲法論ばっかりで行政個別法の解釈はまるでダメだなww

しかも問いに対する答えになってない。
形式面で0点だなw

内容面もおかしい。
公園は自治体の緊急避難場所に指定されてんだから、
震災で家を失った被災者が公園で一夜を明かすことは
もともと都市公園の設置管理の目的の範囲内なんだよ。
「違法だけど取り締まられない」とかそういう話じゃないw

393 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 07:34:42.13 ID:???
そもそも、管理に支障をきたすとか、景観を悪くするとかっていうのは、エゴだと思います。
野宿したい人だっているんです。そういう人の意思は尊重されるべきです。
たとえ管理に支障をきたすとか、景観が悪くなったり、多少ニオイがしたとしても、
それは我慢すればいいことじゃないですか。
誰もいない公園ならなおさらです。
公園はみんなのものです。
野宿したい人がいればその人に優先して使用させることも、権利だと思います。
だいたい、誰もいない公園ならむしろ誰かが使わないともったいないと思います。
そして、野宿は日本文化です。古典に学ぶべきです。
公園のようなオープンスペースなら何をやってもいいと思います。
そうですよね?
なので、違法ではないということで納得したいと考えました。

394 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 07:39:03.47 ID:???
>>391
違法。


>>393
公園での野宿は日本文化ではない。


395 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 08:00:33.27 ID:???
>>393
お前自身が書いてるように、「公園はみんなのもの」なんだから、
1人の人が他者を排除して独占的に利用することはできないんだよ。
公園(の一部)を排他的に利用したければ、占用許可が必要。
それが筋論だ。

しかし都市公園法及び政令には、野宿目的での占用許可を行える
と読み取れる規定がない。

だから旅行者(お前はジプシーか?)の野宿目的での公園使用が公権的に許されることはない。
「誰も見てなければいいじゃないか?」とか、「誰にも迷惑をかけてないからいいじゃないか」
というのは法律以前の問題。

「一泊ぐらいなら取り締まられない」というのも、違法適法とは別の問題。

396 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 08:01:13.48 ID:???
>>393
このスレの趣旨は専ら小山剛著「憲法上の権利」の作法及び三段階審査論についての議論を行うことです。
スレの趣旨とは無関係な書き込みをして荒らすのはやめて下さい。

397 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 08:06:52.85 ID:???
三段階審査論に関する疑問質問があればここに書いてもらいたい

398 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 08:08:06.99 ID:???
>>395

>というのは法律以前の問題。

では法律で取り締まることができないから合法という意味ですか?

399 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 08:08:59.06 ID:???
>>396
野宿野郎を追い払いたければ、ちゃんと答えてやれ。
こいつ、色々なスレに出没しては野宿の適法性を主張して回ってるからw

400 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 08:12:30.85 ID:???
>>398
法律論になってないという意味だ。
分別のつかないガキの言い訳だなw

野宿は違法だ。早く学習しろ、スットコドッコイ。


401 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 08:25:59.47 ID:???
法治国家である日本には、「公園での野宿」を規制する法律がない。

「野宿は合法です」が証明されました。

402 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 08:32:25.31 ID:???
>>401
結論はどうでもいいから、きちんと論証してみろ。

お兄さん(おじさん含む)たちが見ててやるから。

403 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 08:33:40.71 ID:???
ここまでのまとめ
・法律には野宿を規定する明文規定なし。
・判例には野宿を規定する明文規定なし。
・違法君の主張する「行政の回答」や「管理者の考え」には、原文もソースも示されていない。


よって野宿は合法である。

404 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 08:37:53.96 ID:???
>>403
まだお前は何も論証できてない。
「まとめ」もクソもあるかよwww

405 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 08:38:38.72 ID:???
 都市公園法第6条の規定を旅行者の短期的な野宿に適用するか否かは、
 旅行者等の野宿行為が「占用」に当たるか否かと、
 キャンプ用のテント等が「工作物その他の物件」に該当するか否かによる。

 都市公園法には占用の定義がないが、道路法には「道路の定義」を規定した個所がある。
 それによると、継続という文言があるので、時間的要素も占用には必要といえる。

 1泊では占用とは言いにくいであろう。
 大阪高裁の判決では、数年間にわたり木製工作物等を設置した事例である。

 キャンプ用のテントは、工作物その他の物件に該当する可能性はある。
 ただし、その用途や形状によっては否定される可能性もある。
 たとえば自転車を置いて休憩すれば工作物の設置になるのかといった線引きが難しい。

 いずれにしろ、旅行者の短期的な野宿は都市公園法第6条の規定には抵触しない可能性の方が相当高いといえる。


         野宿は合法です……



         <⌒/ヽ___
       /<_/____/

406 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 08:43:26.64 ID:???
>>405
裁判司法板で玉砕したレスをここに貼り付けるなよww

407 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 08:58:18.47 ID:???
>>405
巣にお帰り。

旅行者が公園で無許可の野宿をするって合法ですか?
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6504312.html

【参照法令】
都市公園法
(都市公園の占用の許可)
第6条 都市公園に公園施設以外の工作物その他の物件
又は施設を設けて都市公園を占用しようとするときは、公園
管理者の許可を受けなければならない。

【ベストアンサー】
無許可で公園施設以外の工作物・物件を設けてはいけません。
公園は宿泊施設ではないですから、テント(工作物・物件)はもちろん、
寝袋などを用いて占用する場合にも基本的には管理者の許可が必要です。

408 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 09:11:29.58 ID:???
加えて、正当な理由がなく、人の看守する建造物に侵入したものとして、住居侵入罪が成立するよ。
実体法上、罪が成立することと、刑事手続において起訴され有罪とされることを区別してね。
起訴されないくても、罪は成立するので、違法は違法だから。

409 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 09:16:59.54 ID:???
野宿は、自分の持っている寝袋を利用するだけだよ。

そうすると、都市公園法6条にいうの
「都市公園に公園施設以外・・・その他の物件
・・・を設けて」
という要件に該当しないよ。



410 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 09:32:42.69 ID:???
http://www.pref.osaka.jp/houbun/reiki/reiki_honb
大阪府都市公園条例 昭和32年10月11日 条例第30号

(趣旨)
第一条 
 この条例は、都市公園法(昭和三十一年法律第七十九号。以下「法」という。)、
都市公園法施行令(昭和三十一年政令第二百九十号。以下「令」という。)及び
都市公園法施行規則(昭和三十一年建設省令第三十号)に定めるもののほか、
都市公園の管理について必要な事項を定めるものとする。
(昭五二条例二〇・平一六条例七四・一部改正)

(定義)
第二条 
1 この条例において「都市公園」とは、法第二条第一項に規定する都市公園で
 府が設置するものをいう。
2 この条例において「公園施設」とは、法第二条第二項に規定する公園施設をいう。

(行為の禁止)
第五条 都市公園においては、次に掲げる行為をしてはならない。
八 他の来園者又は近隣住民に著しく迷惑を及ぼすおそれのある行為をすること。
九 公園施設をその用途外に使用すること。



411 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 09:40:27.75 ID:???
北海道ですら、自然公園以外での野宿は禁止してるね。

http://www.akibax.co.jp/bike/joyful/img/22070.jpg


412 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 09:47:06.15 ID:???
>>409
野宿自体が都市公園の用途外使用なので、基本的には
管理者の許可が必要です。

法6条との関係においても、寝袋も同条にいう「物件」には
該当しうると考えます。

疑義があるならば各自治体に直接問い合わせてください。
北海道では明白に禁止されているようですね。>>411

413 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 09:52:12.21 ID:???
■誘導
野宿は違法か?
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/court/1286770413/

414 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 09:54:57.11 ID:???
くせえし迷惑なんだよ

415 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 09:57:44.24 ID:???
ちゃんと宿泊所に泊ってシャワーぐらい浴びた方がいいよ。

416 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 13:16:05.23 ID:???
司法板の隠れた良スレが一気に糞スレにwww

417 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 14:55:14.48 ID:???
>>392
おまえ頭悪いな。
なにドヤ顔でまじ回答してんのww
必死なって都市公園法までぐぐってんなよww
しかも、「要件に該当すれば」って書いてんだろww




418 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 15:10:00.67 ID:???
>>417
必死だねww

涙拭けよwww

419 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 18:10:54.38 ID:???
>>418
スレ返してるおまえが必死なんだよww

2chでガチ回答してるカスがww

420 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 18:11:02.74 ID:???
そもそも、管理に支障をきたすとか、景観を悪くするとかっていうのは、エゴだと思います。
野宿したい人だっているんです。そういう人の意思は尊重されるべきです。
たとえ管理に支障をきたすとか、景観が悪くなったり、多少ニオイがしたとしても、
それは我慢すればいいことじゃないですか。
誰もいない公園ならなおさらです。
公園はみんなのものです。
野宿したい人がいればその人に優先して使用させることも、権利だと思います。
だいたい、誰もいない公園ならむしろ誰かが使わないともったいないと思います。
そして、野宿は日本文化です。古典に学ぶべきです。
公園のようなオープンスペースなら何をやってもいいと思います。
そうですよね?
なので、違法ではないということで納得したいと考えました。

421 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 18:12:37.53 ID:???
>>410>>411
大阪と北海道だけに限定して違法とかバカですか?
一律、違法というわけじゃないですね


   >┴<   ⊂⊃
 -( ゚∀゚.)         ⊂⊃
   >┬<
               /⌒ヽ
             (*^ω^)〜♪
              ( O┬O
          ≡ ◎-ヽJ┴◎   キコキコ
;;⌒::.;;.⌒⌒/   /| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/   /::. :; ;⌒⌒:.:⌒:;⌒;;⌒
..  ,::.;  /   /| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/   /.., ,; .:   ,,。,.(◯)   ::
  : :::., /   /| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/   /,,;  (◯)  ::: ヽ|〃  ;;:
.  ,:.; /   /| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/   /.., ,; :ヽ|〃  ,,。,    ::;;,

   野宿は、神聖不可侵の権利です。

422 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 18:20:17.73 ID:???
どこに聞いても違法だよ。
心配なら行政庁に文書で照会しろ。

423 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 18:21:22.65 ID:???
>>390こそ「ガチ回答」ww

でも内容が恥ずかしいから訂正してやっただけじゃんww


424 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 18:28:27.24 ID:???
スルー推奨です

425 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 18:31:49.22 ID:???
>都市公園法6条1項は,都市公園に公園施設以外の工作物その他の物件又は施設を設けて都市公園を占用しようとするときは,
>公園管理者の許可を受けなければならない旨規定・・・

 同項の規定は、都市公園を占用しようとするときには許可を受ける義務を課す規定である。
 許可を受けなければ占用してはならないとか、野宿してはならないとか野宿が違法だとか言っているわけではない。
 あくまでも、「占用するなら許可を受けろ」と言っているだけ。

 引用している判例(大阪地裁平成18(行ウ)3)も、野宿は違法などとは言っていない。
 「本件テント」の設置が、都市公園法の占用に当たるとも認定していない。
 同法第6条第項違反との認定もしていない(「都市公園法に違反するもの」として意図的に避けている)。
 認定しているのは、「同項に規定する許可を受けることなく本件テント等を設置している」としているだけ。

 何をもって「占用」とするのかは、「一般公衆の自由利用に供されている施設」である都市公園の性質からいって、
 「都市公園としての機能の著しい阻害」、「一般公衆への具体的危険性」、「長期にわたる排他的支配」状態が存在するなど、
 占用の認定には厳格な条件が必要ということである。
 また、一度占用状態と認めてしまえば、適法違法に関わらず占用を解くための明け渡し訴訟等の民事訴訟手続きが必要になる。

 旅行者のテントは、占用とみなされるような条件は有さず、また明け渡し等の対象になるような物件でもない。
 以上からも旅行者のテントは、「占用」に該当しないのは明らかである。

 「野宿は合法です」


426 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 18:41:59.05 ID:???
>>425
コピペしか能のないやつは退場して下さいw

427 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 18:47:22.92 ID:???
>>425
法令の解釈の仕方、裁判例の読み方が全然おかしいが、少なくともお前だって
公園内において宿泊用のテントを設置することが「都市公園法に違反するもの」
であることは争わないんだろw
所論裁判例も明白に認定してるな。

じゃあガチで違法だなw
諦めて風呂でも入れよ。

428 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 18:47:32.41 ID:???
>>426
合法だと観念したからそういう書き込みをするんですか?

429 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 18:48:25.47 ID:???
>>427
寝袋だけなら合法ということですね。

430 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 18:58:18.33 ID:???
みなさんスルーして下さい

431 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 18:59:54.77 ID:???
>>429
頭冷やせよ。

寝袋での宿泊だって都市公園法には反してるから違法だ。
行政解釈としての北海道の見解を参照なw

自由に野宿したいというお前の気持ちは心情論としては
理解してやらないでもないが、法律論としては違法だ。
無茶するなよ。

432 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 19:04:20.65 ID:???
>>431

都市公園法には「野宿は禁止」とする項目はありません

野宿は合法です

433 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 19:05:41.51 ID:???
>>428
2chで戦っててもしょうがないよ。周りに迷惑なだけで何の意味もない・・・。
疑問があるなら、東京都でもどこでも、行政庁に正式に文書で照会してみるといい。

都市公園法6条との関係で、キャンプ用テントが「工作物その他物件」に該当すること、
テントの設置が「占用」に該当することは文面上明白だから、
合法的に都市公園内でキャンプをしたいなら、ロビー活動でもやって
都市公園内でのキャンプ目的利用での占用許可ができるよう、
都市公園法(及び政令)を議会で改正してもらうしかない。
(デモや集会目的での都市公園占用が特別に認められているのは、
公園が講学上のいわゆる「パブリックスペース」にあたり、
公園での集会が表現の自由(憲法21条1項)と重要な関わりを持つから)。
都市公園内で自由にキャンプをする権利も憲法13条後段で保障される余地はあるだろうけど、
キャンプを許しちゃったら、住所不定の人たちが公園に入り込んで他の人の利用を妨げるおそれがあるし、
深夜に騒いだり、ゴミを投棄したり、たき火されたりすると、衛生・防火・安全上の危険が生じるだろうから、
「公共の福祉」によって合理的な制限を受けちゃうだろうね。
君は、自分の意見ばかりじゃなくて、周りの人たちのことも考えてあげなきゃいけないよ。

俺たちは法律家(及びその卵たち)だから全くの無力だ。
実定法の枠内でしか戦ってあげられない。もともと法律を変える力なんて持ってないんだ。
都市公園法及び政令の趣旨からは、キャンプ用テント設置につき占用許可ができる旨
読み取ることができない。「頭が固い」と思われるかもしれないが、それが俺たちの限界だ。

違法か合法化の議論以前に、まずは法律・政令・条例を変えてもらうことが必要。
だから2chとかじゃなくて、知り合いの議員さんに陳情することの方が意味があるはずだ。
最後に、ここはスレ違いだからもう書きこまないでね。お願いします。

434 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 19:07:12.07 ID:???
>>433
コピペする意味がわかりません

>>432を参照

435 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 19:07:42.40 ID:???
>>432
考え方が逆なんだよ。

条文に「野宿」と書いてないから適法なんじゃなくて、
条文に「野宿」と書いてないから違法なんだよ。

条文には公園で野宿を認めるって書いてないだろ。
だから違法なんだ。

436 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 19:16:43.97 ID:???
>>435

都市公園法の趣旨である「一般公衆の自由使用」(平成18(行コ)10 大阪高裁)を無視している。


   >┴<   ⊂⊃
 -( ゚∀゚.)         ⊂⊃
   >┬<
               /⌒ヽ
             (*^ω^)〜♪
              ( O┬O
          ≡ ◎-ヽJ┴◎   キコキコ
;;⌒::.;;.⌒⌒/   /| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/   /::. :; ;⌒⌒:.:⌒:;⌒;;⌒
..  ,::.;  /   /| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/   /.., ,; .:   ,,。,.(◯)   ::
  : :::., /   /| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/   /,,;  (◯)  ::: ヽ|〃  ;;:
.  ,:.; /   /| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/   /.., ,; :ヽ|〃  ,,。,    ::;;,

   野宿は、神聖不可侵の権利です。

437 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 20:21:53.96 ID:???
女子高生のお尻触るのは正当な権利というのと同じ

438 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 20:23:37.26 ID:???
>>437
そのこと自体は違法ではないのと同じで、野宿も違法ではなく合法ってことですね


439 :氏名黙秘:2011/03/29(火) 21:34:46.88 ID:???
ってか今まで淡々と進んでたのにお前らどっから沸いたww


440 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 00:15:57.46 ID:???
>>379
>>378
>高橋和之は、比例原則について、「私自身が従来考え、理解してきたところでは、
>比例原則というのは基準なしの利益衡量論という気がしています。」
>(高橋和之「違憲判断の基準、その変遷と現状」自由と正義2009年7 月号111 頁)
高橋の理解が必ずしも正しいわけではない。
あくまでも、猿払事件や香城理論は、審査基準とは別の考え方であるという、ジュリスト論文の延長にすぎない。


>高橋和之も青柳幸一も芦部信喜の弟子である。
それゆえに青柳と高橋が同じ考えである、とは思えない。
根拠があまりにも薄弱である。

三段階審査が個別的利益衡量とは異なること、基準を用いた比較衡量がありうることは、前掲前田巌のジュリスト参照。

さらに、比例原則としての個別的利益衡量という表現は、比例原則=個別的利益衡量とは直ちにつながらない。
むしろ、比例原則の方が個別的利益衡量よりも広い意味であると読める。


441 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 00:19:03.37 ID:???
>>439
ごめんなさい。
東北震災スレのスレ主ですが、余りにも鬱陶しかったので、
ここに移住(無許可野宿)してもらうことにしましたw

東北地方太平洋沖地震と司法試験5
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/shihou/1301203094/417

417 :氏名黙秘[sage] 投稿日:2011/03/28(月) 19:23:33.11 ID:???
下のスレで聞いた方が絶対いい回答をもらえる。
憲法ヲタクたちが集まって議論してるスレ。
「野宿する権利」が憲法上保障されるか否かについて聞いてみるといい。

法学教室紙上では、「カラスに餌をやる権利」とかもあったからなw

「憲法上の権利」の作法
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/shihou/1248517399/



442 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 00:30:48.10 ID:???
以前、質問して違法という結論になってしまったのですが、まだ疑問が残っているので改めて質問させていただきます。


最近、公園での野宿は違法だっていうのをよく聞きます。
公園は宿泊施設じゃないからダメだとか、条例で「管理に支障をきたす怖れがある」から禁止とか…。
でも誰もいない公園でこっそりやる分には構わないと思うんです。
そもそも公園ってオープンスペースじゃないんでしょうか?
そして野宿は人類が古来から旅する際に日常的に行ってきた文化ですから合法だと思います。

違法じゃなければやっても問題ないと思うんですが、そこのところはどうなんでしょうか?
今回は都市公園に限定して教えてもらいたいです。

何卒よろしくお願いします。

443 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 00:40:15.10 ID:???
>>440
>さらに、比例原則としての個別的利益衡量という表現は、比例原則=個別的利益衡量とは直ちにつながらない。
>むしろ、比例原則の方が個別的利益衡量よりも広い意味であると読める。
君の「比例原則」の理解を教えてくれ


444 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 02:35:21.93 ID:???
おせっかいかもしれませんが、作法読んでおおまかな論じ方が理解できたなら、
細かいとにはつっこまないほうがいいですよ。
@人権の選定
A基本的な対立点(何を軸にして主張・反論を展開するか)
A基本権制限型と制度準拠審査のどっちの問題か
B法令審査と適用審査でつかう事実の区別
C違憲審査基準の選定とあてはめでつかう事実の区別
D違憲審査基準を考えるにあたって考慮要素
以上を間違えなければふつーに合格答案です。
特にBCDは理解できていない人が多いので。

  

445 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 08:27:47.03 ID:???
>>441
こっちの方が良スレだろ
そういう奴らはおまえんところの糞スレで遊ばせておけや

446 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 08:53:59.03 ID:???
>>444

なにも思考停止状態に自らを招き入れなくてもよかろうよ。
ついでに適用審査はどのような憲法判断方法なのか、教えてもらいたいよ。

447 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 13:34:50.68 ID:5I1i+/mL
 
憲法・法律を「陰謀」の観点で見直そう
http://s1.shard.jp/deer/0202/1/110_5.html
すると、日本の憲法・法律が、芸術的なまでに、
インチキが施されていることに気づく。
全て、徳川一族が遊んで、威張って、贅沢な暮しが出来るように、
偽装工作が施されている。
それを、学校教育、受験勉強、企業の終身雇用による締め付けで、
他の邪魔者国民を、洗脳し、呪縛に閉じ込めている。

448 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 15:40:22.42 ID:???
>>440
まさか比例原則を審査基準だと考えているわけではあるまいな?

449 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 16:10:58.74 ID:???
>>440
>三段階審査が個別的利益衡量とは異なること、基準を用いた比較衡量がありうることは、前掲前田巌のジュリスト参照。

とりあえず、君自身の言葉で説明してくれ。簡単でいいから。
ただ、優秀だとは思うが、刑事裁判官の言葉しか引用できないのは、いかがなものか。

450 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 16:26:51.21 ID:???
>>443
比例原則とは、広い意味では、国家が守るべき規範と理解している。
それゆえ、審査基準論も三段階審査も個別的利益衡量も含まれる。

審査基準論と三段階審査の違いは、目的手段審査の後に、狭義の比例原則としての利益均衡を審査するか否か。
それゆえ、青柳のいうところのあらかじめ基準を立てるというものは、審査基準論も三段階審査も含まれると理解している。

広義の比例原則と狭義の比例原則を区別するべきであろう。

451 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 16:36:28.55 ID:???
>>450
青柳が言っているのは、個別的比較考量≒基準なき比較考量(これも青柳仕様の理解だが)
を判断枠組みとして使用するのであれば、その根拠を書きなさいってことだよ。

あなたの言い方に乗ると、目的手段審査の後にあえて狭義の比例原則=比較衡量を持ってくる根拠は何か?
ってことだよ。

>審査基準論と三段階審査の違いは、目的手段審査の後に、狭義の比例原則としての利益均衡を審査するか否か。

これはちょっと乱暴な議論だな。あなた個人だけの独自の見解だとは思うが。

452 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 17:06:14.67 ID:???
>>450
日本の憲法学は、判例が公共の福祉による紋切り型の合憲判断から、比較衡量による合憲判断に移行した
ことを、ある程度肯定的に捉えているが、そもそも日本の違憲審査基準論は何を目指したのかというと、
制約される人権に重点を置く比較衡量をすべきだという政策的価値判断あったわけだ。個別的比較衡量で
判断するなら政府寄りの結論に至る危険性が高いから何とかしようと。それで、制約される人権の性質に
応じて審査基準をランク分けして、いわば審査基準のメニューを増やしたわけね。こうした基準をもって
対立利益の調整(もはや審査基準としての個別的比較衡量とは言わない)をやってくれよ、と裁判所に
異議申し立てをしたということだ。

一言でいうなら、個別的比較衡量からの脱却が大方の憲法学者のスローガンであったわけだよ。だから、
高橋が猿払事件判決を批判して、目的手段審査で軽く制約される人権を蹴飛ばして、利益の均衡性という
名の個別的比較衡量を復活させることなんぞ、到底認めるわけにはいかん、と吠えているわけだ。

それにもかかわらず、あなたは、
>審査基準論と三段階審査の違いは、目的手段審査の後に、狭義の比例原則としての利益均衡を審査するか否か。
という糞も味噌も一緒くたにするようなことを平気で書いている。

三段階審査論は個別的比較衡量を内蔵しているのではないか、いくら比例原則の適用だ、審査密度で微調整
すると言っても、それは個別的比較衡量、基準なき衡量に他ならないというのが憲法学者の間に根強くある。
まあ、この点は置いておくとしてもだ、審査基準論における目的手段審査の後に個別的比較衡量を持ってくる
というのは、何のために審査基準を構築することに憲法学者が心血を注いできたのか、その苦労がまったく
分かってないということになる。

453 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 17:07:06.83 ID:???
以前、質問して違法という結論になってしまったのですが、まだ疑問が残っているので改めて質問させていただきます。


最近、公園での野宿は違法だっていうのをよく聞きます。
公園は宿泊施設じゃないからダメだとか、条例で「管理に支障をきたす怖れがある」から禁止とか…。
でも誰もいない公園でこっそりやる分には構わないと思うんです。
そもそも公園ってオープンスペースじゃないんでしょうか?
そして野宿は人類が古来から旅する際に日常的に行ってきた文化ですから合法だと思います。

違法じゃなければやっても問題ないと思うんですが、そこのところはどうなんでしょうか?
今回は都市公園に限定して教えてもらいたいです。

何卒よろしくお願いします。

454 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 17:08:20.30 ID:???
>>452の続き

あるいは、あなたは、
>狭義の比例原則としての利益均衡を審査する
ことは、個別的比較衡量ではないと強弁するかもしれない。しかし、三段階審査論に立たない憲法学者は
そんな利益均衡など個別的比較衡量に他ならないと思っているよ。だから審査基準なしに個別的比較衡量
をする場合も、目的手段審査の後にあなたの言う利益均衡の審査を行う場合も、いずれもそうする根拠を
書きなさいというのが、三段階審査論に立たない青柳のイイタイコトだと思うがね。

狭義の比例原則が、@個別的比較衡量と、A個別的比較衡量以外の2つの区分できるというのなら、
このA個別的比較衡量以外は、どうやって判断するのかね?審査基準の適用でないのなら、類型化をする
ということになる。宍戸がそう言っている。だがこれは基準の定立とその当てはめとは言わない。
結局@について基準をたてず、Aについて基準には無関心だということだから、狭義の比例原則が基準
云々するのはお門違いというわけね。

ちなみに、三段階審査論の第一人者である松本和彦教授の「基本権保障の憲法理論」(61頁)によると
「狭義の比例性原則がある。これは制約目的と制約手段が互いに均衡を保った適切な関係にあるよう
求める原則である。この原則によれば、狭義の比例性原則の適用においては、規制によって得られる
利益(国家が保護しようとしている利益)と規制によって失われる利益(制約のために毀損される
基本権利益)の比較衡量が求められ、両者の均衡がとれているかどうかが判断されなければならない」
と書かれている。

これを個別的比較衡量と言わずして何と言おう。

455 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 17:24:55.12 ID:???
>>450
ちょっと、すまない。誤解していた。
審査基準の後には利益均衡の審査はやらないってことだよね。
間違えた。申し訳ない。するものと誤解していた。452と454は撤回する。

456 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 18:47:11.69 ID:oIHUayj2
>>450
「比例原則」を「国家が守るべき規範」とするのは当たり前すぎて答えになっていないからほうっておくけど、
その内実として、「審査基準論と個別的利益考量も含まれる」という大変ユニークな回答について、
「比例原則」での憲法適合性の審査方法の具体的内実を何と理解しているのか、
という説明と関連させて、詳細な説明をしてくれないかな?

>審査基準論と三段階審査の違いは、目的手段審査の後に、狭義の比例原則としての利益均衡を審査するか否か。
違いを指摘する前に、まずは比例原則の具体的内実の説明をしてくれなきゃあ、
君が理解している「比例原則」が君独自の見解なのかよくわからないので、
話を聞いている方からすると余計にわからないだけなんだよ



457 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 18:55:31.46 ID:hp0W5+cy
>>455
狭義の比例性審査は個別的比較考量のようだね

全面撤回までは不要では?

違憲審査基準のことも把握してるみたいだし

458 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 19:08:27.12 ID:???
>>456

>その内実として、「審査基準論と個別的利益考量も含まれる」という大変ユニークな回答について、
>「比例原則」での憲法適合性の審査方法の具体的内実を何と理解しているのか、
>という説明と関連させて、詳細な説明をしてくれないかな?
比例原則とは、警察比例の原則のように、必要かつ相当といえること、利益均衡が図られていることではないかと考えている。
そして、裁判所が何をもって利益均衡が図られていると判断すべきか、という道具として、あらかじめ基準を立てる場合と、個別的利益衡量をする場合がある。

換言すると、国家権力、特に立法府や行政府に対して、最小限度であることを求めるのが比例原則である。なお、司法府も、下級審の差止などで問題となる。
他方で、国家が守るべき規範と、それを守っているかの判断は別である。
違憲審査の際に、それをいかにして判断するかの方法、道具として、違憲審査基準、三段階審査、個別的利益衡量がある。

その上で、審査基準論と三段階審査の対立の焦点は、あらかじめ基準を立てる場合において、目的手段審査の後に、狭義の比例原則としての利益均衡を審査するか否か。


>違いを指摘する前に、まずは比例原則の具体的内実の説明をしてくれなきゃあ、
>君が理解している「比例原則」が君独自の見解なのかよくわからないので、
>話を聞いている方からすると余計にわからないだけなんだよ
舌足らずで申し訳ない。

459 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 19:11:52.03 ID:???
>>456
457で誤解を招く表現をしてしまった。

比例原則は、国家権力が守るべき規範であると同時に、裁判所の判断も拘束する。
そして、道具としての審査基準論、三段階審査、個別的利益衡量も比例原則に含まれるが、これらは判断のための道具にすぎない。

460 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 19:12:53.56 ID:???
459です。
度々申し訳ない。
457ではなく458だった。

461 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 19:13:22.95 ID:???
>>458
なんか変だな
一応聞くけど、それは誰かの見解に沿った比例原則理解?
それとも君オリジナル?

462 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 19:36:40.85 ID:???
青柳幸一の採点実感(最新のもの)のコメントについて正確に確認しておこう。

-------------------------------------------------------------------

1 法令や処分の合憲性を検討するに当たっては,
まず,問題になっている法令や処分が,どのような権利を,
どのように制約しているのかを確定することが必要である。
次に,制約されている権利は憲法上保障されているのか否かを,確定する必要がある。
この二つが確定されて初めて,人権(憲法)問題が存在することになるのであり,
ここから,当該制約の合憲性の検討が始まる。

2 その際,どのようなものでも審査基準論を示せばよいというものではない。
審査基準とは何であるのかを,まず理解する必要がある。

また,幾つかの審査基準から,なぜ当該審査基準を選択するのか,
その理由が説明されなければならない。

さらには,審査基準を選択すれば,それで自動的に結論が出てくるわけではなく,
結論を導き出すには,事案の内容に即した個別的・具体的検討が必要である。

3 比例原則での個別的比較衡量を選択するのならば,
なぜあらかじめ基準を立てない比例原則を採るのか,
比例原則で何をどのように比較衡量するのかについて,
それらがきちんと説明されていなければならない。

比例原則の場合にも,その原則自体が個別的比較衡量であるので,
事案の内容に即した個別的・具体的検討が必要である。

463 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 19:41:14.70 ID:???
>>462は、どう読んでも、三段階審査における実質的正当化の
「適合性・必要性・狭義の比例性」の中の狭義の比例性を個別的
比較衡量と考えているよね。

他の人もそう考えているようだ。
>>379
高橋和之は、比例原則について、「私自身が従来考え、理解してきたところでは、
比例原則というのは基準なしの利益衡量論という気がしています。」
(高橋和之「違憲判断の基準、その変遷と現状」自由と正義2009年7 月号111 頁)
>>454
ちなみに、三段階審査論の第一人者である松本和彦教授の「基本権保障の憲法理論」(61頁)によると
「狭義の比例性原則がある。これは制約目的と制約手段が互いに均衡を保った適切な関係にあるよう
求める原則である。この原則によれば、狭義の比例性原則の適用においては、規制によって得られる
利益(国家が保護しようとしている利益)と規制によって失われる利益(制約のために毀損される
基本権利益)の比較衡量が求められ、両者の均衡がとれているかどうかが判断されなければならない」
と書かれている。

464 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 19:44:06.50 ID:???
以前、質問して違法という結論になってしまったのですが、まだ疑問が残っているので改めて質問させていただきます。


最近、公園での野宿は違法だっていうのをよく聞きます。
公園は宿泊施設じゃないからダメだとか、条例で「管理に支障をきたす怖れがある」から禁止とか…。
でも誰もいない公園でこっそりやる分には構わないと思うんです。
そもそも公園ってオープンスペースじゃないんでしょうか?
そして野宿は人類が古来から旅する際に日常的に行ってきた文化ですから合法だと思います。

違法じゃなければやっても問題ないと思うんですが、そこのところはどうなんでしょうか?
今回は都市公園に限定して教えてもらいたいです。

何卒よろしくお願いします。

465 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 19:52:00.26 ID:???
比例原則に関する理解を巡って論争が行われている。以下をクリックすると流れが掴める。

>>377-379
>>440
>>443
>>448-463




466 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 22:47:52.83 ID:???
推奨NGワード:野宿、公園

467 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 23:01:33.17 ID:???
そもそも、管理に支障をきたすとか、景観を悪くするとかっていうのは、エゴだと思います。
野宿したい人だっているんです。そういう人の意思は尊重されるべきです。
たとえ管理に支障をきたすとか、景観が悪くなったり、多少ニオイがしたとしても、
それは我慢すればいいことじゃないですか。
誰もいない公園ならなおさらです。
公園はみんなのものです。
野宿したい人がいればその人に優先して使用させることも、権利だと思います。
だいたい、誰もいない公園ならむしろ誰かが使わないともったいないと思います。
そして、野宿は日本文化です。古典に学ぶべきです。
公園のようなオープンスペースなら何をやってもいいと思います。
そうですよね?
なので、違法ではないということで納得したいと考えました。

468 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 23:05:02.45 ID:???
青柳は個別的比較衡量を基準なき衡量だと考えている。

「基準をもたず、事件ごとに衡量する個別的比較衡量によれば、天秤の
重みが規制する権力の方に傾き、人権の規制を容易に容認することになる」
(青柳幸一「個人の尊重と人間の尊厳」328頁)

そして採点実感によると、生存権と選挙権が問題となった昨年の公法系第1問に関し、
基準なき個別的比較衡量により判断する答案に対して、その根拠を要求している。
これを狭義の比例原則と言おうが言うまいが、そんなこととは無関係である。

そして芦部「憲法」の記述に従うと、「裁判官が仲裁者として機能して、その判断が
恣意に流れないから、基準なき個別的比較衡量によって判断する」ということになる。

しかしながら昨年の問題でこうした理由が使用できないのは明らかだろう。

違憲審査基準が人権としての被制約利益に重点を置き、下駄をはかせて衡量させよう
とするために導入されたのであれば、制約利益にも重点を置き、被制約利益に下駄を
履かせないようにする必要がある。そのためには、2つの方法しかない。

1つは、二重の基準の根拠が妥当しないケースであることを論証すること。もう1つは、
制約利益の憲法価値が対等の立場で衡量されるべきものであることを論証すること。
このどちらかしかなかろう。後者の場合に有効なのが一元的内在制約説の復権である。


469 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 23:40:35.49 ID:???
>>445
ごめんなさい。

もうスレが1個、放射能で埋め尽くされてしまったw

470 :氏名黙秘:2011/03/30(水) 23:57:21.28 ID:???
ガタガタ抜かしてるヒマがあるなら、野宿者に直接言いに来いや
ガクブルしてるケツに亀山ローソク突っ込んで、口にアルコール燃料
ぶち込んで、タマに火付けたるわ

このカマ野郎が

471 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 00:13:06.44 ID:???
>>468
私の見解は、おそらく小山剛に近いと考えているが、文献ではなく、本人の言動から推察しているため定かではない。
強いて文献をあげれば、松井の審査基準と合憲性判定基準の違いの理解に通じるものがあると考えている。

ところで、手段の相当性は、審査基準の場合にはどのようにして考慮するのか?
審査基準論において、目的審査、手段審査がなされるが、手段審査は、単なる関連性ないしは適合性審査しかしない。
より制限的でない他の選びうる手段の基準によっても、規制強度が強い場合、目的達成度が規制強度が弱い手段よりも高いため、基本的にはより制限的でない他の選びうる手段はあまりないように思われる。

高橋による狭義の比例原則に対する批判は、一つの立場ではあるが、この難点をいかに克服するのか疑問である。
また、猿払基準のような目的の正当性、手段の合理的関連性というように、ザルのような基準の場合、高橋の批判は傾聴に値するが、審査密度が高い場合には、直ちに利益衡量が勝負どころとはならない。
それゆえ、高橋の批判は、猿払基準に対しては有効であるとしても、三段階審査そのものに射程を広げることに疑問がある。

さらに、松本の記述は、目的審査、手段の適合性、必要性という、基準を立てた後の利益衡量であり、個別的利益衡量と理解するのは妥当とは思われない。


472 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 00:25:05.80 ID:???
暇な准教授か助教あたりが書き込んでいるんじゃないだろうなw

473 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 00:43:13.45 ID:???
>>471
先生、早く論証パターン集を出版して下さい。
お願いします。

474 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 00:46:32.17 ID:???
以前、質問して違法という結論になってしまったのですが、まだ疑問が残っているので改めて質問させていただきます。


最近、公園での野宿は違法だっていうのをよく聞きます。
公園は宿泊施設じゃないからダメだとか、条例で「管理に支障をきたす怖れがある」から禁止とか…。
でも誰もいない公園でこっそりやる分には構わないと思うんです。
そもそも公園ってオープンスペースじゃないんでしょうか?
そして野宿は人類が古来から旅する際に日常的に行ってきた文化ですから合法だと思います。

違法じゃなければやっても問題ないと思うんですが、そこのところはどうなんでしょうか?
今回は都市公園に限定して教えてもらいたいです。

何卒よろしくお願いします。

475 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 00:54:02.89 ID:???
>>233,>>271,>>277,>>279-280
読めばわかるけど、ドイツでは、「裸の比較衡量」が行われているわけではないし、
かつ、「比例原則」固有の欠点を補完する意味もこめて、他の審査方式で徹底的に洗い出す作業が営まれているわけだから、
高橋の理解及び批判は的外れとしか言いようがない

476 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 00:55:01.50 ID:???
失礼、>>271じゃなくて>>274だった

477 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 01:18:41.75 ID:???
>>471@
第一の論点について。
「松井の審査基準と合憲性判定基準の違い」は論点とすべきではないかもしれないが、この立場に
疑問がある。それは審査基準の強弱と合憲性判定基準の強弱を掛け合わせると、判断の基準ないし
枠組みが倍加する。そのどれを選ぶのかに際して複雑な過程を経る必要があるので使用に耐えない
のではないかという点。もう1点は、三段階審査論が広義の比例原則という1つの基準を審査密度
に応じてその適用の強弱を設定するのはともかく、松井説の立場ではいうところの審査基準と合憲
性判定基準は合一化したほうが法的道具として有用性が増すのではないのか、つまり松井説の実益
は思っているほどないのではないのかということである。「憲法裁判ゼミナール」で江橋教授が
松井説の内容を報告しているが、参同は得られていないし、こちらも賛成は難しい。

第二の論点について。
「手段の相当性」は、三段階審査論では狭義の比例性で行うものと思われるが、高橋の場合は、
手段審査において、関連性の有無と人権制約の最小限度性の2つを審査することになっている。
(これらは高橋の表現を翻案してあるのでツッコミはなしでお願いしたい)だとすると、広義の
比例原則において、適合性・必要性・狭義の比例性のうち、高橋は利益衡量的要素を除外した上で
これらを関連性の有無と制約の最小限度性に解消しているものと、個人的には理解している。
同じ憲法判断なのだから判断枠組みの相違はあっても考慮すべき要素はあまり変わらないのでは
ないかと思われる。

第三の論点について。
「より制限的でない他の選びうる手段の基準」は「目的達成度」の高低ではなく、同一目的に
おける「人権制限」の程度との関係を考える基準だと思う。おたくの理解は誤解ではないかと思う。
同一目的を達成する手段が複数想定できる場合において、最も人権制限の程度が低いものは何か
という判断であるから、事案にもよるが「あまりない」とは言えないように思える。また想定の
うえでは、より人権制限的でない手段が考えられるからこそ違憲となりやすい基準だと評価されて
いるのではないだろうか。再考を求めたい。こちらの誤解であれば訂正するが。

478 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 01:20:40.71 ID:???
>>471A
第四の論点について。
「高橋批判の有効性ないし射程」についてだが、これは審査基準の目的・役割をどう理解するか
に関わると思われる。すなわち、高橋は後にも触れるが「利益衡量の基準=審査基準」という理解
を鮮明にしている。基準なき比較衡量(個別的比較衡量)では政府寄りの結論に傾くのを回避する
という憲法学者村の総意をそのまま受容し、制約される人権の性質により審査基準をランク分け
するという芦部の発想を受け継いでいる。言い換えると、審査基準論は個別的比較衡量からの決別、
個別的比較衡量の忌避こそが「本音」なのである。(だから個別的比較衡量の妥当領域を審査基準論
の及ばない範囲に可能な限り限定しようとするが、ここではその点には触れない。)
 以上を前提として高橋の言い分を聞くと、個別的比較衡量の余地をもともと多分に残す枠組み自体
を嫌っているように思える。おそらくこうした理解で間違いない。だからたとえ審査密度が強度な
場合には比較衡量が主戦場ではないとしても、それはあくまで「結果論」であって「枠組み自体」を
批判している高橋にとっては、やや筋違いの反論に聞こえるはずである。(念のため確認しておくと
高橋は狭義の比例原則=個別的比較衡量という理解に立っていることは疑いない。)

第五の論点について。
「狭義の比例性」に関する松本の記述の理解の仕方だが、適合性と必要性の判断ののちに、それら
の判断とは別個の判断として狭義の比例性の判断が行われるのであれば、その中での基準の有無を
問題とすべきである。すると基準があるとはいえないので狭義の比例性=個別的比較衡量という
理解に至る。狭義の比例性における利益衡量(=比較衡量)が適合性・必要性を基準として行われる
わけではないはずである。基準なき衡量とは、衡量判断それ自体の基準がない、という意味であり、
憲法判断全体の中で衡量判断とはどこか別のところに基準があれば喜寿なき衡量とは言わない、と
いうのは理解に苦しむ。以上より松本のいう狭義の比例性=個別的比較衡量という理解でよいと思う。

479 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 02:02:23.33 ID:???
>>478
「比例原則」の理解について何か誤解しているかもしれないので一応指摘しておくと、
適合性・必要性・狭義の比例原則という具合に審査していくわけだから、
狭義の比例原則審査の時点において、相当程度篩に掛けられている、という理解であるべきなんだが、この点はよろしいか
もしこの点を押さえているのなら、狭義の比例性と個別的比較衡量を「=」で結ぶのはいくらなんでも無茶がある
「違憲審査基準論が言うような分水嶺がわからないので、審査するものの主観的判断と予断に押し通される危険がある」とまではいえても、
さすがに両者は同一ではない

480 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 03:07:14.18 ID:???
以前、質問して違法という結論になってしまったのですが、まだ疑問が残っているので改めて質問させていただきます。


最近、公園での野宿は違法だっていうのをよく聞きます。
公園は宿泊施設じゃないからダメだとか、条例で「管理に支障をきたす怖れがある」から禁止とか…。
でも誰もいない公園でこっそりやる分には構わないと思うんです。
そもそも公園ってオープンスペースじゃないんでしょうか?
そして野宿は人類が古来から旅する際に日常的に行ってきた文化ですから合法だと思います。

違法じゃなければやっても問題ないと思うんですが、そこのところはどうなんでしょうか?
今回は都市公園に限定して教えてもらいたいです。

何卒よろしくお願いします。

481 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 03:21:00.86 ID:???
平成23年度新司法試験

【憲法】
 天皇のビデオリンク方式による「おことば」の法的意味に言及した上で、その憲法上の
問題を論ぜよ。

【行政法】
 A市は、A市公園で日常生活を営むBに無断で、同人を強制的に公園外に退去させたうえ、
公園入り口付近に『野宿禁止』の立て看板を設置した。
 Bとしては、誰に対して、どのような主張をなしうるか。

【民法】
 千葉県○市在住のAは、Bの元妻であり、平成20年に離婚し、財産分与により婚中同居していた甲マンション
の所有権を取得した。甲マンションは俗にいう『億ション』である。とある日、震度6強の地震に見舞われ、
甲マンションの水道設備は停止した。Aは、トイレも水も流れなくなったため、毎夜ひっそりと排便をビニー
ル袋に入れ、それをマンション入り口付近の下水道に捨てる日々を強いられている。
 近隣住民の話によると。Aは、『こんなことならマンションではなく、現金をもらっておけばよかった』と
嘆いているという。
 Aは、誰に対して、どのような請求ができるか。
  

482 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 03:26:13.59 ID:???
 公園(とくに都市公園)の利用は、私権の行使ではないから。

 公園の利用は原則自由であり、禁止・制限行為は制限列挙(ネガティブリスト)されている。

太政官布告第16号

第十六号
三府ヲ始、人民輻輳ノ地ニシテ、古来ノ勝区名人ノ旧跡地等是迄群集遊覧ノ場所
東京ニ於テハ金龍山浅草寺、東叡山寛永寺境内ノ類、京都ニ於テハ八坂社、清水ノ境内、嵐山ノ類、総テ社寺境内除地域ハ公有地ノ類、
従前高外除地ニ属セル分ハ永ク万人偕楽ノ地トシ、
公園ト可被相定ニ付、府県ニ於テ右地所ヲ択ヒ、其景 況巨細取調、図面相添ヘ大蔵省ヘ可伺出来

   明治六年一月十五日

公園は、人民輻輳ノ地ニシテ、群集遊覧ノ場所、万人偕楽ノ地、である。

自分の土地でもない公務員が制限をかけるような土地ではないのだ。

         野宿は合法です……



         <⌒/ヽ___
       /<_/____/


483 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 10:41:46.31 ID:???
>>477
>>471@
>第一の論点について。
>「松井の審査基準と合憲性判定基準の違い」は論点とすべきではないかもしれないが、この立場に
>疑問がある。
松井に対する批判は、成り立ちうるであろう。
私の見解は、そのように、守るべき規範と裁判所の判断道具とは、明確に分けるべきであるという意味で、松井説に似ていると考える。
もっとも、審査基準、三段階審査、個別的利益衡量を道具として位置付ける点で、松井とは異なる。

>第二の論点について。

>広義の比例原則において、適合性・必要性・狭義の比例性のうち、高橋は利益衡量的要素を除外した上で
>これらを関連性の有無と制約の最小限度性に解消しているものと、個人的には理解している。
過剰性の審査は、利益衡量となるのではないか、という疑問にはどう答えるのだろう。

>第三の論点について。
>同一目的を達成する手段が複数想定できる場合において、最も人権制限の程度が低いものは何か
>という判断であるから、事案にもよるが「あまりない」とは言えないように思える。
より制限的でない他の選びうる手段は、どんな手段でも候補になるわけではなかろう。
同程度に目的達成ができることが、目的達成のために、より制限的でない他の選びうる手段がある場合には、違憲となる、という記述に込められている。
制限的ではないが、目的達成の度合いが低い手段など、いくらでもある。
それこそ、駒村連載で、陳腐な手段をでっちあげて違憲とする予備校論証と同じであろう。
アメリカの判例は、そのような場合にも違憲とするわけではあるまい。


484 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 10:52:45.06 ID:???
>>478
>>471A
>第四の論点について。
>個別的比較衡量の忌避こそが「本音」なのである。
> 以上を前提として高橋の言い分を聞くと、個別的比較衡量の余地をもともと多分に残す枠組み自体
>を嫌っているように思える。おそらくこうした理解で間違いない。

(念のため確認しておくと
>高橋は狭義の比例原則=個別的比較衡量という理解に立っていることは疑いない。)
高橋の感情論はともかく、その理論的根拠は、ジュリストにある。
そして、ジュリスト論文は、猿払基準では目的の正当性、手段の合理的関連性がザルになっているから、結局は狭義の比例原則となってしまう、という趣旨のものである。
文献はないが、高橋は、三段階審査に対する批判として、このロジックを流用しているように思える。
高橋による三段階審査に対する批判につえいて、根拠が明らかなものは見当たらない。
それゆえ、高橋の、狭義の比例原則=個別的利益衡量という図式は、猿払基準ならばまだしも、三段階審査全般には妥当しない。
結局は感情論のように思える。

>第五の論点について。
基準なき衡量とは、衡量判断それ自体の基準がない、という意味であり、
>憲法判断全体の中で衡量判断とはどこか別のところに基準があれば喜寿なき衡量とは言わない、と
>いうのは理解に苦しむ。以上より松本のいう狭義の比例性=個別的比較衡量という理解でよいと思う。
狭義の比例原則=個別的利益衡量であることは、その通りであろう。
しかし、その前提として、審査密度という基準に基づく目的審査、手段審査のうちの適合性、必要性の審査がスクリーニングとして作用している。
そうすると、その段階で、ある程度の恣意的判断は抑制されるように思える。
それゆえ、三段階審査と個別的利益衡量を同視すべきではない。

485 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 16:05:29.13 ID:???
>>468
>「基準をもたず、事件ごとに衡量する個別的比較衡量によれば、天秤の
>重みが規制する権力の方に傾き、人権の規制を容易に容認することになる」
>(青柳幸一「個人の尊重と人間の尊厳」328頁)
>そして採点実感によると、生存権と選挙権が問題となった昨年の公法系第1問に関し、
>基準なき個別的比較衡量により判断する答案に対して、その根拠を要求している。
>これを狭義の比例原則と言おうが言うまいが、そんなこととは無関係である。
個別的利益衡量と、基準を立てた上で最後に個別的利益衡量を行うことは同じものではない。

>そして芦部「憲法」の記述に従うと、「裁判官が仲裁者として機能して、その判断が
>恣意に流れないから、基準なき個別的比較衡量によって判断する」ということになる。
>しかしながら昨年の問題でこうした理由が使用できないのは明らかだろう。
同感である。
しかし、三段階審査のように、最後で個別的利益衡量をすることが、必ずしも禁止されるわけではない。

>1つは、二重の基準の根拠が妥当しないケースであることを論証すること。もう1つは、
>制約利益の憲法価値が対等の立場で衡量されるべきものであることを論証すること。
>このどちらかしかなかろう。後者の場合に有効なのが一元的内在制約説の復権である。
同感である。
ただし、三段階審査で狭義の比例原則を審査することと、個別的利益衡量とは異なると理解すれば、三段階審査に対する批判たりえない。


486 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 16:09:46.51 ID:???
>>472
>暇な准教授か助教あたりが書き込んでいるんじゃないだろうなw
>>96

487 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 16:49:35.48 ID:???
いいかげんオナニーやめよーよ。

結論に向けられてない議論に意味ないから。

488 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 20:37:45.25 ID:???
公法一位の人は三段階審査で書いたようだね

489 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 22:27:33.91 ID:???
>>479
>適合性・必要性・狭義の比例原則という具合に審査していくわけだから、
>狭義の比例原則審査の時点において、相当程度篩に掛けられている、

>>484
>審査密度という基準に基づく目的審査、手段審査のうちの適合性、必要性の審査がスクリーニングとして作用している。
>そうすると、その段階で、ある程度の恣意的判断は抑制されるように思える。

狭義の比例原則を個別的比較衡量と同視するかどうかは、とりあえず横においておいても
これに先行する適合性・必要性の判断が行われたことをもって、狭義の比例性の判断構造それ自体は
当然のことながら、全く変わらない。

判断者の主観性・恣意性を払拭しがたい、という狭義の比例性判断の問題点について
先行する適合性・必要性の判断により「抑制」できるというのであれば、それは
狭義の比例原則が判断方法として「機能不全」を起こしていることを意味している。

適合性・必要性が基準の適用による判断だとしても、それに後続する狭義の比例性の判断それ自体は
基準なき判断であることに変わりはない。狭義の比例原則それ自体のなかに基準はないのだから。
上記松本和彦教授の狭義の比例原則の定義の中にも基準を窺わせるものはない。

それに審査密度は基準ではない。これは事案の類型的特徴を指示する概念であって、
比例原則を厳格に適用するのかどうかを決定する因子に他ならないのではないのか?
これは比較衡量の基準ではないのである。

490 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 22:33:01.04 ID:???
>>485
>個別的利益衡量と、基準を立てた上で最後に個別的利益衡量を行うことは同じものではない。

基準なき判断である点では判断構造は同じ。衡量の俎上にのせるものが違うのかな?
教えてもらいたい。

>>484
>三段階審査と個別的利益衡量を同視すべきではない。

以前から思っているが、誰もそんな同視などしてないよ。

491 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 22:43:13.51 ID:???
>>484
>高橋の、狭義の比例原則=個別的利益衡量という図式は、猿払基準ならばまだしも、三段階審査全般には妥当しない。

狭義の比例原則=基準なき個別的比較考量という理解を前提として、
そんな基準なき衡量を判断枠組みの中に取り入れるべきではないということだよ。
猿払のように目的手段審査がザルであっても、そうでなくても基準なき衡量を
残すのはなぜなんだろうね?ということだよ。必要ないでしょ、ということ。

すでに書いたことだが、ここでの基準とは適合性・必要性を意味するものではない。
高橋もそういう理解だよ。

基準なき衡量というものを残すからこそ、場当たり的になるんでしょ。
適合性必要性がしっかりしているから大丈夫だというのなら、
それこそ狭義の比例原則の存在理由がなくなるが、比例原則というからには
この狭義の比例原則こそが比例原則の特色なんでしょうよ。

適合性・必要性を持ち出して、狭義の比例原則の生命維持を図らなくても
いいと思うのだけどね。こうした論法は狭義の比例原則の有効性に
破綻をもたらすと思うよ。

むしろ積極的に狭義の比例原則の意義・有用性を強調すべきだとは思わないかい?

492 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 22:45:28.94 ID:???
それから、高橋の比例原則批判は、感情論とかそんなものではないよ。
これは、せっかくだから、おもしろおかしく書いただけだよ。

動機はともかくね。高橋の批判は論理としてとらえるべきだね。

493 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 22:49:30.44 ID:???
>>483
より制限的でない他の選びうる手段の「実際」については、お互い理解に違いはないね。
こちらに対する批判なのだろうか?

これを取り上げたのは目的の達成度との関連で説明することの妥当性なんだけど。

>過剰性の審査は、利益衡量となるのではないか、という疑問にはどう答えるのだろう。

基準そのものは、手段の存否という形式だから、利益衡量の入り込む余地はない。
その適用は、芦部の言う解釈方法としての比較考量、あるいは、当てはめだから、
「基準としての」比較考量とはならないですね。

494 :氏名黙秘:2011/03/31(木) 22:56:35.47 ID:???
>>479
>狭義の比例性と個別的比較衡量を「=」で結ぶのはいくらなんでも無茶がある

松本和彦教授は、こうも言っている。
「(狭義の比例原則)自体からは利益衡量を合理的に統制するための内容的基準は得られない。
衡量の際に混入してくる判定者の主観的価値判断と偏見をどう扱うのか、どうすれば恣意的でない
合理的な衡量が可能になるのかが問われることになるのである。」

これは狭義の比例性それ自体が基準なき衡量だと言っているのではないですかね?
だとしたら少なくとも基準なき衡量という点では、狭義の比例原則も個別的比較衡量も同じでしょ。

適合性や必要性の判断が先行していても同じですよ。松本教授もそのことは十分に承知しているのだし。

495 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 00:25:58.82 ID:???
憲法は答案書ければなんでもいい
抽象論だけで規範立ててもたいした点にならん

496 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 01:50:02.02 ID:???
公園野宿の件に関しては以前弁護士に聞いたところ、
たとえ公園管理者といえど、それを取り締まることはできないのだと
だからもし野宿してて追い出された場合は、訴えたら100%勝てるとのこと
しかし公園管理者も当然そのことは知っているから、絶対にそんなことはしないとも
実際問題ネット上ではともかく、現実にはそんな問題はまったく起きていない
だからといってあんまり権利を主張するのもどうかとは思うけど
とりあえず公園野宿するのであれば、立ち去る際には間違ってもゴミなど出さないこと
自分はやむを得ず野宿するときは、翌朝公園に落ちてるゴミや吸殻などを拾うことにしている
つまり来たときよりも美しくというのを実践してる
あと他の公園利用者に会ったときには必ず挨拶をしている
おかげで近隣の方たちとも仲良くなって、差し入れをいただいたこともある
そういうのがめんどくさいとかわずらわしいと思う人には向かないと思う
まあなんにしろスレ違いかと

497 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 07:56:29.90 ID:???
>>494
篩に掛けられたあとに個別的衡量をするのと、
そんなこと全くせずただ個別的衡量をするのは、
違うだろ
本質は個別的衡量としても、この点を見過ごしちゃダメだ


498 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 08:22:58.61 ID:???
>>497
何がどう違うのか説明しないとだめだよ

499 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 08:23:45.52 ID:???
以前、質問して違法という結論になってしまったのですが、まだ疑問が残っているので改めて質問させていただきます。


最近、公園での野宿は違法だっていうのをよく聞きます。
公園は宿泊施設じゃないからダメだとか、条例で「管理に支障をきたす怖れがある」から禁止とか…。
でも誰もいない公園でこっそりやる分には構わないと思うんです。
そもそも公園ってオープンスペースじゃないんでしょうか?
そして野宿は人類が古来から旅する際に日常的に行ってきた文化ですから合法だと思います。

違法じゃなければやっても問題ないと思うんですが、そこのところはどうなんでしょうか?
今回は都市公園に限定して教えてもらいたいです。

何卒よろしくお願いします。

500 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 08:32:42.86 ID:???
>>498
比例原則の場合、狭義の比例性の審査をするまでもなく適合性・必要性の審査の段階で違憲の判断が出うる

501 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 09:04:44.01 ID:???
>>500
なるほど。ただね、そうなるとちょっと疑問に思われることがある。それは、
広義の比例原則=@適合性、A必要性、B狭義の比例性、のうち、Bの理論上の機能のことだ。

(1)@とAで厳格な審査が行われた場合、それだけで違憲審査が事実上完了している。
そうすると、Bは不要であり、判断枠組みとして取り上げる意味がない。
狭義の比例性は、その存在理由を喪失しまっている。

(2)@とAが緩やかな審査であった場合、Bが合憲性審査の「決め手」となる。
だが狭義の比例性判断が本質的に個別的比較衡量(基準なき衡量判断)である以上、
ザルの@とAはあってなきがごとしであり、個別的比較衡量をやっているに等しい。
猿払事件合憲判決のようなものだ。

(3)以上より、一方では狭義の比例性が理論上必要なのかどうかに疑問があり、
他方では基準なき個別的比較衡量の存続が図られているということになる。
そうすると、比例原則の行く末は、(1)の方向を強調すると、理論の空洞化・内部崩壊となり、
他方で、(2)の方向を強調すると、高橋批判がモロに妥当して審査基準論に対して理論的優位を
勝ち取れない。いずれにしても、進展は見込めないのではないだろうか?

502 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 09:36:25.63 ID:???
>>501
(1)について
これはいちゃもんに近い 「比例原則」は憲法適合性の審査のひとつの道具であって、審査手法は他にもあるということがまず一つ
次に、比例原則の内実としては適合性、必要性、狭義の比例性があり、これらの審査は憲法適合性の判断のためにあって、
狭義の比例性審査をすること自体が自己目的なのではない。したがって、狭義の比例性の審査以前に憲法適合性の判断の決着がついても問題は無い
(2)、(3)について
(2)の指摘はそのとおりだと思う。この点に齟齬は無いはずだ
(3)で触れてる、(2)についての評価について、ここが「比例原則」の導入いかんについて、おそらく一番意見が分かれると思う
ひとつとしては、高橋の言うように決め手の部分が使えねぇと同断して方法論として無用と片付けるか、あるいはもうひとつの立場として、ドイツ本国で主張される立場がある。
少々長いが引用しよう
「このような査定と衡量[書き込み者注・狭義の比例性の審査]には、合理的で拘束力ある基準が欠けている。基本権や基本法の価値秩序を持ち出しても、
それは1つの基準を主張するだけでそれを証明することはできない。したがって、狭義の比例性の審査においては合理性のためのあらゆる努力にも拘らず、
審査するものの主観的判断と予断を押し通す危険が常に付きまとう。・・・・・・狭義の比例性のもつ危険を回避するためには、1つの事件の問題を可能な限り
他の審査の視点からも洗い出す必要がある。連邦憲法裁判所においても狭義の比例性の審査は、理論的には大きな役割を果たしているが、実際には小さな役割しか果たしていない。
比例性の審査は、実際には、とりわけ不可欠性の審査になっている、公共財や公共の利益が現実に基本権介入と言う大きな犠牲を払ってのみあがなうことが出来るならば、
その高度な価値の証明は、まさにそのことの中に見て取ることが出来よう。比例性の審査は、整合性の意味を持っている。事案の解決策が全くナンセンスだと思われるときには、
まず取り掛かるべきは、あらゆる他の審査の始点をサイド洗いなおすこと、そして何よりも不可欠性の審査を再度慎重に行うことである。
それでもナンセンスの印象が残る場合は、是正のために例外的に狭義の比例性の問題が提起されるかもしれない。」
ピエロート、シュリンク『現代ドイツ基本権』(法律文化社、2001年)97-98頁

503 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 09:50:41.22 ID:???
>>502
>狭義の比例性の審査以前に憲法適合性の判断の決着がついても問題は無い

それはそうですよ。そのこと自体に誰も反対はしないでしょう。
ただ、そうすると狭義の比例性の出番がないことになります。
出番がないのに、狭義の比例性を判断枠組みとして後生大事に
とっておく意味はあるのでしょうかね?

501(2)のように、出番が回ってきたら、やってることは
個別的比較考量だったというのでは、全体として比例原則の
意義に疑問が出てきませんか?

504 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 09:54:44.65 ID:???
>>503
「比例原則」による憲法適合性の審査自体を憲法学説が真正面から受け入れるかどうかは(いや、行政法の判例には普通にあるけどさ)
>>502であるように、選択の問題だろう。「違憲審査基準論」がそうであるように


505 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 09:58:11.64 ID:???
>>503
>ただ、そうすると狭義の比例性の出番がないことになります。
>出番がないのに、狭義の比例性を判断枠組みとして後生大事に
>とっておく意味はあるのでしょうかね?
これは人権観がアメリカとドイツで違う、というのがそもそもの原因だろうなあ

506 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 09:59:59.09 ID:???
日本の「人権観」はその辺、割とフリーダムよね


507 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 10:06:05.85 ID:???
>>504
選択の問題といってもいいが、比例原則を選択した場合に
個別的比較考量に肯定的であれば、無駄飯を食わせて
判断枠組みのなかに居候させてもいいけど、
個別的比較考量に否定的であれば(審査基準論のように)
狭義の比例性を判断枠組みに入れることに、
なぜなんだろう?という疑問が生じると思うんだけど。

使い出がないのに、なぜ狭義の比例原則を大事にするのかが
いまひとつ分らないのですよ。比例原則に従っていることを
象徴する役目しかないのではないですかね。

『現代ドイツ基本権』は意味が分りにくいですね。

508 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 10:07:53.58 ID:???
>>507
>『現代ドイツ基本権』は意味が分りにくいですね。
「狭義の比例性の審査だと主観的判断や恣意的判断がなされるという危険が伴うから、他の憲法適合性の審査手法もフルに使おうぜ!」(意訳)

509 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 10:09:02.24 ID:???
>>507
>個別的比較考量に否定的であれば(審査基準論のように)
>狭義の比例性を判断枠組みに入れることに、
>なぜなんだろう?という疑問が生じると思うんだけど。
それに対する回答が >現代ドイツ基本権 だろ

510 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 10:11:03.60 ID:???
>>507
狭義の比例性の審査というものがドイツの伝統だから(警察比例の原則由来で、基本法レベルでもその使用が承認された)
としか言いようがない

511 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 10:12:00.74 ID:???
>>507
 >個別的比較考量に否定的であれば(審査基準論のように)
 >狭義の比例性を判断枠組みに入れることに、
 >なぜなんだろう?という疑問が生じると思うんだけど。
おいちゃんには難しいわその質問

512 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 10:14:27.76 ID:???
まぁ、個別的比較衡量の危険性を認識するからと言って、
その手法を捨てる(そして違憲審査基準論みたいに別の道へ行く)だけが手じゃないよな

513 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 10:19:19.17 ID:???
>>508
なるほどね。『現代ドイツ基本権』を読んで考えてみたのですが、
審査基準論の立場は個別的比較衡量における判断の主観性を回避するために、
衡量という判断それ自体の基準を審査基準として定立しようとして、
「個別的比較衡量」に取って代わる「審査基準の定立と適用」をやろうとしているが、
三段階審査論ないし比例原則の立場は、個別的比較衡量を内心では良きものと思っているが、
声を大にしていえない学会の事情があるので(審査基準論は成功していないと言えないので)
「個別的比較衡量」とは別の判断枠組みとして「適合性・必要性という審査基準」を導入し
審査基準と個別的比較衡量の「二本立て」「二元論」で行こうということですかね?
これを広義の比例原則というのは、本質的に個別的比較衡量である狭義の比例性を少しでも
看板に残したいという思いからではないでしょうかね。

514 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 10:22:15.95 ID:???
要するにさ、みんな正直になればいいんだよ。

「審査基準論は成功はしませんでした。やっぱり個別的比較考量しかありませんでした。」
というようにね。

比例原則だと言えば、そうしたホンネを言わずに済むからといって、
個別的比較考量に何か後ろ暗いものを感じる必要はないでしょうよ。


515 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 10:27:16.28 ID:???
>>513
 >「個別的比較衡量」とは別の判断枠組みとして「適合性・必要性という審査基準」を導入し
 >審査基準と個別的比較衡量の「二本立て」「二元論」で行こうということですかね?
さすがにそれはどうだろう? そんなへんてこなこと主張する学者はみたことないけど。
『現代ドイツ基本権』の言ってることは単純に、「狭義の比例性審査以外の審査もフルに使え」であって、
同書を読む限りそこで意識される他の審査手法ってのは、「法律の留保」(同書87頁以下、「本質的内容の保障」(同書99頁以下)、
「制限的な個別事件的法律の禁止」(同書102頁以下)、「明確性の原理」(同書103頁以下)が挙げられると思う
それぞれの説明は省くけど、ここまでやりゃあ個別的衡量の危険性も相当回避できるだろう、と
ただ、違憲審査基準論みたいに基準立ててうんたらという方向に進むのとは別の進み方もあるでしょう、というのが輸入学者の言いたいことでは無いかなぁ


516 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 10:30:33.55 ID:???
>>514
審査基準論て形式だけ見りゃあ「使える」道具っぽいのに、
いざ現実の事件に使おうと思ったら、これがなかなか融通がきかなくて笑える

517 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 10:31:29.73 ID:???
>>515
その本がいま手元にないので、ぜひともお願いしたいのですが、
広義の比例原則として、なぜ、適合性、必要性、狭義の比例性
という3つが内容とされているのか、その根拠はわかりますか?

518 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 10:32:12.16 ID:???
>>513
補足
「他の審査」だから、そこにはもちろん適合性、必要性の審査も含まれる
言葉足らずで失礼

519 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 10:37:35.90 ID:???
>>515
書いてないよ
だって>>510のいうように、比例原則の審査はドイツの伝統であって、今更それを躍起になって正当化したりしたりする学者はいないから
ドイツで比例原則はそれほど当たり前の概念になっている

蛇足ながら、須藤陽子「比例原則の現代的意義と機能」(法律文化社、2010)という本があるけど、興味があれば読んで見るといい
文体が独特&趣旨が明瞭としない箇所が相当あるのでかなり読みにくいからお勧めしないけどな!!

520 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 10:38:15.48 ID:???
失礼、>>519は、>>515ではなく>>517です

521 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 11:35:31.31 ID:???
>>520
おいちゃんは、受験生なんですか?

522 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 15:55:38.81 ID:???
結局、三段階審査論なんて、予備校で伊藤真が流行らせた「人権パターン」だからなw

これは、伊藤真自身がだいぶ前に講義でしていた話だが、「人権パターン」というのは
実は、ドイツの学説(三段階審査論)を日本の最高裁に置き換え修正を加えたものだ。
彼は、ドイツ在住経験があってドイツ語もある程度読めるから、ドイツ学説も参考にして
日本の判例を分析していく中で、答案の作成技法としてのいわゆる「人権パターン」を完成させた。
伊藤真以前と伊藤真以後とで、司法試験の論文答案の書き方は劇的に変化したといわれる。

日本の最高裁判例も、ブロックごとに切り分ければ、おおむね三段階審査(「人権パターン」)
の流れに乗ってるってのは、そりゃだいぶ昔から伊藤は気づいてたよ。当たり前だ。
九大のナベヤスが君が代伴奏を題材にして、嬉しそうに法教に論文書いてたりしたがね。
LSが出来て多少は変化があったのかもしれないが、判例分析や憲法的論証については、
学者なんかよりもチョーク奴隷の予備校講師の方がよっぽど真剣に取り組んでた。
何せ、答案作成指導が飯のタネだからなw

「人権パターン」自体は、やれ金太郎飴答案だとか、人権をパターン化するなんて、とか
学者(試験委員)からはすこぶる評判が悪かったわけだが、今ではその学者たちが
「保護範囲」だとか何とか、こなれない訳語を駆使して三段階審査論を唱導してる。
学問の外皮をまとったことで、受験生は安心して人権パターンに乗れるわけだなw

523 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 16:03:37.44 ID:???
以前、質問して違法という結論になってしまったのですが、まだ疑問が残っているので改めて質問させていただきます。


最近、公園での野宿は違法だっていうのをよく聞きます。
公園は宿泊施設じゃないからダメだとか、条例で「管理に支障をきたす怖れがある」から禁止とか…。
でも誰もいない公園でこっそりやる分には構わないと思うんです。
そもそも公園ってオープンスペースじゃないんでしょうか?
そして野宿は人類が古来から旅する際に日常的に行ってきた文化ですから合法だと思います。

違法じゃなければやっても問題ないと思うんですが、そこのところはどうなんでしょうか?
今回は都市公園に限定して教えてもらいたいです。

何卒よろしくお願いします。

524 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 20:09:43.77 ID:???
>>522
>結局、三段階審査論なんて、予備校で伊藤真が流行らせた「人権パターン」だからなw

こういう意見を聞くと、三段階審査論の表面だけを見ていることがわかる。
人権パターンのどこが良くないのか、当てはめとはどういうことなのか、
なども分らないだろう。まあ、分らないから同一視するわけなのだが。

合憲性審査方法に関して、特に実質的正当化と違憲審査基準の定立・適用との
違いも分ってないし、それこそなぜ、比例原則と審査基準の接合が大テーマに
なるのかもわからないのだろうね。かわいそうに。

525 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 21:07:39.06 ID:???
>>524
もうったいぶらずに説明してみろ。

526 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 21:29:57.83 ID:???
>>524
人権パターンと三段階審査論を「同一視してる」って、一体どこからそう判断した?
伊藤真流のアレンジは加えられてるってちゃんと書いてるだろw

伊藤真は、日本の最高の判例がおおむね三段階審査の順を追っていることを踏まえて、
そこにさらに英米流(というか芦部流)の審査基準論を接合させてる。
司法試験というのは法曹実務家(とりわけ裁判官)の登用試験だから、
答案のスタイルとしては、わが国の判例と整合的なものが望ましいわけだな。
そして、少なくとも一昔前までは学説上審査基準論が旺盛であったから、受験生としては
そこも落とせないわけだな。

そもそもこのスレの目的が、純然たるドイツの三段階審査論について考究するところにあるのか、
小山『憲法上の権利の作法』を題材として司法試験の答案スタイルの研究をするところにあるのか
よくわからんが(俺自身は後者だと思っている。ここは司法試験板だし。小山の著書も同じ目的だろう。)、
ドイツ流の三段階審査とアメリカ流の審査基準論を接合させて新しいスタイルを模索しようとしても、
結局は人権パターンに戻っていくんじゃないか?

君に異論があるならそれを伺ってみたい。

527 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 21:42:10.66 ID:???
>>526
前者の方はこのスレじゃなくては法学板かなんかでやってほしいな

528 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 23:03:38.76 ID:???
>>526
キミはこのスレの最初からもう一度見直したほうがいいよ

529 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 23:32:11.90 ID:???
試験委員がきいてるのは、不利益性と裁量権の広狭から審査基準たてること。

薬事法判決の調査官解説みてみなよ。







530 :氏名黙秘:2011/04/01(金) 23:40:44.46 ID:???
>>529
解説のどこを見れというんだよ。俺の手元に香城敏麿調査官の解説があるから
教えてくれよ。

531 :氏名黙秘:2011/04/02(土) 00:00:09.58 ID:???
>>528
三行くらいで説明して。
もう時間がない。

532 :氏名黙秘:2011/04/02(土) 01:24:11.29 ID:???
そもそも、管理に支障をきたすとか、景観を悪くするとかっていうのは、エゴだと思います。
野宿したい人だっているんです。そういう人の意思は尊重されるべきです。
たとえ管理に支障をきたすとか、景観が悪くなったり、多少ニオイがしたとしても、
それは我慢すればいいことじゃないですか。
誰もいない公園ならなおさらです。
公園はみんなのものです。
野宿したい人がいればその人に優先して使用させることも、権利だと思います。
だいたい、誰もいない公園ならむしろ誰かが使わないともったいないと思います。
そして、野宿は日本文化です。古典に学ぶべきです。
公園のようなオープンスペースなら何をやってもいいと思います。
そうですよね?
なので、違法ではないということで納得したいと考えました。

533 :氏名黙秘:2011/04/02(土) 01:38:19.92 ID:???
>>529
裁量論を前面に出してしまうと、もはや憲法の答案ではなくなるような。
(ほとんど行政法の答案になってしまう)

裁量論から審査基準を導くのもちょっとおかしいよな。
審査基準論の外皮は纏ってるけど、その実、中身はただの利益較量論になる。
何か概念矛盾のような気がする。単なる言い訳として審査基準を持ち出してるだけ。

審査基準論って、権利の性質から定型的に基準を導くところが最大の長所だよな?
事案によって判断がブレないという意味で裁判官の裁量統制という意味合いがある。
権利の性質から当然に導かれる抽象的・一般的な物差しができる。
(ただ、この定型性が審査基準論の最大の短所でもある。判断が硬直化しがちだし、
なぜ精神的自由権が優越的地位を持つのかとかの理由も必ずしも自明でない)

534 :氏名黙秘:2011/04/02(土) 01:39:27.05 ID:???
すでに合法ということで決着しているのだから、いまさら蒸し返すな馬鹿

535 :氏名黙秘:2011/04/02(土) 01:42:56.94 ID:???
>>529
>不利益性と裁量権の広狭から審査基準たてる

@不利益の程度とA公権力の裁量の広狭から審査基準たてるくらいなら、
もう、その2つの要素を裸で利益較量しちゃえばいいじゃん。
何のために審査基準を媒介させるの?結局は同じことでしょ?


536 :氏名黙秘:2011/04/02(土) 16:04:10.85 ID:???
>>526
>ドイツ流の三段階審査とアメリカ流の審査基準論を接合させて新しいスタイルを模索しようとしても、
>結局は人権パターンに戻っていくんじゃないか?

学者が試みている「接合」の意味は>>304-324、特に>>310を参照。
人権パターンに戻ってきたものは「接合」ではなくて「野合」。

537 :氏名黙秘:2011/04/02(土) 16:11:56.50 ID:???
>>529
判例によると、審査基準と立法裁量については、
@審査基準は「制約される人権」の性質から導かれる。
A審査基準は立法府と裁判所に「共通する尺度」である。
B立法裁量の広狭とその逸脱の有無は「裁判所」が決定する。

審査基準と立法裁量の組み合わせについては、
ア 立法裁量の範囲内だから審査基準の抵触の有無を検討することなく合憲
イ 審査基準に抵触するから違憲(立法裁量への言及なし)
ウ 審査基準に抵触し、立法裁量も逸脱しているから違憲
エ 審査基準に抵触するが、なお立法裁量の範囲内だから合憲

薬事法事件判決はウのパターン。エの判決が存在するかどうかは不明。

538 :氏名黙秘:2011/04/03(日) 11:12:15.45 ID:???
違法厨ってほんと法律知らないんだな
馬鹿なコピペをただ繰り返してるだけ
自分で文章書くことすらできないから、人の書き込みまでコピペする始末
法解釈以前に文章の読解力に問題があるように思う
違法だというのなら、ひとつぐらい根拠を示したらどうなんだ?
このまま違法だと言い張ってても、まったく説得力ないよ

539 :氏名黙秘:2011/04/03(日) 14:39:06.33 ID:???
よって違法です

540 :氏名黙秘:2011/04/03(日) 16:23:43.87 ID:???
>>536
一応読んでみたけどさ、
やれ、「ベクトルが違う」とか、「沿革が違う」とか、
そういう訳の分からない感情的な理由ばかりで
論理的に納得できる説明が1つもないじゃないか?
自分たちで気づいてないかもしれんから忠告しとくけど、
「2人は性格があわない」とか「相性がよくない」とかってのは
愛の告白に対する返答としては何の問題もないが、
学問上の問いに対する回答としては最低の部類だぞ。
相手に何の反論可能性も与えてない。
(君が誰かに告白したとして、「ごめんなさい。生理的に受け付けないの」と
 断られてしまった場面を想起せよ。とりつくシマなんてないだろう?)

日本の法律学ってのは接合(野合と言いたければそれでもいい)の歴史。
沿革も内容も異なる英米法系の思想・制度と大陸法系の思想・制度を結合したりして
独自の制度として発展させてきた。(刑訴が好例。民法は仏独英の混合)
木に竹を接ぐチャンポンの歴史だ。何でいまさら潔癖な純潔主義を取るんだ?

で、君の考える「正しい接合」の形態を答案の作法に還元したらどうなるんだ?
具体的に示してみなさい。具体的に提示できないなら、それはニセモノだなw



541 :氏名黙秘:2011/04/03(日) 17:22:04.33 ID:???
>>540
君も意外と読解力がないというか、分ってないね。

審査基準論も三段階審査論も、日本では「基準なき比較衡量の克服」という
テーマを共有しているが、審査基準論は「要件の定立」という方法を採用し
基準なき比較衡量を忌避しつつ、その代替理論として審査基準の定立を提示
するのに対し、三段階審査論は「事案の類型化」という方法を採用しつつも、
基準なき比較衡量を温存せざるをえないジレンマを抱えている。

反論可能性とか平井のようなことを言わずに、反論できる箇所はいくらでも
あるのだから、反論を考える能力がないと言い換えたほうがいいのと違うか?

学会のいう「接合」とは「基準なき比較衡量」と「基準の定立と適用」との
これら2つの方法論を、どうすれば一体化できるのか、というものだ。
俺は悲観的な見通しを持っている。無理に一体化すれば、両者の単なる足し算か、
比例原則が審査基準論に吸収合併されるとしか思えない。第三の理論を構築
しない限りね。

542 :氏名黙秘:2011/04/03(日) 17:28:57.54 ID:???
>>540なお小山「作法」は、厳格な審査基準を文脈の特殊性に応じて緩和する形で
判例の準則を整理する。判例の審査基準を比例原則と審査密度で言い換える
と言うが、実際は、広義の比例原則の中の適合性と必要性についてのみ、
こうした作業を行い、狭義の比例原則の役割を可能な限り矮小化しようとする。
ドイツではこの狭義の比例原則こそがキモなのにもかかわらず。
要するに小山の仕事は、三段階審査論の看板を残しつつ、中身は審査基準論で
行こうと試みているが、狭義の比例原則の扱いに苦慮している。要するに
チャンポンにもなってないと言っているんだよ。出来上がったチャンポンだけを
見れば君のような感想になるだろうがね。

あと審査基準論も三段階審査論も論証の作法という点では同じだが、
受験生答案で批判されたのは、論証の作法が守られていないからではなく、
本来憲法論で考察すべきことを考察しないからなのは周知の事実だろう。

543 :氏名黙秘:2011/04/03(日) 17:33:26.63 ID:???
>>540
答案について付言しておくと、
審査基準の定立を図るか、比例原則の適用=基準なき比較考量で行くのか、
のどちらかしか、受験生のできることはない。小山「作法」を読んでもそう。
それよりも例えば「規範を柔軟に具体化する」ことの意味を理解することの
意味を理解するほうが、受験的にはよほど重要だよ。

544 :氏名黙秘:2011/04/03(日) 18:08:29.72 ID:???
>>541‐542
冗長すぎる。
「答案化できない」、というのが君の答えだな。
結構、それが君の限界だ。
君は伊藤真は超えられない。

他の方のご意見も聞いてみたいな。

545 :氏名黙秘:2011/04/03(日) 18:15:11.49 ID:???
>>541
>反論できる箇所はいくらでもあるのだから、(後略)

一言だけ返答しておくと、
個人の好き嫌いについて「意見」をぶつけ合うことを
私は「議論」とはいわない。
それは通常「喧嘩」という名前で呼ばれているからだ。

546 :氏名黙秘:2011/04/03(日) 20:35:29.85 ID:???
>>544
あほ?

547 :氏名黙秘:2011/04/03(日) 21:47:11.34 ID:???
頭悪いから議論の当否はわかんないけど、「長すぎる」という一点では同意するわ


548 :氏名黙秘:2011/04/03(日) 22:18:44.56 ID:???
頭が悪いなら、やむをえんが、この程度が理解できないなら、ちと問題だと思うぞ。

549 :氏名黙秘:2011/04/04(月) 15:34:07.20 ID:???
初学者なのですが、質問させてください。
違憲審査基準は憲法上の権利の性質や規制目的によって変化しますよね。
しかし、なぜ違憲審査基準は、目的と規制手段の間の関連性が緩やかでいいという
方向で緩和されるんでしょう。
目的と規制手段の間の関連性はいわば法律の肝であって、それがないと権利の制限
は正当化できないように思われます。

たとえば、名誉棄損表現を規制する場合は緩和された違憲審査基準を用いるといわれ
ますが、なにゆえ名誉権保護の目的との関連性判断を緩和して規制が正当化され
るのでしょうか



550 :氏名黙秘:2011/04/04(月) 16:22:06.32 ID:???
>>549
正直言って何が言いたいのか分りかねる。

551 :氏名黙秘:2011/04/04(月) 18:57:44.66 ID:???
>>キチガイども


 都市公園は、食堂ではないが、食べ物を食べることができる。
 都市公園は、図書館ではないが、本を読むことができる。
 都市公園は、アトリエではないが、絵を描くことができる。
 
 これが都市公園の「一般公衆の自由使用(平成18(行コ)10 大阪高裁)」の具体例。

 都市公園は、特定用途を定めた公共用物ではないので、自由に使用することができる。


野宿は合法である。

552 :氏名黙秘:2011/04/04(月) 23:04:37.63 ID:???
>>549
名誉棄損表現の場合の当否は置いておくとして
ある目的のために色んな手段が考えられて,
色んな手段にはコストもかかるみたいなときに,
コストバランスまで考えてどの手段をとるかの選択権(裁量)は司法以外が持ってることが多いので,
裁判所はどれが一番かなんて判断できない(すべきでない)ので,まあ関連してないと言えない限りだめとは言えないよね

ってこと

553 :氏名黙秘:2011/04/05(火) 00:41:02.37 ID:???
>>549
>>552は二重の基準論、目的二分論についての理解としては正しい。

その他、権利の重要性によっても、関連性は変化する。
危険の程度、危険発生の蓋然性が厳格に必要なほど重要な権利か、とりあえず憶測のようなものでもよい程度の権利なのかということ。
バランス論として、権利に重みが出るならば、保護法益も重いものでなければならないわけだ。


554 :氏名黙秘:2011/04/05(火) 02:17:19.54 ID:???
以前、質問して違法という結論になってしまったのですが、まだ疑問が残っているので改めて質問させていただきます。


最近、公園での野宿は違法だっていうのをよく聞きます。
公園は宿泊施設じゃないからダメだとか、条例で「管理に支障をきたす怖れがある」から禁止とか…。
でも誰もいない公園でこっそりやる分には構わないと思うんです。
そもそも公園ってオープンスペースじゃないんでしょうか?
そして野宿は人類が古来から旅する際に日常的に行ってきた文化ですから合法だと思います。

違法じゃなければやっても問題ないと思うんですが、そこのところはどうなんでしょうか?
今回は都市公園に限定して教えてもらいたいです。

何卒よろしくお願いします。

555 :氏名黙秘:2011/04/05(火) 07:55:32.89 ID:???
>>552
それは解釈論としては憲法論、人権論の考え方ではないな。

>>553
>バランス論として、権利に重みが出るならば、保護法益も重いものでなければならないわけだ。

それをどのように憲法判断の枠組みに組み入れるのかが問題なわけだが。

556 :氏名黙秘:2011/04/05(火) 13:27:21.22 ID:???
そうか、事案の類型化と要件の定立との、意味の違いが分らないのか。
宍戸の法学セミナー連載も、それじゃ分らんだろうな。

557 :氏名黙秘:2011/04/05(火) 14:01:29.70 ID:???
imifu

558 :氏名黙秘:2011/04/05(火) 23:28:49.76 ID:???
>>556
安価くらいしろ

559 :氏名黙秘:2011/04/06(水) 15:11:33.58 ID:???
96のギャル男君、サイト見ましたよ。
君は、比較考量の本質について、とりあえず過去の論文やら座談などの
文献を読んだほうがよさそうだということは分った。
試験が終わったらやってみられたい。

560 :氏名黙秘:2011/04/06(水) 15:28:01.97 ID:???
>>556
負け惜しみ?
はっきり言えばいいのにww

561 :氏名黙秘:2011/04/06(水) 22:54:17.67 ID:???
難しいか。ではもう一度整理するが、頭の良い人だけを読者に想定したい。

理論面について@
@比例原則=適合性・必要性・狭義の比例性(見解の相違なし)
A狭義の比例性判断=基準なき比較衡量=個別的比較衡量(青柳採点実感参照)
これらを前提とすると、
(ア)適合性・必要性だけで違憲判断ができるなら狭義の比例性は不要。
(イ)適合性・必要性で違憲判断ができないときに狭義の比例性(基準なき比較衡量)を行う。
すると、基準なき比較衡量を「裁判官が仲裁者となり恣意的な判断をしない場合」以外の場合にも
認めることになる。三段階審査論者はこれを認めるがその根拠は不明。青柳は根拠の提示を求める。
これが理論的上の問題点である。なお審査基準論者はこれを認めない(等価値的比較衡量のみ認める)
から狭義の比例性の存在意義に疑問を呈する(例:高橋)。

理論面についてA
要件の定立の場面と要件の適用の場面に区別すると、審査基準論は要件の定立の場面が主戦場である。
ここで審査基準の精緻化を図る。対する三段階審査論は要件としての狭義の比例性について抽象的な
原則のままこれを保持し、要件の適用の場面で審査密度を想定する。いずれにせよ精緻化・緻密化を
図る場面が要件の定立か要件の適用かという違いがあるため、三段階審査論は審査基準を排除しない、
審査基準への言い換えは可能、と言うが、それは狭義の比例原則には当てはまらない。理論的に「接合」
を困難にしているのはまさにこの問題であり、接合を試みる三段階審査論者の抱える壁である。

562 :氏名黙秘:2011/04/06(水) 22:56:14.69 ID:???
答案面について@
審査基準論で行く場合は、精神的自由の優越的地位に基づいて基準を厳格化しようとする。
多くの場合制約される利益の憲法上の価値序列を決め手として基準の選択をする。
三段階審査論で行く場合は、厳格な適用を文脈に応じて緩和しようとする(小山「作法」参照)。
決め手は文脈に応じて審査密度を検討して厳格な適用か緩やかな適用かを決める。
なお事案の特殊性を踏まえることは共通する。

答案面についてA
三段階審査論は保護領域の重要性を説いているが、現実には正当化の問題との重複をもたらす場合が
少なくない。同じことを答案に二度も書くのであれば、時間とスペースの限られている本試験で
三段階審査論を展開するのは、余程の工夫が必要となる。そしてこれは生存権の問題ではなく、
三段階審査論がその効用を主張する自由権・防御権の問題で顕著となる。審査基準論ではこうした
問題は生じないか、生じるおそれがある場合すべて審査基準の定立の場面に移行させることができる。
三段階審査論でもすべて正当化の問題に流しこめるが、それは保護領域の重要性を否定することになる。
こうしたジレンマを三段階審査論は抱えている。

一言で言い表せない問題なので、長いと感じる人に対しては発信していないことを了解されたい。

563 :氏名黙秘:2011/04/06(水) 23:17:35.69 ID:???
予防線張りすぎwww

564 :氏名黙秘:2011/04/06(水) 23:23:32.38 ID:???
勉強になるな

565 :氏名黙秘:2011/04/06(水) 23:36:11.89 ID:???
なかなか恣意的な三段階審査の理解だなぁ
おそらく小山『憲法上の権利の作法』と松本『基本権保障の憲法理論』の記述から自分なりに咀嚼しているんだろうけど、
その自分の理解がドイツ本国での理解と同じであるかのように書いてるのが素晴らしいね
これが「相手を黒く書いて黒だと指摘する」という手法か
うむ、参考になる

566 :氏名黙秘:2011/04/07(木) 01:50:48.18 ID:???
>>561
「できないことの理由」をなぜそんなに長々と書くんだ。
「俺にはできない」と一言書けばいいだけだ。それは求めてないから。

しかも前の書き込みと、内容にさしたる変化は見られない。
一体何がしたいんだ、あんた?
むしろ、逆に、なぜいわゆる「人権パターン」がまずいのか、
自分なりの理解が示せるとよかった。小山批判でもいいけど。

>審査基準論は要件の定立の場面が主戦場である。
>ここで審査基準の精緻化を図る。

このあたりに誤解のカギがありそうだな。偏った理解しかできてないわけだ。
審査基準論は、権利の性質に応じて定型的な基準を導くだけだから、
もともと事案の性質に応じた基準の「精緻化」なんてできないぞ。
(答案作成上、なぜその基準となるかの、いわゆる「論証」(吐き出し)部分に
 多くの紙幅を割かなくてはならなくなる、とかいうのはこれとは全く別の問題ね)
基準自体は、ダブル・スタンダードか、せいぜいトリプル・スタンダードどまりでしょ。

審査基準論で導かれる「基準」って2つか3つぐらいの杓子定規なものだから、
結局はその適用(当てはめ)部分の勝負になる。事実を使って読み手を説得する作業。
審査基準論では、要件の定立(というか基準の選択というべきかな)が主戦場だと
強弁しちゃうあたりに(おそらく本人もそう思い込んでるのかな)、偏った理解がある。

まあ、結論からいうと、>>565さんの言うとおりで
「灰色のものを黒く言って論難してるだけ」かな。


567 :氏名黙秘:2011/04/07(木) 11:58:21.04 ID:???
憲法の事例問題であるような事態発生。
日本は、民主主義を捨て、政府に都合の悪い情報を規制する情報統制に入りました。

本日、「被災地等における安全・安心の確保対策ワーキングチーム」において、
「被災地等における安全・安心の確保対策」が決定されました。
同対策においては、東日本大震災後、地震等に関する不確かな情報等、
国民の不安をいたずらにあおる流言飛語が、電子掲示板への書き込み等により流布している状況に鑑み、
インターネット上の流言飛語について関係省庁が連携し、
サイト管理者等に対して、法令や公序良俗に反する情報の自主的な削除を含め、適切な対応をとることを要請し、
正確な情報が利用者に提供されるよう努めることとされています。
同対策を踏まえ、総務省では、
社団法人電気通信事業者協会、
社団法人テレコムサービス協会、
社団法人日本インターネットプロバイダー協会
及び社団法人日本ケーブルテレビ連盟に対して、
東日本大震災に係るインターネット上の流言飛語について、
各団体所属の電気通信事業者等が表現の自由に配慮しつつ適切に対応するよう、
周知及び必要な措置を講じることを要請しました。

http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban08_01000023.html

568 :氏名黙秘:2011/04/07(木) 23:51:54.17 ID:???
>>565
確かにドイツ憲法の翻訳本は読んでない。読んでいるのは日本の輸入学者である
三段階審査論者の説明である。そしてこれに対して理論的な疑念を抱いている。
審査基準論の浸透した日本の憲法学では総体としての三段階審査の枠組みは不要
であり、部分的に見るべき点があるにすぎない。その意味では三段階審査論は
現実には審査基準論の「補完勢力」「補強部品」にしかなりえなていない。

ドイツの三段階審査論は、原則例外図式に論証責任という効果を結合し、狭義の
比例原則(個別的比較衡量)を理論的支柱に位置づける。これを、原則例外図式に
論証責任を結合させず原則例外図式を単なる整理法と考え、個別的比較衡量の超克
を課題としてきた日本の憲法学に、そのまま導入することはできない。修正して
導入してはいる。看板の掛け替えという修正だけどね。今のところは。

>>561-562に関して批判があるなら、具体的に頼むよ。

569 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 00:02:12.27 ID:???
>>568
恥の上塗りするなよ
比較的手に入りやすいであろう栗城・戸波・嶋崎編『ドイツの憲法判例V』(信山社、2008年)549頁以下で、
簡潔にドイツ本国の憲法適合性の審査手法について書かれているから、最低限それくらい読んでくれ
頼むから

570 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 00:13:26.85 ID:???
>>569
悪いが、簡単に説明してくれ。

>>566
最初に断わっておくと、どこかの予備校講師が作りだしたのかもしれない人権
パターンなるものは、ドイツの三段階審査論ではないことはもとより、接合を
実現し得たものだとして評価するような馬鹿は、さすがに学者の中にはいない。

このことを前振りとしてだな、

>結局はその適用(当てはめ)部分の勝負になる。事実を使って読み手を説得する作業。

こんなことを平気で書くようじゃ、人権パターンのどこがいけないのかが未だ
分かってないなと感じるね。一言であらわすと憲法論としての答案になってない
ってことなんだが。

学者は問題の解決を直接の課題としてはいない。要件の定立が主戦場というのは
審査基準を5段階とか10段階にしようとか、同じ厳格度の基準のメニューを
増やすとか、そういう意味ではない。もう一度何のために審査基準を問題にして
きたのかを再考してみてはどうだろうかね。

571 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 00:20:15.39 ID:???
>>566

何も書かないのもどうかと思うから、人権パターンの問題点を、思いつくままに書くと、
@制約の可否・根拠が不明・無理解。これと審査基準論との論理的関連性性に無自覚。
A簡単な設問と当該事案との共通性のみに着目して、予め用意した事案とは無関係の
論証を垂れ流して審査基準の定立だと思い込む。
B事実を書き写して適当な評価をするだけで憲法論における「あてはめ」だと思い込む。
といったところか。他にもあるが。

後は自分で考えてみるんだね。

572 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 00:43:41.25 ID:???
>>570
>問題の解決を直接の課題としてはいない。

この時点で答案にならないじゃんw
何がやりたいわけ?

573 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 00:48:39.21 ID:???
>>571
それは人権パターン固有の問題点じゃなくて、受験生の問題点だろw
A・Bはそう。

@制約の可否・根拠の不明さは、そのまま審査基準論の問題点でもある。

やっぱり偉そうなこと言って何も分かってないじゃんw

もう1度やり直し、ね。


574 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 00:54:09.92 ID:???
>>570-571
説明の仕方が下手なのか、あるいはそもそも対象について自分でもちゃんと理解していないだけなのか
悩ましいな

575 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 01:01:34.85 ID:???
>>570
>どこかの予備校講師が作りだしたのかもしれない人権パターンなるもの

このステレオタイプな批判が余りに多いねw 特に学者の側からはね。
「誰が言ったか」じゃなくて、「何を言ったか」の方が重要だよ。

>要件の定立が主戦場

裁判所の恣意的な判断(裸の利益衡量)を抑制するために
権利の性質に応じた審査基準を設定することに主眼がある、という程度の意味で
「主戦場」という言葉を使ってるなら、その言葉には大した意味はないんだよ。

576 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 01:06:02.00 ID:???
>>561
>A狭義の比例性判断=基準なき比較衡量=個別的比較衡量(青柳採点実感参照)
>これらを前提とすると、
>(ア)適合性・必要性だけで違憲判断ができるなら狭義の比例性は不要。
>(イ)適合性・必要性で違憲判断ができないときに狭義の比例性(基準なき比較衡量)を行う。
>すると、基準なき比較衡量を「裁判官が仲裁者となり恣意的な判断をしない場合」以外の場合にも
>認めることになる。三段階審査論者はこれを認めるがその根拠は不明。青柳は根拠の提示を求める。
目的審査、手段の適合性、必要性審査でのスクリーニングがある点で、個別的利益衡量と全く同じではない。
また、狭義の比例原則の根拠は、より緻密な分析をする点にあるように思う。
むしろ、審査基準論も手段の相当性を関連性において考慮するというが、その審査には対立利益との比較衡量が避けられないのではないか。
おそらく、より制限的でない他の選びうる手段の基準ならば考慮しうるだろう。
しかし、それ以外の場合はどうするのか。
この点が甚だ疑問である。
一体、対立利益との比較なくして、どのように利益衡量をするのであろうか。
お答え願いたい。


>審査基準への言い換えは可能、と言うが、それは狭義の比例原則には当てはまらない。理論的に「接合」
>を困難にしているのはまさにこの問題であり、接合を試みる三段階審査論者の抱える壁である。
同感である。
二つは似て非なるものであり、趣旨を取り込むことはできても、接合は出来ないだろう。

577 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 02:02:28.93 ID:???
561は受験生ではない。

おそらく3流大の院生かなんちゃって助教授。

理解の及んでいない浅知恵を吐き出してるだけ。

君は自分で思っているほど頭よくないからね。



578 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 02:11:53.59 ID:???
助教くらいじゃないか?

579 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 03:53:49.55 ID:???
>>576
審査基準論における対立利益との比較衡量って、
目的審査がそれにあたるんでねーの?

580 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 08:40:48.58 ID:???
>>579
普通に考えれば、目的と手段の関連性審査じゃね?

目的=公益
手段=権利制約

581 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 14:59:47.50 ID:???
今年のヒアリングみなよ。

まず、問題とされている人権の一般的な性質からみていかなる審査基準に
よることが原則であるかを示した上で、当該人権の特殊性、規制目的等の
具体的事案に着目して、審査基準を緩和できるかどうかを論じる。

まずは基本から考えよーね。

582 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 15:27:57.61 ID:???
>>581
はいはい

583 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 21:04:35.60 ID:???
>>569
今日、ざっと該当箇所を立ち読みしてきた。
審査密度を緩い明白性の段階から三段階に区別することなどがあったね。
用語集のような体裁だったが、内容的には、ああそうか、という程度だよ。
問題があるなら、具体的に指摘してね。

584 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 21:23:01.80 ID:???
>>576@
>目的審査、手段の適合性、必要性審査でのスクリーニングがある点で、個別的利益衡量と全く同じではない。

適合性・必要性の基準を通過した狭義の比例性と、単なる個別的比較衡量とを比較すると、
@基準なき比較衡量を行うという点では判断構造は同型である。
A狭義の比例性は判断の対象として明らかに違憲となるケースが除外されているが、
 個別的比較衡量では明らかに違憲となるケースも判断の対象となる。

高橋などが狭義の比例性判断は実際には個別的比較衡量ではないのか?という批判を
向けるときは、主として@を念頭に置いている。つまり、基準がないまま、又は、
基準がないに等しいまま、比較考量をしている点では同じではないかと。
>>569の栗城・戸波・嶋崎編『ドイツの憲法判例V』(信山社、2008年)549頁を
見ても、狭義の比例性の定義は個別的比較衡量とほぼ同じ。(ただ結論の導出の過程が
その箇所だけでは見えなかったが、後に触れることもあるかもしれない)

スクリーニングの機能を考えると、適合性・必要性の基準をパスした事例のみに対して
狭義の比例原則が適用されるから、適合性・必要性は狭義の比例性判断の対象を限定する
機能を果たしているといえる。

同じかどうかでいえば、判断の対象は同じではないが、判断の構造は同じということになる。
そうすると、判断の対象が減ったとしても、いったん判断の俎上に上ってきたときは、
個別的比較衡量と同じなので、スクリーニングを経たとしても、それが裁判官の判断の主観性
や恣意性を解消ないし低減させるには至らないのではないかと思われる。というのも
適合性や必要性のスクリーニングは、比較衡量における判断の主観性を低減する機能を
持ち合わせてはいないのではないかと思われるのだが。もし低減する機能を持っているのであれば
具体例を提示ないしあれがそうだとか指摘してもらえると、こちらも検討してみる。

585 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 21:40:33.13 ID:???
>>576A
>また、狭義の比例原則の根拠は、より緻密な分析をする点にあるように思う。

基準なき比較衡量をするのであれば、その根拠を書きなさいと、青柳が言っているが、
そもそもこの基準をなぜ立てるのかというと、裁判官の判断を外部から統制するためで
あるから、基準なき比較衡量をする根拠は、
@基準による統制の必要がない、
A基準による統制の必要よりも優先すべき別の要請がある、
B基準とは別の代替的な統制方法がある、
のうちどれかを示す必要があるのではないかな。

「裁判官が仲裁者として働く」というのは@に関係する根拠である。
「審査基準の定立は壮大なる実験の失敗である」と言えば@に関係するが、これは無理だろう。
あなたのいう「より緻密な判断が可能となる」というのはBに関係する根拠であろうか。

586 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 21:54:23.51 ID:???
プロフェッショナル無職の流儀
「詐欺、多重債務、三振の恐怖と闘う者」
作詞 スカシフリ(2振目=リーチ)

魔骨に踊らされ
奨学金借りて
ローに入った
働いてる友人のことをみて
「本当は俺だって...」
と思ってた
新卒も捨てたし、
六法と過去問が恋人だった
だけど
借金と、
三十路の足音を聞いて
初めて自分の
立ち位置知った
ん〜ん♪
ずっと探してきた
理想の自分って
いざとなれば
強かったけど,
全国模試からの
この成績通知が
「本当の自分」
って言うらしい
親族中に溢れてるため息と
僕の甘酸っぱい挫折に捧ぐ
あと、
1回だけ
スイング
してみよう(※次の空振り=失権)

587 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 22:00:09.74 ID:???
>>576B
>審査基準論も手段の相当性を関連性において考慮するというが、
>その審査には対立利益との比較衡量が避けられないのではないか。

手段の相当性について、法律上の相当性、例えば刑法や刑訴での相当性は
比較衡量をおこなうことが不可避です。憲法上の相当性も同じように
比較衡量が不可避だと考えることもできますが、そうとも言えないと
考えることもできます。判例をヒントにしてみます。

判例は、猿払事件判決のように「均衡」という場合に比較衡量を要請します。
この均衡と相当性で置き換えて理解するのであれば比較衡量が不可避となります。

ところが、判例は、指紋押捺事件判決、京都府学連事件判決などにおいて、
「公共の福祉のため必要がある場合には相当の制限を受ける」という
「一般的な審査基準」(←香城敏麿調査官の表現)を定立しています。

この相当性は「社会的に許容しうる限度を超えない」という意味で使っている
ものと思われますが、判旨を見ると、必ずしも比較衡量ではないようです。
少なくとも猿払事件判決のような比較衡量ではありません。

こうした理解が正しいのであれば、判例は「憲法上の」相当性判断としては
比較衡量ではないと考えて審査基準を定立しているのではないかとも思われます。

いずれにしても手段の相当性を審査基準にすることはありえますが、これが
即比較衡量だとは即断しにくいのではないかと思われます。かりに手段の相当性
を審査基準にするのであれば、さらに下位の基準を持ってくる必要があるのでは
ないですかね。

学説では、アメリカ型の審査基準を重視する芦部・高橋などは手段の相当性とは
言わないが、多少なりともドイツ法に好意を寄せている学者は相当性を使うのかも
しれないと想像してますが、確信はありません。均衡性といえば比較衡量ですが。

588 :氏名黙秘:2011/04/08(金) 22:15:03.98 ID:???
追記

>>587は、>>576の趣意を誤解しているかもしれないので、もしそうであれば
指摘してもらえるとありがたい。

589 :氏名黙秘:2011/04/09(土) 11:16:07.93 ID:???
>>588
あんた大学で教えてる人だね

590 :氏名黙秘:2011/04/09(土) 15:32:01.44 ID:3Hz1ZTbt
>>584 585 587 588
>判断の対象が減ったとしても、いったん判断の俎上に上ってきたときは、
個別的比較衡量と同じなので、スクリーニングを経たとしても、それが裁判官の判断の主観性
や恣意性を解消ないし低減させるには至らないのではないかと思われる。
同意する。
そのスクリーニングこそが、恣意的判断防止機能であり、そこで排除されない場合は個別的利益衡量との差はない。
しかし、このスクリーニングがある点で、固有の個別的利益衡量とは異なる。
その上で、このスクリーニングをクリアしてしまったならば、やむを得ないと考えしかない。

>あなたのいう「より緻密な判断が可能となる」というのはBに関係する根拠であろうか。
そうではない。
審査基準においても相当性判断をするならば、結局同じであるように思う。
少なくとも、平成20年採点実感3(5)オでは、手段の相当性を問うている。
「目的と手段の実質的(あるいは合理的)関連性の有無,規制手段の相当性,規制手段の実効性等はどうなのかについて個別的・具体的に検討することが必要である。」

>判旨を見ると、必ずしも比較衡量ではないようです。
相当性について、対立利益を提示することなく単体で検討しているが、それが相当というためには、本来的には対立利益との比較が求められる。
単体で検討することは、むしろ理由なき判断であり、個別的利益衡量よりも恣意的ではなかろうか。

私の趣意は、要するに以下の通りである。
少なくとも、採点実感の理解する審査基準は、相当性が問題となっているため、高橋とは異なる。
これは、利益衡量なくしては不可能ではないか。
三段階審査の狭義の比例原則は、この点を明示しているにすぎない。
試験委員の理解が高橋と異なる以上、高橋の批判は援用できない。
三段階審査は、あらかじめ基準を立てたスクリーニングがある以上、一定の恣意的判断を排除できる。
そうすると、三段階審査は「あらかじめ基準を立てない比例原則」にあたらないのではないか。


591 :氏名黙秘:2011/04/09(土) 22:00:49.12 ID:???
付言すると、手段の適合性、必要性の審査は、審査密度にもよるが、それなりのスクリーニングとなりうる。
すなわち、手段の適合性は、実効性のない手段、目的との関連性が立法事実に基づかない想定にすぎない手段を違憲とできる可能性がある。
また、手段の必要性は、目的達成が同程度の手段のうち、より制限的である場合は、違憲とできる。
以上の点は、実質的関連性基準、LRAの基準と結果としては異ならない。
また、合理的関連性基準の場合は、合理的関連性があれば合憲となるが、三段階審査ならば個別的利益衡量で違憲とする余地がある。

このように、審査密度に審査基準論の趣旨をとりこむと、狭義の比例性は、違憲審査基準で合憲となってしまう場合を違憲にする最後のセーフティーネットとして機能する。
それゆえ、仮に狭義の比例制が恣意的判断となってしまっても、少なくとも、結論的には違憲審査基準と差異はないように思える。
むしろ、三段階審査の方が、違憲とできる可能性が高いようにすら思える。


592 :氏名黙秘:2011/04/09(土) 23:38:27.49 ID:???
>>590-591@

なるほど。概ね言いたいことは分かったし、それなりに筋は通っていると思う。
だが、異なる理解の箇所もある。

第一に採点実感にある「基準なき比例原則」にいう「基準」の捉え方である。

青柳は「比例原則の場合にも,その原則自体が個別的比較衡量である」というが、
比較衡量の問題点の1つが「基準がないために判断が恣意に流れるおそれがある」
というものだから、ここでの基準とは比較衡量の際における基準を指しているので
あって、比較衡量とは別の、これに先行する基準を指しているとは思われない。
仮にそういう意味で言っているのであれば、「比例原則を適用する以前に適合性や
必要性を検討しなさい」というのではないのかな?

「比例原則での個別的比較衡量を選択するのならば,なぜあらかじめ基準を立てない
比例原則を採るのか,比例原則で何をどのように比較衡量するのかについて,それらが
きちんと説明されていなければならない。」と青柳は言うが、この部分は、それぞれ
衡量の基準がない、衡量の対象が不明確という個別的比較衡量批判に対応するものだ
と理解すべきではないのかな?「比例原則の場合にも,その原則自体が個別的比較衡量
である」と青柳が言っているのだから、ますますそう思える。

よって適合性・必要性という基準があるから、比例原則は「基準なき比較衡量」
ではない、という評価には反対する。

593 :氏名黙秘:2011/04/09(土) 23:42:36.21 ID:???
>>590-591A

第二は審査基準の捉え方である。

比例原則は個別的比較衡量だと明示しているようなものである。猿払事件判決の合理的
関連性の基準も均衡論として比較考量を明示している。手段の相当性を比較衡量により
判断する基準だとすれば黙示的な比較衡量だともいえる(審査基準としての相当性は
比較衡量ではないとする立場もありえる)。そして比較衡量を審査基準から排除しよう
とする芦部・高橋説がある。

青柳が規制手段の相当性に言及しているからと言っても、それは答案に現れた審査基準
の適用に関する注意を促しているわけであり、手段審査基準の相当性=比較衡量という
図式で理解しても、それが間違いであるとはだれも言わない。こちらが問題としてるのは
三段階審査論における狭義の比例原則は、適合性・必要性がしっかりしているなら不要だし
しっかりしてないなら個別的比較衡量になるが、個別的比較衡量を審査基準として肯定
するのであれば、三段階審査論でもいいし、猿払基準でもいいし、手段の相当性を基準と
してもいいが、個別的比較衡量を審査基準として肯定するには問題があるという立場なら、
三段階審査論にも猿払基準にも手段の相当性にも反対することになるというわけですよ。

だから結局は、個別的比較衡量に審査基準としての役割を担わせるのかどうかです。
当たり前だが、芦部・高橋説は、審査基準としては認めない立場です。

594 :氏名黙秘:2011/04/09(土) 23:45:23.86 ID:???
以前、質問して違法という結論になってしまったのですが、まだ疑問が残っているので改めて質問させていただきます。


最近、公園での野宿は違法だっていうのをよく聞きます。
公園は宿泊施設じゃないからダメだとか、条例で「管理に支障をきたす怖れがある」から禁止とか…。
でも誰もいない公園でこっそりやる分には構わないと思うんです。
そもそも公園ってオープンスペースじゃないんでしょうか?
そして野宿は人類が古来から旅する際に日常的に行ってきた文化ですから合法だと思います。

違法じゃなければやっても問題ないと思うんですが、そこのところはどうなんでしょうか?
今回は都市公園に限定して教えてもらいたいです。

何卒よろしくお願いします。

595 :氏名黙秘:2011/04/09(土) 23:45:26.32 ID:???
>>590-591B

第一と第二を、もう一度まとめると、
@基準なき比例原則にいう基準は、適合性・必要性を意味しているのではない。
A審査基準としての個別的比較衡量を肯定しない立場は三段階審査論・猿払基準・手段の相当性
 のすべてにに反対する(理由:個別的比較衡量がそこに含まれるから)
ということです。

なお、>>591は、現実はそううまくいきますかね?と疑問に思うが、これは見解の相違であろう。
ただ、ここでも個別的比較衡量を審査基準として肯定するかどうかが、意見が分かれる理論的な
原因でしょうね。

確かに「狭義の比例性=セーフティーネット」論は興味深い視点だが、それこそ結論の妥当性
を志向するために判断基準の定立を断念することもやむなしという気分を象徴する発想である
ように思える。しかし、目的の正しさは手段の正しさを保証するものではなく、正しい目的の
ための手段が意図せざる結果をもたらす危険があることを考慮すると、基準なき比較衡量を
審査基準とすることには、やはり反対せざるをえない。

596 :氏名黙秘:2011/04/09(土) 23:47:27.82 ID:???
雑感


>>591氏のおかげで、頭の中が整理されてきたように感じている。
感謝する気持ちをもって、今夜はもう寝ます。

597 :氏名黙秘:2011/04/10(日) 01:16:42.08 ID:???
以前、質問して違法という結論になってしまったのですが、まだ疑問が残っているので改めて質問させていただきます。


最近、公園での野宿は違法だっていうのをよく聞きます。
公園は宿泊施設じゃないからダメだとか、条例で「管理に支障をきたす怖れがある」から禁止とか…。
でも誰もいない公園でこっそりやる分には構わないと思うんです。
そもそも公園ってオープンスペースじゃないんでしょうか?
そして野宿は人類が古来から旅する際に日常的に行ってきた文化ですから合法だと思います。

違法じゃなければやっても問題ないと思うんですが、そこのところはどうなんでしょうか?
今回は都市公園に限定して教えてもらいたいです。

何卒よろしくお願いします。

598 :氏名黙秘:2011/04/10(日) 15:39:02.01 ID:???
三段階審査を普及させた張本人シュリンクは、
とりあえず、狭義の比例性審査は、手段の必要性審査の精査により、ここに解消可能だと論じている。
狭義の比例性、the end!

599 :氏名黙秘:2011/04/10(日) 16:58:14.42 ID:???
以前、質問して違法という結論になってしまったのですが、まだ疑問が残っているので改めて質問させていただきます。


最近、公園での野宿は違法だっていうのをよく聞きます。
公園は宿泊施設じゃないからダメだとか、条例で「管理に支障をきたす怖れがある」から禁止とか…。
でも誰もいない公園でこっそりやる分には構わないと思うんです。
そもそも公園ってオープンスペースじゃないんでしょうか?
そして野宿は人類が古来から旅する際に日常的に行ってきた文化ですから合法だと思います。

違法じゃなければやっても問題ないと思うんですが、そこのところはどうなんでしょうか?
今回は都市公園に限定して教えてもらいたいです。

何卒よろしくお願いします。

600 :氏名黙秘:2011/04/10(日) 23:33:59.70 ID:???
>>595
>A審査基準としての個別的比較衡量を肯定しない立場は三段階審査論・猿払基準・手段の相当性
 のすべてにに反対する(理由:個別的比較衡量がそこに含まれるから)

なんで比較考量なのかを理由づけるってこと?どうやって?

601 :氏名黙秘:2011/04/11(月) 00:26:07.01 ID:???
以前、質問して違法という結論になってしまったのですが、まだ疑問が残っているので改めて質問させていただきます。


最近、公園での野宿は違法だっていうのをよく聞きます。
公園は宿泊施設じゃないからダメだとか、条例で「管理に支障をきたす怖れがある」から禁止とか…。
でも誰もいない公園でこっそりやる分には構わないと思うんです。
そもそも公園ってオープンスペースじゃないんでしょうか?
そして野宿は人類が古来から旅する際に日常的に行ってきた文化ですから合法だと思います。

違法じゃなければやっても問題ないと思うんですが、そこのところはどうなんでしょうか?
今回は都市公園に限定して教えてもらいたいです。

何卒よろしくお願いします。

602 :氏名黙秘:2011/04/11(月) 00:34:45.83 ID:???
皆さんの言ってることがワケワカンネ
とりあえず、紳士平成20年の問題でも題材に三段階審査について説明してくれ


603 :氏名黙秘:2011/04/11(月) 01:27:34.48 ID:???
>>602
591です。
要するに、三段階審査は個別的利益衡量にあたるか、ということ。
審査基準を立てないで個別的利益衡量をするなら、理由を示さなくてはならないため問題となった。
591はあたらない、審査基準論支持者はあたる、と対立していた。
結論は双方ありうるため、議論の内容を検討の上、各自の判断に任されたい。

平成20年はわりと難しい。
処分からのアプローチを採用すると書きやすいが、裁判実務とはかけ離れている。
おそらく、法令違憲、適用違憲類型2と流すのが穏当。
法令違憲は、自己の表現の自由だと制限の程度が低く勝ちにくい。それゆえ、全面規制される青少年の知る自由を援用することが核心となる。
明確性と下位規範による充足の可否、政治的表現をも含む過度の広汎性、目的と手段の関連性、ページがあればサイト全部が有害指定は相当性を欠くか、一定の解除手続の負担は相当性を欠くか、青少年保護の実効性があるか、などが争点となるだろう。
反論では、第三者所有物没収事件の判例によると、主張適格を基礎付ける利害関係が認められないとされる。
私見では、処分違憲の判例のため法令違憲には射程が及ばないとした上で、暴走族事件の藤田反対意見のように違憲な法令を適用されない自己の権利として構成するか、オウム事件高裁の要件で表現の自由の萎縮効排除を強調することになろう。
その他の争点は、表現の自由の保護の程度、未成年保護により、審査密度が緩やかになるかで結論が別れうる。
適用違憲類型2は、趣旨、目的から合憲限定解釈をして、政治的表現としての価値あるものを除外することになるはず。
そうすれば、被告人のサイトは有害情報ではないため、当該サイトのみを閲覧可能にするソフトは構成要件から外れる。
果たして、このような限定解釈が可能か、暴走族事件に照らして論じることになろう。

604 :氏名黙秘:2011/04/11(月) 01:28:59.17 ID:???
以前、質問して違法という結論になってしまったのですが、まだ疑問が残っているので改めて質問させていただきます。


最近、公園での野宿は違法だっていうのをよく聞きます。
公園は宿泊施設じゃないからダメだとか、条例で「管理に支障をきたす怖れがある」から禁止とか…。
でも誰もいない公園でこっそりやる分には構わないと思うんです。
そもそも公園ってオープンスペースじゃないんでしょうか?
そして野宿は人類が古来から旅する際に日常的に行ってきた文化ですから合法だと思います。

違法じゃなければやっても問題ないと思うんですが、そこのところはどうなんでしょうか?
今回は都市公園に限定して教えてもらいたいです。

何卒よろしくお願いします。

605 :氏名黙秘:2011/04/11(月) 02:28:56.32 ID:???
602です
591さん、失礼な要求に誠実に答えていただきありがとうございます。
とりあえず自分で本を読んでから考えてみます。

606 :氏名黙秘:2011/04/11(月) 09:52:39.57 ID:???
まあそのくらい考えられればどっちの基準使っても受かるよなw


勉強しよう・・・

607 :氏名黙秘:2011/04/11(月) 10:18:02.57 ID:???
それにしてもスゲェな。
同じロー生とは思えんw

608 :氏名黙秘:2011/04/11(月) 10:33:06.64 ID:???
>>603

>要するに、三段階審査は個別的利益衡量にあたるか、ということ。
審査基準を立てないで個別的利益衡量をするなら、理由を示さなくてはならないため問題となった。
591はあたらない、審査基準論支持者はあたる、と対立していた。
結論は双方ありうるため、議論の内容を検討の上、各自の判断に任されたい。


対立しているのは、591が広義の比例原則は
個別的比較考量ではないといい、審査基準
支持論者は狭義の比例原則は個別的比較考量
であるといっているからだ。外野もようやく
把握できた。



609 :氏名黙秘:2011/04/11(月) 11:41:17.41 ID:???
>>608
591です。

>対立しているのは、591が広義の比例原則は
>個別的比較考量ではないといい、審査基準
>支持論者は狭義の比例原則は個別的比較考量
>であるといっているからだ。

概ねあっています。
釈明しておくと、広義の比例原則のうち、あらかじめ審査密度による枠組みを用いる場合は、個別的利益衡量ではない、という趣旨にとどまります。
枠組みを設けないで個別的利益衡量をすることも、広義の比例原則ですから、広義の比例原則は個別的利益衡量ではない、とまで言っているわけではありません。
この場合には、恣意的判断のおそれがない、裁判所が仲裁者として働く場合に限られるという点は同意します。

>外野もようやく把握できた。
問題意識を共有できて嬉しいです。
この議論は、高橋教授が問題提起をして三段階審査を批判しているものの、三段階審査側からの反論があまり見受けられません。
高橋教授が、芦部憲法5版で長々と批判的な見解を示しておられるのを見て、中立的な芦部憲法でやるべきことではないのではと疑問に思っていました。
それに対する一応の応答として、狭義の比例原則=セーフティーネット論として理解をすればどうか、という議論でした。
もっとも、小山教授、宍戸准教授、松本教授が、どのような応答をされるかは不明です。

610 :氏名黙秘:2011/04/11(月) 13:57:45.02 ID:???
>>609
>高橋教授が、芦部憲法5版で長々と批判的な見解を示しておられるのを見て、
>中立的な芦部憲法でやるべきことではないのではと疑問に思っていました。

おいおい、中立的って何だよw
高橋の補足説明は芦部の遺言に従ったまでだよ。
芦部は批判的だったからな。

611 :氏名黙秘:2011/04/11(月) 20:43:37.00 ID:???
やはり野宿は合法だよな。

612 :氏名黙秘:2011/04/11(月) 21:03:32.50 ID:???
>>600です。

比較考量の理由づけの方法をお願いします。

613 :氏名黙秘:2011/04/12(火) 02:03:31.54 ID:???
>>612
おそらく、「比較衡量それ自体を論理的に正当化すること」は無理だと思う

614 :氏名黙秘:2011/04/12(火) 02:12:28.93 ID:???
>>609
>狭義の比例原則=セーフティーネット論として理解をすればどうか
なかなか苦肉の策だよねそれ
そもそも狭義の比例性の審査自体、利益状態を正面きって衡量するという、個別の事例で妥当な解決に向けての融通が利くものの、
しかし「これ以上侵害されてはならない」というラインを不明瞭にしうる甘い誘惑……という認識のはずだから、
比較法の対象としてドイツを研究している学者としても両手放しでお勧めできる手法でないのはたしか
個別的比較衡量アレルギーな憲法学者を相手取って狭義の比例性の手法自体を正当化するとしたら、相当緻密な論理が必要だと思われる

615 :氏名黙秘:2011/04/12(火) 08:20:31.77 ID:???
>>613
それが分ってて青柳が採点実感に関する意見であのように
言及したのですかね?できないことをやれとでも?

616 :氏名黙秘:2011/04/12(火) 14:19:18.37 ID:???
>>615
青柳が言っているのは、「個別的利益衡量」ならば理由を書けということ。
芦部・高橋はともかく、判例は、利益衡量論の中に、審査基準を用いる場合と個別的利益衡量を用いる場合とに分類している。
これは、学説の「判断基準として核となるべきものを欠く」という批判をとりいれたものである。
詳細は、泉佐野事件の調査官解説を参照。
したがって、狭義の利益衡量は、審査基準を用いる場合に該当する。
なお、ここでいう審査基準は、高橋がいうところの狭義の比例原則を問題にしないものとは異なる。
判例のいう審査基準は、判例を読む限り、狭義の利益原則を排除していない。
前述の議論によれば、三段階審査もあらかじめ基準を定めるに含めることができる。

617 :氏名黙秘:2011/04/12(火) 21:27:01.42 ID:???
>>616
>青柳が言っているのは、「個別的利益衡量」ならば理由を書けということ。

例えば政治的言論の自由と美観風致の維持の個別的比較考量や
生存権と行政庁の裁量の個別的比較考量の場合、個別的比較考量
による理由はどうなるのですか?

618 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 00:00:23.67 ID:???
>>617
>>616
>>青柳が言っているのは、「個別的利益衡量」ならば理由を書けということ。

>例えば政治的言論の自由と美観風致の維持の個別的比較考量や
>生存権と行政庁の裁量の個別的比較考量の場合、個別的比較考量
>による理由はどうなるのですか?

そもそもどのような事案なのかを示してくれないと困る。
制限態様、程度が不明な段階で、審査密度も個別的利益衡量も決めれない。

また、行政裁量があるなら、利益衡量ではない。
裁量統制審査にすぎない。


619 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 00:28:33.28 ID:???
>>618
そういうことを聞いているのではないだろ。
スレの流れからして審査基準を立てずに個別的比較衡量という手法を
採用する理由を聞いているのだろ。
個別的比較考量を採用したとして、その衡量を実演してくれという
意味じゃないだろ。

620 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 00:55:03.15 ID:???
>>619
既に書いてあるだろ。

621 : 忍法帖【Lv=1,xxxP】 :2011/04/13(水) 00:56:50.68 ID:???
公園での野宿は違法ですか?

622 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 00:59:37.90 ID:???
>>620

それは618に言ってやれよ。
要するに、なぜ審査基準としての比較衡量という手法を採用するのか?
ってことでしょう。判例が根拠なく採用しているが、それと同じことは
ダメよって言われたような気がして、困っているのだろう。

623 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 02:24:55.91 ID:???
>>621
Lv=10になってから書き込んで下さい

624 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 02:27:07.75 ID:???
青柳の頭の中では、事案解決に審査基準を使うのがデフォルトとなっているけど、
しかし比例原則(とくに狭義の比例性の審査)で個別的比較衡量めいたことをするのだとしたら、その理由をもってこい、と言うわけだけど、
その前にまず審査基準を使うのがデフォとなっているのは棚に上げるんだもんなぁ ずるいや
裸の比較衡量はよくない→審査基準論でGO! というのは一つの選択であって、
裸の比較衡量はよくない→比例原則でGO! の場合も前者と同じくらい正当性を持っている審査手法なのに

625 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 02:34:53.32 ID:???
ここにいるエロい人たちに聞いてみたいけど、
そもそも青柳ってそんなに業績あるの?
芦部の弟子に当たるの?
何でいつもあんなに偉そうなこと言ってんの?
受験界で知られてる本なんて1冊もないよね。
司法試験だけじゃなくて色んな国家試験の試験委員を歴任してるようだけど、
何か当局と特別なつながりがあるのかな。

昔、ヒアリングでは、「検閲を論じるのはセンスがない」みたいなこと言ってたけど、
他の試験委員(おそらく裁判官の司研教官)からはやんわりいさめられてたよね。
音楽や絵画のような芸術であれば「センス」を審査することに何の問題もないけど、
司法試験のような純粋な資格試験で「センス」を採点するのはないわw
だから、去年の新司憲法からは、論ずべき憲法上の権利を限定したうえで
明確に指示するようになったんだと思う。
(指示に反して14条平等権を大展開しちゃった人もいるみたいだけど・・)

626 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 02:38:23.63 ID:???
>>624
芦部が比例原則を嫌ってたからじゃないですか?
比例原則だと、国民が憲法訴訟で政府に勝てなくなるとか言って。

627 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 03:42:57.68 ID:???
・・・もしかして、法務省のヒアリングってもう昔の奴は削除されてるのか


628 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 03:55:32.59 ID:???
>>626
芦部のいいたいこともわかるけど、かなりラフな議論だよねぇ
奥平の方も、「比例原則だと緩い審査しか出来ない!これはいかんですぞぉぉぉ!」という感じで、比例原則の理解がいい加減なくせに声はでかいんだよなぁ

629 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 04:02:33.31 ID:???
>>628
芦部の有名な遺言。

「比例原則だと憲法訴訟で勝てなくなるではないか・・」

嫡流かどうかは分からんがw、弟子の青柳もそのメンタリティを
受け継いでいる。

まあ、日本の最高裁が「必要かつ合理的な制約」という常套句で
多くの憲法訴訟を排斥してきたことも事実だけど。

630 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 04:36:51.56 ID:???
>>629
なるほど
論理的に比例原則を排したというよりも、戦略的に排した、と言う感じだから、
芦部の説明は歯切れが悪いのか



631 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 08:12:27.13 ID:???
芦部は、等価値的比較衡量を表現の自由とプライバシー権が
対立する場面に限定すべきだと考えているが、ようするに、
憲法上等価値だから等価値的比較衡量だというわけだ。

この対立が問題となるのは、週刊誌と政治家の娘の間で問題
となるケースのほか、裁判所による差止で立候補者の私事が
泡沫新聞で暴露されるのを防ぐケースだ。ようするに、私人間
効力の問題だけでなく、国家による権利制限の問題であっても
等価値的比較衡量が使われる。

その理由が憲法上等価値だからというのだが、芦部は、なぜ
憲法上等価値だと言えるのかを論証してないよな。おそらく、
二重の基準や純粋に内心の問題以外は憲法上の人権は等価値だ
という前提があるからだろう。

だとしたら憲法上等価値だということを何らかの形で論証
すれば等価値的比較衡量を使用できる必要条件は満たされる。

そして二重の基準は精神的自由の憲法上優越的地位にあること
を根拠とするが、ようするに憲法上の価値が他の人権に比べ
高いというわけだから、精神的自由にそういう優越的地位を
認める必要はない、と言えれば二重の基準が妥当する根拠を
失い、対抗利益と憲法上等価値だといえる。

そうしたら基準なき比較衡量が使えるぞ。バンザーイ!

632 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 08:23:50.43 ID:???
>>631
井上達夫がいってんじゃん
今更何を・・・

633 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 08:25:17.07 ID:???
ドイツでどうして比例原則が盛んなのかというとアメリカの
ように精神的自由が経済的自由よりも優越するとか言わない
からなのは、下位ロー生でも知っている。

ようするに、人権間では価値の優劣を基本的には承認しない
という発想だから、比例原則という比較衡量をやっても平気
なんだろうな。

比例原則を適用するなら、憲法上価値の優劣を認めるべきで
ないこと、認める必要はないことなどをやるべきだろうよ。

二重の基準の根拠は、@精神的自由の実体的価値(自己実現
自己統治)、A民主政の過程論、B裁判所の能力論の3つ。

@は人格的価値による人権の基礎づけによるしかないな。
自己実現・自己統治は人格的価値の手段的性格だな。
Aは難しいな。
Bは専門家の見識に基づいた裁判が現に行われているから
理由にならんと言ってよいのではないかな。

こうしたことを言ってはじめて審査基準から比較衡量に復帰
できるのではないだろうかね?

634 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 08:27:12.17 ID:???
>>632
おお、そうでしたか。文献を教えてくれないか?

ただ、井上は比較衡量でいいと言っているのですかいな?

635 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 10:05:22.04 ID:???
ggrks

636 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 10:48:25.77 ID:???
>>635
君ね、井上は二重の基準批判はやっても、憲法判断の方法として比較考量でいいとか
基準がなくてもいいとか、そんなことは、なーんにも言ってないんだよ。井上説を
書くことが比較考量をやる前提だとも思えん。

637 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 10:51:03.74 ID:???
>>633
つか、芦部が主唱した日本の審査基準論って、
アメリカのオリジナルとはだいぶかけ離れてるんじゃね?
文脈、コンテキストが全然違うように思う。

アメリカで一連のニューディール判決が採用したダブルスタンダードって、
要は政府の積極的経済立法を合憲とするためのレトリックでしょ?
精神的自由権が一番重要だってところに力点があるんじゃなくて、
経済的自由権は合理的理由があれば制限されてもしょうがなくね?て
法理だよな。
(日本の最高裁もこの文脈でしか二重の基準論は採用してないはずだ)

芦部なんかは相当左巻きだから、内心常に政府の思想統制の恐怖に怯えてたのかも
しれないけどw、精神的自由権の優越性を強調しすぎてるよな。
精神的自由権は脆く傷つきやすいとか、どんだけナイーブな理由だよw
日本の審査基準論って、いかにも左翼的な日本の憲法学者が頭だけで考えたような、
いびつな思想って感じが否めない。

638 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 11:00:33.43 ID:???
採点実感の青柳コメントだが、比例原則の適用に際しては、その比例原則自体が
個別的比較考量だから、なぜ、どのように、を説明する必要があるとしているのを
よく考えると、これは適用違憲の場面を想定しているのではないのかな?

適用違憲の判断方法として比例原則によるとだけ書く答案が続出したのだと思う。
適用違憲の場面で比例原則にしろ比較衡量にしろどうしてそういう判断方法をとるのか
を説明すればいいのでは?と思った。

俺には説明できんがw

639 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 11:02:23.57 ID:???
三段階審査の論証ではなく、適用違憲の審査方法の論証が求められているのでは?
と思ったのだが、どうだろうか?

640 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 14:59:35.77 ID:???
>>616
青柳幸一教授の採点実感に関する意見では、
「3 比例原則での個別的比較衡量を選択するのならば,なぜあらかじめ基準を立てない比例原則を採るのか,
比例原則で何をどのように比較衡量するのかについて,それらがきちんと説明されていなければならない。
比例原則の場合にも,その原則自体が個別的比較衡量であるので,事案の内容に即した個別的・具体的検討が必要である。」
となっている。

ここの比例原則は広義のそれを指しているとお考えか?

641 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 19:39:42.98 ID:???
>>640
やはり意地の悪いコメントだな
違憲審査基準論を「使わなければならない」根拠がそもそもないというのに

642 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 19:47:30.88 ID:???
>>640
そう考える。
その上で、理由が要求されているのは、比例原則としての個別的利益衡量のみで、広義の比例原則には不要だと考える。

643 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 21:43:27.08 ID:???
で、なんでそんなに青柳にこだわるの?

644 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 21:51:48.55 ID:???
>>643
新司法試験委員だからに決まってるじゃないか。

>>642
三段階審査論における実質的正当化の個所で、適合性、必要性、比例性は
特に根拠なしで、これらの基準(?)を導くのでしょうかね?あとは
当てはめ勝負だと。

すると、ここで疑問なのだが、審査密度の決定において事案を考慮すると
その適用の厳格度がきまった適合性や必要性や比例性の当てはめにおいて
結論の先取り、同じ事実を2度検討することにならないでしょうか?

645 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 21:53:54.04 ID:???
>>644
>すると、ここで疑問なのだが、審査密度の決定において事案を考慮すると
>その適用の厳格度がきまった適合性や必要性や比例性の当てはめにおいて
>結論の先取り、同じ事実を2度検討することにならないでしょうか?
渡辺康行「ならないんじゃね?」

646 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 21:54:23.03 ID:???
>新司法試験委員だからに決まってるじゃないか。
ぬかしよる

647 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 21:55:56.58 ID:???
>>643
試験委員だからでしょ。
それ以外の理由なんて何もないと思う。

なぜ青柳の言うことにバカみたいにこだわり続けるんだろうな。
審査基準論だ、三段階審査だって偉そうなことばかり言ってる割には
試験委員という権威にからっきし弱いのなw

648 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 22:03:31.16 ID:???
https://qir.kyushu-u.ac.jp/dspace/bitstream/2324/15601/1/hosei76_1_p033.pdf
ほい
渡辺の回答は特に52頁

649 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 22:05:27.84 ID:???
>>647
青柳は芦部の後継者だと思っているのだろう。
しかもトンデモというわけでもないから、みるべきところがあるというわけだ。

650 : 忍法帖【Lv=2,xxxP】 :2011/04/13(水) 22:11:34.85 ID:???
野宿はスレチですか?

651 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 22:17:59.49 ID:???
ここで書いている人達は、研究者かつロー生なのかな。
難しい表現をするよね。どんな答案を書くんだろう。



652 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 22:20:56.23 ID:???
>>633
>比例原則を適用するなら、憲法上価値の優劣を認めるべきで
ないこと、認める必要はないことなどをやるべきだろうよ。

どうして?
「憲法上の価値の優劣を認めつつ」という選択肢はないの?

653 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 22:24:13.14 ID:???
>>641
だって、通説だからだろ?
少数説に立つ場合には、立証責任があるというのが掟。

654 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 22:26:04.70 ID:???
>>648
なかなか興味深い論文であった。感謝したい。が、やはり疑問がある。

第一は必要性審査と狭義の比例性審査とでは、比較の対象が異なると渡辺はいう。しかし、手段間の
比較衡量とはいえ、対立する利益の衡量を前提としなければ、手段と手段の比較はできないか、又は
著しく困難であろうかと思われる。刑訴の必要性・緊急性・相当性における相当性は任意的捜査手法
の相当性を指すが、これは対立利益の衡量をベースにするものではなかったか。そしてこれと同様に
手段間の比較衡量と狭義の比例性審査における利益の比較衡量とは、かなりの部分重なり合うのでは
ないだろうか。もっとはっきり言うと、狭義の比例性審査における利益の比較衡量の上に立って、
手段間の比較衡量という手段と手段の比較衡量が十全に行えるのである。渡辺の論文は確かに傾聴に
値する指摘だとは思うが、その点の分析無くして、俄かに賛成することはできない。

第二は>>644の疑問は、審査基準の定立において事案の特殊性を考慮すると、審査基準の適用に
おいてももう一度事実を考慮することになるから、その意味で事実の二重評価、二重の検討となる
のではないか?という思考を前提に、審査基準により比例原則の厳格な適用か緩やかな適用かを
事案の特殊性に応じて検討したら、もう一度事実を考慮するのではないか?という、立場の相違を
超えた受験生的疑問なのではないかと思われる。とすると、この疑問に対しては残念ながら渡辺
論文では回答にならないと思われる。

655 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 22:42:34.82 ID:???
>>649
学部生・LS生の中で、青柳の著書ないし論文を実際に手にとって読んだことがある人なんて
はたして何人いるんだろうか?せいぜい試験の出題予想のために渉猟したって程度だろ。
青柳が芦部の嫡流を自任しているかどうかはしらんが、周りは誰もそう思ってないだろうな。

青柳は十分トンデモだよw一番の問題児だ。
いつも後出しじゃんけんで意地の悪いコメントをしてる。
「被告の反論はフルスケールで書く必要はない」とか、
「ここでこの権利を問題とするのはセンスがない」とか。
さも、自分の意図に沿わない解答をしてる受験生が全て悪いというように。
でも、他の試験委員が極めて婉曲的な表現でそれをいさめている。
年々少しずつだが、憲法の問題形式も改良されつつある。

設問が「被告の反論を想定した上で」私見を述べよって問い方に修正されたり、
「○○と△△の点について弁護士に相談した」って問題文最後で誘導することによって、
論ずべき権利(出題者の意図)が限定されて指示(暗示)されるようになったり。

656 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 22:48:06.99 ID:???
>>653
通説・少数説の「論証責任」云々の話じゃなくて、
何の前置きもなく比例原則を持ち出してきたのが癪に障ったんだろうw

審査基準論の場合は、必ずお決まりの論証が来るからね。
憲法上の権利に優劣をつける以上、その理由を説明しなくてはならなくなる。

657 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 23:38:15.53 ID:???
>>644
>>642
>三段階審査論における実質的正当化の個所で、適合性、必要性、比例性は
>特に根拠なしで、これらの基準(?)を導くのでしょうかね?あとは
>当てはめ勝負だと。

保護範囲の有無とその程度、制限の態様、程度、司法審査の制限などを考慮して、審査密度を決定する。
適合性、必要性、狭義の比例原則は、あてはめのエッセンスとして用いるのみで、密度でわざわざ書かない。


>すると、ここで疑問なのだが、審査密度の決定において事案を考慮すると
>その適用の厳格度がきまった適合性や必要性や比例性の当てはめにおいて
>結論の先取り、同じ事実を2度検討することにならないでしょうか?

ほとんどならない。
審査密度において考慮されるのは、憲法上の権利の性質、保護範囲、社会的歴史的意義、制限の態様、程度、司法権の制約としての団体自治、大学の自治、立法裁量などである。
相当性において、制限の程度は重ねて問題になるだろうが、その他は立法事実、経験則に基づく。

658 :氏名黙秘:2011/04/13(水) 23:55:05.65 ID:???
>>654
第二について
その疑問は、そもそも、まず第一に生の事実を見て「どういう風に料理すべきか」と考えた後、
次に「その事実に基づいて立てた規範に対してこの事実をどうあてはめるか」という、
法律学的思惟そのものに対する疑問だから、これは即ち婉曲的な自己否定では?

そして第一について
何をいってるかよくわからないので詳述してくれると助かる

659 :氏名黙秘:2011/04/14(木) 22:41:55.63 ID:???
>>658@
刑訴での必要性、緊急性、相当性を使用する判例をよく読むと、捜査手法の相当性がメインであり、
その判断は、捜査の必要性の程度と人権制約の程度(受忍限度)との相関関係という定式に従っている。

捜査の必要性が「必要性、緊急性、相当性」における「必要性」として独立の判断要素になり、
捜査の必要性が高いことが必要性、緊急性、相当性」における「緊急性」という独立の要素になっている。

そうすると、捜査手法の相当性は人権制約の程度(受忍限度)のみとなりそうだが、丁寧な分析を
している判例の当てはめ部分をよく見ると、相当性判断においても捜査の必要性の程度が考慮されている。

バッグを被疑者から実力で取り上げそのチャックを開ける行為の相当性は、それ以外の捜査手法との比較で
判断するというよりは、捜査の必要性の程度と人権制約の程度(受忍限度)を相関関係的に考慮したうえで
当該行為が相当と言えるかどうかを判断している。

660 :氏名黙秘:2011/04/14(木) 22:48:37.15 ID:???
>>658A
こうした思考方法を広義の比例原則にパラフレーズしてみる。

狭義の比例性が制約利益と被制約利益の比較衡量だということに異論はない。必要性については
渡辺によると、規制方法と規制方法の比較衡量ということである。おそらくそれぞれの規制方法の
人権制限の程度(受忍限度)を考慮するのであろう。

しかし捜査手法の相当性が人権制約の程度(受忍限度)のみの判断になりそうなところ、実際には、
捜査の必要性の程度と人権制約の程度(受忍限度)を相関関係的に考慮しているのと同じような
判断構造をとっているのであれば、まずは当該人権規制の手段の必要性について、受忍限度か否かを
制約利益の重要性と被制約利益である人権制約の程度(受忍限度)との相関関係で決定し、
同様に他の人権規制の手段の必要性について、同様に判断したあとになって、手段相互間で
比較衡量が行われるのではないか、と思われる。

そうした意味で、手段の比較衡量の前に利益の衡量が先行しているのではないのか?という疑問を
提起した次第である。

661 :氏名黙秘:2011/04/14(木) 23:46:24.31 ID:???
>>657
そうした理解は小山剛の本でできるのでしょうか?

662 :氏名黙秘:2011/04/15(金) 07:55:43.48 ID:???
>>652
ドイツでは、優劣を認めつつ、というのは例外的のようだ。
比較衡量に対する信頼がアメリカよりもあるのだろう。

663 :氏名黙秘:2011/04/15(金) 08:10:28.83 ID:???
青柳採点実感の読み方だが、あれは三段階審査論批判
ではないよ。ただ単に比例原則の適用をやっただけの
答案が続出したから、あのような表現になったのだ。

比例原則が狭義か広義か、そんなことは関係ない。

三段階審査をやろうとしたのではなく、適用違憲の
問題として捉えて、比例原則の適用をやっただけ。
何のことはない。辰巳の某講師の指導にしたがった
ことに対する批判なんだよ。

そこを間違えるな。

664 :氏名黙秘:2011/04/16(土) 14:47:21.42 ID:???
>>660
手段の必要性が問題になるのは、中間審査以上である。ただし、実質的関連性基準は除かれる。
手段の必要性は、第一に目的達成度が問われるはずである。
目的達成度が同程度あるいは求められる程度以上の手段でなければ、他の選びうる手段の候補からは除外される。
その上で、より制限的でないかが問われる。
この場合、端的に人権制約の程度のみが比較されると考えられる。

それでも合憲となる場合、補充的に利益衡量がなされる。
そこでは、害悪発生の蓋然性に害悪除去により得られる利益を掛け合わせたものと、人権制約により失われる利益とを衡量する。

人権制約において、規制の必要性が高いことを、狭義の利益衡量において考慮すべきなのだろうか。
人権とは、必要性に優越するべき権利であるから、憲法の精神に照らすと、必要性を掛け算して、得られる利益を補強すべきではないと思われる。

なお、規制の必要性は、目的審査をクリアする理由にはなる。
ただ、それ以上の意味を認めるべきではなかろう。

665 :氏名黙秘:2011/04/16(土) 15:59:41.97 ID:???
>>664
>人権制約において、規制の必要性が高いことを、狭義の利益衡量において考慮すべきなのだろうか。

三段階審査ではないが、猿払の合理的関連性の基準は、
そんな利益衡量の見本ですね。

666 :氏名黙秘:2011/04/16(土) 18:35:42.49 ID:???
>>665
三段階審査の立場からも、猿払基準が対立利益の重要性や規制の必要性ゆえに審査密度を下げている点は、批判するようだ。
少なくとも、小山は授業で明言していた。

667 :氏名黙秘:2011/04/16(土) 23:01:25.85 ID:???
>>664
その手段の必要性に関する判断方法は、
あなた個人の見解ですか?それとも小山教授の見解ですか?
あるいはドイツ本国ではそのように判断してるというものですか?
(別にどれがいけないなどとは言いません)

文献があるのでしたら、ちょっと教えてもらえないかな。

668 :氏名黙秘:2011/04/16(土) 23:11:45.57 ID:???
>>666
小山流の三段階審査論、特に実質的正当化の部分に関しては、
審査基準+比較考量の二元論として三段階審査論を再構成
しようとしているのではないだろうか。そう思えるのだが。

厳格な審査基準を適用すべき場合は比較考量の出番を認め
ないように思える。その観点から薬事法判決を高く評価して
いるようだ。

緩やかな審査基準を適用すべき場合は比較考量の出番を
肯定してその判断方法を検討しているのだろうか。小山
の作法を読んでもいまひとつピンとこない。

何となく比較考量の出番をなくそうと考えているのでは
ないかと感じている。そうだとしたら、小山は三段階審査
と言いつつ、審査基準論に接近しようとしているのでは
ないだろうか。というかそうとしか思えないのだが。

669 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 09:05:01.01 ID:???
>>668
三段階審査論者は、狭義の比例原則をカットして、装いも新たな新・三段階審査論を
提唱しようと構想を練っている、というわけだ。それは、審査基準論者と同様の問題意識
を共有しているからだ。つまり、個別的比較衡量に対する消し難いマイナスイメージが
原因となっている。三段階審査論の行きつく先は現在の審査基準論と同じように、絶滅直前
のアンモナイトのように、腸捻転を繰り返すことになるだろう。

俺が当初からここで書いているように、個別的比較衡量の超克は審査基準論が成し遂げる
ことができなかったように、三段階審査論もまた成し遂げることはできまい。結局のところは
個別的比較衡量論の再評価・最定位しかありえないのだよ。

狭義の比例原則は目的と手段の均衡を求めることであり、これも審査基準であるなどと
味噌も糞も一緒くたにするような考えでは、せっかくの着想も捻じ曲げられてしまい、
三段階審査論の皮をかぶった審査基準論のリニューアルと評価せざるをえなくなろう。

670 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 09:11:43.69 ID:???
>>666
三段階審査論の立場からすれば、猿払事件判決こそ、その判断枠組みに近いものとして評価すべき
素材となるはずであるのに、なぜ内在的に理解することをしないのか。価値ある判例としていつも
取り上げられるのは決まって薬事法事件判決であるが、判例実務における猿払事件判決の重要性を
考えると、そう無下にすることもあるまい。

自治体法務の現場では猿払基準によるチェックが条例制定にあたって行われているのをご存じか?

猿払基準を肯定的に評価する理論たりえないのであれば、三段階審査論の末路はもう見えているよ。
理論や用語の新規性に目を奪われているだけではないのかな?

671 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 09:17:12.45 ID:???
何度も行ったことだが、個別的比較衡量に対する差別・偏見を取り除くことなくして日本の
憲法学に未来はないし、現実に対する言葉の力を獲得することもないだろう。以前にもどこかで
書いたのだが、小林直樹の詳細な比較衡量の手法を発展させることこそ、日本の裁判や法実務の
実際において、最も必要とされることだと思うね。

特に個人的には憲法学が公益の分析を(人権の分析に比べれば圧倒的に)怠ってきたことに最大の
原因があると思っている。公益、公共の利益を分析すれば、政府の立場を正当化してしまうのでは
ないかという幼い考えにも似ている。戦争の惨禍を強調すれば平和になると繰り返してきた日教組
の教師たちと同じだな。

672 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 09:26:31.96 ID:???
>>664
その理解と言うか説明方法は、ほとんど審査基準論のようだね。三段階審査論である必要はないし、
あえて言えば、狭義の比例原則が機能不全に陥っていることを暗に示しているように見える。
というのも、必要性にそのような判断方法を持ちこまざるを得ないのは、狭義の比例原則の適用
場面を出来得る限り少なくすべきだという理論的動機に導かれているからだと思われるのだ。

それ自体は1つの考え方ということはできますが。

673 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 10:51:59.64 ID:???
>>672
手段の必要性は、規制の必要性ではない。
また、端的に人権制約の程度を比較するのみで、それが許容限度を超えるか否かを審査する狭義の比例原則とは明らかに異なる。
それゆえ、機能不全という評価は賛同しかねる。

674 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 15:56:36.05 ID:???
>>663
適用違憲の論じ方には、合憲限定解釈→合憲と、比較衡量→合憲or違憲の
2つがあるが、比較衡量による適用審査に関してその理由づけをしろと
いうことだろうが、そんな理由は書きにくいよ。

675 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 16:39:13.95 ID:???
>>674
類型2と比較衡量以外もあるだろ。
憲法適合解釈、趣旨目的アプローチを忘れるな。

676 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 16:47:54.41 ID:???
>>674
なんで比較較量で行くのか、その理由を明らかにしろって言ってんだろ。
青柳は審査基準厨だから、比較較量派が面白くないんだよ。

というか、試験委員の目からすると「フェアチャレンジ」に見えないのかもしれない。
比較較量だと、基準はそこそこにすぐ当てはめに行けるからね。

677 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 16:52:07.32 ID:???
>>675
なんだよ、その類型2とか憲法適合解釈(合憲限定解釈のことか?)とか趣旨目的アプローチとか。

678 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 16:56:08.69 ID:???
適用違憲の判断を比例原則の適用という形式で行うのも、
個別的比較衡量の形式で行うのも、同じなんだろうな。

それにしても理由を書けとは、辛い要求だよな。

法令違憲の判断で比較考量の形式を採用するのとは違った
難しさがある。

679 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 17:01:26.06 ID:???
>>678
憲法の試験委員だった長尾は
「憲法訴訟なんて比較衡量なんですよ」
みたいなこと言ってたけどね。
審査基準論に懐疑的だったんだろう。

680 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 17:16:37.35 ID:???
>>679
長尾は東大大学院で芦部の指導を受けたんじゃなかったか?

まあ、長尾は@基本権と基本権の比較考量、A基本権と公共の利益の比較考量
の二刀流(?)で、やはり比較考量をベースにして、審査基準を使えるところは
比較考量の1つの手段として使うという感じじゃないかな。審査基準を使えない
ところはモロに個別的比較考量w

基本権というあたり、ドイツっぽいけどね。三段階審査論の核心は比較考量だと
考えているんじゃないかな。長尾の小山評を聞いてみたいね。

681 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 17:19:12.31 ID:???
あそうそう、三段階審査論は、日本を出発してアメリカに行き、
その次にドイツに行って、最後は日本に帰ってくるようなものだ
そうだよw

そんな必要はないだろってさ。誰の言葉とは言わないが。

682 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 17:36:58.52 ID:???
>>680
長尾はドイツ人の女を娶るほどドイツにかぶれてるからなw

683 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 17:39:09.75 ID:???
>>677
>>675
>なんだよ、その類型2とか憲法適合解釈(合憲限定解釈のことか?)とか趣旨目的アプローチとか。
類型2は、適用違憲第二類型、すなわち合憲限定解釈が可能なのにしなかった適用行為。
憲法適合解釈は、法令に違憲部分を見いださないが、解釈にあたって、上位規範たる憲法の趣旨を取り込むこと。宍戸連載参照。
趣旨目的アプローチは、趣旨目的に適合する解釈をすること。今年の採点実感参照。

合憲限定解釈と憲法適合解釈の区別くらいは基本だろ。


684 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 17:47:53.62 ID:???
このスレで、適用違憲とは何を指しているのだろう。
おそらく、類型3か。とりあえず、猿払一審型と混乱なきよう処分違憲と呼んでおく。
そもそも、処分違憲なら、法律が行政裁量を認めているかが真っ先に問題になるだろう。
なぜゆえに、処分違憲の審査が直ちに利益衡量、比例原則となるのか。

比例原則が問題になるのは、要件裁量、効果裁量が認められる場合でなければならないように思う。

行政裁量がない場合、要件の解釈問題となるにすぎない。
利益衡量は法律が要件を定めるレベルで済んでいるはずだ。そこを問題にするなら、法令違憲でなければならない。

要件解釈においては、法が趣旨目的外の正当な利益を考慮することを許容しているか否かが問われるのではないか。
ちょうど、ストロングライフ事件の判断が、控訴審と最高裁で別れたように。
ここでは、およそ比例原則、利益衡量というものが表面化しないと考えられる。

685 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 20:52:13.99 ID:???
>>684
>なぜゆえに、処分違憲の審査が直ちに利益衡量、比例原則となるのか。

辰巳の西口がそう言ってるから。
適用違憲の基準は
@明白かつ現在の危険
A比例原則
だとなっている。レジュメにそう書いてある。

686 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 20:53:56.06 ID:???
たしか関学の永田教授だっけ?(間違いだったらスマン)も
審査基準、目的手段審査、立法事実は、法令違憲の判断方法だと。
じゃ適用違憲はどう判断するのか?と聞かれて、利益衡量と答えたらしい。

687 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 20:58:38.29 ID:???
伊藤正巳が適用違憲かどうかを比較考量によって判断している。
大分県屋外広告物事件判決補足意見参照。

688 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 21:00:29.20 ID:???
>>683
>憲法適合解釈は、法令に違憲部分を見いださないが、解釈にあたって、上位規範たる憲法の趣旨を取り込むこと。宍戸連載参照。

「憲法解釈論の応用と展開」の索引には「憲法適合解釈」なんぞ載ってないぞ。
佐藤幸治「日本国憲法論」にも芦部信喜「憲法」にも載ってないぞ。

689 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 21:03:34.66 ID:???
>>684
いったいどんな本を読んでいるのだろう?
その適用違憲第二類型は、どんな方式で憲法判断をやるのだろうか?
第二と第三を区別して適用違憲の判断方法を変える実益はないと思う。

690 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 21:12:52.56 ID:???
>>684
あなたが読んでいるであろう「憲法解釈論の応用と展開」298ページに
伊藤正巳の適用違憲は人権に重点をおいた利益衡量ないし比例原則(特に均衡性)を
具体的に展開できるかどうかが腕の見せ所という趣旨の記述があるよ?
あなた読んでるんでしょ?

691 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 23:08:45.62 ID:???
>>690
伊藤正巳型はそうだろう。
誰も伊藤正巳型の話はしていない。
お前は伊藤正巳型をどう解釈してんの?
類型は?
それは部分無効の法理に解消されない?

692 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 23:13:08.73 ID:???
>>689
基本書が間違ってるんだからしょうがない。
座談会の香城発言読んだ?
類型2と3は、明らかに違憲の判断手法が異なるでしょ。

693 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 23:16:09.79 ID:???
>>688
宍戸305頁。
索引になければ記載してないんですかwww

694 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 23:24:36.89 ID:???
>>693
該当箇所を確認した。
だが、これは宍戸一人説だろ。「基本」とは言えんな。

695 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 23:27:46.26 ID:???
>>685
西口はただの予備校講師。

696 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 23:31:15.27 ID:???
>>692
>座談会の香城発言読んだ?

なんだ、これは?もしかして芦部もいるジュリスト座談かな?
そうだとしたら、今日は確認できない。

類型123というのは、芦部の分類のことだったんだな。
で、たしかに本来のあるべき姿を想定すれば、あなたの言うことにも一理はある。
しかし、実際には、本来のあるべき姿の適用違憲ではないだろ。
すると、本来あるべき手法は違うかもしれないが、実際に行った手法は違わない
というように理解している。

合憲限定解釈をすべきなのにしなかった場合の判例をどのように評価するのは
立場がわかれよう。だが、合憲限定解釈をすべきだとされる場合にそれをしない
適用違憲の判断をやったとして、何が問題なのか?

合憲限定解釈と適用違憲を区別する基準が確立していないのであれば、
妥当な結論が何かを決定したあとに、その区別が決まるという従たる理論
でしかないのではないかな?

697 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 23:38:09.12 ID:???
>>691
適用違憲を芦部は3つに分類しているが、その分類の実益は
あるのだろうか?これに根本的な疑問をもっている。

分類の実益なしとして、類型123すべてに伊藤正巳型の
適用違憲の手法を使うことで足りると思っているのだが。



698 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 23:49:44.25 ID:???
>>696
>>692
>もしかして芦部もいるジュリスト座談かな?
そうだ。

>類型123というのは、芦部の分類のことだったんだな。
唐突だったのは申し訳ない。

>合憲限定解釈をすべきなのにしなかった場合の判例をどのように評価するのは立場がわかれよう。
判例とは何を指すのか。
裁判例のことか。
裁判例は、法令違憲判決を下しにくい、あるいは最高裁に抵触するため下せないがゆえ、やむなく類型1を採用しているため、判例理論の参考にはならない。

>だが、合憲限定解釈をすべきだとされる場合にそれをしない
>適用違憲の判断をやったとして、何が問題なのか?
適用違憲類型1は、法令の部分違憲によるべきであるという猿払判決と抵触する。
すなわち、類型1は、部分違憲となる。
憲法判断回避ルールからは、部分違憲よりも合憲限定解釈が優先される。
その意味で実益があるように思う。


>合憲限定解釈と適用違憲を区別する基準が確立していないのであれば、
>妥当な結論が何かを決定したあとに、その区別が決まるという従たる理論
>でしかないのではないかな?
それは法理論ではなかろう。
理論的には、憲法判断回避ルールより、法令の違憲部分の洗い出し、合憲限定解釈の試み、無理なら部分違憲という順序が妥当であると考える。

699 :氏名黙秘:2011/04/18(月) 23:57:56.38 ID:???
>>697
>>691
>適用違憲を芦部は3つに分類しているが、その分類の実益は
>あるのだろうか?これに根本的な疑問をもっている。

それも一理ある。
しかし、分類論は、違憲の瑕疵がどこにあるのか、法令なのか適用行為なのかを明らかにする点に実益があるように思う。
ただ、類型1は部分違憲に集約されるため、不要であると考えている。
類型1の存在意義は、最高裁に抵触する判断ができない、下級審において救済する妥協的な手法にすぎないと認識している。


>分類の実益なしとして、類型123すべてに伊藤正巳型の
>適用違憲の手法を使うことで足りると思っているのだが。

伊藤正巳型は、個別的利益衡量に陥るおそれを孕んでいる。
高橋が、あれほど法令違憲では審査基準により裁判官の恣意的判断を排除する一方で、適用上違憲の判断ではフリーハンドを許容するのは矛盾めいているように思う。
おそらく、救済されるならばフリーハンドで構わないということなのだろうか。

憲法適合解釈や趣旨目的アプローチは、恣意的判断を拘束するための、法解釈手法として、最高裁判決から読み取れるのではないかと思う。
趣旨目的アプローチは、監獄法判決をはじめとする行政法判例があげられよう。

700 :氏名黙秘:2011/04/19(火) 02:10:39.96 ID:???
ところで、正しくは伊藤正「己」なんだが、わざと間違え続けているのか?

701 :氏名黙秘:2011/04/19(火) 02:12:10.63 ID:???
なんだか説の選択が面白いよね

A,Bという2説がある Aはちょっと難点がある ということでBに依拠しよう
え? 難点ならBにもあるって? バーロー、その難点をなんとかするのが腕の見せ所ってもんだろ

って感じに見える

702 :氏名黙秘:2011/04/19(火) 07:49:33.41 ID:???
>>701
そのくらいの意気込みがあったほうが、将来の法律家としては望ましいよ。
なんとか知恵を絞ろうとする姿勢は、外野から見ててもいいものだ。
どんどんやってほしい。こちらも勉強になるし。

703 :氏名黙秘:2011/04/19(火) 11:48:18.41 ID:???
適用違憲について、審査基準論についてアツく議論してくれた彼らの意見が聞きたい。

704 :氏名黙秘:2011/04/19(火) 15:29:06.36 ID:???
>>702
まぁ、Aの難点を解消しようとしないのは責められるべきなんだけどな

705 :氏名黙秘:2011/04/19(火) 21:50:44.20 ID:???
>>698
>適用違憲類型1は、法令の部分違憲によるべきであるという猿払判決と抵触する。
>すなわち、類型1は、部分違憲となる。
>憲法判断回避ルールからは、部分違憲よりも合憲限定解釈が優先される。
>その意味で実益があるように思う。

猿払判決はその法律構成もさることながら結論にも批判的な見解が学説では多数派だと思う。
すると部分違憲よりも合憲限定解釈が優先すると言うが、猿払で限定解釈すると違憲になるのでは
ないのか?時間、場所、職務その他の事情による区別を設けたらあの郵便局員の行為は違法性が
阻却されると思われるのだが。まさか合憲という結論はともかく法律構成の理論的一貫性を保てる
という意味での実益があるということかな?正直言ってあなたの言いたいことがよくわからない。

706 :氏名黙秘:2011/04/19(火) 21:56:07.49 ID:???
>>698
>憲法判断回避ルールからは、部分違憲よりも合憲限定解釈が優先される。

宍戸もなにやら適用違憲に焦点を当てた論考を書いている。その背景にあるのが、日本の
付随的審査制、憲法判断回避の原則などである。それならば適用違憲の判断方法の研究に
いそしむのが普通の憲法学者のあり方ではないかと思われるのだが、実際はそうではなかった。

法令違憲の判断方法、特に、立法事実論、目的手段審査の手法、そして違憲審査基準の精緻化に
心血を注いで来たのである。適用違憲よりも合憲限定解釈を、合憲限定解釈よりも法令違憲を、
それぞれ優先させるべきとの判断が正しいものと思い込んできたのではないだろうか?

>適用違憲類型1は、法令の部分違憲によるべきであるという猿払判決と抵触する。(>>698
というのも、適用違憲をできるだけ法令違憲として処理することを志向する構えに親和的である。

つまり憲法判断回避の原則を尊重するのであれば、適用違憲のフィールドを拡大することこそ
急務の課題であり、それならば、芦部の適用違憲3類型を出来る限り少ない方向で残務整理
しようとの態度はどうにも解せない。なにか理由があるのであろうか?

707 :氏名黙秘:2011/04/19(火) 22:02:49.37 ID:???
>>699
>高橋が、あれほど法令違憲では審査基準により裁判官の恣意的判断を排除する一方で、
>適用上違憲の判断ではフリーハンドを許容するのは矛盾めいているように思う。

おそらく高橋は、法令違憲と適用違憲で境を設けるのではなく、表現の自由と経済的自由の
間に境を設けようとしているのではないかと思われる。現に、表現の自由に関しては
法令違憲で扱うべきだという趣旨であり、法令が高橋の審査方法を潜り抜けて合憲であれば
適用違憲はほぼ問題にしなくてよいと考えているのではないだろうか。

ただこの点に関しては自信はない。

708 :氏名黙秘:2011/04/20(水) 08:45:58.11 ID:???
法令違憲、適用違憲、処分違憲は、原告がそれをやってくれ
と言うから、裁判所がそれをやるんじゃないの?
法律が憲法に違反するとか、そんな措置が違憲だとかさ。
それが区別基準じゃないのかなあ。

709 :氏名黙秘:2011/04/20(水) 11:30:56.78 ID:???
>>705
>すると部分違憲よりも合憲限定解釈が優先すると言うが、猿払で限定解釈すると違憲になるのでは
>ないのか?時間、場所、職務その他の事情による区別を設けたらあの郵便局員の行為は違法性が
>阻却されると思われるのだが。まさか合憲という結論はともかく法律構成の理論的一貫性を保てる
>という意味での実益があるということかな?正直言ってあなたの言いたいことがよくわからない。

猿払の問題点は、適用違憲を否定したことではない。
公務員の一体性から、区別なくして処罰することまでをも正当化した点である。
仮に、時間、場所、職務による区別をしていない点が違憲ならば、その限度で法令が部分違憲となるにすぎない。
適用違憲類型1を採用する必要はない。
座談会の香城発言に同旨のものがあるが、佐藤、芦部、高橋も有効な批判をなし得ていない。

710 :氏名黙秘:2011/04/20(水) 11:37:28.47 ID:???
>>706
>その背景にあるのが、日本の
>付随的審査制、憲法判断回避の原則などである。それならば適用違憲の判断方法の研究に
>いそしむのが普通の憲法学者のあり方ではないかと思われるのだが、実際はそうではなかった。

適用違憲類型1は、あまりにアドホックであり、法的安定性に欠ける。
法令の一部を違憲とするに等しいが、後に同種の事案があったとしても、事案を異にするとして異なる判断がなされるおそれがある。
そうではなく、一定の類型された部分を部分違憲とする方が、法律の行為規制機能が担保される。
適用違憲類型1は、法律の行為規制機能を無視するものであると思われる。


>というのも、適用違憲をできるだけ法令違憲として処理することを志向する構えに親和的である。
>つまり憲法判断回避の原則を尊重するのであれば、適用違憲のフィールドを拡大することこそ
>急務の課題であり、それならば、芦部の適用違憲3類型を出来る限り少ない方向で残務整理
>しようとの態度はどうにも解せない。なにか理由があるのであろうか?

法律の行為規制機能を重視すれば、当然の結果であろう。
憲法判断回避ルールを貫くよりも、法律の行為規制機能の担保とその限度での違憲性の除去の方が重要ではないか。




711 :氏名黙秘:2011/04/20(水) 11:46:51.30 ID:???
>>707
>>699
>おそらく高橋は、法令違憲と適用違憲で境を設けるのではなく、表現の自由と経済的自由の
>間に境を設けようとしているのではないかと思われる。現に、表現の自由に関しては
>法令違憲で扱うべきだという趣旨であり、法令が高橋の審査方法を潜り抜けて合憲であれば
>適用違憲はほぼ問題にしなくてよいと考えているのではないだろうか。

その理解は、適用違憲類型1を原則とする考えであり、およそ日本の最高裁が採用するものではない。
我が国の最高裁判決には、法令の適用上合憲判決は存在するが、法令の適用上違憲判決は存在しない。
前者は、主張適格が否定された場合である。川崎民商事件の明確性についての判断を参照せよ。

仮に、その理解が正しいとすると、表現については法令、経済的自由については適用とする区別の理由は何か。
畏縮効排除であろうか。そうすると、他の精神的自由はどうなるのだろうか。

私が議論しているのは、最高裁の判例理論の探求である。
その上で、いわゆるアメリカ派の理論の問題点を指摘している。

小山の作法は、審査基準論による硬直的な判例理解に疑問を呈するものであった。
彼の師匠である田口精一もまた、審査基準論について懐疑的であった。
小山の適用違憲類型1に対する態度は、かなり慎重であり、適用違憲類型1を原則とすべきとなど考えていない。

712 :氏名黙秘:2011/04/20(水) 11:48:21.24 ID:???
>>708
ならば、猿払が類型1を否定した理由は何か。
最高裁に適用違憲類型1の違憲判決がないのはなぜか。

713 :氏名黙秘:2011/04/20(水) 12:14:14.10 ID:???
誰か憲法記念日の東大の講演会で小山に直接訊きにいけよ

714 :氏名黙秘:2011/04/20(水) 13:13:54.41 ID:???
>>713
少しは自分で考えろよ

715 :氏名黙秘:2011/04/20(水) 15:33:05.88 ID:???
age

716 :氏名黙秘:2011/04/20(水) 15:45:30.00 ID:???
5/3は、新しい憲法をつくる国民大会に参加するから行けない。

717 :氏名黙秘:2011/04/20(水) 16:51:13.50 ID:???
ここは、憲法オタクが集うスレか?
  _、_
( , ノ` )        
  \,;  シュボッ
    (),
    |E|

>>699
>高橋が、あれほど法令違憲では審査基準により裁判官の恣意的判断を排除する一方で、適用上違憲の判断ではフリーハンドを許容するのは矛盾めいているように思う。
>おそらく、救済されるならばフリーハンドで構わないということなのだろうか。
>>707
>おそらく高橋は、法令違憲と適用違憲で境を設けるのではなく、表現の自由と経済的自由の
>間に境を設けようとしているのではないかと思われる。現に、表現の自由に関しては
>法令違憲で扱うべきだという趣旨であり、法令が高橋の審査方法を潜り抜けて合憲であれば
>適用違憲はほぼ問題にしなくてよいと考えているのではないだろうか。

こういう一人よがりの解釈をするくせに、生意気な理屈を言うのだから
マトモな受験生は混乱するな

>>711
>その理解は、適用違憲類型1を原則とする考えであり、およそ日本の最高裁が採用するものではない。
>我が国の最高裁判決には、法令の適用上合憲判決は存在するが、法令の適用上違憲判決は存在しない。
>前者は、主張適格が否定された場合である。川崎民商事件の明確性についての判断を参照せよ。
>仮に、その理解が正しいとすると、表現については法令、経済的自由については適用とする区別の理由は何か。
>畏縮効排除であろうか。そうすると、他の精神的自由はどうなるのだろうか。

頭が悪いから、議論がかみ合ってないな
読書量には感心するが、司法試験に受かったのかな?
受かってないなら、膨大な時間を無駄に消費したんじゃないかな。

(〜^◇^)y━━━┛~~~<ぬははは


718 :氏名黙秘:2011/04/20(水) 17:36:15.44 ID:???
>>717
>ここは、憲法オタクが集うスレか?

>こういう一人よがりの解釈をするくせに、生意気な理屈を言うのだから
>マトモな受験生は混乱するな

では、高橋についてどのように理解するのか。
例示を示して欲しい。
また、憲法オタクのスレでも、受験生のためのスレでもない。
受験生のために議論しているわけでもない。

>>711
>>その理解は、適用違憲類型1を原則とする考えであり、およそ日本の最高裁が採用するものではない。
>>我が国の最高裁判決には、法令の適用上合憲判決は存在するが、法令の適用上違憲判決は存在しない。
>>前者は、主張適格が否定された場合である。川崎民商事件の明確性についての判断を参照せよ。

>>仮に、その理解が正しいとすると、表現については法令、経済的自由については適用とする区別の理由は何か。
>頭が悪いから、議論がかみ合ってないな

その理解とは、>>711の直前の部分ではなく、高橋の>>707の理解である。
議論が噛み合っていないという指摘こそ噛み合っていない。

理論的な批判を求む。


719 :氏名黙秘:2011/04/20(水) 18:32:44.87 ID:???
>議論が噛み合っていないという指摘こそ噛み合っていない。

ワロタw

険悪かと思いきや、余裕があるなw

720 :氏名黙秘:2011/04/20(水) 18:35:55.94 ID:???
>>709
香城座談とは、いつの頃のものだろうか?


721 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 00:05:47.15 ID:???
>>709-712@
問題の所在がはっきりしないので関連したことを書いておく。はっきりしたら再度整理する。

裁判所が適用違憲の判断になかなか踏み切らないように見えるのは、憲法判断それ自体に原因がある。
第一の理由は、憲法判断の対象になる順序として、まず法令、次にその適用という暗黙の憲法判断の
構造に由来するというものであり、第二の理由は、法令の適用にはおのずと裁量的判断を伴うもので
あるところ、違憲の結論を出すのが裁量権の範囲を著しく逸脱することを前提としていることから、
無理筋の適用違憲の主張を除外すると、現実問題として適用違憲を主張しにくいという実際的事情が
あるというものである。第三の理由は、裁量権の著しい逸脱を想定したとしても、法律の解釈適用に
より紛争解決に至るのであって、あえて違憲判断に踏み来なくてもよいというものである。第三に
関連する判例として、例えば、図書館の職員が自分の気に入らない図書を廃棄処分にした事件がある。
これなどは、著者の表現の自由の侵害を主張にも関わらず、最高裁は国賠で終わらせている。要するに、
裁判所が適用違憲の判断になかなか踏み切らないのは「必要ないからやらない」という理由である。
決して適用意見がアドホックバランシングに傾くからというような理由ではない。


722 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 00:07:04.80 ID:???
>>709-712A
学説は憲法判断回避の原則を採用しつつも、特に最近10年の間に、一気に法令違憲の機会の拡大を
理論的に試みてきたのが学界の流れである。憲法判断を論理的に先行させたいが、付随的審査制や
個別的効力説や憲法判断の必要性ルールや憲法判断回避の原則やらとの調和を考慮すると、これを
前面に押し出すことは憚られる。そこで適用違憲の縮小と法令違憲の拡大という理屈を湖ねあげた。

しかしながら、そもそも法令違憲と適用違憲のどちらかを選択すべきか重視すべきかとか、適用違憲
第一類型は部分違憲に解消されるべきかという問題設定そのものがおかしい。

混乱の原因は、芦部の適用違憲の分類方法に対する学者の異議申し立てにある。芦部は合憲限定解釈
との関係で適用違憲第一類型第二類型を定義しているが、別に問題はない。あるいは法令の合憲性とは
無関係に適用違憲を定義すると宍戸のような、適用行為そのものの違憲性の主張ということになるが、
それでもよい。要は適用違憲の定義を明確にしてその範囲を絞り込むことに実益はないし、判例の
立場にも合致するとも思えないのである。

判例は学説と異なり個別的比較衡量を避けることができないという現実を抱えている。このことが
適用違憲に対する有力説と判例の立場が異なる原因だと想定する。

723 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 00:09:47.77 ID:???
>>709-712B
>その理解は、適用違憲類型1を原則とする考えであり、およそ日本の最高裁が採用するものではない。

まず、判例の立場を独自に整理してみる。するとこうなるのではないかな。
1 憲法問題では法令違憲と適用違憲の双方の主張が枠組みとしては常に可能である。
2 裁判所が法令違憲を取り上げるのか適用違憲を取り上げるのかその双方を取り上げるのかは、
  司法事実・判決事実の確知如何との関連で裁判所の裁量に任されている。
3 従って法令違憲が原則とか適用違憲が原則とか、そういうことに裁判所の関心はない。

猿払事件第一審判決が適用違憲第一類型だと芦部は整理した。これに対して判例は合憲限定解釈をしない
のは妥当でなかったとか、いや判例は合憲限定解釈を中途半端に行っているとか、学説は評価しているが
ここで確認されるべきことは、合憲限定解釈をすべきであるという理由はないし、すべきであるとしても
それをしなかった場合の不都合はない、すべては裁判所の裁量に属するということである。

最近の有力説は芦部の適用違憲第一類型は部分違憲として再構成すべきだという。だが、部分違憲と
される事例において裁判所がそれを適用違憲として処理することにどんな問題があるのだろうか。伊藤
正己の大分県屋外広告物条例事件判決における補足意見を読むと、法令違憲(部分違憲というべきか)を
すべきであるように思えるが、伊藤正己は適用違憲の問題として処理し法廷違憲と同様合憲を導いている。

最高裁は、猿払事件第一審判決に対して適用違憲をすべきではないというが、部分違憲をすべきだとは
言っていないのである。合憲とすべきだと言っているのである。合憲とすべきである以上、それが部分
違憲だろうが、適用違憲だろうが、いずれも妥当でないという考えである。仮に第一審判決が部分違憲を
判示したとしたら、最高裁は、部分違憲は法令の解釈適用の誤りだし適用違憲にとどめたとしても法令
の解釈適用の誤りだとの誹りを免れない、と言うだろう。以上が一応の最高裁判例の探究の結果である。

724 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 00:13:22.02 ID:???
>>709-712C
高橋説に対する理解は、あくまで一応のものなので、他日を期したい。
今日は以上で終わり。

725 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 00:18:35.27 ID:???
>>724
お疲れ様でした。

726 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 00:41:18.30 ID:???
>>720
「研究会 憲法裁判の客観性と創造性」ジュリスト835号(1985年)23頁参照。
該当部分の香城発言を引用する。
「その事件に固有の具体的事実が違憲を導く場合には、具体的事件に即応した適用違憲になるのは当たり前」であるが、
「具体的事件に適用することが違憲になるという理由が、法令自体現行憲法上存在を許されない違憲の部分を含んでいるからだということになると、おのずとその判断において文面違憲にならざるを得ない」
しかし、この引用のみで判断すると、もちろん私に有利である。
反論のためには、原典にあたることを強く勧める。

>>724
ありがたい。
精読の上検討する。

727 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 01:01:16.50 ID:???
>>721
>第一の理由は、憲法判断の対象になる順序として、まず法令、次にその適用という暗黙の憲法判断の
>構造に由来するというものであり、第二の理由は、法令の適用にはおのずと裁量的判断を伴うもので
>あるところ、違憲の結論を出すのが裁量権の範囲を著しく逸脱することを前提としていることから、
>無理筋の適用違憲の主張を除外すると、現実問題として適用違憲を主張しにくいという実際的事情が
>あるというものである。第三の理由は、裁量権の著しい逸脱を想定したとしても、法律の解釈適用に
>より紛争解決に至るのであって、あえて違憲判断に踏み来なくてもよいというものである。第三に
>関連する判例として、例えば、図書館の職員が自分の気に入らない図書を廃棄処分にした事件がある。
>これなどは、著者の表現の自由の侵害を主張にも関わらず、最高裁は国賠で終わらせている。要するに、
>裁判所が適用違憲の判断になかなか踏み切らないのは「必要ないからやらない」という理由である。
>決して適用意見がアドホックバランシングに傾くからというような理由ではない。

ここでいう適用違憲は、処分違憲か、類型1か。
また、これらの点を問題があるとする理由は何か。

必要ないからやらない、という点は、必要ない場合はやらないという理解ならば同意する。
これは憲法判断回避ルールからして当然であろう。
問題は、憲法判断が必要な場合に、なぜ法令違憲、処分違憲とコマを進めるのか。
類型1をしないのか、である。


728 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 01:05:44.17 ID:???
>>722
>学説は憲法判断回避の原則を採用しつつも、特に最近10年の間に、一気に法令違憲の機会の拡大を
>理論的に試みてきたのが学界の流れである。憲法判断を論理的に先行させたいが、付随的審査制や
>個別的効力説や憲法判断の必要性ルールや憲法判断回避の原則やらとの調和を考慮すると、これを
>前面に押し出すことは憚られる。そこで適用違憲の縮小と法令違憲の拡大という理屈を湖ねあげた。

不勉強で申し訳ないのだが、憲法判断の必要性ルールとは何のことであろうか?
学説の展開は、なるほどそうだと思われる。

>しかしながら、そもそも法令違憲と適用違憲のどちらかを選択すべきか重視すべきかとか、適用違憲
>第一類型は部分違憲に解消されるべきかという問題設定そのものがおかしい。

なぜだろう。
上記の香城発言をどう捉えるかうかがいたい。
最高裁が、法令審査、処分審査とコマを進める理由を探ることに異議はないのであろうか。

>混乱の原因は、芦部の適用違憲の分類方法に対する学者の異議申し立てにある。芦部は合憲限定解釈
>との関係で適用違憲第一類型第二類型を定義しているが、別に問題はない。あるいは法令の合憲性とは
>無関係に適用違憲を定義すると宍戸のような、適用行為そのものの違憲性の主張ということになるが、
>それでもよい。要は適用違憲の定義を明確にしてその範囲を絞り込むことに実益はないし、判例の
>立場にも合致するとも思えないのである。

>判例は学説と異なり個別的比較衡量を避けることができないという現実を抱えている。このことが
>適用違憲に対する有力説と判例の立場が異なる原因だと想定する。


729 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 01:09:00.48 ID:???
>>722
申し訳ない。
途中で書き込んでしまった。

>混乱の原因は、芦部の適用違憲の分類方法に対する学者の異議申し立てにある。芦部は合憲限定解釈
>との関係で適用違憲第一類型第二類型を定義しているが、別に問題はない。あるいは法令の合憲性とは
>無関係に適用違憲を定義すると宍戸のような、適用行為そのものの違憲性の主張ということになるが、
>それでもよい。要は適用違憲の定義を明確にしてその範囲を絞り込むことに実益はないし、判例の
>立場にも合致するとも思えないのである。

>判例は学説と異なり個別的比較衡量を避けることができないという現実を抱えている。このことが
>適用違憲に対する有力説と判例の立場が異なる原因だと想定する。

近年は、判例で個別的利益衡量があまりなされていないよう思う。
一定の枠組みで、利益衡量から恣意性を排除する努力をしているようにみえる。

730 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 01:32:00.42 ID:???
>>723
>1 憲法問題では法令違憲と適用違憲の双方の主張が枠組みとしては常に可能である。

主張は可能であろうが、最高裁は適用違憲類型1の判断はしないと予測される。
処分違憲は問題になろう。

>2 裁判所が法令違憲を取り上げるのか適用違憲を取り上げるのかその双方を取り上げるのかは、
>  司法事実・判決事実の確知如何との関連で裁判所の裁量に任されている。

そんなことはなかろう。
根拠となる最高裁判例があるなら示していただきたい。

>3 従って法令違憲が原則とか適用違憲が原則とか、そういうことに裁判所の関心はない。

適用違憲類型1を頑なに拒んでいることから、関心がないとする結論は妥当とはいえない。

>猿払事件第一審判決が適用違憲第一類型だと芦部は整理した。これに対して判例は合憲限定解釈をしない
>のは妥当でなかったとか、いや判例は合憲限定解釈を中途半端に行っているとか、学説は評価しているが
>ここで確認されるべきことは、合憲限定解釈をすべきであるという理由はないし、すべきであるとしても
>それをしなかった場合の不都合はない、すべては裁判所の裁量に属するということである。

上記と同様、根拠となる最高裁判例か調査官解説が欲しい。


731 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 01:32:35.55 ID:???
>>723

>最近の有力説は芦部の適用違憲第一類型は部分違憲として再構成すべきだという。だが、部分違憲と
>される事例において裁判所がそれを適用違憲として処理することにどんな問題があるのだろうか。伊藤
>正己の大分県屋外広告物条例事件判決における補足意見を読むと、法令違憲(部分違憲というべきか)を
>すべきであるように思えるが、伊藤正己は適用違憲の問題として処理し法廷違憲と同様合憲を導いている。

伊藤正己型は、先にも述べたとおり、法令の行為規制機能を減殺する点で問題がある。
なお、刑事訴訟において、構成要件レベルでおよそ考慮されていない憲法上の権利が制限されうる場合、適用段階で考慮することはありうる。
牧師の犯人隠避が正当行為とされた事件は、この部類に属する。
これは、犯人隠避罪の構成要件において、信教の自由が考慮されていないからである。
しかし、憲法判断回避ルールから、違法性阻却により無罪とすれば、違憲とする必要はない。
これは伊藤正己型とは明確に異なる。

伊藤正己型は、構成要件レベルで考慮されている利益について、適用段階でもう一度考慮するものである。
しかし、これは立法の過誤ではないだろうか。
構成要件レベルで当然に予測される法益は、当該法益への配慮を欠く構成要件が問題なのである。
そして、そのような構成要件は、行為規制機能を満たしていないよう思う。



732 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 01:33:01.05 ID:???
>>723
>最高裁は、猿払事件第一審判決に対して適用違憲をすべきではないというが、部分違憲をすべきだとは
>言っていないのである。合憲とすべきだと言っているのである。合憲とすべきである以上、それが部分
>違憲だろうが、適用違憲だろうが、いずれも妥当でないという考えである。仮に第一審判決が部分違憲を
>判示したとしたら、最高裁は、部分違憲は法令の解釈適用の誤りだし適用違憲にとどめたとしても法令
>の解釈適用の誤りだとの誹りを免れない、と言うだろう。

被告人の主張は、法令の一部を違憲とするにひとしく、法令が全部合憲である以上、意味がない主張である、というのが、猿払判決のロジックである。
それゆえ、法令の一部が違憲の場合、適用違憲ではなく一部違憲とするべきとまでは言っていない点は同意する。
しかし、その後の郵便法事件、国籍法事件における部分無効の活用、頑なに法令審査、適用審査とコマを進めていること、適用違憲判決は存在しないことから、部分違憲となるとの結論の方が親和的ではなかろうか。
どちらもなしうるとしても、それは自由に選べるとは思えない。
どちらか1つ、あるいは、明確な使い分けの基準があるはずである。
仮にどちらでもよいとすれば、郵便法事件、国籍法判決が、適用違憲ではなく部分違憲を採用した理由は何か。

733 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 22:27:13.01 ID:???
>>727
>ここでいう適用違憲は、処分違憲か、類型1か。

処分違憲と適用違憲はともに法令の根拠に基づいている以上区別の必要をみない。
区別をする理由はいまひとつ不明である。従って、処分違憲か適用違憲第一類型かという選択は
問題にならない。整理するなら「広義の適用違憲=狭義の適用違憲+処分違憲」とすべきか?

>また、これらの点を問題があるとする理由は何か。

第一から第三の理由は適用違憲は法令違憲に比べると問題になりにくいことを示している。
「問題があるとする理由」を聞く意味がよくわからない。

>問題は、憲法判断が必要な場合に、なぜ法令違憲、処分違憲とコマを進めるのか。類型1をしないのか、である。

@法令違憲の一般的性格、適用違憲の個別的性格、A法令を根拠として適用が行われること、
を理由として、法令違憲が適用違憲よりも先行するのは、ごく自然であるこれが理由である。
論理的な先後関係に立つという一般的な理由でしかない。ただし法令違憲先行・適用違憲後行
という「必然」が存在するわけではない。少なくとも理論的根拠は未だ明らかにされてない。
適用違憲第一類型が最高裁の判例で見られないのは、それを行うに値する司法事実の主張が
ないからに他ならない。

>>728@
>憲法判断の必要性ルールとは何のことであろうか?

司法権に付随して違憲審査が行われるという付随的審査制に関連して、芦部が、違憲審査は
それが必要な場合に限って行われるものである、という説明を「必要性のルール」として
説明している。「司法のあり方と人権」UP選書にある。

734 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 22:28:23.67 ID:???
>>728A
>上記の香城発言をどう捉えるかうかがいたい。

香城発言@
「その事件に固有の具体的事実が違憲を導く場合には、具体的事件に即応した適用違憲になるのは当たり前」
香城発言A
「具体的事件に適用することが違憲になるという理由が、法令自体現行憲法上存在を許されない違憲の
部分を含んでいるからだということになると、おのずとその判断において文面違憲にならざるを得ない」

法令違憲の判断は適用違憲の判断を排斥するものではないから、香城発言@に異論はない。

ジュリストに接する機会がないので批判を十分にしてもらうことを期待して、香城発言Aを踏まえて
論点を再整理してみると「違憲部分が存在する法令につき、法令違憲をせずに、適用違憲をすることは
妥当なのか?」という問題提起に対して香城は妥当ではないと言い、おそらくその他の誰かが妥当である
と言ったのであろう。

これに関しては、
1 香城発言Aは、適用違憲第一類型解消論とは直接の関連性はない、又は、希薄である。
2 香城発言Aは、猿払事件最高裁判決や大分県屋外広告物事件伊藤正己補足意見とは矛盾しない。
という感想をもつ。以下、詳論する。

735 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 22:32:58.32 ID:???
>>728B「1 適用違憲第一類型解消論とは直接の関連性はない、又は、希薄である。」について

適用違憲第一類型は部分違憲である、という理解が有力である。しかし、これに対しては、部分違憲が
「明確」であればそうした判断をすべきであるが、部分違憲の「疑い」がある、という程度であれば、
必ずしも部分違憲をしなければならないというわけではない、と考える。

芦部が猿払事件第一審判決を適用違憲第一類型に分類しているが、判決を仔細にみると、部分違憲が「明確」
であるにもかかわらず適用違憲に踏み切ったのではなく、その「疑い」があるにとどまるので適用違憲に
したものである。部分違憲の「疑い」があるにとどまる場合には部分違憲の判断をしてもよいし、適用違憲
の判断をしてもよい。

これに対して最高裁が、第一審の適用違憲は部分違憲を認めるに等しい旨に言及したのは、法令は合憲
であり、部分違憲の「疑い」すらないとの立場であるところ、第一審が部分違憲の「疑い」を肯定する
かのような口ぶりだから、これを否定するためのくさびを打ち込む必要を感じたからであろう。
いずれにしても最高裁は「法令自体現行憲法上存在を許されない違憲の部分を含んでいる」とは、
露ほどにも思っていないのである。そして第一審もそう思っていないのである。

もちろん猿払事件は部分違憲の事例であることが「明確」であると考えている学者もいる。部分違憲の
事例だと「明確」に考えるのであれば(部分違憲の「疑い」にとどまるものではないと考えるのであれば)
適用違憲ではなく部分違憲の結論を出すことになる。判例と異なる事案の評価もあろう。

736 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 22:35:52.87 ID:???
>>728C
整理すると、
1 部分違憲が「明確」な場合→部分違憲をすべき。適用違憲をすべきでない。
2 部分違憲が「疑わしい」場合→部分違憲と適用違憲の双方がありうる。
  
香城発言Aは1のケースを想定していると理解すべきである。芦部が挙げる適用違憲第一類型の典型例は
猿払事件第一審判決であり、2のケースに該当する。芦部が1のケースを包含する趣旨なのかどうかは
不明であるが、少なくとも2のケースを例示している。

実際の事件が1と2のどちらの場合なのかは立法事実・司法事実を踏まえた裁判所の判断如何による。
適用違憲第一類型を1と2に分けて、1のケースは部分違憲に解消すべきであるというのであれば、
異論はない。しかし2のケースに関しては、部分違憲に解消してしまうことには躊躇をおぼえるし、
適用違憲でもよい。事案に応じた裁判所の判断によるべき一種のグレーゾーンとして把握すべきである。

以上が、「適用違憲第一類型は部分違憲に解消されるべきかという問題設定そのものがおかしい。」
と考えた理由である。

737 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 22:37:56.61 ID:???
>>728D「2 猿払事件最高裁判決や大分県屋外広告物事件伊藤正己補足意見とは矛盾しない。」について

まずこれらの判決・意見は、法令は合憲であることを前提にしている。猿払最高裁はもとより、
伊藤も法令に対する3つの疑念を表明しつつも全体として法令違憲に至る「程度」に達していない
と判断していると理解すべきである。そうしてはじめて伊藤補足意見の全体の筋が通る。つまり
猿払事件で最高裁は部分違憲の「疑い」があるとすら思っていない。伊藤は当該条例には部分違憲の
「疑い」があるにとどまると思っている。結局は部分違憲だとは言わず、適用違憲の可能性を検討し
適用においても合憲であると言っている。いずれにしてもこれらは「法令自体現行憲法上存在を許さ
れない違憲の部分を含んでいる」とはいえないという点は共通している。

ここで香城発言Aに立ち戻ると「存在」と表現していることに気がつく。「具体的事件に適用する
ことが違憲になるという理由が、法令自体現行憲法上存在を許されない違憲の部分を含んでいるから
だということになると、おのずとその判断において文面違憲にならざるを得ない」と言う。ここに
いう存在とは「あるかないか」である。あるかないかは「明確」な判断である。「存在するかも
しれない」とか、「存在する疑いがある」と言っているのではない。香城は「存在を許されない」
と表現しているのである。その趣旨は、法令違憲であることが「明確」な場合には、法令違憲
(部分違憲)をすべきだということである。これに反対する人はいないだろう。

ジュリスト座談において、この香城発言Aに反論する人がいたならば、香城が「存在」と「程度」の
区別を前提にして「存在」が問題となる場合を取り上げたにもかかわらず、違憲性の「程度」が問題
となる場合も適用違憲をすべきではないと言われたと思い込んでいるのではないかと想像する。
おそらく、その人は「存在」と「程度」の区別を念頭に置いていないのではないだろうか。
その意味で香城発言Aにまつわる部分は、噛みあってない座談になっているのではないか?
以上はあくまでも想像にすぎない。

738 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 22:40:02.89 ID:???
>>728E

なお、ジュリストを見てないなかでの議論であるが、仮に香城が2のケースも含めて、適用違憲第一類型
はすべて部分違憲として扱うべきだ、猿払事件第一審判決は適用違憲ではなく部分違憲にすべきであった
と言及したとしよう。

だが学説も、法令違憲と適用違憲の区別が難しい場合があることは、共通の理解になっているが、これは
立法事実と司法事実の相対性に起因するものである。部分違憲の「疑い」があればすべて部分違憲とすべき
だとは思えない。なぜなら適用違憲の可能性とその程度を考慮すべきだからである。

では適用違憲よりも部分違憲の「疑い」が濃厚である場合はどうか。この場合は部分違憲にすべきである。
逆に部分違憲の「疑い」よりも適用違憲とすべき可能性が高い場合は、部分違憲にすべきではない。

グレーゾーンに関しては、事案に応じて、また訴訟当事者の主張事実との関係で、個別的に部分違憲か
適用違憲かを裁判所が決定するべきである。そのことが判決文において明晰に表現されているかどうかは
また別の問題である。

したがって、香城発言Aがたとえ2のケースを含めたものであったとしても、それは香城の勇み足で
あると判定するし、また、香城の猿払事件に対する見方が部分違憲だという有力説と同じであるに
すぎないものと考える。ただ猿払事件最高裁判決の調査官解説を執筆しているのが香城なので、
そういう見方はしてないだろうとは思う。

739 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 22:42:20.09 ID:???
>>729
>近年は、判例で個別的利益衡量があまりなされていないよう思う。
>一定の枠組みで、利益衡量から恣意性を排除する努力をしているようにみえる。

これ自体はそうだと思う。ただ枠組みの設定に関しては、有力説と判例に違いがある。基準・枠組みを
設定できるところでは設定している。しかしその設定が難しいところでは今なお個別的比較衡量である。

>>730
>主張は可能であろうが、最高裁は適用違憲類型1の判断はしないと予測される。

現実にはあまりないかもしれないが、判例は判断枠組みとしては、適用違憲第一類型の余地を残している。
最高裁は部分違憲が「明確」であれば部分違憲の判断をするであろう。

>根拠となる最高裁判例があるなら示していただきたい。

「裁量による」と明言している判例はない。ただ判例を読むとそう考えざるをえないということである。

>適用違憲類型1を頑なに拒んでいることから、関心がないとする結論は妥当とはいえない。

拒んでいるというのは学者の見方である。判例にとって拒む理由はない。適用違憲第一類型の判断を
するに値する事実の主張がないだけである。原則とか例外という枠組みに判例が関心を寄せていると
いうことはない。このあたりは見解の相違なので、あまり問題にしなくてよい。

740 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 22:44:37.61 ID:???
>>731
>伊藤正己型は、先にも述べたとおり、法令の行為規制機能を減殺する点で問題がある。

その評価は個別的比較衡量に対する評価に帰着する。現実的には、個別的比較衡量なくして
判断をすることはできない。たとえ審査基準の適用による擬制があったとしてもである。

個別的比較衡量に対する批判は、@衡量の対象選択の恣意性、A衡量の基準の不存在による
判断の恣意性の2点である。これを克服するための理論的な試みは今のところ成功している
とは言い難い。外在的な批判を可能とするためには、できるかぎり衡量の過程を具体的に行う
こと以外にないし、対象選択や基準に関する批判は、究極的には判断や結論の恣意性に対する
不信にあるのだから、そうした恣意性に対する不信をぬぐうためには、判断過程の透明性を
高めて外在的な批判を受けやすくする以外に批判に耐えることはできないと思う。そうした
比較衡量の判断の仮定をオープンにするならば、別に個別的比較衡量であってもかまわないと思う。

伊藤正己は比較衡量の過程を具体的に行おうとしていることが多い。これが望ましい方向である。
判断の恣意性に対する不信は、衡量過程の透明性を高めることによって解消するべきである。
対象選択や基準設定に関する理論を積み重ねても、不信から逃れることは難しいのではないか?
伊藤正己のほかは小林直樹の手法である。

そう考えると個別的比較衡量も捨てたものではない。対象選択や基準設定に関する理論は
その上に立ってはじめて意味がある。いうところの行為規制機能(法的安定性のことか?)
をたとえ減殺したとしても、他に価値のある側面があると評価するので、そうした機能の
減殺は気にすることはない。

>これは伊藤正己型とは明確に異なる。

全体としてどこを問題にしようとしているのかがよくわからない。
伊藤正己が関わった屋外広告物条例事件は刑事事件であり、しかも違法性は阻却されず、有罪と
なった事案である。違法性が阻却されるのであれば、牧師事件と同様に、適用違憲の判断をする
こともない。われわれの間に見解の相違はないと思うのだが。

741 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 22:47:32.45 ID:???
>>732
>しかし、その後の郵便法事件、国籍法事件における部分無効の活用、頑なに法令審査、適用審査と
>コマを進めていること、適用違憲判決は存在しないことから、部分違憲となるとの結論の方が親和的ではなかろうか。

部分違憲が「明確」な場合であれば部分違憲にするはずでり、部分違憲の「疑いがある」場合であれば
それは裁判官の裁量による。ただし全くのフリーハンドではなく、訴訟当事者の主張にかかる立法事実・
司法事実との関係で裁判所が法令違憲と適用違憲の双方を判断するのである。その結果として法令違憲
に至ったのであれば、特段の必要性がないかぎり適用違憲について判断することもなかろう。別に理論
として部分違憲に親和的と考えるまでもないと思う。

>どちらもなしうるとしても、それは自由に選べるとは思えない。どちらか1つ、あるいは、明確な使い分けの基準があるはずである。

使い分けの基準は、理論化できなくはないだろうが、今のところ判例にも学説にもこれといった
ものはないのではないだろうか。私は、立法事実・司法事実との関係でケースバイケースで裁判所
が法令違憲の判断をしたり、適用違憲の判断をしたりしているのである。裁判所がどんな判断をした
のかは、判決文から浮かび上がってくるであろう。もっともそのため解釈が分かれるとも言える。

>仮にどちらでもよいとすれば、郵便法事件、国籍法判決が、適用違憲ではなく部分違憲を採用した理由は何か。

一言でいえば裁判所が立法事実との関係で部分違憲が「明確」だと考えたにすぎない。あるいは
もしかしたら立法事実を見て部分違憲の「疑い」があると思ったが、これは法令違憲を選択すべき
ケースあると考えたのかもしれない。いずれにしても、部分違憲の判断をするに値する立法事実が
検出されたのである一方で、適用違憲の判断に踏み切るほどの司法事実の主張が原審では認定され
なかったからに他ならない。猿払事件第一審判決と比べると、そのことが浮かび上がってくると思う。
そうするとなるほど郵便法事件判決・国籍法事件判決は裁判所に部分違憲を採用させたと思われる
立法事実の説明が明晰である。

742 :氏名黙秘:2011/04/21(木) 22:50:27.80 ID:???
終わりに。

気になっていたところなので、小一時間ほどで一気に書いた。
まとまりに欠けると思うが了とされたい。
また連投で読みにくいかもしれない。

もっとカットすべきかとも思ったが、時間がなかったのでそのままにした。
趣旨を汲み取ってもらえると幸いである。

743 :氏名黙秘:2011/04/22(金) 15:05:27.63 ID:???
>>730
判例や調査官解説ではないが、学説はある。


その意味で,
適用審査と文面審査のいずれを選ぶかは,適用審査が原則であることを踏
まえつつなされる,裁判所の賢慮(prudence)に基づく裁量的な判断に
委ねられるべきものと解される。今後,適用審査にとどめるか文面審査を
行うかの裁判所の裁量の行使にあたっての基準を明確にすることが,重要
であろう。(市川正人/文面審査と適用審査・再考)

744 :氏名黙秘:2011/04/22(金) 15:08:53.92 ID:???
それゆえ,「適用上違憲」か「一部違憲」かは,判決内容にそれほどの
違いをもたらすものではなく,「適用上違憲」が野坂教授が指摘するよう
な適用審査の難点を伴うとは限らない。
(市川正人/文面審査と適用審査・再考)



745 :氏名黙秘:2011/04/22(金) 20:00:12.48 ID:???
>>743
判例理論の探求であるから、学説では困る。
市川は、「適用違憲優先原則」というアメリカの原則を日本に持ち込もうとしているため、そのように解釈するのはむしろ自明であろう。

746 :氏名黙秘:2011/04/22(金) 22:19:59.60 ID:???
探求するのが学説だろ
判例がするのかよ

747 :氏名黙秘:2011/04/22(金) 22:51:54.40 ID:???
我田引水

748 :氏名黙秘:2011/04/22(金) 22:54:57.20 ID:???
>>733-

こんなとこで論文書いてどうすんのw

まあ判例を読みこんでるんは認めるが。

ただ存在と程度の区別というのがよく分らんな。

749 :氏名黙秘:2011/04/22(金) 22:56:27.63 ID:???
>>746
判例を探究するはずの学説が、アメリカやらドイツやらの理論をそのまま持ち込んで、違う判例は批判か無視をした上で、合致する判例を取り上げるという態度だからな。
座談会でも、他の法と比べて、憲法は学説と実務が離れていることは認識しているようだ。

750 :氏名黙秘:2011/04/22(金) 23:20:54.57 ID:???
>>733-

あともうひとつ。

明確と疑いの区別をどのようにするのか。存在と程度の区別と同じなのか。

751 :氏名黙秘:2011/04/22(金) 23:44:58.76 ID:???
>>733
>「司法のあり方と人権」UP選書にある。

わざわざそんな文献を持ち出さなくても、長谷部にあるよ。
→事件の解決に必要な限りで憲法判断を行うという必要性の原則からすると…

752 :氏名黙秘:2011/04/22(金) 23:46:26.33 ID:???
ニート助教が絶賛連載中??

753 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 00:18:23.79 ID:???
>>752
そっとしておいてやれよ
充たされない自己承認欲求をここで補填してるだけなんだから

754 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 00:43:28.31 ID:???
>>751
重ねて申し訳ないのですが、憲法判断回避ルールと必要性の原則の違いは何でしょうか?

755 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 01:07:17.69 ID:???
>>733
申し訳ない。一読したが、さすがに長いためレスの作成に時間がかかっている。

とりいそぎの感想としては、判例理論というより、学説、特に市川説による我田引水の判例理解に近いと感じている。
なお、指摘の市川論文は、憲法の争点の市川市執筆者部分にまとめがある。ROMの方々も入手しやすいので、興味があれば読んでみてほしい。

しかし、そのような曖昧な基準で、部分無効と類型1を区別しているとは考えにくい。
最高裁は、類型1を否定も肯定もしていない状態ではあるが、猿払上告審の一部違憲にひとしいため許されないとの説示、その調査官である先の香城発言Aからは、やはり否定されるのではないか。
もちろん、類型3としての適用違憲の余地があるのは、香城発言@からうかがえる。

また、部分違憲+司法事実の要保護性=類型1とするようであるが、なぜ、司法事実の要保護性があると、部分違憲よりも違憲部分の少ない類型1となるのか。
通常の感覚からは、司法事実の要保護性ゆえ、違憲の範囲が縮減する、というのは解せない。
部分違憲ならば、後事案に、判例に抵触できないという意味で、実質的に違憲の影響を与えられた。
しかるに、司法事実の要保護性より、事例判断となり、後の事案での通用力が全くない、という事態は均衡を欠く。

ところで、類型1で違憲となるのは、法令と適用行為のいずれであるとお考えか。
猿払一審は、法令が適用の限度で違憲となる、としている。
他方、芦辺憲法は、ここを巧妙にごまかしている。
これを適用行為の違憲とすれば類型3に近づき、法令の違憲とすれば部分違憲に近づく。
結局、類型1はどちらかに集約されるように思えるのだが、いかがであろうか。

論文とは、公開の議論をあまり経ないため、独りよがりになりがちである。
2ちゃんねるを純理論的な公共の議論の場とできるなら、これを活用しない手はないと考えている。
ただ、残念ながら私は助教でも研究者でもない。

756 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 01:10:56.36 ID:???
>>755
受験生?

757 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 10:39:16.69 ID:???
>>755
外野から見ると、議論が拡散しすぎて理解しずらい。争点はこれだろ?

>最高裁は、類型1を否定も肯定もしていない状態ではあるが、
>猿払上告審の一部違憲にひとしいため許されないとの説示、
>その調査官である先の香城発言Aからは、
>やはり(類型1は)否定されるのではないか。

類型1の抹殺派と類型1の延命派が対立してるということだよな?

758 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 11:03:45.45 ID:???
適用違憲が一部違憲にひとしいのかどうか、
ひとしいとして、一部違憲だと許されないのかどうか、
俺にはわからんな。

それにしても難しいこと議論してるよな。

759 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 14:39:25.14 ID:wa3Bqouf
猿払一審のいう適用違憲は、「適用」違憲の皮を被った実質的には法令違憲だから、最高裁からダメだしを食らった
それだけの話だろ

760 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 14:40:04.39 ID:???
>>757
おっしゃる通り。

類型1延命派は、適用審査優先原則から、類型1には意義があるという。
おそらく審査基準論者。
そして、類型1の審査は、伊藤正己型の利益衡量か、高橋の司法事実の要保護性によるという。

対する類型1抹消説は、法律の部分違憲にするべきと主張する。
その理由として、利益衡量や要保護性によると、アドホックな対応になり法的安定性を欠くこと、フリーハンドな審査に陥り、審査基準論を主張する高橋は矛盾することを指摘する。
そして、適用違憲なるものは、原則として法律の解釈適用問題であるから、利益衡量ではなく、処分が法の趣旨目的に反するか否かを論ずるべきであると主張している。

議論の発端は、適用違憲をどう書くか、というところで、利益衡量すべきでないという>>684の発言。



761 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 14:41:42.57 ID:???
>>759
まさにそう。
類型1は、適用違憲の皮をかぶった法令の部分違憲。

762 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 14:47:02.58 ID:wa3Bqouf
「猿払一審のいう「適用違憲」は名前がおかしい。(部分)法令違憲とすべきだ」
という意見がないのはなぜなんだろうなぁ 
これに限らず、名前と定義に齟齬があるやつはみんなそう


763 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 14:55:43.49 ID:???
そりゃ適用違憲だからだよ


764 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 14:58:04.14 ID:???
「適用の仕方が違憲 のはずなんだけど、法令違憲でもある」
猿払一審はこれをあらわす言葉として「適用違憲」と言ったのがまずかった
もっと適切な言葉を選ぶべきだった それが何かはよくわからんが・・・
「適用及び部分法令違憲」、略して「適法違憲」・・・

765 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 20:31:28.70 ID:???
>>761
皮をかぶったとか、まさに俺のムスコのようだ。

766 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 20:34:39.10 ID:???
>>765
チン法の部分ムケンですかそうですか。

767 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 20:40:52.57 ID:???
>>762
部分違憲と言わないのは、類型1が、司法事実まで考慮しているからだと思われる。
法令は誰に対しても適用できるものでなくてはならないから、司法事実を考慮した上ではじめて法令が違憲となるような場合、法令を違憲とすることはできない。

ただ、猿払一審の場合、法令には部分違憲があると認定しているから、その後の要保護性の司法事実認定はいらなかったはず。
芦辺が、猿払は法令違憲となるべきだったと主張しているのはまさにその指摘。

結局、類型1ってのは、法令違憲にチキった下級審が下す手法である、というのが適切な見方ではないか。
特に、民法900条4号但書のように、最高裁が合憲としているものに対して、下級審が部分違憲があるとすると判決の矛盾抵触になる。
そこで、「法令を適用すること」という適用行為を違憲とすることで、これを回避するわけだ。
ちなみに、猿払は「法令が適用される限度で」と表現しており、法令の部分違憲であることを示唆している。
最近の下級審は、「法令を適用すること」と表現しており、巧妙に回避している。

768 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 20:41:21.67 ID:???
>>766
だれうまwwwww

769 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 22:52:13.01 ID:???
>>755@
>判例理論というより、学説、特に市川説による我田引水の判例理解に近いと感じている。

市川説など知らないで書いていた。>>743-744は私ではない。先ほど読んだが、そもそも
私は適用違憲優先説ではない。法令違憲と適用違憲につき優先順位をつけることには反対する。
裁判所は法令審査と適用審査の双方を行うつもりだが、やるかやらないかは当事者の主張する
立法事実・司法事実如何にかかっている。というのも法令の解釈適用は裁判所の職責であるが、
どういう審査方法を採用するのかも裁判所の職責である。

法令の合憲性が「明確」である場合と「疑い」のある場合とに区別したが、この「疑い」は
決して突飛な概念ではない。まず、憲法判断回避の第7原則は、法律の合憲性に強い「疑い」
がある場合でも、憲法問題を回避できる法律の解釈の可能性を探るべきである、と定式化
されている。また、青柳幸一は、猿払事件第一審判決に対して、当該規定が一般的に合憲で
あるという判断ではなくて、文面上違憲の「疑い」があるという判断である、と評価する。

これは推測になるが、香城発言Aがなされた座談は、佐藤幸治「憲法」(青林書院)が出版
された昭和57年以降のことと思うが、そこで佐藤は、適用違憲の第4類型を提唱している。
それは、法令規定の一部が違憲である場合に、その部分が本件に適用される限りにおいて
違憲とする型、だと説明している。香城発言Aは、この佐藤幸治説に対する批判ではないか?
最近出版された佐藤幸治「日本国憲法論」(成文堂)という実質的に佐藤憲法第4版では、
この第4類型は掲載されていない。香城発言Aを受け入れたのかもしれないが、理論的には
香城発言Aを採用すべきである。だが、香城発言Aにも、ある前提があるのであって、それが
私の説明するものである。つまり香城発言Aは、法令違憲が「疑い」にとどまる場合には、
法令違憲でなければならないという論理的必然はないので、香城発言Aは妥当しない、
実際には、立法事実・司法事実との関係で、裁判所が裁量的に判断する、ということである。

770 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 22:57:57.09 ID:???
>>755A
>最高裁は、類型1を否定も肯定もしていない状態ではあるが、猿払上告審の一部違憲にひとしいため
>許されないとの説示、その調査官である先の香城発言Aからは、やはり否定されるのではないか。

猿払事件第一審判決を部分違憲であることは明白だとの思い込みがあるようだ。だが、
同判決文から抜き出してみると、
「@確かに、国の政策決定に関与する高級公務員等の政治活動に対し刑事罰を科すことも
 合理的と考えられる場合もないではない
 Aしかし、すべての公務員の政治活動に対し刑事罰を科すことが、法目的を達成する上に
 合理的であると一概に云うことはできない
 Bそして、非管理者である現業公務員の政治活動に対し刑事罰を加えることは、
 合理的にして必要最小限の域を超えている」
とある。補助線として、屋外広告物条例事件判決の伊藤補足意見も抜き出すと、
「@本条例についてその採用する規制手段を考察してみると、次のような疑点を指摘することできる
 A私は、このような疑点にもかかわらず、条例が法令として違憲無効であると判断すべきではない
 と考えている
 B本条例は、その規制の範囲がやや広きに失するうらみはあるが、違憲を理由にそれを無効の法令
 と断定することは相当ではない
 Cしかしながら、すでにのべたいくつかの疑問点のあることは、当然に、本条例の適用にあたつては
 憲法の趣旨に即して慎重な態度をとるべきことを要求するものであり、場合によつては適用違憲の事態
 を生ずることをみのがしてはならない。」

いずれも「憲法上存在を許されない違憲の部分を含んでいる」のではなく「憲法上の違憲の疑義・疑い
の部分を含んでいる」と考えた方が素直であろう。違うかな?違憲の疑いや疑義はあるものの、存在を
許されない違憲の部分を同居させてもいいと言っているのではないのである。
だから、香城発言Aを根拠に、猿払事件第一審判決を部分違憲だと断定したり、適用違憲第一類型は
部分違憲だと即断するのも、思考が足りないきらいがある。

771 :氏名黙秘:2011/04/23(土) 23:01:36.14 ID:???
>>755B
>ところで、類型1で違憲となるのは、法令と適用行為のいずれであるとお考えか。

法令と適用行為を区別して、そのどちらかが違憲判断の対象だと考える必要はない。
法令の解釈と適用が全体として違憲判断の対象となるのであり、法令違憲とは法令の
内容が違憲であり、適用違憲とは法令の適用が違憲と理解し、法令の内容違憲以外が
適用違憲であるという位置づけである。なお、そうした質問は適用違憲概念否定説から
のもののようにも思えなくもない。

>>760
>おそらく審査基準論者。そして、類型1の審査は、伊藤正己型の利益衡量か、高橋の司法事実の要保護性によるという。

私は審査基準論者かもしれないが、どちらかと言えば比較衡量論者である。比較衡量の基準は
必要に応じて立てればよろしいという立場である。しかもその基準は、被制約利益たる人権に
下駄を履かせる場合に立てるものであると考えている。判例に近いのではないかと思う。
その意味では伊藤正己説に、学説の中では近いのかもしれない。高橋説ではない。ベースライン
などという恣意的な設定は採用すべきではないと考えている。ただし、審査基準に基づく
比較衡量という判断方法を明確に打ち出しているところは、伊藤と同様に支持できるものである。
あと司法事実の要保護性とは、高橋「立憲主義と日本国憲法」に登場するものであろうか?

>>767
>法令には部分違憲があると認定しているから

法令には部分違憲の「疑い」があると認定しているから、と言い換えるべきだな。

>最近の下級審は、「法令を適用すること」と表現しており、巧妙に回避している。

その表現の変更は、沖縄代理署名事件最高裁判決以来ではないか。この判決では
2 駐留軍用地特措法の合憲性
3 駐留軍用地特措法の沖縄県における適用の許否
という見出しをつけて分かりやすくしている。

772 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 00:33:41.75 ID:???
>>770
>猿払事件第一審判決を部分違憲であることは明白だとの思い込みがあるようだ。
>「@確かに、国の政策決定に関与する高級公務員等の政治活動に対し刑事罰を科すことも
> 合理的と考えられる場合もないではない
> Aしかし、すべての公務員の政治活動に対し刑事罰を科すことが、法目的を達成する上に
> 合理的であると一概に云うことはできない
> Bそして、非管理者である現業公務員の政治活動に対し刑事罰を加えることは、
> 合理的にして必要最小限の域を超えている」

この部分はまさに部分違憲とすべきものである。
これは疑いであるとはいっていない。
むしろ、あなたの見解に近いのは、その後の被告は労働基本権の行使として云々の部分であろう。
この部分を加えてはじめて違憲になる、というのなら、類型1というよりは、構成要件レベルで考慮されなかった労働基本権に対する配慮を欠いた、類型3であろう。

>屋外広告物条例事件判決の伊藤補足意見も抜き出すと、
>「@本条例についてその採用する規制手段を考察してみると、次のような疑点を指摘することできる
> A私は、このような疑点にもかかわらず、条例が法令として違憲無効であると判断すべきではない
> と考えている
> B本条例は、その規制の範囲がやや広きに失するうらみはあるが、違憲を理由にそれを無効の法令
> と断定することは相当ではない
> Cしかしながら、すでにのべたいくつかの疑問点のあることは、当然に、本条例の適用にあたつては
> 憲法の趣旨に即して慎重な態度をとるべきことを要求するものであり、場合によつては適用違憲の事態
> を生ずることをみのがしてはならない。」

やや広すぎるきらいがあるなら、その広すぎる部分は法令違憲であろう。
手段の相当性を欠くのである。
それはいずれの事例との関係でもいえることであり、司法事実特有の問題ではない。
伊藤正己の思考には、部分違憲は法令の書き換えとなり、立法権の侵害のおそれがあり妥当でないという、当時特有の問題意識があるように思う。
しかし、郵便法、国籍法以降、最高裁が部分違憲を認めているため、そのような配慮は無用であろう。


773 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 11:38:55.97 ID:???
憲法に造詣の深い人に聞きたいんだけど、「白紙委任」と「明確性」との
どちらを書くかというのは、どこで区別するの?
施行規則で明確になってる場合は「白紙委任」を問題にするの?

774 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 12:59:09.26 ID:???
>>773
委任立法の問題と明確性の原則とは根拠条文が異なる。
双方が同時に問題となる場合もある。問題に聞け、ということ。
後段は法律の委任の問題。規則が明確かどうかを問題にする前に
法律について検討する。規則が明確でも法律が白紙委任なら違憲。

775 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 13:13:56.79 ID:???
問題に聞け(キリッ

776 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 13:53:52.63 ID:???
>>774
さんくす。
そのへんまではわかるんだけど、問題に聞いてもなかなか。

「条例」の文言が曖昧で、規則で細かいことが定められてる場合は
「白紙委任」の話になる?

777 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 14:06:04.39 ID:???
法律の委任の話は、このスレでも話題になっている猿払事件最高裁判決
の該当個所を比べ読みすれば、わかってくる。ただし、多数意見と少数意見
の双方を読むこと。この比べ読みにより論じ方が分るはず。読んだら、
感想を教えてほしい。ここが分っている受験生はいままで皆無だった。

778 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 15:32:59.17 ID:???
1.「条例」が細則を規則に委任する場合にも「白紙委任」の話が出るかという話
2.仮に出るとして、広島市暴走族条例事件なんかで、なぜ「白紙委任」の話が出ずに
専ら「明確性」の話が問題になってるのか?

これがわかりません。

779 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 15:54:38.22 ID:???
条例の白紙委任?

780 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 17:08:26.06 ID:???
>>779
そう。
例えば、人権を制約する条例を制定する場合に、条例の文言は抽象的で
細則が規則に委任されるような場合にも「白紙委任」の話がでるのか?
ということ。

781 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 17:37:53.46 ID:???
>>780
人権を制約する条例の合憲性が問題となっているのだから、
委任の限界を論じることができるのは当たり前ではないか。
自治体の役人が議会の白紙委任を受けて人権制約の規則を
制定できるはずがないだろう。論じ方は法律の場合と同じ。

782 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 17:42:42.94 ID:???
>>778
2について。

被告人側の弁護士が主張しなかっただけではないのかな?
どうせ猿払と同じ論理で裁判所から切り返されると思った
のだと思うね。それを覆すだけの司法事実の主張がなかった
のだろう。ここでの決め手は司法事実だね。監獄法がらみ
の法律の委任が問題となった平成初期の判例を見てみると
弁護士側の論じ方の参考にはなるが、結局委任の問題を
提起するに値する司法事実がなかったはず。

争点形成は当事者にかかっているからね。

783 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 17:55:11.50 ID:???
>>781-782
さんくすです。
条例でも当然問題になるとは思うものの、判例で問題にすらなってなかったので
何か理由でもあるのかと思って、今日、数時間悩んでましたw




784 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 18:00:10.99 ID:???
条例の白紙委任って憲法何条を根拠にするの??

785 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 18:39:50.31 ID:???
>>784
法律の場合とパラレルの考えたらいい。第8章をよーく見てみよう。
法律の場合は41条、条例の場合は94条しかないよ。

786 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 19:31:48.89 ID:???
白紙委任の限界ってどこにあるの?

787 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 19:55:33.50 ID:???
>>786
委任の限界はどこにあるか?と聞けよ。
白紙委任という限界はダメ。個別具体的委任ならイイ。
その中間的な程度の委任は解釈による。

788 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 22:06:49.58 ID:???
>>782
委任の問題を提起する司法事実って何だよ。
主張適格の判断が先行するってことか?
委任の問題は客観原則なんだから、主張適格とは別だろう。

それよりも猿払と暴走族とでは、法律や条例の委任事項が明らかに異なる。
また、条例は長でも作れるが、法律は内閣総理大臣では作れない。
そもそも、条例と条例の規則委任の問題は、法律と規則の委任の問題とは区別するべきであろう。

789 :氏名黙秘:2011/04/24(日) 22:10:28.56 ID:???
>>787
その中間的な程度の委任の解釈って何か思考枠組はないの?


790 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 00:51:17.85 ID:???
>>785
94条なのだろうか。
そうは思わない。

法律の規則委任は、国会ではなく、内閣が制定する点が、41条の国会の唯一の立法機関性に反するかが問題なのである。

他方で、94条は、地方公共団体に条例制定権を保障したものにすぎない。
これは、国との関係では条例制定権を奪えないこと、国民との関係では唯一の立法機関性の例外であることを意味する。

それゆえ、条例による委任は、94条の問題ではない。
しかも、94条には、どこにも条例制定主体がない。
議会であろうが、首長であろうが、憲法上は問題ない>>788参照。
41条が国会に立法権を与えたのに、内閣が規則を制定する、という場面とは、明らかに異なる。

そうすると、条例と規則との間では、委任は問題にならないのではないか。
端的に、その他の規則の違憲性を問えば良いように思う。

よーく見てみよう。などと、あたかもわかったふりをして、上から目線で言うのはいかがなものか。
質問者がかかえる疑問は、時として非常に有益な視点を提供してくれる。
もう少し真摯に考えて、質問に対応するべきではないか。
Yahoo知恵袋とは違うのである。

いずれにせよ、非常に面白い問題であった。

791 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 01:27:18.89 ID:???
>>790

>よーく見てみよう。などと、あたかもわかったふりをして、上から目線で言うのはいかがなものか。
>質問者がかかえる疑問は、時として非常に有益な視点を提供してくれる。
>もう少し真摯に考えて、質問に対応するべきではないか。
>Yahoo知恵袋とは違うのである。

あなたがどういう姿勢でここに書き込もうと構わないが、
その姿勢を他人に強要するのは筋が違うのではないかな

792 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 02:15:50.77 ID:???
>>791
その疑問が筋違いだ。

受け流しとけばいいのさ。

793 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 07:23:04.66 ID:???
>>790
議会の制定する条例では人権を制約しうる。
首長の定める規則では人権を制約しえない。
規則が人権を制約する内容である場合は、法律・条例の委任に
基づいている必要がある。
そうすると、規則は法律・条例の委任の範囲内でなければならず、
委任は具体的なものである必要がある。

ということでは?

794 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 09:37:02.79 ID:???
>>793
>>790
>議会の制定する条例では人権を制約しうる。
>首長の定める規則では人権を制約しえない。

その区別の根拠は何だろうか。
首長は人権制約条例を作れないのだろうか。
一般に、地方自治法15条1項は、条例の委任がなくとも、首長に規則制定権を与えている。
これが、首長の条例制定権の由来でもある。
同項は、法律の範囲内という制限はあるが、上記のような解釈は困難である。

795 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 09:39:13.23 ID:???
>>792
本人乙www
恥かいたなwwwww

796 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 09:45:16.92 ID:???
>>795
安価ミスのが恥であろう。
あまり煽るのは感心しない。

797 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 10:30:17.84 ID:???
>>794
たしかに、二元代表制なので、そう考えられないこともないとは思いますが、
何か根拠となりうる原典とかあります?
このように考えると、議会が人権制約しうる条例を制定し、細則を規則に委任
した場合、委任の範囲を超えても、それは首長の規則制定権に基づくものだと
解釈しえて、委任の範囲を画定した意味がなくなるので、変な気がします。


798 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 11:17:49.36 ID:???
>>797
>>790-794は、読み間違えてるんだよね。
規則は、公選によらない委員会により制定されるものであるから、首長が制定するものとは異なるんだよね。
地方自治法も、15条ではなく138条の4の問題になるはずだよね。
だから、条例による規則の委任で、委員会制定の場合は、やはり委任の限界は問題になるんだと思うよ。

799 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 12:42:35.45 ID:???
委員会制定の規則といえども、委任しっぱなしということはなく、その後に
地方議会による承認があるのではないのかな?だとしたら、条例・規則が
全体として問題になると思うのだが。

これとは別に首長の制定する規則も問題になる。

どうだろうか?

800 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 15:14:48.94 ID:???
>>799
地方議会の承認はされていないはず。
地方自治法138条の4第2項は、委員会は、条例若しくは規則に違反しない限りにおいて、規則その他の規程を定めることができるとする。
前者の規則が、地方自治法15条の首長による条例、後者がいわゆる規則でしょ。

そうすると、条例による委任については、憲法94条ではなく、地方自治法138条の4第2項の問題なんだろうね。、

801 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 16:08:04.07 ID:???
首長による条例?

802 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 16:11:37.44 ID:???
第15条 普通地方公共団体の長は、法令に違反しない限りにおいて、
その権限に属する事務に関し、規則を制定することができる

803 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 16:15:01.07 ID:???
条例による規則への委任が地方自治法138条の4第2項に違反するかどうか
という問題になるのかね?


第百三十八条の四

1.普通地方公共団体にその執行機関として普通地方公共団体の長の外、
法律の定めるところにより、委員会又は委員を置く。
2.普通地方公共団体の委員会は、法律の定めるところにより、
法令又は普通地方公共団体の条例若しくは規則に違反しない限りにおいて、
その権限に属する事務に関し、規則その他の規程を定めることができる。
3.普通地方公共団体は、法律又は条例の定めるところにより、
執行機関の附属機関として自治紛争処理委員、審査会、審議会、調査会
その他の調停、審査、諮問又は調査のための機関を置くことができる。
ただし、政令で定める執行機関については、この限りでない。


804 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 16:17:29.52 ID:???
>>800
法律の委任が憲法上何条の問題かと聞かれたら、立法権との関係で41条違反の問題
になるのと同じように、条例の委任が憲法問題になるとしたら94条違反の問題になる
という立場に一票。

805 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 21:07:58.67 ID:???
条例の規則への委任は、5つの問題があるのではないか?
@条例の所管事項の確定
A条例の委任の範囲の逸脱
B首長の規則制定権の範囲の逸脱
C法律と条例の関係に関する論点
D規則が人権を制限する場合に正当化されるか

@はこの議論の前提。
Aは法律の委任と同じ議論。
条例が法律の委任のような形で目的や基準を定めて規則に委任した仮想事例であるが。
を想定すると、法律の委任と同じ問題が生じる。
Bは裁量権の逸脱の問題と議論の構造は同じ。首長にも規則制定権があるから。
Cは条例の委任を超え、さらに法律に反しているかどうかの問題。
この段階で条例違反と法律違反の二重の抵触が問題となりうる。
Dは言わずもがな。

結局、94条1項と41条およびその前提としての条例解釈、場合により人権条項が検討される。

806 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 21:33:54.82 ID:???
>>805
条例による委任の範囲って憲法41条を準用するの?

独立して問題にする実益がそこまであるのかな?

807 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 21:54:27.50 ID:???
>>806
断っておいたように、知事などが暴走したような仮想事例であることを念頭に
置いてもらいたい。現実は@の段階で決着がついている。事務方が規則を策定
するのだから。

41条はC、94条2項が@ABとなろうか。これには、議会の条例制定権と
知事の規則制定権の双方が含まれるという通説的な解釈を前提とする。
この両者が対立するようなケースと言えると思うけどね。放送法の合憲性
のように規制側も被規制側も21条1項によるのと似ている。

808 :氏名黙秘:2011/04/25(月) 23:36:48.09 ID:???
さて、この委任の論点は一段落ついたかな?

809 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 00:14:25.71 ID:???
>>804
もっと文言を大事にしろよ。
いくらなんでも安直。

810 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 10:32:50.34 ID:???
>>807
>41条はC、94条2項が@ABとなろうか。
94条は地方自治体の固有権を国家との関係で保護したものであり、内部権限の配分、権力分立までもを保障したものではない。

>これには、議会の条例制定権と知事の規則制定権の双方が含まれるという通説的な解釈を前提とする。

知事の規則制定権は、固有の意味の規則ではない。
むしろ、条例と同程度のものである。

>この両者が対立するようなケースと言えると思うけどね。

それゆえ、対立した場合は、通常は後法が勝つ。
後法が違憲ならば、それは争わなくてはならないというにすぎず、確定までは後法が優先する。

811 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 11:16:14.98 ID:???
94条は地方自治体の固有権を国家との関係で保護したものであり、内部権限の配分、権力分立までもを保障したものではない。
   ↑
住民自治のことも考えなよ

812 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 11:18:37.24 ID:???
知事の規則制定権は、固有の意味の規則ではない。
むしろ、条例と同程度のものである。
   ↑
だから?双方が問題となることと矛盾しない
批判にもならん

813 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 11:19:57.82 ID:???
それゆえ、対立した場合は、通常は後法が勝つ。
   ↑
前法と後法の関係と混同している

814 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 14:27:10.41 ID:???
>>811
>94条は地方自治体の固有権を国家との関係で保護したものであり、内部権限の配分、権力分立までもを保障したものではない。
>   ↑
>住民自治のことも考えなよ

地方自治のこととは何を意味するのか。

815 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 14:27:51.08 ID:???
>>812
>知事の規則制定権は、固有の意味の規則ではない。
>むしろ、条例と同程度のものである。
>   ↑
>だから?双方が問題となることと矛盾しない
>批判にもならん

何も批判していない部分をとりあげて、批判にもならないというのは、それこそ批判にもならない。

816 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 14:29:42.74 ID:???
>>813
長の規則制定権は、条例制定権である。
これは、議会の条例制定権と同等であり、両者に優劣関係はない。
そうすると、前法と後法の関係で処理をするのが自然ではないか。

817 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 14:36:41.33 ID:???
憲法94条の「条例」には、狭義の条例のほかに規則も含まれるんだよ。
狭義の条例が規則に委任した場合を想定しているんだよ。今はね。

818 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 14:51:52.37 ID:???
>>816
こいつ変じゃね?

819 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 15:08:17.77 ID:???
>>818
違和感あるよねー。
でも、首長の規則と議会の条例の抵触はどう考える?
双方の制定権が同程度なら、必ずしも議会が優先するとは限らないよね。
特に両方とも直接選挙で選ばれてるから。

820 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 15:19:53.31 ID:???
>>817
その規則に委任するってのは、15条の規則じゃなくて、138条の4の規則でしょ。
だから、長の規則に委任するという前提があり得ない。

821 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 17:33:32.56 ID:???
>>820
首長の定める規則への委任を禁止する決まりはない。

条例が委員会の規則に委任する例はたくさんある。疑問があれば
各自治体は総務省に照会し、さらに法制局に照会しているからだ。
それを無視して委任を超えた規則を制定すると首長の規則への委任
と同じ問題になるはず。

例えば地方議会議員の歳費は条例の所管事項だから委任などしない。
しかし歳費削減を訴える議員がキャスティングボードを握って審議
が紛糾した場合に、解決案を市長に委任するが行き過ぎた削減を
市長が決めたら不信任にすると政治的な話し合いでまとまったところ、
市長がそれを無視して独自の削減を規則で定めたという、阿久根市に
近い揉め事が生じて、住民訴訟が提起されたとしよう。

条例の(市長の定める)規則への委任が憲法上何ら問題がないとは
言いにくいし、違憲の争点を形成すること自体は可能だろう。
地方自治法15条の出番はある。

822 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 17:42:35.43 ID:???
>>819
>特に両方とも直接選挙で選ばれてるから。

まさに住民自治vs住民自治という構図。どちらが優先するのかは
どっちが所管しているかで決まる。ともに所管事項だとするならば、
議会の条例が優先すると言うのが佐藤幸治。

争点になるとしたら、議会の条例の所管事項を首長ないし委員会の
規則に委任した場合に生じうる。首長や委員会のメンバーに変な
ヤツが紛れ込んだというイレギュラーな事態が起こった場合を想定
しないと問題にならない。

てか普通そうならないように人選するけどね。国に目をつけられて
交付金を減らされたらたまらんからね。

議会の条例の所管事項を委任して問題になったら、やはり委任の
限界の問題だし、首長の規則制定の権限を逸脱したかという問題
になるのではないかね?

94条の条例制定権は一種の抽象的権限だと性格づけて条例や規則
により具体的権限になり、こうした具体的権限同士の衝突だから、
憲法上は、94条対94条、これに地方自治法や条例・規則が加わると。


823 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 19:05:35.81 ID:???
今来た産業

824 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 19:31:40.19 ID:???
>>823
三段階審査論と審査基準論とは接合できない。
条例の委任の範囲も憲法上の問題たりうる。
小山は天才。

825 :氏名黙秘:2011/04/26(火) 19:40:57.15 ID:???
>>824
最後の行どこからきたw

826 :氏名黙秘:2011/04/27(水) 09:35:30.45 ID:???
条例の規則への委任は、決着がついたということでよろしいか?

827 :氏名黙秘:2011/04/27(水) 14:23:54.36 ID:???
よーし、じゃあ次は主権論の話でもするか

828 :氏名黙秘:2011/04/27(水) 18:16:49.30 ID:???
ププルー主権

829 :氏名黙秘:2011/04/27(水) 18:31:23.39 ID:???
>>821-822は、決定版だな。

830 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 03:11:58.42 ID:???
人民主権(辻村)とプープル主権の違いがよくわからん


831 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 03:12:14.84 ID:???
間違えた、辻村は市民主権か

832 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 08:04:42.50 ID:???
法律時報   2011年5月号   通巻 1034号

■特集=違憲審査手法の展望

 違憲審査論の現在――特集のはじめに/小山剛

 第1部 審査基準論と三段階審査

  最近の「三段階審査」論をめぐって/市川正人
  「通常審査」の意味と構造/高橋和之
  「猿払基準」の再検討/宍戸常寿
  司法判断の諸相――アメリカ憲法学の一側面から/尾形健
  三段階審査論の行方/松本和彦

 第2部 立法裁量とその統制
  立法裁量と法の下の平等/新井誠
  ベースライン論――長谷部恭男教授の議論の検討を中心に/青井未帆
  判断過程統制の可能性/岡田俊幸
  立法不作為とその救済方法/畑尻剛

833 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 08:07:27.25 ID:???
受験生は読まんほうがよさそう

834 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 12:44:44.20 ID:???
>>832

最近の「三段階審査」論をめぐって/市川正人
→やはり三段階審査論はおかしい

「通常審査」の意味と構造/高橋和之
→審査基準論がベター
  
「猿払基準」の再検討/宍戸常寿
→やはり三段階審査論は審査基準論にすり寄るしかないのかなあ
  
司法判断の諸相――アメリカ憲法学の一側面から/尾形健
→審査基準の定立は多面的にやろうよ
  
三段階審査論の行方/松本和彦
→俺が最初に紹介したことを覚えておいてくれ。
 ただドイツでは比較衡量論に対する積極的評価が基盤にあるから
 日本では三段階審査論の浸透は難しい

※三段階審査論に対する高すぎる評価に戸惑っていて、その火消しに躍起となっている印象あり。

835 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 13:07:49.83 ID:???
>>832
立法裁量と法の下の平等/新井誠
→立法裁量の逸脱の有無がスライディングスケールになっている
 (新傾向とは言えないと思われるのだが。) 
 
ベースライン論――長谷部恭男教授の議論の検討を中心に/青井未帆
→哲学的基礎を祖述する
 (裁判所の耳には届かないだろうなあ。受験ともほぼ無縁だな。)

判断過程統制の可能性/岡田俊幸
→ドイツの議論を紹介するだけ
  
立法不作為とその救済方法/畑尻剛
→判例の整理に終始してる印象

※結局、立法裁量を統制することは難しい。現状は判例の追認になっている。
立法裁量論は個別的比較考量と五十歩百歩だと思ったね。
審査基準の深化を裁判所はやらない、個別的比較考量をやりたい、そこで立法裁量の再評価ですよ、となる。


836 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 15:17:59.11 ID:???
>>834
>※三段階審査論に対する高すぎる評価に戸惑っていて、その火消しに躍起となっている印象あり。

おそらく、
@宍戸、松本以外は研究において主たる比較の対象としてドイツを選んでるわけ
ではないから(市川:米、高橋:仏・米、尾形:米)、それぞれの準拠国の
思考枠組からしたら奇異に見えるので、あるいは、A現状の日本の憲法学説では、
未だ米or芦部流の憲法訴訟論が席巻しているのだから、安易にそれを骨抜きに
しちゃうような議論を受け入れるべきではない、という意識が働いて、批判を
強く投げかけてるってだけの話じゃないかな

あと、宍戸、松本は他の人らに比べて若手と評される人らだから、諸般の事情
(とっても現実的な俗っぽい事情)を考慮すると、大見得きって、三段階審査の
輸入を強く訴え難いってのと、先のAの批判に対して空気読んだ上で、
少々及び腰になっている、ってのが実情では?

ここに宍戸・松本だけじゃなくて渡辺康行や石川健治がいれば、
また印象が違ったかもしれないのに。残念

837 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 15:36:50.35 ID:???
審査基準論にとっても三段階審査論にとっても立法裁量論との関係を
どのように位置づけるのかは1つの問題であるが、薬事法判決でも
すでに立法裁量の逸脱に言及されているから、新規なものではない。

三段階審査論の正当化・介入・正当化の枠組みの中に立法裁量論は
入り込まないという理解でいいのだろうか?薬事法判決がこれに
言及していることをどう評価するのだろうか?

審査基準論では立法裁量論を無視する傾向にあり、その統制などは
眼中にない。審査基準+立法裁量という枠組みを設定するならば、
それは実は猿払基準の生まれ変わりになるとの危惧がある。ただし
薬事法判決は立法裁量の統制機能を審査基準に負わせているかの
ようではあるが。

838 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 15:38:59.75 ID:???
>>837
薬事法で「審査基準」?

839 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 15:40:30.78 ID:???
>>835
>立法裁量論は個別的比較考量と五十歩百歩だと思ったね。

これについてだが、宍戸は、比較衡量に関して、
個別的比較衡量
類型的比較衡量
定義づけ衡量
の3つを区別しようとしている。

高橋が狭義の比例原則は裸の比較衡量だと批判するのに対して、宍戸が
それは類型的比較衡量になるようにするから見逃してよ、と言っている
ようにも見えなくもない。

840 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 15:42:00.04 ID:???
>>838
そうですよ。必要性・合理性の基準、他の規制手段の存在に関する基準。
そして薬事法判決のラストあたりを見てほしい。

841 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 15:42:33.16 ID:???
>>839
類型化はどこの国だろうと避けられないわけで
審査基準論だろうと比例原則だろうと

842 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 15:45:07.00 ID:???
>>840
いや、ラベリングはどうでもいいんだが
薬事法判決のそれは、内容において「審査基準論」と同列にあると見るのが妥当なのかな?

843 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 15:46:43.03 ID:???
審査基準と立法裁量の話だと、戸松や藤井は表裏一体の関係と捉えるねぇ


844 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 15:48:31.28 ID:???
>>842
比較衡量→必要性合理性→厳しい規制→LRA
の流れは審査基準論と同列と見てもよい。
三段階審査でいくなら、立法裁量の言及をどう考えるのか?

845 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 15:52:52.93 ID:???
>>844
薬事法判決の読み方については、さしあたり、
独禁法判例百選の阪本昌成の解説、憲法判例百選の石川健治の解説
を読むと良いんじゃないかな
その上で「いや、これは違憲審査基準論だ!」と主張するのなら、もはや何もいうまい

846 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 16:36:32.22 ID:???
そう言わずに俺をねじ伏せてくれよ

847 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 17:32:38.37 ID:???
阪本解説は未読。石川解説は引っ張り込みが過ぎる。芦部他もそうだが。

薬事法判決の流れは以下の通り。
@ 公共の福祉のための必要かつ合理的な規制
  (注:石川はこれを比例原則というが、香城敏麿はそう言わず一般的な審査基準という)
A 規制の目的、制約される人権、規制の程度を踏まえた比較衡量
  (注:判例はもともと@とAを渾然一体化させるので、論じる順序はA→@もある)
B 立法裁量の逸脱による判断
  (注:この時代から立法裁量が決め手なので近時の違憲判決の枠組みに新奇性なし)
C 事案の特殊性(重要な人権に対する強力な消極目的規制)からLRAの基準を「併用」
  (注:森林法判決はLRAの基準を取らず、必要性・合理性を「具体的基準として機能強化」させた)
D 立法事実の審査
E 当てはめ・結論(立法裁量の逸脱により違憲)

三段階審査論では防御権規制立法の合憲性のための理論だが、立法裁量を三段階審査そのものに
組み込むことはしない。適合性や狭義の比例性を省略しているとしても立法裁量に言及することに
ついて石川は評価をオミットしているのではないのか?

848 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 17:38:20.83 ID:???
石川健治は廣松渉(ひろまつわたる)の影響を受けたような文章を書いている。
それと人格的関連性・社会的関連性の関係図式などは、廣松の四肢的認識図式を彷彿とさせる。
おそらく学生時代に廣松の「世界の共同主観的存在構造」読んでいたのだろう。

なお判例が人格的価値を強調しているため二重の基準論を採用したとの評価は当たらない
と言った論評もあるが、これは泉佐野判決との整合性を考えると穿ち過ぎのきらいがある。
泉佐野では人格価値に言及していないのに「厳格な基準」によるべきとの言及をしている。

849 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 17:42:06.16 ID:???
>>843
審査基準と立法裁量との関係については、
@ 立法裁量の逸脱を審査基準により判断する
  (審査基準を立法裁量の下位基準とする)
A 立法裁量の広狭を審査基準の厳格度と一致させる
  (その意味でこれらを互換的に使用可とする)
B 審査基準と立法裁量の二段階で審査する
  (審査基準違反を立法裁量の逸脱により判断するので立法裁量が下位基準。@とは逆)
C 審査基準による一元的審査のみ肯定。立法裁量論否定論。
  (ガチガチのアメリカ論者に多い)
といった立場がこれまで主張されててきた。

判例は@ないしBであろうか。藤井などはAである。

850 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 17:43:43.55 ID:???
>>845などは、芦部「憲法」をどう読むのだろうか?

851 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 19:04:50.19 ID:???
ふむ、新手の三段階審査批判か。

852 :氏名黙秘:2011/04/28(木) 19:51:41.42 ID:???
>>835
>立法裁量論は個別的比較考量と五十歩百歩だと思ったね。

悪いが意味が分らん



853 :氏名黙秘:2011/04/29(金) 03:02:28.23 ID:???
>>847
石川健治の理解を論駁するつもりなら、阪本解説のみならず、
・石川健治「30年越しの問い」法学教室332号、58-66頁
・同「夢は稔り難く、道は極め難し」法学教室340号、53-60頁
・同他「Mission:Alternative」法学教室342号、25-47頁
・同他「《座談会》雇用の危機と労働法の課題」法律時報81巻12号、4-28頁
あたりも読んでいないと説得力無いので、既に読んでいるとは思うが、改めて「案内」させていただく

なお、段階理論については、>>269付近で「案内」の跡がみられるので、それを参照のこと


854 :氏名黙秘:2011/04/29(金) 03:15:04.39 ID:???
>>848
>なお判例が人格的価値を強調しているため二重の基準論を採用したとの評価は当たらない
>と言った論評もあるが、これは泉佐野判決との整合性を考えると穿ち過ぎのきらいがある。
>泉佐野では人格価値に言及していないのに「厳格な基準」によるべきとの言及をしている。

泉佐野を「二重の基準論」側にひきつけて理解することの問題性は、同判決が

「……このような較量をするに当たっては、集会の自由の制約は、基本的人権のうち精神的自由を制約するものであるから、
経済的自由の制約における以上に厳格な基準の下にされなければならない(最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)。」

という判示している部分を精確に読み取っていない嫌いがあるからである。
読めばわかるように、「なぜ経済的自由と比較して厳格な審査がなされねばならないのか」、という理由を本判決は判示していない
言うまでもなく、「二重の基準論」に拠らずとも、精神的自由規制立法は経済的自由規制立法より厳格に審査されるべきとの命題は導ける
この点を見過ごしているのが問題なのである

このように、泉佐野も「二重の基準論」に拠っていないという理解が前提となれば、薬事法判決と泉佐野の裁判所の審査の態度に対する理解に齟齬が生まれることはなく、
>>848の批判は批判足り得ないことになる

855 :氏名黙秘:2011/04/29(金) 09:20:35.28 ID:???
宍戸最高!!

856 :氏名黙秘:2011/04/29(金) 21:43:28.55 ID:???
>>853
石川による判例解説によると、三段階審査における実質的正当化の議論が立法裁量統制基準
として機能している、という。それを薬事法判決、森林法判決の解説で論じている。つまり、
営業の自由に対する規制、財産権に対する規制において、立法裁量論を肯定したうえで、
それを統制する基準をドイツの違憲審査の方法に見出そうとしている。

ここでの疑問は、経済的自由に対する規制について、立法裁量論を当然の前提のように設定
することに石川は疑問を抱いていないように見えることである。むろん石川のことだから
考えてはいるだろうが、指摘の石川文献にはこのことに関する理屈付けは出てないと記憶する。

権利侵害を最初に持ってくる石川だから、三段階審査の枠組みには拘らないのかもしれない。
そうだとしても、石川の立法裁量論に対するスタンスがいまひとつ不明なので、防御権にも
立法裁量論(立法裁量を逸脱しているかどうか)が妥当するかのように見えるわけだ。

小山「作法」はこの点に言及はない。審査密度決定の1要素という位置づけをしているだけだ。
薬事法判決における立法裁量への言及に対する位置づけは、石川同様に、小山もはっきりしない。
よく見ると、小山の「作法」では18頁から20頁にかけて、薬事法判決を引用しているが、巧妙に
立法裁量の箇所を外している。

私に読み落としがあるのだろうかね?

857 :氏名黙秘:2011/04/29(金) 22:34:33.83 ID:???
627 :氏名黙秘:2011/04/27(水) 14:24:24.61 ID:???
そもそもなぜ三段階審査論が目の敵にされるの? わけがわからないよ。

628 :氏名黙秘:2011/04/27(水) 15:34:09.89 ID:???
>>627
基準なき比較考量を否定することが審査基準論の目的。 ところが三段階審査論には比例原則という
比較考量がある。 これが基準なき比較考量に等しいから三段階審査論はダメだと言われる。

629 :氏名黙秘:2011/04/27(水) 15:59:24.82 ID:???
横から加えると、その批判を受けて 審査基準論が「基準」をアゲサゲするように 三段階目の比較衡量
での「審査密度」をアゲサゲしようとしてるけど 具体的にどうやるかは議論がはじまったばかりで、
数人が思いつきを提案し始めてる程度 司法試験でまともに採点される段階ではない

630 :氏名黙秘:2011/04/27(水) 16:15:01.35 ID:???
さらに言うと、狭義の比例原則は目的と手段の比例性・均衡性を「基準」 としているから、これが
審査基準じゃないのか?と思うかもしれない。 しかし審査基準論にいう基準とは、可能な限り一義的な
基準でなければ ならないと考えられている。でないと裁判官を縛ることができないから。 比例性・均衡性
はスライディングスケールであり事案ごとに結論が、 これも均衡性あり、あれも均衡性あり、となって
裁判官の判断を縛る ことはできない。結果として基準なき比較考量に等しいというわけ。 そら高橋和之も
青柳幸一も、ちょっと待てよと言うわな。

631 :氏名黙秘:2011/04/27(水) 16:19:12.91 ID:???
あと三段階審査論が使える領域が狭いんだな。最高裁は生存権にも一応 明白の原則という審査基準を
使っている。ゆるいけどな。でも生存権に 三段階審査論は使えない。選挙権も小山は制度準拠型とか
なんとか言う。 実はこれ三段階審査論じゃないよね。審査基準論は選挙権にも対応可。 受験的には
審査基準論が吉。だから事案の特殊性を基準選択の根拠に 使えばそれでいいし、当てはめも憲法論と
して書けばそれでいい。

858 :氏名黙秘:2011/04/30(土) 09:47:56.03 ID:???
>>856
言われてみるとそうだな

859 :氏名黙秘:2011/04/30(土) 10:10:32.33 ID:???
>>849
最大判S62.4.22(森林法共有分割制限規定違憲判決)ではたしかに「立法裁量」の統制というのが至上命題になっている
が、最大判S14.2.13(証券取引法164条1項の合憲性)では森林法判決に存在したその辺の記述が、(例の消極・積極とかいう言葉とともに)まるっきり消失している
このことから、最高裁は立法裁量をどんな場面でも念頭においているわけではないということがいえる

あと、あなたのその整理は1.あなた独自の整理 か、それとも2.誰かの研究成果なのか をハッキリしていただきたい


860 :氏名黙秘:2011/05/01(日) 11:23:52.57 ID:???
>>859
証取法判例の調査官解説によるとその判例は立法裁量を前提としているらしいから、
将来どうなるかは不明だろう。

ただ「法律により定める」必要がある権利に関して立法裁量の逸脱を問題にするのが
自然だと思う。郵便法判決も(やや疑問はあるが)国籍法判決も選挙制度判決もそう。

しかし自由権=防御権に対する規制立法の合憲性審査に立法裁量を持ち出すのは
どういう理屈なのか説明しづらい。石川も小山も明確な説明をしてない。

最高裁の判例は経済的自由の審査にあたり立法裁量を持ち出すことはおかしい
のではないかと考えて証取法判決では言及しなかったのかもしれない。そうすると
石川がたしか「事の性質」により立法裁量の広狭や逸脱を決すると言っていたが、
立法裁量に言及しない判例をどう評価するのか?「事の性質」により必要性・合理性
をどの程度厳格に適用するのかが決まるとでも言うのか?森林法判決との関連は?
石川の明確は説明はないように思える。もしかすると石川は内心困ったことになった
と思っているのかもしれない。石川も小山も薬事法判決を重要視するが証取法判決は
重要視しないのかな?証取法判決を重要視するのは永田だな。

861 :氏名黙秘:2011/05/01(日) 11:26:00.64 ID:???
>>859
審査基準と立法裁量の関係については、藤井「憲法訴訟の基礎理論」がアメリカの
歴史を踏まえながら、立法裁量の広狭を審査基準の厳格度と一致させる理屈を提唱
している。これだと立法裁量と審査基準を互換的に使用してもいいし、双方を使用
してもいいから、使い勝手が大変によろしい。裁判所と立法府の役割分担に根拠を
求めるという二重の基準の発想にも親和性がある。

他方で立法裁量に全く言及しなかったり、審査基準との関連に触れない学説もある。

だが判例を子細にみると、立法裁量の逸脱の有無を問題にしながらも実際には審査
基準の適用により判断しているものがある一方で、審査基準を立てながら立法裁量
の範囲内だから合憲だとする判例もある。後者は立法裁量論で決着がつくから審査
基準論は問題とする必要はないような口ぶりであるようだし、審査基準と立法裁量
の二段階審査を想定しているとも読めなくもない。

こうしたいくつかの立場を並べただけだよ。こんな整理法をしている学者はいるのかな?

862 :氏名黙秘:2011/05/01(日) 11:50:08.00 ID:???
>>860-861
相変わらず恣意的な理解に基づいた説明ご苦労様
立法裁量についてはさしあたり、棟居快行「立法裁量」ジュリスト1037号201-205頁参照のこと

863 :氏名黙秘:2011/05/01(日) 13:12:24.69 ID:???
>>862
君ね、文献を挙げるだけじゃ回答にも批判にもならんのだよ。>>853では
ピントのずれたものを紹介するし、他でも真正面からの批判でないことも
してるしさあ。

例えば棟居がなぜ実体的限界説と審査基準説という対立軸で整理したのか、
その理論的動機や関心を考えたことがあるのかね?

もうちょっと内容ある主張ができないものかね。文献を書くなら、その内容
を多少なりとも端的に引用ないし自分の言葉でいいから、書いてだね、その
うえで、あなたのいうことはこれと矛盾してるとか、あなたの批判にはこう
いうふうに回答してるだろ、とか、短くていいから、そのくらいはやってくれよな。

恣意的というが、どこがどう恣意的なのかも、端的に指摘してくれればいいから。

864 :氏名黙秘:2011/05/01(日) 16:05:42.32 ID:???
>>863
横からだが、ここにいる人間は君に教えを乞う立場にあるわけでも、
君を指導する立場にあるわけでも、ましてや君を援助する立場にあるわけでもないぞ。
もちろん、君がどういうスタンスで他のレスを読もうと君の勝手だけど。

865 :氏名黙秘:2011/05/01(日) 22:59:47.85 ID:???
>>864
俺も横からだが、863は対話をする上での最低限の礼儀を述べている。
お前はそんなこともわからぬ池沼かね。

866 :氏名黙秘:2011/05/01(日) 23:16:49.11 ID:???
で、今度は何が問題なの?

867 :芦部の弟子:2011/05/02(月) 06:16:34.40 ID:???
宍戸ってホント、バカだな!
彼の演習本読んだけど、今頃、公共の福祉に人権だけでなく公益も含まれる、という議論をしている。
それって、ずいぶん前に公法学会で解決していることなんだけど。
それに、何だ、あの日本語!君ら、あんな本読んでホントに理解できるのか!

868 :芦部の弟子:2011/05/02(月) 06:19:24.96 ID:???
違憲審査基準だって、三段階審査だって、そんなん、どっちだっていいやん!
いずれにしても、判断の入り口の問題だろ!
重要なのは立法事実を評価するルールを確立することなんだよな。

869 :氏名黙秘:2011/05/02(月) 06:20:19.10 ID:???
>>868
おk

お前がルールを確立してくれ!

870 :氏名黙秘:2011/05/02(月) 09:02:39.54 ID:???
宍戸は三段階審査論に立ち比較衡量の類型化をやろうとしている。
そのため憲法規範とは何かに関する理解が他の人と若干異なる。
いわゆる二次規範を含めて憲法規範だという。類型的な事案に
解決基準を与える役割を憲法規範に負わせようとしている。

しかし例えば永田は憲法規範とはもっと抽象的なものだと言う。
事案の特殊性をも憲法規範の射程に入れる考えはないようだ。

これらの中間にいるのが小山だ。中二階理論で受験生を指導して
きたが、最近は審査密度による比例原則適用の段階化を試みる。

871 :氏名黙秘:2011/05/02(月) 09:54:56.31 ID:???
>>866
立法裁量論と審査基準論・三段階審査論との関係じゃね?

872 :氏名黙秘:2011/05/02(月) 10:12:43.45 ID:???
>>871
まぁ、審査基準論側の陣営でも立法裁量の取扱には手を焼いてて、大局的にも、
見解の一致を見ていない状況だから、これをもって三段階審査論(特に正当化)
の審査手法に対する批判、とするのはいささかずるいわな

873 :氏名黙秘:2011/05/02(月) 11:14:15.24 ID:???
>>856
>ここでの疑問は、経済的自由に対する規制について、立法裁量論を当然の前提のように設定
することに石川は疑問を抱いていないように見えることである。

言いたいことがわかった。
どこで立法裁量使うかが判例まかせで
健ちゃんは説明なしってことね?


874 :氏名黙秘:2011/05/02(月) 15:10:00.52 ID:???
報道の自由にも立法裁量論は使えるのかな?

875 :氏名黙秘:2011/05/02(月) 15:35:43.65 ID:???
政府による制度形成の有無・高低によって、そのものすごいバランス感覚でもって、
最高裁は立法裁量論を展開しているように思えるなぁ。
これについて憲法適合性の審査手法の云々を論じるとなると、審査基準論や
防御権構成を基礎とする三段階審査論とは別の次元の議論の場が必要になるんじゃないかな。

もしかすると、結局は権利論の各論的にしか論じざるを得ない事柄なのかもしれない。
もしそうだとすると、立法裁量論への目配り云々でもって、違憲審査基準論、
三段階審査のどちらかに優劣を決することは、そもそも当を得ない問題設定となる。

こういう事前準備なしに立法裁量論の扱いをもって問題提起するのは、誠実さに欠けるねぇ。

876 :氏名黙秘:2011/05/02(月) 22:36:14.40 ID:???
>>856
刑法スレから来ました。

>薬事法判決における立法裁量への言及に対する位置づけは、石川同様に、小山もはっきりしない。
>よく見ると、小山の「作法」では18頁から20頁にかけて、薬事法判決を引用しているが、巧妙に
>立法裁量の箇所を外している。

憲法上の権利の作法の該当箇所を読みました。
ご指摘の通りです。
ついでにプロセス憲法の石川執筆部分も読みました。

両教授の立法裁量に対するスタンスの相違など
今まで考えたこともありませんでした。

877 :876:2011/05/03(火) 12:52:51.92 ID:???
ハイローヤーの最新号で西口弁護士が適用違憲に関して述べています。
読まれたらコメントをお願いしたいです。

878 :氏名黙秘:2011/05/03(火) 18:10:32.12 ID:???
age

879 :氏名黙秘:2011/05/03(火) 19:45:08.44 ID:???
防御権構成をとるとどんなメリットがあるんですか?

880 :氏名黙秘:2011/05/03(火) 22:26:41.73 ID:???
政府による制度形成の有無・高低によって、そのものすごいバランス感覚でもって、
最高裁は立法裁量論を展開しているように思えるなぁ。
   ↑
こいつバカだろw

881 :氏名黙秘:2011/05/03(火) 22:29:24.55 ID:???
>>877
読むわけねーだろw アホかw
学者本を読め

882 :氏名黙秘:2011/05/05(木) 13:10:11.40 ID:???
>>879
メリットはない

883 :氏名黙秘:2011/05/06(金) 12:57:51.64 ID:???
>>877
西口は適用違憲の区別を意識していない。
比例原則=必要性と相当性で判断し、必要に応じて比較衡量を持ち出すようだ。

決して間違っているわけではない。

適用違憲とは法令の適用範囲を逸脱しているから違憲だというものだ。
本来的に比較衡量、利益衡量があり、それを前面に押し出して法がいい。

本来の適用範囲では、法令の目的が制約される人権よりも優越しているといえる場合だが、
人権のほうが法令の目的よりも優越するような場合に適用するとなると、
そうした適用行為が必要性や相当性を欠くとか比例原則に反するとか
裁量権を逸脱濫用しているという理由で違憲になるというわけだ。

判例が合憲的適用と違憲的適用の双方を示しているときに適用違憲だと
いう下級審判例があるが、それが1つの論じ方を示している。

あと泉佐野は合憲限定解釈の事例だと考えたほうがいいよね。これは法令審査だと考えたい。

884 :氏名黙秘:2011/05/06(金) 13:05:45.68 ID:???
>>876
防御権的構成と立法裁量論と本来水と油の関係にある。
防御権のそもそもの由来からしてそうなるはずなのだ。

石川が判例の立法裁量の使われ方に批判を加えないのが
おかしいのだ。薬事法判決において立法裁量に言及する
必要などない。防御権的構成ならなおさらである。

小山はそこのところが分っているので、薬事法判決の
立法裁量部分には触れないのである。

>>875のように、立法裁量論一般を問題としている
のではないのである。三段階審査論に立つのなら、
防御権的構成が本来立法裁量とは無縁であることに
自覚的であるべきなのである。

885 :氏名黙秘:2011/05/06(金) 13:10:44.19 ID:???
>>874
問題によるといいたいが、三段階審査論なら不要だと
言うべきであろう。

放送の自由市場の維持を課題としている放送法制は
証券取引市場の維持を課題とする金融商品取引法と
問題状況が類似している。

そして後者では立法裁量に触れずとも判断できる。
現にそうした判例もある。

すると放送法制の合憲性を論じるなら立法裁量は
不要と言うべきである。三段階審査で行くならね。

886 :氏名黙秘:2011/05/06(金) 23:40:59.35 ID:???
>>883
うーん、難しいですね。

887 :氏名黙秘:2011/05/28(土) 04:31:04.76 ID:???
@itotakeru

888 :氏名黙秘:2011/05/28(土) 07:34:49.18 ID:???
三段階審査と立法裁量は、難しい問題。

ある人は権利や制限の性質から導き出すといい、ある人は権利や制限とは別の権力分立という第三ファクターであるという。

少なくとも、三段階審査において立法裁量は出てこない、と考える人はあまりいない。
小山流作法では、防御権であっても立法裁量は考慮される。

889 :氏名黙秘:2011/05/31(火) 13:56:35.13 ID:???
それじゃ小山は表現の自由でも立法裁量を想定するというのか?

890 :氏名黙秘:2011/05/31(火) 18:22:25.95 ID:???
>小山流作法では、防御権であっても立法裁量は考慮される。
   ↑
   ↓
>よく見ると、小山の「作法」では18頁から20頁にかけて、薬事法判決を引用しているが、巧妙に
>立法裁量の箇所を外している。



891 :氏名黙秘:2011/05/31(火) 20:13:25.46 ID:???
一般的自由の保障と解釈した場合に、いわゆる人権保障の限界にあたる部分では、
例えば、名誉毀損表現では立法裁量が許されるだろう。

892 :氏名黙秘:2011/05/31(火) 21:22:14.77 ID:???
>>891
薬事法判決では営業の自由に立法裁量を使ってるぞ。

893 :氏名黙秘:2011/06/01(水) 01:00:01.22 ID:lDtpYVaU
名誉毀損が立法裁量??
名誉毀損は憲法にしては珍しく判例法理が形成されてるだろ

894 :氏名黙秘:2011/06/04(土) 16:14:30.29 ID:???
>>891
こいつ、日本語がなってないから、法曹に向いてない。

895 :氏名黙秘:2011/06/04(土) 16:55:06.13 ID:???
>>891
立法裁量は司法権の限界の問題であって、人権保障の限界の問題ではない。
また、憲法上、表現の自由が個別に保障されている以上、名誉毀損表現を一般的自由の保護領域に含める必要はない。
さらに、具体的表現が名誉毀損表現にあたるか否かの最終判断権は司法権がもっているから(裁判所の審査能力は問題にならない)、
名誉毀損表現に立法裁量が認められる余地はない。


896 :氏名黙秘:2011/06/05(日) 01:27:03.85 ID:???
小山と高橋と宍戸演習の相性ってどうですか?
全部使ってる方、教えて下さい。
よろしくお願いいたします。

897 :氏名黙秘:2011/06/05(日) 08:46:41.22 ID:???
マルチ

898 :氏名黙秘:2011/06/05(日) 11:55:18.96 ID:???
>>896
小山の作法の最も効果的な読み方は、違憲審査基準ベースの答案を
充実させるネタ探しをすることに尽きる。三段階審査論の汎用性が
思いのほか低いことに加え、審査基準と三段階審査の接合が結局は
審査基準論の補強・補完の役割を果たしていることが、その理由だ。

だから高橋説をベースにして、小山の本でスパイスを加える。

899 :氏名黙秘:2011/06/05(日) 17:47:58.46 ID:???
審査基準と三段階審査てほとんど同じだよな

保障の有無、制約の有無、は大体同じで、審査の場面で比較こうりょうするくらいの違いだろ?
人気が出る理由はどこにあるの?

900 :氏名黙秘:2011/06/05(日) 17:59:45.76 ID:???
>審査基準と三段階審査てほとんど同じだよな

もうこのスレでさんざん議論されたが、発想法が全く異なる。
特に比較衡量をどう取り扱うのかが最大の問題だ。青柳も
採点実感で言及している。狭義の比例原則の取り扱いに
憲法学界が苦慮しているだろ。

901 :氏名黙秘:2011/06/05(日) 21:55:44.15 ID:???
>>898
なるほど、時間あるし全部読んでみる。
ありがとうございます。

902 :氏名黙秘:2011/06/07(火) 11:15:15.08 ID:???
小山教授は、作法の印税の全額を震災の義援金として寄付したらしい。

>>860
防御権と立法裁量とが、本来的には水と油の関係にあることは同意。
立法裁量は、内容形成が必要な権利、財産権、生存権などの請求権の場合に働く。
純粋な防御権である職業の自由と内容形成を要する財産権とをまとめて経済的自由権として扱うべきでない。
薬事法判決の立法裁量部分に違和感があることは同意する。

しかし、この部分は、精神的自由権との違いに基づくと理解できないだろうか。
福祉国家の下では、経済的自由権は社会権との相互調整が必要になる。
それゆえ、内容形成のレベルではなく、制限のレベルにおいて、立法裁量を尊重する必要がある。
薬事法判決は、22条に公共の福祉が再言されていることにその根拠を求めている。

もっとも、消極目的の場合、上記の相互調整の必要は低下するため、立法裁量尊重の必要も少なくなる。
また、制限態様が強力ならば、強力な比例原則も妥当する。
そこで、立法裁量が縮減され、審査基準的なものへと判断枠組みが変化することもある。


903 :氏名黙秘:2011/06/07(火) 11:17:46.51 ID:???
続きです。

他方で、精神的自由権は、立法裁量は原則として妥当しない。
なぜなら、立法裁量によるべき根拠が憲法上見出し難いからである。
例外として、政治活動の自由などのルール理論、特許的権利などの場合、性質上立法裁量となる。

なお、小山の立法裁量に対するスタンスは、近い将来書籍において明らかになるだろう。
差し当たり、小山の助教授時代の法教の演習を参照。

904 :氏名黙秘:2011/06/07(火) 11:22:50.63 ID:???
>>898
高橋と宍戸の相性はバツグン。
師弟関係なだけある。
ただし、三段階審査と審査基準の違いに気をつけるべき。

しかし、小山と高橋宍戸の間には、スタンスの違いがある。
狭義の適用違憲の扱い方が特に顕著。
小山流は、法セミ2011年6月号参照。
宍戸流は、解釈論27回参照。
高橋流は、憲法判断の方法参照。

905 :氏名黙秘:2011/06/07(火) 11:28:48.72 ID:???
おまえらレベル高いな。1,2年の勉強でそんな境地に達するのか?

906 :氏名黙秘:2011/06/07(火) 14:21:47.46 ID:???
>>898
>>896
>小山の作法の最も効果的な読み方は、違憲審査基準ベースの答案を
>充実させるネタ探しをすることに尽きる。三段階審査論の汎用性が
>思いのほか低いことに加え、審査基準と三段階審査の接合が結局は
>審査基準論の補強・補完の役割を果たしていることが、その理由だ。

果たしてそうだろうか。
高橋は、防御権と平等の審査については肯首できるが、請求権や内容形成を要する権利について、審査手法を与えていない。

>だから高橋説をベースにして、小山の本でスパイスを加える。

それゆえ、小山ベースで、高橋から防御権と平等の審査密度についてスパイスを加える方が汎用性は高い。
ただし、小山=三段階審査ではない。
小山=三段階審査+内容形成とその裁量統制である。

907 :氏名黙秘:2011/06/07(火) 19:53:05.12 ID:???
>>902
>しかし、この部分は、精神的自由権との違いに基づくと理解できないだろうか。
>福祉国家の下では、経済的自由権は社会権との相互調整が必要になる。
>それゆえ、内容形成のレベルではなく、制限のレベルにおいて、立法裁量を尊重する必要がある。
>薬事法判決は、22条に公共の福祉が再言されていることにその根拠を求めている。

政策目的による制約なら、経済的自由に関するあなたの議論にも十分な理由があると思うが、
薬事法判決は、消極目的による制約の合憲性が問われており、精神的自由に対する制約が
消極目的によるものしか許されないのが原則であることのほうに近いと思う。

だから立法裁量が経済的自由に妥当する余地を肯定するとしても、薬事法判決を前提とする
議論には妥当しないと言うべきではないだろうか。

908 :氏名黙秘:2011/06/07(火) 19:57:55.30 ID:???
>>906
>請求権や内容形成を要する権利について、審査手法を与えていない。

通常審査によると書いてあるけど?


あと、小山の法学教室演習を斜め読みしてみた。権利の論理には立法裁量は
妥当しないが、制度の論理には立法裁量を認める立場であり、「作法」と
同様だと思った。権利の制限ではなく、直接の検討対象が制度の形成にある
場合に立法裁量を持ち出すのが小山の発想だと思ったが、それは正直言って
判例とは若干のズレがあることは認めざるをえまい。

909 :氏名黙秘:2011/06/07(火) 22:44:50.05 ID:???
>>804
サンクス。
見てみます。

910 :氏名黙秘:2011/06/08(水) 06:48:56.43 ID:???
汎用性が低いって悪いことなのか
本家アメリカの審査基準論だって、もともと権利規定が多くなくて、
一時期介入してた経済的自由の分野からも全面撤退した連邦裁判所が
その狭い仕事範囲の中で細かく組み立ててきた議論じゃないの

むしろ、日本にアメリカ流の議論を持ち込んだところで
アメリカの憲法よりずっと新しい権利カタログを持つ
日本の違憲審査にとっては汎用性が低いはずなのに
万能かのように扱ってきた(少なくともそう受け取られた)
からおかしくなったんじゃないかな

911 :氏名黙秘:2011/06/08(水) 22:49:55.76 ID:???
>>908
>>906
>>請求権や内容形成を要する権利について、審査手法を与えていない。

>通常審査によると書いてあるけど?

それは審査基準であり、審査手法ではない。
言葉が足りなかったのは申し訳ない。

通常審査ということは、目的手段審査となる。
しかし、何を目的とするかを書いていないため、いかなる審査となるかが明らかではない。
すなわち、立法があった場合、ある原則があり、それを制限する目的を目的手段審査の目的とするのか、それとも、原則が描けないために立法による具体化の指針を目的手段審査の目的とするのか、明らかではない。
前者は、自由権と同様、制限の合理性を問うものであるが、後者は内容形成の合理性を問うことになる。
小山の内容形成論は、防御権でなければ後者であるかのように解釈できる。
ただし、財産権には双方の側面があるだろう。



>あと、小山の法学教室演習を斜め読みしてみた。権利の論理には立法裁量は
>妥当しないが、制度の論理には立法裁量を認める立場であり、「作法」と
>同様だと思った。権利の制限ではなく、直接の検討対象が制度の形成にある
>場合に立法裁量を持ち出すのが小山の発想だと思ったが、それは正直言って
>判例とは若干のズレがあることは認めざるをえまい。

なるほど。
そこは今後の彼の著作に期待するしかないかもしれない。


912 :氏名黙秘:2011/06/08(水) 23:03:01.91 ID:???
>>907
>政策目的による制約なら、経済的自由に関するあなたの議論にも十分な理由があると思うが、
>薬事法判決は、消極目的による制約の合憲性が問われており、精神的自由に対する制約が
>消極目的によるものしか許されないのが原則であることのほうに近いと思う。

鋭く全うな指摘である。
その点について私は、職業の自由についての制限は、消極目的、積極目的も含め、多種多様なものが存在することから、とりあえず一次的に立法裁量としている、と考えている。
深読みすれば、小売市場判決との整合性に配慮して、薬事法でも一次的には立法裁量としたと考えることもできよう。

その上で、裁量には広狭があると論じ、おっしゃるとおり消極目的であり他の権利との調整が不要であるがゆえ、立法裁量が狭くなった、と考えている。

やはり、22条1項が、消極目的に限らず公共の福祉と再言していることとも整合するといえるのではないか。

>だから立法裁量が経済的自由に妥当する余地を肯定するとしても、薬事法判決を前提とする
>議論には妥当しないと言うべきではないだろうか。


913 :氏名黙秘:2011/06/09(木) 13:29:05.11 ID:???
>やはり、22条1項が、消極目的に限らず公共の福祉と再言していることとも整合するといえるのではないか。

判例のいう公共の福祉の意味がどの学説とも異なるという理解を前提としなければならない
ように思えるが、あえて言うならば、条文の文言を根拠にするのなら経済的自由に対する制約
は、消極目的・積極目的を問わず、すべて外在的制約だという理解になる。判例は精神的自由
に対する公共の福祉による制約を認めているので内在外在二元説ではなく、22条を根拠とする
から一元的外在制約説とも異なるはずである。

914 :氏名黙秘:2011/06/15(水) 07:35:52.95 ID:???
age

915 :氏名黙秘:2011/06/15(水) 22:26:25.70 ID:???
駒村の連載の一番新しい回の中の注で、
個人的にずっと疑問に思ってたことが確かめられた気がした。
違憲審査論って、目的審査の方法についこれまでずっと
つめた議論してこなかったくせにそれを棚にあげてると思ってたんだけどさ。

自分たちは〜のときはLRAを採用すべきとかそういうコトばかり言ってて
目的で絞られる場合について踏み込んでないくせにそれを棚にあげて
三段階審査は目的の正当性を前提にして裸の利益衡量に
なるから良くないとか言っててフェアじゃない

916 :氏名黙秘:2011/06/15(水) 22:34:44.02 ID:???
>>915
君ね、高橋の立憲主義〜を読んで三段階審査論の狭義の比例性批判の
個所をもう一度読んだほうがいいよ。

頓珍漢な批判してるよ。

917 :氏名黙秘:2011/06/19(日) 01:17:03.22 ID:???
>>916
高橋の三段階審査批判は、誤解に基づく批判だけどね。
そのあたりは法律時報の宍戸が、高橋の顔に泥を塗らないように、やんわり再反論している。
このスレでは以前論争になって、審査密度が適切に運用されるならば、狭義の比例原則はセーフティーネットとして働くとして決着がついた。

付言すると、目的審査に利益衡量を押し込めるのは、駒村説であり、高橋とは異なる。
高橋は、目的審査において、保護法益の重要性、発生の蓋然性の立法事実による裏付けなどを考慮するようだが、対立利益との比例制は問わないように思う。
高橋は、比例原則を厳格に排除している。

918 :氏名黙秘:2011/06/19(日) 10:47:22.94 ID:???
>>915
やはり勘違いしてる。
目的審査がどうであれ手段審査に比較衡量の枠組みを残すことが批判されている。
なのに、あなたはそれらを一緒くたにしている。判断枠組みとして区別されるのに。
このあたりの枠組み理解の流動性が誤魔化しなんだよ。

>>916
決着がついたとは笑わせる。「審査密度の適切な運用」が前提とされるのだから
そんな留保がなければ狭義の比例性が生きながらえないというわけだ。
いくら適合性・必要性の審査を経たとしても狭義の比例性でやってることは
裸の比較衡量であることに変わりはない。だって狭義の比例性は基準がない
のだから。個別的比較衡量であることを明言する三段階審査論者の存在も
このスレで明らかとなっている。

駒村君の目的審査における利益衡量も基準なき比較衡量=裸の比較衡量だよ。

そもそも比較衡量を適切に行うために基準を立てるというのが論の本質であり、
基準を立てたあとに比較衡量だというのなら(目的審査の利益衡量も、手段審査
の狭義の比例原則も)それは裸の比較衡量だ。

宍戸はさすがに頭がいいからそこをつつかれないように注意して書いてるだけ。
よく読んでごらんよ。



919 :氏名黙秘:2011/06/23(木) 21:30:23.00 ID:???
http://blog.goo.ne.jp/kimkimlr

920 :氏名黙秘:2011/06/24(金) 09:29:43.64 ID:???
木村草太は処分違憲概念否定説か。。。

921 :氏名黙秘:2011/06/24(金) 09:37:15.25 ID:???
上述のように、審査基準論での相当性判断が、なぜゆえに比例原則ではないのかという問題がある。
審査基準論も、そこがある限り、適切な運用が前提ではないか。
そもそも、三段階審査は、利益衡量であることを前提に、狭義の比例原則を押し込めるために目的審査、手段審査をする。
三段階審査は個別的利益衡量ではない。

笑わせる、という発言に笑わせられた。



922 :氏名黙秘:2011/06/24(金) 10:10:19.84 ID:???
>狭義の比例原則を押し込めるために

ここがおかしいんだって。何度言わせるんだよ。押し込めるんじゃなくて消滅・解消だろうが。

923 :氏名黙秘:2011/06/24(金) 10:12:56.58 ID:???
>>922
言葉遊びをするんじゃなくて、具体例を用いて
「その差異」を示せ カス

924 :氏名黙秘:2011/06/24(金) 10:13:24.75 ID:???
法律学の議論としては有用かも知れないが、新司法試験の議論としては不毛。

925 :氏名黙秘:2011/06/24(金) 11:27:04.28 ID:???
>>923
部外者はあっちへ行け、しっし!

926 :氏名黙秘:2011/06/24(金) 12:13:03.46 ID:???
>>921
>審査基準論での相当性判断が、なぜゆえに比例原則ではないのか

@相当性を審査基準とする立場は妥当でない。種々の立場を混同させている。
 芦部=高橋のような純化路線を前提とするのであれば、相当性基準など論外。
 相当性判断=個別的比較衡量=狭義の比例性判断という理解ならなおさらである。
 個別的比較考量を審査基準から排除することが憲法学の課題であることを忘れてはいけない。

A狭義の比例性=個別的比較衡量を判断枠組みの温存すること自体が問題とされている。
 「三段階審査は個別的利益衡量ではない」などは詭弁である。正確には
 「三段階審査は個別的利益衡量を包含するものである」というべきである。
 狭義の比例性の判断それ自体には基準はない!何度も言うが、基準はない。
 目的審査で基準を立てたから、手段審査で基準を立てなくても基準があることになる、
 と言えば詭弁になるのと同じである。

927 :氏名黙秘:2011/06/26(日) 01:52:25.03 ID:???
>>926

なるほど,それならば反論はもっともである。
しかし,以下の疑問点に答えていただきたい。
@実質的関連性,合理的関連性では何を審査するのか。
A必要最小限度性では何を審査するのか,
BLRAの基準では,より制限的でない手段がなければ,その手段が過剰であっても合憲となるのか。

なお,あなたの理論でも,三段階審査と個別的利益衡量は=の関係ではないことを留意願いたい。

928 :氏名黙秘:2011/06/26(日) 03:40:41.67 ID:???
まるで審査基準論なら相当多数の了解を得られる明確な分水嶺を示せるかのようないい振りだな・・・
もしそうなら、もし分水嶺を確実に指摘でき、それを採用することに疑問の余地の無いくらい理論構成がしっかりしてるならそれでいい

でも、そうじゃないのなら、それは結局自分の立場を棚に上げてるだけでは?

929 :氏名黙秘:2011/06/26(日) 10:55:54.72 ID:???
>>928
そんなことは青柳幸一に向って言え。

930 :氏名黙秘:2011/06/26(日) 13:20:46.74 ID:???
>>927
>@実質的関連性,合理的関連性では何を審査するのか。

規制目的=規制の必要性と規制手段との間の「因果関係」である。
実質的関連性は、「強い」因果関係、「近い」因果関係を要する、という意味する。
合理的関連性は、「弱い」因果関係、「遠い」因果関係で足りる、という意味である。
いずれも、そうした関連性=因果関係があるのかないのか、という「二者択一」の判断基準である。
関連性=因果関係の強弱、遠近といった程度それ自体を基準とするスライディング・スケールではない。
なお芦部=高橋は手段審査基準とするが、浦部=居棟は目的審査基準とする。

931 :氏名黙秘:2011/06/26(日) 13:30:00.78 ID:???
>>927
>A必要最小限度性では何を審査するのか,

意味を特定する必要がある。
(1)人権制約は必要最小限でなければならないという制限の一般論
(2)厳格な審査基準、厳格な合理的の基準、合理性の基準という三段階の審査基準モデルでの
   厳格な審査基準の内容たる手段審査基準は、その規制手段しかありえないという規制の「唯一性」を審査する。
(3)必要最小限度性=LRAの基準とする立場もある。

>BLRAの基準では,より制限的でない手段がなければ,その手段が過剰であっても合憲となるのか。

LRAは手段審査基準。それ以前の段階で、制約根拠論ないしは目的審査において制約自体は肯定
されているので、より制限的でない手段がなければ、その規制手段で制約することは合憲である。
「手段それ自体」につき過剰という評価は受けない。規制の必要性が肯定され、それ以外に規制手段
がないのであれば、その手段を採るしかない。

不利益の程度が甚だしいという「被制約利益それ自体」が過剰な不利益を受けるというのなら、
その規制の合憲性の問題から、損失補償などの別の救済手段を採るべきかという問題に移行する。

932 :氏名黙秘:2011/06/26(日) 20:24:28.01 ID:???
>>927
>三段階審査と個別的利益衡量は=の関係ではない

判断枠組みに個別的比較衡量をビルトインさせるなら、事実上、
個別的比較衡量として機能する余地を肯定していることになる。

たとえ、適合性・必要性を厳格に判断すれば、比例性の判断は不要だが、
それは審査基準論と同じことになる。
緩やかに判断すれば、比例性判断が三段階審査の主たる判断になるから
それは紛れもなく個別的比較衡量といえる。

三段階審査論は、個別的比較衡量を日蔭者扱いすることを止めない限り、
審査基準論に収斂されるか(小山がこの立場だろう)、個別的比較衡量に
限りなく近づくだろう。「三段階審査=個別的比較衡量」ではないと
防戦しても、あまり効果的ではない。適合性・必要性を厳格に審査すればいいと
いうのなら、比例性はお荷物だし、それは審査基準と同じだよね。小山が
従来の議論に新しいものを付け加えるものではないと「作法」のあとがきに
書かざるを得ない理由がこれだよね。ところがドイツでは比例性が主戦場だよね。

三段階審査論がこの先日本の憲法学界で通説たる地位を築くには、正面から
個別的比較衡量を肯定するか、個別的比較考量を何らかの形で再構成することが
必要だろうね。適合性・必要性という帽子を被せただけじゃ駄目なんだよ。

933 :氏名黙秘:2011/06/26(日) 21:13:44.92 ID:???
芦部がアメリカの理論を輸入した直後もこんな感じだったのかなあ

934 :氏名黙秘:2011/06/26(日) 22:03:09.63 ID:???
>>930
それじゃ、合理的関連性又は実質的関連性が認められれば、手段がいかに強力でも合憲なの?
おかしくない?
刑罰科せば規制は実行的だけど、刑罰はやりすぎって判断はどうするわけ?

935 :氏名黙秘:2011/06/27(月) 00:40:01.59 ID:???
ありゃ、紳士終わって短答の結果もでたから暇になったのかな慶応ローの人は

936 :氏名黙秘:2011/06/27(月) 00:43:24.01 ID:???
日本の憲法学者は論理的必然性も無いのに、必要以上に個別的比較衡量を白眼視する態度をいい加減改めたらどうか

という論稿が出ないのが不思議でしょうがない これじゃただの教条主義じゃないか

937 :氏名黙秘:2011/06/27(月) 08:17:50.29 ID:???
>個別的比較衡量を白眼視する態度をいい加減改めたらどうか

最大の問題点は基準がないため判断が恣意に流れるおそれがあること。
そこで基準を立てようと導入されたのが審査基準。審査基準への当てはめという判断方法により
判断の恣意性を回避することができるとの提言が学説側からなされた。しかし判例は判断過程の
硬直化、結果の妥当性の確保が困難になるとの理由により審査基準の採用には至らなかった。

別の学説は比較衡量の類型化により判断の恣意性を回避しようとの試みがなされているが、いつ
までたっても完成する見込みがない。判例の集積をまってその整理に明け暮れている。判例の
判断過程の統制どころか判例の追認を使命とするかのようなまるで御用学者を自ら買って出る
ありまさまである。

ドイツでは比較衡量という方法に対する信頼がある。それは比較衡量により判断する者への信頼
でもある。脱原発をただちに決断するなど理性的判断を志向する傾向がその国民性に見て取れる
(ドイツ的合理性の悪しき傾向もないわけではないが)。遠山の金さんや水戸黄門を喜ぶ国民性
の日本では比較衡量を恣意的に使用するペテン師まがいの輩が出る心配がある。東電や経産省や
首相や官房長官の対応をみよ。藤山雅行判事など少数の裁判官以外のヒラメ裁判官も同様に信頼
されていない。日本では比較衡量を裸のまま肯定することはまず無理である。

ただし新司法試験・法科大学院を通じて判例を盲目的に信じる者が急増したため将来どうなるか
は分からない。裁判官の判断を統制するどころか、裁判官に統制されることに疑問を持たない者
が普通になれば比較衡量もいいものだと感じるかもしれない。

938 :氏名黙秘:2011/06/27(月) 08:24:26.38 ID:???
>>934
規制の強度は、関連性や因果関係の判断そのものではない。関連性や因果関係の判断は、規制目的
の正当性や必要性を論証するためになされる。規制の強度は許容性の判断というべきだろうか。
LRAの基準のような判断で行うことになる。

受験では、関連性の判断において、その名称はともかく、因果関係とLRAの判断を行っているようだ。
だが、これらは厳密には区別して行われるべき性質の判断方法だと考える必要がある。もっとも
分かりやすい説明をしているのは、基本書レベルでは浦部法穂「憲法学教室」の人権の制限に関する
説明箇所であろうか。芦部=高橋の本では明確ではない。

939 :氏名黙秘:2011/06/27(月) 08:39:19.21 ID:???
>>933
芦部に対する学会の期待は非常に大きかったと言われている。時国判事とアメリカのロースクールに行き、
帰国後司法研修所で憲法訴訟の講義をしたくらいである。有効・適切な憲法判断が実現するのではないか
と学会のみならず実務でも期待されたが、結果として芦部らは期待に応えることはできなかった。

芦部は人と接する場合は非常に紳士的で相手の人格を尊重し、教え子の結婚式では学生時代のゼミ論文
を披露するなどの気配りをするほどであったが、自説に固執する態度は尋常なものではない頑固者で
あったと聞いている。極めて優秀な最高裁調査官を説得できなかったのである。

その理由はいろいろあるが、1つには、判事も時の権力の意向に沿ったり、社会秩序を濫りに混乱させて
はいけないと考えたりして、言われてもないのに国側・権力側の立場をすすんで忖度し、命令されても
ないのに自ら国側・権力側の立場に立って国民を指導しようとする心情にあろうかと思われる。

これでは、憲法法理を言葉通りに実現・適用することなど不可能であろう。最高裁が審査基準論の導入に
消極的であったわけである。律令理性が日本を支配していると言われる所以であろう。三段階審査論も
おなじ運命を辿る可能性が高いであろう。

940 :氏名黙秘:2011/06/27(月) 17:30:40.58 ID:???
三段階審査で有名な慶應ローの人のHPを見たが、本格的な考察を
UPしているわけではなかったのですね。まあ、これからでしょう。

慶應君は接合に関心があるようですが、私には駒村教授の試みは残念ながら
明るい見通しがあるとは思えないですし、最終的にはどなたがやっても
接合理論に成功したとの評価は受けないと思いますね。

問題は比較衡量の扱いをどうするかに焦点が絞られるんですよ。
伊藤正巳教授も佐藤功教授も一般論で終わりました。小林直樹教授も
個別的な考察には優れたものがあるのですが、やはり不十分でした。
比較衡量に対するぬぐい難い理論的不信感を克服しないかぎり憲法理論
不毛時代は続くでしょう。

941 :氏名黙秘:2011/06/27(月) 20:27:11.54 ID:???
宮澤先生じゃないけど、「比較衡量が恣意に流れないよう基準を立てるのが審査基準論」というのがイデオロギーになってるな
実際そうでないのに、あたかもそうであるように取り繕っている

「基準」として客観化してるはずなのに、全然一致を見ないのはなぜか? なぜ道具概念としての優劣を決せられないのか?

942 :氏名黙秘:2011/06/28(火) 14:37:34.96 ID:???
>「比較衡量が恣意に流れないよう基準を立てるのが審査基準論」というのがイデオロギーになってるな

その通り。憲法「村」の掟なんだよ。それは個別的比較衡量を敵視するという点で一致するものだ。

>「基準」として客観化してるはずなのに、全然一致を見ないのはなぜか?

客観化してないよ。しようとしたができてないのが真実。

個別的比較衡量が良くないというのはアメリカの主張なんだよ。それをそのままそっくり
輸入したことから、おかしなことになったわけだよ。個別的比較衡量に対する批判である
@何を対象とするんだ?、A基準がないだろ?というのもアメリカから輸入したものだよ。
他人の争いを日本に持ち込んでどうするの?ってなもんだ。

ただ学者が日本の裁判所を信用してないという事情がアメリカべったりにさせたという事情
があったことは否定できない。

個別的比較衡量論を肯定するには、対象論と基準論のうち、対象論の再検討と、あとは判断過程
の様子を再検討する必要があろうかと思うね。批判されやすい判断過程としてオープンな
フォーラム形成、何を重視し何を軽視するのか、を本音ベースであきらかにする判決のあり方
を模索して、裁判所に対する信用を確立することが先決だと思うよ。信用されてないことを
裁判所が自覚しているから、上から下までひっそりしてるだろ。何もしゃべらないで結論だけ
というのが一番不信感を呼ぶ。そのための判断枠組みの設定ができればいいが、これは難問だね。
たぶんできないだろう。

943 :氏名黙秘:2011/06/28(火) 17:49:45.25 ID:???
よく知らないけど米国は州政府と連邦政府との区別がまず第一にあるわけでしょ
ドイツはますます知らないけどw、憲法裁判所が通常の系列とは別にあるんでしょ
そういう国の「連邦憲法」について違憲審査をする裁判所に求められる
客観性というやつと、日本でのそれとは同じでなくちゃならないのか

944 :氏名黙秘:2011/06/28(火) 18:27:38.00 ID:???
それに米国の違憲判断って、そういう多元性を前提に
合衆国の裁判所が自由の価値論、原理論を振り回して他の機関の判断を覆してきた
先例の積み重ねがあったうえで範囲、射程を明確にするように基準が細分化してきたイメージなんだが

逆に日本はもともと原理論も先例も何も無いところに基準だけ入れろとかいってきたせいで
目的手段以外の考量要素に目が届かなくなるわ裁判所の都合のいいようにつまみ食いされるわ…アホだ

945 :氏名黙秘:2011/06/28(火) 18:35:22.00 ID:???
>>944
それは芦部の墓前で言え。でなければ青柳に言え。

946 :氏名黙秘:2011/06/28(火) 18:35:53.34 ID:???
審査基準で要件立てても、結局、総合香料で、
個別比較考量と変わらない模範答案はよくみる。

947 :氏名黙秘:2011/06/28(火) 21:18:56.78 ID:???
いや青柳以外にも考査委員いるだろ

948 :氏名黙秘:2011/07/04(月) 16:37:35.63 ID:???
小山教授はここを見てるのかな?

949 :こやま:2011/07/04(月) 17:11:22.45 ID:???
見てるよ^^

950 :氏名黙秘:2011/07/04(月) 17:48:54.06 ID:???
論文による批判よりも、ここの批判のほうが鋭いからなw

951 :氏名黙秘:2011/07/04(月) 20:11:05.11 ID:???
こやまんこ
くぱぁ

952 :氏名黙秘:2011/07/05(火) 11:35:44.20 ID:???
>>941
実際の訴訟では
原告を勝たせるのか、国側を勝たせるのかの比較考量。
比較考量の中での実質的判断が結論を決める。
憲法訴訟理論は実質的判断をもっともらしく飾る形式であって中身はない。
ただ、学者がそれを言っちゃあおしまいだから
今後も、いろんな違憲審査の方法が出てくるよ。
そのうち中国とかインドの憲法訴訟理論なんかも出てくるかもw
実務家になろうとする者が憲法訴訟理論を追いかけても不毛。

953 :氏名黙秘:2011/07/05(火) 16:41:56.37 ID:???
おいおい、ここでは学説を議論してるんだよ。
判例に一貫した理論があると勘違いしてる輩もいるけどな。
これも一種の学説だわな。

954 :氏名黙秘:2011/07/11(月) 16:45:24.53 ID:???
宍戸君、処分違憲などありえるのかね?実益のある概念じゃないだろ?
(by安念)

955 :氏名黙秘:2011/07/14(木) 01:32:29.15 ID:???
皆さんのように勉強が進んでいないので質問するのが憚られますが、偲んでお聞きしたいことがあります。
小山先生の本では目的の正当性が認められた後、1手段の適合性、2手段の必要性、3狭義の比例性を審査すると書かれていると思います。
そして権利の内容いかんによって審査密度を厳格にし、あるいは緩やかにすると書かれていますが、具体的には1、2、3のいずれの審査密度を変更するのでしょうか?

956 :氏名黙秘:2011/07/14(木) 09:53:39.58 ID:???
帝国憲法75条『摂政を置く間(占領期間中)明治憲法は変更できない』

つまり日本国憲法は帝国憲法75条違反

957 :氏名黙秘:2011/07/16(土) 11:21:31.27 ID:???
さて、小山剛教授が「作法」の改訂版を出すとの報に接した。

このスレでの問題意識など反映されないだろうが、あとがきに小山教授が書いたように、
従来の憲法論に新しいことを付け加えるものではない、という優等生的謙遜ではなく、
芦部流の違憲審査基準論との対決・克服・止揚を図るという本音を垣間見たいものだ。

比例原則のうち、適合性・必要性を審査基準論に解消するのかどうか。
教義の比例性(≒比較衡量)の検討方法をどのように構築するのか。
審査密度という段階論について審査基準の段階論への解消・代替を肯定するのか。
三段階審査論と違憲審査基準論との「接合」理論として The Third Way を提唱するのか。

こうした根本問題にどれだけの解答を用意しているのかを見てみたい。

958 :氏名黙秘:2011/07/16(土) 11:23:57.23 ID:???
>>955
小山「作法」を丹念に読んでみるといい。ちゃんと書いてあるから。

959 :氏名黙秘:2011/07/16(土) 18:15:41.49 ID:???
>>958
憲法の急所は参考になるかも

960 :氏名黙秘:2011/07/18(月) 12:27:46.82 ID:???
小山教授だけではないが、三段階審査論に対する批判は、他にもある。


まず、請求権的性格の人権制約の審査方法が審査基準論よりもラフに
なっている点をどう考えるのか。

次に、三段階審査論は立法裁量を忌避するものだが、判例の裁量論を
肯定すると、三段階審査論の出番が極めて限定的になる点をどう考えるのか。

そして、学説的には、高橋和之の三段階審査論批判にどう答えるのか。

961 :氏名黙秘:2011/07/19(火) 14:18:43.55 ID:???
このスレとは直接の関係はないが、木村草太「憲法の急所」を見た。

公共の福祉は外在的制約説に立ち、その内実の分析をやろうとしてない。
狭義の比例性=相当性という理解に立つが、その理論的難点には全く触れてない。

簡単に言うと、判例のように公益による人権制限を無条件に肯定し、個別的比較衡量
をも肯定する、という判断枠組みでいいというのが、木村のホンネのようだ。

事案分析の手法は参考になるが、違憲審査基準論や三段階審査論への理論的昇華などは
全く持って不十分だな。判例の準則とか学説の基準といった理論面はおまけにすぎない。

ボンクラ学生の目くらましにはちょうどいいかもな。プロには参考にならないから
事案分析ドリルといったものだと思ったね。

962 :氏名黙秘:2011/07/19(火) 15:27:49.77 ID:???
>公共の福祉は外在的制約説に立ち、

この時点ですでに新司法試験的に使えない本じゃん
買わなくてよかった・・・

963 :氏名黙秘:2011/07/19(火) 16:03:49.06 ID:???
>>962
君はどうせ新試には受からないから買わなくてもいいよ。
悪いけどその程度の理解じゃ論外だよ。

964 :氏名黙秘:2011/07/19(火) 17:03:24.15 ID:???
なにこの憲法バカ
アタマ悪そう

965 :氏名黙秘:2011/07/19(火) 17:10:45.73 ID:???
>>962
予備校本ばっか読んでそうなイメージ

966 :氏名黙秘:2011/07/19(火) 18:19:57.72 ID:???
プロwww

967 :氏名黙秘:2011/07/21(木) 10:05:06.13 ID:???
>>961
たしかに、かなり理論的に荒い。痒いところ無視したような本だった。

968 :氏名黙秘:2011/07/21(木) 10:06:26.03 ID:???
>>967
抽象的にそれっぽいこと、言えば頭良く見えるって思っているタイプ?

969 :氏名黙秘:2011/07/25(月) 00:07:53.63 ID:???
絶対、ソウタはこのスレ読んでるなw

間違いないww

970 :氏名黙秘:2011/07/25(月) 00:08:35.16 ID:???
55年組(1980(昭和55)年生まれ),ガンバレ!

971 :氏名黙秘:2011/07/29(金) 20:14:36.27 ID:???
実際、三段階かいてもうかるんですかね?
それだけが不安です。

972 :氏名黙秘:2011/07/29(金) 21:58:22.00 ID:???
的確に書ける人はほとんどいない。昨年の1位の人も的確とは言えない。
保護範囲と正当化の関係を理解してないから。
一元論と二言論との違いといったらいいかな。
意外と使えないのですよ。

973 :氏名黙秘:2011/07/30(土) 09:04:59.21 ID:???
>>972
どちらも一長一短なんでしょうね。レスありがとうございました

ちなみに、まだ途中なんですけど疑問点ありましたので質問させてください。

結局、正当化の段階では適合性、必要性、狭義の比例性を検討すると書いてありましたが厳格な合理性の基準や明らかに差し迫った〜では前者は狭義の比例性を検討しておらず、
後者は狭義の比例性のみを検討しているように思えるんですけど、3つ全部を考慮する必要は必ずしもないということなんでしょうか?


974 :氏名黙秘:2011/07/31(日) 16:17:46.34 ID:???
>>973
厳格な合理性の基準等では、狭義の比例性の審査は、事実上、目的審査の段階で行われているので、心配ない。

975 :氏名黙秘:2011/07/31(日) 20:44:43.49 ID:???
>>974
ありがとうございました。ちなみに、あの三要件を普通に使う場合はないんですかね?
作法をよんでると、
厳格な場合:LRA類似のやつか、明らかに差し迫った危険
緩やかにする場合:合理的関連性か、明白性の原則
であって、普通に適用する場面がないとおもわれるのですがどうなんでしょうか?

976 :氏名黙秘:2011/08/09(火) 15:35:05.96 ID:???
http://blog.goo.ne.jp/kimkimlr

憲法の急所の人の2chを騒がしていた問題の回答が
完結したみたいだな

977 :氏名黙秘:2011/08/11(木) 11:00:05.01 ID:???
921 名前:氏名黙秘[sage] 投稿日:2011/08/10(水) 22:39:04.11 ID:???
例の憲法の急所のブログ読んでただが
サラっとすごい事言ってたなあ

違憲審査基準論と呼ばれるものの内容を分析すると、
これ、ドイツ学派が比例原則って言ってるものの内容を整理してるだけじゃん、
というのが私の主張です。
(『急所』15ページ)

『急所』のこの箇所の理論水準については、非常に自信があります。

渡辺先生は、比例原則は手段審査に重点云々、としますが、
利益の均衡(狭義の比例性=相当性)の箇所では、いやおうなしに
規制目的の重要度という目的審査をせざるをえません。

高橋先生も、比例原則(特に猿払判決)と審査基準は全然違うといいますが、
猿払判決と学説の決定的な違いは、審査の枠組みではなく、
「公務員の外観的中立性」という保護法益の重要度に対する評価です。
(猿払は、この保護法益を、極めて重要もー最高と評価しています。
 なので、この事案で、仮に厳格審査基準を適用していたといしても
 この評価を維持する限り、結論は有罪です



978 :氏名黙秘:2011/09/19(月) 00:19:41.69 ID:???
あげ

979 :氏名黙秘:2011/09/19(月) 00:20:03.95 ID:???
あげ

980 :氏名黙秘:2011/09/21(水) 11:30:53.60 ID:???
急所の批判がおおい。

981 :氏名黙秘:2011/09/21(水) 14:05:41.45 ID:???
批判っていっても誤字脱字が多いとか公共の福祉の解釈とか揚げ足とりみたいのばっかじゃん

肝心の内容面について理解して批判してる人いた?

982 :氏名黙秘:2011/09/21(水) 14:42:06.03 ID:???
趣旨が審査基準論を定型的に論じる問題ではないと述べている。審査基準論とはなに?文献支持してくれ。作法のどのへんかな?宍戸かな?

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