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ロスト・スペラー 2

1 :ninja:2011/04/26(火) 18:20:25.36 ID:GS2INP9V
念願の2スレ目

前スレ
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/

2 :創る名無しに見る名無し:2011/04/26(火) 18:22:44.97 ID:GS2INP9V
今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。

『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。


ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。

3 : 忍法帖【Lv=10,xxxPT】 :2011/04/26(火) 18:29:40.69 ID:GS2INP9V
早速名前欄をミスって恥ずかしい

過去作の没設定から話を広げてどこまで行けるか実験
前スレから内容を引き継いで、時々無かった事にしたい設定と再会しながら
短い話を進めていくよ

4 : 忍法帖【Lv=11,xxxPT】 :2011/04/27(水) 18:13:53.57 ID:RsREfO07
概略

太古の魔法大戦によって、ファイの地は魔法の世界となった。
大戦で天地は崩壊し、その後に唯一つの大陸が浮上した。
大戦で勝ち残った共通魔法使いは、魔導師会を組織して、唯一つの大陸を支配した。
一方で、共通魔法以外の魔法を使う者は、外道魔法使いと蔑まれ、人目を忍んで暮らす様になった。
そして、500年の時が流れた……。

5 :創る名無しに見る名無し:2011/04/27(水) 18:15:07.67 ID:RsREfO07
主な登場人物


サティ・クゥワーヴァ

第一魔法都市グラマーの出身の女魔導師で、共通魔法研究会に所属している。
常にローブとベールを纏い、肌を隠しているが、魔法効果で寒暑には強い。
良家の次女で、十年に一度の才子と謳われる実力を持つ。
各地を巡って民俗考古学の調査をしている古代魔法研究所の研究員。
好奇心が強く、意固地で、負けず嫌いと言う困ったさん。
乙女(笑)。
魔法色素は緑。

6 :創る名無しに見る名無し:2011/04/27(水) 18:16:21.97 ID:RsREfO07
ジラ・アルベラ・レバルト

サティ・クゥワーヴァの護衛兼監視役の女魔導師。
魔導師会法務執行部の執行者で、生活安全課の補導員だったが、最近警備課に異動した。
根は真面目だが、時々楽したい、平和を愛する普通の人。
護衛ついでに大陸周遊のつもりが、サティに振り回されっ放しで疲労気味。
そろそろ好い年になるので、さっさと男を見つけて安定した生活を送りたい今日この頃。
魔法色素は紫。

7 :創る名無しに見る名無し:2011/04/27(水) 18:18:10.67 ID:RsREfO07
ラビゾー

正体不明の旅商の男(と言っても、前スレで丸判り)。
僻地を回って珍しい物や希少品を取り引きしている。
争いを好まない、抜けた性格で、嘘が下手。
初対面の人が苦手な上に、知った人にまで人見知りすると言う、全く商人に向かない性質。
かてて加えて懐古主義者で、所謂「出来る女」が苦手な、駄目おっさん。
しかし、奇妙な人脈があり、広いネットワークを持つ。
魔法色素は無し(黒)。

8 :創る名無しに見る名無し:2011/04/27(水) 18:19:33.04 ID:RsREfO07
カーラン・シューラドッド

老齢の魔導師の男。
第一魔法都市グラマーにある、禁断共通魔法研究施設「象牙の塔」で、B級禁呪の研究をしている。
カーラン研究室(研究員1名)の室長。
真っ暗な地下研究室に、真っ白な格好で独り籠っている事から、陰で幽霊博士と呼ばれている。
基本的に自分の事しか頭に無い気○いだが、共通魔法の発展に多大な功績を収めている。
魔法色素は白。

9 :創る名無しに見る名無し:2011/04/27(水) 18:21:35.56 ID:RsREfO07
その他

象牙の塔の禁呪研究者達
クライグ夫妻
クロテアと侍女
ヘビ男
魔導師会執行部の処刑人と執行者の皆さん
魔法学校の学生と先生達
各地で暮らす物達
禁断の地に住まう物達
外道魔法使い達
共通魔法が支配する世界、ファイセアルスで暮らす人々の話。

10 :創る名無しに見る名無し:2011/04/28(木) 21:38:43.72 ID:doLrC7Sr
名家と言う物


唯一大陸北方の魔法都市、エグゼラにあるバルハーテ家は、魔法大戦で活躍した六人の英雄、
『魔法大戦の六傑』が一、『バルハーテ』の直系の子孫である。
バルハーテ家の歴代当主は、魔導師会と深い繋がりを持ち、この地方を統括する役目を担っていた。
血族が権力を持つ構造は、旧暦の王制と似ていたが、エグゼラ市民に異を唱える者はいなかった。
寒さの厳しいエグゼラ地方では、多少強権的であっても、人々を率先して動かす存在が、
必要とされていたのかも知れない。
……それも今は昔。
現代のバルハーテ家は、名家ではある物の、都市運営に直接的な影響を及ぼす様な力は無い。
慣習で本家の当主を爵と呼ぶが、実権が伴わない名ばかりの物である。

11 :創る名無しに見る名無し:2011/04/28(木) 21:40:41.66 ID:doLrC7Sr
第四魔法都市エグゼラ ゼーフェレコルト城にて


サティ・クゥワーヴァとジラ・アルベラ・レバルトはバルハーテ家に、その一族の所有地である、
キューター平原とガンガー山脈の一部について、調査の為の立入許可を得に来ていた。
現当主ミロ・ゾ・イダス・カイ・バルハーテは、魔導師会からの客人を丁重に持て成した。
彼の提案で、付近の調査をする間、サティとジラは、ゼーフェレコルト城の客室を借りる事になった。
それはミロ爵の厚意であったが、1つ問題が起こった。
ミロ・カイ・バルハーテ爵には、サティと年齢が近い、2人の子がいる。
1人はドレン・ゾ・ミロ。
ミロの第一子で、将来バルハーテ家の家督を継ぐ事になる者。
もう1人はテレシヤ・ド・ミロ。
ミロの娘で、ドレンの年子の妹。
この内、長子のドレンがサティに興味を持ってしまったのである。
……その魔法の才能に。

12 :創る名無しに見る名無し:2011/04/28(木) 21:51:02.13 ID:doLrC7Sr
始まりは、宿泊初日の夜の事であった。
サティとジラは晩餐を、バルハーテの一家(家長ミロ、長男ドレン、長女テレシヤ)と同席する事に。
少ない使用人を侍らせ、宛ら小さな晩餐会であろうか。
育ちの良いサティには、フォーマルな食事会は慣れた物であったが、良くも悪くも庶民のジラにとっては、
不慣れな環境で、礼儀作法に悪戦苦闘していた。
――魔法暦500年が過ぎ、嘗て威光を誇った名家を訪ねる者は減っていた。
長年に亘り、斜陽気味のバルハーテ家ではあったが、ミロ爵夫人アンバーバラの死後は、
凋落に堪える精力まで失った様であった。
ミロ爵が2人の魔導師を城に滞在させた理由には、親切心だけでなく、来客で城内が賑わっていた過去を、
懐かしむ思いがあったかも知れない。

13 :創る名無しに見る名無し:2011/04/28(木) 21:59:50.08 ID:doLrC7Sr
黙々と食事を続けるサティに、ミロ爵が調査の予定を問うと、彼女は淡々と答えた。

 「先ずはガンガーの頂に登ります」

この発言に驚いたのは、城の者だけではない。
同伴者のジラも、ぎょっとして一時食事の手を止めた。

 「ちょ……ちょっ、ちょっと、何を確定事項みたいに言ってんの!?
  聞いてないよ、そんなの!」

彼女は場も弁えず声を立て抗議したが、サティは涼しい顔で聞き流した。
極寒の地エグゼラのガンガー山脈には、最大標高1区1通1巨を誇る、唯一大陸最高の連峰がある。
登ると言って登れる程、生易しい所ではない。
皆々心配そうな表情をする中、長子のドレンはフフンと鼻を鳴らしてサティに言う。

 「ガンガーは大陸最高峰ですよ。
  魔導師でも、気楽に挑める物ではありません」

彼は知っていた。
サティの自信に満ちた言葉が、優れた能力に裏打ちされた物である事を。
初めて見た時、その佇まいから、一瞬で、彼女が実力者である事を覚ってしまったのだ。

 「あなたの実力が如何程の物かは存じませんが、止した方が身の為です」

落ち着き払った口調だが、端々から滲み出る嫌味は隠し切れない。
いや、隠そうとしていない。
挑発的な態度に出た理由は……。

 「御心配には及びません」

 「そう仰られましても……、口では何とでも」

彼は言外に誘っている。
その実力を見せてみろと。

14 : 忍法帖【Lv=13,xxxPT】 :2011/04/29(金) 20:53:31.38 ID:P7fgfdMQ
当然ながら、ドレンの振る舞いは、名家の長子としては礼を欠いた物であった。
我が子の無礼な態度に、ミロ爵は激昂した。

 「ドレン、客人に対して何という口の利き方だ!」

 「私は何も間違った事を申し上げたつもりは御座いません。
  魔導師といえど、エグゼラの気候に不慣れな者が、ガンガーの頂を目指すなど、自殺行為に等しい!
  暴言と受け取られようと、何としても止めるのが人として正しい道でしょう」

言い方は良くないが、ドレンの言い分にも理はある。
客人を危険な目に遭わせたくないのは、ミロ爵とて同じ。
息子のドレンを厳しく叱る事とは別に、サティの無謀は指摘せねばならない。
この場合、露骨に指摘してはドレンと同様に無礼なので、角が立たない言い回しを考えて、
予定を変更するように促す必要がある。
しかし、ドレンが挑発的な発言をした後では、どんな言葉も悪く取られかねない。
これを諭そうとしても、まさか当人がいる前で言える事ではない。
ドレンは父が反論出来ない事を見透かした様に、胸を張っていた。
睨み合うミロ爵とドレンに向かって、テレシヤがヒステリックに叫ぶ。

 「お父様もお兄様も、お止めになって!
  お客様の前よ!」

娘の声に父と兄は動揺し、ぐっと顔を顰めたが、それでも互いに引こうとしない。
見かねたサティが声を発した。

 「ミロ爵、私の事でしたら構いません。
  確かに、御子息の仰る通りです」

ミロ爵とジラは安堵した。
サティは自らの非を認め、ドレンの無礼を許そうと言うのだ……と思った者は、
サティ・クゥワーヴァなる人物をよく理解していない。

 「私の実力をお疑いであれば、証明して御覧に入れる他に無いでしょう。
  さて、ドレン殿……どうすれば納得して頂けますか?」

ミロ爵は言葉を失い、ジラは額を押さえて溜め息を吐いた。
そうだ、サティ・クゥワーヴァとは、こんな子だった。
彼女はドレンの挑発に応えたのだ。

15 :創る名無しに見る名無し:2011/04/29(金) 20:55:09.63 ID:P7fgfdMQ
ドレン・ゾ・ミロは、自身がバルハーテの子孫である事を誇りに思っている。
魔法学校は中級修了で卒業したが、魔法資質は誰に劣る物でもないと自負している。
彼にとって本当は、サティがガンガー山脈に向かう事など、どうでも良い。
ただ……バルハーテの血を引く自分の前に現れた、この高い魔法資質を持つ者が、
自分より優れた存在であるか否かを確かめたかった。
その感情の根源にある物は、余りに複雑過ぎる。
父の跡を継いでバルハーテ家を担う長子である事。
今の一家の中では、最も優れた魔法資質を持っている事。
母を早くに亡くした為、父に近付く女を嫌う様になった事。
あらゆる過去が綯い交ぜになって、彼を衝き動かすのだ。
学生時代のサティと同様に、彼もまた待ち望んでいたのかも知れない。
それなりの実力を有するが故に抱いてしまった、遥か彼方の英雄の幻影を打ち砕き、
自身を一個の人間に返す存在を……。
サティがドレンの挑発に乗った理由は、それに感付いていたからであろうか……?
余人の知る所では無い。

 「純粋な力の大きさを測るには、マックスパワーが相応しいかと。
  表に出ましょう。
  不肖、この私がお相手を務めさせて頂きます」

 「お兄様、荒事は野蛮な者のする事です……」

テレシヤは兄を諫め様としたが、流れが決定しつつある雰囲気から、強気に出られなかった。

 「お前が口出しする様な事では無い」

生来の気弱さが災いし、諫言は一蹴されてしまう。

 「お父様、お兄様に何とか……」

今度は父に助けを求めたが……。

 「言い出したのはドレンだ。
  放って置きなさい。
  客人に危害が及ぶ様なら、私が自ら止める」

ミロ爵も諦めた様子であった。
おろおろするばかりのテレシヤに、ジラが頭を下げる。

 「……申し訳ありません。
  彼女は、あの様な性質でして」

 「いいえ、兄の方が先に……」

苦労するのは、いつも周りの者である。

16 :創る名無しに見る名無し:2011/04/29(金) 20:59:12.08 ID:P7fgfdMQ
サティの実力について、そしてマックスパワー対決の結果について、何も言う事は無い。
ミロ爵はガンガーの頂を目指すサティとジラに、出来る限りの協力をする事になった。
彼は後に息子の非礼をサティに詫びたが、サティにドレンを責める気は毛程も無かったし、
ジラは寧ろドレンの意見に賛同していたので、大きな問題にはならなかった。

17 :創る名無しに見る名無し:2011/04/30(土) 20:34:22.06 ID:sNkTGHRX
ゼーフェレコルト城に滞在中、サティは宛がわれた部屋で、度々テレシヤの訪問を受ける事になる。
初めにテレシヤがサティに会いに来た理由は、兄の無礼な行動の釈明をする為だった。
彼女はサティに向かって、懸命に訴え掛ける。

 「どうか兄の事を悪く思わないで下さい」

サティは小さく溜め息を吐き、短く答えた。

 「はい。
  さして気にしておりませんので、御安心を」

サティは本当に全く気にしていなかったが、その冷淡とも取れる返事は、テレシヤを不安にした。
何とか理解を得ようと、テレシヤは聞かれてもいない家庭事情を話し始める。

 「兄は一家の長に相応しい者であろうと必死でした。
  平穏期からバルハーテ家は衰退する一方で、今となっては親族でも本家を当てにする者はおりません。
  再興の象徴として、兄は自らの力に、英雄バルハーテの影を求めたのです。
  母が亡くなってからは、私を守る為にも、より強くあろうと……」

サティは黙って聞いていた。
サティの実家であるクゥワーヴァ家も、それなりに名のある家だが、彼女は家に縛られた事は無い。
それはサティの優れた魔法資質を家族が認め、彼女の自由にさせたからである。
魔法の才能を重視するグラマー地方の風土と、既に兄姉が生まれていた事も深く関係している。
もし……サティが人並みの能力しか持っていなかったら?
恐らく彼女は個人としてより、クゥワーヴァ家の子としての振る舞いを要求されたであろう。

18 :創る名無しに見る名無し:2011/04/30(土) 20:37:19.73 ID:sNkTGHRX
ドレンは己の力を、過去の英雄と重ねる事によって、バルハーテの血が薄れていない事を示し、
家の威信を取り戻したかった。
他人に自分の存在を認めさせるには、力を示すのが最も手っ取り早い。
方向性は違うが、そこに至る思考は、サティにも解らないでもない。
しかし、サティに敗れた事で、その夢は散った。
それを申し訳無いとは微塵も思わないが、憐れむ気持ちはある。
俯くテレシヤを見て、サティは可愛い末妹の事を思い返した。
サティの妹レムナは、取り得の無い娘であった。
兄ラジャン、姉イードラは、共に魔法資質は人並みであった物の、才気溢れる子で、
まるでレムナは兄姉の余分であった。
しかし、手の掛かる子は可愛いと言う。
レムナは末妹という事もあって、大切に育てられた。
素直で快活な良い子である。
名家に生まれ、母を亡くしたテレシヤとは、境遇からして似ても似つかないが、
サティは彼女に何となくレムナと似た雰囲気を感じていた。
テレシヤの兄に対する引け目の様な物が、そう感じさせるのだろうか……。

19 :創る名無しに見る名無し:2011/04/30(土) 20:39:55.11 ID:sNkTGHRX
ぼんやりと、そんな事を考えていた時である。
テレシヤはサティに向かって、深く礼をした。

 「ですが、これで良かったのだと思います。
  有り難う御座いました。
  これで兄も解放されたでしょう」

何が「ありがとう」なのか?
サティはテレシヤの言葉の意味が理解出来なかった。
何か重要な部分を聞き逃したかとさえ思った。

 「今日は、その事をお伝えしに参りました。
  また、お伺いしても宜しいでしょうか?」

 「……はい。
  いつでも、どうぞ」

テレシヤが退室した後、サティは深く考える。
ドレン・ゾ・ミロの夢を破ってしまった事は、本当にテレシヤの言う通り、良い事だったのだろうか……。
いや、事実は事実として受け止めなくてはならない。
追い続けても追い続けても届かない夢は、悪夢でしかない。
夢を諦め、現実に帰る時――。
……敗れたドレンの姿を自らに鑑みる。
自分は何を追っているのか……?
それを得る事は出来るのだろうか……?
不安に駆られるも、答えを出すのは、まだ早い。

20 :創る名無しに見る名無し:2011/04/30(土) 20:43:24.35 ID:sNkTGHRX
翌日。
ドレンは憑き物が落ちた様に、魔法資質への拘りを捨て、好青年になっていた。
ミロ爵も息子の急変に驚いたが、これを好意的に受け止めた。
それからテレシヤは、サティの元へ旅の話を聞きに訪れる様になる。
零落の一途を辿るバルハーテ家の将来は知れない。
しかし、家族間の蟠りは、僅かながら解消した様であった。
若き雄の、夢破れて……と言った所であろうか。

21 : 忍法帖【Lv=14,xxxPT】 :2011/04/30(土) 20:45:37.64 ID:sNkTGHRX
「テレシヤよ、毎晩サティ殿の所へ何をしに行っているのだ?」

「父上、お客人の前で尋ねる事ではありますまい。確かに、気になるのは解りますが……」

「嫌だわ、お兄様まで」

「……サティ……この食器、何……?」

「小分け皿ですよ。こうして――」

「うむむ……しかし、だな……。ドレン」

「テレシヤ、問題無いなら話してくれないか?」

「旅のお話を聞かせて頂いているだけです。何もおかしな事はありませんったら」

「サティ、これ……どうやって食べるの……?」

「ジラさん、手を使っても良いんですよ」

22 : 忍法帖【Lv=15,xxxPT】 :2011/05/01(日) 19:57:38.93 ID:KmkTVqeE
僕は焦っていた。


魔法暦494年 第四魔法都市ティナー 繁華街にて


「新商品のモニターになってみませんか? あなたの才能が開花するかも知れません」

(街頭配布? 胡散臭い奴だな……)

「どうです? あなた、試してみませんか?」

「えっ、僕ですか?」

「はい!」

(どうしよう……。聞くだけ聞いてみるかな)

「これを、どうぞ」

「その、これは……何なんですか?」

「魔法の試薬です。これを飲めば、脳が活性化して、可能性の扉が開くのです」

「……はい?」

「解り易く言うとですね、あなたの内に秘められた魔法資質を呼び起こすんです」

「あー、そういう……。何か怪しい成分でも入ってるんじゃないですか?」

「依存性はありません! 天然の素材のみを使用しているので、人体にも無害です!」

(どうせ毒にも薬にもならない物だろう……。気分で魔法資質が備わるなら、苦労しないっての)

「本当は、魔法資質なんて誰でも持っている物なんです」

「誰でも……?」

「そんなので人の評価が変わるなんて、おかしいと思いませんか?」

「……そうですね……」

「魔法資質は生まれついての物なんかじゃありません」

(生まれついての物……)

「私達は魔法資質の有無による不当な格差を取り除こうとしているのです」

「はは……、大層な事で」

「こちらがアンケート用紙です。はい」

「……あの、待って」

「返信送料は不要ですので、各項目を御記入の上、お近くの郵便箱に投函して下さい」

(参ったな……。こんな物……別に良いか、只だし)

23 :創る名無しに見る名無し:2011/05/01(日) 19:58:58.12 ID:KmkTVqeE
(なぜ、あの人は僕に声をかけたんだろう……)

(これでも『上級<アッパー・クラス>』の学生なんだぞ?)

(見た目からして、冴えない男だったとか……? 嫌んなるな……)

(開花する……魔法資質……)

(馬鹿馬鹿しい。こんな物、効く訳が無い)

(効く訳が……無い。試してやるよ)

24 :創る名無しに見る名無し:2011/05/01(日) 20:24:53.38 ID:KmkTVqeE
魔法資質を人為的に高める事が可能か否かと言えば、可能である。
共通魔法研究会は、設立時から継続的に、魔法資質を高める研究を行って来た。
誰もが願うであろう、魔法資質の開花。
しかし、この技術は大衆に広まらなかった。
理由は…………。

25 :創る名無しに見る名無し:2011/05/01(日) 20:31:36.84 ID:KmkTVqeE
魔法暦473年9月18日付 ティナー市民新聞 コラム

高まる魔法資質と、減少する魔法使い

近年、自由に魔法を使えなくなって来ている魔法使いが増えている。
世界全体の魔力総量は変化しないにも拘らず、魔法を使う者が増えたので、個人が使用できる魔力量が、
大幅に減少したのが理由だ。
今の時代、自由に魔法を使う為には、高い魔法資質を有していなければならない。
今更、何を当たり前の事を……と思われるかも知れない。
これらは周知の事実だが、先日、共通魔法研究会が公表した「ある調査結果」は意外な事実を指摘した。
「最近200年間の個人魔法資質の推移」と題された折れ線グラフ。
これは魔法暦271年から470年まで、各年に成人した若者の魔力感知能力を測定し、
年毎の平均値を200年分並べた物だ。
このグラフは時代が進むにつれて、個人の魔法資質は高まる傾向にある事を明確に示している。
自由に魔法を使う為には、高い魔法資質を要求されるが故に、誰もが魔法資質を高める努力をする。
その結果、時代を経るにつれて、自由に魔法を使う為には、より高い魔法資質が必要となる。
これが何百年も繰り返され、グラフの様に一次関数的な上昇を示したと、共通魔法研究会は分析した。
自由に魔法を使う為に、限られた魔力を奪い合う様は、宛ら現代の魔法大戦である。
御年配の方々は、自由に魔法を使えない若者が増えて来ているという事実だけを捉えて、
近頃の若者は……等と軽々しく嘆かないで欲しい。
現代の若者は、熾烈な魔力争奪戦に曝され、確実に強くなっているが、それでも魔法を使えないのだ。

26 : 忍法帖【Lv=16,xxxPT】 :2011/05/02(月) 19:06:18.67 ID:FDWgXjW1
魔法暦471年6月4日 第一魔法都市グラマー 象牙の塔 A級禁断共通魔法研究棟にて


この日、A級禁呪の臨床試験が行われようとしていた。
12名の研究者の内、1人はカーラン・シューラドッド博士。
これから試験に用いられる魔法は、彼が開発した物。
しかし、カーラン博士は、この魔法の研究を「既に終わった物」として、試験の立会いに乗り気でなかった。
その魔法とは――「魔力感知能力を限界まで引き出し、能力として永久に根付かせる」物だった。
広義には人体改造の一種に分類される物が、A級禁呪として扱われている理由は、
これが肉体を直接変質させる物でないからである。
成功率は非常に高い。
この場合の成功率とは、「魔法感知能力を限界まで引き出し、能力として永久に根付かせる」事に、
成功するか否か――それしか考慮していない。
成功率と廃人化する可能性は、無関係である。
そして……廃人化する可能性は、非常に高い。
故に、この禁呪は封印された筈だった。

27 :創る名無しに見る名無し:2011/05/02(月) 19:08:17.92 ID:FDWgXjW1
この臨床試験は不可解と言わざるを得ない。
被験者は生後間もない乳児。
この子には血の繋がった両親がおり、孤児ではない。
象牙の塔の研究者は、気の狂ったエラッタ揃いなので、機会さえあれば喜んで試験を繰り返すだろう。
しかし、倫理面で問題のある試験は、特別な事情が無い限り、魔導師会に許可されない。
……許可が下りる可能性があるとすれば、この子は――――。

28 :創る名無しに見る名無し:2011/05/02(月) 19:11:19.69 ID:FDWgXjW1
僕は夢を見ていた。


「誰だ? 誰か……そこにいるのか?」

(やっと気づいてくれた)

「何だ? まとわりつく様な、この変な感触は……?」

(知っているよ)

「魔力なのか? これが魔力?」

(その通り)

「僕にも解る……! これは僕の思う通りに動かせる!」

(どんな気分?)

「素晴らしい! 何でも出来るぞ!」

(何をしたい?)

「そうだ……。まずは彼女に……」

(誰の事?)

「僕は、もう、劣等生、なんて……。見返して、やるんだ。そう、ネッフィーも……」

(涜したい?)

「何もかも、思うままに……」

(そんな風に思っていたの?)                                                どうして?

29 :創る名無しに見る名無し:2011/05/02(月) 19:19:42.43 ID:FDWgXjW1
「あ……いや……」

(目を逸らさないで)                                                      最低……。

「ち、違うんだ。やめてくれ……。僕は、そんな……」

(怯えてないで)                                                        失望した。

「……これが、僕の、本性だと……?」

(違うの?)

「僕は……醜い……」

(そうだよ)

「い、嫌だ……」

(受け容れて)

「もう、いらないよ……。だって、こんな……」

(……残念だよ)


所詮、夢は夢。薬は効かなかった。僕に魔法資質が備わる事は……永遠に、無い。

30 :創る名無しに見る名無し:2011/05/02(月) 19:21:00.77 ID:FDWgXjW1
もし夢を拒まなければ……?
いや、夢は夢。
現実とは何の関係も……無い。

31 :創る名無しに見る名無し:2011/05/02(月) 19:23:32.11 ID:FDWgXjW1
魔法暦486年4月4日 第一魔法都市グラマー 象牙の塔にて


この日、カーラン博士に面会客があった。
それは1人の青年であった。
彼はカーラン博士を父と呼んだ。
カーラン博士は心底迷惑そうな顔をして言い放った。

 「君の両親は間違い無く、あの男と女だ。
  思い違いも甚だしい」

青年は首を横に振った。

 「いいえ、あなたは確かに私の父です。
  血の繋がりより深い……私を目覚めさせた、言うなれば魂の父」

青年は至って真面目だったが、カーラン博士は冷たく遇った。

 「二度と来るな」

その言葉通り、青年がカーラン博士を訪ねる事は、二度と無かった。
しかし、彼はカーラン・シューラドッドに対する思慕の念を捨てた訳ではなかった。
彼は思想を抱いていた。

32 :創る名無しに見る名無し:2011/05/02(月) 19:24:22.94 ID:FDWgXjW1
凡て人間は魔法を使える様になるべきである。
全ての人間が覚醒すれば、魔法資質による貴賎は無くなる。
それは魔導師会の理念とも合致する。

33 :創る名無しに見る名無し:2011/05/02(月) 19:29:05.44 ID:FDWgXjW1
魔法暦498年1月12日付 ティナー市民新聞 社会面

「魔法資質が開花する」……怪しい薬を頒布していた男を逮捕

10日南西時頃、ティナー市警察は、繁華街で無許可で街頭配布を行っていたとして男を逮捕した。
男は「魔法資質が開花する」と謳い、錠剤の様な物を通行人に配布。
取調べでは黙秘を貫いており、目的も身元も不明という。
魔法効果を謳った薬剤を頒布していたので、魔導師会の定める「魔法に関する法律」に抵触した事になり、
身柄は数日内に魔法刑務所に引き渡される見通し。
過去にも同様の案件行為で逮捕された者が数名おり、組織的な犯罪の可能性もあるとして、
同市警広報は「見知らぬ人から怪しい物を受け取らないで欲しい」と注意を呼びかけている。

34 :創る名無しに見る名無し:2011/05/02(月) 19:31:07.99 ID:FDWgXjW1
「ワークン、おはよう」

「……おはよう」

「元気無いね。何かあった?」

「そう……かな?」

「うん。心成しか、顔色悪くない? 寝不足?」

「何でもないよ……」

「あっ」

「えっ?」

「……ごめん」

「何が?」

「そういう日、誰にだってあるよね」

(気まずい……)


Q.男の子の日ってあるの?
A.何があるんだよ。ねーよ。

35 : 忍法帖【Lv=17,xxxPT】 :2011/05/03(火) 18:18:23.49 ID:flu0LBeE
ボルガ地方の小村ツマガネにて


都市部からは離れている物の、高山地よりは不便でない。
人口は下げ止まって寂れているが、廃村にはなっていない。
その様な中山間地域は、ボルガ地方の各地にある。
ここツマガネ村も、その一。
雪解け水が小川を流れる頃、1人の旅商が、この地を訪れた。

 「ラビゾー、今年は何を持って来たの?」

道端で子供等に囲まれ、彼は困った様な笑顔で、バックパックを下ろす。

 「ラビゾー、第一声がそれかい?
  ま、いいや……浮遊金属――フロータイトを知っているかな?
  七色に輝き宙に浮かぶ、世にも不思議な金属……」

そう言いながら、旅商は目映く光る拳大の塊を取り出した。
子供等は眩しそうに目を細めながらも、興味深く顔を近づける。

 「触ってみる?」

旅商がフロータイトを手の平に乗せて差し出すと、びっくりした子供等は身を引いた。
その中で勇気ある1人の男児が、恐る恐る手を伸ばす……と。

 「えーっ!?」

どよめき声が上がる。
フロータイトは嫌がる様に男児の手を逃れ、すっと引き下がったのだ。

36 :創る名無しに見る名無し:2011/05/03(火) 18:27:36.13 ID:flu0LBeE
目を見張る子供等を見て、旅商は苦笑する。

 「別に意地悪している訳じゃないよ。
  自然に離れて行くんだ。
  だから、両手で包み込む様にして……」

男児は旅商の言う通りにして、フロータイトを受け取る。

 「後で返してくれよ」

こくこくと何度も頷く男児。
視線は不思議な金属に釘づけのまま。
子供等はフロータイトが危険な物でないと判ると、わっと堰を切った様に男児に群がり、団子になる。

 「フロータイトが発明されたのは、魔法暦200年頃。
  発達した魔法技術による新金属錬成が最も盛んだった時期に、フロータイトは造られた。
  でも、発明当初は使い途の無い代物で、『偉大なガラクタ<グランド・ジャンク>』と言われていたんだよ。
  『粗大ゴミ(oversize junk)』ならぬ『壮大ゴミ(some size junk)』ってね。
  開花期には、同じ様に無意味な発明が沢山あった。
  しかし、このフロータイトは後になって多くの有用な性質が発見され――……」

旅商は薀蓄を披露したが、子供に難しい話が理解出来る筈も無い。
子供等の興味は目の前の不思議な金属以外にしか無く、旅商そっち除けで、わいわいと奪い合っている。
話を聞く者は1人としておらず、旅商は虚しく溜め息を吐いた。

37 :創る名無しに見る名無し:2011/05/03(火) 18:30:21.47 ID:flu0LBeE
気の抜けた旅商は、フロータイトを触る子供等の様子を見守っていた。
真っ先にフロータイトを触った男児は、子供等の大将。
リーダーシップを発揮して、次は誰、次は誰と、フロータイトを手にする順番を指図している。
それが気に食わない子供もいる。
口論で済めば良いが、思わず手が出てしまうのが、子供の喧嘩。
フロータイトを巡って険悪になりそうな雰囲気を察知すると、旅商は早々に争いの種を取り上げた。

 「喧嘩になるなら返してもらうよ」

 「あー……」

まだフロータイトに触れていない子供が、何人か不満そうな顔をしたが、旅商は無視した。

 「そんな顔しなくても、見るだけ触るだけなら、いつでも、いくらでも。
  じゃ、またな」

そして村の宿へと向かったのである。

38 : 忍法帖【Lv=17,xxxPT】 :2011/05/04(水) 17:14:57.94 ID:PUQJTDDf
翌朝、事件が起こった。
旅商のバックパックから、フロータイトが消えていたのである。
勿論、拳大の物が一夜で自然消滅する筈は無い。
盗難に遭ったのだ。
フロータイトは高価な物で、そう簡単には入手出来ない。
旅商は大いに慌て、フロータイトが盗まれた事を宿の主人に話した。
外から滅多に人が訪れない小村で事件が起こると、犯人は内部の者に限られる。
これは村の信用に係わる一大事であり、犯人探しは村民総出で行われた。
制限時間は、旅商が村を発つまでの3日間。

39 : 忍法帖【Lv=18,xxxPT】 :2011/05/04(水) 17:18:26.79 ID:PUQJTDDf
犯人は――――村の子供である。
村民達は、事件の捜査を続けている内に、そうではないかと思い始めた。
誰が実行したのか、そこまでは判らないが……。
いや、判らないのではなく、正確には「判明させたくない」のだ。
犯人は我が子かも知れない。
そんな思いが、子を持つ親の捜査の手を緩ませる。
子の罪は親の罪……我が子共々晒し者になり、村八分になるのは避けたい。
それに我が家は無実であっても、親しい隣人を告発したくはないし、仲間内で疑い合うのも嫌だ。
このまま犯人が見つからなければ良いという思いが、村中に蔓延する。
故に、捜査が尽くされる前に、村民は旅商に村の特産品を持たせた。
金額では及ばないが、当面の旅費の足しにはなる。
それと食料も。
同情と言うより、これは正しく補償である。
村の者が犯した不始末を、同じ共同体の罪として拭う行為なのだ。
貴重な商品を失くしたと嘆いていた旅商は、思わぬ村民の厚意に感謝したが……。
お人好しな旅商の性格に助けられたのは、村民の方である。

40 :創る名無しに見る名無し:2011/05/04(水) 17:20:44.22 ID:PUQJTDDf
結局、犯人は最後まで見つからなかった。
しかし、誰にも見つからなかったかと言うと、そうではない。
親は常に子を見ており、不審な行動があれば、逸早く察知する物なのだ。

41 :創る名無しに見る名無し:2011/05/04(水) 17:24:16.71 ID:PUQJTDDf
旅商が村を発つ時、1人の男児が彼を見送りに来た。
しかし、どうも様子が変である。
男児は俯き加減で、そわそわと落ち着かない。
気になった旅商は男児に尋ねた。

 「どうした?」

男児は暫しの沈黙の後、旅商を見上げ、フロータイトを差し出した。

 「こ、これ……ごめん……なさい……」

あわあわと呂律の回らない口で謝り、目から涙を流す男児は、旅商を鬼か悪魔とでも思っているかの様。
この子は母親に酷く叱られ、自首しに来たのである。
盗みを働いた理由は、大した物ではない。
魔が差したのだ。
幼い子供は往々にして欲望に弱く、軽い弾みで社会の秩序を破ってしまう。
それを大人に咎められる事で、子供は常識を学び、自戒を憶える。
旅商はフロータイトを受け取ると、それをバックパックに押し込んだ。

 「よく言い出してくれた。
  ……もう怒ってないから、泣くなって」

男児が泣き止むまで、旅商は慰めの言葉を掛け続けた。

42 :創る名無しに見る名無し:2011/05/04(水) 17:27:23.58 ID:PUQJTDDf
旅商の人となりを解っていた上での判断だろうが、事を収めるに当たって本人に始末を任せるとは、
なかなか豪胆な親である。
盗みを働いた事は良くないが、正直に罪を告白し、物を返せた男児も偉い。
しかし、子供の心理は至極単純である。

 「自分で返しに行きなさい。
  物を盗んでしらばっくれる様な子は、家の子じゃないよ」

この子は旅商に怒られるよりも、親に見放される事が恐ろしかったのだ……。
旅商に怒られる事は一時だが、親に見放されるのは一生。
親が本気で言ったのか、それとも方便だったのかは、問題でない。
子供は本気で受け取った。
当人にとっては、それが全てである。
何はともあれ、物は納まる所に納まり、罪は許され、これにて一件落着……と言いたい所だが、
旅商は特産品を受け取った分だけ借りを作った。
これは飽くまで「厚意」で渡された物。
失せ物が見つかったからと言って、そのまま返すのは失礼に当たる。
厚意に対する感謝の印として、何か贈り物を考えなくてはならない。
さて、どうした物か……と考えながら、旅商は次の街へと向かうのであった。

43 :創る名無しに見る名無し:2011/05/05(木) 16:28:44.72 ID:Iq3LJday
グラマー地方の女性は妄りに肌を晒してはならない。
その風習には流行が大きく関係していた。
元々グラマー地方は乾燥した土地で、陽射しが強く、風の強い日には砂嵐が起きる事から、
フード付きローブを着るのが一般的だった。
しかし、復興期の終わり頃まで、現在の様に貞淑を重んじる風潮は無かった。
開花期の初めに魔法大戦の六傑が一、ウィルルカの肖像を年頃の女性が真似る流行があり、
そこから異性に肌を晒さない風習が始まったのである。
この肖像は「天織り、旅立ち」と題された物で、八導師の任期を務め終えたウィルルカが、
未開の地を巡る旅に出る前の姿が描かれている。
ウィルルカが各地を旅する際に、フード付きローブを着ていなければ、この流行は別の物になっていた。
詰まり、肌を晒す様な格好を時代遅れと揶揄した物が、何時の間にか貞淑を重んじている事になったのだ。

44 :創る名無しに見る名無し:2011/05/05(木) 16:29:38.12 ID:Iq3LJday
グラマー地方の女性は、あれこれと理屈を付けて、古い流行を文化とし、400年間も廃れさせなかった。
時代が進み、文明が発展しても、他都市との交流が盛んになっても……。
古い物が幅を利かせる様になると、若い物は新天地に旅立つ。
そうして残った硬直的な人間の子孫が現在のグラマー市民なのだ……と断言しては、言い過ぎだろうか?
ある意味では、これは必然の流れだったのかも知れない。

45 :創る名無しに見る名無し:2011/05/05(木) 16:31:34.44 ID:Iq3LJday
しかし、そんな女性グラマー市民の間でも、ファッションの流行り廃れはある。
肌を晒さないという条件の下、彼女等は様々な「お洒落」の工夫をした。
装飾品、香水、仕草、言葉遣い等々。
その中で最も重要視されたのは、やはり服装……ローブとベールである。
模様や色遣いで自己主張するのは当たり前で、ベールの巻き方を取っても、時代毎の着こなしがあった。
他市民から見れば、何の変哲も無い女性グラマー市民を描いた絵であっても、見る者が見れば、
これは魔法暦何年頃の物であると、時代を特定出来る。
こう言っては失礼だが、色事とは無縁そうなグラマー市民も、人並みに浮かれたりするのだ。

46 :創る名無しに見る名無し:2011/05/05(木) 16:33:40.46 ID:Iq3LJday
古い習慣に執着するグラマー市民の性質から、一度流行ると廃れるのは遅いと思われがちだが、
そんな事は無い。
新しい物が生まれ、広まる毎に、最も古い「女性は温雅貞淑であるべし」という声が大きくなり、
やがて流行を叩き潰す。
その度に、「これならどうだ」と言わんばかりに、方向性の違う物が流行する。
服装を叩かれたなら装飾品へ、派手と言われ香水へ、次は仕草、そして言葉遣い。
それも駄目なら、黙る代わりに服装を……と、こうして同じ事を繰り返している。
グラマー地方では女性に自由が無いと言われているが、それは男性が権力で抑えているからではなく、
女性同士の牽制の結果だと分かる。
グラマー地方の女性は年頃になると、抑圧された中での自由を追求して、小さな抜け道を探し出し、
短いながらも彼女等の時代を築く。
それが彼女等の青春の証なのである。

47 :創る名無しに見る名無し:2011/05/05(木) 16:35:00.11 ID:Iq3LJday
勿論、年代に拘らないスタンダードな服装も存在する。
思春期を迎える前の少女や、結婚した女性は、色味を抑えた服装をするのが一般的。
対して、流行に迎合した服装は、若々しさの象徴。
傍から見て、年頃の若い女性と、一目で判る様になっている。
年頃を過ぎると、彼女等は地味な服装に戻るが、その場合、流行の一部を残す。
腕輪だったり、ローブの刺繍だったり、ベールの柄だったり……人によって様々だが、
たとえ古臭くなろうと、それは何物にも代え難い、大切な思い出の一部。
青春時代を謳歌した事の証明なのだ。
これには同年代の連帯意識を生み出す効果もある。
故に、女性グラマー市民は肌を隠していても、服装で大凡の年代が判ってしまう。

48 :創る名無しに見る名無し:2011/05/05(木) 16:36:00.30 ID:Iq3LJday
公学校に通う女子は、余り若い内から流行の服装をしていると、怖い先輩に目を付けられる。
所謂「お嬢様学校」では、校則で服装が厳しく決められていたりする。
お洒落を自由に楽しめるのは、公学校を卒業後(少なくとも15歳以上から)になる。
30歳を越えても流行を追い掛け回す女性は、世間から良い目で見られない。
この様に、流行に乗るには苦労がある。
自由恋愛を楽しめるのは、十年と少しの短い期間に限られる。
そして注目されたいなら、流行に乗りながら、自分の個性を出さなければならない。
「命短し恋せよ乙女」と、年頃の女性は懸命に己を磨くのだ。
その姿は他都市の女性と変わらない所か、普段抑圧されている分、より強く激しい思いがある。
しかし、露出を高くしたり、直接的な行動に出たりしない分、セックスアピールは大分控え目である……。
例えて言うなら、弓錐で火を起こす様な物であろうか……。
労力の割りに、中々効果は上がらない。

49 :創る名無しに見る名無し:2011/05/05(木) 16:36:43.70 ID:Iq3LJday
これは完全に余談だが、特殊な趣味の男性は、寧ろ地味な服装の女性に興奮する。

50 : 忍法帖【Lv=20,xxxPT】 :2011/05/06(金) 16:26:32.81 ID:5DJGMrvD
アイボリージョーク


リャド・クライグと新人記者


「リャド博士、あなたが尊敬する人は誰ですか?」

「両親、公学校の先生、それと偉大なる共通魔法研究の先人達……挙げていくと、限が無いな」

「……では、あなたが自分より優れていると認める人はいますか?」

「分野が違う人と功績を比較して、優劣を決める事は出来ない。
 しかし、時間と空間を操る事に限定すれば……」

「限定すれば?」

「私より優れていると、確かに言える『人種』がいる」

「それは?」

「権力者だ。私には勤務時間を変える事は出来ない。この建物の間取りを変える権限も無い」

51 :創る名無しに見る名無し:2011/05/06(金) 16:31:33.85 ID:5DJGMrvD
B級禁呪研究員と新人記者


「合成獣って意外と普通なんですね」

「近縁種同士でしか交雑種が生まれない様に、生物的に無理のある組み合わせは作れない。
 いや、作れない事は無いが、『よく分からない物』を作っても、意味が無いだろう?」

「開花期じゃあるまいし。化け物が見たければ、カーラン博士に会いに行くんだな」

「あの有名なカーラン博士ですか? しかし、合成獣の研究を行っている部署は……」

「会えば解るさ」

「会えば解る」

52 :創る名無しに見る名無し:2011/05/06(金) 16:32:40.39 ID:5DJGMrvD
カーラン・シューラドッドとリャド・クライグ


「カーラン博士、また変わった腕にしましたね」

「副脳を使っている。人の手より便利だ」

「同時作業は幾つまで?」

「把握出来る量は人と変わらん」

「重くないですか?」

「……嵩張る。次から出歩く時は外す積もりだ」

「それが良いです」

53 :創る名無しに見る名無し:2011/05/06(金) 16:34:07.70 ID:5DJGMrvD
カーラン・シューラドッドと新人記者


「カーラン博士の趣味がお料理だったとは意外です」

「もう昼になる。食べて行くか?」

「御馳走して頂けるんですか? ……って、まさか……」

「食材は豊富にあるからな」

「い、いいえっ、結構です! お手を煩わせる事はありません! 食堂に行きますから!!」

「遠慮するな。腕には自信がある」

「ひっ……ひぃっ! 勘弁して下さい!!」

「残念だ。最初は皆、嫌がる」

54 :創る名無しに見る名無し:2011/05/06(金) 16:37:21.87 ID:5DJGMrvD
A級禁呪研究員と新人記者


「それは酷い目に遭ったな! ひっひゃひゃひゃひゃ!」

「料理魔法なら俺も出来るぜ。あの幽霊博士よりは下手だが」

「この塔に、まともな人間はいないの?」

「まともなら禁呪の研究なんかしねーよ! ひひっ!」

「幽霊博士みたいな本物がいるからな。こいつはタダの馬鹿」

「学生時代の同期がいるからって、担当になるんじゃなかった……」

「旨い話にゃ裏があるって思わなかったの?」

「暫くすりゃ慣れるから安心しろって」

「慣れたくないなー」

「注意しとくが、俺みたいになるなよ! ひっひゃー!」

「ゲボ吐き過ぎてネジ吹っ飛んだからな、こいつ。にやけ顔以外出来なくなった。
 朝から晩まで、居眠りする時も、ひーひー言ってるし」

「……もう辞めたい」

55 :創る名無しに見る名無し:2011/05/06(金) 16:40:01.29 ID:5DJGMrvD
C級禁呪研究者と新人記者


「ここから先は危ないですよ。そこの貼り紙に無用者立入禁止と書いてあったでしょう?」

「取材をしに来たんですが……」

「今は先輩方が実験していますので」

「……C級禁呪の?」

「はい。最悪、この棟が消滅します」

「冗談でしょう? そんな調子で研究を続けられる訳が無い」

「飽くまで最悪の場合です。実際は、研究室が爆発して数名の怪我人が出る程度でしょう」

56 :創る名無しに見る名無し:2011/05/06(金) 16:43:05.98 ID:5DJGMrvD
象牙の塔事務員と新人記者


「禁呪の機密を守る為に、記事には検閲が入ります」

「はい。承知しています」

「甲斐がありませんよね。何故こんな仕事を引き受けたんですか?」

「……自分でも分かりません」

「それが記者魂という物なんでしょうね」

「違います。二度と来たくありません」

「皆さん、そう仰います。早速、今日から執行者の監視が付きますので、お気をつけ下さい」

「どういう事ですか?」

「どうもこうも、一度研究施設に立ち入った者を野放しにする程、管理体制は甘くありませんので」

「……それは……詰まり?」

「監視が付けば、他の仕事は入って来ないでしょうから、長い付き合いになりますね。
 改めて、宜しくお願い致します」

「聞いてないぞ!?」

「象牙の塔では、常時事務員を募集しています。記者の仕事を辞めたくなったら、お申し付け下さい。
 敷地から出なければ、執行者の監視も付きません。気楽になりますよ」

57 :創る名無しに見る名無し:2011/05/07(土) 18:50:34.57 ID:UWm1Kzbn
拝啓 プラネッタ・フィーア様

時候は早春ですが、今年は大陸全土で寒い日が続くそうです。
暖かい春の訪れが待ち遠しい事と思われます。
私は現在、第四魔法都市ティナーの東方、ラクシド区にいます。
流石ティナーは六大魔法都市の中で最大というだけあって、どこへ行っても、何を見ても、
人、人、人で溢れ返っていました。
少々手間取りましたが、御依頼の品、ディジーブランドのLC&P(※)は、問題無く注文できました。
この手紙から数日遅れで、そちらに到着する予定だそうです。

敬具

2月23日 サティ・クゥワーヴァ


※LC&P:Luxury Candy and Pastry の略。高級菓子折。

58 :創る名無しに見る名無し:2011/05/07(土) 18:56:36.12 ID:UWm1Kzbn
第四魔法都市ティナー 中央通りにて


まだ春には早いとは言え、人通りの多い日中の繁華街は、熱気に包まれている。
ティナーは商業の街。
それぞれの思惑を持った人々は、脇目も振らずに、目的地へ向かって歩く。
決して足を止める事無く。
しかし、各人の抱く思いは違えど、雑踏の中では、大きな流れと一体になる必要がある。
人波に呑まれない様に、タイミングを見計らって人の合間を縫い、縁の淀みに抜け出す。
それは個と全を同時に意識させられる不思議な感覚だ。
……ティナーに住む人々が強烈に個を主張する理由は、そこにあるのかも知れない。
多数に埋没する事を避けつつ、己が意を通すには、巧みに人の流れに乗りながら、
時流を見切らなければならない。
その様な生き方は、他の地方の人間にとっては、とても不自由で息苦しそうに映る。
何をするにしても、名前も知らない他人の動向に気を配らなくてはならないのだから――……。

59 :創る名無しに見る名無し:2011/05/07(土) 18:59:56.63 ID:UWm1Kzbn
……――と言う訳で、サティ・クゥワーヴァは迷子になっていた。
暇潰しに近くを散歩する積もりが、流され、流されて、いつの間にか右も左も判らない場所へ。
大凡の道順は憶えているのだが、人の波に上手く乗れない。
頭上の太陽が恨めしかった。
空を飛んで帰りたい所だが、それはできない。
サティは……魔力を乱す物の気配を感じていた。

60 :創る名無しに見る名無し:2011/05/07(土) 19:01:08.31 ID:UWm1Kzbn
それは直ぐに見つかった。
人の流れに逆らい、強力に自己主張する存在がある。
誰もが足を止めて振り返り、彼女を見る。
服装の肌面積は高目とは言え、この街の女性は誰も同じ位の露出度だ。
美人ではあるが、飛び抜けて美人と言う訳でも無い。
それでも人の目を惹く「何か」がある。
見る人全てが、彼女を魅力的と感じる……。
それは見方によって姿を変える、万華鏡の様な物。
肩に届く程度の髪は、緩やかなウェーブ。
大人びている様で、幼さの残る顔立ち。
バランス良く整ったスタイル……。
加減を間違えれば、今一ぱっとしない地味な雰囲気なる所。
それを補う術を、彼女は知っていた。

61 : 忍法帖【Lv=22,xxxPT】 :2011/05/08(日) 19:53:48.81 ID:XG0rwX0q
サティは眉を顰めた。
グラマー市民の彼女にとって、「女」を前面に押し出す存在は受け入れ難い。
それは僻み、やっかみにも似た感情であった。
しかし、理不尽な感情は、口実を得て正当化される。

 (外道魔法使い……!)

そう直感した理由に、邪推が含まれていないとは断言できない。
気に入らない存在に外道魔法使いのレッテルを貼って、一纏めにしたい思惑が潜んでいたかも知れない。
だが、他の可能性は考えられなかった。
サティの心は、あの存在に惹かれていた。
どこの誰とも知れない、何の魅力も無い様に思われる「女」に……。
頭にまで響く動悸を憎悪に変えて、正気を保つ。
多くの人間がいるにも拘らず、誰一人として異常な存在に気づかない異状。
強大な力の持ち主が、何の制約も無く堂々と街中を歩き、共通魔法社会を蹂躙している。
この恐ろしい現実に、どうやって立ち向かうべきか、サティは迷っていた。
多くの一般人がいる繁華街。
人の心を支配する外道魔法使い。
一対一なら負けないが、状況が悪過ぎる。
手を出し倦ね、遠巻きに睨みつける事しかできない。
幸い、敵はサティに気づいていない様子。
これを何とか利用できないか、不意打ちで泡を吹かせられないか、思案する彼女だったが……。

62 :創る名無しに見る名無し:2011/05/08(日) 19:56:47.72 ID:XG0rwX0q
――目が合った。
それは一瞬の事。
流し目で、サティを一瞥。
口元には小さな笑み。
それが本当にサティに向けられた物か、定かではない。
何の気無しに投げかけた視線上に、偶然彼女が立っていただけかも知れない。
しかし、それは恰もサティの存在を初めから認識していたかの様だった。
恐れから来る迷いと、下らない企み事を見抜かれた思いに、サティは頭に血を上らせた。
売られた喧嘩は、必ず買って後悔させる。
彼女の学生時代からの悪癖である。

 (誘った……?
  今、誘ったよね?
  よし、完膚無きまで叩き潰す!)

勇んで踏み出すサティだったが……。

 「あっ、サティ!
  こんな所で何してるの?」

彼女は偶々通りかかったジラに呼び止められ、心の中で小さく舌打ちした。
こんな人込みの中で、それも今このタイミングで見つかるとは、運が悪い。
それとも監視していた?
サティは苛つきを抑え、ジラに一言断ってから外道魔法使い退治に向かおうと思っていたが、
その瞬間妙案を閃いた。

 「ジラさん、あなた執行者ですよね?」

サティはジラに、今更確認するまでも無い事を問い質した。
ジラは嫌な予感を覚えた。

 「そ、それが何?」

 「お仕事ですよ。
  外道魔法使いがいます。
  逮捕して来て下さい」

突然物騒な事を言い出したサティに、ジラは露骨に嫌な顔をして見せた。

63 :創る名無しに見る名無し:2011/05/08(日) 20:01:43.55 ID:XG0rwX0q
サティの性格をジラは知っている。
彼女は面倒そうに言った。

 「えーと、そういうのは私の仕事じゃないんだけど……。
  何か問題が起こりそうなら通報しとけば良いんじゃない?
  外道魔法使いって言っても、法律違反してなきゃ逮捕できないし」

 「今、まさに法律違反が行われている所です。
  通報して駆けつけるのを待っていたら遅いんですよ」

それなら自分で止めに行けば良いのに……と思いながら、ジラは溜め息を吐く。

 「……その外道魔法使いってのは、どこ?」

 「ほら、あそこです!!」

サティが指差した先では、男が女を口説いていた。
道行く人々は、その様子を遠巻きに眺めている。

 「……あれなの?」

 「あれです!」

ただの軟派じゃないかとジラは呆れたが、念の為に一応訊いておく。

 「……で、どっち?」

 「女の方ですよ!
  見て判りませんか!?」

ジラは再び溜め息を吐いて、男女の様子を注意深く観察した。
……大声を上げている訳ではないので、会話内容までは解らないが、どう見ても、男に言い寄られて、
女が困惑しているとしか感じられない。
何だろう……男を誑かす女が悪いとでも言いたいのだろうか……?
ジラにはサティの思考が全く理解できなかった。

64 :創る名無しに見る名無し:2011/05/08(日) 20:07:08.98 ID:XG0rwX0q
取り敢えず軟派を止めさせれば、サティは安心するのだろう。
そう思ったジラは、執行者の始末帳を片手に、男女に近寄って行った。
女が外道魔法使いとはサティの勘違いで、本当に軟派されているだけだったとしでも、
困っている女を助ける事になる。
この類のトラブル対処は、補導員だった時期の経験からお手の物。
ジラは胸を張って息を吸い込み、よく通る声で話しかける。

 「そこの!
  ちょっと話を聞かせて貰いたい」

男の方は何か後ろめたい事があったのか、執行者の始末帳を見るなり、さっさと逃げ出した。
女の方は男が逃げた後で、小さな溜め息を吐く。
しつこい男から解放されて、安堵した様に見える。

 「大丈夫でしたか?」

 「……はい」

女はジラを見上げた。
瞳は潤み、今にも泣き出しそうな雰囲気である。
ジラには彼女が外道魔法使いには見えないかった。
外道魔法使いだとしても、とても悪人とは思えない。

 「嫌なら嫌と、はっきり言わなくてはいけませんよ。
  あの手は押しに弱いと判断すると調子づきます」

どうした訳か、この女に同情し、守りたい気持ちが湧いて来る……。
女が気になって仕方無いジラは、思い切って言った。

 「あなたの様な人にとって、ティナーの街は少々危険かも知れません。
  宜しければエスコートしましょうか?
  今日は特に予定もありませんし」

自分でも驚く程、スムーズに言葉が出て来る。
――――この女性を守れる。
それは彼女の自尊心を満たす、甘い快感だった。

65 : 忍法帖【Lv=23,xxxPT】 :2011/05/09(月) 18:58:19.52 ID:chLXc49s
もう女が外道魔法使いだ何だという話は、すっかり飛んでいた。
女をサティの所に連れて行くと、また面倒な事になる。
このまま連れ去ってしまおう。
ジラの心にサティに対する配慮は微塵も無かった。
サティを放置する事については悪いと思いながらも、彼女は「守る必要がある方」を選んだ。

 「私はジラ・アルベラ・レバルト。
  お名前を伺っても宜しいですか?」

 「ティファ」

 「ティファさん、行きましょう」

 「どこへ?」

 「あなたの行きたい所へ」

……ジラは完全に女の術中に堕ちていた。

66 :創る名無しに見る名無し:2011/05/09(月) 18:59:54.90 ID:chLXc49s
女の手を取って歩き出したジラを見て、サティは一際大きく舌打ちした。
サティの目に映る女の姿は、ジラとは全く異なっていた。
大人しくも無ければ、しおらしくも無い。
そんな風に演技している様にも見えていなかった。
あの女は軟派されていたのではなく、自ら男を呼び込んでいた。
ジラの行動は、それを阻止する物。
外道魔法使いが予定外の事態に、どう対応するのかを見極める積もりだったが、男ばかりでなく、
同性まで魅了するとは思わなかった。
人を魅了する類の魔法は、共通魔法ならA級禁呪に相当する物。
それを「衆目に触れる形で使用する事」は、明確な「魔法に関する法律」違反である。
ジラが容易く騙された事から、敵は相当の使い手であり、並みの執行者を何人呼んだ所で、
片っ端から虜にされてしまうのが落ち。
危険因子の排除に、最早実力行使以外の手段無しと踏んだサティは、暗殺を決意した。
詠唱はしない。
裏詠唱と手描文、誰にも覚られず速やかに仕留める。
しかし、殺気を込めて、いざ魔法を発動させようとした時――――。

 (……消えた!?)

サティは標的を見失った。
ジラの隣には、今は誰もいない。
目を離さなかったのに、外道魔法使いの女が発する邪な気配が消散し、居所が判らなくなった。
サティはジラに駆け寄った。

 「あの女、どこに行きました!?」

 「それが急用を思い出したって言って……どこかに行ってしまったの」

ジラは女が人込みに紛れたので見失ったと思っている。
そうではない。
サティは当てにならないジラを置いて、女を探しに走った。
気づけば理解は早い。
それまで彼女が見ていた物は「女」であり、外道魔法使いではなかったのだ。

67 :創る名無しに見る名無し:2011/05/09(月) 19:01:28.78 ID:chLXc49s
サティは外道魔法使いの気配を追った。
それは共通魔法の物とは異なる魔力の流れ。
強烈に印象に残っている、悍ましく忌々しい感覚。

 (逃がさない……逃がしてなる物か!)

サティは人目につかない裏通りに、外道魔法使いの女を追い詰めた。
外道魔法使いの女は、呆れた様にサティに言った。

 「アンタみたいに、しつこい執行者は初めてよ。
  アタシが何したって言うの?
  誰にも迷惑なんてかけてないじゃない」

 「残念ながら、私は執行者ではありません」

サティは笑っていた。
闘争本能に満ち溢れた、一種の興奮状態。
外道魔法使いの女は、悪寒を感じて身を竦める。

 「それなら何の権利があってアタシを追い回すの?
  好い加減にしてくれない?」

 「あなた魔法を使いましたよね?
  共通魔法でない魔法を」

今のサティに話し合いは全く通用しそうに無い。
外道魔法使いの女は、ほとほと参っていた。

 「何なのよ、アンタ……。
  もしかして……!」

 「もしかして……何ですか?」

 「くっくっくっ……そういう事なのね?
  迂闊だった。
  とんだ獲物が引っかかった物だわ」

外道魔法使いの女は独り合点し、含み笑いする。
余裕を取り戻した彼女の態度に、サティは不愉快になって尋ねた。

 「何が可笑しいの?」

 「アナタ、自分で気づいてないのね……。
  残念だけど、アタシはアナタの望む物なんて持ってないのよ。
  ごめんなさい」

外道魔法使いの女は謝る。
それは申し訳無いという思いから出た物だったが、サティは一層不愉快な気分になった。

68 :創る名無しに見る名無し:2011/05/09(月) 19:06:38.09 ID:chLXc49s
サティは外道魔法使いの女を見下す。

 「今更謝っても許しはしませんよ。
  生憎、あなたの様な○○○○は大嫌いなんです。
  見苦しい真似は止めて、覚悟したらどうですか?」

 「いいえ、アナタに私を傷つける事はできない。
  無抵抗の者を虐げられる程、アナタは非道になり切れない」

そう断言した外道魔法使いの女からは、威厳の様な物が感じられた。
サティは言葉の重みに怯むも、これが外道魔法使いの手口だと見切り、強気に出る。

 「利いた風な口をっ!」

 「本当に参っちゃうわね……解ったわ。
  アタシの魔法の仕組みを教えるから、それで今回は手を引いてくれない?
  これはアナタにとっても重要な事だから」

 「ふざけるな!」

 「聞くだけ聞いても損は無いでしょう?
  何度も言うけれど、アタシは本当にアナタが望む様な物は持っていないの」

サティには外道魔法使いの女が言っている事の意味が、理解できなかった。
自分が「望む物」とは何なのか……?
何かを得ようと期待して、この女を追い詰めた積もりは無い。
気を持たせる為の戯言に過ぎないと、サティは自分自身に言い聞かせ、冷静になろうと努めた。
……今、この外道魔法使いの女からは、初めて見た時の様な、強大な力は感じられない。
戦いを求める熱が引くと、女が途端に詰まらない物に映り、外道魔法の仕組みに興味が傾く。
それにトリックがあるのなら、知りたかった。

 「良いでしょう。
  言うだけ言ってみなさい」

魔力の流れを監視して、魔法による反撃を警戒していれば、騙まし討ちを食らう事も無いだろうと思い、
サティは外道魔法使いの話を聞く事にした。

69 :創る名無しに見る名無し:2011/05/09(月) 19:08:46.81 ID:chLXc49s
外道魔法使いの女は、大きな溜め息を吐いて緊張を解くと、口元に笑みを浮かべた。

 「アナタには、今のアタシが、どう見えるかしら?」

 「どう……、とは?」

 「印象を率直に」

 「何かを隠している様に見えます。
  とても大きな秘密を……そして、恐ろしく強大な力を……!」

サティは魔力の流れの変化を感じた。
ざわざわ心が騒ぎ、神経が研ぎ澄まされる。
サティが身構えると、外道魔法使いの女は静かに首を横に振った。

 「それは幻よ」

緩やかな身振りと低い声が、益々サティの不安を煽る。

 「恐怖を見せている?」

 「そんな訳無いじゃない。
  少し考えれば解りそうな物だけど、意外と頭が固いのね……。
  アタシが見せている物は――――」

外道魔法使いの女は、意地悪く笑った。

70 :創る名無しに見る名無し:2011/05/10(火) 18:32:07.16 ID:N/ENXsmG
その日の夕方、サティは酷く落ち込んだ様子で、独り宿に帰って来た。
先に戻っていたジラは、何かあったのか尋ねたが、サティは何も答えなかった。

71 :創る名無しに見る名無し:2011/05/10(火) 18:39:50.69 ID:N/ENXsmG
「アタシが見せる物は、人の理想。見る者によって姿を変える、アタシは『虹色<イリデッセンス>』。
 美人不美人、性格も越えて、人はアタシに夢を見る。どうしてアナタはアタシに執着したの?」

「惑わされていない積もりで、アナタは最初からアタシの虜だった。それがアタシの誤算」

「ええ。恐ろしい物、強大な力の持ち主……それがアナタが求めて止まない物。
 でも、大人しく服従する訳じゃない。……アナタ、恐ろしいわ」

「アナタみたいな人間は初めてよ。アナタは理性ある狂戦士。
 賢振っていながら、その本性は『戦闘狂<バトル・マニア>』。
 純粋に実力を発揮する為に、いつも戦いの正当な理由を探してる」

「……もう解るでしょう?」

「言わなきゃ解らないなら、教えてあげる。アナタは変態よ」

「アナタは全力で戦っても及ばない真の強者に敗北し、強制的に服従させられる事を望んでいる。
 闘争本能と快楽中枢が直結している上に、強者への対抗心が過剰で、弱者には無関心。
 アナタが精神的に満足する状況は極端に制限されるの。歪んでいるわ……歪み過ぎよ。
 今日まで、この街で色んな人を見て来たけど、流石のアタシも引くレベルだわ……」

「相思相愛の喧嘩××××は、よくある事よ? でも、アナタの場合は条件が特殊過ぎる」

「下品って……。事実なんだから、仕方無いじゃない。これはアナタの自身の問題」

「言ったでしょう? アタシはアナタの望む物を持ってないって。自分より強い者にしか従わない?
 どこの野蛮人よ……。これが普通の人なら望みもあるけど、アナタの実力だと確実に嫁き遅れる。
 幸い、人の好みは時々で変わる物。悪い事言わないから、今からでも実力至上主義を改めなさい」

「……どう受け取ろうとアナタの自由だけど。アタシの言う事が嘘か本当か、自分の胸に聞いてみたら?」

「最後に、これだけ聞かせて。アナタ、アタシが美人に見えた? それとも――……」

「その……、あの……ね? 同じ強者だったら、美人の方が良いと思わない?」

「いいえ、何でも無いわ。
 アナタが自ら軽蔑する様な人間に力尽くで犯されたいと願っている、度し難い真性の変態だなんて、
 そんな失礼な事は考えてないから安心して」

「……アナタはアタシに、誰かの影を映していたのかもね……」

「その辺は自分の事だから、時が経てば自ずと明らかになるでしょう。
 人生長いんだから、その絶望的な性癖を変える様な出会いが無いとも限らないし」

「あらあら、怖い怖い……。そろそろお暇させて貰おうかしら?」

「アタシは、バーティフューラー・トロウィヤウィッチ。
 外道魔法に興味を持ったという事は、いつの日かアナタも『こちら側』を知るでしょう」

「いや、そういう意味じゃなくて」

「取り敢えず、これからはアナタを避ける様にしておくわ。
 アナタも……どこかで偶々アタシを見かけても、知らない振りして頂戴ね」

72 :創る名無しに見る名無し:2011/05/10(火) 18:44:18.39 ID:N/ENXsmG
自己肯定理論の再構築


(強い人が好き……?)

(分からない。勝ち目の無い戦いなんて、経験した事なかったし……)

(……喧嘩××××って何だろう……? 喧嘩みたいな? 喧嘩しながら?)

(闘争が快楽……)

(あの外道魔法使いの言う通りなのかな……)

(私に敗北を認めさせる位、強い人に……)

(でも……強い人に負けたからって、服従を強いられる訳じゃないよね……?)

(そうだよ! そこから始まる恋愛だってある! ……多分、きっと)

(汚らわしい人に犯されたいなんて、論理の飛躍も好い所)

(美人に見えなかったのは、容姿に拘らないって事でしょう?)

(私は普通、私は普通……)

(……普通……普通……)

(……あれ…………?)

(…………ぐわーっ!! 外道魔法使いなんかに、上手く言い包められてしまった!!)

(この私とした事が、一生の不覚! 外道魔法使いめ……許ない!!)


立ち直りは早かった。

73 : 忍法帖【Lv=24,xxxPT】 :2011/05/10(火) 18:45:15.66 ID:N/ENXsmG
「サティ、昨日の事だけど……あれから何かあったの?
 もしかして、あなたが外道魔法使いって言ってたティファさんと何か――……」

「あの女は最悪の外道魔法使いでした。取り逃がしてしまいましたが、次は絶対に許しません。
 外道魔法使いは駆逐されるべきです」

(何かプライド傷つけられる様な事あったのかな……)

74 :創る名無しに見る名無し:2011/05/10(火) 21:10:14.94 ID:N/ENXsmG
battle mania じゃなくて battlemania だったね……

『虹色の<イリデッセンス>』・バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・カローディア

75 : 忍法帖【Lv=25,xxxPT】 :2011/05/11(水) 18:08:35.38 ID:t0trvHcU
魔法暦1000年の未来より


第一魔法都市グラマー ランダーラ地区にて


ランダーラ地区にある、ランダーラ魔法病院は、特殊な魔法(呪い)によって病気に罹った者を、
専門に治療する環境が整っている、数少ない施設である。
しかし、これが呪いの効果であると断言出来る症状は限られており、ここに運び込まれる患者の多くは、
地方病院で治療不可能な原因不明の病に罹った者である。
殊、精神病に関しては、呪いを原因としない物であっても、魔法によって強制的に治療する場合がある。

76 :創る名無しに見る名無し:2011/05/11(水) 18:09:13.12 ID:t0trvHcU
「どこへ行くんですか?」

「病院だよ」

77 :創る名無しに見る名無し:2011/05/11(水) 18:10:01.14 ID:t0trvHcU
この日、1人の少年がランダーラの病院に連れて行かれた。

78 :創る名無しに見る名無し:2011/05/11(水) 18:29:05.76 ID:t0trvHcU
<患者>
イクシフィグ・ヴァルパド・コロンダ
性別:男、年齢:16?、生年月日:魔法暦987年5月8日(実際は490年前後と思われます)
現住所:ティナー地方?(詳細は不明)

<症状>
「魔法暦1003年から来た」との主張を続けています。
→重度の偏執病が強く疑われます。
精神状態は安定しており、判断力、学習能力、共に正常ですが、常識的知識が欠如しています。
→魔法的な記憶操作の疑い有。
魔法資質が極端に低い以外、身体的な問題はありません。
→魔法恐怖症の疑い有。

<備考>
ギフ交番に地理を尋ねて来た所を保護、精神科のある当院に移動。
根気強く問診を繰り返した結果、重症と認定しました。
魔導師会に関して不穏当な言動が目立ちます。
然るべき機関に連絡・処分が必要と判断された場合は、その意思を尊重します。

79 :創る名無しに見る名無し:2011/05/11(水) 18:30:21.40 ID:t0trvHcU
「各種書類を作成するに当たって……この辺の記入、どうしましょう……?」

「適当に埋めといて」

「……わかりました」

80 :創る名無しに見る名無し:2011/05/11(水) 18:31:09.60 ID:t0trvHcU
<患者>
イクシフィグ・ヴァルパド・コロンダ
性別:男、年齢:16、生年月日:魔法暦490年5月8日
現住所:第一魔法都市グラマー ランダーラ地区684−57 ランダーラ魔法病院

<病名・症状>
妄言。
偏執病の疑い有。

<治療計画>
第1段階:問診で可能な限りの情報を入手。
第2段階A:心測法と精神神経薬剤投与で、偏執病の改善を試みます。
第2段階B:(問診で十分な情報が得られなかった場合)→心測法を行います。
第3段階A:2−Aへ。
第3段階B:(心測法に失敗した場合)→フォローマニュアルに従って処置します。
第3段階C:(病症が確認出来なかった場合)→魔導師会に緊急報告。

81 : 忍法帖【Lv=26,xxxPT】 :2011/05/12(木) 21:42:56.73 ID:BugBncaQ
第一魔法都市グラマー南東区ギフの交番で、身元不明の少年が保護される。
魔法暦1000年から来たと主張する彼は、駐在執行者によって、直ちに地元の病院へ移送された。
在りもしない地理歴史の詳細を、真顔で語る彼の様子に、医師は匙を投げ、ランダーラ魔法病院に、
彼の対処を任せた。
ランダーラ魔法病院でも、誰も彼の言う事を本気にしなかったが……。

82 :創る名無しに見る名無し:2011/05/12(木) 21:46:18.65 ID:BugBncaQ
病人扱いされ続けて来た少年、イクシフィグ・ヴァルパド・コロンダは、自らの浅はかさを悔いていた。
周囲の白い目にも気付かず、有りの儘を口に出した結果、病院に運ばれ、精神病棟に軟禁状態。
冷静になれば、未来から過去に飛ばされた等と宣う者の話を、信じられる者はいない。
しかし、そもそも冷静になる事自体が無理だったとも言える。
魔法都市の遺跡で、過去に転送されてしまうとは、誰も予測出来ない。
あり得なさ過ぎる。
遠い過去に滅びた魔法使いと魔導師会は現存しており、新大陸は未だ浮上していない。
何度も医師と話している内に、彼は自分が本当に偏執病なのではないかと、疑う様にすらなっていた。
何も彼も信じられないイクシフィグは、これから自分が如何なるのか、それだけが心配だった。
家族友人恋し、元の世界に戻りたいとは思っているが、自動的に戻れるとは思えない。
そんな楽観的にはなれない。
魔法暦500年から先の出来事を正確に予言すれば、未来の人間と信じて貰えるかも知れないが、
残念ながら彼は歴史に詳しくなかった。
訳の解らない「魔法」による診察を行うと聞かされ、可笑しな同意書を渡された時には、
もう勝手にしろと言う投げ遣りな気持ちになっていた。

83 :創る名無しに見る名無し:2011/05/12(木) 21:47:27.55 ID:BugBncaQ
簡易心測法の結果は、偏執病患者の妄言が事実である可能性を生み出した。
担当医は自分の手に余る事態と認識し、魔導師会に連絡した。
何より不味かったのは、「500年後には魔導師会が無くなっている」証言。
俄かには信じ難い情報に、魔導師会は難しい判断を迫られた。
何も無かった事にするべきか、重要な事として取り上げるべきか……。
無かった事にするのは容易い。
しかし――――……。

84 :創る名無しに見る名無し:2011/05/12(木) 21:49:55.19 ID:BugBncaQ
心測法が行われた後から、イクシフィグは周囲の空気の変化を感じ取っていた。
ある日、魔導師会の者が面会に来ると医師に言われ、彼は個室から出る事を禁じられた。
この面会の対応次第で、これからの処遇が決まる事は、容易に想像出来た。
彼は不安になり、もう偏執病患者と言う事で通してしまった方が楽なのではないかとも考えた。
自分にとってベストな答えは何か……?
幾ら知恵を絞った所で、そんな事が判る訳も無い。
心落ち着かない儘、徒に時間だけが過ぎ……そして、その時を迎えたのである。

85 :創る名無しに見る名無し:2011/05/14(土) 20:51:33.22 ID:1fcKQxpH
面会客は2人の老人。
2人共、豪奢な刺繍入りのローブを着ていた。
少年、イクシフィグは知らない。
彼等が魔導師会最高意思決定者の八導師、第二位と第五位である事を。
現八導師第二位バトロ・フレキセと、第五位スレンジ・ワークス。
魔導師会のトップが動く事は、病院側にとっても全くの予想外であった。
それでもイクシフィグは、2人の佇まいから、彼等が徒者で無い事は感じていた。

 「君が魔法暦1000年から来たと言う子供か?」

強面の八導師第二位、バトロの重い声に、少年は威圧された。
子供と言われた事に反発を覚えはした物の、そんな小さな怒りは一瞬で引っ込んでしまう。
緊張して萎縮するイクシフィグを見た第五位スレンジは、バトロに苦言を呈した。

 「ネク・バトロ、もう少し物言いを考えては……?
  可哀想に、怯えているではありませんか」

 「レザフ・スレンジ……では、如何しろと言うのだ?」

バトロは顔を顰め、スレンジに言い返す。

 「やれやれ、次期ネクは苦労しそうですな。
  私が聞き役に回ります」

不器用な次期最長老に代わり、スレンジが進み出る。
バトロは下がり、両腕を組んで少年を睨み付けた。

 「今日は、少年。
  私は魔導師会の最高意思決定者、八導師が一、第五位のスレンジ・ワークス。
  そこの彼は同じく八導師が一、第二位のバトロ・フレキセ。
  君の名前を教えてくれないかな?」

魔導師会の八導師と言われても、イクシフィグには「偉そうな人」としか分からない。
故に少年は人の好さそうなスレンジの声に、少しだけ気を緩める事が出来た。

 「……イ、イクシフィグ……イクシフィグ・ヴァルパド・コロンダ」

 「イクシフィグ君」

スレンジは、ゆっくり彼の名前を口する。
それは魔法の息吹となって、イクシフィグの警戒を解いた。

 「君のいた時代……500年後の未来の話を、聞かせてくれないか?
  どんな時代だったのか、そして……如何やって、この時代に来たのか……」

八導師第五位、スレンジの声は何処までも優しい。
初めて自分の言う事を信じてくれる者が現れた事に、イクシフィグは希望を見出した。

86 :創る名無しに見る名無し:2011/05/14(土) 20:53:36.50 ID:1fcKQxpH
イクシフィグの語る事が嘘でない可能性が浮上した後も、ランダーラ魔法病院の関係者は、
魔導師会からの指示で、彼を偏執病患者として軟禁し続け、他人と距離を置かせた。
人との繋がりを求めていた少年は、自分に理解を示した最初の人間を信頼する様、仕向けられていた。
バトロとスレンジの遣り取りも、当人達の性格から自然に行われる様に、予定された物である。
それを知らないイクシフィグは、容易にスレンジに心を開いた。

 「ええっと、何から話せば良いか……」

 「先ずは、君の事を。
  一体どうして、こんな事になってしまったんだ?
  何処で何が起こった?
  それから順に聞かせてくれ。
  私達に解らない部分は、その都度質問させて貰うから」

少年イクシフィグはバトロの鋭い視線に戸惑いながら、今日に至る経緯をスレンジに話した。

 「俺は自由都市ティナーで生まれました」

 「……済まない。
  行き成りで悪いが、自由都市ティナーとは?
  第四魔法都市ではないのか?」

初っ端から話の腰を折られ、イクシフィグは困り顔になる。

 「それは……確か、完全な自治権を確立した最初の都市だったから……」

 「完全な自治権……?
  都市の運営は市議会が行っている。
  もしや、魔法に関する法律の事を言っているのか?」

 「そこの所は、よく分からないですけど……」

都市が魔法に関する法律を管理している。
スレンジにとっては――否、魔導師会にとっては、非常に重要な事。
魔導師会は存続しているのか?
権利の譲渡は穏便に行われた?
それとも……?

 「……悪かった。
  続けてくれ」

気になる事は多過ぎるが、スレンジは自信無さそうな少年の態度から、今あれこれ尋ねた所で、
正確な情報を得る事は難しいと判断し、話を続けるよう促した。

87 :創る名無しに見る名無し:2011/05/14(土) 20:55:12.45 ID:1fcKQxpH
魔法暦1000年の未来でも、都市の成り立ちは、公学校の授業で習う物である。
至って普通の学生であるイクシフィグが、それについて「分からない」と言った理由は、
偏に彼が真面目に勉強していなかったからに他ならない。
イクシフィグはスレンジの質問に満足に答えられなかった事を申し訳無く思ったが、
知らない物は知らないので、取り敢えず話を続ける事にした。

 「自由都市ティナーの西、ずっと西には都市遺跡があって、俺は学校の夏休みに――――」

 「度々済まないが、その都市遺跡と言うのは、どの辺りにある?
  まさか……まさかとは思うが……」

ティナーの西と聞いた途端、スレンジは焦りの色を浮かべ、手帳と万年筆を取り出した。

 「……地図を描いてくれないか?
  自由都市ティナーと都市遺跡の大凡の位置関係が判る様に」

 「あ、はい」

イクシフィグは筆記用具を受け取ると、真面目な顔付きで描図に集中した。
初めの内は滑らかに手を動かしていた彼だったが、3点程経過した後、ぴたりと動きを止め、
恐る恐るスレンジを見上げる。

 「あの……」

 「何だ?」

 「失敗したんで、描き直しても良いですか?」

 「構わんよ。
  新しいページを使うと良い」

その後も少年は何度か描図に失敗し、手帳のページを無駄に消費したが、スレンジは咎めなかった。
八導師の2人は、神妙な面持ちで静かに待った。

88 :創る名無しに見る名無し:2011/05/14(土) 21:04:35.11 ID:1fcKQxpH
――――……約3針後。

 「……出来ました。
  大体、こんな感じです」

イクシフィグはスレンジに、地図を描いた手帳のページを見せた。
見開き1手平方の右側のページには、中心に「自由都市ティナー」と書き込まれた大き目の円が1つ。
「自由都市ティナー」の周辺には、町村名と思しき文字を添えられた小さな丸印が、幾つも群がっている。
見開き左側のページには、「自由都市ティナー」と同程度の大きさの円が、描かれていた。
中心には「魔法都市遺跡」の文字。
そして、ページを跨いで左右の大きな円を繋ぐ、「旧街道」と添え書きされた1本の線。
それは費やした時間に見合わない程、簡略化されていて、お世辞にも上手とは言えない物だったが、
スレンジには判ってしまった。
自由都市ティナーと第四魔法都市ティナーが同一ならば、彼の言う都市遺跡は……。

 「何と言う事だ……!」

500年後の第一魔法都市グラマーに違い無かった。

89 :創る名無しに見る名無し:2011/05/14(土) 21:14:08.86 ID:1fcKQxpH
ショックを受けて呆然としているスレンジに、イクシフィグは尋ねた。

 「あの……大丈夫ですか?」

スレンジは何も答えなかった。

 「……で、学校の夏休みに都市遺跡に行ってみたんですよ。
  その地下には、絶対に解けない強力な魔法結界があるって話で……。
  どんな物かと興味本位で近付いてみたら、急に目が眩んで……。
  気が付いたら…………聞いてます?」

イクシフィグは続きを話したが、スレンジは上の空で、独り別の事を考えている様子。
真剣に話を聞いて貰えず、少年は肩を落とす。

 「うむ……ネク・バトロ」

重苦しい沈黙の後、スレンジはバトロの名を呼んだ。
合図に応え、バトロはイクシフィグに声を掛ける。

 「イクシフィグ、君の問題を解決する方法は、既に考えてある」

 「のわっ!?
  今、何て言いました!?
  元の時代に帰れるんですか!?」

バトロが急に動いた事と、彼の話の内容に、イクシフィグは一度に二度分飛び上がって驚いた。
大袈裟に反応した少年を落ち着かせる様と、バトロは努めて冷静に言う。

 「時間は掛かるが、何とかしよう。
  代わりにと言っては何だが、その準備が整うまでの間、私達に未来の事を教えて貰いたい。
  応じてくれるなら、病院外に君の住居を移し、なるべく滞在中の不自由が無い様に努力する」

元の時代に戻れる上に、狭苦しく陰鬱な病院から出られる。
断る理由は無い。
イクシフィグは一も二も無く飛び付いた。

 「良いですよ。
  俺の知っている事でしたら、何でも全部教えます!」

 「有り難う。
  君の身元は、こちらで引き受ける事になる」

少年イクシフィグは歓喜したが、彼は知らなかった。
病院を離れても、自由になれる訳では無い事を……。

90 : 忍法帖【Lv=28,xxxPT】 :2011/05/14(土) 21:14:49.41 ID:1fcKQxpH
後日、イクシフィグ・ヴァルパド・コロンダは、同市内の魔法刑務所に移送される。
フリックジバントルフが予言した、魔法暦1000年の未来を知る者として。

91 : 忍法帖【Lv=29,xxxPT】 :2011/05/15(日) 20:29:45.56 ID:LdQCeQKy
第一魔法都市グラマー ニール地区魔法刑務所にて


魔法刑務所には、魔導師会の定める「魔法に関する法律」を犯した者が収監されている。
懲役刑を言い渡された者、刑の執行を待つ者は、囚人棟に押し込められ、
実刑が確定していない者、一時的に身柄を確保された者は、監理棟にて日を過ごす。
魔法刑務所内には他にも、職員棟、処分場、等々の施設があるが、何れも普通に暮らしていれば、
恐らく一生係わる事が無い場所である。
その中に、一般に存在を殆ど知られていない、封印塔と言う物がある。
外観は何の変哲も無い白塗りの塔であり、何も知らない者は、これを見張り塔と誤解するだろう。

92 :創る名無しに見る名無し:2011/05/15(日) 20:33:00.49 ID:LdQCeQKy
封印塔とは、その名の通り、人を封印する設備が用意された建物である。
通常、凶悪犯罪者は魔法を封じられた上で処刑されるのだが、この過程に封印塔は関係しない。
では、人を封印する意味とは……?
どの様な人物が封印されるのか……?
そもそも「封印」とは何なのか?
封印塔の存在と同じく、これも全く知られていない。

93 :創る名無しに見る名無し:2011/05/15(日) 20:35:50.81 ID:LdQCeQKy
……――市場に出回っている魔力石の一部は、魔法刑務所から出荷されている。
噂好きな者達の間では、その様な話が真しやかに囁かれている。

94 :創る名無しに見る名無し:2011/05/15(日) 20:41:21.24 ID:LdQCeQKy
魔法資質が極限まで高まると、人は人でなくなると言う。
古の魔法使い達は、神や精霊との一体化を目指した。
「魔法大戦の伝承」で名の知れている英雄の中にも、一部俗説で精霊の子とされている者がいる。

95 :創る名無しに見る名無し:2011/05/15(日) 20:52:29.73 ID:LdQCeQKy
ニール地区魔法刑務所の封印塔最上階は、地上から1巨。
そこは封印塔の管理者が滞在する、居住フロアである。
静寂を好む管理者達の元に、最近、新たな入居者がやって来ると言う話があった。
その関係で、封印塔内の一部を大幅に改装する為、刑務所外者の出入りが頻繁になる事に、
封印塔の主任管理者は不満を持っていた。

 「ここ数日で、封印塔とは思えない位、賑やかになったな」

 「例の入居者関係の工事で、これから何年かは、こんな調子だと。
  騒がしくて敵わん。
  封印塔に人を住まわせようだなんて、どういう積もりなんだか……全く」

封印の意味を知っている者は、封印塔を特別な場所と認識する様になる。
ここは神聖な場所であり、俗人が軽易に立ち入って良い場所では無い。
封印塔を管理する者は、誰も似た様な感情を抱いている。

 「八導師のお客様って話を聞いたが、本当なのか?」

 「そんな重要人物を魔法刑務所の、しかも封印塔に住ませるか?
  訳ありには違い無かろうが……」

 「本部からの通達では、何て?」

 「入居者は1人、それに親衛隊が付くとしか聞かされていない。
  何処の誰だとか、そんな話は全然」

 「親衛隊が付くって事は、こりゃ相当だな。
  厄介な事にならなきゃ良いが……。
  その入居者の名前は?」

 「……Exit Figment と書いてある。
  本名か知らんが、嫌な名前だ」

96 :創る名無しに見る名無し:2011/05/17(火) 18:51:20.52 ID:lc4ibPrQ
拝啓 プラネッタ・フィーア様

東時の明るさに、冬の終わりを実感する様になりました。
砂漠にも緑が蘇る時季と存じます。
これから私は、ティナー地方タンク湖からテール川を上り、第五魔法都市ボルガに向かいます。
高山地に囲まれたボルガ地方には、辺境の地が多いので、調査と移動に時間を取られ、
ノルマ達成が遅れる可能性があります。
手が空いている内に量をこなしたいので、今後タスクは多目に送って頂くよう、お願い申し上げます。

敬具

3月23日 サティ・クゥワーヴァ

97 :創る名無しに見る名無し:2011/05/17(火) 18:58:31.81 ID:lc4ibPrQ
ティナー地方タンク湖にて


大都市が丸々収まる面積を持つタンク湖は、ブリンガー地方のインベル湖に次ぐ貯水量を誇る、
ティナー地方最大の淡水湖である。
この湖には怪獣が潜んでいるとか、遺跡が沈んでいるとか、様々な噂があるが、それを確かめた者は、
誰一人としていない。
事の真偽を確かめる為に、暇な魔導師が不特定多数の市民の前で、魔法による湖の地形走査を行い、
その結果、元から根拠薄弱であった噂は、完全に否定される様になった。
しかし、今まで信じて来た神秘を失いたくない者達は、湖底に溜まった泥の中に可能性を逃隠させた。
擂り鉢状の湖底の水深は、最も深い部分で4通、堆積した泥土を除けば5〜6通にもなる。
諦めの悪い者達は、熱弁を振るう。
この中に「何かある」と。

98 :創る名無しに見る名無し:2011/05/17(火) 19:29:18.06 ID:lc4ibPrQ
 「……――で、湖の底は調べないの?」

 「どうしてそんな事を訊くんですか?」

霧深いタンク湖の畔。
ジラ・アルベラ・レバルトに問われたサティ・クゥワーヴァは、不快感を露に尋ね返した。

 「だって……ほら、いつもの調子なら、自分の目で確かめてやるって」

 「根も葉も無い噂話を一々確かめていたら、時間が幾らあっても足りませんよ」

サティの言う事は、尤もである。
皮肉半分で訊いてみたジラは、サティの常識的な返事に安心した。

 (――だよね)

エラッタの性向あれど、サティにだって、今やるべき事と、そうでない事の区別は付くのだ。
ジラは安心序でに嫌味な事を尋ねる。

 「……じゃあ、時間に余裕があれば調べたの?」

 「たとえ時間があっても、そんな馬鹿な真似はしません」

膠も無い答えであったが、ジラは違和感を覚えた。
サティの性格からして、態と曖昧な言い回しで、自分を困惑させると思っていたのだが、
あっさりと否定されてしまい、拍子抜けした気分になる。
サティ程の魔法資質の持ち主ならば、どんなに深い湖でも、軽く潜水して探知魔法を使うだけで、
湖底に何があるか位は簡単に判る筈なのだが……。

99 :創る名無しに見る名無し:2011/05/17(火) 19:35:11.29 ID:lc4ibPrQ
ふと、ジラはグラマー地方の風土を思い出した。
乾燥したグラマー地方には、深い川や湖が無く、行水の習慣はあっても、泳ぎの得意な者はいない。
そう言えば、サティが水に浸かる所も見た事が無い。

 「ねえ、サティ……もしかして、水が怖いの?」

何気無く尋ねた一言。

 「水自体は怖くありませんよ」

サティは冷静に答えたが、その内容は何とも歯切れの悪い物であった。
ジラは「おや?」と思い、再び尋ねる。

 「水自体って事は……潜るのが怖いの?
  泳げないとか?」

 「分かりません。
  泳いだ事、無いですから」

サティは堂々と言って退けたが、それは強がりに過ぎない。

 「……泳げないのね」

 「そうと決まった訳では無いでしょう?」

理屈を捏ねた所で、泳いだ事の無い者が、上手に泳げる道理は無い。

 「泳いでみる?」

 「嫌ですよ」

空を飛ぶ事も、水の上を歩く事も、水を浴びる事も出来るのに、水の中には入れない。
ジラは奇妙な事だと首を捻ったが、サティにも苦手な事があるのだと知り、彼女に少し親近感を持った。

100 :創る名無しに見る名無し:2011/05/17(火) 19:35:45.39 ID:lc4ibPrQ
タンク湖は対岸が見えずとも、高い山に囲まれている分、インベル湖の様な広さは感じられない。
しかし、霧が立ち込めると、この湖は不気味に姿を変える。
湖畔の小道は何処も同じ様な地形で、しかも余りに湖が広いので、遠景を確認しないと距離感が狂う。
見晴らしが悪い中、下手に歩き回ると、道慣れた者でも遭難してしまう。
故に、タンク湖に近いティナー地方の東部には、霧に纏わる逸話が多い。
開花期、湖に毒が溜まる様になると、伝説はおどろおどろしい物へと変貌して行く……。

101 : 忍法帖【Lv=31,xxxPT】 :2011/05/17(火) 19:36:34.85 ID:lc4ibPrQ
春先とは言え、未だ寒い日が続く。
よく晴れる朝方は、湖を覆う冬霧が、近くの街まで漂って来る。
見えなくなる事を恐れる心と、見えない物を恐れる心は、根源を同じくする物同士。
平穏期になって、毒の正体は解明され、湖は浄化されたと言うのに、未だ迷信を生み出す者がいる。
畏怖と恐怖が絡み合い、根拠の無い噂が霧の様に立ち込める湖。
サティは霧の中で闇く青を深める湖に、得体の知れない不気味さを感じ、身を震わせた。
――確かに、「何かいる」かも知れない。

102 : 忍法帖【Lv=32,xxxPT】 :2011/05/18(水) 18:48:52.68 ID:aXzH6VrV
八導師が人前に姿を現す事は、滅多に無い。
魔法暦211年、八導師最長老コーワトス・ベヘゴ・ハジャ暗殺未遂事件(通称カシン凶事)以来、
八導師は市民から遠い存在になった。
しかし、公私拘らず、八導師の護衛は最小限しか付かない。
この護衛を務めるのが、親衛隊である。
親衛隊は、八導師の命令に従い、特別に任務を実行する、八導師直属の部隊。
中央運営委員会からも法務執行部からも独立した権限を持つ。
親衛隊自体は、魔導師会創設以前からあったが、注目を集める様になったのは、
カシン凶事以降である。
魔導師会創設より、八導師が何者かに危害を加えられた事実は無い。
それについて、魔導師会が情報を隠蔽しているとか、否、親衛隊による警護が完璧なのだとか、
様々な見方があるが、何れも的外れである。
カシン凶事の様に、親衛隊の警護は何度も失敗している。
……だが、何人たりとも八導師を傷付ける事は出来ないのだ。

103 :創る名無しに見る名無し:2011/05/18(水) 18:50:01.40 ID:aXzH6VrV
カシン凶事


魔法暦211年、グラマー地方東部、ティナー地方との境に近い都市カシンで起きた、
当時の八導師最長老コーワトス・ベヘゴ・ハジャ(レダ・コーワトス)暗殺未遂事件。
犯人は外道魔法使いの女。
現行犯で取り押さえられた彼女は、後に魔導師会裁判で死刑判決を下され、処刑された。
魔法暦200年を過ぎた当時は、開花期の勢いの衰えが顕著になり始めた頃で、開発を継続しようと、
僻地の住民に対し、強引な方策を決行する為政者や魔導師が多かった。
幸い襲撃による死者は出ておらず、レダ・コーワトスも無傷であった。
マスコミが大きく取り上げなかったにも拘らず、この事件は伝聞の形で広く市民に知られる事となった。
その為、憶測から始まった怪しい噂が絶えない。

104 :創る名無しに見る名無し:2011/05/18(水) 18:51:56.86 ID:aXzH6VrV
大陸中央新聞記者によるカシン凶事匿名取材メモ


事件目撃者証言総括


事件の目撃者には、レダ・コーワトスは殺害されたと証言する者が複数いた。
犯行に用いられた凶器は、妖獣退治用の破砕型魔導機。
目撃者の数人は、レダ・コーワトスの頭部が撃ち抜かれる瞬間を見たと言い、
少なくとも無傷はあり得ないと断言する。
血飛沫と肉片が飛び散った様子を、鮮明に記憶している者もいた。
しかし、レダ・コーワトスは翌日には大衆の前に姿を現し、無事をアピールしていた。
随伴記者によれば、その後の外遊・会談も滞り無く行われていた。
禁呪とされている蘇生魔法を使ったとしても、頭部を破壊されて、即復活は不可能であろう。
そもそも完全な蘇生魔法は、実在が疑わしい。
衝撃的な光景を目の当たりにした者達は、事件後のレダ・コーワトスは替え玉か、或いは、
殺されたのは彼の影武者だったと考えている。
この事件以後、八導師が市民の目に露出する機会は明らかに減少したが、不可解な事に、
最も重要と思われる随伴親衛隊の体制だけは、改善された気配が無い。
暗殺・強襲を警戒しているのは魔導師会だけで、八導師は全く問題としていないかの様である。

105 :創る名無しに見る名無し:2011/05/18(水) 19:04:28.55 ID:aXzH6VrV
犯人の様子


魔導師会法務執行部に掛け合い、執行者の監視の下、拘留中の犯人と接触する事が出来た。
カシン凶事の犯人である外道魔法使いの女性は、外見年齢二十歳前後、高く見積もっても三十路前。
魔法色素の為か、短く切り揃えられた髪は深い青色であった。
薄い褐色の肌と、くっきりした目鼻立ち、やや童顔である事から、グラマー地方南西部か、
それ以南の出身と推測。
彼女は、あらゆる質問に対して黙秘を貫いたが、レダ・コーワトスが生きていた事を告げると、
強く衝撃を受けた様子であった。
しかし、それ以外では何を尋ねても反応が薄く、犯行動機や事件背景を解き明かす事は叶わなかった。

Note.
後に彼女は仮名(ノートリアス・ヘイナス)を付けられ、魔導師会裁判で死刑判決を下されるのだが、
公開される死刑執行リストに、その名と事件名が載る事は遂に無かった。
追従犯の出現を防止する為、魔導師会は見せしめにする物と思っていたが……。
法務執行部と何らかの取り引きをして、死刑執行を免れた可能性がある。

106 :創る名無しに見る名無し:2011/05/19(木) 21:32:36.91 ID:Yo3j3rco
第一魔法都市グラマー ニール地区魔法刑務所 封印塔にて


封印塔の最上階、その一室。
1大平方の室内には、簡素な椅子数脚とベッド以外に、備品が全く無い。
外の景色を眺める窓すらも。
床と天井、そして四方の壁は、巨大な時計を配った文様で埋め尽くされている。
D級禁断共通魔法の魔法陣である。
魔法の対象は、この部屋に住んでいる少年。
この少年は、客観的に言うと、幽閉されている事になるのだろう。
少年自身も、そう思っていた。
一人の「少女の外見をした人物」が、彼の元を訪ねて来るまでは……。

107 :創る名無しに見る名無し:2011/05/19(木) 21:34:09.41 ID:Yo3j3rco
事前に何の説明も無く、執行者によってランダーラ魔法病院の精神病棟から連れ出された少年は、
ニール地区魔法刑務所の封印塔最上階にある、無駄に広い部屋に放り込まれた。
今日からここで暮らせと言われて。
しかも、執行者は去り際に外側から鍵を掛けた。
詰まり、出るなと言う事。
余す所無く意味あり気な文様が書き込まれた室内は、引っ越し立てのアパートの様に物が無い状態。
窓も無いのに、何故か明るく、それが却って不気味さを倍加させている。
これが幽閉以外の何であろうか……。
未だ精神病棟の方が増しと言えた。
少年は騙された気分になったが、怒りが湧き上がるより、強烈な睡魔に襲われた。
魔法の事をよく知らない少年は、披露の所為だと思っていたが、これが不気味な文様――――即ち、
魔法陣の効果である。
彼は悩み考える事を止め、ベッドに倒れ込み、気を失った。

108 :創る名無しに見る名無し:2011/05/19(木) 21:35:15.35 ID:Yo3j3rco
少年が目覚めた時には、その「少女の外見をした人物」は既にいた。
まるで少年が起きるのを待っていたかの様に、ベッドの脇に置いた椅子に座って。
驚いた少年は「うわっ!」と声を上げてベッドから落ちたが、彼女は柔和な笑みを浮かべるだけであった。

 「だ、誰?!」

少年はベッドを挟んで反対側に身を隠し、顔だけ覗かせて、彼女に尋ねた。

 「魔導師会の者です。
  親衛隊が一、アクアンダ・バージブン。
  初めまして、イクシフィグ・ヴァルパド・コロンダ様」

アクアンダは丁寧に礼をする。

 「え……親衛隊……?
  あ、それより……あの……うーん……」

突然の事に、何を尋ねて良いか戸惑う少年に、アクアンダは言った。

 「先ず初めに、執行者の非礼をお詫び申し上げます。
  本来なら我々親衛隊がお連れするべきでしたが、規律と形式に拘る連中でして……。
  貴方様は現在の状況について、多くの疑問を抱いていらっしゃる事と存じます。
  どうか私に説明させて頂けませんでしょうか?」

過剰とも思える彼女の謙り振りに、少年の当惑は深まる。
理不尽な扱いに対する怒りも何も忘れて、少年は頷く事しか出来なかった。

109 :創る名無しに見る名無し:2011/05/19(木) 21:36:26.60 ID:Yo3j3rco
アクアンダは笑顔の儘、深く礼をする。

 「お心遣い感謝致します。
  イクシフィグ様は未来からいらしたとの事で、魔導師会は貴方様を元の時代にお帰しすべく、
  専門家にその方法を探させました」

専門家なんているのか?
疑問に思いながらも、少年は取り敢えずアクアンダの話を最後まで黙って聞く。

 「その結果、これ以外に無いと言う事で、それをお伝え致します」

少年は無意識にベッドのシーツを握り締め、息を飲んだ。
アクアンダは間を置かずに続ける。

 「貴方様の時間を止めて、500年後に解放します」

少年は「おおっ!」と感動の息を吐いたが……数極後には冷静になって、アクアンダに尋ねた。

 「でも……、大丈夫なんですか?」

理屈で言えば、それで元の時代に戻った事になるのだろう。
しかし、少年は不安だった。
魔導師会は少年がいた時代には無くなっている。
500年間、時間停止状態を維持出来るのか?
未来が変わっている可能性は?
500年後、自分が2人いる事になりはしないか?
そもそも時間停止が実際に可能なのか?
考えれば考える程、不安は大きくなり、やがて恐怖へと変わった。

110 :創る名無しに見る名無し:2011/05/20(金) 19:20:17.63 ID:Oq/4wb23
少年の疑問を受けたアクアンダは、静かに彼の次の言葉を待っていた。
何が問題なのか、全く理解していない風にも見える。
胸中を理解して貰いたければ、少年は具体的に何を恐れているのか、彼女に言わなければならない。
それは彼自身も理解していたが、漠然とした恐怖の正体を直ぐに言葉にする事は出来なかった。
急かされている気分になった少年は、間を持たせる為に、苦し紛れの言葉を吐いた。
そうする事で自分の意思を示さなければ、良くない方向に流されそうで……。

 「だ、だって……待って下さいよ」

待った所で、どうなる物でも無いかも知れない。
しかし、他に方法が無かったとしても、一旦心を落ち着ける余裕が欲しかった。
アクアンダは笑みを絶やさず、小首を傾げ、「どうしました?」と少年に尋ねる。
今の少年にとっては、彼女の笑顔が恐ろしくて堪らない。

 「時間を止めるとか、急にそんな事言われても……」

 「元の時代にお戻りになりたいと仰ったのは、イクシフィグ様ではありませんか?
  貴方様の御心配は尤もな事と存じますが、既に計画は始まっています」

自分の知らない所で、重要な事が行われようとしている事に、少年は焦燥を募らせた。

 「……計画って?
  知らない……俺は何も聞いてませんよ!
  何の計画ですか!?」

 「勿論、イクシフィグ様を未来にお帰しする為の計画で御座います。
  その準備段階として、魔導師会は貴方様をこの部屋にお連れしました」

淡々と話を先へ先へ持って行こうとするアクアンダに、少年は信じられないと首を横に振って見せる。

 「いやいやいやいや、何勝手に進めてるんですか?
  …………もしかして、もう計画止められないとか?」

 「止めたいのですか?
  未来にお帰りになりたいのでしょう?」

少年の「帰りたい」と言う願いが、絶対的な物であるかの様な口振り。
アクアンダに計画を止める気は全く無い様である。
彼女に計画を変更する権限が無かったとしても、その態度は少年を苛立たせた。

111 :創る名無しに見る名無し:2011/05/20(金) 19:21:02.42 ID:Oq/4wb23
元の時代に帰りたいとは言ったが、確実性に欠けるのであれば賛成は出来ない。
少年は疑問に思っている事を、全て尋ねた。

 「帰れるなら、帰りたいですよ。
  でも、時間を止めるとか信じられないし、この未来が俺のいた未来と繋がっている保証も無いし……。
  500年経って目覚めたら、全然違う世界でしたなんて事も……あり得ます……よね?
  それ以前に500年も時間を止め続けていられるかってのも……」

少年はアクアンダの顔色を窺いながら言ったが、彼女の笑顔は崩れなかった。

 「八導師が仰るには、全ては織り込み済みとの事です。
  仮に途中で目覚めても問題ありません」

それが当然の事であるかの様に、アクアンダは断言する。
少年は堪らず立ち上がり、怒鳴った。

 「問題無いって……俺のいた時代では、魔導師会は無くなっているんですよ!?
  それなのに問題無い訳が――――」

勢いに任せて捲くし立てようとした時である。
アクアンダは少年の瞳を見据え、人差し指を立てた手を、そっと少年に向けた。
その表情は、相変わらず笑顔の儘。

 「何か問題がありますか?
  無礼を承知で申し上げますが、魔導師会に貴方様を保護する義務はありません。
  貴方様は元より無頼の身。
  別の時代に独り置かれようと、それは『元通り』で御座いましょう?
  それとも……この時代で生きる決心をなさいますか?」

少年は何も言い返す事が出来なかった。
自身の生殺与奪は魔導師会の掌中にあり、全ては厚意によって行われている事を思い知らされたのだ。
随分と独善的な厚意ではあるが……。
何も持たない自分の我が儘を、ある程度聞き入れてくれるだけで、それなりに有り難いと思うべきなのか、
少年は悩んだ。

112 :創る名無しに見る名無し:2011/05/20(金) 19:21:34.73 ID:Oq/4wb23
勢い萎えた少年を見て、アクアンダは優しく言った。

 「……時間を掛けて納得して頂きたいと思います。
  前向きに御検討下さい」

アクアンダが席を立つと、少年は再び睡魔に襲われる。
……眠っている間に、時間の流れを変えられていると知ったのは、数週後――。
彼にとっては、数日後の事である。

113 :創る名無しに見る名無し:2011/05/21(土) 21:12:08.73 ID:j648sFgb
拝啓 プラネッタ・フィーア様

秋が深まり、ようやく残暑も落ち着いて、寒さを感じる時候となりました。
私は現在、ブリンガー地方東部の都市バスタに滞在しています。
ブリンガー地方での調査は、来月半ばには完了させ、次はカターナ地方に向かう予定です。
今の所、調査は順調で、報告書として、それなりに形になる物を提出できそうです。

敬具

10月25日 サティ・クゥワーヴァ

114 :創る名無しに見る名無し:2011/05/21(土) 21:17:29.36 ID:j648sFgb
ブリンガー地方ベル川にて


川幅2区、涼風穏やかな秋のベル川中流域は、水嵩が通常の倍になり、河川敷を完全に埋めて、
2身の堤防をも越えんとせんばかりの大増水であった。
ベル川、秋の風物詩、大溯上である。
ベル川の上流で生まれ、海に出ていた魚が、産卵の為、この時期一斉に生誕の地へ戻るのだ。
水面は畝りながら白銀に輝き、稀に勢い余って弾き出された魚が、堤防を越える。
魚捕り放題と思ったら、大きな間違い。
安い仕掛けは魚群の勢いに破壊されるし、それを追って大海獣が迷い込むので、
堤防に近付く事すら危険と言われている。
大溯上の時は船も止まり、人は堤外に零れ落ちた魚を拾う位である。

115 :創る名無しに見る名無し:2011/05/21(土) 21:21:09.49 ID:j648sFgb
定期船でのベル川下りを計画していたサティ・クゥワーヴァとジラ・アルベラ・レバルトは、
思わぬ所で足止めを食う事になってしまった。
川を横切る高架橋の上で、おどろおどろしい川面を眺めながら、ジラは溜め息を吐く。

 「あーあ、この時期に船で移動するのは、無理があったかな……」

半ば残念そうな、半ば安堵した様な彼女の声の裏には、これで少しは休めるだろうという思惑があった。
大溯上は、気温が下がり涼しくなり始める9月上旬から、寒さが厳しくなる10月下旬までの間、
不定期に起こる。
今年は既に9月下旬から10上旬にかけて、長期間の大溯上が起こった後であり、
それから10月半ばを過ぎて、更に規模の大きい第2陣が来た前例は殆ど無い。
ジラが「船での川下りも一度は経験してみる物」とサティを説得した理由は、偶には歩みを止めて、
息抜きする日も必要と考えたからなのだが、船旅その物が中断するとは流石に予想外であった。
彼女等が乗る予定だった船は、魚群に突き上げられ、大波に揉まれているかの様に、大きく揺れている。
船着場も水の中……と言うより、魚の中。
秋晴れの空は、飛び跳ねる雑魚を狙う鳥の群れに埋め尽くされ、これは嵐か地獄かと思わされる、
異様な光景である。
ブリンガー地方出身のジラには、見慣れた物だが……。

116 :創る名無しに見る名無し:2011/05/21(土) 21:24:54.09 ID:j648sFgb
グラマー地方出身のサティにとっては、初めて目にする物。
色姿様々な魚が、一斉に一方向に向かう。
海から川を上り、インベル湖で一息、そして更に上流へ。
先を競い、道半ばで力尽きようとも。
話に聞いた事はあるが、実際に見ると迫力が違う。
彼女は、広大な自然に生きる命の神秘と激しさを感じずにはいられなかった。
懸命に生きる物への畏敬、それとは裏腹に胸を棘す、粗暴さに対する卑蔑。
言には表し難い感情をありの儘に受け入れ、サティは荒れ狂う川面を茫然と見下ろした。

117 :創る名無しに見る名無し:2011/05/21(土) 21:26:36.17 ID:j648sFgb
ジラは川下を指して、大溯上に見入っているサティに言う。

 「サティ、ほら、向こう。
  来るよ」

サティが下流方向を振り返ると、一際大きな波が上流側へ押し寄せて来る所であった。
濁流が堤防を越え、何百匹と知れない数の魚を巻き込んで堤外に流れ落ちる。

 「あれは何ですか?」

 「大海獣の群れ。
  海獅子かな?」

大溯上の時には、海から魚を追って来た大海獣が、よく川に迷い込む。
獲物捕り放題と思ったら、大間違い。
巨大な海獣とて、大溯上の勢いには逆らえず、海に戻ろうにも戻れなくなる。
大溯上が終わると、人に狩られる運命だ。

118 :創る名無しに見る名無し:2011/05/21(土) 21:27:56.16 ID:j648sFgb
数え切れない命が散る、大溯上。
ジラは溜め息混じりに言う。

 「どうして魚は、わざわざ危険な海に出るんだろうね?
  戻って来るのにも、こんな苦労までして……」

強く生きるには、大きな体が必要。
体を大きくするには、栄養に富んだ海に出なくてはならない。
科学的な理由は、そんな所だろう。
本能と言い切ってしまえば、それまでの事。
それは答えを期待しない問い掛けだったが……サティは海の方角を見て、遠い目をした。

 「……見果てぬ向こうに、新しい世界が広がっているのなら……、どんな危険を冒してでも、
  行ってみたいと思うから……。
  いつまでも……狭い世界に閉じ籠っては……いられないでしょう?」

 「は?
  何て?」

らしくない答えに、ジラは耳を疑った。
サティは自分でも恥ずかしい事を言ってしまったと気付き、俄かに沈黙する。

 「……意外と感傷的と言うか、何と言うか……その……詩人なのねぇ……」

苦笑するジラ。
サティは赤面し、俯いた。

119 :創る名無しに見る名無し:2011/05/21(土) 21:29:39.37 ID:j648sFgb
この時は、ジラは何とも思っていなかったが、後に彼女は何度も今のサティの言葉を思い返す事になる。
それはジラの胸中にある小さな不安と繋がり、サティとの間に不気味な影を落とすのだった。

120 :創る名無しに見る名無し:2011/05/22(日) 22:40:18.98 ID:NfkYMQDn
第四魔法都市ティナー住宅街にて


ティナー市内の住宅街には、高級住宅街と中流住宅街と密集住宅街がある。
立派な一戸建てが立ち並ぶ、高所得者層が住む高級住宅街。
共同住宅が立ち並ぶ、中所得者層が住む中流住宅街。
屋根の低い小さな家が立ち並ぶ、低所得者層が住む密集住宅街。
どの住宅街に誰が住もうと、法律的には問題無いのだが、そう取り決められたかの様に、
市民は整然と住み分かれている。
無所得者が住む貧民街は、密集住宅街の下に位置付けられるが、その話は後にしよう。

121 :創る名無しに見る名無し:2011/05/22(日) 22:41:13.60 ID:NfkYMQDn
密集住宅街の小アパートに、彼女は住んでいた。
バーティフューラー・トロウィヤウィッチ。
今はカロディと名乗っている。
イリス、リスディ、セナ、バーティ、ティファ、フューリー、トロワ、ロウィ、ウィッチ、キャロ、ディア……。
彼女はフルネームを分割した物を偽名に使い、会う人、住む土地によって、名を変えて来た。
「カロディ」が外道魔法使いである事を知っている者は、今の所いない。
近所では、彼女は愛想の良い娘で通っていた。
バーティフューラーは娘と言う年齢でも無いが、それは……どうでも良い事なのだろう。
少なくとも、カロディの周囲の人間にとっては。

122 :創る名無しに見る名無し:2011/05/22(日) 22:44:45.94 ID:NfkYMQDn
今のバーティフューラーには3つの顔がある。
1つは繁華街に出没する、遊び好きな「プレジャーレディ」「デセス」の顔。
妖しい魅力で男を誘い、その場限りの軽く浅い付き合いを繰り返す、楽しい女。
1つは結婚恋愛相談所を経営する、「社長」「ウィッチ」の顔。
幾つものトラブルを解決し、多くの縁を結んだ、辣腕アドバイザー。
最後の1つは、密集住宅街の小アパートに住む、人の好い「お姉さん」「カロディ」の顔。
飛び抜けて美人ではないが、明るく世話好きな、小アパートのマドンナ。
……どれもが偽りの顔であり、本当の顔でもある。

123 :創る名無しに見る名無し:2011/05/23(月) 21:56:44.56 ID:fD5bagC6
アパート・ミカーノ204号室カロディ・ウィッチ


西の空が赤く染まる頃、仕事を終えたカロディは、アパート・ミカーノに帰宅した。
疲れた笑顔を住人に見せると、誰もが誰も彼女を気遣う。
カロディには、それが心地好い。
満たされた気分の儘、自宅のドアを開け、リビングに直行すると、幼い声が彼女を出迎えた。

 「お帰りなさい」

 「わひゃあっ!?」

カロディは頓狂な声を上げて驚いた。
リビング内に見知らぬ少女がいるのを認めると、咳払いを一つして改まり、尋ねる。

 「……アンタ、誰?
  人ん家で何やってんの」

大きなソファに凭れ、我が物顔で寛いでいる少女に対して、呆れと苛立ちを込めた一言。
見た目、十前後といった所の少女は、悪びれる様子も無く、応える。

 「そう邪険にしないでくれ、バーティフューラーの一族よ。
  先輩には敬意を払う物だと教わらなかったか?」

 「先輩?」

訝るカロディに、少女は余裕の笑みを浮かべて言う。

 「まぁ、取り敢えず……そこに掛けて落ち着き給え。
  君の家だ。
  遠慮は要らんよ」

バーティフューラーを知っているとは何者か?
尻尾を掴まれる様な真似をした覚えは無いのだが……。
カロディは警戒しながら、少女の対面に座った。

124 :創る名無しに見る名無し:2011/05/23(月) 21:57:44.54 ID:fD5bagC6
カロディは、少女をまじまじと見詰める。

 (先輩……?)

目の前の人物は、若作り等では無く、どう見ても子供にしか見えない。
カロディの故郷にも、似た様な存在はいたが、纏う雰囲気が違う。
彼女の知る物は無邪気だが、この少女からは人間の邪念を強く感じる。

 (嫌な感じ……。
  世俗の闇に染まって、邪精になったとか?
  んー……何か違う気がする)

カロディの知っている何とも、少女は違っていた。
しかし、良からぬ物である気配だけは、明確に感じられた。
カロディが睨み続けていると、少女は困った顔をして見せる。

 「はは……参ったな。
  警戒する必要は無いよ、私は同郷者だ。
  私の名はチカ・キララ・リリン。
  アラ・マハラータ・マハマハリトの教えを受けた者……と言えば分かるか?」

少女の口から知っている者の名前が出て、カロディは少し安心した。

 「マハマハリトさんの……って事は、ラヴィゾールの知り合い?」

 「ラビ……?」

ラヴィゾールと聞いた瞬間、少女の目付きが鋭くなったのを、カロディは見逃さなかった。
少女は真面目な貌付きで尋ねる。

 「……実は、訊きたい事があってな。
  あの御方、我が師マハマハリト様が、共通魔法使いを弟子に迎えられたという話を風の噂で耳にした。
  本当なのか?」

 「あー、知らないのね?
  それがラヴィゾールよ」

 「ラヴィゾール……」

少女はカロディから聞いた言葉を、小声で繰り返す。
この少女……カロディの「先輩」、そして「ラヴィゾールを知らない」という事は、早くに故郷を出て――
少なくとも十数年以上は――帰っていない者。

125 :創る名無しに見る名無し:2011/05/23(月) 21:59:21.28 ID:fD5bagC6
少女の様子から、過剰な防衛反応は必要無いと判断したカロディは、砕けた口調で言う。

 「それを尋ねる為だけに、わざわざアタシの所へ?
  って言うか、どこでアタシを知って、どうやって家ん中に入ったのよ」

 「フフフ……数日前の事だが、街中で懐かしい匂いを感じたのでな、追ってみたら君だった。
  バーティフューラーの者と一目で判ったので、後を尾けさせて貰ったよ。
  ここの管理人に、君の知り合いだと言ったら、簡単に中へ入れてくれたぞ?
  子供の姿は便利だな」

妖艶に悪戯っぽく笑う少女。
カロディは服を着崩しながら、やれやれと溜め息を吐く。
どうも話が通じそうに無い。
そう言えば、管理人に帰宅時の挨拶を忘れていた。

 「家の中、勝手に引っ掻き回してないでしょうね……?
  もう用が済んだんなら、日が暮れない内に帰んなさい」

カロディは早々に追い出す積もりで冷たく遇ったが、少女は唇を尖らせて反抗した。

 「……君の口振りは、どうも私を子供扱いしている様で、気に入らない」

 「その見た目で、子供でなけりゃ何だっての?」

 「外見で判断するとは、旧い魔法使いの末裔らしからぬ。
  私は歴とした人間であり、君の大先輩なのだぞ」

胸を張って反り返る少女に、カロディは頬杖を突いて尋ねる。

 「大先輩って、何歳なのよ」

 「ざっと300以上といった所かな?」

 「へー……成り上がり?」

自慢気に言った少女だったが、カロディには一笑に付された。
『成り上がり<アップスタート>』とは、元々人でなかった物が、後に人の姿を取った例である。

 「君は本当に失礼な娘だ」

 「まさか泊まる気で、宿の当ても無しに来た訳じゃないでしょう?
  本当に用が無いなら、早く帰って貰えないかしら」

ぐだぐだと話を延ばす少女を、カロディは冷たく突き放す。

126 :創る名無しに見る名無し:2011/05/23(月) 23:35:28.32 ID:R1BItO0M
ロストスペラーの感想は一体どこに書けばいいのだろうか・・・??

ロストスペラーの設定は見てるだけで自分のなかで物語ができてく感じがして超好きだ!!超絶期待

127 : 忍法帖【Lv=38,xxxPT】 :2011/05/24(火) 18:03:28.50 ID:if39Rnx+
>>126
いや本当にびっくりするやらありがたいやらです
感想レスはどこでもだいじょぶですよ

128 :創る名無しに見る名無し:2011/05/24(火) 18:59:07.77 ID:if39Rnx+
この少女は、人との繋がりを求めている様であった。
人を見て人の心を知る能力に長けたカロディには、それがとてもよく解った。
恐らく、故郷を飛び出したは良いが、外の世界に馴染めず、孤独な思いをしたのであろう。
人の温もりに飢えている彼女にとって、同郷という共通点を持つカロディの存在は、きっと「救い」なのだ。
それを知っていたカロディは、少女が素直に頭を下げるのを待った。
……意地を張って出て行っても、それはそれで構わない。
子供ではないと本人が断言しているのだから。
同居する気なら、主導権は譲れないというだけの話。

 「……いや、もう1つ、大事な話があるのだ」

 「何?」

少女は勿体振って――如何にも大仰な事を言い出しそうな素振りで――カロディを見据えた。

 「君も長い間、共通魔法社会で生きて来たのだろう?
  共通魔法使いが支配する、共通魔法使いの世界で……」

低く重い少女の声を聞いたカロディは、悪寒に震えた。
直感した、激しい憎悪。
それまでの雰囲気とは一変し、怨嗟の念が少女を中心に渦巻いて、空間を呑み込んでいる。
まるで邪精その物……。

 「共通魔法使いの連中は、共通魔法使いでないというだけで、我々を敵視し、不当に差別する。
  君も経験させられた。
  共通魔法使いでないが故の扱いを…………違うかな?」

一言一言が重く心に圧し掛かる。
この少女は共通魔法使いに強い憎しみを抱いている。
確かに……カロディも何度執行者に追われた事か知れない。
少女はカロディが感じて来た、共通魔法使いに対する敵意や憎悪を、暴き出そうとしている。

129 :創る名無しに見る名無し:2011/05/24(火) 19:18:17.78 ID:if39Rnx+
根深い怨嗟の感情を漂わせながら、しかし、少女は暗い笑みを浮かべている。
カロディの想定とは違う形で、少女は人との繋がりを求めていた。
彼女は仲間を欲しているのだ。
同じ恨みを抱き、共に地獄へ落ちる仲間を。

 「それでも君が街中で暮らす理由は何だ?
  共通魔法使いで満ち溢れる、共通魔法使いの街で、君は何をしている……?」

少女は期待している。
カロディの心に隠れ潜んでいるだろう、共通魔法使いに対する復讐の念を。

 「……はぁ、そんな話?」

悪意の根源を見抜いたカロディは、小さく溜め息を吐いた。
落ち着いて呼吸を整え、意思を強く持って、少女の憎悪を振り払う。

 「アタシが街で暮らす理由は、『人』が多いからよ。
  『色欲の踊り子』の魔法は、誘惑の魔法――甘美で優美なる美の魔法。
  美しさは、見る者、触れる者があって、初めて価値を持つ。
  アタシの魔法に惹かれ、大勢の人が魅了される……。
  それは美しさの証明、魅力ある魔法使いの証明」

カロディは少女に瞳を重ねた。
無防備にも、少女はカロディの視線を正面から受ける。

 「人がアタシに見る物は夢……人は自分の理想に酔う。
  クリームソーダの泡の様に、人の夢に浮かんで生きる、アタシは『美<カロス>』。
  『美』の『形<イデア>』。
  アナタがアタシに見た物は……なぁに?」

カロディの瞳は、確実に少女を捉えていながら空虚で、鏡の様に少女の貌を映し出している。
見えない物を見る人の心を捉え、丸呑みする。
少女がカロディに見た物――――すべては幻。
旧い魔法使いの本領である。
少女は戸惑いを見せた。

 「私が……見た物……?」

 「共通魔法使いだの何だの、アタシには取るに足らない事。
  それなのに、アナタは一体何をアタシに見ていたの……?」

カロディの詰問に耐えられなくなったのか、少女は悲しそうに瞳を逸らした。

 「成る程、私は君の魔法に誑かされていた訳か……」

共通魔法社会で生きる外道魔法使いは、少なからず不満を抱いている物。
しかし、全ての外道魔法使いが、共通魔法使いを恨んでいる等とは、完全な見込み違い。
少女は誇張された負の面を覗いていたに過ぎない。

 「いいえ。
  アナタの目を曇らせていたのは、アナタ自身の邪念よ」

少女に対し、カロディは最後まで冷徹であった。

130 :創る名無しに見る名無し:2011/05/24(火) 19:20:34.25 ID:if39Rnx+
結局、少女は一晩だけカロディの部屋に泊まり、それから出て行った。
恐らく、二度と少女がカロディを訪ねる事は無いだろうが、カロディはアパート・ミカーノを引き払った。
住民はカロディとの別れを惜しんだが、強く引き止める事はしなかった。
そして「カロディ」という女は消えた。
イリデッセンス・バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・「カローディア」。
今日も彼女は、どこかの街中で、別の名前で、人に紛れて暮らしている。

131 :創る名無しに見る名無し:2011/05/25(水) 18:29:12.41 ID:mPJ2YEqx
悪夢


「……当てが外れたな。貴様に仲間などいなかったと言う事か……」

「黙れ。『旧き征服者達<オールド・コンクエラーズ>』め、私を嘲笑いに来たか!」

「同情してやろうと言うのだ。高漲する感情の儘に、我を求めよ」

「それが貴様等の常套手段と、知らぬ私と思ってか? この魔法は我が師より授かりし物。
 貴様等外道共に呉れてやる訳には行かぬ」

「その師は、何処の馬の骨とも知れぬ共通魔法使いに、秘法を託したぞ? 貴様は独りなのだ」

「勝手に故郷を飛び出した私に、師の跡を継ぐ資格が無い事は自覚している。
 故に、この目で見極めようと言うのだ! 彼の者が、我が師の弟子に相応しき存在か否か……」

「強がりが何時まで持つかな……? 貴様の行く手には絶望しか無いよ」

「貴様の手には堕ちぬよ……悪魔め」

「我は征服者達。我等は不滅」

「……彼の呪詛魔法使いの様には成らぬ」

「手遅れなのだ。この声が聞こえる時点で……チカ・キララ・リリンよ」

「気安く私の名を呼ぶな!!」

「憐れなり。我は汝、汝は我なれば――」

132 :創る名無しに見る名無し:2011/05/25(水) 18:31:22.47 ID:mPJ2YEqx
「うぅ……ぐっ……う……」

「チカ様! チカ様!」

「……くっ……うぅ…………――――はぁっ、夢か……」

「チカ様……大丈夫?」

「……どうした、チッチュ」

「魘されていたよ……」

「何でも無い。気にするな」

「具合が良くないの? 今日は月が近くて明るいから……」

「……悪い夢を……見たのだ」

「怖い夢? じゃあ怖くないように、チッチュの子守唄を聞くと良いよ!」

「止してくれ。子供ではないのだから」

「ご、ごめんなさい……」

「何もしなくて良いから……ただ傍にいてくれ、チッチュ」

「はい、チカ様」

133 :創る名無しに見る名無し:2011/05/25(水) 18:49:43.65 ID:mPJ2YEqx
聖なる祈りと対をなす、邪悪なる者達の法がある。
我々は、「それ」を『旧き征服者達の法<オールド・コンクエラーズ・ウェイ>』と呼び、人が誕生する遥か以前から、
奴等との戦いを続けて来た。
奴等を滅ぼす事は叶わない。
故に、戦いに終わりの日は訪れない。
人は正義を愛する限り無い心で自我を保ち、それによってのみ、奴等を封じる事が出来る。
以下の事を公に言う物には、注意すべし。

 「古より生きる」

 「我は征服者達」

 「我等は不滅」

清らかなる祈りの心を以って、人を想い、人の願いを叶えんとする者、我々の愛すべき友。
邪な心の赴く儘に、人の破滅を願う者、我々の憎むべき敵。
人の心には相反する両者が潜み、人は何時でも過つ事が出来る。
憎むべき敵を憎む余り、奴等に魅入られ、外道に堕ちた人は数知れず。
毒を以って毒を制す勿れ。
その毒は愛すべき人を奪う。
人の隣には常に人を愛する人が居る事を忘るる勿れ。
そして、あなたも人である事を努々忘るる勿れ。

134 :創る名無しに見る名無し:2011/05/25(水) 18:50:09.05 ID:mPJ2YEqx
邪悪なる者達は、獣から生まれ、やがて人の知能を得て、恐るべき物になった。
我々は、これを崇拝する事を禁ず。

135 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 :2011/05/26(木) 19:41:44.31 ID:yvKITC2r
ティナー地方バルマー市 商人街にて


ティナー地方の都市には、商店街とは別に、商人同士が取引・交流を行う、商人街がある。
魔導師会に目を付けられると、何かと困る人種は、第四魔法都市内から離れた地方都市の商人街で、
商品を取り引きする。
例えば、このバルマー市の様な所で。

136 :創る名無しに見る名無し:2011/05/26(木) 19:42:33.08 ID:yvKITC2r
バルマー市の商人街で、顧客との取引を終えたラビゾーは、市内の宿屋に向かう途中、
道端に立て掛けられた、非公認取引所の案内看板を発見した。

 (こんな時期に開かれるんだな……)

非公認取引所は、都市の販売許可が無くても物品を取り引き出来る、地下市場である。
商人街での取引との違いは、コネを持たない一般人でも売買が可能な点。
大抵は都市の許可を受けて、定期的に開催されるが、一部不定期の非公認取引には、
都市が関与していない物があり、そこで取り引きされている商品は、訳あり品である事が多い。

 (どれ、少し覘いてみるか……)

ラビゾーは軽い気持ちで、この非公認取引所に寄ってみる事にした。
時期外れの非公認取引所が、どの様な物か知らない彼ではない。
中には、違法な物を持ち込む売人もいる。
それでも非公認取引所には非公認取引所の辞宜という物がある。
客を捕まえて不法な遣り方で商品を売り付ける様な連中は、その道の怖い人に排除される。
商品を見て回るだけなら、問題は起こらない。
基本、非公認取引所は冷やかし歓迎なのだ。

137 :創る名無しに見る名無し:2011/05/26(木) 19:43:48.75 ID:yvKITC2r
バルマー市の裏通り、貨物用の巨大な空き倉庫で、人目を忍ぶ様に、それは開催されていた。
明かりの少ない地下市場は、売り手の数の割りに買い手が少なく、閑散としている。
売人にも活気が無く、大事な「お客様」が入場しても、声掛けすらしない。
その不気味さと言ったら、疎らでありながらも整然としている売り手の配置と相俟って、
暗黒儀式でも行われるかの様な雰囲気で、確実に客足を遠退かせている一因に違い無かった。
時期外れの非公認取引所では、よく見られる光景である。
商人の癖に人込みが苦手なラビゾーは、この仄暗さに妙な安心感を覚えていた。

138 :創る名無しに見る名無し:2011/05/26(木) 19:46:36.33 ID:yvKITC2r
特に何を買うでも無く、ラビゾーは商品には手を触れず、方々を見て回る。
買う気が無い客は売人にも判るのか、彼が陳列された商品の前から去っても引き止めない。
そんな調子でのたのたうろうろと取引所内を巡回していたラビゾーだったが……。
彼は静寂の中で、カチャカチャと耳障りな金属音を聞き付け、音源を探した。

139 :創る名無しに見る名無し:2011/05/26(木) 19:48:45.88 ID:yvKITC2r
音の発生源は、床に置かれた鳥籠だった。
嘴から尾の先まで2手程の、瑠璃色の美しい鳥が、狭い籠に入れられている。
カチャカチャという音は、鳥が籠の格子を突いて発している物だった。
ラビゾーが籠の中の鳥を見ていると、飼い主らしき中年の痩せ男が話し掛けて来る。

 「綺麗な鳥でしょう?
  お安くしときますよ」

ラビゾーは卑屈な笑みを寄せて来る痩せ男を見て、これを購入する気があると思われては不味いと感じ、
慌てて鳥籠から少し離れた。

 「そんな逃げなくても良いじゃないですか……。
  もしかして、こいつが喧しかったですかね?
  申し訳ありませんねェ……ガタガタ暴れるもんで」

そう言いながら、痩せ男は鳥籠を強く叩く。
何度も何度も。
中の鳥は、その度に身を竦め、怯えていた。
ラビゾーは居た堪れなくなり、痩せ男の手を止めさせるべく、鳥に興味がある振りをする。

 「珍しい鳥ですね。
  何て名前ですか?」

この瑠璃色の鳥は、少なくとも彼が見た事の無い物であった。

 「……さあ?
  あっしも珍しいから捕まえたんでね、何の鳥かってのは、さっぱり」

痩せ男は、ぴたりと動きを止め、ラビゾーの質問に答える。
やっぱり気になるんじゃないかと言わんばかりの、その得意気な表情に、ラビゾーは気分を悪くした。

140 :創る名無しに見る名無し:2011/05/27(金) 18:28:11.06 ID:1TGAzvVA
購入する気は全く無いが、図太くもラビゾーは、その場を離れず、鳥をじいっと眺める。
それは痩せ男に対する反抗心からの行動であった。
どうせ他に客は来ないのだから、冷やかすだけ冷やかしてやろうと。
……ふと、彼は鳥の嘴が針金で固く締められている事に気付いた。

 「口輪?」

 「余りにも喧しかったんでね、嵌めてやったんですよ」

 「鳴き声は、どんな?」

ラビゾーが尋ねると、痩せ男は再び卑屈な笑みを作る。

 「それがですね、人語を喋るんですよ……流暢に。
  全く、珍しいでしょう?
  上手く躾けりゃ、賢い使い魔になるやも知れませんよ」

瑠璃色の鳥は、ラビゾーの姿を見ても怯えている様であった。

 (元は誰かの使い魔だったんじゃ……)

ラビゾーは直感した。
流暢に人語を喋る鳥が、野生の物とは思えない。
この鳥……捨てられたか、或いは、盗まれたか……?

 「口輪、外せます?」

 「……他の方々の迷惑になるんで、そいつは勘弁して貰えませんか?
  暴れるもんで、付け直すのも手間ですし」

急に気弱になった痩せ男を見て、ラビゾーは疑いを深める。
盗品ならば通報するのが筋道だが、如何せん確証が無い。
冤罪になると思うと気が引ける。

141 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 :2011/05/27(金) 18:34:04.42 ID:1TGAzvVA
痩せ男は不穏な空気を察したのか、自らラビゾーに話を切り出した。

 「うるさいわ、暴れるわで、なかなか買い手が付かないし、焼いて食っちまおうかと思っている所ですよ。
  殺しちまえば、世話も要りませんからねぇ……。
  安くても良いんで、買い取って貰えませんか?」

不定期の非公認取引では、客の入りが不安定で、良い品を揃えても買い手が付かない事は、ざらにある。
買い手が付かない言い訳をするのは、非公認取引所での売買経験が浅い証拠。
そして、処分を急ぐ彼の口振りから、瑠璃色の鳥が曰く付きの品である事は、明らかだった。

 「安くと言っても、そんなに金持ってませんよ」

 「本当なら、うん十万の所を……10万、いや、5万MGで良いですから」

 「5万と言えば、十日分位の宿賃になりますよ?」

ラビゾーは何も痩せ男の足許を見て値切っている訳では無い。
本当に何万も支払って買う気が無いのだ。
十数万なら出せない金額ではないが、旅商である以上、最低限の路銀は確保しておかなければならない。
何時どこで予定外の経費が必要になるかも知れないので、吝嗇家にならざるを得ない事情がある。

142 :創る名無しに見る名無し:2011/05/27(金) 18:35:50.49 ID:1TGAzvVA
出費を渋るラビゾーに向かって、痩せ男は苛立たし気に言った。

 「……じゃあ、幾らなら出せるって言うんですか?」

 「1万――……、いや……、やっぱり1万が限度ですね」

 「……もう、それで良いですよ。
  お売りします」

 「えっ」

うん十万の物が、まさか1万になるとは思わず、ラビゾーは断る理由を失ってしまった。
元々買う気は全く無かったのだが、揉め事は起こしたくないし、この鳥を哀れに思った事もあり、
彼は流される儘に、痩せ男に紙幣を渡した。
痩せ男は鳥籠に黒い布の覆いを被せ、ラビゾーに持たせる。
手に提げた鳥籠は、ガタガタ激しく揺れていた。

 (暴れて怪我するなよ。
  悪い様にはしないから……)

人間の思惑など、籠の中の鳥には解らない。

143 :創る名無しに見る名無し:2011/05/27(金) 18:39:27.57 ID:1TGAzvVA
大きな買い物をしてしまったラビゾーは、非公認取引所を出てると、人気の無い場所を探し回った。
痩せ男の話では、瑠璃色の鳥は騒いで暴れまわると言うので、宿には持ち込みたくない。
先ずは、この人語を喋るであろう鳥と、落ち着いて話をしようと考えたのだ。
暗幕に覆われた鳥籠は、多少は静かになった物の、相変わらずカタカタと音を立てている。
盗品かも知れない物を持ち歩くのは、気分が良くない。
今のラビゾーは不審者その物である。
……バルマー市は、各地にある都市の中では、比較的大きい部類に入る。
故に、なかなか人のいない場所と言うのは見付からない。
方々歩き回った彼は、ある事に思い至り、はたと足を止めた。

 (この鳥、本当に喋るんだろうか……?)

確かに、綺麗な鳥ではあった。
しかし、それだけの物に1万MGも支払うなど、正気の沙汰では無い。
もしかして完全に一杯食わされてしまったのでは……?

 (……いや、良いんだ。
  どうせ、こいつは逃がす物なんだから……)

ラビゾーは鳥を買ってしまった事を少し後悔しながら、再び人気の無い場所を探して歩いた。
そして、川縁の小さな公園に着いたのである。

144 :創る名無しに見る名無し:2011/05/28(土) 18:19:53.88 ID:6CbRLx2P
ラビゾーは人気の無い公園内の、更に人目に付かない親水エリアに移動し、
石造りの階段状の川岸に腰を下ろした。
両脇にバックパックと鳥籠を置いて、大きく深呼吸を1回。
疲れを吐き出す。
そして、鳥籠を覆っている暗幕を取り外し、瑠璃色の鳥の様子を窺った。

 「……おい、生きてるかー?」

太陽の眩しさに、瑠璃色の鳥は一瞬動きを止め、続いて首を傾げラビゾーを凝視した。
無表情の鳥類からは、その意思は読み取れない。
ラビゾーは鳥を警戒させまいと、出来るだけ優しく、ゆっくり声を掛ける。

 「先ず、落ち着いて欲しい。
  お前に危害を加える気は無い。
  ……人の言葉は解るか?」

傍から見れば、鳥に向かって必死に話し掛ける、怪しい男だろう。
ラビゾーは人が近付いて来ないか、周囲を気にしながら、鳥の反応を窺う。
瑠璃色の鳥は、彼を見上げた儘、硬直していた。

 「あの……、僕の言ってる事、解る?」

ラビゾーは段々馬鹿馬鹿しくなって来た。
虚しさと不安を覚えつつも、根気よく続ける。

 「……あのね、喋れるなら、僕の言ってる事が解るなら、何とか反応して貰いたい。
  お前が人と話せるなら、その口輪を外しても良い。
  僕は、お前の、味方に、なりたい。
  出来る事なら、お前の口から、直接、事情を聞きたい。
  僕は、お前の意思を、尊重したい。
  ……オーライ?」

しかし、やはり鳥は無反応。

 「仕方無いな……」

ラビゾーは大きな溜め息を吐くと、上着の内ポケットから万能ナイフを取り出した。
そして鋏を引き出し、籠の格子の隙間から、鳥の顔に突き付ける。

 「動くなよ……暴れるなよ……。
  今、口輪を切ってやるからな」

彼の言葉を理解しているのか、それとも怯え切っているのか、鳥は目を閉じ、微かも動かなかった。

145 :創る名無しに見る名無し:2011/05/28(土) 18:24:08.51 ID:6CbRLx2P
パチンと高い音がして、嘴に巻き付けられた針金が切れる。
口輪を外された瑠璃色の鳥は、ぱちぱちと瞬きをし、首を左右に振った。

 「良し、これで……。
  おい、何とか言ってみろよ」

……だが、相も変わらず、鳥は喋る所か、鳴きもしない。

 「やっぱり喋れない普通の鳥なのかな……?
  でーも、野生の鳥にしては、大人しいんだよなー」

ラビゾーは馬鹿な事をしたなと思いながら、バックパックを漁った。
取り出したのは非常食用の乾団子(雑穀で作ったクッキーボールの様な物)。

 「口を塞がれてたって事は、何も食ってないんだよな?
  ほれ、食え」

それを崩して、鳥籠の中に放り込む。

 (肉食で、虫しか食わない種類だったら、どうしよう……)

彼は後になって、その可能性に気付いたが、暫く黙って様子を見る事にした。
瑠璃色の鳥は、乾団子の欠片とラビゾーを交互に見詰める。

 (……人が見ていると食べ難いとか、あるのかな?)

ラビゾーが鳥に気を遣い、わざと顔を逸らした時である。

 「ありがとう」

か細い声が、どこからか聞こえた……様な気がした。

146 :創る名無しに見る名無し:2011/05/28(土) 18:31:28.06 ID:6CbRLx2P
ラビゾーは驚き、そろそろと周囲を見回した。
そして、周囲に誰もいない事を確認すると、再び鳥籠に目を遣る。
乾団子の欠片を片の趾で押さえ、一心に屑を啄む瑠璃色の鳥。
これが喋ったとは、とても思えないが、ラビゾーは一応確認する。

 「お前、今……喋った?」

鳥は食事を中断し、ラビゾーを見上げた。

 「喋ってないよ。
  チッチュは何にも喋れないんだよ」

確かに、この鳥の声だった。
かなり流暢な人語に、ラビゾーは驚きながらも、突っ込まずにはいられない。

 「今、喋ったよな?
  何なの?
  誤魔化した積もり?」

彼が指摘すると、鳥は大層ショックを受けた様で、一時停止して激しく目を泳がせた後、
慌てて捲くし立てる。

 「喋ってないよ。
  チッチュは普通の鳥だよ。
  何か聞こえたとしても、気の所為だよ!」

 「……いや、絶対に気の所為とかじゃないし、普通の鳥でもないだろ?
  何で隠すんだよ」

 「お前、共通魔法使い!
  共通魔法使いは信用出来ないって、チカ様が言ってたよ!
  チッチュを捕まえて籠に入れた人間も共通魔法使い!
  絶対に許さないよ!!」

その口振りからして、どうやら瑠璃色の鳥は外道魔法使いの使い魔だった様で、
ラビゾーは複雑な気持ちになる。
共通魔法使いと外道魔法使い――互いの対立は分かっていても、双方に知り合いがいる彼にとっては、
どちらの悪口も聞きたくない物。
この頭の悪い鳥が、誰か他の共通魔法使いの手に渡らずに済んで、良かったと思うべきか……。
しかし、外道魔法使いの使い魔となると、飼い主を探し出すのは難しくなる。
近くの交番に届ける訳にも行かないし、チカという名前に心当たりも無い。

147 :創る名無しに見る名無し:2011/05/30(月) 18:27:29.22 ID:eu7BUg0r
ラビゾーは瑠璃色の鳥『チッチュ』に尋ねる。

 「……お前はチッチュって名前で、お前の飼い主はチカって名前なんだな?」

 「チカ様はチッチュの飼い主じゃないよ!
  チッチュの恩人で、御主人様なんだよ!」

興奮状態のチッチュは、伝えるべき情報と、伝えなくても良い情報の区別が付いていない様子だった。

 「はいはい。
  それで、そのチカ様の居場所、分かる?」

どっちでも大して変わらないじゃないかと思いつつも、それは口には出さず、ラビゾーは次の質問に移る。

 「チッチュはチカ様の居場所を知らないよ……。
  たとえ知っていたとしても、共通魔法使いには教えないよ!」

チッチュの言うチカ様は、どれだけ共通魔法使いを嫌っているのだろうか……?
ラビゾーは困り顔になる。

 「……どうして僕を共通魔法使いだと思うんだ?」

外見で共通魔法使いと外道魔法使いの区別が付くのか、ラビゾーには分からなかった。

148 :創る名無しに見る名無し:2011/05/30(月) 18:28:43.45 ID:eu7BUg0r
チッチュはラビゾーを見下した様に言う。

 「『匂い』で判るよ!
  共通魔法使いは魔力が全然違うんだよ?」

チッチュの言う「匂い」とは、嗅覚で感じ取っている物ではない。
高い魔力感知能力で知覚した、魔力の流れの違い、雰囲気の違いを、「匂い」と表現しているのだ。

 「お前には……僕が、どんな風に見えたんだ?」

鳥にも劣る魔法資質では、自分の事すら解らない。
ラビゾーが悲し気に問い掛けると、チッチュは不思議そうに何度も首を傾げた。

 「……変だよ??
  匂いが変わったよ。
  お前、共通魔法使い?
  違うの?」

 「どうだろうね……。
  僕は何なんだろう……」

チッチュはラビゾーが纏う魔力に何らかの変化を感じ取った様だが……魔法資質が低いラビゾーには、
何も分からないのだ。

149 :創る名無しに見る名無し:2011/05/30(月) 18:30:15.08 ID:eu7BUg0r
ラビゾーの正体が判らず、チッチュは困惑している。
余計な事を訊いてしまったと思い、ラビゾーは話題を元に戻した。

 「……で、お前、御主人様の居場所、分からないんだろ?
  どうするんだ?」

彼の疑問に、チッチュは堂々と答える。

 「チィッ、大丈夫だよ!
  チカ様は本物の魔法使いだから、直ぐにチッチュを見付けてくれるよ!」

 (本当かいな……)

無邪気に飼い主を信じる使い魔は可愛いが、ラビゾーは心配でならない。

 「お前の御主人様は、そんなに凄い魔法使いなのか?」

 「こうしてチッチュが喋れるのも、チカ様の魔法なんだよ!
  チカ様は世界で2番目に凄い魔法使いなんだよ!!」

魔法で動物に人の言葉を使わせる?
そんな『大逸れた』魔法の使い手を、ラビゾーは1人しか知らない。
同じ様な魔法使いが、他にも生き残っていると言うのか……?
ラビゾーはチカと言う外道魔法使いに興味を持った。
彼が探している「自分だけの魔法」について、何か学べるかも知れないと思ったのだ。

150 :創る名無しに見る名無し:2011/05/30(月) 18:32:45.16 ID:eu7BUg0r
――半面、共通魔法使いを敵視している事から、会わない方が良いかも知れないとも思う。
共通魔法使いに憎しみを抱いている外道魔法使いは、共通魔法社会に迎合して生活している者も、
共通魔法使いと同様か、それ以上に憎んでいる場合がある。
どうするべきか悩んでいたラビゾーだったが――……。

 「チュ、チュ、チュッ、チィッ、チィッ、チュッ!」

突然チッチュが激しく鳴き始めたので、彼は何事かと、焦点を鳥籠の中に向け直した。

 「チュ、チュ、チュッ、チィッ、チィッ、チュッ!
  おい、お前!」

 「な、何だ?」

 「お前、お前の名前を教えろ!」

乱暴なチッチュの物言いに、ラビゾーは使い魔の癖に不躾だなと感じたが、
さして賢くもない鳥に礼儀を説いても仕方無いと思い、気にしない様にする。

 「……僕の名前なんか知って、どうしようってんだ?」

ラビゾーは師に与えられた名を恥ずかしく思っていたので、余り他人(?)には教えたくなかった。
自ら言うのも憚られる程、恥ずかしいのだ。
当たり前だが、そんな事情はチッチュには関係無い。

 「お前、チッチュの名前、知ってる!
  チッチュ、お前の名前、知らない。
  不公平だよ!」

不公平と言われ、ラビゾーは渋々自らの名を口に出す。

 「僕は……ラ、ラヴィ……ラビゾー。
  ラビゾーだ」

 「ラビゾー?
  変な名前……」

正確には『ラヴィゾール』なのだが、その意味を知っている本人としては、
『ラビゾー』で通した方が気楽で良い。
変な名前と言われようが、どうせ仮名なので気にもならない。

151 :創る名無しに見る名無し:2011/05/30(月) 18:41:55.30 ID:eu7BUg0r
ラビゾーの名を知ったチッチュは、視線をあちこちに移し、独り言の様にチチュチチュ鳴き始めた。
急に人の言葉を使わなくなった事に、何か理由があるのかと、ラビゾーは黙って見ていた。
何度かチチュチチュ繰り返した後、チッチュはラビゾーに向かって言う。

 「ラビゾー、チカ様からテレパシーがあったよ!
  チカ様が来てくれるよ!」

どうやらラビゾーとの会話の直後に、チカと言う人物から連絡があり、交信していたらしい。
チチュチチュ鳴いていたのは、その為。
未だチカと言う人物と対面する決心をしていないラビゾーは、大いに慌てた。

 「えっ!?」

 「チカ様、近くにいる!
  直ぐに来てくれるよ!!」

はしゃぐチッチュ。
ラビゾーは危機感を覚え、暫し逡巡した結果――……彼は、チカと言う人物に会う事を諦めた。
元々人見知りする性格が、彼を消極的にさせたのだった。

 「……うん、それは良かったな。
  これで僕は、お役御免だ」

ラビゾーは鳥籠を置いた儘、バックパックを背負って立ち上がった。

 「チィッ、チィッ!
  ラビゾー、どこに行くの?
  待って、チカ様に会ってよ!」

足早に去ろうとするラビゾーに向かって、チッチュは叫ぶ。
ラビゾーは振り返って答えた。

 「偶然の導きがあれば、また会えるよ」

格好付けたが、彼は数日はバルマー市に滞在する予定である。
チカと言う人物が、ラビゾーの事を本気で探せば会えるだろう。
会いたくて会うならば、敵対する事は無い。
そう考えて、ラビゾーは川縁の公園を離れたのだった。

152 :創る名無しに見る名無し:2011/05/30(月) 18:44:06.91 ID:eu7BUg0r
……――と見せ掛けて、彼は公園近くの建物の陰から、鳥籠を見張っていた。
約1針後、1人の少女が鳥籠に駆け寄り、瑠璃色の鳥を解放する。
それを確認したラビゾーは安堵の息を吐き、静かに消える事にした。

 (あれがチカ様とやら……?
  随分、幼く見えるが……)

色々と疑問に思う事はあったが、取り敢えず使い魔が飼い主の下に戻ったので、それで目出度しとし、
余計な事は全部忘れて、深く考えない様にするラビゾーだった。
人語を喋る珍しい瑠璃色の鳥の事も、世界で2番目に凄い外道魔法使いの事も、全部余計な事。
彼の心に残ったのは、1万MGの出費が無意味でなかった、喜ばしい事実だけ。

153 :創る名無しに見る名無し:2011/05/31(火) 18:30:03.80 ID:cSkg7Nn8
膝の裏まで伸びた長い長い髪は、濃い栗色。
魔法色素の赤が混じって、深い暗赤色を成す髪色は、血に染まった物と見紛う。
大き目のウィッチハットに、マントを羽織った少女は、瑠璃色の鳥をしっかり抱き締めた。

 「ああ、チッチュ!
  良かった……!
  ああ、ああ、チッチュ、チッチュ……!
  お前がいなくなってしまったら私は……!」

まるで引き離されてしまった恋人とでも再会したかの様に、少女は鳥を愛おしむ。
瑠璃色の鳥は少女の胸の温もりを感じながら、顔を上げた。

 「チカ様、チカ様、苦しいよ」

 「チッチュ、チッチュ……!」

訴えが聞こえていないはずは無いのだが、少女は鳥を放そうとしない。

 「チッチュ、お前を籠に閉じ込めて、こんな所に置き去りにした輩は誰?
  相応の償いをさせようではないか」

少女が鳥を抱き締める力は、徐々に強まっていった。
激しい怒りと憎しみが渦を巻く……。
彼女の幼い精神は、膨張する心の毒を制御出来なくなっている。

154 :創る名無しに見る名無し:2011/05/31(火) 18:33:01.98 ID:cSkg7Nn8
暗い感情が増大する様に、瑠璃色の鳥は怯えた。

 「ラ、ラビゾーだよ……」

その名を聞いた途端、少女は驚き、邪気を忘れる。

 「ラヴィゾール!?」

 「ち、違うよ!
  ラビゾーだよ!
  ラヴィゾールじゃないよ!」

 「…………誰?」

人違いだったかと、少女は肩の力を抜く。
先程までの怒りや憎しみは、僅かではあるが殺がれ、薄れていた。
主人の変化を察した瑠璃色の鳥は、安心して事情を説明する。

 「ラビゾーは共通魔法使いだけど、共通魔法使いじゃないんだよ!」

 「よく解らないが、そのラビゾーとか言う共通魔法使いが、お前を捕まえたんだね?」

 「違うよ!
  ラビゾーはチッチュの話を聞いてくれたよ!
  ラビゾーは多分、良い人だよ!」

 「ははは、何を言うんだチッチュ……。
  共通魔法使いに良い人なんていないんだよ」

少女は何としても共通魔法使いを悪としたいのか……。
理解を得られなかった瑠璃色の鳥は、悲し気にチチチと小さく鳴いた。
少女は光明の見えない暗闇に、自ら身を投じようとている。
それを止められるのは、彼女と同じ人間だけ。
人と人との繋がりだけが、彼女を絶望から救えるのだ。
鳥に過ぎない自らでは、彼女の救いにはなれない……――。
瑠璃色の鳥は、理屈ではなく感覚的に、その事を知っていた。

155 :創る名無しに見る名無し:2011/05/31(火) 18:35:36.32 ID:cSkg7Nn8
瑠璃色の鳥は少女の腕を擦り抜け、その肩に留まろうとした。
しかし、上手く羽ばたけず、鳥は地面に降りてしまう。
少女は再び瑠璃色の鳥を抱き上げた。

 「風切り羽根を切られたのか?
  見せてみろ」

少女は鳥の翼を優しく撫で、ふぅっと柔らかく息を吹き掛けた。
小さな口から生み出された風が、瑠璃色のビロードの様な羽並みを戦がせる。
……――すると、鳥の翼は一瞬で完全な状態に回復した。
共通魔法では凡そ考えられない治療の仕方である。

 「チッチュ、お前を傷付けたのは誰?
  ラビゾーと言う者でなければ誰なんだい?
  さあ、言って御覧」

瑠璃色の鳥は主人の口調から、再び邪気が膨れ上がるのを感じた。

 「チカ様、もう良いよ……。
  チッチュは誰も恨んでいないよ」

 「フッ……チッチュは優しいな」

少女は鳥を肩に乗せ、その頭を指で撫でる。
慈愛に満ちた表情の裏で、共通魔法使いに対する憎悪を募らせながら……。

 「チカ様、ラビゾーに会ってよ。
  チッチュ、お礼がしたいよ」

 「お前を籠に入れた儘、放置して行く様な奴に、礼など必要あるまい」

少女は何時か、憎悪に圧し潰されるだろう。
チッチュは偶然の神に祈った。
再び、ラビゾーと会えます様に、と……。

156 :創る名無しに見る名無し:2011/06/01(水) 19:09:26.27 ID:ovdeQmi0
コーチに揺られて


六大魔法都市を結ぶ大魔力路には、その流れを利用した公共交通車両――鉄道馬車が走っている。
大魔導計画と平行して完成した、馬車鉄道線路。
コーチと呼ばれる大型の馬車を引く馬は、霊獣の馬の中でも選り抜きで、普通の馬より大きく、力もある。
1台の馬車は、牽引2頭で乗車定員40人程度が普通。
詰め込めば、3倍程度の人数は楽に乗せられるが、積荷との兼ね合い、安全運転の徹底から、
100体重(=約2溜重)までの重量制限が課せられている。
車両は霊馬が引く上に、線路上を走るので、最高速度は角速2街にもなる。
大魔力路に沿って各魔法都市間を繋ぐ線路は、曲線で約8旅も離れているので、角速2街でも、
隣の魔法都市に移動するには、1〜2週を要する。
その為、1日分の移動距離、約1旅毎に1駅、更に休憩所を兼ねた半旅の中間点にも1駅が設けられ、
急ぐ者はコーチを乗り換える。
外周を回る各駅名は、第一魔法都市グラマーにある0(零)駅を始発として、反時計回りに、半日駅、
一日駅、一日半駅……と数えられ、第二魔法都市グラマーの中央には八日駅が、
第六魔法都市カターナの中央には半月駅が、第五魔法都市ボルガの中央には二十四日駅が、
第三魔法都市エグゼラの中央には一月駅があり、グラマーの0駅に一周して戻って来る直前の駅は、
三十九日半駅(通称・九分の一年駅)と名付けられた。
同じ六大魔法都市を通る大魔力路に沿った駅でも、五芒星を描く線路上にある物には、
地名と関連した駅名が付けられる。

157 :創る名無しに見る名無し:2011/06/01(水) 19:12:21.42 ID:ovdeQmi0
グラマー地方とブリンガー地方の境 四日半駅にて


星空の下を走る夜行コーチ内は、やや閑散としており、静まり返っている。
終末週でもなければ、夜行コーチに乗る者は多くない。
5台のコーチが連なる、先頭車両には3頭の霊馬、後続車両には2頭ずつ霊馬が付く。
眠る人を乗せてコーチは走る。
明け方には五日駅に着かねばならない。

158 :創る名無しに見る名無し:2011/06/01(水) 19:14:39.03 ID:ovdeQmi0
コーチに乗る者は、数多の人と同じ目的を持ち、そこを目指す者。
数多の人の中で生きる者。
そして……数多の人の中で生きたい者。

159 :創る名無しに見る名無し:2011/06/01(水) 19:17:29.45 ID:ovdeQmi0
真夜中、北の時。
4両目の車内、中央に近い座席で、両親に挟まれて眠っていた、十前後の幼い少年が、目を覚ました。
乗り慣れないコーチの中では眠りが浅かったのだろうか……?
確かに、小刻みな揺れ、馬蹄が地を蹴る音、車輪がレールを滑る音は、不慣れな者には堪らない。
こういう場では、周囲の者の寝息すら鬱陶しく感じる。
再び寝付けない少年は、時間を持て余し、熟睡する両親を恨めしく思いながら、
不行儀にも土足の儘で座席に上って、周囲を確認した。

160 :創る名無しに見る名無し:2011/06/01(水) 19:20:51.32 ID:ovdeQmi0
周囲より一段高い所に上り、辺りを見下ろす時、そこが何処であれ、人は不思議な感覚を抱く。
眠りに沈んだ人々の姿は無防備で、少年は何とも言い表し難い興奮を覚える。
内より湧き上がる、この感情は――……密かな開放感だ。
静寂の中、自分だけが意識を保っている。
しかし、自由は陰に孤独を抱えている。
――独り――。
静寂に潜む恐怖が、知らぬ間に、少年の昂る心の隙に迫る。

161 :創る名無しに見る名無し:2011/06/01(水) 19:23:04.59 ID:ovdeQmi0
少年の耳には、普段は集中していなければ聞こえない、様々な音が届く。
かたかた、小刻みな揺れ、ぱかぱか、馬蹄が地を蹴る音、しゃらしゃら、車輪がレールを滑る音、
すぅすぅ、安らかな寝息……では、しゅーしゅー聞こえる、これは何?
正体不明の――「分からない」という――恐怖が、少年の心を侵し始める。
それは少年と両親がいる座席の直ぐ後ろから……。
少年は振り返った。

162 :創る名無しに見る名無し:2011/06/01(水) 19:25:51.48 ID:ovdeQmi0
1つ後ろの座席には、2人の人物が並んで座っている。
通路側、魔導師のローブを着た、若い大人の男……、彼も熟睡している。
窓側、フードを被って俯き、顔を隠している者……、眠っているか起きているかは判らない。
しゅーしゅー言う音は、窓側の者から聞こえて来る。
少年は顔を隠している謎の人物を凝視した。
口笛でも吹いているかの様な音。
その顔を注意して見ていると、フードの隙間から細長い紐状の物が伸びたり縮んだりしているのが判った。
恐怖と好奇心が競い合い、僅かに勝った好奇心によって、少年は謎の人物の正体を確かめたくなる。
座席の背凭れから身を乗り出して、謎の人物のフードに手を伸ばした時……。

 「……君も眠れないのか?」

低く濁った男の声が、フードの下から発せられ、少年は体ごと手を引っ込める。
謎の人物は垂れていた頭を上げ、自ら少年に素顔を晒した。
窓から差し込む星明かりに照らされた、それは…………大きなヘビの顔であった。

163 :創る名無しに見る名無し:2011/06/01(水) 19:27:19.72 ID:ovdeQmi0
夜は色の薄い灰色の世界。
深夜の異常な雰囲気に、正気を失いつつあった少年は、禁忌に触れてしまったと錯覚し、
完全に怯えてしまった。
最早、好奇心の欠片も無い。
声を出す事も忘れ、背凭れの陰に引っ込み、震えながら母親にしがみ付く。
少年の奇行にも拘らず、両親は眠りの魔法にでも掛かったかの様に目を覚まさない。
少年は、怯え疲れて眠りに落ちるまで、恐怖と孤独に戦わねばならなかった。

164 :創る名無しに見る名無し:2011/06/01(水) 19:28:09.01 ID:ovdeQmi0
翌朝、寝坊した少年は、五日駅に着いて、両親に起こされる。
明るい日差しと両親の声は、何よりも少年を安心させた。
太陽の守護の下、彼は直ぐに後ろの座席を確認したが、そこには……――もう誰もいなかった。
昨夜見たヘビの顔をした男は、夢だったのだろうか……?
少年が寝不足気味な事以外に、証拠は何も残っていなかった。

165 :創る名無しに見る名無し:2011/06/03(金) 18:34:57.28 ID:gzH+QnMr
タンク湖上流 テール川遡上船上にて


サティとジラはティナー地方からボルガ地方へ行く手段に、遡上船を選択した。
大河を遡る遡上船は、古代から重要な交通手段である。
遡上船は小型に限られ、魔法を動力とする物が殆どだが、中には使い魔に牽引させる物もある。
よく晴れた日の午後、川の流れに逆らって吹き上げる谷風に乗って、船は川を上る。
荒天の予兆があれば、当然川上りは中止となる。
ただボルガ地方に向かうだけなら、大魔力路沿いに大街道を進んだ方が断然早い。
そうでなくとも、馬なり何なり借りて陸路を行けば、少なくとも遡上船よりは早くなる。
しかし、ジラに「歴史を知るなら直に風土と接すべし」等と色々理屈を付けられ、サティも納得したのだった。

166 :創る名無しに見る名無し:2011/06/03(金) 18:37:19.65 ID:gzH+QnMr
タンク湖からボルガ地方に続くテール川上流部は、地元ではルーズ川と呼ばれている。
テール川の水系は双頭の蛇か、双尾の獣に譬えられ、ボルガ地方では前者と認識されている。
ルーズの由来に関しては、『双頭<トゥー・ヘッズ>』が訛ったか、それとも竜頭の訛りか、
死者を川に流す水葬の習慣から来たか、色々と推測されているが、真相は定かでない。
……古文献には、以下の様にある。
蛇竜潜み人を呑む大河大蛇の形を成す。
下流の大湖にて大蛇交わりルーズの大蛇双頭と判明。
古人の知及びしか昔に大蛇双子双頭の伝承あり。

167 :創る名無しに見る名無し:2011/06/03(金) 18:39:47.47 ID:gzH+QnMr
遡上船がルーズ川を上る風景は、ボルガ地方の名物の1つであり、それを表した有名な句がある。

晴天の 谷風山へ 船運ぶ

「谷風山」と誤解するなかれ。
「晴れた日には、低地から高地へ吹き上がる風(=谷風)が吹く。それを大きな帆で受け、
船が川を山の方へと遡上して行く」……という意味である。
しかし、谷風が吹く時間は、よく晴れて気温が上がる日中に限られる上に、それだけでは船の進みは遅く、
とても長い距離は移動出来ない。
この悠然たる大河の流れに逆らう船は、巨大な水蛇の力を借りている。

168 :創る名無しに見る名無し:2011/06/03(金) 18:40:27.71 ID:gzH+QnMr
復興期――魔導師会と出会う以前のボルガ地方では、『水蛇<ハイドラ>』を蛇神、
竜神として祀る風習があった。
水に棲む巨大な蛇は、川の化身と信じられていたのである。
勿論、水蛇が川の化身である事実は無い。
水蛇は偶々高い魔法資質を持った個体が巨大化し、定着した種に過ぎない。
しかし、当時は教育水準が高くなく、一部地域では贄の名目で、大蛇に人を捧げていた事もある。
そんな時代、水蛇を飼い馴らす事に成功した、蛇使いの一族があった。
蛇使いの一族は、水蛇を人々の生活に役立て、蛇神と同等に崇められた。
初めは感謝されて素直に喜んでいた蛇使いの一族だったが、時が経つと慢心する様になる。
水蛇を操る我々は、神に等しい存在である――と。
一族の権力は暴走し、水蛇を用いて人を支配する様になった……。

169 :創る名無しに見る名無し:2011/06/03(金) 18:43:13.92 ID:gzH+QnMr
それを打ち破ったのが、共通魔法使いの魔導師である。
ボルガ地方を訪れた魔導師は、蛇使いの一族の強権的な支配を快く思わず、戦いを挑んだ。
その魔導師は、強力な魔法で襲い来る水蛇を退け、蛇使いの一族が操っていた水蛇を逆に操って見せ、
蛇使いの一族も人に過ぎない事を証明した。
その後、蛇使いの一族は魔導師会に排除されるかと思いきや、そうはならなかった。
水蛇は人々の生活に欠かせない物となっており、やはり水蛇を操る技術は残さねばならなかった。
一族は二度と傲慢な振る舞いをしない事を条件に人々と和解し、魔導師会と協力して、
その力を人々の為に揮う様に努めた。

170 :創る名無しに見る名無し:2011/06/03(金) 18:49:35.55 ID:gzH+QnMr
……と言う話を、サティ・クゥワーヴァは遡上船の船長から聞いた。
その船長は蛇使いの一族の裔であると自称する。
今では「使い魔」の一種としか認識されていない水蛇だが、これは店売りの使い魔の様に、
簡単に手懐けられる物ではない。
水蛇を従えたくば、その生態に関する深い知識と、個体の性質を見抜く鋭い観察眼、そして何より、
長い時を共有して築かれる、相互の絶対的な信頼関係がなくてはならない。
どの使い魔でも同じ事だが、呪文を唱えて「はい、出来ました」……とは行かないのだ。
共通魔法が教えるのは、意思の疎通方法――心の通わせ方だけ。
それも今となっては、使い途が無いとして忘れ去られた『失われた呪文<ロスト・スペル>』。
使い魔を完全に支配する共通魔法も無い事は無いが、一部を除いて一般には使用を禁じられている。

171 :創る名無しに見る名無し:2011/06/03(金) 18:52:11.39 ID:gzH+QnMr
最後に、サティは船長に詰まらない質問をした。

 「魔導師会を恨んでいませんか?」

 「何でだい?」

船長は不思議そうに尋ね返す。

 「……その魔導師が来なければ、蛇使いの一族は、今も栄華を誇っていたでしょう」

サティに言われ、船長は難しい表情をした。

 「そうかもな……。
  でも、大昔の事を今更言っても仕方無いし、今の生活に不自由もしてないし、恨む理由にはならないよ。
  それに――――権力者の儘だったら、今みたいに呑気にはしてられなかっただろうしな。
  小難しい事は好かないし、人生明快が何よりだ」

何事も些細と笑い飛ばす姿は、惜しくもあり、羨ましくもあり……。

172 :創る名無しに見る名無し:2011/06/03(金) 18:55:56.76 ID:gzH+QnMr
『水蛇<ハイドラ>』


タンク湖からルーズ川の中流に生息する淡水生の両生類。
蛇に似るが、胴が太くて短く、蜥蜴に似るが、手足の代わりに小さな鰭を持っている。
種の特徴として魔法資質が高く、長命の胴体(尾を除いた長さ)は4身にもなり、強い力を持つが、
主食は魚介類で、大人しく臆病な性質。
野生の物は、自分の体高以下の浅瀬には近付かないので、人間が襲われる事は殆ど無い。
捕食方法は粗雑で、水底付近の泥土を丸呑みして、吐き出さない。
流れの緩やかな深い溜まりに卵を産み付ける習性がある為、主にタンク湖内で繁殖活動を行う。
幼生には鰓があり、成体になると呼吸しに水面に浮上するが、警戒心が強く、滅多に姿を見られない。
多くは単頭だが、劣性遺伝で、双頭の物が誕生する。
ボルガ地方の蛇使いの一族が飼っている物は、魔法資質を高めた双頭の純血種。
特別に馴練されている為、浅瀬や水面付近での活動を恐れない。
タンク湖の鉱毒汚染から一時激減し、現在ではティナーとボルガで保護対象種に指定されている。
タンク湖の怪獣の正体とされている(噂では、より巨大で獰猛な物と伝えられていたが……)。
間抜けな鯰面をしており、小さく円らな瞳、大きく平たい口、水に戦ぐ長い口髭がチャームポイント。

173 :創る名無しに見る名無し:2011/06/04(土) 17:35:39.23 ID:GeIqpS8D
ペット大好き


第四魔法都市ティナー 繁華街


魔法学校中級課程の女学生、グージフフォディクスは、放課後、同級生と共に繁華街に立ち寄った。
同年代の若者が時間帯を問わず屯している繁華街で、魔法学校の生徒である事を示す、
指定制服のローブは、決して派手ではないが、よく「目立つ」。
色合いが薄く、奇抜な物でも無いのに、注目される理由は、それ自体が特別な意味を持っているから。
魔法学校指定のローブは、初級・中級・上級の各課程で、デザインが異なる。
その事は一般市民にも広く知られており、指定制服を着用していれば、大抵の人は一見して、
どの級の魔法学校の学生か見分けられる。
若い内に中級または上級のローブを身に着けられる事は、エリートの証であり、栄誉と認識されている。
裏を返せば、魔法学校指定のローブを着て街中に出られるのは、若年者に限られる。
魔法学校には年齢制限が無いとは言え、才能ある若者と比較されて、「未だ初級」、
「未だ中級」という目で見られては堪らない。
市民から羨望の眼差しを向けられる事は、才能ある若者の特権なのだ。
さて、そんなエリートの彼女等が繁華街に立ち寄った理由は――……。

174 :創る名無しに見る名無し:2011/06/04(土) 17:41:19.64 ID:GeIqpS8D
魔法道具店 使い魔選定コーナーにて


魔法道具店には使い魔を取り扱う専門部署がある。
そこでは使い魔の販売だけでなく、引取も行われており――――。
暗い話は横に置いて……悲劇を避ける為に、店員は客に合った使い魔を見繕い、勧める。
グージフフォディクス等、魔法学校の女学生達は、魔法道具店の使い魔を見る為、
繁華街に立ち寄ったのだ。
ティナーの繁華街にある魔法道具店は、大陸でも最大級の店舗で、それ故に、
使い魔も様々な種類の物が揃っている。
最も一般的な犬猫の他、古代亜熊を含む殆どの哺乳類……流石に大海獣までは取り扱っていないが、
鳥類、爬虫類、両生類、魚類、節足動物、軟体動物、植物と、無い物を探す方が難しい。
魔法学校の女学生達は、店内の使い魔を見て、あれが良い、これが良いと騒いでいる。
……コーナーの店員は彼女等の質問には答えるが、自分からは決して口を出さない。
彼女等は可愛い動物を見に来ているだけで、使い魔を購入する気など初めっから全然無いのだ。
もし本気で使い魔の購入を考えているのならば、もっと少人数か、家族同伴、或いは1人で来る。
それでも店の賑やかしにはなるので、店員は彼女等を追い出しはしない。
全く困らない訳ではないが、使い魔を衝動買いして、飽きたら捨てるを繰り返されるよりは断然良い。
それに――魔法学校の学生である彼女等は、「今」買う気が無いだけであって、
「将来」買う事になるであろう使い魔を、こうして仲間と選んでいる最中なのだ。
お気に入りに目を付けて、足繁く通い詰め、相性を確かめる時間を作る事は、使い魔を飼う上で、
推奨されている行為である。

175 :創る名無しに見る名無し:2011/06/04(土) 17:47:36.22 ID:GeIqpS8D
女学生の多くが哺乳類か鳥類に群がっている中、グージフフォディクスは、両生類に目を奪われていた。
いや、正確には、彼女は1匹を見詰め続けていた。
苔の生えた汚い巨大な水槽に浮かぶ……クッションサイズの……藻の塊の様な……?

 (何これ……?)

値札は付いていない。
両生類と言うからには、カエルか何かだろうが……。
正体を確認しようと、グージフフォディクスが水槽に近付くと、藻の塊はくるりと引っ繰り返り、
真っ白な裏側を彼女に見せた。
……水槽の水面には、ぎっしり水草が浮かんでいて、真っ白な球体としか分からない。
得体の知れない物に触れる気は起こらず……。
変な物だと思いながら見詰め続けるグージフフォディクスに、級友が声を掛けて来る。

 「どしたのグーちゃん?
  向こうで魔犬構おうよ、魔犬、魔犬だよ、なじぇん!
  魔犬触ろうよ、魔犬格好良いよ、なじぇん可愛いよ、なじぇん……て、うわっ、汚っ!
  何それ!?」

水槽の汚さに驚き、後退る級友の反応を、彼女は尤もな物と受け止めた。
確かに、汚い。
この店の衛生管理能力を疑いたくなる程だ。

176 :創る名無しに見る名無し:2011/06/05(日) 17:51:59.16 ID:bQGtAoHP
……汚い水槽を眺めていても仕方無いと思い、グージフフォディクスが、その場を離れ様とした時である。
ちゃぷんと水音を立て、白い球体が再び引っ繰り返った。
グージフフォディクスは足を止めて振り返る。

 「グーちゃん?
  はよ行こ」

彼女は後ろ髪を引かれながらも、級友に呼び掛けられ、同じ女学生の群れに紛れ込む。
彼女等は使い魔について話し合う。
買うなら、どんな使い魔が良いかな?
可愛いと感じる使い魔は?
役に立ちそうな使い魔は?
共通の話題を持ち、共通の問題に思い悩む。
目的も何も無く、彼女等の内にある心は、ただ集団への回帰のみ。

177 :創る名無しに見る名無し:2011/06/05(日) 17:53:04.09 ID:bQGtAoHP
1角後――、魔法学校中級課程の女学生の集団は、現地解散で、帰宅組と移動組と居残り組に別れる。
グージフフォディクスは居残り組として、店内の使い魔選定コーナーに留まった。
それから暫らくの間、汚い水槽の事など綺麗に忘れて、使い魔を見て回っていた彼女だったが、
両生類のコーナーに近付いて、初めて謎の生物の事を思い出す。

 (あれって何なんだろう……)

……グージフフォディクスは疑問が頭から離れず、つい確認に動いてしまう。
彼女が汚い水槽のあった場所に行くと、コーナーの店員が使い魔に給餌していた。
店員は例の汚い水槽にも粉末状の餌(と思われる物)を撒いている。
浮き草だらけの水槽の水面に浮かんでいる物は、やはり暗緑色の藻の塊にしか見えない。
これの正体を尋ねようと、グージフフォディクスが店員に近付くと、水槽の中の藻の塊は再び裏返って、
白い面を露にした。

178 :創る名無しに見る名無し:2011/06/05(日) 17:56:46.97 ID:bQGtAoHP
店員はグージフフォディクスに気付き、笑顔で言う。

 「成る程、あなたでしたか……。
  このコが気になるんですね?
  どうか御購入を検討して頂けませんでしょうか」

 「はい?」

店員の突然の申し出に、グージフフォディクスは困惑した。
謎の生物が気になるのは否定しないが、自分の使い魔にしたいとまでは思っていない。
そんな彼女の心中を察したのか、店員は苦笑して釈明する。

 「ああ、済みません。
  行き成り言われても、困りますよね。
  少し、お時間を……、私の話を聞いて下さい」

店員は真面目な顔で語り始めた。

 「このコ、ザブトンガエルと言う種類の蛙です。
  その子供、詰まりオタマジャクシ。
  成長すると、人を乗せて跳べる位まで大きくなります。
  それに結構賢いんですよ」

グージフフォディクスは益々困惑する。
謎の生物の正体が判ったのは良いが、別に詳しい生態まで知りたくはない。
この儘では気味の悪い両生類を押し付けられてしまう。

179 :創る名無しに見る名無し:2011/06/05(日) 17:58:41.54 ID:bQGtAoHP
しかし、彼女の心配を他所に、店員は水槽に浮かぶ白い球体を指先で突きながら、嬉しそうに続ける。

 「このコ、白い腹を無防備に晒して、何してると思います?
  あなたにアピールしているんですよ。
  『どうか、あなた様の使い魔にして下さい』ってね。
  長年この仕事を続けていますと……いや、高々数年ではありますが、時々この様な事に出会します。
  波長が合うって言うんですかね。
  使い魔の方から、『この人しか無い』、『この人になら従える』と見込むんです。
  このコは一生、あなたに忠実な僕となるでしょう」

 「えぇー……」

喜ぶべき事なのだろうが、グージフフォディクスにとっては有り難迷惑な話であった。

 「勿論、強制は出来ません。
  購入なさらなくても、それは自由です。
  ただ、あなたにとっても、このコにとっても、一生に一度あるか無いかの出会いです。
  偶然の示し合わせを大事にして下さい」

 「で、でも……」

店員は興奮した様子で、押しを強める。

 「蛙は嫌いですか?
  蛙は旧暦から猫や烏と並んで、使い魔として伝統ある動物です。
  高が両生類と侮るなかれ。
  歴史が長い分、使い魔としての性能は、他の物より優れていますよ」

そう力説されても、グージフフォディクスは只々困惑するばかりである。
使い魔が主人を選ぶなど聞いた事も無いし、第一、友人に誘われ軽い気持ちで使い魔を見に来たので、
本気で使い魔を選ぶ積もりは微塵も無かった。
何より……ティナーの若い女子の間では、使い魔のトレンドは小動物系。
伝統だろうが何だろうが、両生類・爬虫類は下手物扱いだ。

180 :創る名無しに見る名無し:2011/06/06(月) 19:49:52.54 ID:EF+jJ1eB
誤解してはいけないが、グージフフォディクスは、蛙が苦手なのではない。
年頃の女子らしく、周囲を気にすると言うだけの話だ。
それを見抜いた店員は、及び腰な彼女を繋ぎ止める為、一度引く。

 「……あー、済みません。
  どうしても気が急いてしまって……。
  あの、今直ぐに決断して下さいとは言いません。
  寧ろ、買う買わないの話は、何年後でも、先延ばし、先延ばして結構です。
  ただ……そう、ただ、『買わない』と切り捨てるのは思い止まって欲しいのです」

店員の必死な態度は、商売人と言うよりも、我が子を想う親の様であった。
グージフフォディクスは、怪訝な表情で店員に尋ねる。

 「何故そんなに必死なんですか……?」

店員はグージフフォディクスを真っ直ぐ見詰め返した。

 「一先ず、このコの事は置いといて……。
  将来、あなたが使い魔を買う時の為に、大切な話をさせて下さい。
  魔法学校では教わらない、大切な、大切な話です」

大切な話と聞いて、グージフフォディクスは緊張する。
「学校では教わらない」……恐ろしくも、胸が高鳴る響きである。

181 :創る名無しに見る名無し:2011/06/06(月) 19:51:03.60 ID:EF+jJ1eB
魔法道具店で売られている使い魔は、最初から使い魔として、ある程度の教育を施されている。
しかし、多くの者は「使い魔」と「ペット」の違いを理解していない。
使い魔は、手の掛からない利口なペットではない。
使い魔とは、主人の手足となって動く、『従者<サーヴァント>』。
愛玩の道具ではない。
見る目のある魔法使いは、使い魔を容姿よりも、魔法的な相性で選ぶ。
次に考慮するのが使い魔の性能。
容姿・性能・相性と揃った物が見付かれば良いが、そんな例は殆ど無く、大抵は妥協する。
使い魔と主人の信頼関係は、時間を掛けて築く事も出来るが、魔法的な相性は変えられない。
それを乗り越えた主従関係は、理想的ではあるが、「使い魔と主人」として見ると疑問符が付く。
使い魔は、やはり使い魔であり、愛玩動物としてより、使い魔としての扱われ方を望む。
使い魔の方から、それも一見で主人を選ぶのは、余程の事。
その条件については、動物学会でも詳しくは判っていないが、魔法的な相性の良し悪しに加えて、
最良の主となれる者の資質を感じ取っていると言われている。

182 :創る名無しに見る名無し:2011/06/06(月) 19:58:18.96 ID:EF+jJ1eB
店員の話を聞いたグージフフォディクスは、周囲の目ばかり気にしていた自分を恥じた。
しかし、未だ使い魔を買う決心は付かない。

 「それは解りましたけど……」

若い彼女には、使い魔の忠誠に応える自信が無いのだ。
無碍に断るには惜しいが、軽弾みに頷く事は出来ない。
店員は、煮え切らない彼女を優しく諭す。

 「結論を急ぐ必要はありません。
  このコは未だオタマジャクシ……使い魔として、あなたのお役に立つのは、暫く先の事です。
  ただ、ほんの少しでも、このコが気に掛かるなら、お暇な時で良いです、是非会いにいらして下さい。
  逢瀬を重ね……あ、失礼、時間を掛けて観察する事で、分かる事も多いでしょう。
  私共の仕事は、お客様にとっても、使い魔にとっても、良好な出会いを導く事。
  あなたがお引き取り下さるなら、格安でお譲り致します」

 「は、はい……」

グージフフォディクスは言われる儘に結論を持ち越し、使い魔選定コーナーを離れた。
賢く、忠実で、相性も良い使い魔を、格安で入手出来る。
よくよく考えなくとも、魅力的な取り引きである。
……その使い魔が蛙という事を除けば。
他人からすれば馬鹿みたいな理由で、グージフフォディクスは迷っていた。

183 :創る名無しに見る名無し:2011/06/06(月) 19:58:52.26 ID:EF+jJ1eB
友人と一緒の帰り道でも、彼女は使い魔の事で頭が一杯だった。
運命の出会い……と言って良いのだろうか?
心中は複雑である。
あれこれと思い悩みながら、少女の運命的な一日は終わった。

184 :創る名無しに見る名無し:2011/06/07(火) 20:26:58.09 ID:PGuc+BkA
魔法の医術


エグゼラ地方南部の都市ルブラン郊外 仮設病院にて


街外れに建てられた仮設病院に、急患が運ばれて来る。
怪我人だらけの院内を駆ける担架には、胴体を布で幾重にも巻かれた重傷の男性が乗せられている。
彼は直ぐに集中魔法治療室へ運ばれた。
魔法による大手術を行う場である、集中魔法治療室は、室内全体が生命力を強化する魔法陣。
事前に連絡を受け、待機していた医療魔導師5人は、即座に手術に取り掛かる。
都市の大病院所属の熟練の医師が3人、1人は地方医師、もう1人は新人医師。
他に医療魔導師でない、助手の看護師が3名。
患者を含め全9人による、2角にも及ぶ長き戦いの開幕である。

185 :創る名無しに見る名無し:2011/06/07(火) 20:28:41.91 ID:PGuc+BkA
担架から手術台に移された患者は、正に瀕死であった。
助手が患者の胴に巻かれた赤黒い布を切ると、先ず真っ赤な空洞が目に入る。
咽喉から臍まで、鍬で掘り返された様に、深く抉り取られ、その部分の肉が殆ど無い。
詳細に言うと、胸骨を喪失しており、鎖骨と肋骨の前部が砕け、食道・肺・心臓・胃・肝臓・腸の一部、
または大部分が損傷している状態。
幸運にも即死では無く――本当に即死では無かった「だけ」で――、魔法により命を存えている。
それも長くは持たない。
患者は苦痛に耐え切れず、気を失っていた。
早急に治療しなければ、魔法効果が切れなくとも、徐々に衰弱して死亡する。

186 :創る名無しに見る名無し:2011/06/07(火) 20:29:57.51 ID:PGuc+BkA
これから5人の医療魔導師が使用する魔法は、肉体を再生させる物である。
……しかし、手術を始める前に、新人医師が気分の不良を訴えた。

 「済みません。
  吐きそうです」

仕方無い。
患者は損傷した内臓を曝け出し、血と臓物の臭いを室内に撒いている。
生きているのが奇跡としか思えない重体だ。
いや、これを「生きている」と言って正しいかは疑わしい。
現状は、死に行く運命の者を、魔法で何とか引き止めているに過ぎない。
彼に応急処置を施した共通魔法使いは、実戦経験が豊富な熟練者と思われる。
深い傷口は、簡単な治癒魔法のみで、効果的に止血されていた。
ショック状態ながら死亡に至らなかったのは、負傷後の延命処置が迅速だった為であろう。

 「突っ立ってるだけで良いから、動くな。
  目を逸らしても構わん。
  どうにもならんくなったら、傍の看護師に世話して貰え」

実施責任者である熟練の医師が、呆れた口調で新人に告げる。
彼を除いた、手術台を囲んでいる4人の医療魔導師は、魔力を導く魔法陣の役目を果たす。
1人でも欠ければ、魔法の成功率は著しく低下する。
持ち場を離れる事も、気絶する事も許されない。

187 :創る名無しに見る名無し:2011/06/07(火) 20:32:02.91 ID:PGuc+BkA
実際に再生の魔法を使うのは、実施責任者兼施術者の1人だけ。
そして、これはB級禁断共通魔法に分類されている。
この場にいる者は、禁呪を目にするのだ。
しかし、真似し様と思って、真似られる物では無い。
常人には、その呪文すら覚えられない。
禁呪とは……――。

188 :創る名無しに見る名無し:2011/06/07(火) 20:33:51.11 ID:PGuc+BkA
施術者の医師は、左手に魔法書を持ち、右手を患者の胸の上に翳した。
続けて、詠唱を始める。
小声だが、力強く。
両目を見開き、大きく裂けた患者の傷口を這う、己が手の影を凝視して。

 「H3N1、H3N1・A17!
  H3N1、H3N1、H3N1……」

普通、魔導師は呪文が記してある魔法書を持ち歩かない。
それは、自分が使う魔法の呪文は憶えていて当然と言う、プライドを持っているからである。
魔法書を確認しながら詠唱する施術者の様子は、まるで素人の手習い。
……それだけ扱いが難しい魔法と言う事である。
皆、理解しているが故に、不安になり、不気味な緊張感が漂う。

189 :創る名無しに見る名無し:2011/06/08(水) 20:48:00.16 ID:31Yr2oe0
やがて本格的な精霊言語による詠唱が始まった。

 「F3CG3A4EE1・LG4H1A4・F1D5O1H1N5・B4BG4H46、J7CC1、
  F3CG3A4EE1・B46L3EG4N16J6・EG4K3F4。
  M56CI4H4H2MM5・J5H4J5H4N5・B46L3EE1・I1N5・J3J5D7……」

同時に、4人の医療魔導師も補助詠唱を開始する。

 「J3M5・M56O1・M56O1、J3M5・M56O1・M56O1、F2A3・H3N1、H3N1……」

施術者に魔力が集中して行く……。
それに従って、患者の体は紅潮し、やがて真っ赤に染まる。

 「F5AAG4F4H4、A5H5・A5H5・A5H5F5EE1、J5H4J5H4N5・B46L3EE1、F3CG3A4EE1、
  B3C1O16H2D7・J3C1MM5J77!!」

詠唱は一区切りしたが、患者の肉体が再生する様子は無い。
それは当然。
ここまでの詠唱は、環境を整える為の下準備に過ぎない。
ここから先が真の禁呪の領域である。

190 :創る名無しに見る名無し:2011/06/08(水) 20:55:13.95 ID:31Yr2oe0
施術者は数回深呼吸を繰り返し、最後に大きく息を吸い込むと、人の耳では聞き取れない位の早口で、
詠唱を始めた。

 「――┬┬――┴┬┴┴――┼┬┬┼――┴┴┴┴――┬┼┴┬――――――……」

まるで蓄音機の早起こしの様だが、極端な高音にならない所が違う。
周囲の者には、辛うじて抑揚が……いや、音の強弱が判る程度である。
それにも拘らず、詠唱は果てしなく続く。
施術者の息が止まらないか、心配になる程。

 「F2A3・H3N1、H3N1、F2A3・H3N1、H3N1、J3M5・M56O1・M56O1、J3M5・M56O1・M56O1……」

4人の医療魔導師は、補助詠唱のテンポを徐々に速める。
応急処置によって塞がれていた、患者の傷口が蠢き、ぐずぐずと形を変えて行く。
肉体は緩やかに再生を始めていた。

191 :創る名無しに見る名無し:2011/06/08(水) 20:57:23.67 ID:31Yr2oe0
施術者の右手が尋常ならざる速度で震えている。
緊張による痙攣ではない。
五指、掌の軌跡に沿って、血管、神経、筋肉、骨が再生している。
これは描文動作である。

 「――┬┴┴┼――┬┴┴┴┬┬┴┬――┴┬┬┴――――……」

当に神速と呼ぶに相応しい詠唱と描文。
しかも、僅かの間違いも許されない。
これが並みの者には真似る事すら不可能とされる所以の一である。。
魔力の流れを感じ取り、4人の医療魔導師は――目を閉じている新人を含めて――全員、理解する。
肉体の再生は、患者の自己修復能力を強化して行われているのでは無い。
施術者の呪文が魔力を導き、人体を構成している。
より正確に表現すると、施術者は「人体と言う複雑な呪文」を詠唱・描文しているのだ。
これは魔法生命体の製造に通ずる物がある。

192 :創る名無しに見る名無し:2011/06/08(水) 21:06:06.51 ID:31Yr2oe0
再生が始まって1点経っても、肉体の回復は遅々として進まない。
心臓と肺の一部が修復された程度で、他の部位には何の変化も無い。
復元速度は呪文の完成速度と完全に同期するので、そこには人の限界がある。
人の手では、幾つもの部位を同時に再生させる事は出来ない。
故に、この患者の大傷を治すには、相応の時間が必要になってしまうのだ。
頃合を見て、施術者でない熟練の医師の1人が、傍に控えていた看護師に声を掛ける。

 「輸液」

欠損部分を補う物質の不足を防ぐ為、チューブを通して血管に直接、栄養液の注入が開始される。
加圧せずとも、患者の肉体は、貪る様に栄養液を吸い上げる。
……しかし、これは生きる意志の表れでは無い。
栄養液は再生の魔法によって、化学反応的に消費されているに過ぎない。

193 :創る名無しに見る名無し:2011/06/08(水) 21:10:14.64 ID:31Yr2oe0
1角3針後……患者の内臓は形を取り戻し、後は骨を付けて肉を埋めれば、
自然治癒に任せられる所まで来た。
詠唱を続けた5人の医療魔導師は疲弊しており、特に施術者の消耗が著しい。
だからと言って、手を抜く事は出来ない。
一気に終わらせなくては、患者の体が持たないのだ。
しかし、ここに来て状況に新たな変化があった。

 「ぐおぉ……うごぐぐぐ……、びぃ……ぎ、あがが……お、ご……」

ある程度肉体が回復した事で、患者が息を吹き返したのである。
恐らく覚醒には至っていないが、無意識ながら苦痛に反応したのであろう。
言葉にならない呻き声を上げている。
患者が暴れ出す前に、指示が飛ぶ。

 「麻酔30」

本来なら魔法で動きを封じる所だが、異なる魔力の流れは、施術者の集中力を削ぎ、
再生魔法の妨げになる可能性が高い。
麻酔薬の追加で対応する。
2点後、患者は再び深い眠りに落ちた。

194 :創る名無しに見る名無し:2011/06/08(水) 21:15:00.92 ID:31Yr2oe0
2角と1針1点後、手術は完了する。
直後、施術者は床に座り込んで、意識を失い、動かなくなった。
看護師の内、2人は患者を病室に送り、1人は施術者を抱え起こす。
残る4人の医師は、急場を凌ぎ切った互いを称え合った。
患者の傷は全く無かった様に元通り……にはなっていない。
外皮は全く再生していないし、内臓も骨も筋肉も、取り敢えず形を持たせたのみで、完全な状態ではない。
予後は患者の治癒力頼みで、健康体になっても、大きな傷跡は残る。
最悪の場合、肉体は回復しても意識を取り戻さず、眠った儘になるかも知れない。
それでも最善を尽くし、最良の結果を得た事に対する、束の間の喜びに浸るのであった。
次の急患が来ない事を祈りつつ……。

195 :創る名無しに見る名無し:2011/06/08(水) 21:17:02.46 ID:31Yr2oe0
再生の魔法。
この禁呪を使う者は、専門の厳しい――余りに厳し過ぎる訓練を積んだ者に限られる。
これを扱える医師は、名声を欲しい儘に出来るが、生半可な気持ちで、これに手を出す者は存在しない。
文字通り、命懸けの治療になるからである。

196 :創る名無しに見る名無し:2011/06/08(水) 21:27:57.45 ID:h/ZPccD3
禁呪なのに使える人を限って使えるのか
それでは限定魔法では

197 :創る名無しに見る名無し:2011/06/08(水) 22:31:56.09 ID:31Yr2oe0
元々は誰でも使えるが故に、一般の使用を固く禁じた魔法なので、慣用的な表現って感じです。
「魔導師会が箔づけのために大げさな表現を好んだ」とかでもいいかも知れません。

198 :創る名無しに見る名無し:2011/06/08(水) 22:46:45.60 ID:31Yr2oe0
……と思ったが、1スレ目で
>蘇生系の禁呪は、肉体の部分的な損壊に対しても有効だが、目的に拘らず、使用を禁じられている。
とか書いていた。
さて、困ったな。
A級なら有資格者の使用ありと設定したから慣用的な表現でいいかも知れないが
B級でも本当に危険な物でなければ許可が下りると改めるべきか……
試験的に一般での使用を認められているレベルの禁呪とか……
この実施責任者を医療系のド偉い人に設定してしまうか……

199 :創る名無しに見る名無し:2011/06/09(木) 18:24:14.57 ID:rlFmrM3J
良い機会なので、ちょっと禁呪関連の過去設定を振り返ろうと思います
ロスト・スペラー
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/ より

200 :創る名無しに見る名無し:2011/06/09(木) 18:25:22.38 ID:rlFmrM3J
9 :創る名無しに見る名無し:2010/11/29(月) 19:18:01 ID:NaK9rsFc
『禁呪<フォビドゥン・スペル>』

『禁呪<フォビドゥン・スペル>』とは、『魔導師会』によって習得・発動を禁じられた魔法である。
禁呪と呼ばれる魔法の多くは『外道魔法<トート・マジック>』関連だが、『共通魔法<コモン・スペル>』にも
『禁断共通魔法<フォビドゥン・コモン・スペル>』と云う物が存在する。
禁断共通魔法は、危険度によって『級<クラス>』分けされている。
毒物生成や記憶操作など、比較的習得が容易で、悪用される危険性の高い『A級』。
蘇生や奪命など、生命に関わる『B級』。
天候操作や天変地異など、大規模な自然災害を引き起こす『C級』。
時間と空間を支配する『D級』。
A級以外は一般人では到底発動させられない事から、余り問題視されていない。
その為、危険度ではA級が最も高く設定されている。

201 :創る名無しに見る名無し:2011/06/09(木) 18:27:29.66 ID:rlFmrM3J
73 :創る名無しに見る名無し:2010/12/18(土) 16:19:28 ID:2hxYabWj
『共通魔法研究会』

『共通魔法研究会』は、『魔導師会』内の一機関である。
魔導師会内に、『魔導師会運営部』、『魔導師会治安維持部』の二機関しか存在していなかった時代、
『魔法暦』9年に、第三の機関として誕生した。
共通魔法研究会は、日々、新しい『共通魔法<コモン・スペル>』の研究開発を行っている。
新しく開発した共通魔法は、魔導師会運営部の承認を受けなければ、『禁呪<フォビドゥン・スペル>』
扱いされるので、その取り扱いは、慎重でなければならない。
その為、共通魔法研究会には、新魔法専門の査定官がいる。
査定官は、新魔法が禁呪に該当しないか、事前にチェックし、危険度が一定以上と判断すると、
承認申請前に、直接『八導師』に取り扱いの判断を仰ぐ。
そこで問題無しとされた場合は、中央運営委員会へ、問題ありとされた場合は、即座に封印される。
査定官は、禁呪に触れる者なので、禁呪の研究者と同様に、『執行者<エグゼキューター>』の監視が付く。
共通魔法研究会には、各分野に、複数の研究室が存在し、成果を競い合いながら、時に協力する。
高名な博士には、偏屈者が多く、魔導師会に興味を持たない者もいる。
研究室のリーダーには、研究者として優れていなくとも、統率力のある人物が就き、研究だけに
没頭しがちな偏屈者をフォローする。
禁呪の研究者も、この共通魔法研究会に所属しているが、研究施設は別に用意され、
他の研究者達とは、完全に隔離されている。

202 :創る名無しに見る名無し:2011/06/09(木) 18:28:13.68 ID:rlFmrM3J
89 :創る名無しに見る名無し:2010/12/23(木) 19:41:29 ID:2f4AfwGs
A級禁断共通魔法

A級禁断共通魔法は、危険度の高い『共通魔法<コモン・スペル>』を『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、
一般の使用を禁じたものである。
A級禁断共通魔法は、『毒物生成』、『精神操作』、『変身』、『その他』に分類出来る。
魔力が乏しいと言われている現代でも、『魔力石<エナジー・ストーン>』を用いれば、容易に使用可能な
レベルの魔法が多く、『禁断共通魔法<フォビドゥン・コモン・スペル>』の中では、最も凶悪。
それでも、『魔導師』になれる程の者ならば、これを防ぐ『対抗呪文<アンチ・スペル>』を習得している。
A級禁断共通魔法が問題となるのは、無抵抗な一般人に対しての使用である。
毒物生成と精神操作は、その全部が禁じられている訳ではない。
毒物生成系魔法は、『危険魔法取扱免許』所持者が、職務上使用する事は許されている。
精神操作系魔法も、『医学魔導師免許』を持った者ならば、同様である。
しかし、変身系の魔法には、取扱免許が無い。
変身系魔法とは、人間を動植物に変えたり、逆に動植物を人間に変えたり、生物を無機物に
変化させたりする魔法の総称である。
無機物を生物に変える物は、B級共通禁断魔法に該当する。
無機物を別の無機物に変化させる魔法は、禁じられていない。

203 :創る名無しに見る名無し:2011/06/09(木) 18:30:22.01 ID:rlFmrM3J
90 :創る名無しに見る名無し:2010/12/23(木) 19:44:00 ID:2f4AfwGs
B級禁断共通魔法

B級禁断共通魔法は、生死に関わる『共通魔法<コモン・スペル>』を『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、
一般の使用を禁じたものである。
『蘇生』、『奪命』、『生体改造』、『生命創造』が、B級共通禁断魔法に該当する。
蘇生を禁ていると言っても、肉体的損壊が少なく、且つ、死亡直後ならば、禁呪に該当しない
蘇生呪文が存在する。
禁じられている蘇生呪文とは、頭部破壊・肉体炭化など、完全に修復不可能な状態の物を、
蘇らせる魔法である。
これ等を復活させる魔法は、魔力を大量に消費する為、発動時に、使用者に大きな負担が掛かる。
下手をすると、魔力が暴走した挙句、魔法は失敗、使用者は廃人化と云う、最悪の事態も有り得る。
蘇生系の禁呪は、現代の魔力不足に加え、魔力の制御が不可能(と断言出来る程、困難)な為、
封印されているのだが、仮に魔力が十分にあった上で、制御が容易になったとしても、
倫理の問題から、これは禁呪の儘と思われる。
蘇生系の禁呪は、肉体の部分的な損壊に対しても有効だが、目的に拘らず、使用を禁じられている。

204 :創る名無しに見る名無し:2011/06/09(木) 18:31:14.46 ID:rlFmrM3J
92 :創る名無しに見る名無し:2010/12/26(日) 09:11:01 ID:II2gTDKD
C級禁断共通魔法

C級禁断共通魔法は、大規模な自然災害を起こす『共通魔法<コモン・スペル>』を
『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、一般の使用を禁じたものである。
最も有名な『禁断共通魔法<フォビドゥン・コモン・スペル>』であり、一般には、禁断共通魔法と言えば、
これが連想される。
しかし、単純に修飾詩を重ねて、威力を高めた魔法の呪文も含む為、特定の系統が無い。
この場合は、修飾詩を部分的に封じている。
一定以上の破壊力を持てば、何でもC級禁断共通魔法に該当するのだ。
そして、一定以上の破壊力を持つには、必ず大量の魔力を要し、大量の魔力を要する魔法は
制御困難で、『魔導師』であっても使い熟せない。
例外は、天候操作系の魔法である。
天候操作系魔法は、世界規模で影響を及ぼす物でありながら、好条件が揃えば、制御が容易になる。
天候操作系に関しては、徒に使用するのは好ましくないとされながらも、旱魃・豪雪・大嵐などの
自然災害を抑える目的ならば、専門の魔導師に限り、都市の正式な要請があった後、魔導師会の
厳重な監視下で、影響を十分に見極めながら、行う事が出来る。

205 :創る名無しに見る名無し:2011/06/09(木) 18:33:20.93 ID:rlFmrM3J
93 :創る名無しに見る名無し:2010/12/26(日) 09:12:30 ID:II2gTDKD
D級禁断共通魔法

D級禁断共通魔法は、時間と空間を操る『共通魔法<コモン・スペル>』を『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、
一般の使用を禁じたものである。
時間と空間を操る魔法で、現在、開発されている物は、微加速・微減速、短時間停止、情報転送など、
規模も効果も小さい物が殆ど。
その大半が、禁じる様なレベルの物では無い。
魔力を大量に消費すれば、効果を大きく出来るかも知れないが、やはり暴走・暴発が恐ろしい。
一つ間違えば、世界と違う時間の流れに取り込まれたり、異空間に飛ばされたりする。
これの研究者は、実験の度に、その可能性に脅えなければならないので、禁呪の中でも、
最も避けられている魔法である。
時空間支配は、効果の割に扱いが難しい、厄介な魔法であり、素人が濫りにD級禁断共通魔法を
使用すると、制御を失い、周囲の物を巻き込みかねない。
D級禁断共通魔法の研究施設も、巻き込まれを防ぐ為、他の禁呪の研究施設から遠ざけられる。
故に、如何に些細な物であっても、これを確実に扱える『魔導師』以外は、使用を禁じられる。
逆に言えば、確実に扱える実力のある魔導師なら(制限は付くが)、これを使用しても問題無い。
実際、幾つかの呪文は、一部の魔導師に、日常的に使用されている。
しかし、周囲の者は、それをD級禁断共通魔法だと知らない。
一般市民は、D級禁断共通魔法とは、時間を長時間停止させたり、時間の流れを極端に変えたり、
人や物を自在に転移させたりする物だと思っているからだ。
その様な魔法は、未だ正式に登録されていない。

206 :創る名無しに見る名無し:2011/06/09(木) 18:39:20.51 ID:rlFmrM3J
――引用ここまで――

というのがありまして(半分くらい忘れてた)
『禁呪』の定義は、『魔導師会』によって習得・発動を禁じられた魔法となっていました。
程度を問わず、魔導師会によって規制されている魔法の呪文を、禁呪と設定していたんだと思います。
禁呪の単語が、あまり強い意味ではありません。

207 :創る名無しに見る名無し:2011/06/09(木) 18:41:00.75 ID:rlFmrM3J
禁断共通魔法には二種類あって、最初から禁呪を生み出す目的(禁呪研究)で開発された禁呪と、
その気は無かったが結果として禁呪認定されてしまった禁呪が存在します。
魔導師会のやり方では、未登録の魔法は取り敢えず何でも禁呪のカテゴリーに放り込んで、
それから査定によって禁呪とそうでない魔法に分けています。
禁呪とされた魔法の中でも、特定の条件下で特別に使用を許可される例外的な魔法があって、
それを意味する新しい呼称(例えば『限定魔法』の様なもの)はありませんね……
(と言うか、考えもしていませんでした)

208 :創る名無しに見る名無し:2011/06/09(木) 18:42:58.17 ID:rlFmrM3J
魔導師会内での禁呪に関するあれこれの成立経緯を

旧運営部
「この魔法は危険だから禁呪にして使用を禁止します」
  ↓
研究会
「禁呪の有効な活用方法を発見しました」
  ↓
旧技術部
「この禁呪を使わせて下さい」
「こうして使えば危険ではありません」
  ↓
旧運営部
「では資格を設定します」
「資格試験に合格した『魔導師』なら使っても良いですよ」
「でも一般人は×」

という感じにして
『一部の魔導師のみに使用を許可された魔法』の新しい呼称を決めなかった理由は
「禁呪が使える魔導師は偉い」「魔導師会は禁呪を制御している」という風にしたかったとか
魔法暦100年までは開拓の歴史で、200年過ぎるまでは民度もお察しレベルだったので
使用許可を巡って場当たり的に法律が制定されて、以降何百年も改まらないままだとか
それは肝心の魔導師会本部が例の固陋なグラマーにあるからとか
こじつければ色々言い訳出来そうな気がします。

209 :創る名無しに見る名無し:2011/06/09(木) 19:00:58.71 ID:rlFmrM3J
どうしても『一部の魔導師のみ使用を許可された魔法』と『誰にも使用権限が無い魔法』を
区別する必要が出て来たら……
『敢えて区別していない』と押し切るか、いっそ、ここは逆転の発想で、
『使用許可が無い禁呪』を『絶対禁呪』(仮)など大仰な名前にしてしまうとか?
この辺は話の中で追々詰めて行きたいと思います。

210 :創る名無しに見る名無し:2011/06/10(金) 19:06:58.30 ID:A4kcI/ZQ
魔法暦484年11月 ブリンガー地方の小村ニーヴにて


常春のブリンガー地方でも、11月になれば冷え込む。
この様な時期に、最も気を付けなくてはならないのは、火事である。
冬のブリンガー地方は乾燥しており、広大な農地を持つ小村では、落ち葉や枯れ草に火が点くと、
あっと言う間に燃え広がり、大火事になる。
放火は言うに及ばず、野焼き、焚き火、煙草の消し忘れにも警戒しなくてはならない。
強い風が吹く日には、木の枝が擦れ合って自然発火する事もある。
誰もが火の気配に敏感になり、子供の火遊びでも強く戒められる季節……。
この年、この時期、大火災によってニーヴ村が滅んだ事は、その事実だけを見れば、
あり得ない事ではなかった。

211 :創る名無しに見る名無し:2011/06/10(金) 19:07:50.06 ID:A4kcI/ZQ
では、何があり得なかったのかと言うと、集落の全家屋が焼け落ちた事では無く、
村民が1人残らず焼死した事である。
夜中の火事では、人々が眠り静まっている間に、火の手が広まり、逃げ遅れる事がある。
しかし、この時期に不審火に備えた火の番を立てない事はあり得ない。
何らかの理由で、火事の発見が遅れたとしても、それなりの広さを持つ集落である。
全員が焼け死んでしまう事は無い。
火元は村の中央で、焼け跡は巨大な魔法陣を描いていた。
この大火災は明らかに計画された物だった。

212 :創る名無しに見る名無し:2011/06/10(金) 19:09:08.85 ID:A4kcI/ZQ
これが解放者の1人、カラミティの仕業であると判明したのは、心測法が行われる事を見越した、
犯行声明があった為である。
カラミティに限らず、解放者のメンバーは全員、犯行現場の中心地で名乗りを上げ、
魔導師会を挑発した。
しかし、奇妙な事に、カラミティの犯行手口は、他の解放者と異なる特徴的な物だった。
カラミティは自らの手を汚さない。
ニーヴ村を壊滅させた時も、魔法陣を描いたのは彼女だったが、火を放ったのは村民である。
誰かを操ったのではない。
ほんの小さな火を、大火災にしたのだ。
捜査官が心測法を通して見た光景は、想像を絶する恐ろしい物だった。

213 :創る名無しに見る名無し:2011/06/10(金) 19:10:21.62 ID:A4kcI/ZQ
真夜中に1人の男が、夜風に当たりに、家から出る。
その男は散歩がてら、村の中央で葉巻煙草を一服。
この時期、煙草を吸っている所を発見されると、何かと煩い事になる。
男は夜中に人目を忍んで、独り喫煙を愉しむ気でいたのだろうか?
しかし、火の番に見咎められ、男は煙草を踏み消して立ち去る。
この時――地面に落ちた煙草の火は、完全には消えておらず、白い煙を薄く燻らせていたが、
男も火の番も気付かなかった。
それでも周囲に燃える様な物は無く、やがて消えるかと思いきや……強い木枯らしが落ち葉を飛ばす。
風に飛ばされた落ち葉と煙草が運悪く隣り合い、小さな火が赤く灯った。

214 :創る名無しに見る名無し:2011/06/10(金) 19:20:39.34 ID:A4kcI/ZQ
火を含んだ落ち葉が再び風に飛ばされ、火の粉を散らして、近くの枯れ草に紛れる。
火の番の目を盗み、風に乗って、枯れ草から枯れ草へ、小さな火種が飛ぶ。
そして道端、畑、山へと広がる。
それを繰り返し、村は火種に包囲された。
……未だ誰も気付かない。
やがて火の手は大きくなり、暴れる風に煽られて瞬く間に燃え広がる。
明るむ地平に、漸く火の番が気付いて、警鐘を鳴らしながら消火に奔走するが、既に手遅れ……。
熱せられた空気が上昇気流を起こし、吹き込む風と相俟って、高さ1身半もの炎の壁を作り、
小さな村に襲い掛かる。
パニックに陥った村民は統率を失い、銘々が勝手な行動に走る。
持ち家を諦め切れない人々は、火の番と共に消火を急ぐが、人手が足りず……。
逃げ惑う人々は、火傷を恐れ、炎に塞がれていない道を探したが、そんな所は無かった。
棲家を捨て、炎の勢いが比較的強くない内に、火傷覚悟で炎の壁を突破すれば良かったが、
それは結果論。
誰も冷静な判断が出来ない儘、無意味に焼け死んで行った。
炎が広がってから2針、勢いからして、数日間に亘って延焼を続ける筈の大火災は、
村全体を綺麗に焼き尽くして収まる。
本当に冗談みたいな出来事で、1つの村が滅びた。

215 :創る名無しに見る名無し:2011/06/10(金) 19:22:08.92 ID:A4kcI/ZQ
ただの偶然か、それとも起こるべくして起こった事なのか……。
仕組まれたかの様に重なった事象の連鎖を、カラミティの仕業と断言出来る、客観的な証拠は無い。
そうと決め付ける理由は、心測法によって得た、本人の犯行予告声明のみである。

 「我が名はカラミティ、『解放者<リバレーター>』が一。
  魔導師会よ、見るが良い。
  雑民とは、斯くも哀れで愚かしく、無力な生き物なのだ」

捜査官は震えた。
カラミティは解放者の中で唯一、吸収魔法を使った痕跡を残さなかった。
焼け跡で描かれた魔法陣は、共通魔法の流れを汲む呪文に違い無かったが、
ニーヴ村を焼き払った魔法は、何の魔法か判らない。
魔法であるかすらも判らない……。
捜査官が見たカラミティは、明らかに他の解放者とは一線を画した存在だった。
正体不明の敵が、最も恐ろしい。
彼女が仲間内で、どの様な位置にあったのか、魔導師会の者には知る由も無い。

216 :創る名無しに見る名無し:2011/06/11(土) 18:58:05.10 ID:tD5XKINh
エグゼラ地方南部の都市ルブランにて


5月初め、ティナー地方からルブランを通ってエグゼラ地方に入った、
サティ・クゥワーヴァとジラ・アルベラ・レバルトは、物々しい雰囲気を感じ取っていた。
雪の季節が終わり、これから暖かい夏を迎えると言うのに、ルブランの街には人が殆ど出歩いていない。
民家も商店も戸を締め切っており、息を殺している。
まるでゴースト・タウン。
寂れた街を移動中、彼女等は巡回の執行者に呼び止められた。

 「お嬢さん方、外から来た人?
  この街は今、戒厳令が布かれている。
  特に街の中央から西には近寄っちゃいけないよ」

戒厳令と聞き、ジラは尋ねる。

 「何があったの?」

 「人間を襲う妖獣の群れが出るんだよ。
  数が多い上に、知恵の働く奴等で、討伐に梃子摺っている」

妖獣討伐で戒厳令を布くなど、現代では考えられない。
復興期や開花期の一頃ならともかく……。
サティは迷惑そうに言った。

 「エグゼラの魔導師会は何をやっているんですか?」

嫌味と言うより、単純に疑問であった。
それは彼女の魔導師会に対する信頼の表れでもある。
事実、魔導師会が本気になれば、妖獣退治に手間取る事は先ず無いだろう。

217 :創る名無しに見る名無し:2011/06/11(土) 18:59:57.82 ID:tD5XKINh
執行者は顔を顰めた。

 「……ルブランの組織では、対処し切れなかったんだ。
  そこでエグゼラの本部に応援を要請したんだが、その送られて来た討伐隊でも駄目だったらしい。
  妖獣如きと甘く見ていたのか」

 「まさか、そんな……」

サティとジラは怪訝な表情をする。
執行者は彼女等を気遣う様に言った。

 「魔導師会の名誉に懸けて、次は本腰を入れて来るだろう。
  事態の解決は、そう遠くない筈だ」

しかし、言葉とは裏腹に、楽観視している様子は無く、貌付きは険しい。

 「街に滞在する積もりなら、不要不急の外出は控えてくれ。
  特に、夜間は絶対に出歩いちゃいけない。
  それと、さっきも言ったけど、街の西には近寄らない様に」

最後に念を押して、執行者は巡回に戻る。
本当に魔導師会が油断していただけなのか?
不安になったジラは、サティに確認せずにはいられなかった。

 「この辺の調査は後回しにする?」

 「そうですね……、魔導師会の者として、ここは妖獣退治に協力しましょう」

そんな意味で言ったんじゃないのに……。
ジラは額に手を当て俯き、大きな溜め息を吐いた。

218 :創る名無しに見る名無し:2011/06/11(土) 19:06:11.71 ID:tD5XKINh
ルブラン西部の郊外は、妖獣退治の最前線。
衛星村ビリャは既に妖獣に制圧されており、都市西部の郊外周辺を戦場に、
妖獣と討伐隊の戦闘が続いていた。
討伐隊は、ルブラン郊外の小さな診療所を一部改増築して仮設病院とし、その周辺を拠点に、
狩人団体と執行者の連携によって、何とか妖獣の侵攻を食い止めている状態。
均衡は保たれている物の、増援が無ければ攻勢に転じられず、旗色が良いとは言えなかった。
問題が数の差だけならば、討伐隊が劣勢になる事は無かっただろう。
妖獣は共通魔法に対抗する術を持たず、優れた魔導師の共通魔法は、数の差を物ともしない。
戦力に問題があったのでは無い。
サティとジラは、恐るべき真相を知る事になる。

219 :創る名無しに見る名無し:2011/06/12(日) 20:01:47.96 ID:0doBF0s3
ジラは護衛兼監視役と言う立場上、態々危険を冒しに行くサティを止めなければならなかった。

 「待って、サティ!
  私達が行く必要は無いでしょう?
  高が妖獣退治。
  彼等はエグゼラの魔導師会に応援を要請したと言ったのだから」

自分達が出て行かなくとも、魔導師会が動けば解決するであろう事に、首を突っ込む必要は無い。
それに……高が妖獣退治とは言ったが、彼女は薄々、これが単なる妖獣退治でない事を予感していた。

 「高が……と言う風には見えませんでしたけれど?
  戒厳令が布かれているのに、街が封鎖されていない所を見ると、
  エグゼラから討伐隊が派遣された後の情報は、未だ外部に伝わっていない様子。
  エグゼラの魔導師会が、直ぐに次の手を打てるかは疑問です。
  何を躊躇っているんですか?
  管轄領域を巡る、執行者の縄張りが気になるんですか?」

討伐隊に協力する大義名分を掲げるサティに対して、最後の訴えは感情的な物になる。

 「そうじゃなくて……何か、とても嫌な予感がするの」

 「仰りたい事は解りますけど、論理的な説明が出来なければ、説得力を持たせられませんよ。
  それに、そんなに危険なら、尚の事、彼等の助けになるべきでしょう?」

サティの言う事は、一々尤もである。
ジラの迷いは、厄介事を避けたい心理の表れなのか、本当に危機を察知しているのか、
当の本人にも判らなかった。
どうするべきか葛藤の最中、ふと昨年の事を思い出し、彼女は息を抜く。

 「あなたは本当に、言い出したら聞かない人ね」

今は、サティの言う通り。
もう見て見ぬ振りはしない。

220 :創る名無しに見る名無し:2011/06/12(日) 20:02:45.37 ID:0doBF0s3
サティとジラは魔導師である事を示して、街の西部にある討伐隊の拠点に乗り込み、
指揮官に直接、妖獣退治への参加を具申した。

 「大凡の事情は、街の方で巡回の執行者に伺いました。
  私達は、これでも魔導師です。
  妖獣討伐に御協力出来る事は無いかと、ここに参じさせて頂きました」

そして、やはりと言うか、最初は難しい顔色をされた。
討伐隊の隊長代理である、エグゼラの魔導師は、彼女等に言う。

 「申し出は有り難いのだが、これは一般の魔導師の手に負える事態ではない。
  人手が不足しているのは事実なので、あなた方には後方支援をお願いしたい」

 「一般の魔導師の手に負えないのなら、どうなさる積もりですか?」

サティの疑問に、隊長代理は毅然と答える。

 「我々は魔導師会の本部に、数十人規模の処刑人の派遣を依頼している。
  それまで妖獣の侵攻を押し止め、戦線を維持するのが、我々の役目だ」

処刑人と聞いたジラは、驚いて隊長代理に意見する。

 「数十人規模の処刑人は、エグゼラ地方本部の独断で動かせる物ではありません。
  グラマーにある総本部の意向を伺わなくてはなりませんし、それだけ時間も掛かります。
  妖獣退治ならば、集団戦に長けた執行者部隊を呼べば、何も処刑人でなくても……。
  それに処刑人の任務遂行能力は対人に――」

 「解っている。
  しかし、そうではないのだ……」

隊長代理は苦しそうに声を低く落とした。
その両肩は小さく震えていた。
サティは「対人」と言う単語に反応する。

 「外道魔法使いが関係しているのですか?」

 「違う……、相手が人であったなら、こんな事には……」

 「どう言う事か、詳しく話して下さい」

サティに促され、隊長代理は暫しの沈黙の後、重い口を開いた。

221 :創る名無しに見る名無し:2011/06/12(日) 20:03:27.45 ID:0doBF0s3
この隊長代理は、第三魔法都市エグゼラの、魔導師会エグゼラ地方本部に所属している執行者。
ルブランからの応援要請に応え、エグゼラから人員の補充と、討伐隊の指揮を執る為に送り込まれた、
派遣部隊の一員である。
隊長代理と言う事は、隊長がいるのだが……。
その隊長は妖獣との戦いで、瀕死の重傷を負った。
派遣部隊の者は全員、任務は妖獣退治と楽観していた。
ビリャ村が陥とされたのは、数に圧されての事だと思い込んでいた。
実際、ビリャ村は数に圧されて陥落したのかも知れない。
しかし、エグゼラからの派遣部隊を加えた討伐隊は、妖獣の恐るべき行動を目の当たりにした。
それは……ビリャ村民を盾にした、凶悪な恐怖心理作戦であった。

222 :創る名無しに見る名無し:2011/06/12(日) 20:05:02.62 ID:0doBF0s3
討伐隊の目的は、妖獣に制圧されたビリャ村、及び村民の解放であり、妖獣の殲滅では無かった。
それを逆手に取ったかの様な、残虐極まりない作戦を、妖獣の群れは実行したのである。
妖獣は交戦地帯に衰弱した無手の人間を連れ込み、それを盾にして、正面から討伐隊に攻撃を仕掛け、
暴れ回った。
人質は力の弱い女子供が中心。
これに動揺した討伐隊は、まともに抵抗出来ず、敗走した。
妖獣の構成は統一されておらず、化猫、魔犬、鬼熊、各種が存在し、野生の物もいれば、
使い魔の様な物もいた。
しかし、統率は取れており……その様は単なる妖獣の群れではなく、まるで妖獣の大軍団であった。

223 :創る名無しに見る名無し:2011/06/12(日) 20:05:56.54 ID:0doBF0s3
魔法暦になってから、人類は戦争を忘れていた。
否、戦争であっても、それなりの文明を持つ人類同士の物ならば、大義と良心から、
この様に非道な手段を選択する事は憚られる。
執行者は法を守る存在で、罪を犯した者を罰する事には抵抗が無くとも、
無辜の人の死には慣れていない者が多い。
当然、民間人である狩人集団にも、人質を殺してまで妖獣を討つ覚悟は無く……。
そんな事が可能な者は、完全に冷徹で職務に忠実な、処刑人しかいないのだ。
妖獣が再び人質を取って迎撃に出る事を思うと、打って出る事も儘ならない。
今の討伐隊では、妖獣からの攻撃が無い事を祈りながら、防衛に専念するより他に無いのである。

224 :創る名無しに見る名無し:2011/06/12(日) 20:07:29.85 ID:0doBF0s3
隊長代理の話を聞いたジラは、後悔の念と共に、嫌味を込めてサティに言う。

 「『お嬢さん<ラ・フィリア>』、これは大変な事になりましたよ」

 「では、ジラさん一人で帰りますか?」

サティに怖気付いている様子は無い。
肝が据わった子だと感心しながら、ジラは言い返す。

 「これでもプライドがありますからね。
  今更、怖いからって、逃げ出す訳には行かないのよ」

サティは小声で尋ねた。

 「……怖いんですか?」

 「ええ、とても」

恥じらい無く、堂々と答えたジラに、サティは微笑んで見せる。

 「私もです」

 「ははは……だよね」

2人は和やかに笑い合う。

 「…………もしかして、後悔してる?」

 「いいえ。
  それは全然」

サティには何か思惑がある様で、やはり難しい子だと、ジラは閉口するのだった。

225 :創る名無しに見る名無し:2011/06/13(月) 17:03:53.35 ID:2ggBjZAJ
ロスト・スペラー1が無くなってる・・・設定集のまとめがほしいです・・・

226 :創る名無しに見る名無し:2011/06/13(月) 18:55:23.09 ID:Mvn0pFr4
設定集ですか……?
えーと、では保存メモをロダに上げましょう。
ちょっと整理が必要なので近い内に出します。

227 :創る名無しに見る名無し:2011/06/13(月) 19:01:21.46 ID:Mvn0pFr4
サティとジラは看護師と共に、怪我人の治療を手伝わされる事になった。
妖獣退治に乗り出したかったサティにとっては不満であったが、対照的にジラは安心していた。
討伐隊の怪我人の多くは軽傷で、殆ど戦闘を行わずに退却した事が窺える。
彼女等は簡単な治癒魔法で、主に軽傷者の手当てを行う事になったのだが……。

 「いやー、あんたみたな別嬪さんに診て貰えるなんて、幸せだなぁ」

 「姉ちゃん、こっちも頼むわ」

 「はいはい、ちょっと待ってなさい」

軽口を叩く元気が残っている者は、ジラの方に集中する。
それなりに器量良しで、愛想も良く、治癒魔法の使えるジラは、男性陣に大人気だった。

 「……E1E1A5・E5C5D6――」

治癒魔法には、心と体を休ませる物と、逆に活性化させる物の2種類がある。
治療に専念したい時、周囲の安全が確保されている時は前者を、
被術者が活動を継続する時、被術者の体力に余裕がある時は後者を用いる。
ジラが唱えている物は前者。
傷付き弱っている者には、彼女が女神か天使の様な神聖な存在に見えたであろう。

228 :創る名無しに見る名無し:2011/06/13(月) 19:07:56.45 ID:Mvn0pFr4
その一方で、サティは無愛想であり、(恐らく態と)人を遠ざけていた。
魔法の技術は確かなので、負傷者の治療に役立たない事は無かったのだが……。
独り壁の花となっているサティに、討伐隊の一員である執行者が話し掛けて来る。

 「初めまして。
  新しく2人の魔導師が来て、1人は執行者と聞いたけど、君の事……?」

少々馴れ馴れしい態度の男に、サティは身構える。

 「いいえ。
  執行者は、向こうで人に囲まれている彼女です。
  私は古代魔法研究所の研究員」

 「学者さん、か……。
  それは失礼。
  何となく、そんな臭いを感じたのでね」

臭いと言われて、サティは顔を顰める。
執行者の男は苦笑して取り繕った。

 「あっと、済まない。
  臭いってのは……そういう雰囲気と言うか、そんな感じの……。
  解るだろ、その位」

サティは憤然として沈黙し、何も言い返さない。
困り顔になった男は、話題を変えた。

 「……――にしても、酔狂だね。
  女2人、こんな危険な状況に飛び込んで来るなんて」

挑発的な言動になったのは、気難しいサティへの苛立ちが半分、反応を引き出す目的が半分。

 「そんなに危険ですか……?
  妖獣が攻めて来た場合の対処法は、当然考えてあるんですよね?
  少なくとも、また敗走するだけなんて、見っとも無い事にはならない様に出来るんでしょう?」

サティは穏やかな口調で、見事に挑発に乗ったのであった。

229 :創る名無しに見る名無し:2011/06/13(月) 19:11:34.32 ID:Mvn0pFr4
サティの態度は、決して褒められた物では無い。
妖獣が人を盾にして攻めて来た時の衝撃は、その場に居合わせた者でなくては解らない。
敗走は仕方の無い事であった。
それを何のかんのと、当時の状況を知らない者の感覚で責めるのは、酷である。

 「……そりゃ、考えてあるさ。
  なるべく人を殺さずに、妖獣だけを狙って仕留めようって。
  しかし、それを実行出来るかって言うと、無理だ。
  殺るか殺られるかって覚悟で戦わないと、他人の命の心配をしていたら……」

屈辱を思い出し、ぎりりと歯噛みする男に、サティは尋ねる。

 「『なるべく人を殺さずに、妖獣だけを狙って仕留める』方法とは……?
  具体的に教えて貰えませんか?」

 「例えば、四足歩行の魔犬とかは、背中に人を磔てるから、腹や足を狙うとか……。
  二足歩行の鬼熊とかは、縛った人を盾にするから、腕の届かない肩口を狙うとか……。
  しかし、相手の数が多いし、実戦で、そこまで冷静に考えられる奴は、そうそういない」

話の後、サティは何事か考え込む振りをした。
執行者の男はサティに忠告する。

 「君は腕に自信がある様だが、そんな人が一番危ない。
  何が起こるか分からない実戦では、作戦が予定通りに行かない事は多々ある。
  簡単な事でも信じられない失敗が起きるし、落ち着いて対処する暇も無い。
  独りで無謀な真似をしようとは、絶対に考えない事だ」

彼は、妖獣との戦闘を想定しているサティの内心を見抜いていたが……。

 「そこまで仰るなら、私達が戦わなくても良い様にして下さい」

サティが言う「私達」とは、後方支援の者達の事だ。

 「……努力する」

執行者の男は確約出来ず、立ち去るしか無かった。

230 :創る名無しに見る名無し:2011/06/13(月) 19:14:25.22 ID:Mvn0pFr4
妖獣退治の前線に行かせて貰えないなら、敵の強襲に備える。
それがサティの思惑であった。
敵は妖獣と言えど、中々に賢い。
妖獣を統率する巨大な存在があるに違いない。
……サティは九割方、魔導師会の応援が到着する前に、敵の攻撃があると踏んでいた。
妖獣からの襲撃があった場合、血身泥の戦いになり、今の討伐隊では苦戦を強いられる。
敗色濃厚になれば、後方支援の自分達は、真っ先に撤退させられ、戦わせて貰えないだろう。
しかし、彼女は予感していた。
そう易々と撤退させては貰えないだろうと。
必ず、戦わなくてはならない場面が訪れる……。

 (先ずは、情報を集められるだけ集めなくては……)

怪我人と談笑するジラを見て、サティは行動に出る。
彼女は自ら進んで傷の深い者の手当てを始め、それと同時に情報を収集した。

231 :創る名無しに見る名無し:2011/06/14(火) 20:14:13.38 ID:O0ywKPF6
味方側の情報。
人口約10万人のルブラン市に滞在している魔導師は約2000人、その内、執行者は約400人。
現在、ルブランの魔導師全体の半数が討伐隊に参加している。
都市の治安維持組織の大半は、魔導師で構成されている(※1)ので、都市に残留して、
通常の任務を行っている者を除くと、総動員状態である。
そして、エグゼラから派遣された魔導師の部隊が200人強。
それとは別に狩人集団が、外部の応援を含めて300人弱(一部魔導師を含む)。
討伐隊は総勢1500人程度で、半数は後方支援係、妖獣との戦闘を行う者は900人程度。
それを圧倒した妖獣は、戦闘に参加した討伐隊員の、少なくとも倍以上の2000〜と見積もられていた。
仮設病院内には、再度戦闘に参加困難な重傷者が30人。
その中に、前線で指揮を執っていたエグゼラからの派遣隊隊長が含まれているので、
討伐隊には人数以上のダメージがある。
しかし、現在の隊長代理である副隊長は、元から後方指示担当。
隊長に代わる前方指揮官は、隊長補佐が務めるので、全体の指揮系統に、大きな乱れは無い。
この辺りは、流石エグゼラ魔導師会本部(※2)から派遣された部隊である。
問題は妖獣との戦闘。
人質作戦への対応が完璧ではない。
同じ手で来られたら、またしても多くの者が動揺し、まともな戦闘にならない事は明白。

232 :創る名無しに見る名無し:2011/06/14(火) 20:19:40.21 ID:O0ywKPF6
敵側の情報。
野生の魔犬を主力とする妖獣の混成群。
霊獣も一部含まれているとの事。
討伐隊と交戦した妖獣は、先に述べた様に、2000以上。
その背後に、何倍の数が控えているかは定かでないが、人口1万人程度のビリャ村制圧以降、
攻勢に慎重な所を見ると、数万には及ばないと推測される。
妖獣はニャンダカ神話を信じている為、種類の異なる物と群を構成する事はあり得ない。
異様に統率が取れており、仲間の死にも怯まない事から、ニャンダカ神話を超越した、
強大な力を持つ物の存在が窺われる。
人質作戦の知恵を貸したのも、その物である可能性が高い。
戦闘に参加した討伐隊員からは、妖獣の群の中に、一際巨大な物の姿を見たとの証言が聞けた。
鬼熊か、古代亜熊か、それとも未知の妖獣か……。
それが妖獣を統率している物なのか……?

233 :創る名無しに見る名無し:2011/06/14(火) 20:24:37.82 ID:O0ywKPF6
これまでの経過。
事の始まりである初日……ビリャ村が妖獣の襲撃を受け、瞬く間に制圧される。
翌日……ビリャ村から逃げ延びた者の報告により、その事実を知ったルブラン市は、
市内の執行者と狩人を集めて討伐隊を編成し、妖獣退治に乗り出す。
最初の討伐隊の規模は200人程度。
翌々日……妖獣が意外に手強く、ルブラン市は一般の魔導師からも討伐隊参加者を募集した上で、
エグゼラ魔導師会本部に応援要請を出す。
1週後……エグゼラから派遣部隊が到着。
討伐隊の規模を1000人以上にし、戦力を整える。
1週と1日後……本格的な解放作戦を開始するが、妖獣の恐るべき作戦に遭い敗走。
そして、1週と2日が経ち、現在に至る……。
討伐隊の者は、精神的疲労が大きく、冷静に状況を分析出来る状態かは不明。

234 :創る名無しに見る名無し:2011/06/14(火) 20:26:36.38 ID:O0ywKPF6
地形と戦略。
ルブラン西部郊外からビリャ村への森林地帯は、残雪と障害物が多く、妖獣有利。
人質が無くとも、数で上回られている以上は、平地に誘い出さなくては、やはり苦戦を強いられる。
討伐隊が最も有利に戦える場所は、ルブラン市内西部。
隊長代理を始め、討伐隊の者の大半は、市内を戦場にする事に否定的だが、
ルブラン市は他の多くの都市と同様に、共通魔法の魔法陣に守られている為、
共通魔法使いは圧倒的に有利になる。
市内西部の市民を退避させ、周到に迎撃態勢を整えれば、最大限に効果を高めた広範囲魔法で、
一斉に妖獣の動きを封じる事が出来る「かも知れない」。
妖獣の群れが簡単に攻めて来ないのは、それを警戒しての事なのだとしたら……?
……その可能性は高い。
ルブラン市は戒厳令を布いて、一般市民の同市内西部への立入を禁じ、完全に封鎖しているので、
その様な状況を想定しているのは間違い無いが、上手く誘い込めるか、縦しんば誘い込めたとしても、
確実に勝てるかと言う不安があって、決断に踏み切れないでいるのだろう。
ビリャ村民を無視すれば、手早く解決する方法は幾つもあるのだが、それが躊躇無く出来る様ならば、
苦労は無い。
処刑人に任せた所で、結果は同じなのだが……誰も自分の手は汚せないのだろう……。
一般人、それも自分達の陣営の者を巻き込んで殺す覚悟など、誰にも無い。

235 :創る名無しに見る名無し:2011/06/14(火) 20:27:21.56 ID:O0ywKPF6
※1:魔導師会の執行者と都市の治安維持組織は、軍隊と警察の様な関係にある。

※2:『魔導師会エグゼラ地方支部エグゼラ魔導師会本部』が正式名称。
即ち、「魔導師会のエグゼラ地方支部」である「エグゼラ魔導師会」の、「本部」。
「エグゼラ魔導師会本部」以外の略称は、「エグセラ地方本部」、又は「エグゼラ地方支部本部」。
主にグラマー人が、支部本部と言う。

236 :創る名無しに見る名無し:2011/06/15(水) 18:50:05.24 ID:KFl82RhM
情報を整理しながら、サティは何度も息を呑んだ。
……その回数だけ、脳内でシミュレーションを繰り返す。
負傷者から聞いた、恐るべき光景――。
妖獣は抵抗出来ない人間を、生死構わず、ある物は背負い、ある物は引き摺り、乱暴に振り回した。
悲鳴と呻き声が上がり、その残虐非道振りに、誰もが怯む……怯まずにはいられない。
妖獣が動き回る度に、人質は襤褸切れの様に破れ、血肉が飛び散る。
「どうにかして助けなければ」と言う本能的な心理が働き、攻撃の手が止まる。
巻き込んでしまう事を恐れている間に、人質はズタズタに引き裂かれ、血腥い臭いが立ち込める。
そうなれば人質は人質として機能しなくなるが、その亡骸は恐怖を与える為の道具になる。
妖獣は無残に破壊された人の死骸を身に纏い、攻撃を続けるのだ。
言葉の通じない獣性が、更なる恐怖を煽る。
正気を保てるか?
逃げ出せる者は未だ良い。
恐怖に立ち竦んだら終わりだ。
そんな状況で、冷静に呪文を唱え続けられる者はいない。
それでも……立ち向かわねばならない。
全ては、心構えの問題。

237 :創る名無しに見る名無し:2011/06/15(水) 18:50:39.05 ID:KFl82RhM
――早ければ、妖獣は今夜にでも攻めて来る。
討伐隊の者は皆、平静を装っているが、内心では怯えている。
今は哨戒同士の小競り合いで済んでいるが……妖獣が本気で攻めて来たら、
抵抗する時間の差こそあれど、最終的には撤退する事になる。
討伐隊の者は後退を良しとしない為か、「逃げ様と思えば、何時でも逃げられる」と、
退却戦を軽視している。
しかし、サティの想像は全く違う。
敵は恐ろしく賢い。
ルブラン郊外から市内への道で、必ず妖獣の襲撃がある。
妖獣が攻撃を仕掛けて来た時点で、戦線の維持を諦め、全力で後方に前進しなければ、
逃げ遅れると考えていた。
それは予感と言うより、もっと確信めいた物であった。
妖獣の粗暴な人質作戦は、知性と対極に見えて、人に与える恐怖を計算し尽くしている。
人に対する害意の様な物が、剥き出しになっている。
後退すれば、市内西部に防衛線を下げる事になるが、仕方無い。
包囲されて全滅するよりは良い。
この案を隊長代理に進言する役目を、サティはジラに任せる事にした。

238 :創る名無しに見る名無し:2011/06/15(水) 18:54:48.52 ID:KFl82RhM
ルブラン西部郊外から市内への退却は、討伐隊最後の手段である。
襲撃から即時に抗戦を諦め、撤退を選択する意思は誰にも無いが、市内への退却自体は、
最悪の事態を想定して考慮されているのだ。
ルブラン市は郊外の戦線が突破された場合に備え、市内にバリケードを築いて執行者を配置し、
一応の迎撃態勢を整えている。
後は隊長代理に、退却も容易では無いだろう事と、早い段階での見切りが必要だと言う事を、
強く意識して貰えば良い。
サティは2年間の付き合いから、ジラならば、この辺りの事情を理解し、上手く伝えてくれると信じていた。
窮まっては、サティは退路の確保を、独りでも行う決心であった。
全ては思い過ごしで、空振りに終わるなら、それで良い。
包囲される前に先手を打って、退路で待ち伏せている物を叩き潰せば、出端を挫ける。
それは同時に、危険を証明する事にもなるので、転進の決断を促す材料になる。
敵の勢いを抑えられるのは一時に過ぎないだろうから、攻め切るには弱いが、逃げ切るには役立つ。
生きていようと、死んでいようと、人質は重い荷物である。
持った儘の追撃は容易では無く、これも撤退には有利に働く。
その後は……――市内にまで追撃して来る様なら、誘い込んだ上で分断し、確実に仕留める。
追撃が無ければ、都市西部を拠点に籠城して、処刑人の到着を待つ。
……非常に悲しい事だが、ビリャ村民は助からない。
それは諦めるしか無かった。

239 :創る名無しに見る名無し:2011/06/15(水) 18:59:13.54 ID:KFl82RhM
そして……サティが危惧していた通り、その日の深夜、北の時を前に、妖獣の猛攻が始まった。

240 :創る名無しに見る名無し:2011/06/16(木) 20:10:57.47 ID:8N5MubsU
>>225
設定文とSSの過去ログです。
http://u6.getuploader.com/sousaku/download/427/lost+speller.zip
ご期待に副えるものではないかも知れませんが、どうぞ

241 :創る名無しに見る名無し:2011/06/17(金) 20:11:05.76 ID:EGro+5TP
妖獣からの戦闘開始宣言は、バリケードを越えて投げ込まれた、人間のバラバラ死体だった。
直後、妖獣の咆哮が方々から轟き、共鳴する。
――獣魔法である。
獣魔法の流れに魔力が支配され、共通魔法が妨害される。
魔力は、より強い流れに従うのだ。
嘗ての魔法大戦が、そうであった様に――……。
見張りは急いで敵襲を報せに走った。
共通魔法の効果が落ちた状態での夜間戦闘は不利だが、幸いな事に、妖獣の群れは、
今回は人質を連れていなかった。
人質に使える村民がいなくなってしまったのか……、それとも……?
ともあれ、巻き込みを恐れる必要が無い事から、前線の士気は格段に高まり、数で劣っていながら、
妖獣と互角に戦えていた。

242 :創る名無しに見る名無し:2011/06/17(金) 20:16:31.32 ID:EGro+5TP
一方で、隊長代理がいる後方司令部は、不安を増大させていた。
……どうも手緩い印象を受ける。
確かに妖獣の数は多いのだが、多勢に任せて押し切ろうとしている様に見えない。
妖獣の知能など、高が知れていると言ってしまえば、それまでだが……。
獣魔法により、共通魔法での索敵が妨害されているので、周辺の大局的な状況を把握出来ない。
ジラ・アルベラ・レバルトの進言もあり、後方司令部は、これは油断を誘って後退させない様にする為の、
妖獣の罠で、討伐隊を包囲する時間稼ぎなのではないかとの疑いを強めていた。
前線を突破した妖獣がいるとの情報は、今の所は無いが、共通魔法での索敵が利かない中、
交戦域を大きく迂回して、背後に忍び寄る物が現れる可能性は否定出来ない。
しかし、退路の安全を確認したくとも、前線の兵力を割く訳には行かない。
故に、後方支援の者の中から、ある程度戦闘も熟せる者を、哨戒に選ぶしか無かった。
退路に近付く敵を発見した場合は、包囲されない内に、速やかに後退を開始する積もりだった。

243 :創る名無しに見る名無し:2011/06/17(金) 20:21:55.16 ID:EGro+5TP
新たに退路の哨戒部隊を編成すると聞かされたサティとジラは、当然名乗りを上げた。
元より退路の安全確保を訴えていた彼女等は、最初から予定外の戦力だった事もあり、
自然な流れで哨戒部隊に加えられる。
サティとジラを含めた20人程度の哨戒部隊は、郊外の拠点から市内までの道中に、
敵が回り込んで来ないか警戒した。
哨戒部隊のリーダーは、エグゼラから派遣された執行者。
実力的に言えば、サティ独りで哨戒に動いた方が、何倍も効率が良いのだが、彼女は黙って従った。
集団戦では、一人の英雄としてより、一人の兵士としての振る舞いを要求される。
相手の信用を得ない儘、一人の英雄として振る舞おうとする者は、全体の足手纏いでしか無い。
そうジラに忠告された為である。
ジラは討伐隊とサティの間に入り、実に上手く仲介者の役目を果たしていた。

244 :創る名無しに見る名無し:2011/06/18(土) 20:12:37.19 ID:tn9cDo5p
郊外の拠点から市を守護する城壁までの距離は、直線にして約1区。
針葉樹林の中に、よく整備された林道が通っており、所々に民家が配置されている。
既に、住民は市内へ退避済み。
たった20人の哨戒部隊を、5人ずつの班に分け、4つの中継地点を設けて、2通5巨毎に配置し、
索敵魔法による哨戒を行う。
班長を含む5人全員で五芒星の魔法陣を組み、妖獣の気配を探るセンサーを張るのだ。
しかし、平常時ならば、2区先の猫の子すら見逃さない索敵魔法は、獣魔法の影響を大きく受けて、
有効半径2通程度に効果が落ちていた。
万が一、既に妖獣が潜り込んでいたら……発見の遅れは、死に繋がる。
各々の手には、武器と言うには心許無い、護身用の小型魔導機。
魔導師ともなれば、魔導機を持つ事には消極的になる物だが、この非常時に四の五の言っていられない。
サティとジラは、最もルブラン市に近い位置に配置される第4班に、組み込まれる事となった。
これは討伐隊に参加したばかりの彼女等を、直ぐに退避出来る最も安全な場所へ送る、
ある種の心配りだ。
拠点からも市内からも遠い、最も危険な中間点に近い第2班には、哨戒部隊のリーダーが入る。
最初は20人固まって、道形に林道を行き、中継地点に5人ずつ置いて行く。

245 :創る名無しに見る名無し:2011/06/18(土) 20:30:43.03 ID:tn9cDo5p
僅かに雪の残る林道を、東に向かって、ぞろぞろと歩く20人。
これから中継地点を通り過ぎる度、第1班を置いて15人に、第2班を置いて10人に……と、
5人ずつ人が減って行く計算になる。
真夜中の人気の無い林道に、背後からの妖獣の遠吠えが木霊する。
妖獣ばかりか、他の動物の気配も全く無い事が、不安を煽る。
この中でサティ・クゥワーヴァは、他の誰とも異なる感覚を抱いていた。

 (あの時と似ている……)

彼女は、禁断の地を懐かしんでいた。
共通魔法の支配から外れたアウェーの空気に、肌を粟立たせながらも、ベールの下の顔は不敵に笑う。
獣魔法が描く魔力の流れ――……。
一般的な共通魔法使いは、共通魔法に拘る余り、他の魔法の理解を拒む。
数年……いや、数月前ならば、サティ・クゥワーヴァも例外では無かった。
共通魔法以外の魔法を知らない者が、魔力競合する状況下で魔法を使う為には、
共通魔法の魔力の流れを生み出さなくてはならず、先ずは共通魔法の魔力支配圏を確立し、
それを徐々に広げて行く形になる。
だが、2年間の僻地を巡る旅で経験を積んだ、今のサティには解る。
獣魔法を、無理に共通魔法の魔法理解に当て嵌め様とするから、混乱するのだ。
不快ではあるが、獣魔法が描く魔力の流れに気を任せれば、それが晦ましていた物が視えて来る……。
彼女の『魔力感知<リーディング>』は、討伐隊の拠点から南南東の方向を「観て」いた。

246 :創る名無しに見る名無し:2011/06/18(土) 20:34:04.78 ID:tn9cDo5p
丁度、第2中継地点に来て、リーダーとも別れる事になり、全員が段々心細さを覚え始めていた頃、
サティは態と驚いた様な大声を上げた。

 「リーダー!
  向こうに何かいます!」

それを聞いて、全員が彼女に注目する。

 「何処だ?」

 「この先です。
  ここから7通先……!」

リーダーに問われたサティは、深刻な声色を作って、南の方角を指差す。
しかし、そちらを見ても、木々が生い茂っているだけである。
しかも――……。

 「7通先って……、冗談の積もりか?」

獣魔法の影響を受けている状況で、7通も先が見通せるとは、誰も思わない。
リーダーは険しい視線をサティに向ける。

 (流石に、これで解れと言う方が無理か……)

サティは心の中で小さく舌打ちすると、真面目に訴え始めた。

 「何か、嫌な感じがするんです……先程から、ずっと。
  不吉な物が、この方角から迫って来る様な……。
  お願いします。
  ここから7通先を、遠見の魔法で確かめて頂けませんでしょうか?」

演技も良い所である。
彼女は、その先に何があるかを、確実に知っている。

247 :創る名無しに見る名無し:2011/06/18(土) 20:36:11.96 ID:tn9cDo5p
突然の発言に、判断に迷っている様子のリーダーを見て、サティはジラに目配せした。
阿吽の呼吸で、ジラはリーダーに言う。

 「私からも、お願いします。
  彼女は優れた魔法資質の持ち主で、常人には察知出来ない、小さな変化も感じ取る事が出来ます。
  ここまで言うからには、何かあるに違いありません」

 「……そう言われてもな……しかし、7通か……。
  第3班、この場の索敵を代わってくれ。
  私が直接、遠見の魔法で確認しよう。
  第2班員は、私を中心に四方陣を組め。
  その他の者は目視による警戒を怠るな」

哨戒部隊のリーダーは、指示を出した後、サティを見た。

 「それと、君――」

 「サティです」

 「サティ、その嫌な感じがすると言う所へ誘導してくれ」

 「解りました」

そして、遠見の魔法が実行された。

248 :創る名無しに見る名無し:2011/06/18(土) 20:47:19.30 ID:tn9cDo5p
遠見の魔法は、遠隔地の視覚情報を得る物である。
共通魔法研究会による改良の結果、望遠に加えて、暗視・透視も可能な高性能魔法になった。
脳内で処理する情報の混乱を避ける為、多くの者は両目を閉じて、この魔法を使う。
この場合、魔法を使うのはリーダー1人だが、術者が得た視覚情報は他者と共有する事が可能である。
サティの誘導で、リーダーは驚く程あっさりと、問題の物を発見出来た。

 (あれは何だ?)

森の中を大勢の人間が歩いている。
最初はビリャ村から逃げ出す事に成功した人達かと思っていたが、そんな浅はかな希望は、
即座に打ち砕かれた。
よく「注意して」見ると、移動する人間を取り囲む様に、妖獣が犇いている。
何匹と数える事も出来ない程の数……。
あの者達は、妖獣に連行されているのだ。
妖獣の群れは、大勢の人間を連れて、この地点に向かって来ている。
人の盾で退路を塞ぎ、討伐隊を包囲しようとしている。
移動速度は針速3通弱。
恐らく、2〜3針後には林道に出る。
それと同時に、前線の妖獣が猛攻を始めるだろう事は、確実だった。
妖獣にしては過ぎた賢しさに、リーダーは肌寒い物を感じた。

249 :創る名無しに見る名無し:2011/06/18(土) 20:53:48.65 ID:tn9cDo5p
リーダーは遠見の魔法を続け、妖獣の動きを監視しながら、命令した。

 「第4班長、至急、第1班を経由して、司令部に連絡。
  我が方の拠点より南南東の方角、約8通の地点に、林道に向かって北進中の妖獣群を発見。
  妖獣群は人質を連れており、この儘では2針後、我が方は退路を塞がれると」

第4班の班長は、共通魔法によるテレパシーで、第1班の班長に情報を伝える。
獣魔法の影響下、共通魔法でテレパスを遣り取りするには、距離の関係上、
第1班を中継しなくてはならない。
司令部から折り返し指示が下るまで、少々時間が掛かるかも知れない。
そう考えた哨戒部隊のリーダーは、先を見越して言った。

 「早晩、司令部から退却命令が出るだろう。
  第3班と第4班は、予定通り中継地点に向かい、哨戒任務に就け。
  それと……サティ」

 「何か?」

 「君の実力を見込んで、頼みたい事がある。
  第2班に加わり、私達と共に、妖獣の監視を行ってくれないか?」

サティが頷く前に、ジラが口を挟む。

 「待って下さい!
  彼女は飽くまで一魔導師です。
  執行者ではありませんし、何より私は魔導師会から彼女の警護を命じられているので、
  危険な事はさせられません。
  どうしてもと仰るのなら、私も第2班と行動を共にさせて下さい」

 「……解った。
  代わりに、第2班から2名を第4班に回そう」

リーダーは長考せず、ジラの要求を呑んだ。
内心でジラの監視から外れる事を期待していたサティは、ベールの下で独り嫌な顔をしたのだった。

250 :創る名無しに見る名無し:2011/06/19(日) 21:02:07.83 ID:U55V44RL
それから1点後、司令部から正式に退却命令が下り、討伐隊は全員市内へ後退する事になる。
しかし、前線の者が全員下がれるかは、非常に際どいタイミングだった。
そこで哨戒部隊の第1班と第2班は、挟撃を防ぐ為、後方の妖獣の足止めに向かう。
第1班と合流した後、哨戒部隊のリーダーは、その場にいる全員に言った。

 「前線の部隊が後退を始めたと知れば、後方の妖獣は人質を置いて走り、包囲を優先するだろう。
  予測では、拠点から後退して来た大部隊と、丁度衝突する形になる。
  僅かな時間でも良い、何としても、後方の妖獣を抑えなくてはならない。
  かなり厳しい戦いになると思う……。
  命が惜しい者は、今の内に申し出ろ」

緊張が走る。
全員、それなりの危険は承知で来た者達である。
あの様な言い方をされて、自分だけ逃げ出す様な真似は出来ない。
ジラは横目でサティの様子を窺ったが、彼女に動揺した様子は無かった。
サティが行く以上は、自分も行かなければならない。

 「……貴君等の勇気に敬服する」

結局、誰一人欠けない儘、全員が足止め班に参加する事に……。

 「済まない」

最後に、リーダーは小声で謝罪の言葉を口にした。

251 :創る名無しに見る名無し:2011/06/19(日) 21:06:39.80 ID:U55V44RL
予想されていた通り、後方の妖獣は、前線の討伐隊が後退を始めたと同時に、移動速度を上げた。
獣魔法を使う妖獣の群れの中に、全体の状況を把握出来て、更に遠くの仲間に指示を送れる程、
優れた魔法資質を持つ個体がいる事は、明らかだった。
足止め班は林道を外れて森に踏み込み、後方の妖獣の群れに向かって、前進を始めた。
妖獣の群れは既に、一部が足止め班の索敵魔法の範囲内に入って来ている。
先行群は、足の速い魔犬が中心で、これも予想通り、人質を連れていない。
何が何でも、討伐隊の退路を封鎖し、時間稼ぎをしようとしている。
両者共に、目的は足止め。
互いの衝突まで、もう何点も無い。
そんな中、サティはリーダーに告げた。

 「……この群れの中に、突出した魔法資質を持つ個体はいない様です。
  共通魔法の効果が薄いのを良い事に、数で圧す積もりでしょう。
  こちらに気付いていながら、回り込む物は見当たりません」

 「解った。
  有り難う」

妖獣の群れを発見した事で、サティはリーダーを含め、班員の信頼を得る事に成功していた。
そこで彼女は、思い切って提案する。

 「……敵の足を止めれば良いんですよね?
  私に考えがあります。
  少し、外しても宜しいでしょうか?」

 「何処へ行く?」

リーダーの問いに、サティは天を仰ぎ、枝葉が茂る森の空を指差した。

252 :創る名無しに見る名無し:2011/06/19(日) 21:17:39.75 ID:U55V44RL
……雪解け水を吸って湿った落ち葉を踏み締め、足止め班は森を行く。
立ち木、倒木、垂れ枝、小木、根っ子、それ等による地形の起伏……障害物が多過ぎ、
魔法の明かりは遠くまで届かない。
索敵魔法の反応から、妖獣は何大も離れていない範囲に潜んでいる筈だが、
目に入る物は木の肌と暗闇ばかりで、未だ何も見えて来ない。
敵の大凡の位置が判っても、それと視覚情報がリンクしないのは、大問題である。
それに数が多く、全ての個体の動向を把握するのは困難。
見えない事による圧力が徐々に大きくなって、班員の足を鈍らせる。

 「んぎゃあー、おぎゃあぁー!!」

突然、赤子が泣き叫ぶ声が方々から聞こえ、班員は身構えて音源を探した。
リーダーは動揺する仲間に声を掛ける。

 「狼狽えるな!!
  化猫の鳴き真似だ!!」

そう言った直後、土を蹴る音が暗闇を駆ける。

 「来るぞー!!
  姿勢を低くしろ!
  背後に回られるな!」

リーダーが叫ぶが早いか、物陰から次々に妖獣が飛び出し、足止め班を襲う。

253 :創る名無しに見る名無し:2011/06/19(日) 21:29:29.39 ID:U55V44RL
数の差で圧倒的に不利な足止め班は、その役目を殆ど果たせない儘、後退する一方だった。
妖獣の群れはヒット・アンド・アウェーと波状攻撃を繰り返し、その度に勢いを増して行く。

 「死ネ、死ネ!」

 「散レ、散レ!」

 「下ガレ、下ガレ!」

時々、嗄れた罵声が飛び交う。
足止め班の者は、初めの内は、興奮した味方が怒りに任せて言っているのだと思っていたが、
そうではなかった。
妖獣が人間に向けて浴びせているのだ。
野生の妖獣は、基本的に人語を喋れない。
足止め班の者は、違和感を覚えた。
襲って来る妖獣は全て、野生には存在しない種類の物ばかり……。
そう、この妖獣の群れは――使い魔の集団だ。

254 :創る名無しに見る名無し:2011/06/19(日) 21:32:51.80 ID:U55V44RL
足止め班と妖獣の戦いを、サティは遥か上空4通から見下ろしていた。
凍える風が吹く、月が無い月初めの星空。
そこは地上の獣魔法の影響が全く及ばない場所。
東を見下ろせば、ルブランの街灯り。
西の地からは、不気味な獣魔法の気配が扇形に放出されている。
それに比べて、現在足止め班が交戦している南の森からは、大きな魔力の流れは感じない。
これなら何とか出来そうと認め、サティは精霊言語で詠唱しながら、くるくると大空を飛び回って、
巨大な魔法陣を描いた。

 「J56H16J1H4A1、I3DL2J1H4A1、H5K5MM5J1H4A1――……」

軽やかに、歌う様に……。
遥か上空には、地上の脅威は届かない。

255 :創る名無しに見る名無し:2011/06/19(日) 21:37:53.79 ID:U55V44RL
後退し続けた足止め班は、遂に後が無くなった。
既に背後には林道が見えており、後退中の大部隊が接近している。
確実に妖獣の横槍が入るタイミング。
最悪の場面で足止め班は、妖獣に一斉攻撃を掛けられ、包囲されてしまう。

 「愚かなる人間共よ、聞こえるか?
  我等ニャンダカニャンダカの子孫は、お前達の使い魔の儘では納まらぬ存在なのだ」

妖獣の群れの陰から、人の声が木霊した。
リーダーが声の正体を探して目を凝らすと、妖獣の群れの後部で、霊獣である帝王猿の使い魔が、
厳つい顔をした闘犬用の魔犬の使い魔に乗っているのが判った。
帝王猿は声高に謳う。

 「偉大なる指導者の下、我等ニャンダカニャンダカの子孫は、人間共を駆逐し、この地上に新たな楽園、
  新生ニャンダカニャンダカ王国を築く!
  畏れよ、人間共……我等が王の名は、ナハトガーブ!!
  真の王を得た我等は、最早、他の何者の支配も受けぬ!!」

足止め班の者は皆、畜生の世迷い言と思って、本気で聞いていなかったが、
それは人の僕として抑圧されて来た使い魔の、自由を叫ぶ声だった。

 「これまで人間が、我等をどの様に扱って来たか、思い出せ!
  そして、己が驕慢を悔いながら死ぬが良い……!
  掛かれ!!」

帝王猿の号令と同時に、妖獣が一斉に飛び掛かる――。

256 :創る名無しに見る名無し:2011/06/19(日) 21:54:29.60 ID:U55V44RL
一番槍の魔犬が、鋭い牙を剥き、地を蹴って高く跳ねた時だった。
枝葉に覆われた森の空が閃き、甲高い破裂音がして、魔犬を叩き落とした。
黒焦げの体を地面に打ち付けた魔犬は、失神して起き上がらなかった。
毛皮の焼ける臭いが漂い出す……。
落雷である。
しかし、風に揺られる枝葉の隙間から覗く空は、雲一つ無い快晴。
理解を超えた出来事に、妖獣の動きが止まった。
足止め班のリーダーに、サティからのテレパシーが届く。

 「後は私に任せて下さい。
  今の内に、包囲を突破して、市内へ撤退を」

獣魔法の影響下で、しかも交戦中、これに返事をする余裕は無く、テレパシーは一方通行。
答えは言葉では無く、行動で返す。
リーダーは班員に指示を出した。

 「全員後退開始!」

空を睨んで怯える妖獣の隙を突き、足止め班は後退。
その役割をサティに譲る。

 「追え、追え!!」

帝王猿が追撃命令を出すが、それを掻き消す様に再び雷が落ちた。
狙いは正確無比。
足止め班を追い掛け始めていた4匹の魔犬が、弾き飛ばされる。

 「ぐぅ……!
  何なのだ、あれは!?」

駆け出そうとすれば、忽ち雷の矢が落ちる。
これの正体が、獣魔法の干渉を受け付けない、遥か天上からの、共通魔法による攻撃だと、
妖獣には解らない。
獣は獲物を前にしながら、未知の恐怖に、ただ怯え竦むのみ。

257 :創る名無しに見る名無し:2011/06/20(月) 22:31:14.20 ID:77QajtiC
サティの魔法攻撃により、後方の妖獣の先行群が足を止めた事で、その後続群も進行を迷い、
動きを止めていた。
後は、何かしら動きを見せる度に、牽制の一撃を放てば、全体を釘付けに出来る。
上空のサティは小さく安堵の息を吐いた。
魔導機から取り外した魔力石が、彼女の手の内で仄かに光る。

 (こっちは、これで良し。
  でも、妖獣の本群を相手取るのは厳しいかな……)

本当は、妖獣を絶命させる積もりで放った雷だった。
それで失神させる事しか出来ないのだから、獣魔法の支配の強さが窺える。
彼女は改めて全体を俯瞰した。
足止め班に続いて、討伐隊の大部隊が、ルブラン市内に向かって、林道を西から東へと進んでいる。
討伐隊の大部隊を追って来る妖獣の大群からは、一層強大な魔力の流れを感じる。
これに共通魔法で攻撃を仕掛けても、威力は先程の半分にもならないだろう。
最悪、無効化されてしまう可能性がある。
敵群の上空に、孤立状態で長居しては危険だ。
討伐隊の大部隊と、後方の妖獣群が、接触しないタイミングで、サティは早目に後退する事にした。

258 :創る名無しに見る名無し:2011/06/20(月) 22:32:25.22 ID:77QajtiC
後方の妖獣群の前を、討伐隊の大部隊が通り過ぎ、そこで漸く落雷が止む。
先行群を指揮していた帝王猿は、役目を果たせなかった事に、呆然と脱力していた。
それから間も無く、妖獣の本群が合流して来る。

 「……失敗シタナ」

低く重い声が響き、使い魔の集団は反射的に平伏した。
森の暗闇から、体高3身に迫る巨躯の妖獣が、側近らしき各種の配下を従え、姿を現す。
鋭い熊の爪、獅子の鬣、弓形の太い2本角を持つ姿は、一見した所、古代亜熊の新種に思われる。

 「ナ、ナハトガーブ様……!
  お、お許し下さい!」

帝王猿は蹲って小さくなり、がたがた震えて、只管に許しを請うた。
ナハトガーブと呼ばれた巨獣の傍に控える、体高1身の大狐が、その平身低頭振りを嘲笑う。

 「ロホホホホホ……所詮は使い魔。
  ニャンダカの恥晒しよ。
  こうも使えないのであれば、人に捨てられるのも宜なるかな」

 「な、何だと……!?
  ぐぐっ……言わせておけば……!
  ナハトガーブ様、どうか私共に名誉挽回の機会をお与え下さい!
  何卒、何卒……!!」

 「好い加減に見苦しいぞ」

 「黙れ!
  貴様には何も聞いておらぬ!」

ナハトガーブは、大狐と帝王猿の言い合いを制した。

 「……アァ、良イ良イ。
  我ガ下ニハ、妖獣モ、霊獣モ、使イ魔モ無イ。
  アラユル全テガ、平等デアル」

王の言葉に、大狐も帝王猿も沈黙する。

259 :創る名無しに見る名無し:2011/06/20(月) 22:33:40.24 ID:77QajtiC
次いで、体高1身を越す老虎が宣告した。

 「然レド、失敗ハ失敗。
  ソノ責任ハ取ッテ貰イマショウ」

 「ソウダナ」

ナハトガーブは帝王猿に歩み寄ると、ぐっと頭を垂れて、その顔を睨み付けた。
帝王猿は威圧され、引け腰になりながらも、他の使い魔達の手前、逃げ出すのを堪える。
王の側近の妖獣共は、にやにや気味の悪い笑みを浮かべている。
何をするのかと思いきや、妖獣の王は、帝王猿を一口に食べてしまった。
数度の咀嚼の後、ゴキンと一発、奥歯で頭蓋を砕く音を響かせる。

 「ハハハハハ!!」

怯える使い魔を余所に、妖獣共は王の猛々しさに陶酔し、高笑いする。
敗者には死を。
ナハトガーブは、咽喉を鳴らして嚥下する。
正しく獣性の極みであった。

260 :創る名無しに見る名無し:2011/06/20(月) 22:34:16.87 ID:77QajtiC
最前線の攻防を見守りながら、サティは徐々に高度を下げつつ後退する。
戦線が開けた土地に移ると、妖獣の勢いは目に見えて衰えた。
これで全員逃げ切れると判断したサティは、背を向けてルブラン市に急ぐ。
サティが城壁の上に降りると、真っ先にジラが出迎えた。

 「ジラさん、妖獣共の挟撃は防げました。
  討伐隊に大きな損害はありません。
  安心して下さい」

彼女を認めたサティの第一声は、状況の報告。
ジラは安心半分、呆れ半分で溜め息を吐く。

 「サティ……あなたって人は、本当に……」

その後の言葉が出て来ない。
サティの活躍によって、皆が救われた事は確かだが、それを素直に褒める事は出来なかった。
ただ何も言わず、サティを抱き締める。

 「え、ちょっと……何ですか?」

 「……何でも無い」 

やがて討伐隊の大部隊の者が、次々と城門を潜り、市内に入る。
共通魔法の守りが堅い市内ならば、妖獣も簡単には攻め入れない。
討伐隊を追って、突出した物を誘い込み、城門を閉ざして袋叩きにすれば、後は防御を固めるのみ。
これで一息吐けると、誰も思っていた。
……思っていた。

261 :創る名無しに見る名無し:2011/06/22(水) 18:12:03.45 ID:22brmJcJ
討伐隊の者が全員市内に入り、城門が閉ざされる。
深追いして来た妖獣が数十匹、門を潜って市内に滑り込んだが、待ち伏せていた執行者の共通魔法で、
いとも簡単に仕留められた。
共通魔法が普通に使える状態であれば、やはり獣など人の敵ではないのだ。
ルブラン市を囲む城壁は、高さ2大にもなる、翼無き獣には越えられない壁。
城壁の周り1通半は平地で、見通しが良く、何か接近する物があれば、直ぐに判る様になっている。
これは復興期に妖獣の侵入を防ぐ目的で配置された物だが、それから400年も経った停滞期になって、
まさか再び役に立つ時が訪れようとは、誰も思わなかった。
時刻は日を跨ぎ北北東4針。
真夜中の襲撃から、2角が経過しようとしている。
早期の後退により、討伐隊の死者は少数に留まったが、負傷者は更に増えた。
都市を守る執行者は警戒を続け、討伐隊の者は傷を癒す。
妖獣の群れは、城壁の西に見える、平地の向こうの森に引っ込んだ。
時々遠吠えが聞こえ、その度にトラウマを呼び起こされて、狼狽する者がいる。
……そんな中、サティは市の執行者と共に、独り郊外の森を睨んでいた。

262 :創る名無しに見る名無し:2011/06/22(水) 18:13:32.69 ID:22brmJcJ
城壁の上で見張りをしていた執行者が、妖獣の大群の接近を報せたのは、北東の時であった。
疲労から眠りに堕ちていた、多くの討伐隊の者は、重い体を起こし、徐に迎撃態勢を取る。
討伐隊の者を動かす心理は、「まさか……」と言う不安だ。
そして、その不安は的中する事になる。

263 :創る名無しに見る名無し:2011/06/22(水) 18:16:13.64 ID:22brmJcJ
市の執行者と討伐隊は、妖獣を城壁に近付かせない様に、城壁の上で隊列を組み、待ち構えた。
小さな民家と畑が並んでいる平地を、何千と言う妖獣が、鬨の咆哮を上げながら、
城門目掛けて駆けて来る。
その妖獣群の中に、一際巨大な一個体が見える。
体高3身以上、体長は軽く1大を越えている。
突進の勢いは凄まじく、角速8街にはなるであろうか……。
巨獣は有象無象の妖獣群から単体突出する。
妖獣の群れは、その巨獣に率いられ、尖槍状に並びを変えた。
あれが妖獣共の頭だと、誰もが認めた。
城壁の上から見下ろす位置にあっても、その威圧感は凄まじい。
市の執行者と討伐隊は、共通魔法で巨獣を狙い撃つ。
しかし、巨獣は共通魔法の集中砲火を浴びても、全く怯む様子が無い。
背後の妖獣による獣魔法の壁に守られているのだ。
巨獣の前進速度は一向に衰えず、真っ直ぐ城門に激突し、破壊せん勢い。
討伐隊の一部は、急いで城壁から下り、妖獣群の正面突破に備える。
だが、巨獣は城壁に1巨の距離まで迫ると……誰もの予想に反し、高く飛び跳ね、軽々と城壁を越えた。
地上から見上げる、その影には――翼の様な物が写っていた。

264 :創る名無しに見る名無し:2011/06/22(水) 18:17:36.52 ID:22brmJcJ
ルブラン市全体を揺るがす地響きと共に、巨獣は城門から2巨の位置に着地する。
そして天を仰ぎ、眠れる市民を叩き起こす、巨大な雄叫びを上げた。
街中が恐怖に震える。
討伐隊は背後を取られ、またしても妖獣の群れは、人の想像を超えた。
しかし、これは人側にとっては好機と言えた。
他の妖獣は城壁を越える術を持たず、この巨獣は孤立状態。
体長1大程度の巨獣――古代亜熊の狩猟方法は決まっている。
囲い込んで、罠に嵌め、弱らせる。
ここで巨獣を倒せば、妖獣の戦力は大幅に落ちる。
討伐隊と執行者は、即座に巨獣を取り囲みに走った。
……所が、そう思い通りには行かなかった。

265 :創る名無しに見る名無し:2011/06/22(水) 18:19:12.02 ID:22brmJcJ
初めに、討伐隊の者が4人、巨獣の元に到着した時――。

 「人ヨ、人ヨ……己ガ内ナル獣性知ラバ、何ゾ人獣ノ隔テ無キ。
  人ノ霊長ナラザル由知ラバ、ソノ身、霊長ニ当タラズト覚エヨ……」

巨獣は身を屈め、人の言葉で呪文を唱えていた。

 「人ヨ、人ヨ……人ノ宿命呪ワバ、只畜生ニ成リ下ガレ!」

大地が唸る様な、巨獣の低い声を耳にした4人は、思考を失った。
両の足で立っていられなくなり、両手を地に突いて、獣の様に唸り始める。

 「ぐ……ぐるるるる……」

その姿まで、見る見る獣に変わって行く……。
前進を毛が覆い、爪が鋭く伸びて――やがて大きな魔犬に姿を変える。
後から駆け付け、その変化を目の当たりにした者は、驚いて足を止めた。
共通魔法ではA級禁呪に分類されている、変身系の魔法を、この巨獣は唱えたのだ。

266 :創る名無しに見る名無し:2011/06/22(水) 18:21:47.77 ID:22brmJcJ
人の驚愕の表情に、巨獣は邪悪な笑みを浮かべた。

 「掛カレ、我ガ下僕ヨ!」

魔犬に姿を変えた討伐隊の者は、人の心まで失ったのか、迷わず味方に襲い掛かる。
次々と討伐隊の増援が駆け付けるが、全員、元仲間に手が出せない。

 「カハハハハハッ!
  恐レ怯マバ、敗犬ノ如ク強者ニ諂ヘ!」

巨獣は怯んだ者を、次々と獣に変えて行く。
そして、街中に魔犬が放たれる。
討伐隊の者は、もう何度目か知れない戦慄を味わった。
人を妖獣に変える……。
討伐隊を襲った、あの何百何千と知れない妖獣は……まさか……。

 「ドウシタ、『共通魔法使イ<コモン・スペラー>』!
  『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』ヲ制シタ物ガ、コノ程度トハ……失望サセテクレル!
  盈満ノ咎メトハ、コノ事カ!」

巨獣の雄叫びに合わせて、城壁外の妖獣が口々に吠える。
魔法資質の優れた者は、これが何を意味しているか察した。
内側から魔力の流れを乱し、続けて外側から揺さ振りを掛ける。
それを繰り返す事で、共通魔法の結界を無効化しているのだ。

267 :創る名無しに見る名無し:2011/06/23(木) 20:57:31.03 ID:AmUiHxdj
街を混乱の渦に陥れた巨獣は、都市の魔法陣を完全に破壊する為、街の中心地へ向かう。
人に恐怖を刻み込む様に、堂々と歩いて進撃する巨獣を、誰も止められない。
たった一匹の妖獣に圧倒される人間……。
無理も無い。
体格でも魔法資質でも、人を大きく上回る物を相手に、命懸けの戦いをするのは、誰も初めての事である。
討伐隊の隊長代理は、苦し紛れの指示を出す。

 「奴等は共通魔法の魔法陣を崩そうとしている!!
  魔犬を城壁に上がらせるな!!
  叩き落とせ!!」

 「巨獣の対処は?!」

隊員に問われ、隊長代理は呻いた。

 「……今は捨て置け!
  取り敢えずは魔犬を何とかしろ!
  ええい、獣魔法の影響さえ無ければ……!」

対処法は無くも無いが、共通魔法の支配を乱されている状態で、魔犬と化した味方に押され押され、
誰も防御に手一杯で、攻勢に転じる余裕が無い。
一時でも、全ての妖獣の動きを封じる事が出来ないか――?
そして、街の中心へと向かう巨獣を止められないか――?
そんな都合の良い事ばかりを考えてしまう。
誰もが救いを求めた時……巨獣の前に降り立った、小さな影があった。
サティ・クゥワーヴァである。

268 :創る名無しに見る名無し:2011/06/23(木) 21:02:02.82 ID:AmUiHxdj
正面から巨獣に立ち向かうサティ・クゥワーヴァへ、街の方々から風が集まる。
風が魔力に乗って、彼女の元へ吸い寄せられているのだ。
その流れは大悠であり、人の意志と言うより、もっと大きな――自然その物に近い感覚。
巨獣に向かって歩を進める彼女に、魔犬が吠える。
魔犬共は、「王に近付くな」と警告していた。
しかし、その尾は垂れており、腰は引けている。
高い魔法資質を持ち、纏ったローブの上から、緑の光を揺らめかせる彼女を、恐れている。
魔犬など全く眼中に無いかの如く前進し続けるサティ。
この儘、先に行かせてなる物かと、遂に一匹の魔犬が、彼女に挑み掛かった。
低い姿勢から、地を這う様に駆け出し、高く跳躍。
サティの後ろ首に牙を突き立てようとする。
しかし――、4つの足が地から離れた瞬間であった。

 「キャヒン!」

魔犬は見えない壁に鼻っ面を打ち付け、ごろごろ後転する。
その様子を見た他の魔犬は、じりじり後退し、彼女に道を譲った。

269 :創る名無しに見る名無し:2011/06/23(木) 21:04:32.25 ID:AmUiHxdj
魔犬が開けた道の先に、サティの存在を認めた巨獣は、彼女から1巨の距離で立ち止まる。
この巨獣は妖獣を束ねる存在でありながら、事もあろうに、たった一人の小さな人間を畏れてしまった。
……いや、小さな人間だからこそ、畏れたのだ。
その小さな身に、自身と同等の魔法資質が備わる事への驚嘆である。
逆に小さな人間は、巨獣を全く恐れていない様で、立ち止まろうとする素振りすら見せない。
巨獣は小さな人間――サティ・クゥワーヴァに話し掛ける。

 「――フフッ、共通魔法使イニモ、ソレナリノ実力者ガイタノダナ。
  成ル程……使イ魔共ノ進行ヲ止メタノハ、貴様カ……。
  シカシ、理解ニ苦シム。
  今ノ今マデ、何ヲシテイタ?
  何故、凡百ノ兵卒ニ混ジッテ行動シテイル?
  ソノ実力ハ、群衆ヲ率イルニ相応シイ物デアロウニ……」

 「妖獣如きには解らない事」

質問を切って捨てたサティの一言に、巨獣は怒りを露にした。

 「コノ我ヲ妖獣如キ……ト?
  小娘ガ、粋ガルナ!
  覚エ置ケ……我ガ名ハ、ナハトガーブ!!
  貴様等共通魔法使イニ代ワリ、世界ヲ統ベル王ヨ!!」

大きく息を吸い込み、街全体が震える程の雄叫びを上げる。

 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――」

恐怖に街が怯え竦む。
城壁内外の全ての妖獣が声を揃え、街を覆う共通魔法の結界を完全に無効化した。

 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

魔力の流れが、巨獣ナハトガーブに集中する。

 「貴様モ獣ニ成リ下ガレェ!!」

金色に輝く瞳が、サティを捉える。
圧縮された魔力の流れが、強制的に彼女を変質させる――。

270 :創る名無しに見る名無し:2011/06/23(木) 21:07:04.52 ID:AmUiHxdj
だが、強大な魔力の流れにも、サティは落ち着いていた。

 「J177!!」

たった一音。
彼女は最も短い詠唱で、魔力の流れを断ち切った。
その声は建物に反射して、街中に木霊し、妖獣の叫びを掻き消す。
空気を振動させ、共鳴によって魔法効果を高める、独唱の高等技術である。
妖獣の獣魔法が止まった事で、再び都市の魔法陣に魔力が戻り、共通魔法の結界が修復される。
全ての妖獣は、何が起こったか理解出来ず、一時的に動きを止めた。
市の執行者と討伐隊は一転、攻勢に出る。

 「今だ、この隙を逃すな!!
  市内は共通魔法の領域、利は我が方にある!
  『捕縛』優先!」

討伐隊の者は、市の執行者の魔力補助を受け、街の中に溢れ返る魔犬を、
行動制限系の共通魔法で大人しくさせる。
広範囲魔法で纏めて捕らわれる、元人間の魔犬。
共通魔法の強さは、その魔法の多様さにある。

271 :創る名無しに見る名無し:2011/06/23(木) 21:09:53.09 ID:AmUiHxdj
戦況を覆されたナハトガーブは、焦燥から激昂した。

 「……キ、貴様ッ!!」

魔法攻撃を諦め、腕力でサティを制圧しに掛かる。
しかし、当たれば即死の引き裂き攻撃も、薙ぎ払い攻撃も、サティには掠りもしなかった。
共通魔法で身動きを素早くしているのだ。

 「魔法が効かないと見るや、腕力に訴え出る……。
  妖獣らしい下等な知能だ」

 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
  共通魔法使イ!!!!
  貴様ガッ……貴様ガ、ソレヲ言ウノカーッ!!!!」

ナハトガーブは再び絶叫し、共通魔法を打ち消そうとした。
共通魔法の効果が消えれば、魔導師も只の人。

 「潰レヤァアッ!!」

怒りに任せ、大きく両腕を振り上げ、小さな人間を叩き潰しに掛かる。

 「K56M17!」

 「グヌォ!?」

所が、サティの呪文一つで、身動きを封じられる。

 「E16H1F4・A17・A17・A17、BG4CC4!!」

続いて魔法の炎が放たれ、ナハトガーブを襲った。
その毛皮に燃え移った共通魔法の炎は、油を吸った布を燃やすかの如く、しつこく消えない。
燃え盛る炎に包まれ、ナハトガーブは両腕を振り乱して転げ回る。

 「ウォオオオオオオオオ……コ、コンナ筈ハ無イ……!
  私ハ……彼ノ偉大ナル――……ヒ、人ノ身トハ、斯クモ――斯クモ……!!
  ソウダ、共通魔法使イト、ココマデ絶望的ナ差ガ……アル訳ガ…………!
  グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

咆哮により共通魔法の炎を消したナハトガーブは、サティを睨み付けた。

 「ワ、我ハ……『古ノ賢者達<オールド・ウィザーズ>』ノ末裔……!
  貴様等共通魔法使イニ及バヌハ、コノ獣ノ身ガ故……!!
  クッ……共通魔法使イヨ、魔犬ト化シタ者共ヲ元ニ戻シテ欲シクバ、我ヲ追ッテ来イ!!」

そうサティに告げると、ナハトガーブは2対の巨大な翼を背中に生やし、西の空へ飛び去った。
サティは独り空を飛び、巨獣を追った。

272 :創る名無しに見る名無し:2011/06/24(金) 21:08:47.65 ID:co8D8y+Y
巨獣はルブラン市郊外西の森に降り、姿を消す。
王に従い、妖獣の群れも西の森に退却した。

 「終わった……のか……?」

妖獣の侵攻を防ぎ切った、市の執行者と討伐隊は、安堵の息を吐く。
何故、巨獣が撤退したのかは、誰も知らなかった。
街に残ったのは、魔犬となってしまった多くの元仲間達……。
暴れない様に、今は眠らせてあるが、元に戻す方法は解らない。
誰も彼も戦いに疲れ、只々途方に暮れて茫然とするだけだった。

273 :創る名無しに見る名無し:2011/06/24(金) 21:10:23.20 ID:co8D8y+Y
一方その頃、サティは巨獣を追って、ルブラン市郊外西の森に降りる。
着陸した瞬間、彼女は待ち構えていた数多の妖獣に取り囲まれた。

 「ホホ……何と勇ましい。
  その魔法資質、我等が王を退けた物か……」

 「我等妖獣如キ、ソナタ独リデ十分ト言ウノダナ?
  ダガ、結界ノ中ノ様ニハ行カヌゾ……後悔サセテクレヨウ」

 「貴様の血肉を食らえば、我等にも、その魔法資質が備わるかな?」

 「ハハハハハハ、ハハハハハハハハハ!!
  ハハッ……ハハハッ……」

ナハトガーブ程では無いが、何れも体高1身以上を誇る、大狐、老虎、天狼、大魔熊が、
各々の配下を引き連れて現れる。
妖獣共は声を揃えて吠え出し、獣魔法の結界にサティを閉じ込めるが、彼女は徹底して無視した。

 「お前達に用は無い」

 「そう強気でいられるのも、今の内よ。
  ロホホホ――」

 「D6D7」

高い笑い声を上げた大狐が、突然黙る。
大狐ばかりでは無い。
他の妖獣も、口を開閉するだけで、声を発せられない。
沈黙の魔法である。
獣魔法の支配の中で、何故サティが共通魔法を使えるのか、妖獣には解らない。
只々、彼女の並外れた魔法の才能に戸惑う。

274 :創る名無しに見る名無し:2011/06/24(金) 21:11:36.43 ID:co8D8y+Y
妖獣共が狼狽える中、低い女の声が響いた。

 「……我が僕よ、下がれ。
  お前達の敵う相手では無い」

女の影は下がる妖獣共に代わり、サティの前に進み出る。
彼女が纏う魔力の流れから、サティは察する。
――この女は、ナハトバーブである。
しかし、その姿は巨大な獣では無かった。
妖獣の王は、膨大な魔力を纏った、小さき存在――人に「似た」形をしていた。
然れど、人でも無い。
背には2対の翼を生やし、全身は琥珀色の毛で覆われ、金色の頭髪に見える物は鬣だ。
背格好や貌付きこそ人に似ているが、瞳は変わらず野性の輝きを帯びている。

 (……雌?)

サティ・クゥワーヴァは先ず、あの巨大な妖獣が、やや幼くも思える少女の姿を取った事に驚いた。
体毛が無ければ、ナハトガーブは普通の美しい少女に見えなくも無い。
その姿を想像して、サティは総毛立つ。
ナハトガーブは何処と無く、サティに似ている――。
本来の性別が雌と言う事もあったのだろうが……この妖獣は、人の姿に変身するに当たり、
選りに選って、彼女の姿を真似たのだ。

275 :創る名無しに見る名無し:2011/06/24(金) 21:13:58.06 ID:co8D8y+Y
ナハトガーブはサティを睨み、語り始める。

 「共通魔法使いよ、我が祖は変身魔法使いだった。
  魔法大戦で敗れた我が祖は、人に戻る術を失い、獣として生きる他に無かった……。
  我が祖は変身魔法を遺す為、妖獣共と交わり続け、そして生まれたのが――この私だ」

人化したナハトガーブが、一言一言を発する度に、妖獣共は後退る。
余りの魔法資質の高さに、その暴力的な魔力の乱し方に、恐怖を感じているのだ。

 「妖獣共と交わらねばならなかった、我が祖の屈辱が如何程の物か……!
  貴様等には解るまい!」

その怒りは最早、誰に向けられた物か判らなかった。

 「見るが良い!
  この人ならざり、獣ならざる醜い姿を!
  地上を征服した暁には、貴様等共通魔法使いは残らず犯し尽くし、祖霊の慰み物にしてくれる!」

森全体が震え、妖獣共は五体投地して平伏する。
ナハトガーブの魔法資質は、明らかにサティの物を上回っていた。

276 :創る名無しに見る名無し:2011/06/25(土) 19:29:25.46 ID:g8uSCxIM
サティは眉を顰め、ナハトガーブに言う。

 「恨み言を聞く気は無い。
  御託は良いから、早く掛かって来たら?」

 「言ってくれる。
  貴様も我が祖と同じく、獣に変えてくれよう……!
  それとも人の姿の儘、獣共に犯される方が良いか?
  ハハハ――ハッ!?」

ナハトガーブが笑うと、「パァン!」と森中に響く高い破裂音がした。
反共振により、森の震えが一瞬止まる。
自然現象ではあり得ず、サティの仕業としか考えられなかった。

 「な、何をした?
  この場の魔力は、全て我が掌握している。
  貴様が共通魔法を使える訳は――」

 「共通魔法を舐めるな。
  魔法大戦から500年、共通魔法は今も進歩を続けている。
  魔法資質のみに頼った愚かな魔法使い気取りは、妖獣共と何も変わらない」

ナハトガーブは激昂し、操る事が出来る限界の魔力をサティに集中させる。
不気味な風が渦を巻き、木々が揺れる。

 「私を妖獣扱いするな!!
  貴様も恥辱の限りを受けるが良い……成り下がれっ!!!」

 「――D6E6?
  それで終わり?」

しかし、サティには全く効果が無かった。
彼女が唱える簡素な呪文一つで、容易く魔力の向かう先を曲げられてしまう。

 「共通魔法は、『呪文<スペル>』と魔力の関係を、完全に解明した。
  如何な物であれ、一度使った魔法が、二度通用するとは思わない事だ」

魔力の流れさえ読めれば、どんな魔法であろうと、サティは無効化する事が出来るのだ。
ナハトガーブは後退る。

 「こ、こんな筈が……!」

異流の魔法に己の魔法を御される事は、その魔法使いにとっては、耐え難い屈辱。

277 :創る名無しに見る名無し:2011/06/25(土) 19:30:55.15 ID:g8uSCxIM
ナハトガーブは弱気を払う様に、首を横に振った。
彼女はサティを真の強敵と認識し、戦術を変更する。

 「くっ……流石に魔法大戦を制し、今日まで大陸を支配して来た魔法だけはある。
  その実力を称え、貴様には変身魔法の神髄を見せよう!
  立てぇい、我が僕共よ!!」

妖獣はナハトガーブに命令され、恐る恐るサティに躙り寄る。
妖獣にとっては、圧倒的な力を持つナハトガーブの方が、サティより怖いのだ。
どちらも恐怖の対象である事には変わり無く、泣く泣く従っているに過ぎないが……。

 「貴様と言えど、この魔法は止められまい! 
  肉よ、精よ、容変じ、大なる一となれ!」

ナハトガーブの声を聞いた妖獣は、2匹1組で身を寄せ合う。
いや、寄せ合っているのでは無く、何かの外力によって、互いの体を押し付けられている。
ぎゃんぎゃん悲痛な叫びを上げる様は、それが自らの意志で無い事を表していた。
ぐちゃぐちゃ粘性物を掻き混ぜる音……骨が砕け、肉が溶け合う。

278 :創る名無しに見る名無し:2011/06/25(土) 19:33:53.05 ID:g8uSCxIM
サティの見ている前で、2匹1組の妖獣共は、融合して一回り大きな1匹の妖獣となる。
大きくなったのは姿形ばかりではない。
その魔法資質も、元の物より遥かに大きくなっている。
変身魔法による合成獣の作製である。

 「外道め……」

禁呪に相当する魔法を躊躇い無く使用するナハトガーブに、嫌悪感を露にするサティを見て、
彼女は満足気な笑みを浮かべた。

 「この妖獣共の中には、元人間が混じっていたやも知れぬなぁ……。
  くくく……」

森が騒ぎ始める。
ナハトガーブの魔法資質による物では無い。
静かな怒りが渦巻いている。

 「こんな物で私を何とか出来るとでも?」

 「ははっ、相当御立腹と見える。
  こいつ等が二度元の姿に戻る事はあるまいよ!
  貴様に、こいつ等を傷付けられるか?
  掛かれ、我が僕共!」

合成獣は牙を剥き、主の命令の儘にサティを襲った。

279 :創る名無しに見る名無し:2011/06/25(土) 19:35:46.06 ID:g8uSCxIM
合成獣の能力は、あらゆる面で元の妖獣を上回っている。
特に、体格が大きくなった事で、弱い魔法では怯まなくなった。
その上、場の魔力は殆どナハトガーブに支配されており、本来なら強力な共通魔法で、
一息に仕留める所だが、叶わずサティは苦戦を強いられる。
何十匹と言う合成獣の攻撃を捌き切れず、サティは顔を覆うベールを引き裂かれた。
長い髪が解け、風に靡く。
ナハトガーブは勝ち誇った。

 「手を出さないのか?
  くっくっ、それとも手が出せないのか?
  この儘、妖獣共に嬲り殺されるが良い……」

しかし――、サティは笑っていた。

 「最初から私の目的は、お前の様な存在と戦う事にあった。
  共通魔法の支配が及ばない中、如何に魔力を制御して戦うか?
  彼のヒントを元に、課題はクリア出来たが……、これは思わぬ成果だった」

 「何を言っている?
  追い詰められて、気が触れたか?」

星明りが照らす彼女の顔には、傷一つ無い。
それが余りに綺麗なので、ナハトガーブは悪寒を覚えた。

280 :創る名無しに見る名無し:2011/06/25(土) 19:36:19.82 ID:g8uSCxIM
話の最中、無防備になったサティの肩に、背後から合成獣が噛み付く。
低い唸り声を上げて、合成獣は深く深く牙を食い込ませる。
だが、サティは痛がらない。
血の一滴も流れ出ない。

 「魔法大戦、浮上した大陸、妖獣の発生、各地に残る伝承。
  私達は何者なのか?
  本当は、もっと時間を掛けて知りたかったけれど……今、確信した。
  やっぱり、そうだったんだ」

サティが纏う魔力の流れは、ナハトガーブの知らない物だった。
彼女は未知の恐怖に震えた。

 「な、何だ……?
  その魔力の質は何だ!?
  貴様は何を言っている!??」

 「魔法は理解。
  多分、私は死なない」

暗い森が緑の光で満たされる。

281 :創る名無しに見る名無し:2011/06/25(土) 19:37:16.90 ID:g8uSCxIM
ルブラン市の城壁で見張りをしていた執行者は、西の方角に、緑に燃える森を見たと言う……。

282 :創る名無しに見る名無し:2011/06/26(日) 17:55:15.67 ID:6gDLiqZD
「き、貴様は……一体……」

「それは違う。皆同じ。私は知った。それだけの事」

「くっ……、貴様さえ……現れなければ……」

「それも違う。小村を制圧した程度で何を言う。魔導師会には、私以上の者が何人もいる。
 井の中の蛙も良い所。どう足掻こうが、ルブラン市を陥とすのが精々だった」

「恨めしや……恨めしや……」

「どの道、あなたは行き詰まっていた。破滅を望む者に未来は無い」

「最後の恨み……呪いは解かぬ……。共通魔法使いめ、苦しむが良い……」

「……魔導師会が、何とかするでしょう」

283 :創る名無しに見る名無し:2011/06/26(日) 18:09:54.88 ID:6gDLiqZD
東北東の時、サティは人知れず街に戻り、討伐隊の負傷者の中に紛れ込んだ。
彼女を発見したジラは驚いた。

 「サティ、何処にいたの!?
  それに、その格好……」

サティは、ベールの代わりにスカーフで頭髪と口元を隠していた。
魔導師のローブはボロボロに破れ、所々大きな穴が開いている。
それでも地肌を巧妙に隠している所は、流石グラマー市民。
万が一の事態に備えた緊急手段を、伝統的に知っているのである。
ジラはサティの体に傷一つ無い事を確認し、不安気に言う。

 「見た目の割には、大丈夫……みたいだね」

 「それより、早く着替えたいのですが……」

 「……確かに、この儘は色々と問題だわ」

グラマー市民の女は、肌を見た人間を殺すと言う。
ジラはサティに自分のローブを貸し、人目から守りながら、宿に連れて行く。
……いや、逆に守られているのは、見る側の人間だろうか?

284 :創る名無しに見る名無し:2011/06/26(日) 18:12:19.49 ID:6gDLiqZD
その道すがら、ジラはサティに尋ねた。

 「あの巨獣を追い払ったの、あなたでしょう?」

一呼吸置いて、サティは応える。

 「……それは――……ええ、まあ……」

歯切れが悪くなったのは、ジラに対する負い目から。
彼女自身、他者からは無謀に思える行動で、何かとジラに迷惑を掛けている自覚はあった。
しかし、予想に反して、ジラは何も言わなかった。

 「フフッ……、はぁ……」

代わりに、彼女は含み笑いした後、小さな溜め息を吐いた。

285 :創る名無しに見る名無し:2011/06/26(日) 18:15:46.28 ID:6gDLiqZD
翌朝を迎え、妖獣の侵攻があった街は、大きな騒ぎになる。
魔犬と化した者達、再侵攻の恐怖。
一時的にルブラン市を離れる者が続出する中、市の執行者と討伐隊は、都市の守りを固める。
サティは調査を続けると言って、ジラを急かし、日が高くならない内に、早々と街を発った。

 「良いの?」

 「これ以上ここに留まった所で、私達に出来る事はありませんから」

 「そう……」

ジラはサティの口振りから思った。
もう二度と妖獣が攻めて来る事は無いのだろう。
……その通り、妖獣の群れが再度ルブラン市に侵攻して来る事は無かった。

286 :創る名無しに見る名無し:2011/06/26(日) 18:17:59.81 ID:6gDLiqZD
それから1週後、遅蒔きながら処刑人が到着し、妖獣狩りが始まる。
悪い知恵の付いた妖獣は、残らず駆除しなくてはならない。
処刑人は周辺の妖獣を、無差別に殺した。
その中に、元人間の物があったかは定かでない。
しかし、妖獣を率いていた巨獣は最後まで発見出来ず、幾つかの謎と、小さな不安を残した儘、
この恐るべき事件は幕を閉じた。

287 :創る名無しに見る名無し:2011/06/26(日) 18:20:19.19 ID:6gDLiqZD
提案書

妖獣群によるビリャ村及びルブラン市襲撃事件を受けて

この事件は我々に多くの教訓を遺しました。
第一は、外道魔法に対抗する魔導兵器の重要性です。
今回は、高い魔法資質を持つ妖獣が、人間に逆襲して来ました(敢えて『逆襲』と言わせて頂きます)が、
同様の事が、外道魔法使いによって行われない保証はありません。
極端に高い魔法資質を持つ外道魔法使いが、共通魔法使いと敵対した場合、魔力競合により、
我々は共通魔法を封じられる可能性があります。
被害を最小限に止めるには、市町村に駐在している執行者で対応出来る様にしなければなりません。
その為に、大型魔導兵器の開発と配備を希望します。
第二は、飛行部隊の必要性です。
高い魔法資質を持った者による、機動性の高い部隊を設立する事で、偵察・連絡が容易になると共に、
人員・物資の速やかな輸送の実現、更には、戦闘になった際、地上からの攻撃が届かない空中で、
圧倒的優位を保ちつつ、敵を一方的に攻撃する事が可能です。
各魔法都市に、数十人規模を置く事で、周辺都市の守りは盤石になるでしょう。
第三は、城壁の強化の必要性です。
復興期に妖獣の侵入を防ぐ目的で造られた城壁は、今回、非常に重要な役割を果たしました。
多くの都市の城壁は、平穏期になってから、無用の長物とされ、改修されない儘、老朽化していますが、
これを定期的に補修し、何時でも機能する様にしておく必要があります。
出来る事ならば、小町村にも城壁、或いは、それに相当する機能を持った構造物を設けるべきと思います。
第四は、人外の物への備えです。
近代に入って、永らく我々を脅かす存在は無く、敵の多くは内なる者でした。
しかし、人命を顧みず、社会的な常識、倫理の通じない、人外の物が敵となり、それと如何にして戦うか、
今回は、その難しさを思い知らされました。
人以外の存在への警戒を忘れてはなりません。
第五は、緊急時に於ける現場判断での禁呪使用許可です。
妖獣相手には、有効な毒の魔法があるにも拘らず、法律的な問題と技術的な問題により、
使用出来ませんでした。
緊急時に限り、一部の禁断共通魔法を使用可能とする事で、戦略・戦術の幅が大きく広がり、
状況に応じた適切な対処法を選べる様になります。
第六は、執行者の戦略・戦術教育の重要性です。
大規模な戦闘に備え、数十人規模以上の部隊を指揮する執行者の、戦略・戦術的な知識と判断を、
より深化する必要があります。
旧暦に盛んだったと言う戦争の研究を進め、局地的な戦闘の指揮能力だけで無く、
大局観を持った人材の育成方法及び、その方針を定めるべきと思います。
以上、どうか御一考下さい。

288 :創る名無しに見る名無し:2011/06/26(日) 18:24:07.64 ID:6gDLiqZD
サティ・クゥワーヴァとジラ・アルベラ・レバルトの活躍は、「討伐隊に協力」とあるのみで、
詳細は語られていない。
これ以降、サティ・クゥワーヴァは偽名を多用する。

289 :創る名無しに見る名無し:2011/06/27(月) 22:50:13.46 ID:LKIV5DJA
第五魔法都市ボルガ 闘犬場にて


ボルガ地方では、使い魔の魔犬を利用した闘犬が行われている。
闘犬はボルガ地方の都市が認める公営競技であり、試合結果の予想は合法賭博。
1対1の個体戦と、5対5の団体戦があり、各々に、月5×週3×日4=通年60戦の成績を競う季戦と、
数週に亘って開催される勝ち上がり戦がある。
勝敗の決し方は明快で、戦意を喪失して降伏するか、喉笛か鼻っ面に食らい付いた犬の勝ち。
一昔前までは、どちらか倒れるまで本気の殺し合いをさせていたが、魔犬の質が向上して、
それなりに賢くなった開花期の中頃から、試合・育成に関するルールを厳格化する様になった。
現在では、専用のプロテクターを装着させて、出来るだけ犬を傷付けない配慮をしている。
それでも危険は多く、出血・骨折は茶飯事。
カターナ地方の海獣漁と同じく、野蛮だ何だと言われながら、今日まで続いている伝統文化である。

290 :創る名無しに見る名無し:2011/06/27(月) 22:54:21.26 ID:LKIV5DJA
ボルガ地方には、闘犬用の魔犬を育てるブリーダーがおり、各都市に所属している。
ブリーダーは数人で魔犬のチームを育成し、都市の公認を得て、闘犬に参加する。
闘犬には主要チームリーグとマイナーチームリーグがある。
主要チームは、同じリーグ内の他チームと試合を行う。
マイナーチームは、マイナーチーム同士で試合を行い、そこで優秀な成績を収めた物だけが、
主要チーム下位と入れ替わる、選考試合への挑戦権を得る。
第五魔法都市ボルガに所属している主要チームは、以下の7つ。
最初期から存在する古豪、ボルガ・ヴォルケイノーズ。
魔導師会からの刺客、ウィザーズ・ドッグス。
猟犬上がりの、アイロソルジャーズ。
新星、ネオ・ウルヴス。
伝統的な大型闘犬の集団、オーサ・ストロンガーズ。
良血統のエリートチーム、ハイアー・サーヴァンツ。
そして……近年は低迷気味の、カーラッド・キングス。

291 :創る名無しに見る名無し:2011/06/27(月) 22:56:51.85 ID:LKIV5DJA
今日のボルガ中央闘犬場では、アイロソルジャーズとカーラッド・キングスの試合が行われている。
アイロソルジャーズは強敵相手には先ず先ずの成績だが、弱い相手からの取り零しが極端に少ない。
一部の闘犬ファンからは弱い物虐めと揶揄されるが、間違い無く、ボルガ闘犬チーム最強の一角である。
カーラッド・キングスは過去に何度か優勝経験を持つ物の、全体的に成績が悪い、所謂弱小チーム。
同じ都市内の強豪チームばかりで無く、地方チームにも負け越す有様で、
1ランク下のマイナー上位チームに、絶えず主要チームの座を脅かされている。
一部からは「ボルガは6チームで十分」と言われる程。
この日、会場はソルジャーズのファンで埋め尽くされたが、それは毎度の事。
公営とは言え賭博なので、弱小チームは基本的に人気が無いのだ……。
偶に勝とう物なら、罵詈雑言を浴びせられる宿命である。

292 :創る名無しに見る名無し:2011/06/27(月) 22:59:24.64 ID:LKIV5DJA
この日、この場に、冒険者コバルトゥス・ギーダフィの姿があった。
彼は何と賭博で旅費を稼ぎに来ていた。
闘犬場を見回したコバルトゥスは、知った顔に目を留めると、親し気に話し掛ける。

 「やーやー、先輩じゃないッスか?」

 「先輩って、誰の事だよ……」

コバルトゥスに「先輩」と呼ばれた男は、戸惑って苦笑する。

 「闘犬場にいるって事は、先輩もギャンブルやるんスか?
  意外ッスねぇ〜」

 「違う、金は賭けないよ。
  普通に闘犬を見に来たんだ」

コバルトゥスは信じられないと言った風に、態とらしく驚いて見せた。

 「はー?
  何の為に闘犬場に来てんスか?」

 「……だから、闘犬の試合を見に来たんだって」

賭け事をする気が無い先輩を、コバルトゥスは小馬鹿にした様に笑う。

 「やれやれ、そんなだから貧乏旅なんスよ」

先輩は不機嫌になり、言い返した。

 「……コバギ、冒険せずに何やってんだよ」

 「危険を冒すと言う意味では、ギャンブルも冒険ッス」

コバルトゥスは得意気に胸を張る。
コバルトゥス・ギーダフィは冒険者だが、彼にとって冒険とは金を稼ぐ手段では無い。
賭け事を生計の当てにする事に、後ろ目痛さを全く感じない。
コバルトゥス・ギーダフィとは、そういう人間なのだ。

293 :創る名無しに見る名無し:2011/06/27(月) 23:03:02.00 ID:LKIV5DJA
先輩の冷たい視線に気付いたコバルトゥスは、笑って誤魔化した。

 「冒険者って言っても、毎日冒険ばっかりやってられないんで……。
  先輩も賭けましょうぜ。
  団体戦、カーラッド・キングスの払戻金、200倍ッスよ?
  ここは1万MG位、ドーンと賭けてみません?」

 「200倍って、お前……摩ると判って誰が賭ける」

 「そんで利益は折半しましょう」

 「どういう理屈で、そうなるんだ?
  そんなに金が欲しいんなら、自分で賭けろよ」

 「無理ッス。
  俺はソルジャーズに賭けるんで」

ソルジャーズの現時点での倍率は1.1倍である。

 「コバギさんよ……」

 「何スか?」

 「冒険どうした?」

 「毎日冒険ばっかりやってられないんで」

コバルトゥスは悪びれもせずに言う。
正に厚顔無恥。
先輩は呆れ返って物も言えなかった。

294 :創る名無しに見る名無し:2011/06/27(月) 23:04:00.82 ID:LKIV5DJA
コバルトゥスと「先輩」は、そんなに親しい訳では無い。
お互い顔を合わせるのも、年に数度あるか無いかと言う程度である。
常識的な感覚では、金銭を無心する様な間柄では無い。
……だが、そんな事はコバルトゥスには関係無いのだ。
しつこく拝み倒され、先輩は遂に折れる。

 「100MGなら賭けても良い。
  当たったら、昼飯位は奢ってやるよ」

 「仕方無いッスね……はいはい、それで良いッスよ」

 「お前……」

何とも無礼な男である。
しかし、小狡いだけで、悪人と言う程の悪人では無く、大悪は犯さない。
顔が良く、愛嬌があるから、少々の事は許される。
それが尚の事、憎らしい。
先輩は彼を余り好ましく思っておらず、苦手としていた。

295 :創る名無しに見る名無し:2011/06/28(火) 20:30:13.79 ID:U2H3MufO
賭博の対象は、単にチームの勝敗を予想する物と、何勝で勝利するか予想する物がある。
前評判は、アイロソルジャーズ1.1倍に対し、カーラッド・キングス10倍。
10回に1回はキングスが勝つ計算だが、一攫千金目当てがいるので、勝率は数字より低い。
コバルトゥスは5−0でソルジャーズが勝つと踏んでいた。
弱いチームに強いソルジャーズならば、完全勝利の可能性は高い。
賭け金の約5分の1がソ5−0キ、約3分の1がソ4−1キ、8分の1はソ3−2キと、
ソルジャーズ勝利に集中している。
キングスが勝つと思っているのは、1割にも満たない。
先輩は真逆の5−0でキングスに賭けた。
その倍率、何と1万。
コバルトゥスが示した200倍は、キングスが4−1で勝った場合の物。
彼としては、少し無理な数字を示しておいて、可能性としては無くも無いキ3−2ソか、ソ3−2キ辺りに、
先輩が賭ける様、仕向けたかったのだが……。
罷り間違っても、弱小のキングスがソルジャーズ相手に全勝する事はあり得ない。
先輩はコバルトゥスに金をくれてやる位なら、溝に捨てる気でいるのだ。
高々100MG、失った所で、痛くも痒くも無い。

296 :創る名無しに見る名無し:2011/06/28(火) 20:37:24.35 ID:U2H3MufO
闘犬の団体戦は、互いに微妙な心理が働く。
普通、チームの要であるリーダーは、最後に大将として出る。
それはリーダーが負けると、全体の士気に大きく係わるからである。
普通は、先鋒は勢いの良い若手、次鋒は闘犬歴の長いベテラン、中堅と副将は逆境に強い物がなる。
しかし、リーダーはチーム最強と言う事が多いので、先鋒に出て勝利を収め、勢いを付ける事もある。
勢いに乗れる2匹を後続に並べ、早く決着を付けるチームもある。
個体の調子の良し悪しもあるので、編成は時と場合によりけりだ。
強いチームは大体、リーダーが確りしている。
その点、カーラッド・キングスは全然駄目だった。
リーダーである大百号は、大型闘犬の血統で、オーサ・ストロンガーズの大型闘犬軍にも劣らない、
立派な体格を持っている。
観察眼が鋭く、じっくり戦えば負けない、能力的にも他チームの大将に決して劣る物では無い。
では、何が悪いのかと言うと、余り争いに向かない性格に加え、上がり性なので、本番に弱いのである。
試合が始まると、どたばたし、落ち着くのに時間が掛かる。
場の雰囲気に慣れると強いのだが、それまでに決着を付けられる事が多い。
大きい体が有利だったのは、ルールに応じた戦法が確立されていない初期の闘犬での事で、
近年では、相手を威圧する以外に大きな利点は無いとすら見られている。
勿論、大百号だけの問題では無い。
他チームの闘犬と互角に渡り合える犬が、大百号しかいないと言う、淋しい戦力事情こそが、
キングスの抱える根本的な問題だ。

297 :創る名無しに見る名無し:2011/06/28(火) 20:38:47.84 ID:U2H3MufO
アイロソルジャーズとカーラッド・キングスの第一試合は、あっと言う間に終わり、
先輩は紙屑になった引換券を破いて捨てた。
同じ調子で、第二、第三、第四試合もソルジャーズ圧勝、見所無く終わる。
既に勝敗が決して、闘犬場が半ば冷めている中、最後の第五試合、大将戦を迎え、
コバルトゥスは熱を入れる。

 「やったれ、行けーっ!!
  賭け金2倍だー!!」

相当な額を突っ込んだと見える。
判官贔屓の気がある先輩は、コバルトゥスの声援を煩わしく思いながら、
キングスの大将が最後に一矢報いる事を期待していた。
――ソルジャーズの勝利は確定したが、5−0で終わってしまうのか、4−1となるのか、
果たして大将戦の行方は……?

298 :創る名無しに見る名無し:2011/06/29(水) 20:08:51.28 ID:yXo/PC7A
アイロソルジャーズとカーラッド・キングス試合終了後。
闘犬場の食堂で、真昼間から祝い酒を飲む連中、自棄酒を飲む連中。

 「……あり得ねー……」

その中で、酒も飲めずに絶望しているコバルトゥス。

 「飯食わんの?」

不憫に思った先輩が、(1000MG以内と言う条件で)昼飯を奢ると言ったのだが、
彼の気力を取り戻すには不足だった。
コバルトゥスは俯いた儘、繰り返し「あり得ない」と呟いている。
余りの落ち込みっ振りに、損失額を尋ねる気にはならない。
「これに懲りて真面目に働けよ」と先輩は言いたかったが、転んでも只では起きないのが、彼、
コバルトゥス・ギーダフィである。
深入りすると、その場凌ぎの言い訳で金をせびられるのが落ち。
下手な慰めの言葉は、掛けない方が互いの為なのだ。

299 :創る名無しに見る名無し:2011/06/29(水) 20:15:41.77 ID:yXo/PC7A
コバルトゥスと先輩の直ぐ傍で、飲み騒いでいる男達がいる。

 「流石、キングスの大将!!
  期待通り、やってくれた!」

 「飲めや飲めや!
  今日は奢るぞ!」

彼等の大声が癇に障ったのか、コバルトゥスは立ち上がり、食って掛かった。

 「勝ち馬の尻に乗るのが、そんなに楽しいか?」

 「おい、止めとけって」

先輩は「お前が言うな」と言いたいのを堪え、コバルトゥスの肩を掴んで止める。

300 :創る名無しに見る名無し:2011/06/29(水) 20:17:48.97 ID:yXo/PC7A
しかし、コバルトゥスは彼の制止を振り切って、男達に殴り掛かり…………。

 「いだだだだっ!!!」

あっさり締め上げられた。

 「兄ちゃん、喧嘩は相手見て売ろうや」

 「す、済んませんッした!!」

大した魔法使いでも無い、自称冒険者の実力は、この程度である。
直情的で、喧嘩っ早いのは欠点だが、直ぐ折れるし、逃げ足も速いので、酷い目には遭わない。
男達はコバルトゥスを解放すると、笑って言った。

 「それに、勝ち馬ってのは見当外れだな。
  俺達ゃカーラッドのファンだぜ?」

 「この中で儲けた奴は1人もいねーよ」

コバルトゥスは訳が解らないと、呆気に取られていた。

301 :創る名無しに見る名無し:2011/06/29(水) 20:20:17.23 ID:yXo/PC7A
カーラッド・キングスはアイロソルジャーズに惨敗した。
喜べる要素は、キングスの大将が、敵将を下した位しか無い。

 「……じゃ、何で飲んでるんスか?」

 「そりゃ、ソルジャーズ相手に我等が大将が意地を見せたからよ」

強豪相手に完敗しっ放しだったキングスが、最後に一矢報いた。
負けは負けだが、只の負けでは無いと言う事だ。

 「でも、損したんッスよね?」

 「損得は関係ねーよ。
  重要なのは、どんだけ美味い酒が飲めるかだ」

男達はコバルトゥスの無粋な質問にも、笑って答える。

 「そんならソルジャーズファンになって、勝ち酒を飲んだ方が――」

 「馬鹿言え。
  偶に飲むから美味いんじゃねーか!
  それによ、端っから優勢のチームを応援して何になる?」

そんな心理、さっぱり解らないと、コバルトゥスは黙って首を横に振る。

 「……まあ、解れとは言わんよ。
  金を賭けるのは、験担ぎみたいな物だ。
  兄ちゃん、もしかしてキングスに賭けてたのかい?
  そんなら奢ってやるから、一緒に飲もうや」

 「あ……いやいや、悪いッスね」

5−0でソルジャーズに賭けていた癖に、平気で誘いに乗るコバルトゥス。
図太いにも程がある。
世を渡り、人と人の間に入り込んで、小さな利益を掠め取って生きる。
何が悪いとも思わないし、それを恥じる事も無い。
この男は、そうして生きているのだ。

302 :創る名無しに見る名無し:2011/06/29(水) 20:21:38.70 ID:yXo/PC7A
本人の自覚の有無は別として、口だけ上手い詐欺師は、何処にでもいる物で、それに憤りを感じるか、
その才を羨むかは、人によって違うだろう。

303 :創る名無しに見る名無し:2011/06/29(水) 20:22:45.92 ID:yXo/PC7A
「あっと! 先輩、一緒に……って、ありゃ? どこ行った?」

「どうした?」

「んー、何でも無いッス」

僕に足りないのは、そういう所だと思う。

304 :創る名無しに見る名無し:2011/06/30(木) 19:00:35.85 ID:UnhwwxA5
これから説明していない設定の補足に走る

305 :創る名無しに見る名無し:2011/06/30(木) 19:16:49.74 ID:UnhwwxA5
『親衛隊』

正式には『八導師親衛隊』。
名の通り、『八導師』直属の部隊。
八導師の目となり耳となり、各地の情報を収集する他、八導師から直接命令を受けて、特別任務に就く。
八導師の直属なので、所属は『魔導師会運営部』だが、緊急時を除いて、八導師以外の指図を受けない。
他の組織とも上下関係は無く、相互に命令権は無い。
例外は、八導師から直接受けた命令を実行する場合。
この時、『魔導師会』に所属する者は、可能な限り親衛隊に従い、協力する様、「努力する」義務を負う。
限定的ではあるが、大きな権限を持つ事から、親衛隊は濫りに正体を明かしてはならない。
その為、親衛隊には護衛任務を担当する表組と、隠密任務を担当する裏組がある。
表組は親衛隊である事を堂々と名乗るが、裏組は自身が親衛隊と悟られない様にしなければならない。

⇒『世直し組』

306 :創る名無しに見る名無し:2011/06/30(木) 19:17:38.46 ID:UnhwwxA5
『世直し組』

復興期終盤から開花期中盤に掛けて、地方魔導師会の横暴に苦しむ市民の声を聞き、
事態解決に奔走した、親衛隊の裏組。
素性を隠して各地を訪れ、市民の窮状を聞き付けては、悪党共を誅伐した。
――という設定で人気を博し、開花期終盤から平穏期に掛けて流行した読物。
実際に親衛隊は世直し組に近い活動を行っているが、武力で問題を解決する事は殆ど無い。

307 :創る名無しに見る名無し:2011/06/30(木) 19:19:12.66 ID:UnhwwxA5
妖獣色々

妖獣目 化猫科 魔豹(マヒョウ)属 将軍虎(ショウグントラ)

成獣の体高は1身を優に越える、妖獣の虎。
エグゼラ地方の平原に生息する。
成熟した個体は老虎(ロウコ)と呼ばれ(※1)、優れた魔法資質と高い知能を持つ。
雄は若い雌を寵ってハーレムを作り、集団で狩りをする。
ある程度、仔虎が成長すると、雌はハーレムから抜けて、子育てに専念する。
これに限らず、体高が1身を越える妖獣は総じて、人を襲う要注意害獣であり、絶滅危惧種。

※1:老虎とは、体高1身程度の妖獣の虎を指す呼び名で、この種に限った呼称では無い。

308 :創る名無しに見る名無し:2011/06/30(木) 19:21:18.72 ID:UnhwwxA5
妖獣目 魔犬科 妖狐(アヤカシキツネ)属 大狐(オオバケ)

寒冷地の中で、比較的暖かい地方に生息する、妖狐の一種。
大きな個体は、体長2身に迫る。
大狐同士では群れを作らず、別種の小さな妖狐の群れを率いる。
雌雄関係無く大きい群れを率いている物が好まれ、春になり繁殖期を迎えると、
同規模の群れを率いている個体同士でパートナーを選ぶ。
夏に産まれた仔狐は、秋には体高1歩弱になるので、独り立ちさせる。
独り立ちした仔狐は、他の妖狐の群れに交じるか、単独で生活する。
妖狐属には他にも、七変化(ナナバケ)、玉狐(タマモチ)、ユキノジョウ、ヒトサライ、マドワシ等、
風変わりな名前の物が多い。
多くは当て字。

309 :創る名無しに見る名無し:2011/06/30(木) 19:29:53.15 ID:UnhwwxA5
妖獣目 魔犬科 化狸(バケタヌキ)属 玉無狸(タマナクシ)

ボルガ地方で広く見られる、体高半歩程の化狸。
妖獣にしては小柄な個体で、魔法資質も全体的に低い。
そこから変化玉を無くした化狸に喩えられ、タマナクシと呼ばれる。
群れを作ったり、単独で行動したりと、生活形態は様々。
去勢を思わせる名前だが、雌雄両方共に存在しており、繁殖能力は高い方。
それなりに賢く、大人しいので、ペットとして人気がある。
化狸属には他にも、古狸(フルタヌキ)、八変化(ヤツバケ)、腹鼓(ポンポコポン)、バケクラベ等、
妖狐属と同じく、風変わりな名前が多い。

310 :創る名無しに見る名無し:2011/07/01(金) 19:53:55.11 ID:CWGnNDqv
妖獣目 魔犬科 魔犬属 大狼(オオオオカミ)

寒冷地に生息する、大型の魔狼(マロウ)。
高い魔法資質を持つが、基本的に一匹狼で、群れを作る習性は無い。
野生の魔犬属の中では、群を抜いて大きい。
体高1身を越す大型の個体は、天狼(テンロウ)と呼ばれる(※2)。
遠吠えが非常に長く、遠くまで届くので、大吠(オオボエ)の別名がある。

※2:野生の魔狼で、体高が1身を越える大型の個体は、この種以外に無い。

311 :創る名無しに見る名無し:2011/07/01(金) 19:54:31.01 ID:CWGnNDqv
妖獣目 鬼熊科 鬼熊属 大魔熊(ダイマグマ)

古代亜熊に匹敵する巨体を持つ大型の鬼熊。
高山地に生息していると言われている。
個体数が少なく、目撃例が殆ど無い、幻の妖獣。

312 :創る名無しに見る名無し:2011/07/01(金) 20:01:01.59 ID:CWGnNDqv
霊猿目 猩猩科 帝王猿

1歩程度の体長で、赤く長い体毛に身を包んだ、霊獣の猿。
同種で数十匹程度の群れを作って、生活していた。
尻尾は体長と同じ位の長さ。
全ての霊獣は遺伝子的に、どの既存の生物より妖獣に近い。
高い知能を有し、使い魔として教育された物は、人語を喋れる。
故に、それなりの魔法資質を有していれば、簡単な共通魔法程度なら扱う事が出来る。
これを含め、一部の霊獣に当て嵌まる事だが、人と妖獣の台頭により、野生の物は殆ど残っていない。

313 :創る名無しに見る名無し:2011/07/01(金) 20:02:00.22 ID:CWGnNDqv
『間接詠唱』

高等詠唱技術の一つ。
音を発する魔法で『精霊言語』を組み立て、様々な魔法を発動させる。
それ以外に、精霊言語に近い音を鳴らす魔笛を使う等して、魔法を発動させた場合も、『間接詠唱』と言う。
手間は掛かるが、人の声より大きな音を出せるので、反響を利用した連続詠唱や、詠唱潰しに使える。
精霊言語の発音を苦手とする者が、代替手段として使う事もある。
『娯楽魔法競技』の『フラワリング』・『マリオネット』では、よく使われる技術。
重唱・合唱と違い、魔法学校の必修技術では無い。

314 :創る名無しに見る名無し:2011/07/01(金) 20:02:57.33 ID:CWGnNDqv
『魔力競合』

『魔力』は強く大きい流れに従うので、周辺の魔力が少ない状態で、『魔法資質』の高い者と、
魔法資質の低い者が、同時に同じ魔法を詠唱した場合、魔法資質の低い者が唱えた魔法は、
発動しないか、効果が大きく落ちる場合がある。
これを『魔力競合』状態と言う。
魔力が十分にあっても、一方の魔法資質が相応に高ければ、魔力競合状態は発生する。
この為、優れた魔法使い同士の戦いは、双方の実力が僅差であっても、一方的になる事が多い。
魔力競合で優位に立つ為、『共通魔法』には、数人が協力して詠唱を行う、輪唱・合唱・重唱技術がある。
描文にも、なぞり・シンクロ・鏡映し等、同様の技術がある。

315 :創る名無しに見る名無し:2011/07/01(金) 20:04:20.07 ID:CWGnNDqv
『闘犬<ドッグ・ファイト/ファイティング・ドッグ>』

『闘犬<ドッグ・ファイト>』とは、犬同士を戦わせ、それを見物する娯楽である。
復興期、魔導師会が入る前のボルガ地方で、盛んだった。
『闘犬<ドッグ・ファイト>』を行う犬を、『闘犬<ファイティング・ドッグ>』と言う。
復興期当時の闘犬は、ただ犬を戦わせる物で、魔犬・犬・狼の区別が無く、
体の大きい闘犬を交配によって生み出していた。
主に、熊狩犬等の大型狩人犬を改良し、バトルドッグ、武者犬等、闘犬用の犬が誕生した。
こうして生まれた闘犬用の犬には、妖獣では無い物もあった。
現在でも、使い魔の魔犬を改良した闘犬以外に、闘犬として育てられた普通の犬を闘犬に参加させる。
妖獣の魔犬と普通の犬は、遺伝子的に遠いが、魔犬の雄と犬の雌に限り、低確率で交配可能。
逆に、魔犬の雌と普通の犬の雄では、子を生せない。
これは魔犬と犬に限った話では無く、化猫と猫、霊馬と馬など、全ての妖獣・霊獣に関して言える。
生まれた仔犬は、妖獣の遺伝子を持たない普通の犬になるが、稀に魔法資質を引き継ぐ場合がある。
合いの子は、必ずと言って良い程、雌になる。
多くは優れた性質を持つが、それが孫の代まで引き継がれる事は少ない。
闘犬はボルガ地方内各地で独自のルールがあり、統一ルールが制定されたのは、
魔法暦200年を過ぎた頃。
リーグが出来たのは、『娯楽魔法競技』の公認と同時期。
現在でも闇賭博で残虐な地方ルールを適用する事があり、偶に摘発されてニュースになる。

316 :創る名無しに見る名無し:2011/07/02(土) 21:40:16.43 ID:/f9R2W4J
5月4日 エグゼラ地方ルブラン市郊外にて


霧雨が降る中、ルブラン市の西、郊外の森を、4人の執行者が歩いていた。

 「……静かだな」

 「ああ、不気味なくらいだ」

天を覆う枝から、水滴が垂れる。
索敵担当が、班長に声を掛けた。

 「リーダー、反応がありました」

 「どこだ?」

 「この先です」

4人の執行者は、警戒しながら、索敵担当が指した方向へ進む……。

317 :創る名無しに見る名無し:2011/07/02(土) 21:48:35.32 ID:/f9R2W4J
この4人は妖獣討伐隊の哨戒班だ。
巨獣がルブラン市に攻め入って、撃退された翌日から、妖獣の群れは市の近郊に姿を現さなくなり、
遠吠えすら聞こえなくなった。
そこで、討伐隊は少人数の哨戒班を組み、偵察を出したのである。
索敵担当員が言う反応とは、妖獣の物である。
それも多数。
しかし、哨戒班の4人が数巨以内に近付いても、妖獣は全く動かなかった。
妖獣は魔法資質以外にも、音や臭いで、人の気配を察知する。
集団でいながら、無警戒はあり得ない。

 「こっちに気付いてないって事は無いよな?
  生きてるのか?」

 「弱っている様だが、確かに生きている」

 「罠かも知れん。
  油断するなよ」

静か過ぎる事が、却って疑心暗鬼を煽る。
果たして、4人が見た物は……?

318 :創る名無しに見る名無し:2011/07/02(土) 21:50:42.84 ID:/f9R2W4J
哨戒班の4人が、妖獣の反応を追って辿り着いた場所には、何匹もの使い魔が倒れていた。
――妖獣の使い魔は、品種改良された物が殆どで、野生の物とは容姿が違うから、見た目で判る。
どれも気力が無く、地に伏せっている。
使い魔は哨戒班の接近に気付いていたが、微動だにしなかった。
哨戒班は、自分達の存在に気付きながら、微動だにしない使い魔を警戒した。
そうして、1針程度、互いに何もしないまま、その場にいた。

 「何時まで、こうしていれば良いんですか?」

ただ見ているだけに痺れを切らした班員の1人が、班長に尋ねた。
予想外の事態に、班長は戸惑いを隠せない。
間を持たせる為に、索敵担当員に訊く。

 「……他に妖獣の気配は無いか?」

 「ありません。
  妨害も感じられませんし……全域クリアです」

先程とは別の班員が、再び班長に尋ねる。

 「始末してしまいます?」

班長は迷う。
罠かも知れないと思うと同時に、全く無抵抗である弱った使い魔を処分して良い物か……。
変身させられた村人の可能性も、絶対に無いとは言い切れない。
悩んだ結果、班長は班員に言った。

 「……私が様子を見て来よう。
  何かあったら、援護を頼む」

そして、使い魔に向かって歩いて行く。

 「お気を付けて」

班員は頷き、班長の背を見送った。

319 :創る名無しに見る名無し:2011/07/02(土) 21:57:15.24 ID:/f9R2W4J
班長が進み出で、落ち葉を踏み締める音に、何匹かの使い魔が反応する。
しかし、襲い掛かろうとも、身構えようとも、逃げ出そうともしない。
ただ目を向けたり、耳を動かしたりするだけ。
エグゼラ地方は、初夏と言えど寒い。
霧雨に体温を奪われ、抵抗する力も無いくらいに弱っているのかと、班長は思った。
しかし、それは違った。
班長が最も近くにいた1匹の化猫の傍に寄ると、その化猫は細い声で鳴いた。

 「……どうか殺して下さい」

班長は驚き、足を止めた。
使い魔が人語を喋る事は、別に驚く様な事では無い。
班長が驚いたのは、獣が自ら死を望んだ事だった。

320 :創る名無しに見る名無し:2011/07/02(土) 22:00:39.72 ID:/f9R2W4J
化猫は班長に対して、独り懺悔を始めた。

 「ここの使い魔は私を含め、皆々人に捨てられた物で御座います……。
  理不尽な扱いに、人への恨みを募らせていた所、ナハトガーブ様が率いる妖獣の軍団と出会い、
  新生ニャンダカ国の建設という目標を得ました。
  ただ人に従うばかりの運命を捨てる為に、人を殺しましたし、喰らいもしました」

妖獣の群れの中に、使い魔や霊獣が混じっていたのは、そういう事だったのだ。
化猫は頭を垂れて伏せり、焦点の定まらない瞳で、地を見詰める。

 「……それでも野生には戻れなかったのです。
  私共、使い魔の代表であった帝王猿のストラフ様が、ナハトガーブ様に殺された時……、
  さも愉しそうに笑う取り巻き達を見て、気付かされました。
  私共は、野生の獣の様には振る舞えぬのです……」

班長は掛ける言葉を見付けられなかった。

 「ナハトガーブ様が斃れた後、使い魔の中には、妖獣と一緒に逃げ出した物もいます。
  ここに残った物は、獣の生き方に付いて行けなかった物ばかり……。
  復讐心から反逆を企て、妖獣の軍団の一員になろうとした私共は浅はかでした。
  人に危害を加えた使い魔の末路は、知っています……。
  もう縋る希望も何もありません……殺して下さい」

班長は、使い魔も絶望するのだと、初めて知った。
しかし、望み通り殺してやる事は容易いが、衰弱して無抵抗な物を殺すのは躊躇いがある。
この使い魔も、仲間の仇の内だと言うのに……。
班長は優秀な執行者だが、ハンターでも処刑人でも無く、優し過ぎた。

321 :創る名無しに見る名無し:2011/07/03(日) 18:54:09.06 ID:gufqrQBr
ここにいる使い魔は、このまま何もしなければ、体力を消耗して死ぬだろう。
あるいは、それより先に処刑人が到着して狩られるか……。
そうならない様に、自ら動く事が出来るにも拘らず、絶望に心を蝕まれて死ぬのだ。
人の身勝手に振り回された使い魔に、同情の余地が無い事も無い。
ここは一思いに殺してやる事が、何よりの慈悲では?
そう思った班長は、共通魔法を唱えた。

 「E5C5D6、B46G1……」

痛みを取り除く、麻酔の魔法である。
ゆっくり目を閉じた化猫に、もう一度魔法を唱える。

 「O1H1・G5I3、B36D6、E5C5D6、B36D6、E5C5D6…………J7CC1――M16BG4」

今度は弱化魔法。
化猫は静かに息を引き取った。
その安らかな表情は、微笑んでいる様にも見えた。

 「すまない……」

班長は無意識に、そう口に出していた。
そして、同じ様にして、次々と使い魔を殺して行く。
使い魔は、安らいで死んで行った。

322 :創る名無しに見る名無し:2011/07/03(日) 18:55:42.48 ID:gufqrQBr
枝葉の屋根に覆われた、森の中の小さな空き地は、安息が支配する不思議な空間になっていた。
旧い信仰にある死出の地とは、この様な場所か……。
死を齎す存在は、悲しく、優しく……。
恨み、苦しみ、憎しみと言った悪い空気が、微塵も感じられない。
ここの使い魔は、何一匹として幸福でなかったにも拘らず、その死に際は、不条理な幸福感に満ちていた。

 「手伝ってくれ」

班長に言われ、哨戒班の班員は戸惑いながらも、雰囲気のままに穏やかな心情で、
使い魔を安楽死させる。
誰も班長の優しさを悪く思ってはいなかった。
一匹一匹を静かに葬り、祈りを捧げ、土に還す。
自分達の行いを善と認める班員の中で、班長は独り、心に黒い澱を積もらせていた。
……後に、この班長は地方駐在所への転属を申し出る。

323 :創る名無しに見る名無し:2011/07/03(日) 18:57:25.32 ID:gufqrQBr
妖獣を率いていた、ナハトガーブなる巨獣が倒されたとの話は、この哨戒班によって、
未確定情報としてルブラン市に伝わる。
他の哨戒班の報告と合わせ、ルブラン市周辺に妖獣の群れは残っていないと認識した討伐隊は、
郊外での活動を本格化させた。
故に、処刑人が到着する前から、ルブラン市周辺の安全は、ある程度確保されていた。
しかし、その所為で、事件の重大さを理解して貰うのに、時間と労力が掛かってしまった。
最早、わざわざ処刑人が出向く程の存在は無く、結果として、ただの妖獣狩りを手伝わせる事に……。
ともあれ、処刑人はルブラン市を襲った妖獣を追い回し、その殆どを処分した。
生き残りの妖獣にも、人の恐ろしさは十分に伝わったであろう……。

324 :創る名無しに見る名無し:2011/07/03(日) 18:57:51.35 ID:gufqrQBr
後の調査より、使い魔の多くは、ティナー地方で捨てられた物と判明する。
それが群れを作り、何らかの事情で、エグゼラ地方南部に移動したのだ。
しかし、この使い魔の群れが、妖獣群と合流した理由について、深く考察される事は無かった。

325 :創る名無しに見る名無し:2011/07/03(日) 18:58:43.45 ID:gufqrQBr
「エグゼラ地方ルブラン市、妖獣に襲撃さる」の一報を受けて、ティナー市民の反応


「今時、妖獣の襲撃とか、あり得んよな」

「ルブランは田舎だから」

「あー、大変だね」

326 :創る名無しに見る名無し:2011/07/03(日) 18:59:12.09 ID:gufqrQBr
翌年、ティナー市議会にて、使い魔の放棄に対する罰則強化条例が可決される。

327 :創る名無しに見る名無し:2011/07/04(月) 20:51:57.86 ID:x2MM0nC3
第一魔法都市グラマー ニール地区魔法刑務所にて


魔法刑務所の封印塔の一室で、イクシフィグ・ヴァルパド・コロンダは、本を読んでいた。
表題には、「世界の風景」と書かれている。
しかし、写真が載っている訳では無い。
説明の文章と共に、彼には読めない呪文が長々と記されているだけである。
イクシフィグは、世話役のアクアンダ・バージブンに、読み方を尋ねた。
アクアンダは優しく言う。

 「イクシフィグ様、これは一種の魔法書です。
  現地の記憶を呪文として紙面に写した物で、心測法によって、これを読み取ります」

魔法が絶えた時代から来たイクシフィグは、魔法を使うという事を感覚的に理解出来ない。

 「……全然、解りません」

困り顔の彼を見て、アクアンダは苦笑した。

 「呪文を指先でなぞって下さい。
  自動的に記憶が浮かびます」

 「……どんな風に?」

 「それは実際に体験して頂くのが宜しいかと。
  この本に用いられている紙は、魔力を通し易い植物の繊維から造られていますし、
  インクも同様ですから、魔法資質が低くても問題ありませんよ」

イクシフィグは彼女に言われるまま、紙面を埋め尽くしている呪文に触れた。
指先に意識を集中すると、まるで誰かに操られている様に、すらすらと指が動き、
勝手に呪文をなぞり始める。

328 :創る名無しに見る名無し:2011/07/04(月) 21:00:03.83 ID:x2MM0nC3
その事に驚いていると、隙間無く閉め切られた部屋の中に、爽やかな風が吹き始め、
草の匂いを運んで来た。

 「嘘っ!?」

暖かく穏やかな初夏の一日、果てし無く広い草原のイメージが流れ込む。
その風景は決して不快な物では無かったが、問題は流れ込む異物感だった。
簡易心測法により、半ば強制的に現地を体感させられる。
最早、驚愕と言うより恐怖である。
なおも呪文をなぞる手の動きは止まらない。
悪寒が走り、イクシフィグは全身を震わせて、本を投げ出した。

 「うわっ、うわわわわっ!!」

厚い本がページを開いたまま、ばさっと床に落ちる。
そうでもしなければ、彼は描文を止められず、見知らぬ土地を歩き続けていた。

329 :創る名無しに見る名無し:2011/07/04(月) 21:02:48.62 ID:x2MM0nC3
初めての事に戸惑うイクシフィグ。
アクアンダは、くすくすと笑いを抑える。
それに気を悪くしたイクシフィグが、顰めっ面を拵えると、彼女は咳払いを一つして謝った。

 「申し訳ありません。
  私の息子が初めて書に触れた時と、同じ反応をなさった物ですから……」

 「息子?」

アクアンダの外見は少女であり、イクシフィグと同い年くらいにしか見えない。
子供がいるとすれば、相当な若妻だ。

 「ええ、私には夫と3人の子供がいます。
  これでも三十路を越えているんですよ?」

自分に好意的な少女と思っていた者が、既婚者だった事、そして結構年を食っていた事に、
イクシフィグは少しショックを受けた。

 「ど、どうなってるんですか?」

 「魔法資質が高い者は、老化が遅れるのです。
  私の場合は童顔なのもあって、人によっては、かなり若く見える様ですが……」

イクシフィグは何度も首を横に振った。
彼にとって魔法暦500年は、奇怪な夢の世界だった。

330 :創る名無しに見る名無し:2011/07/04(月) 21:06:24.16 ID:x2MM0nC3
アクアンダはイクシフィグに、不思議そうに尋ねる。

 「……そんなに驚かれる様な事ですか……?
  魔法暦1000年の未来は、どこまで私達の時代と変わってしまったのでしょう……」

 「先ず、魔法資質とか、聞いた事もありませんよ。
  魔法暦1000年は機械文明の時代、魔法は魔導機で使う物です。
  ……魔導機が無くても魔法が使える人を、魔法使いって言いますけど……俺は見た事ありません。
  見たって言う人もいますけど、大体が嘘臭い話で、まともな人は信じませんよ。
  魔法使いは、お伽噺の中の存在です」

イクシフィグの話を聞いたアクアンダは、考え事をしながらメモを取り始めた。

 「何してるんですか?」

 「貴重な未来の話を、こうして書き留めているのです」

自分の何でも無い話が、重要な物として扱われる事に、少年は面映い物を覚えるのだった。

331 :創る名無しに見る名無し:2011/07/04(月) 21:07:14.85 ID:x2MM0nC3
後の「或二年記」、「Aメモ」と呼ばれる未来史料である。

332 :創る名無しに見る名無し:2011/07/05(火) 19:34:38.69 ID:gJAE/9Mb
第四魔法都市ティナー


貧民街とは、主に住所不定、無所得の者が不法に暮らす地である。
倒産企業の廃ビル、空き家となった民家に、無法者が住み着く、危険な土地。
幾つかの土地には正式な所有者がいるが、真っ当な人間が暮らしているのは稀。
身形の良い者、土地慣れない者は、確実に追い剥ぎに遭うので、近付かない方が身の為である。
また、人が寄らないのを良い事に、よく裏取引の現場になる。
貧民街は貧しい者が集う故に、争いの絶えない場所であり、時に街まで火の粉が飛んで、
都市警察や執行者による摘発が入っては、蜂の巣を突いた様な騒ぎになる。
しかし、都市は積極的に貧民街に触れようとしない。
理由は色々と考えられるが、貧民街を無くした所で、都市に貧しい者を受け入れる余裕が無いと言うのが、
最も大きい物だろう。
それは経済的な意味では無く、社会常識に乏しく、犯罪に走り易い者を抱える事は出来ないと言う、
もっと深刻な事情である。
貧民街は謂わば隔離施設、犯罪者の巣食う街として存在し、そう認識されている。

333 :創る名無しに見る名無し:2011/07/05(火) 19:36:04.04 ID:gJAE/9Mb
貧民街の住民は、都市の廃棄物を再利用し、どうしても必要な物は購入して、何とか暮らしている。
しかし、貧民街には生産職が決定的に不足している。
猿の様に奪い合う不毛な争いが、絶えず展開される所もあれば、コーザ・ノストラが支配する中で、
お零れに与る所もある。
どちらが良いとは言えないが、ここで暮らす者は、日々を生きるだけで一杯という現実がある。
今日明日の心配が第一で、未来の事にまで考えが及ばない。
さながら人と畜生の中間である。
藻掻いても藻掻いても抜け出せない、苦しい人生を恨みながら、それ以外の生き方を知らぬ故に、
抜け出す事が出来ない。
そういう人間は恨みを募らせ、鬱憤を晴らすべく陰で悪事を働く。
一方で、全く何の疑問も抱かず、奴隷の様な毎日を送っている者もいる。
辛い目に遭っているのだが、それを当然と受け止め、抗わない。
……悲しい事に、後者の方が幸せに生きられるのだ。
賢者にでもならない限り、弱者が下手に知恵を持つ事は、悪なのである。

334 :創る名無しに見る名無し:2011/07/05(火) 19:36:45.30 ID:gJAE/9Mb
貧民街の建物の多くは、耐用年数を越えている。
建築技術を持った人間がいないし、外から呼び込もうにも、誰も貧民街には来てくれない。
技術を持った人間は、真っ当な暮らしを求めて、外に出て行く。
ここで暮らす者は日曜大工と同レベルの技術で、住居を補修・改修し、騙し騙し使っている。
それは、ここで暮らす者の人生、その物の様だ。

335 :創る名無しに見る名無し:2011/07/05(火) 19:37:27.01 ID:gJAE/9Mb
バルバング地区にて


ティナーにある貧民街の多くは、元々人が住んでいなかった郊外の土地を、工業地として開拓したが、
企業が倒産する等して、そのまま放置された場所である。
ここバルバングの工業団地跡も、その一であった。
荒れた道に沿って並ぶ廃工場、立ち聳える廃ビル、それ等を取り囲む廃屋。
日中は浮浪者が屯し、夜間は化け物が出ると噂され、色々な意味で恐怖スポットとなっている。
勿論、肝試しに気軽に訪れる様な場所ではない。
しかし、バルバングの工業団地跡は、ティナー地方の貧民街の中では、比較的治安が良い。
犯罪に走る者は少数で、所謂不法暴力集団の存在は無く、多くの住民は狭い土地で自家栽培したり、
都市で小銭稼ぎや物乞いをしたりして、何とか食って行けるかという毎日を送っている。
一般市民には軽蔑されるし、その暮らし振りは決して豊かな物とは言えないが、
社会に迷惑を掛ける様な犯罪に走らない分、穏やかに過ごしている。
空き地とは言え、土地を勝手に占拠して生活しているので、そこで暮らしている事、
それ自体が犯罪であると指摘されたら、何も言い返す事は出来ないのだが……。

336 :創る名無しに見る名無し:2011/07/06(水) 21:11:27.30 ID:gQy+YMsS
そのバルバングの工業団地跡に、大きなバックパックを背負った旅商の男がやって来た。
普通、外からの人間は住民に警戒されるのだが、彼は躊躇無く領域に踏み入る。
住民の好奇の視線を浴びながら、男は一軒の廃屋に入った。
廃屋の中は、古惚けた外観の割に綺麗だったが、見事に何も無かった。
ただ何十というドアが四方の壁に取り付けられていた。
どのドアも見た目は同じ。
旅商の男は困った顔をした後、1つのドアに向かう。
しかし、ドアノブに手を掛け様として、途中で止めた。
それは染みや影まで精巧に描かれた絵だった。

 「違った……。
  こっちだっけ?」

彼は隣のドアノブに手を掛ける。
伸ばした手が突起に触れたのを確認して、捻ろうとするが……。

 (くっ……固い?)

動かない。
それも絵だと気付くのに、少々時間が掛かった。
ノブだけを壁に取り付け、そこにドアの絵を描いたのだ。
旅商の男は腕を組み、気弱に零した。

 「間取り変えたのかな……」

彼は溜め息を吐き、手近な所から順番に、目に映るドアを開けようと試みるのだった。

337 :創る名無しに見る名無し:2011/07/06(水) 21:13:34.41 ID:gQy+YMsS
やがて本物のドアを発見した旅商の男は、この廃屋の主の元へと向かう。
ドアの向こうは、絵画の世界。
南国の浜辺、都会の街角、雪国の山村、青い山脈、深い森の中、静かな大河……。
何れも本物の風景と見紛う絵が、大小様々な額縁に納められ、壁一面に飾られている。
四角い額縁は、まるで覗き窓の様。
写実とも違う、生の光が、全ての絵に宿っている。
手を伸ばせば、するりと額縁の中に入り込めそうな気さえする。
あらゆる世界と繋がった窓に囲まれ、絵に描いた様な美青年が座っている。
彼は一切の道具を使わず、指先だけで絵を描いていた。
そう、染料すらも用いらずに。
未完成なので何の絵かは判らないが、青年は口の端に小さな笑みを浮かべ、口笛を吹きながら、
楽しそうに絵を描いている。
この青年こそが、この廃屋の主。
彼は旅商の男を見ると、笑顔で挨拶する。

 「やあ、ラヴィゾール!」

 「ラビゾー……」

疲れて両肩を落とす男に、青年は申し訳無さそうに言った。

 「あー、済まない。
  当たりを見付けるのに、大分苦労したみたいだね」

 「気にしないで下さい。
  身を守る為には、仕方の無い事なんでしょう?」

 「いや、気分転換に弄ってみただけなんだ。
  大した理由は無いんだよ」

旅商の男は、深い溜め息を吐いて、一つ間を置く。

 「……まあ、構いません。
  それより例の物、持って来ましたよ」

そして、バックパックから長方形の箱を取り出した。

338 :創る名無しに見る名無し:2011/07/06(水) 21:17:16.60 ID:gQy+YMsS
廃屋の主である青年は、芸術魔法使いである。
その中でも、主に騙し絵を得意とする、『描画魔法使い<マジック・ドローワー>』。
感覚に訴える魔法で、存在感を持った絵を描き、そこに実在しているかの様に見せる。
古に存在していた芸術魔法使いは、描いた絵を実体化させたと言うが、
この青年は「そこまでは出来ない」と否定する。
精々、絵の中の熱気や冷気を感じさせる位だと。
大した能力を持っている訳では無いが、彼の描く絵は魔導機も同然に魔力を誘う。
その為、共通魔法社会では、自由に絵を描かせて貰えない。
故に、この様な貧民街に隠れ住んでいる。
尤も、それだけが理由と言う訳ではないのだが……。

339 :創る名無しに見る名無し:2011/07/07(木) 19:49:29.25 ID:lCSxQIDV
旅商の男が青年に手渡した物は、絵の具箱であった。

 「そうそう、これが無いとな。
  有り難う、支払いは……そうだな、ここにある絵で、好きなのを持って行って構わないよ」

旅商の男は、どの絵を持って行こうか、室内の絵を眺めながら、彼に尋ねる。

 「さっき見てましたけど、何も使わずに指だけで絵を描いてましたよね?
  絵の具なんて必要無いのに……どうして、わざわざ?」

青年は絵の具箱を開けて、中の絵の具を検めながら、こう尋ね返した。

 「……ここにある絵、どう思う?」

 「どうって……上手って言うか、凄い技術ですよね。
  まるで本物みたいな」

 「そうだね……本物みたいな絵だ。
  でも、私が描きたい絵は、こういうのじゃないんだよ。
  これは魔法、絵であって絵ではない……別物だ」

 「あー、そうなんですか……」

旅商の男が適当な相槌を打って、青年の方を向くと、彼は既に1つの絵を描き終えていた。
白紙に描かれた、1本の大樹。
それは飾られている絵とは違い、はっきり絵と判る絵だった。

340 :創る名無しに見る名無し:2011/07/07(木) 19:50:55.83 ID:lCSxQIDV
指先を絵の具で汚した青年は、満足気に頷く。

 「おかしな話だと思うかも知れないが、三原色の絵の具を使わないと、こういう絵が描けないんだ。
  きっと私は『魔法使い<ドローワー>』として未熟なんだと思う。
  先生は私を弟子と認めてくれなかったし、何も教えてくれなかったからなぁ……」

旅商の男は腕を組み、低く唸って沈黙した。
それから一呼吸置いて、再び尋ねる。

 「どうして街に住まないんです?
  街に住んでいれば、買い物にも自由に行けるでしょう」

 「共通魔法社会で暮らす気には、どうしてもなれないんだ。
  何故って言われると、困るが……共通魔法の理から外れた者という、負い目みたいな物が、
  私を街から遠ざけるのかも知れない」

遠い目をする青年に、旅商の男は告げる。

 「……このまま貧民街で暮らし続けるのは、好くないですよ。
  何かの拍子で、ここを追われるかも分かりません」

 「そしたら、君みたいに旅に出よう。
  その時は宜しく頼むよ、先輩」

 「身分証が無いと、なかなか泊めてくれる宿も見つかりませんよ」

 「はは、世知辛いねぇ……」

青年は苦笑した。

341 :創る名無しに見る名無し:2011/07/07(木) 19:52:30.83 ID:lCSxQIDV
本物の窓の向こうでは、貧民街の子供等が、鬼ごっこをして遊んでいる。
貧民街は、単に貧しい者が暮らす場所では無い。
前科者、逃亡者、やくざ者、後ろ暗い過去を持つ者が、身を隠す場所にもなっている。
「このままでは好くない」……貧民街は犯罪の温床という事実があり、それを何とかしようとするのは、
当然の動きである。
開花期とは違って、法治主義が徹底している現在、非道な真似は出来ないと思うが……。
旅商の男は、自分の心配が不要な物に終わる事を祈りつつ、小さな額縁に納められた絵を数枚、
バックパックに仕舞い込むのだった。

342 :創る名無しに見る名無し:2011/07/07(木) 19:52:59.07 ID:lCSxQIDV
被害者無き犯罪と言えど、不法は裁かれて然るべきである。
全ては目溢しによって存えているに過ぎない。
その不安を掻き消す様に、刹那主義に走る人々。
しかし、恐れる事は無い。
人は闇ではないのだから、法の光に照らされた所で、消える訳ではない。
……余程の重罪を犯していなければ。
――では、外道魔法使いは何を恐れているのか?
それは彼も知っていたが……。

343 :創る名無しに見る名無し:2011/07/08(金) 22:11:12.78 ID:L9QSjmj8
プラネッタ先生の講義


皆さん、今日は。
今回は原始魔法呪文と精霊言語について勉強しましょう。
古代魔法の呪文の大半は、旧暦の南半球にある小島群で使われていた古代魔法言語、
原始魔法呪文を祖とします。
南半球の小島群、位置は……星をぐるっと回って、唯一大陸の反対側。
今は海の底ですが、この南洋の小島から人類は発生したと言われています。

344 :創る名無しに見る名無し:2011/07/08(金) 22:12:26.57 ID:L9QSjmj8
原始魔法呪文の解読には、6つの古代呪文を覚えましょう。

= △ ||| □ ○ ×

それぞれ左から、風、火、水、土、光、闇を表しています。
吹き付ける風、燃え上がる炎、流れ落ちる水、固い岩盤、天に輝く太陽、全てを見えなくする影の象形。
これが精霊言語の元となった呪文です。
○と×以外は、わざと歪んだ線で描いている場合もあります。
例えば『|||』は、『巛』だったり、『(((』だったり、『)))』だったりしますが、「水」には変わりありません。
『□』も、正方形ばかりでなく、台形や長方形、平行四辺形の物などありますが、「土」は「土」です。

||| □ △ = × ○

6つの古代呪文、四大属性と、二元属性。
古代南洋圏の原始魔法は、これ等の組み合わせで、構成されていました。
『○』を『△』で囲み、日照りを表したり、『□』の中に『△』を入れ、竈を表したり……。
しかし、これは精霊言語と同じく、表音文字ではありませんでした。
故に、記号の組み合わせで、その文字が意味する大凡の所は解っても、発音は伝わりませんでした。
例えば雨を意味する『///』。
これは水と風の合成ですが、当時の発音は全く判っていません。

345 :創る名無しに見る名無し:2011/07/08(金) 22:18:31.68 ID:L9QSjmj8
古代南洋圏の魔法に興味を持った古代エレムの学者は、古代エレム語の法則に準えて、
原始魔法呪文の記号に子音を当て嵌め、5つの母音と組み合わせて、音を表しました。
これは元の言語の発音とは似て非なる音の構成でしたが、理解し易かった事で広く普及しました。
しかし、時代が進むと、魔法で出来る事を増やす為に、新たな呪文が必要になりました。
そこで6つの属性に加え、新たに4つの属性が加えられます。

= △ ||| □ ○ × V Η エ ・

Vは植物、Ηは絆、エは天地、・は源を表しています。
音を整理する為に、古代エレムの学者は序列を作りました。
△、|||、□、V、=、×を六大属性とし、Η、エを接繋に、○の上に・を置いて――。

△ ||| □ V = × Η エ ○ ・

現代の精霊言語に近い物が出来上がったのです。
燃える世界に水を撒き、大地に種を植えて、嵐の吹く夜を乗り切ろう。
手と手を繋いで、天に祈れば、天晴れ、全ては元通り――……という覚え歌が残っています。
古代エレムの学者は魔法を開発し続け、最終的に子音は15になりました。
後から加えられた物は、「左右反転『の』の字」、「『∧』を3つ並べた物」、「『Υ』の字」、
「『c』の下に『│』を足した物」、「Lの筆記体を右斜め上に向けて描いた物」です。
古代エレム魔法は、非常に整った物でしたが、高度な魔法を使う為には、
相応に長い呪文を詠唱しなくてはならず、同時代に存在していた他の魔法ばかりでなく、
古代南洋の原始魔法と比べても、効果・効率の面で劣っていました。
古代エレム魔法は、一時の流行を見せた物の、古代エレムの人々からも使えない魔法と評され、
やがて忘れ去られて行きます。
しかし、この思想は共通魔法の礎となりました。

346 :創る名無しに見る名無し:2011/07/08(金) 22:19:59.81 ID:L9QSjmj8
古代エレムの学者が開発した魔法の呪文は、「新真言語」と名付けられ、古代南洋圏に逆輸入されて、
新しい魔法の礎となりました。
それが精霊魔法です。
所が、取り入れられたのは文字だけで、古代南洋圏では相変わらず、音と文字は一致しませんでした。
表音文字を用いた常用語は別に存在していて、音と文字を一致させるという概念が、
無かった訳ではない様ですが……。
魔法に用いる言語は、それ専用として、わざと理解を難しくしていた嫌いがあります。
精霊言語の伝承には、こうあります。
E16H1F4・F3D5I1・I3DL2・L3L56B4・B2O2H5E4……、全ては我々の名付けた物であり、
火は自ら火と名乗らず、水は自ら水と名乗らず、風は自ら風と名乗らず、土は自ら土と名乗らず、
木は自ら木と名乗らず。
各々の名乗る物は、仮初めの物であり、我々の付けた名は、真を突く名である……と。

347 :創る名無しに見る名無し:2011/07/08(金) 22:20:34.18 ID:L9QSjmj8
今日の講義は、ここまで。
次回は魔法の発生について勉強しましょう。

348 :創る名無しに見る名無し:2011/07/09(土) 21:26:14.78 ID:9FIOi8MK
男子受講生の話


「プラネッタ先生の講義時間って、何でか知らないけど、集中出来るんだよなー」

「……お前、知らないの? あれ魔法だよ」

「先生は授業中、ずっと魔法使ってるんだ」

「嘘だろ? 詠唱も描文も無しで?」

「いや、本当。詠唱も描文も普通にやってる」

「俺も最初は気づかなかったけどな」

「いつの間に?」

「時々、先生が鼻唄を遊むじゃん? あれ。あと、裏詠唱もしてる……はずだけど、確証は無いな」

「詠唱にしても、描文にしても、さり気無さ過ぎる。魔法を使う事が日常の一部なんだよ、きっと」

「怖っ!!」

「注意して見てりゃ、今使ったなって解る瞬間が何度かある」

「先生が話すのを止めた時とか、板書とかで体を動かす時を、よく見てみな」

「知らなかった……」

「無理も無いさ。プラネッタ先生は、魔導師の中でも、かなり優秀な方だと思う。
 そうでなけりゃ……俺、魔導師になれる自信が無いわ」

「この俺が対抗魔法使っても、居眠り出来ないんだからな」

「それは偉そうに言う事じゃないだろ……。素直に講義聞いとけよ」

349 :創る名無しに見る名無し:2011/07/09(土) 21:27:51.31 ID:9FIOi8MK
女子受講生の話


「プラネッタ先生が独身って本当? あの人、何歳?」

「独身ってのは本当らしいけど……何歳かは知らないねー」

「何年も前から講師として来てるって言うから、結構いってるんじゃない?」

「本人に聞けば良いじゃん」

「聞けないよ。だって失礼になるし」

「プラネッタ先生、不美人って訳でもないけど、そんなに歳って気になる?」

「さー? 男は気にするんじゃないの?」

「寧ろ美人だと思う」

「何で独身なんだろう?」

「実際かなり交際の申し込みが来てるらしいけど、片っ端から振ってるらしいよ」

「らしいらしいって、本当の所、どうなのさ?」

「一部の男子に変な人気があるし、男に見向きもされないって事は無いんじゃない?」

「理想が高いんでしょ」

「えー? そんな風には見えないけど?」

「……だよね。そういう事には興味無いって言うか、避けてるって言うか、そんな風に見える」

「何? 訳知り?」

「……どんな見立てよ?」

「昔の男に酷い振られ方したとか?」

「うーん、あれはね……多分、昔の恋人が忘れられないんだと思う」

「ああっ、悲恋の予感!」

「落ち着け」

「今度、プラネッタ先生に聞いてみよっか?」

「えっ? 止めてよ! 聞くにしても、私の名前は出さないで! 絶対!」

「うん、直接聞くのは良くない」

「直接じゃなくても駄目でしょ」

350 :創る名無しに見る名無し:2011/07/09(土) 21:28:48.17 ID:9FIOi8MK
男子受講生の話


「プラネッタ先生って良いよな……」

「ああ……。こう、どこか影のある感じが何とも……」

「解っているな……」

「控え目で、儚くて、美しい……」

「……ああ、全くだ」

「幸せにして差し上げたい」

「お母さんになって欲しい」

「えっ……その発想は無かった」

351 :創る名無しに見る名無し:2011/07/09(土) 21:31:58.79 ID:9FIOi8MK
受講生の質問


「プラネッタ先生」

「何でしょう?」

「先生は付き合ってる人とか、いないんですか?」

「はい」

「それなら、付き合って『た』人――……」

「え…………」

(――その瞬間、私は空気が凍り付くのを感じました)

「……どうしたの?」

(優しい表情のプラネッタ先生に、私は生まれて初めて、心の底からの恐怖を体験させられたのです……)

「何か言い掛けていたでしょう?」

「な、何でもありません……。ごめんなさい……」

「そう……?」

「申し訳ありませんでした……。許して下さい……」

「震えていますよ……大丈夫ですか?」

「お気遣い無く……! どうか、お許しを……」

(プラネッタ先生は、そっと私の体に触れました。その瞳は闇に染まっていました。
 私は震える声で許しを請うばかりでした)

「本当に、許して下さい……。ごめんなさい……」

「……私の『講義で』解らない事があったら、何でも聞いて下さい」

(プラネッタ先生が去った後、私は泣き崩れました。周りの人には、何が何だか解らなかったでしょう。
 私だって信じられません。もう例の話題には触れたくありません……。だって……あの感情は……)

352 :創る名無しに見る名無し:2011/07/09(土) 22:43:37.75 ID:oES4Qgsz
プラネッタ先生の過去に一体なにが・・・

353 :創る名無しに見る名無し:2011/07/10(日) 20:58:34.01 ID:QQcfaHPN
>>352
1スレ目のSSにそれらしきお話をちらほらと……
かなり前の上に、固有名詞を出していない場合があります。
ご注意を。

354 :創る名無しに見る名無し:2011/07/10(日) 21:18:13.30 ID:QQcfaHPN
第五魔法都市カターナ近海の小島コターナにて


カターナの海岸から望める、小島コターナ。
全面積20平方区の島の半分は、カターナの海洋調査会社の所有になっている。
そのコターナ島の南海岸で、潜水訓練をしているのは、海洋調査会社の社員。
ファイセアルスの者にとって、大海獣が生息している大洋の海底は、未知の領域。
新しい資源、旧暦の遺産……海洋調査会社は、危険に見合った利益があると踏んでいる。
しかし、陸の人間は、海の底に潜るのは初めて。
そこで、この会社が技術指導者として迎えたのは、海洋魔法使いの少女であった。
彼女はカターナ地方の辺境島民で、名をネルフィリと言う。
青い髪と褐色の肌、緑の魔法色素を持つ、活発で無邪気な子である。
魔法資質の極まりに、碧い海の色に輝く姿を見た者は、その美しさを一生忘れないだろう。
しかし、彼女に魔法の技術指導が出来るかと言うと、なかなか難しい。
そもそも海洋魔法は、彼女独自の魔法であり、共通魔法の枠に納まる物ではない。
いくつかの魔法は精霊言語に翻訳され、共通魔法に取り込まれているが、
効果はオリジナルの海洋魔法に劣る。
他人に真似出来る物ではないと言うのが、本当の所だ。
海洋調査会社の社員は、ネルフィリの魔法の使い方を見て、海洋調査に必要となる魔法を、
オリジナルに近い形で習得するのが目的。
教わると言うより、見て盗むのである。

355 :創る名無しに見る名無し:2011/07/10(日) 21:28:41.61 ID:QQcfaHPN
……だが、それは簡単な事ではない。
南の空に入道雲を見る、よく晴れた昼下がり。
パラソルの下で、社員の潜水訓練を視察していた、海洋調査会社の部長パステナ・スターチスは、
悩まし気に唸った。
将来、直接海洋調査に乗り出す、潜水員を志す者が、海中のネルフィリを追うが……、
誰一人として付いて行けない。
角速1街で泳ぎ、水深1通まで潜り、1角間も息継ぎをしないでいられるネルフィリには、
カターナ市民と言えど敵わない。
しかも、それが本気でないとなると、もう勝ち負けの話ではなくなる。
訓練に疲れ、岸辺に戻って休憩する者が続出する様を見て、パステナ・スターチスは深い溜め息を吐いた。
隣で秘書の女が言う。

 「最悪、本格的な調査の開始は、世代を跨いだ後になるかも知れませんね……」

パステナの胸中は複雑である。
急いては事を仕損じると言うし、余り成果を求め過ぎるのは良くないと解っている。
先ずは近海調査から実績を積み重ねて、足場固めをして行く必要がある。
しかし、自分の代で何とか海洋調査を進められない物かと思ってしまうのは、仕方の無い事。
逸る心を抑え、次世代の踏み台でも良いではないかと、自身を強引に納得させる。
……ああ、大義の何と美しく、面白く無い事。

356 :創る名無しに見る名無し:2011/07/10(日) 21:32:04.70 ID:QQcfaHPN
もう殆どの者が岸辺に戻って来た中で、唯一人ネルフィリに付いて行こうと努力する者が残っていた。
泳ぎは下手だが、決して諦めようとしない姿に、パステナ・スターチスは好感を持った。

 「あれは……新入りの、確かボルガ地方から来たって言う……」

 「彼は……あー、クマイ・ハッキです。
  ボルガ地方、ナタ市、コーラス技術校卒業。
  実力的には今一つですが、なかなか頑張り屋の方ですね」

クマイ・ハッキより魔法が得意な者、泳ぎが得意な者は、この場に何人もいる。
だが、注目すべきは、彼の泳ぎが徐々に上達して行っている点だろう。
魔法の影響か、それとも泳ぎ慣れて来たのか、それは判らないが、何かを掴んだのかも知れない。

 「努力の人、か……」

寂し気な微笑みを浮かべて、悲しい瞳をした上司に、秘書は尋ねる。

 「どうなさいました?」

パステナは少し困った顔をした後、小声で言った。

 「……――公学校時代の友人を思い出してね」

そして、「思い出話になるけど」と断って、語り始める。

357 :創る名無しに見る名無し:2011/07/11(月) 22:09:16.54 ID:MOZBRo3l
私の幼馴染みだった人……仮にW君としよう、彼は努力家だった。
公学校に入る前から知っていたけど、勉強は出来ないし、運動音痴だし、怖がりだし、
本当に……今思うと本当に、どうしようも無い子だったなぁ……。
公学校に入ってからも、新しい事を習う度に、必ず引っ掛かっていたよ。
例えば、書き取り、縄跳び、水泳……最初は全部駄目だった。
それが回を重ねる毎に上達して行って、最後には人並みに出来るようになるの。
当時の私はW君の成長に感動していた。
引っ込み思案だったから、目立たなかったし、持てなかったけど、何だろう……?
格好良いとかじゃなくてさ、何て言うの?
無限の可能性を感じさせてくれる……って言うと、大袈裟だけど、そんな感じの。
人間やれば出来る物なんだなって。
今の私があるのは、W君の影響と言えなくも無い。

358 :創る名無しに見る名無し:2011/07/11(月) 22:10:53.42 ID:MOZBRo3l
それで、公学校の5年生になった時だったかな。
街の方から、転校生が来たのよ。
……仮にNさんとしましょう。
私とW君の出身はトックっていう小さな村で、公学校はティナー市内だけど、
本当に端っこの方の田舎学校でね?
田舎出身の言葉訛りまくりの学生が集まっていた所で、街からの子は珍しかったの。
Nさんは、もう……何て言うか、上品で、優雅で、才色兼備なの?
それでいて気取った所が無くて、子供の時分ながら、洗練された……ハイソな雰囲気を感じていたわ。
全然訛ってないし。
いや、私達の世代には、本格的に訛ってる子は少なかったんだけどね?
大体の子は標準語で喋れたよ。
言うなれば、バイリンガル。

359 :創る名無しに見る名無し:2011/07/11(月) 22:12:13.30 ID:MOZBRo3l
…………そはどーでもえて、何だったか……そうそう、NさんとW君。
公学校の5年生から魔法の授業が始まるよね?
……私達の年代では、そうだった。
その魔法の授業で最初に魔法資質を見るんだけど、W君は残念な事に、悲しいくらい低かった。
魔法資質は体調とか観測方法によって変わるって、魔法の先生はフォローしたけど、
W君は魔法だけ上達が遅くて、第2四半期の成績まで散々だったの。
努力だけは認められて、最低点は付かなかったけど……W君は真面目だったから、一層落ち込んだわ。
他にも駄目な子はいたけど、W君は魔法資質が低いから、こればっかりは無理じゃないかって。
それに比べてNさんは優秀でね……さすが街の人は違うとか何とか、みんな適当な事言ってた。

360 :創る名無しに見る名無し:2011/07/11(月) 22:13:16.28 ID:MOZBRo3l
えー、まぁ、ここまで言えば大体察しが付くだろうけど……。
毎日頑張るW君を見かねて、NさんがW君の特訓と言うか、自主練を手伝ったのよ。
厭らしい意味じゃなくて。
……今のは聞かなかった事にして。
とにかく、Nさんのお蔭で、W君は何とか魔法が人並みに使える様になったの。
それからNさんとW君は仲良くなってね……、恋人同士って感じではなかったけど……、
友達以上恋人未満……いや、やっぱり友達止まりかな?
そんな風に見えなくも無かったってだけで、当人が、お互いをどう想っていたかなんて解らないし……。
……幼馴染みとして、どう思っていたかって?
いや、別に……ワ、じゃなくて、W君は普通に恋愛対象外だったよ。
そりゃ公学校に上がる前とか、小さい頃は周りの大人達に冷やかされた物だけどさ……、
W君、根暗で気にしいだし、お世辞にも美形とは言えない感じだったし?
学年上がるに連れて距離を置く様になって、Nさんと入れ替わる感じになっちゃったけど、
全然気にしてなかった。
本当だよ?
寧ろ……あ、いや、何でも無い……。
……その……、2人が一緒になっても良いんじゃないかな……とは思ってた。

361 :創る名無しに見る名無し:2011/07/11(月) 22:14:04.34 ID:MOZBRo3l
その後も魔法資質は相変わらずのW君だったけど、公学校の10年生になる頃には、
魔力石を持たせたら、学校で上から何番目かを争う位にはなってた。
1番は断トツでNさんだったけどね。
公学校卒業後はNさんとW君、2人して魔法学校に行っちゃって……、それから…………。
Nさんは魔導師になれたけど、W君は魔法学校中退したって。
やっぱり魔法資質が無いと、きつかったのかな……。
今となっては、私も2人と殆ど顔を合わせる事が無くなって……――まぁ、そういう話。
そのNさんとW君を思い出してね……。

362 :創る名無しに見る名無し:2011/07/12(火) 19:16:09.55 ID:NFCl/mG2
パステナが語り終えると、秘書は呆けた顔をしていた。
「どうしたんだろう?」と彼女が思っていると、秘書は言う。

 「それで……?」

 「……『それで』って?」

 「いえ、ほら、長々と話される物ですから、何か訓示の一つ二つある物かと……。
  例えば、ネルフィリさんとハッキさんの仲が進展するとか、その後の心配とか」

パステナは眉間に皺を寄せる。

 「ちょっと昔の事を思い出したってだけで、そうそうNさんとW君みたいになる事はありえないでしょ。
  思春期真っ盛りの公学生じゃあるまいし。
  『どうなさいました?』って聞かれたから、答えただけなんだけど……何か無いと不満?」

 「あ、いいえ。
  はあ、そうでしたか……」

秘書は詰まらなそうに溜め息を吐いた。
ネルフィリとクマイ・ハッキは、同僚達が見守る中、未だ碧い海を泳いでいた。
それに触発され、休憩で体力を取り戻した社員は、また一人二人と訓練に戻る。
太陽が海に浸かるまで、訓練は続いた。

363 :創る名無しに見る名無し:2011/07/12(火) 19:16:59.91 ID:NFCl/mG2
後日。
クマイ・ハッキは海洋魔法の一部を理解した様で、それを仲間に教えていた。
彼の理解は正しかったらしく、訓練社員全体の潜水技術は僅かながら向上した。
遠海に出る日は、そう遠くないかも知れない。

364 :創る名無しに見る名無し:2011/07/13(水) 18:54:06.81 ID:gnTBKnZ5
第六魔法都市カターナの港町ビッセン 宿屋ロビーにて


常夏の都市カターナ。
昼間の日差しが焼き付いた、蒸し暑い夜、サティ・クゥワーヴァは窓辺で古文書の翻訳をしていた。
手元のランプには煌々と魔法の灯。
その明かりに引き寄せられて、網戸には何匹もの虫が張り付いている。
宿屋の二階へと続く階段が軋む音。
黙々と古文書を読み耽るサティの元に、暑苦しさに寝付けないジラ・アルベラ・レバルトが、
寝間着の儘で降りて来た。

 「熱心ねェ……」

 「これが仕事ですから」

呆れた様な彼女の声に、サティは振り返りもせず応える。
ジラは暫くの間、何をするでもなくロビーで寛いでいたが、ふとサティが何の本を訳しているのか、
気になって尋ねた。

 「それって古文書だよね……何が書いてあるの?」

 「教える訳には行きません。
  ジラさんも執行者なら、解るでしょう?」

サティはジラの問いを、引っ掛けと思って受け流した。
禁呪の研究に携わる者は、他者に業務内容を濫りに明かしてはならない。

 「……何の本かって位は教えてくれても良いじゃない」

拗ねた様な口振りからして、ジラにサティを試す意思は無かった様である。
サティは暫しの沈黙後、答えた。

 「若返りの魔法」

 「えっ」

 「ろくな物ではありませんよ」

興味を露に反応したジラを諭す様に、サティは淡々と言った。

365 :創る名無しに見る名無し:2011/07/13(水) 18:54:54.85 ID:gnTBKnZ5
若返りの魔法。
その名の通り、命を若返らせる魔法。
月蝕、新月の日を含む、月の無い夜に、丸一晩を掛けて行われる秘法は、肉体ばかりでなく、
精神までも若返らせる。
古風な魔法らしく、決して他人に若返っている最中の姿を見られてはならないと記されている。
副作用は、体力の急激な衰劣。
後の鍛錬によって取り戻す事は可能だが、若返りたての時点では、独りで歩く事すら儘ならない。
この書は若返りの魔法に関して、もう1つ……重大な記憶障害を起こす可能性を指摘している。
完全なる若返りでは、記憶も当時まで若返るのが、あるべき姿。
精神と肉体は不可分で、肉体のみが若返り、精神に何の影響も及ぼさない事は、あり得ない。
記憶を留めようとすれば、どこかで歪みが生じる。
その結果が、記憶障害なのである。
分類は『変質魔法<フェイタル・メタモルフォシス>』。
『変身魔法』の中でも、元に戻る事を目的としない物を言う。

366 :創る名無しに見る名無し:2011/07/13(水) 19:01:09.87 ID:gnTBKnZ5
魔法暦484年 終末週 5日目(最終日)


解放者の生き残りの一人であるカラミティは、魔導師会の追跡を逃れる為、
その姿を変えなくてはならなかった。
追っ手を振り切った彼女は、第四魔法都市ティナー郊外の林中で、若返りの魔法を実行する。
時は都合好く、年と月と日が変わる夜。
晦日は晦ましの魔法を使うに最も適している。
終末週でも、大都市の街灯りは、星の光を掻き消す程に明るい。
晴天、無月、無星、無人、茫薄光……。
大都市には、自然の中ではあり得ない好条件が揃う。
カラミティは大木の枝上に陣取り、魔法の糸で身を包んで、大きな繭を作る。
闇の中で姿を変え、新しい物として生まれ、明るい光を浴びるのだ。
変身魔法に類する物と似てはいるが、彼女独自の魔法である。
彼女が若返りの魔法を使うのは、これが初めてではない。
もう何度も、この魔法を繰り返している。
勿論、リスクも承知の上。
何の記憶を失っても、決して忘れてはならない大切な記憶だけは留めておく。
師への想い、故郷の思い出、小さな友人、自己の人格、そして……共通魔法使いへの激しい憎悪。
繭の暗闇の中で、赤子の様に蹲り、大切な記憶を思い浮かべ、忘れまいと念じ続ける。
……初日の出と共に、繭を破り、一人の少女が生まれる。
この少女は、最早カラミティという者ではない。

367 :創る名無しに見る名無し:2011/07/13(水) 19:03:38.78 ID:gnTBKnZ5
若返りの魔法に伴う記憶障害とは、何も特定の事柄に関する記憶を、完全に喪失する物ばかりではない。
小さな記憶障害の積み重なりが、思わぬ結果を齎す事もある。
記憶の結び付きの破断――。
火は熱い、冬は寒い。
精神が若返る事で、成長の過程で形成される、そういった当たり前の概念を忘れてしまう事がある。
火と熱いという事、冬と寒いという事、それぞれ単独では覚えていても、それ等の関連性を失うのだ。
そこまで根本的な「記憶の関連」を忘れる事は滅多に無いが、小さな記憶の結び付きなら、
簡単に破壊されてしまう。
例えば、個人の印象、一時的な喜怒哀楽。
友人の顔と名前が合致しなかったり、性格や人柄を忘れていたり、どこで誰と何をしたかは覚えていても、
その時の感情が付随しなかったり……。
事、この少女の物は深刻であった。
共通魔法使いに対する恨みを忘れない為に、共通魔法と憎悪を強固に結び付け、若返る度に、
憎悪の感情のみを引き継ぐ。
これを何度も繰り返した結果、共通魔法使いに善意を受けていても、若返った時には、
その記憶は完全に喪失しており、憎悪だけが色濃く受け継がれて、膨れ上がって行った。
普通、恨みの感情という物は、時が経つに連れ、そして新しい事に出会う度、風化して行く物だ。
それに共通魔法使いとて人である。
何百年もの間、その良い面から目を逸らし続け、憎悪を忘れる事が出来ないのは、
最早精神疾患の一種と言えよう。
しかし、少女は若返りの魔法を、これで正しい物と認識しており、状態を改善する術を持たない。
憎悪を引き継いで恨みを保つ事は、呪詛魔法使いを生み出す方法、その儘である。
彼女が憎悪に呑み込まれ、邪悪なる存在に変貌する日は、そう遠くない。

368 :創る名無しに見る名無し:2011/07/14(木) 20:33:10.02 ID:5zCBGWSD
8月15日 第一魔法都市グラマー 市立中央図書館にて


サティ・クゥワーヴァは失踪の前年、8月15日、休日に、グラマー市立中央図書館へ行っている。
魔法史料館程ではないが、広い図書館内、受付以外に、誰も彼女を見たと言う者はいなかった。
その受付も、はっきりと当時の事を記憶していた訳ではない。
貸出履歴にサティ・クゥワーヴァの名は無く、この日彼女が何の目的で図書館に訪れたのか、
今となっては知る術は無い。
(特に大した目的も無く、暇潰しに訪れた可能性が、最も高いが……)

369 :創る名無しに見る名無し:2011/07/14(木) 20:35:04.70 ID:5zCBGWSD
グラマーの夏は熱い。
空気が乾燥しており、日陰は涼しいが、日向の温度は人の体温を容易に超える。
その暑さたるや直火で炙られるが如く、正に「熱い」との表現が当て嵌まる。
グラマー市立中央図書館は、本の状態管理の為、気温湿度を適度に保っている。
夏の避暑には持って来いの場所なのだが……夏場に出歩くと、不要な汗を掻く事になるので、
図書館の近くか、その傍を通って外出する用事が無い限り、図書館で涼んだりはしない。
それにグラマー市民は格好付けなので、避暑の為だけに図書館に訪れる事を良しとしない。
そんな訳で、夏場の図書館は涼しいが、人が少なく静かなのだ。

370 :創る名無しに見る名無し:2011/07/14(木) 20:36:58.11 ID:5zCBGWSD
この日、グラマー市立中央図書館を訪れたサティ・クゥワーヴァは、受付から最も遠く、
人目に付かない場所にある書架の、影へと移動した。
その書架の側面にあるプレートには、「分類:雑書」の表記。
サティ・クゥワーヴァは天を仰ぐ様に書架を見上げ、二度三度、指先で宙を小突く仕草をした。
すると最上段から、二冊三冊と本が落ちて来る。
それを受け止めて抱え、彼女は手近な席に着いた。
サティが机に積み上げた本の背表紙には――……。

「偉大なる魔導師の行方」
「魔力」
「魔法大戦の真実」
「英雄、その後」
「旧暦の旧人類」
「月の月」
「恐るべき失われた呪文」

表題だけでは判らないが、全部とんでも本の類である。
昨年、一昨年までの彼女なら、絶対に手にする事は無かったであろう類の書物。
それを今の彼女は、真剣に読んでいる。

371 :創る名無しに見る名無し:2011/07/15(金) 21:04:34.77 ID:WFRZy9/a
「偉大なる魔導師の行方」

この本は、『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』について書かれた物である。
グランド・マージは共通魔法を開発したが、それを広めようとはしなかった。
これは啓発活動に参加した史料が無いだけであり、実際の所は判らないのだが、
著者はグランド・マージも、この時代の多くの魔法研究者と同じく、庵に籠り、
共通魔法の研究だけに明け暮れたと推測している。
魔法大戦でも最初と最後の締め括りを行ったのみで、古の賢者達との戦闘で活躍した記録が全く無い。
そこから著者は、グランド・マージの目的は一貫して、共通魔法を究める事だけにあり、
魔法大戦や高弟達の啓発活動は、本人にとっては副次的な物に過ぎなかったとしている。
魔法大戦で高弟達に仕方無く協力した後、グランド・マージは真に研究だけに没頭する為、
誰もいない禁断の地に残った。
この本は、そう結論付けていた。
内容だけを聞けば、そんなに無理の無い話の様だが、この書が受け入れられなかった理由は、
グランド・マージを徹底して自己中心的な人物と描き、高弟達の存在を疎ましくすら思っていたと、
邪推している点だろう。
グランド・マージが共通魔法の研究に集中していたのは事実だが、啓発活動を行わなかった理由は、
興味が無かったからではなく、完全な分担作業による結果という認識が、今日では一般的である。
旧制に対する不満が高まっていた当時、革命を起こすには、民衆の力と魔法の力を合わせる必要があり、
両者の内どちらか一方が欠けてもならなかった。
当時の共通魔法は未だ種類が少なく、魔法として未発展だったが、形になるのを待っていては、
民衆の改革に対する熱が冷めてしまいかねない。
その為、新しい共通魔法の開発と啓発活動を並行して進めなければならなかった。
その点を無視して、グランド・マージを自己中心的人物と認定し、高弟達の敬愛を一方的な物とする事は、
共通魔法使いには到底受け入れ難い。
故に、とんでも本である。

372 :創る名無しに見る名無し:2011/07/15(金) 21:05:25.12 ID:WFRZy9/a
「魔力」

この本は、「魔力の正体」について書かれた物である。
旧暦に法力、精霊力、呪力など、様々な名で呼ばれていた魔力。
しかし、この本は魔力と他の力を完全に区別している。
それぞれは全く別々の力で、魔力は旧暦には殆ど存在していなかったと主張。
魔力は魔法大戦、魔法の世界によって齎された物であるとし、世界中に満ち溢れた魔力によって、
大戦後の生物が魔法を使える様になったとする説。
陸地の9割9分が海に沈んだのも、魔力が人の制御量を超えて氾濫した為としている。
しかし、魔力競合状態の発見によって、この説は棄却された。
今となっても、この主張を続ける物は、とんでも本の謗りを免れない。

373 :創る名無しに見る名無し:2011/07/15(金) 21:07:11.94 ID:WFRZy9/a
「魔法大戦の真実」

この本は、魔法大戦という大戦争が行われた事を、真っ向から否定する書である。
海底火山の大噴火で、唯一大陸が浮上し、それに伴う大規模な地殻変動の為、陸地の殆どが海に沈み、
争いも何も起こる余地は無かったとしている。
この天変地異に、魔法は全く関係無いとまで言い切っている。
旧暦の大都市は、全て平地にあった為、この大災厄から逃れる事が出来ず、当時の権力者は、
市民諸共に全滅。
迫害され、隠れ住んでいた者(即ち共通魔法使いを含む当時の弱小勢力)だけが生き残ったと言う。
一見現実的で有力に見える説だが、魔法大戦について、共通魔法使い以外の魔法使いの証言、
更には古の賢者達の裔子の存在が確認された事により、否定される。
この主張の根強い支持者は、「魔法大戦の証言者は、ニャンダカ神話を語る妖獣の様に、
物語に沿って歴史を作り出し、記憶を改竄した、誇大妄想家である」と主張する。
しかし、立場の異なる様々な人物の数々の証言を、全て妄想で片付けるには無理があるので、
とんでも本に分類される。

374 :創る名無しに見る名無し:2011/07/16(土) 19:01:36.91 ID:/mdcfugc
「英雄、その後」

この本は、魔法大戦の英雄である六傑と、8人の高弟の、その後を記した物である。
それだけなら、とんでも本とは言われなかった。
晩年の詳細が明らかになっている者に関しては、正確な情報が揃えられている。
問題は没年没地不明者の扱い。
行方を晦ました者達は全員、偉大なる魔導師を追って異世界に旅立ったとしている。
その異世界が、どこであるとは明言していない。
結論ありきで、偉人達の生前の些細な言葉を拾い上げ、都合の良い様に解釈しているので、
一体何を以って、その様な結論に至ったのか、常人には理解し難い。
全体的に、史料に基づいた推察より、想像の占める割合が大きく、お世辞にも論理的とは言い難い。
紛れも無い、とんでも本である。

375 :創る名無しに見る名無し:2011/07/16(土) 19:02:35.29 ID:/mdcfugc
「旧暦の旧人類」

この本は、旧暦の人間について書いた物である。
旧暦の人間は、後の魔法暦の人間と明らかに違う存在であると、主張している。
それは人種の違いではなく、生物として根本的に違うとまで言い切っている。
旧暦の魔法使いは、魔力を自身の体内に蓄える術を持っており、大量の魔力を宿した者が、
力ある魔法使いと認められていた。
いや、魔力を蓄える術ではなく、この本によれば、そういう機能を備えていたのだ。
しかし、旧暦には魔法資質という概念が無く、魔力を持つ者しか魔法は使えないと思われていた。
故に、魔法を使えるのは魔法使いだけであり、旧暦の魔法使いは特権を持っていた。
この虚構を打ち砕いたのが共通魔法。
魔力が人体に宿るというのは、古い理論である。
それに旧暦の人間が、生物として魔法暦の人間と全く異なる物なら、
初代八導師や六傑の子孫が残っている事に、説明が付かない。
やはり、とんでも本である。

376 :創る名無しに見る名無し:2011/07/16(土) 19:05:33.16 ID:/mdcfugc
「月の月」

この本は、唯一大陸が海の底から浮上したのではなく、空から落ちて来たとしている。
旧暦の月には、月の月とも言うべき衛星が一つあり、それが地上に落ちて来て魔法大戦が始まり、
後の唯一大陸となったとする説。
魔法大戦が隕石の落下から始まったとする説は、数多くある。
偶然に落ちて来たとするより、隕石を落とす魔法を詠唱した結果であるとする物が、中でも有力。
しかし、その多くは遠方から来た彗星としている。
旧暦には、現在では未確認の星が多く記録されていたが、その実態は殆ど解っておらず、
月の月に関しても、そんな物があったとは言い切れない。
逆に無かったと言う事も出来ないのだが、魔導師会による地質調査から、少なくとも唯一大陸は、
海に沈んでいた物が浮上したと判明しているので、仮に月の月なる星が落ちて来たのだとしても、
それが唯一大陸になったとする主張は誤りである。
詰まり、とんでも本。

377 :創る名無しに見る名無し:2011/07/17(日) 21:13:24.22 ID:fAqqvJnt
「恐るべき失われた呪文」

この本は、魔法大戦で使用された「壊滅的破壊力の失われた呪文」について記した物である。
呆れた事に、著者は史料にある失われた呪文の記述から、最大解釈と拡大解釈を繰り返し、
魔法大戦は世界の在り方を変える為の、破壊と創造の儀式的闘戯だったとしている。
旧い世界法則の廃棄、新世界の孵化、それこそが魔法大戦であり、皮肉とも取れる大仰な描写は、
決して冗談ではなく、寧ろ現在の解釈は、魔法大戦を矮小化し過ぎていると指摘。
魔法大戦は人の想像を絶する物で、それを現在の常識で推し量る事は不可能と断じる。
しかし、これは魔法大戦の神格化、神聖化に他ならない。
この様な態度は、現在の共通魔法社会では最も嫌われる物。
正しく、とんでも本である。

378 :創る名無しに見る名無し:2011/07/17(日) 21:16:12.10 ID:fAqqvJnt
これ等の書物に共通するのは、一度完全に否定された後、再び登場した点である。
古い時代に初めて発表された物ならば、「そういう考えも当時はあった」で片付けられるが、そうではない。
雑書に分類されている時点で推して知るべし。
全て平穏期になってから出版された物。
似非専門家が発表し、目新しい物を求める人々の間で話題になり、専門家に否定され、
すっかり忘れ去られた頃に、また話題になる。
何度も繰り返された事だが、知識の浅い者が読めば、あっさり騙されてしまう――いや、
騙されると言うのは適切ではないだろう。
著者には騙す意思が無かったかも知れない。
半端な知識をひけらかす様になるという意味では、「洗脳される」、「気触れる」と言った方が正しい。

379 :創る名無しに見る名無し:2011/07/17(日) 21:16:51.52 ID:fAqqvJnt
サティ・クゥワーヴァは、全ての本を一通り流し読みした後、まともに読み返す事をせず、
傍らに積み上げて、独り頭を抱えた。
彼女には、これ等の書物を著した者の心情が、全く理解出来ない。
本気で信じているのか、意図的に誤った知識を広めようとしているのか、それとも間抜け騙しの一種か?
しかし、最も悩ましい事は、これ等の書物の内容が、部分的にでも真実であるかも知れないと、
彼女自身、思い始めている事であった。
人並みの思考力と読解力があるなら、不完全な理論を認めはしないし、況して広めようとは思わない。
それでも信じられる理由があるとすれば、それは実体験――――。
この日から約5月後、サティ・クゥワーヴァは失踪する。

380 :創る名無しに見る名無し:2011/07/18(月) 20:00:13.13 ID:4L6NTGQo
復興期の間は、未だ共通魔法が広まっておらず、護身用に武器を持つ者がいた。
開花期になり、魔導回路が発明されてからは、魔導機の武器(魔導武器)が広まった。
平穏期になると、魔導武器は一部を除いて廃れるが、現在でも職業によっては、
魔導武器を使用する所がある。
中でも、短刀、杖、鞭の魔導武器は、魔導三具と呼ばれ、特別な扱いを受けている。
逆に、長剣、長槍などの重い武器は不遇。
単純に破壊力を高めるなら、重い武器が強いのは事実。
それに大きい武器には、より多くの呪文を刻む事が出来る。
しかし、重量の大きい武器に刻まれた呪文は、その殆どが武器を扱う技術の補助に用いられる。
腕力自慢でもない限り、魔力状況によっては重いだけの荷物になるので、余り意味が無い。
魔法効果を期待するなら、軽量で幅広の儀式用の物が好まれる。
現在の共通魔法社会には、どれだけ小さな力で、より大きな物を動かせるか、
柔よく剛を制すの思想が「蔓延」しているので、重量武器は敬遠される。
この事から、巨大な魔導武器を振り回す者は、余程の能力者でない限り、単純に馬鹿扱いされる。

381 :創る名無しに見る名無し:2011/07/18(月) 20:00:40.47 ID:4L6NTGQo
どれだけ小さな力で、より大きな物を動かせるか?
それは魔法の哲学その物である。

382 :創る名無しに見る名無し:2011/07/18(月) 20:23:45.59 ID:4L6NTGQo
第五魔法都市ボルガ ドッガ地区


巨大な重量魔導武器を製造している鍛冶屋が、このドッガ地区にある。
実際に振り回しはせず、専ら室内に飾る事が目的の物だが、しかし、全く使えない訳ではない。
相応の腕力と魔法資質があれば、冒険物語の英雄の様に、自在に使い熟せる。
この鍛冶屋は、壁に飾る物ばかり造っているのかと言うと、そうではない。
海獣漁に使う、巨大な銛、槍、断刀も、ここの鍛冶職人が造っている。
切れ味鋭く、軽く振り回せ、魔法効果を持ち、錆びに強い――そんな無理難題をどうにかクリアしようと、
職人は日々試行錯誤を繰り返している。

383 :創る名無しに見る名無し:2011/07/18(月) 20:27:10.19 ID:4L6NTGQo
ある鍛冶屋にて


何人もの職人が、汗を流し、鉄を打つ。
その鍛冶工房の軒先で、旅商の男ラビゾーは、鍛冶屋の店長と話をしていた。
四十路の中年男である鍛冶屋の店長は、鍛造技術を持たない。
彼は飽くまで商売人。
職人を纏める者には、技術の確かな年配の工場長が別にいる。
ラビゾーは店長に、白い布で丁寧に包んだ、拳大の固形物を手渡した。

 「これ、例の物です」

 「おお、有り難う。
  高い高いと言っていたが、一体どの位で手に入ったんだ?」

それを受け取った店長は、こっそり布の中身を検めながら、彼に尋ねた。

 「いえ……、そんなには……」

 「対価を支払うと言っているんだ。
  安価で手に入れるのも、それなりに苦労したんだろう?」

はっきりしない態度のラビゾーに、店長は苛立ちを露にする。
ラビゾーは困った顔で言った。
右手の人差し指と中指を立て、恐る恐る。

 「じゃあ……に、20万で」

 「桁が1つ違うんじゃないか?」

 「じゃあ……8、いや……7?
  ……5万?」

 「……何故値段を下げる?
  まさか紛い物じゃないだろうね」

 「ほ、本物ですよ!」

ラビゾーは色を成したが、店長は不機嫌な儘だった。

384 :創る名無しに見る名無し:2011/07/18(月) 20:30:40.89 ID:4L6NTGQo
店長は商売人として、ラビゾーの事が嫌いだった。

 「……そうだな、本物だ。
  後ろめたい事が無ければ、相応の額を要求してくれ。
  相場を知らない訳じゃないんだろう?
  物には物の価値があって、正当な対価を支払わないと、後で面倒の元なんだよ」

本当に面倒な事になるとは思っていない。
理由は後付け。
店長は誠実な商売人の積もりである。
そのプライドが、ラビゾーの態度を許せないのだ。

 「盗んだ訳じゃありませんし、後で訴えたりもしませんよ」

店長はラビゾーの釈明を無視する。

 「もういい、こちらから額を提示しよう。
  150万で、どうだ?」

ラビゾーは真顔で堂々と言う。

 「お気持ちは嬉しいんですが、駄目です」

 「何だと!?
  馬鹿じゃないのか!?」

予想外の答えに、店長は思わず、失礼な事を口走ってしまった。
高額に遠慮しながらも、素直に受け取る物とばかり思っていた。

 「……分かった、こうしよう。
  君が要求する最高金額を聞こうじゃないか」

ラビゾーは低く唸って腕を組み、考え込む。

385 :創る名無しに見る名無し:2011/07/19(火) 20:19:22.88 ID:FfbcmjaB
そして2点も費やした結果、彼は言った。

 「100……だと多いので、はち……ろく、あー、……50!
  50万、50万なら」

店長は大きな溜め息を吐き、怒気を孕んだ調子で尋ねる。

 「どうして、また値段を下げた?」

 「えー、60万か70万か80万で悩んだんですが、切りが悪かったので」

 「それなら80万と言え!
  あのな、うちは別に貧乏してる訳じゃないんだ。
  君が百万か幾ら要求した位で、どうこうなる様な情け無い経営はしていない。
  勿論、将来どうなるかは判らないが、そうなったらそうなったで、しっかり値切らせて貰う。
  変な遠慮はしなくて良い!」

ラビゾーは、へらへら笑って応える。

 「僕も今の所、そんなに困ってないんで」

店長は大きな大きな溜め息を吐いた。

 「……君みたいな人は、偶に見掛けるよ。
  子供の頃、裕福で何不自由しない暮らしをして来たんだろう?
  だから物の価値が分からない。
  恵む気持ちで、簡単に物を上げてしまう。
  それは清貧とか無欲じゃなくて、異常だ」

怒り収まらぬ店長は、続けて言う。

 「良いか?
  うちは経営に困っている訳じゃない。
  仮に困っていたとしても、正当な対価を受け取らないのは、商売人を侮辱しているのと同じだ。
  商売を否定する行為、冒涜だよ」

 「はは……色んな人に同じ様な事を言われました。
  でも、僕は旅の身ですから、余り大金は持ち歩きたくないんですよ。
  大金を持っているって意識があると、どうしても落ち着かなくて」

ラビゾーも頑固である。
両者共、意地を張り合い、譲らない。

386 :創る名無しに見る名無し:2011/07/19(火) 20:22:06.64 ID:FfbcmjaB
こんなに馬鹿みたいな争いは、そうそう無いだろう。
店長は拳を固く握り締め、自棄気味に言葉を吐いた。

 「こいつ……!!
  あー、分かったよ!!
  金でなければ良いんだな!?」

ラビゾーの事は、個人的には嫌いではない。
ただ商売人として許せないのだ。

 「ええ、まぁ……」

 「現金80万!
  それと店にある物、何でも良いから持って行け」

 「あの……50万で良いんですけど……」

 「80万にしろ!!
  それと店にある物だ!
  解ったな!?」

 「は、はい……」

気圧されたラビゾーは、店長に言われる儘、商品が並べてある工房内に入った。

387 :創る名無しに見る名無し:2011/07/19(火) 20:25:58.96 ID:FfbcmjaB
旧暦の重甲冑。
1身以上の長刀。
機巧用の撃ち出し銛。
工房内に整然と並べられた武具は、とても魔法無しでは扱えない様な物ばかりが揃っている。
どれを持って行けと言われても、旅人のラビゾーは確実に持て余すだろう。
彼が呆然と突っ立っていると、店長が小刀を何本か持って来た。

 「全部くれてやっても良いんだが……」

 「そんなにあったら嵩張って敵いませんよ」

店長は舌打ちして、1本の装飾刀を差し出す。

 「これが一番高い奴だ」

鞘と柄に宝石が埋め込まれた、金色の短刀。
わざわざ口には出さなかったが、実は売値500万MGの宝剣である。
それを知ってか知らずか、ラビゾーは首を横に振った。

 「……僕には無用の物です」

 「実用的なのが好みなら、こういうのがある」

店長は次に、刀身1歩の小刀を抜いて見せる。

 「独り旅は危険だろう?」

銀色に輝く刃が、鋭利さを強く印象付ける。
対人を想定して造られた物だ。

 「そ、そんな危ない物は使えませんよ」

 「成る程、人を傷付ける物は嫌だと言うんだな?
  それなら……護刀は?」

 「護身の道具は、間に合ってますんで……」

 「投げナイフ」

 「使いませんって……」

その後も店長は百万弱から数百万MG程度の品を見繕い、あれやこれやと薦めたが、
何を持ち出してもラビゾーは不満気で、愛想笑いを浮かべるだけだった。

388 :創る名無しに見る名無し:2011/07/20(水) 19:19:00.12 ID:votDh4tI
時間は食われるし、態度は優柔不断だしで、好い加減、店長はラビゾーに付き合い切れなくなっていた。

 「早く決めてくれないか?
  もう何でも譲るから……さっさとしないと、適当に要らない物を押し付けるぞ」

 「そ、それは困ります……」

ラビゾーは悩んだ。
高い物を要求するのは、気が引ける。
適当に安い物で済ませようとすると、怒られる。
全く欲しい物が無いと言うのも失礼だ。
お互いにとって、それなりに価値がある物を選ばなくてはならない。

 (……そうだ、何も今ある物を選ばなくても良いんだ)

ラビゾーは、この場を乗り切る方法を閃いた。

 「それじゃ、こうしましょう。
  オーダーを受けて貰えますか?」

 「ほう……どんな?」

店長は興味深そうに尋ねる。

 「僕が欲しいのは大型の『魔導盤<スペル・ディスク>』です。
  『円盤<ディスク>』と言うより、『大円盾<ラージ・ラウンド・シールド>』ですかね?
  この呪文が記された――」

ラビゾーはコートの内ポケットからメモ帳とペンを取り出すと、文様を描き始めた。

389 :創る名無しに見る名無し:2011/07/20(水) 19:20:40.38 ID:votDh4tI
ラビゾーから手渡されたメモ紙を見た店長は、難しい表情をする。
描かれた文様は複雑で、見た事も無い物だった。

 「これは……?」

 「魔力を寄せるA3C5H1の文様です」

 「禁呪じゃないよな?」

見慣れない呪文を警戒するのは、当然である。

 「昔、魔法学校の教科書に載っていた奴なので、大丈夫ですよ。
  授業では教わりませんでしたけど……」

 「どういう意味だ?」

店長の質問に、ラビゾーは得意になって言う。

 「『失われた呪文<ロスト・スペル>』って事です。
  A3C5H1は逆変換の魔法。
  魔力を使って現象を起こすのが魔法なら、A3C5H1は現象から魔力を回収する呪文です。
  発明当初は、魔力不足を解決する重要な魔法として注目されていましたが、変換効率が悪い上に、
  見ての通り複雑な文様ですから――」

 「はいはい。
  そんで、どんな風に仕上げれば良いんだ?」

話が長くなると思った店長は、ラビゾーの薀蓄を遮った。

390 :創る名無しに見る名無し:2011/07/20(水) 19:21:26.72 ID:votDh4tI
知識を披露させて貰えなかったラビゾーは、残念そうな顔をしたが、一つ咳払いをして気を取り直し、
店長の問いに答える。

 「……この文様は手描きですから、形が崩れています。
  魔導盤に写す時は、正確に描いて貰いたいので、後で詳しく説明させて下さい。
  それで、この魔導盤は円盾みたいにして欲しいんです。
  いや、本当に盾にする訳じゃなくて……腕に着けられる様に。
  それで、軽くて、頑丈で、天候の変化に強くて、文様が削れたりする事が無い、長持ちする奴を」

店長は「注文が多いな」と思いながら聞いていた。
面倒な要求ではあるが、ラビゾーが本当に欲しい物を言った事に、嬉しさ半分。

 「……無理ではないが、今日明日で出来上がる物じゃないぞ?」

 「解っています。
  来年か、再来年に完成していれば――」

 「そんな好い加減では困る。
  期限を切って貰わないと」

 「あー……では、来年の今日、取りに来ましょう」

 「確かに引き請けた」

やっと店長は笑顔を見せる。
ラビゾーは小さく安堵の息を吐いた。

 「その時は、また珍しい金属とか鉱石を持って来ますよ」

 「良い物があったら、適正価格で買い取らせて貰おう」

これにて漸く、奇妙な譲り合いは終わったのだった。

391 :創る名無しに見る名無し:2011/07/22(金) 20:56:34.22 ID:jJLzBDKc
「妖獣に姿を変えられた?」

「はい。変身系の魔法の様ですが……」

「現物を見ない限りは何とも言えんな」

「では――」

「チッ」

「人助けと思って……そう嫌な顔をしないで下さいよ」

「知った事か」

「お願いしましたよ」

392 :創る名無しに見る名無し:2011/07/22(金) 20:57:10.05 ID:jJLzBDKc
7月15日 エグゼラ地方南部の都市ルブランにて


夏だと言うのに肌寒い風が吹く、北方晴天満月の夜、この都市で魔法儀式が行われようとしていた。

 「本当に元に戻せるんですか?」

 「迷いは失敗の元だ」

不安気に尋ねて来た市民に、魔導師は冷淡に対応する。
悄気返る市民を見て不味いと思ったのか、少しだけフォロー。

 「一心に想え。
  それが何よりの導となる」

ルブラン市の中央広場に集まった、大勢の市民と魔犬。
ここにいる魔犬は、ペットでも使い魔でもない。
歴とした人間……いや、「元」人間である。

393 :創る名無しに見る名無し:2011/07/22(金) 20:58:07.31 ID:jJLzBDKc
今年5月初めに、ルブラン市は妖獣群の襲撃を受けたが、何とか撃退に成功し、
周辺の妖獣駆除も済ませた。
市民生活は平穏を取り戻したかに見えたが、重大な問題が一つ残っていた。
妖獣群を率いていた巨獣の魔法で、魔犬と化してしまった者達の扱いである。
その極一部には、人だった頃の記憶を保っている者(物?)、それに加えて人語を喋れる者もいたが、
多くは少し賢いだけの魔犬に成り下がっていた。
この類の魔法では、術者が死ぬか、呪いを解くかしない限り、その儘という事が多い。
時間経過で解ける可能性もあるが、何時になるか分からないのに、何時までも待つ事は出来ない。
そこで、魔導師会に協力を仰ぎ、この類の魔法に詳しい研究者を象牙の塔から呼び寄せ、
解呪を試みたのである。
魔導師会から派遣された研究者の中には、カーラン博士の姿もあった。

394 :創る名無しに見る名無し:2011/07/22(金) 20:59:00.59 ID:jJLzBDKc
相も変わらず、カーラン博士は不機嫌だった。
眉間に皺を寄せ、儀式を執り行う集団から距離を置いて、独り傍観。

 「上手く行きますでしょうか?」

 「無能ではあるまいよ」

助手の問い掛けにも、素っ気無い。
カーラン博士の場合、それが普通なので、一見不機嫌そうで、実は違う事がある。
機嫌の悪い時と、平常時の違いは、親しい者でなければ判別し辛い。
付き合いの浅い者は状況によって、彼の心情を推察するしかない。
しかし、カーラン博士の心理は、非常に易しい。
どんな理由であれ、自身が行っている禁呪の研究を中断させられると、機嫌が悪い。
それが無駄足だった時は、更に機嫌が悪くなる。
今回は後者だった。

395 :創る名無しに見る名無し:2011/07/22(金) 21:00:26.51 ID:jJLzBDKc
変身系の魔法を解く方法は、共通魔法にもある。
難度は高いが、医療魔導師になる為には必修の魔法であり、当然、医療魔導師ならば使用可能で、
然して珍しい物ではない。
では、何故に禁呪の研究者が出向く事態になったのかと言うと、一月前に奇妙な合成獣が数体、
象牙の塔に持ち込まれた為である。
それはルブラン市周辺で執行者が発見した物。
カーラン博士を含む、象牙の塔のB級禁呪研究者が見分した結果、これ等の合成獣は、
共通魔法でない変身系魔法を、何重にも掛けて、生み出された物と判明する。

 「元人間の痕跡がある物と、無い物に分かれるな……」

加えて、人間を素材に合成した物が数体含まれている事も明らかになった。

 「これは酷いぜ」

研究者の1人は、低く呟いた。
術式が簡易であるにも拘らず、変身系の魔法による合成が自然に解除されないのは、
簡易な紐の結びを何重にもして固く縛る様に似るが、そればかりが理由ではない。
本来は紐を結ぶが如く、変身系の魔法も、解ける掛け方をする物だが、その結び目に相当する、
魔力の痕跡が焼き付いている。
膨大な魔力で、被術者の意に沿わない強引な合成をした証拠である。

 「方法は単純で乱暴ですが、野生の妖獣の仕業とは、とても思えませんな。
  ……と言って、使い魔でもあり得ない。
  外道魔法使い……ですかね?」

 「それにしても不細工だ。
  相当焦っていたのか、それとも単に知識が浅かったのか?」

 「妖獣群を率いていたと言う……ナントカって巨獣?
  そいつが外道魔法使い?」

 「判らん。
  心測法を行おうにも、こう改変されていては……」

研究者達は、非常に強力な麻酔で眠らされている合成獣を見下ろし、意見を出し合う。

396 :創る名無しに見る名無し:2011/07/22(金) 21:01:42.87 ID:jJLzBDKc
それを黙って傍観していたカーラン博士は、何を思い立ったのか、矢庭に合成獣を触った。
彼の奇行に気付いた研修者の1人が、声を掛ける。

 「あっ、カーラン博士……何を?」

 「検体は他にもあるんだろう?
  深部心測法の後、分解する」

分解とは解剖手術ではなく、魔法を解いて合成獣を元に戻す作業の事。
他の研究者達は、苦笑いを浮かべて応える。

 「いやいや……他にあるったって、これは人の――」

 「どうせ助かる助からないは確率だ。
  お為ごかしは必要あるまい」

普通の感覚では、信じられない発言。
研究者達が分離作業に慎重なのは、上手く人の部分を復元する自信が無いからである。
人命が懸かっている上に、失敗する確率が高いので、おいそれと手を出せないのだ。
しかし、カーラン博士の一言で、研究者達は手の平を返した。

 「そうですね。
  数ありますし、失敗したら、その時その時で」

合成獣にされた人を助ける義務は無いと、思い直したのである。
それは雨の日に不急の外出を取り止める心境。
カーラン博士に指導力や人望があった訳ではない。
禁呪研究者は全員、似たり寄ったりの思考なので、倫理や道徳を期待してはいけないのだ。

397 :創る名無しに見る名無し:2011/07/22(金) 21:03:13.50 ID:jJLzBDKc
禁呪研究者達は手を尽くしたが、合成獣を造り出したのが謎の人物である事、
合成獣は「妖獣」と「魔犬へと姿を変えられた人」の合成である事、
そして、その魔法は共通魔法ではない事以外、新たに判明した事実は無かった。
謎の人物について以外は、既に予想されていた物であり、目新しい情報ではない。
一方、分解作業の方は全て成功。
……とは言っても、飽くまで分解に成功したというだけで、完全な状態に復元出来た訳ではない。
取り敢えず人の形には戻せたが、記憶まで元に戻っている保障は無い。
そう言うと悪く聞こえるが、実は人の形に戻すだけでも、大変な作業なのである。
それが全て成功したのは、カーラン博士の協力があったからと言える。
彼にとって、肉体の復元作業は『枯れ鉱脈<マインド・アウト・ロード>』。
ある事情から、嫌と言う程、知り尽くしている。
肉体の復元に必要な魔力制御技術は、優秀な魔法資質と豊富な実践経験の為せる業であり、
余人に真似の出来る芸当ではない。
しかし、本人は卓抜した魔法技術を優越とも何とも思っておらず、寧ろ早々に、
自分以上の技術を持った者が現れる事を待ち望んでいる。
それは決して後継者を探しているのではなく、今回の様に、自分の研究を一時中断してまで、
呼び出しに応じなくてはならない回数を減らす意味で――。

398 :創る名無しに見る名無し:2011/07/22(金) 21:06:10.33 ID:jJLzBDKc
ルブラン市襲撃で、合成獣と同様に、外道魔法によって、魔犬へと姿を変えられた人々。
これを元に戻すには、相当の困難が伴うに違い無い。
そう予想した魔導師会により、B級禁呪研究者の一部は、ルブラン市へ派遣された。
しかし、人を妖獣化させる為に使用された外道魔法は、そう複雑でも難解でもなく、
確かに、禁呪研究者による多少のサポートは必要だったが……。
カーラン博士の出陣は、空振りに終わった。
彼が不機嫌なのは、その為である。

399 :創る名無しに見る名無し:2011/07/22(金) 21:11:01.73 ID:jJLzBDKc
……ともあれ、それは良い事。
都市が形造る魔法陣の中心、天高く昇った満月に照らされ、少々耳障りな呪文が詠唱される中、
ローブを着せられた数多の魔犬は、月に向かって最後に遠吠え、次々と人の姿に戻って行く。
家族、親族、知人、友人が元に戻って、再会を喜ぶ者、人(犬?)違いに慌てる者。
中には元に戻れなくて困っている者も少数あったが……一応、魔法儀式は成功と言えた。
人の姿に戻れなかった何人かの者には、後日、医療魔導師が別個に対応する。
こうしてルブラン市の人々は、漸く日常を取り戻したのであった。

400 :創る名無しに見る名無し:2011/07/22(金) 21:11:28.33 ID:jJLzBDKc
最後に残った謎。
合成獣を造った「謎の人物」と、人を魔犬に変えた「巨獣」。
その変身系魔法の痕跡は、非常によく似ていた。
しかし、どちらの遺骸も無し。
関係性も明確ではない。
妖獣討伐隊の報告では、「ナハトガーブ」なる巨獣は死亡した可能性が高いとあるが、未確認情報。
どこかで生き延びている可能性も捨て切れない。
魔導師会は警戒を強める。
外道魔法使い、「妖獣ナハトガーブ」。
真相を知る者は1人……。

401 :創る名無しに見る名無し:2011/07/23(土) 20:55:28.37 ID:xIS+PbMr
時は魔法暦120年、開花の勢いに任せて、地方魔導師会の横暴あり。
所はティナー、タワー市で、ブリンガー・ディアス平原より、不法低賃金で金鉱労働者を雇う、
セッソン商会なる悪徳業者あり。
ティナー魔導師会の委員、ドッベーガー・バッハルの庇護の下、悪行の限りを尽くす。
闇が蠢くタワー市に、旅の男女が訪れた。
男の名はシューヴァーン、女の名はシストガ。
その正体は、噂を聞き付け赴いた、八導師が親衛隊「世直し組」。
魔導師会の頂点、八導師の名の下に、世直し組が悪を討つ。

402 :創る名無しに見る名無し:2011/07/23(土) 20:55:59.87 ID:xIS+PbMr
「世直し組」とは、現在でも根強い人気を誇る、勧善懲悪の物語である。

403 :創る名無しに見る名無し:2011/07/23(土) 20:56:48.58 ID:xIS+PbMr
第四魔法都市ティナー中央区 ティナー中央市民会館にて


魔力で人形を操るマリオネットは、娯楽魔法競技の一だが、演劇でも用いられる。
所謂、人形劇である。
時代が進むに従って、人形は精巧になり、表情、動作、どれも人と変わらなくなった。
人が役を演じる劇と違って、人件費が掛からない点、人形にしか出来ない芸当もあり、
マリオネット演劇には独自の人気がある。
この日、ティナー中央市民会館の大ホールでは、マリオネットによる演劇が行われていた。
午前の演題は「復讐鬼の最期」。
元は「世直し組」の一節、「タワー市の復讐鬼」を、演劇にした物である。

404 :創る名無しに見る名無し:2011/07/23(土) 21:07:55.60 ID:xIS+PbMr
時は魔法暦120年、場所はティナー地方タワー市。
セッソン商会は、出稼ぎの若者を集め、不当に安い賃金で、金鉱を採掘させていた。
セッソン商会の金鉱採掘の労働環境は劣悪で、過労死する者まで出る有様だったが、
魔導師会や市民警察が手が出せないのは、大物魔導師ドッベーガーの存在が故。
そのセッソン商会の上役を次々と殺害して、タワー市を恐怖に陥れた殺人鬼バンフォズ。
セッソン商会の悪行は市民に広く知れ渡っていたので、市井では一連の殺人事件も、
商会に何か恨み持つ者の仕業だろうと、影で噂されていた。
バンフォズは騒動を起こす度に追われるが、彼は優れた共通魔法使いで、
市民警察と商会の用心棒が手を組んでも、なかなか捕まらなかった。
そこに世直し組の2人が現れ、バンフォズ逮捕に成功する。

405 :創る名無しに見る名無し:2011/07/23(土) 21:08:51.01 ID:xIS+PbMr
所が、世直し組の2人は、セッソン商会にバンフォズの身柄の引渡しを強要され、不信感を抱く。
世直し組の2人は、バンフォズに正体を明かし、彼の信用を得て、セッソン商会の悪行の数々、
そしてバンフォズがセッソン商会を攻撃した理由を聞き出した。
バンフォズは市民警察マルワーク・イズの子、バンフォズ・イズで、マルワークはセッソン商会の悪行と、
ドッベーガーとの関係を公にしようとしたが、商会の雇った暗殺者によって妻と共に殺害された。
バンフォズは己の行いを、憂さ晴らしや逆恨みではなく、両親の仇討ちだったと涙ながらに告白する。
真実を知った世直し組の2人は、バンフォズと共に、セッソン商会とドッベーガーの密会現場を押さえ、
これまでの悪事を白日の下に晒した。

406 :創る名無しに見る名無し:2011/07/23(土) 21:18:49.09 ID:xIS+PbMr
この密会現場に飛び込んだ際の大立ち回りが、「世直し組・タワー市の復讐鬼」最大の見所なのだが、
焦点をそこではなく、話を締め括る場面、無法者バンフォズを裁いた後のシーンに当てたのが、
演劇「復讐鬼の最期」である。
バンフォズは裁判で重い罪に問われたが、先ず行動すべきだった市民警察と魔導師会が、
巨悪を見過ごしていた事、そして当人に復讐に足る十分な理由があった事から、
情状酌量すべきと判断され、執行猶予付きの寛大な処置で済まされた。
開花期だから通った道理である。
しかし、彼は平穏な暮らしに戻る事を諦め、自害する。
バンフォズの遺書には、これまで仇討ちの積もりで行ってきた、数々の罪に対する懺悔と、
世直し組の2人への感謝の言葉が綴られていた。

407 :創る名無しに見る名無し:2011/07/23(土) 21:20:15.14 ID:xIS+PbMr
「世直し組・タワー市の復讐鬼」は、事実を基にした話とされているが、バンフォズ、マルワークを始め、
主要人物の中、数人は実在した記録が無い。
ドッベーガーなる魔導師会の人物が、セッソン商会に付いて、金の占有権争いに噛んでいたのは、
事実と判っているので、全くの創作ではないにせよ、一部については話を盛り上げる都合で、
好き勝手に脚色した疑いがある。
それでも勧善懲悪物の代表とも言える「世直し組」の話にしては珍しく、「タワー市の復讐鬼」は、
後味の悪い締め方で、故に「復讐鬼の最期」といった派生作品が登場する事となった。
善悪とは何か、正義とは何かを考えさせられる作品として有名ではあるが、肝心の本編では、
敵役のバンフォズ商会を徹底した悪と描いているだけに、とにかく気分の良くない話である。
子供向けの芝居では、最期の結末を省略した話が、よく見られる。

408 :創る名無しに見る名無し:2011/07/24(日) 21:07:09.06 ID:gi5LzLoV
バンフォズが自殺した後、世直し組の2人に彼の遺書が届く。
それを読んだシューヴァーンは沈黙。
シストガが「どうして……?」と呟き、劇は幕を閉じる。
何とも言い難い、暗く重苦しい空気を残して、午前の劇は終了。
観客は外の空気を吸いに、ぞろぞろと大ホールを後にする。

409 :創る名無しに見る名無し:2011/07/24(日) 21:11:29.25 ID:gi5LzLoV
その中に、ある一組の男女がいた。

 「陰気臭い話……こんなの観て誰が喜ぶの?
  あ〜あ、外れ籤を押し付けられた気分だわ」

やれやれと肩を竦める彼女に、連れの男が言う。

 「確かに面白いって感じの劇じゃないけど、そこまで言わなくても……」

 「はぁ……午後の劇は、もう少し楽しく観れる物なんでしょうね?」

 「僕に言われても困る」

女は知り合いからマリオネット演劇のチケットを貰ったのだが、彼女はマリオネット演劇を、
どういう物か知らなかったので、親しい男を誘って、こうして様子を見に来たのだ。

 「あのさ……どうしてバンフォズは死んだの?
  全然理解出来ない」

女は劇の内容が相当気に入らなかった様で、不満を連れの男に打ち撒けていた。

 「それは多分、自分の……いや、解らないなら、解らないで良いのかも知れない」

男は説明しようとして、取り止める。
あれこれと説明するのは虚しい。
それに何より、言った所で理解して貰えないと思った。

 「あー、ムカつく言い方!
  そういう『自分は知ってる、人は知らなくて良い』って態度、本当にムカつく」

 「……本当に解らなくて良いんだ。
  僕も子供の頃は解らなかった」

 「アタシが子供って言いたい訳?」

 「いや、その……文化の違いって奴だよ。
  解ってしまう事は、きっと不幸だ」

男は静かに諭そうとしたが、女は不満顔で不貞腐れ、理解を得る事は出来なかった。

410 :創る名無しに見る名無し:2011/07/24(日) 21:28:28.26 ID:gi5LzLoV
少し険悪な雰囲気。
項垂れる男に、横から少年が話し掛けて来る。

 「やー、ラヴィゾール!
  こんな所で会うとは……おっと、君が女連れとは珍しいねぇ」

 「レノックさん!?
  いや、誤解ですよ。
  彼女は、そんなんじゃありません」

見た目、自分より若い子供に、男は改まった態度で応じた。

 「ラヴィゾール……アンタの知り合い?」

女は男の腕に抱き付いて、一歩後ろに下がり、警戒感を露にした。
男は女に、少年を紹介する。

 「あー、こちらはレノックさん。
  僕と同じで、各地を旅してる魔法使いだよ。
  えーと、音楽の……」

 「初めまして、お嬢さん。
  『演奏魔法使い<マジック・インストゥルメント・プレイヤー>』のレノックです」

 「魔楽器演奏家……?」

ませた感じの少年に、女は疑いの眼差しを向けたが、礼儀として名乗った。

 「アタシは舞踊魔法使いのカローディア。
  バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・カローディア」

 「舞踊魔法使いの後裔!?
  これはこれは!」

女と少年は握手し、互いの魔力の流れを確認し合う。
そこで女は初めて、この少年が熟練の老魔法使いである事を察した。

411 :創る名無しに見る名無し:2011/07/24(日) 21:31:37.64 ID:gi5LzLoV
少年は女の手を解くと、男女を見比べ、腕組みをして言う。

 「それにしても、ランデヴーにマリオネット演劇、『復讐鬼の最期』を選ぶとは、
  なかなか高尚な趣味だねぇ」

皮肉を交えた、戯けた口調。

 「ランデブーって、今時言いませんよ……」

 「それともあれかい?
  薄暗い劇場で、緊張した雰囲気の中、不届きな行為をする背徳感が堪らないって口?
  精霊楽隊の一員として、芸術を蔑ろにする態度には、感心しないねぇ……実に怪しからんよ」

 「そんな訳無いでしょう」

勝手な想像で苦言を呈する少年に、男は呆れる。
一方で女は、「そういう趣味もあるのか」と独り感心していた。

 「――で、彼女の御機嫌が斜めなのは、君が『悪かった』からのかな?」

 「好い加減にして下さいよ。
  子供の形だからって、容赦しません。
  拳骨落とされたいんですか?」

 「悪い悪い。
  冗談だよ、冗談」

男が拳を握り締めると、少年は笑いを堪えながら謝った。
そして男の傍で詰まらなそうにしている女に言う。

 「諍いの原因は、バンフォズの話だったね。
  ラヴィゾールにはバンフォズの気持ちが痛い程に解るだろうさ。
  似た様な過去を持っているからねぇ」

女は意外そうに男を見る。
男は慌てて否定した。

 「どこが同じですか!?
  僕は殺人とか、そんな大層な過去は持ってませんよ!
  誤解を招く発言は止めて下さいって!」

少年は男を睨み、続けた。

 「幸せになる権利なんて、誰が決める物でもないのにねぇ……そうだろう?
  なのに、君と来たら……そんなだから未だに――」

急に黙り込んで俯く男。
その悲し気な表情に、少年は外方を向いて、小さく溜め息を吐く。

 「僕も説教臭くなったなぁ……全く、歳は取りたくない物だ。
  お楽しみの邪魔して悪かったね。
  僕は退散するよ。
  また会おう、ラヴィゾール。
  それと……バーティフューラーのカローディア、何時か僕の音楽で踊って欲しいな」

年不相応に気取った別れの挨拶をし、少年は市民会館を後にした。

412 :創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 19:48:54.22 ID:K72fiqOg
「何あれ」

「あれって言い方は無いでしょう……? 魔法使いとして、大先輩に当たる方ですよ。
 バーティフューラーさんは踊り子ですから、舞踊魔法は精霊楽隊の繋がりで、
 演奏家のレノックさんと関係が深いんじゃないですか?」

「旧暦の事には興味無いから、そんなの全然関係無いし。それよりアンタ、敬語に戻ってる」

「あ、済みませ――ごめん」

「女日照りのアンタの日常に、偶の潤いを与えてやろうと思って誘ったってのに……はぁ……。
 こんな調子じゃねェ……」

「え? そうだったんですか?
 バーティフューラーさん、マリオネット演劇を見に行くのは初めてで不安だって言うから、
 それで僕は――」

「そ、それはアンタを誘う為の――じゃなくて、アンタが断り難い様に――でもなくて、
 アンタのプライドを傷付けない様にする為の方便! そう! 方便よ!」

「今の発言で、かなり傷付いたんですけど……」

「本当の事言って誘っても、アンタ絶対に断るでしょう?」

「そりゃあ僕にも意地って物がありますよ。
 女性関係でバーティフューラーさんに憐れみを受ける覚えはありません」

「これだから持てなくて捻くれた男ってのは面倒なのよね。
 大した事、何にも出来ない癖に、建前に拘って、自尊心だけは一人前なんだから」

「あの……僕は別に持てなかったから捻くれたって訳じゃ……」

「とにかく! 今日一日はアタシに付き合ってくれるんでしょ?
 取り敢えず、お昼御飯にして……それから午後の劇を見る。良い?」

「お昼ですか……? バーティフューラーさんが何時も男に奢らせてる様な、
 豪華な食事は御馳走出来ませんよ?」

「あのね、アンタみたいな金の無い男に集ろうなんて思ってないから。
 これでもアタシ、アンタと違って真っ当な職に就いているし、それなりの稼ぎはあるのよ?」

「僕は凄く傷付きました」

「あ、謝らないわよ……事実なんだし」

413 :創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 19:52:52.10 ID:K72fiqOg
「……じゃあ、どこで食べます?」

「アンタが何時も行ってる所で」

「その辺の食事処になりますけど……本当に良いんですか?」

「アンタ、アタシを何だと思ってるの?
 そんな毎日男に奢らせてる訳じゃないし、高級料理しか受け付けない様な贅沢舌でもないの」

「そうですか?」

「何で疑問形?」

「いえ、何でも無いです……安い所なら、僕も奢れますよ」

「はぁ……分かった。この辺で一番高い店にするわ」

「えっ!?」

「アタシが奢る」

「それは困ります。安い店にして下さい」

「本当にアンタは訳の解らない男ね。このアタシが奢ってやろうって言うのよ?
 アンタにとって損な事なんて、何一つ無いじゃない」

「只より高い物は無さそうなんで……」

「このアタシが信用出来ないっての?」

「いや、その……僕は旅服ですし、この格好で高級料理店に入るのは……」

「良い服が着たいの? 買ったげても良いけど」

「……勘弁して下さい。申し訳無さ過ぎて、心苦しさで窒息死します」

「もう……! はいはい、安店で許してあげる。ついでに奢らせてあげるから、感謝しなさいよね」

「あ、ありがとうございます」

「……馬鹿じゃないの? アタシの魔法、全然効かない癖に、こんな時だけ……はぁ……。
 アンタ、変な呪いにでも掛かってんじゃない?」

「呪われている……? ははは、言い得て妙ですね……そうかも知れません。
 これじゃ駄目だって解っているのに、僕は自分の殻を破れないでいる……」

414 :創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 19:53:54.12 ID:K72fiqOg
「所でさ……アタシ、実はアンタより年下なんだけど、知ってた?」

「はい」

「その……だから、敬語使うの止めにしない?」

「一度習慣付いてしまうと、なかなか難しいですね。癖みたいな物ですから」

「どこの坊ちゃん育ち? 卑屈な感じで好かないのよ。対等が良い」

「バーティフューラーさんも敬語を使えば良いんじゃないでしょうか?」

「……ラヴィゾールさん? 今日は、お天気の宜しい事」

「フッ……」

「……その笑い方は何よ?」

「無理しなくて良いですよ」

「馬鹿! もう! ムカつく!」

「済みません、ごめんなさい」

415 :創る名無しに見る名無し:2011/07/27(水) 18:49:39.23 ID:kCuPE3ZL
南南西の時になって、ティナー中央市民会館の大ホールに、再び人が集まり始める。
マリオネット演劇午後の部は、旧暦の身分違いの恋を題材にした、「市民革命」。
……だが、美しい恋物語ではない。
旧暦のある国に、地方領主の御曹司と、平凡な農民の娘がいた。
2人は身分を越えて愛し合っていた。
御曹司は農民の娘と正式に付き合う為、使用人として屋敷に住まわせようとしたが、
貴族嫌いの両親に断固反対され、思う様に行かない。
御曹司も農民の娘も、家族に祝福されたいと思っていたので、駆け落ちなど考えもしない。
2人共、何時かは決断しなくてはならないと解っていたのだが、時の流れるに任せていた。

416 :創る名無しに見る名無し:2011/07/27(水) 18:51:08.34 ID:kCuPE3ZL
しかし、時代は2人にとって悪い方向へ進み始める。
長年に亘り続いて来た、貴族が支配する社会構造に対する市民の不満を利用し、
隣国の工作機関が革命と称して、一般市民を扇動。
有産階級打倒運動を展開する。
国の各地で頻繁に抗議活動が行われ、時に暴動までも起こる事態に……。
有産階級打倒運動の火勢は、御曹司の父が治める領地にも広がる。
御曹司の父は悪い領主ではなかったが、貴族というだけで悪人と見做され、運動の標的となった。
領主は市民に理解ある温和な性格だったばかりに、運動を力尽くで抑えられず、結果として、
市民の活動を勢い付かせてしまう。

417 :創る名無しに見る名無し:2011/07/27(水) 18:52:14.61 ID:kCuPE3ZL
そんな時勢、農民の娘までも、周りの影響を受けて、革命思想に染まっていた。
彼女は御曹司に、貴族を辞めて革命に協力する様、何度も説得する。
しかし、貴族は辞めようと思って辞められる物ではない。
父から市民運動の裏にある、怪しい影を知らされていた御曹司は、それを農民の娘にも教え、
革命組織から距離を置く様に諭す。
農民の娘は、同じ平民の運動家と、貴族の御曹司との間で、真実に迷い揺れる。
外から来た自称革命組織のリーダーは、農民の娘の誘いに乗らない御曹司を、
地位に恋々としていると非難。
遂には、農民の娘に御曹司を誘い出させ、暗殺してしまう。

418 :創る名無しに見る名無し:2011/07/27(水) 18:53:12.23 ID:kCuPE3ZL
御曹司暗殺によって、もう後戻りは出来ないと悟った市民は、勢いに任せて領主の館を攻め落とし、
一時の勝利に酔いしれる。
しかし、支配者無き後、市民は新しい秩序を築けず、生活は一向に安定しない。
やがて国の中央から遣された新領主が、武力で革命組織を追い払う。
新領主は圧政を布いて、市民生活は一層苦しくなった。
最後に、農民の娘が独り運命を嘆いて、幕が下りる。
共通魔法が広まる以前の話である。

419 :創る名無しに見る名無し:2011/07/27(水) 18:54:27.18 ID:kCuPE3ZL
民の無知と、為政者の不断を、痛烈に皮肉った内容。
脚本によって、この物語は、その貌を大きく変える。
全編をコミカルにして無情を際立たせたり、陰謀渦巻くサスペンス味を付けたり、
暴走する若さに重点を置いたり、それ等を見比べるのも、楽しみ方の1つである。
物語の序盤で、御曹司の誘いに農民の娘が乗っていても、逆に、物語の中盤で、
農民の娘の誘いに御曹司が乗っていても、悪い結果は容易に想像出来る。
2人が何をした所で、この悲劇を回避する方法は無く、それは個人の限界を意味している。
この物語の舞台は旧暦なので、本当にあった事なのか定かでない。
旧暦の小話が原作とも、魔法暦後の創作とも、言われている。

420 :創る名無しに見る名無し:2011/07/27(水) 19:09:37.66 ID:kCuPE3ZL
何にせよ、観ていて気分が良くなる話ではない。
先程の男女は周りの者が退出する中、席に着いた儘、気不味い雰囲気で固まっていた。
沈黙を破って、女が愚痴を零す。

 「……確かに恋愛物だったけどさ、この救いの無さは何?
  あーあ、嫌な気分……今日は散々ね」

男は気の利いた事を言えず、静かに項垂れた。

 「ごめん」

口を衝いて出た言葉には、深い後悔が込められていた。
女は不審がる。

 「何でアンタが謝るの??
  劇が詰まらなかったのは、別にアンタの所為じゃないでしょう?」

 「……違うんだ、そうじゃなくて……」

名目上とは言え、女に付き合っているにも拘らず、男は感傷的になっていて、
とても何かを楽しめる気分ではなくなっていた。
女に気を使わせている様で、それが只々申し訳無い。
しかし、苦しい心内を正直に打ち明けても、きっと彼女は、そんな事を気にして悩む方が、
もっとずっと下らないと切り捨てる。
男は確かに、呪われているのだと自覚した。

 「何を気にしてんのか知んないけど、過ぎた事は終わった事、元気出しなさいって」

 「……うん」

よく解らない慰め方をされ、だらしなく頷いた男に、女は浮ついた調子で言う。

 「ラヴィゾール、未だ暫くは街に居るんだよね?
  今度はアンタが誘ってよ。
  マリオネットって奴は、全部が全部、陰気な話じゃないんでしょう?
  こんなのじゃなくて、もっと楽しい話が観たい」

唐突な女の態度に、男は戸惑った。

 「えっ……」

 「『えっ……』じゃなくて、埋め合わせをしなさいって言ってんの!」

 「あ、はい……分かりました」

 「よし!
  ほら、ぼーっと座ってないで!
  次行こ、次!
  今日は短いんだよ」

女は男の腕を引いて、大ホールから連れ出す。

 (これでは駄目だよなぁ……)

男は落ち込みながら、女の後に付いて歩くのだった。

421 :創る名無しに見る名無し:2011/07/27(水) 19:28:03.17 ID:kCuPE3ZL
要領が悪いと言われませんか?
1つでも気懸かりがあると、他の事に集中できませんか?
もっと自分に自信を持っては如何ですか?
自信が無いのなら、自信を持てる様に、努力すべきではありませんか?

422 :創る名無しに見る名無し:2011/07/27(水) 19:29:25.29 ID:kCuPE3ZL
私は彼から名を奪うべきではなかったと、今更ながら思い始めている。
きっと彼は苦しみ続けるが、その原因は彼の名と共に、彼の記憶から失われてしまった。
苦しみ抜いた先に、彼の魔法があるのか、私には断言出来ない。
それでも私は手を出さず、彼の答えを見届けようと思う。
もしかしたら、最後まで答えを出せないかも知れない。
それはそれで構わない。
老いた彼は、私より先に死すだろう。

423 :創る名無しに見る名無し:2011/07/27(水) 19:33:16.52 ID:kCuPE3ZL
「今度の事ですけど……楽しい話と言っても、マリオネット演劇には色々ありますが、
 どんなのを観たいんですか?」

「そうねェ……例えば――」

「例えば?」

「甘ァ〜い、ラブ・ロマンスとか?」

「はぁ、ラブ・ロマンスですか……?」

「何よ?」

「余り詳しくない分野な物で……」

「何でも良いわ。
 アタシ、演劇なんて殆ど知らないし」

「……はい」

「そんな先の事より、今日が未だ残ってるの!
 ねェ、ラヴィゾール……アタシが知らない様な、何か面白い場所、教えてよ」

(……あぁ、多くの男が引っ掛かる訳だよ)

「どしたの?」

「いや、可愛いなと思って」

「えっ、嘘、何? そんな事、あ、あの……あ、あ、アンタ本当にどうしたの!?
 い、い、いや、嬉しいけど、さ?」

(怖いなぁ……)

424 :創る名無しに見る名無し:2011/07/28(木) 22:24:59.88 ID:nFpSHSXm
名前を奪う


「マハマハリト、共通魔法使いの名前を奪って、弟子にしたそうだな?」

「ああ」

「名前を奪ったって、一体何をした?」

「名前に繋がる記憶の扉を閉ざし、鍵を掛けたんじゃよ」

「何? それだけなのか? 君の事だから、名前を奪う事で、存在を変えたのかと思ったよ。
 ……となると、あの性格は本来の物か……? 病気だな」

「儂も老いた。昔の様な真似は出来ぬ」

「『老いた』って? 冗談だろう? ……禁断の地で、一体何があった?
 隠遁生活を止めたのは何故だ?」

「……そろそろ、潮時なのかも知れん」

「悲しい事を言ってくれるな。旧い魔法使いは減って行く一方だ。君まで――」

「物事には終わりが来る。魔法使いとて、宿命からは逃れられぬ」

「成る程、本当に老いたな。何が君をそんな風に変えてしまったのか……寂しくなるよ」

「否、老いた儂は魔法の使いとなる。誰かに魔法を引き継ぐまで、儂は死なぬ。
 ……死のうとも、死ねぬ身になる」

「それが例の共通魔法使いの弟子だと言うのか?
 ……悪いが、見込みは薄い――それも限り無くゼロに近く。
 姉弟子の時と言い、君は人を見る目が無いな。未だ未だ長生きしそうだぞ」

「うむ……」

425 :創る名無しに見る名無し:2011/07/28(木) 22:27:13.20 ID:nFpSHSXm
「アラ・マハラータ、あなたの弟子に会いましたよ」

「おお、君の所にも来たか……」

「彼は名前を取られたと言っていましたが、それは一体どういう意味ですか?」

「どういう意味……とな? フゥム、有り体に言うと、名前を忘れさせたんじゃよ」

「彼が忘れたのは、名前だけではない様ですが……?」

「……人の名前とは、個の存在を示す大切な物。過去と深い係わりを持っておる。
 名前を消す為には、多くの事を忘れねばならぬが、全く忘れてしまっては、赤子と変わらん。
 故に、名前に繋がる記憶の実感を奪った」

「実感?」

「それは恐ろしい事じゃよ。家族の事、友人の事、全部『知っている』だけになる。
 印象の薄れた記憶は、時を経れば、容易に忘れ去られる」

「よく解りませんね……」

「感情の記憶を消すのじゃよ。記憶は体験と繋がっておる。
 その繋がりが断たれた時……記憶は形だけの無味な物となり、それまでの自分を失ってしまう。
 名前を奪う事は、過去を捨てさせる事じゃ」

「どうして、そんな事をしたのです? 彼は取り引きの結果と言っていましたが……」

「情け無い話じゃが、過敏な連中を抑える為に致し方無く、の……。
 見殺しにするには、彼等は若過ぎ、そして――――……」

「そして?」

「あ……いや、それに……」

「それに?」

「如何に儂とて、望まぬ物を与える事は出来んよ」

「彼は過去を捨てたがっていたと? では、取り戻そうとしているのは――」

「どんな記憶であっても、忘れた儘では居れぬという事かの……」

「あの性格ですからね……」

「一を得て、一を失う、それ自体が大いなるまやかしなのだと、あやつは気付かねばならぬ。
 過去への拘りを捨て、道理への執着を無くした時、あやつは名前を取り戻す。
 それを理屈ではなく、自らの生き方として受け入れる事が出来たなら、記憶が戻っても、
 過去に苦しめられず済む」

「それは難しいと思いますよ」

「うむ……」

426 :創る名無しに見る名無し:2011/07/29(金) 19:24:28.20 ID:uLf1pUHt
ブリンガー地方北東部の町 ベオネにて


グラマー地方に近い、ブリンガー地方の北部は、一年中乾いた風が吹く。
故に、グラマー地方の様に、フード付きのローブやマントを纏う者が、よく見られる。
しかし、グラマー地方独特の厳格な風習の影響は薄く、人々の生活は、
他のブリンガー地方の小町村と変わらない、平々凡々な町である。

427 :創る名無しに見る名無し:2011/07/29(金) 20:14:31.13 ID:uLf1pUHt
ある日、執行者の男が、フード付きのローブを纏った人物を連れ、この町を訪れた。
ローブを纏った人物は、足元から頭の先、顔まで、全身を覆い隠しており、まるで罪人の様。
ベオネ町民は擦れ違う度に、奇妙な彼等を振り返った。
執行者が連れている、謎の人物。
よくよく注意して見なければ判らないが、フードから僅かに覗ける鼻と口は、人の物ではない。
先ず唇が無く、上顎は暗い緑色、下顎は緑掛かった乳白色に、分かれている。
鼻は口の直ぐ上に、種粒程の小さな穴が2つ開いているだけ……。
顎先は無く、頭は扁平で、陥没している。
砂を含んだ突風が吹き、「彼」のフードを引き剥がす。
耳は無く、口は額関節まで裂けており、金の目を縦に切って瞳孔がある。
その顔は、爬虫類の蛇の物だった。
ローブの中からヌルヌルと首が伸び、フードの端を咥えて、しゅっと引っ込む。
再びフードを深々と被り直し、何事も無かったかの様に振る舞うヘビ人間。
幸いにして、その瞬間を目撃した者はいなかった。

428 :創る名無しに見る名無し:2011/07/29(金) 20:18:03.74 ID:uLf1pUHt
グラマー地方に近いだけあって、ベオネの町は暑い。
執行者の男は唾と共に悪態を吐きながら歩く。

 「ペッ、口に砂が……!
  畜生め……何だって俺が、ヘビ男なんざと旅をせにゃならんのだ?
  どうせ旅するなら美女とが良い……!
  美少女でも可!
  なぁ、『蛇男<ヴァラシュランゲ>』君よ、そう思うだろう?」

振り返り、同意を求めた先に、相手はいない。

 「フェルダムト……!!
  あの野郎、どこ行きやがった!?
  何かあったら俺の責任問題になるじゃねえかよォ!!」

執行者の男は地面を蹴って怒りを露にする。
乾いた砂埃が虚しく舞う。
ほんの一寸目を離した隙に、彼はヘビ人間と逸れてしまっていた。

429 :創る名無しに見る名無し:2011/07/29(金) 20:20:38.01 ID:uLf1pUHt
執行者の彼――ストラドと、ヘビ人間の出会いは、数日前に遡る。
暇を持て余していた不良執行者ストラドは、上司から外道魔法使いの追跡任務を命じられた。
常日頃、事件に飢えていた不謹慎者は、喜んで引き受けたのだが、追跡の手掛かりは、
何処とも知れない風景の写生画と、それを補足するメモ、そして……ヘビ人間だけだった。
要するに、「このヘビ人間を生み出した外道魔法使いを逮捕せよ」という事なのだが、
当のヘビ人間は、自らの出生について、何も知らないと言う。
一度引き受けた以上、断る事は許されず、ストラドは仕方無しにヘビ人間を連れ、
取り敢えず風景画の場所を探しに出たのだった。

430 :創る名無しに見る名無し:2011/07/29(金) 20:22:20.06 ID:uLf1pUHt
しかし、調査を開始しようとした初っ端から、思い掛けず下らない事で躓く有様である。
ヘビ人間は、まともな人間ではないので、身分証が無い。
その為、目立たない様に、フード付きのローブを着せ、いざ何か問題が起きそうな時は、
自分の使い魔と言い張って押し通せと、上司から助言(?)された。
何かトラブルに巻き込まれていなければ良いが……。
ストラドは先行きに不安を覚えながら、ヘビ人間を探しに歩き始めるのだった。

431 :創る名無しに見る名無し:2011/07/30(土) 19:44:06.23 ID:lelpYRZD
ヘビ人間は雄、詰まり、ヘビ男である。
自身の生い立ちを知るべく、執行者と共に、生みの親である魔法使いを探す旅の途中。
名前は無い。
お供の執行者ストラドは都合上、彼を『蛇人間<ヴァラシュランゲ>』、時に略して、『蛇<シュランゲ>』、
乃至、ヴァーシュと呼ぶが、当人には自分の名前という意識が薄い。
彼は深部心測法を受けた影響で、時々意識が飛ぶ事がある。
その所為で、ベオネに到着して早々、ストラドと逸れてしまった。

 「あれ……ストラドさん……?」

気付けば、見知らぬ町角で独り。
この容姿であるから、通行人を見掛けても、迂闊に声を掛けられない。
ヘビ男は仕方無く、迷子になった時の緊急対処法を実行する事にした。

432 :創る名無しに見る名無し:2011/07/30(土) 19:51:56.97 ID:lelpYRZD
迷子になって、連れと逸れた時は、下手に動かないのが良い。
交番か迷子センターに行ければ、それが一番。
両方が困難な場合は、最寄の安全且つ目立つ場所、他人に発見され易い場所に行く。
ベオネに限らず、共通魔法の支配下にある市町村集落は、必ずと言って良い程、
共通魔法結界の魔法陣を描いており、中央に公園か広場を設けている。
ヘビ男はベオネの中央広場にある時計台の傍で、ストラドを待つことにした。

433 :創る名無しに見る名無し:2011/07/30(土) 20:03:56.03 ID:lelpYRZD
広場は日射を遮る建物が無いのだが、清涼な風が吹いていたので、見掛けより暑くなかった。
ヘビ男が時計台に縋って休んで、約1針……何時の間にか彼の足元に、真っ白なローブを着込んだ、
十代前半と思しき子供が座っていた。
フードを被り全身を隠している姿にヘビ男は、不気味さと同時に、似た様な格好をしているという、
小さな親近感を覚える。
何時から居たのか?
それとも最初から居たのに、自分が気付かなかったのか?
少し驚いたヘビ男に、子供は囁き掛ける。

 「迷える者よ、私は貴方の力になれますか?」

鈴を転がす様な美しい声だったが、それよりヘビ男は子供の言った事を、直感的に理解出来ず、
呆然としていた。

 「私は貴方の力になれますか?」

恐らくは、「何か困っているなら助けますよ」という意味なのだろう。
二度同じ事を尋ねられ、ヘビ男は「変な言い回しだな」と思いながらも答える。

 「いいや、無理だ。
  子供に助けて貰う様な事は無いぞ」

きっぱりヘビ男が断ると、子供は改めて言う。

 「貴方は助けを必要としています。
  私は貴方の力になりたいと思っています」

 「……なれるのか?」

 「なれるのです、迷える者よ」

その自信は何処から来るのか?
何とも不思議な子供であった。

434 :創る名無しに見る名無し:2011/07/31(日) 20:00:42.80 ID:vgr5sX0q
ヘビ男は会話中ずっと、遠くの青い空を見詰めていた。
彼は子供の顔を見る事が出来ない。
相手の顔を見る事は、自分の顔を見せる事でもある。
人ならざる自分の姿を知れば、この子は怯えてしまうに違いない。
そう思ったヘビ男は、決して子供の顔を窺おうとはしなかった。

 「貴方が探し物を見付けるのは、未だ先の事になります」

声を聞く限りは、女児の様な感じだが、或いは変声期前の男児かも知れない。

 「貴方が探し物を見付けても、貴方の求める答えは得られません」

ヘビ男は子供の話を、退屈凌ぎの戯れ言だと決め付け、まともに聞いていなかった。

 「貴方は生涯、悩み苦しむ事になります」

怪しい占い事にでも嵌まったのだろうか?

 「……そんな先の事ばかり、抽象的に予言されても困る。
  どうせ適当に言ってるんだろう?」

ヘビ男が横槍を入れると、子供は俄かに沈黙した。

435 :創る名無しに見る名無し:2011/07/31(日) 20:02:29.77 ID:vgr5sX0q
悪い事を言ってしまったかと、ヘビ男は後悔する。
落ち込んでいるのかなと、ちらりと様子を窺うと、白いローブの子供と目が合ってしまった。
しかし、子供は怯えている風ではない。
無垢な瞳で、真っ直ぐヘビ男を見詰めている。
寧ろ驚いたのは、ヘビ男の方であった。
子供の両目は虹彩が明るい銀色で、光っている様にさえ見える。
その面妖さに、ヘビ男は神性を感じてしまった。

 「貴方が探し物を見付けても、貴方の求める答えは得られません」

子供は悲し気に、しかし、その目はヘビ男を確と捉えた儘で、再び断言した。
ヘビ男は理解した。
理解させられたと表現すべきだろうか?
その理解が瞞しだとしても、ヘビ男の心は、この子が言った事の意味を、何の抵抗も無く、
全くの無防備に受け容れてしまった。
この子の言う「探し物」が何なのか、「求める答え」が何なのか、どうして得られないのか、その全てを。
……直後、彼の記憶は飛んだ。

436 :創る名無しに見る名無し:2011/07/31(日) 20:03:43.83 ID:vgr5sX0q
記憶が飛んだと気付くのは、当然だが、記憶が飛んでしまった後である。
このヘビ男の場合、「記憶が飛ぶ」感覚とは、どの様な物かと言えば――、
うっかり居眠りしてしまった時に似ている。
その間の記憶は霞掛かって、不明瞭な状態。

437 :創る名無しに見る名無し:2011/07/31(日) 20:08:02.72 ID:vgr5sX0q
目の前には変わらず、真っ白なローブの子供がいた。
どうやら記憶が飛んでいたのは、極短い間の事だった様で、状況に大きな変化は無い。
ほんの少し、呆けていた程度と言えよう。
一つ変化があるとすれば、それはヘビ男の心情。
つい先程まで確かにあった、この子供に対する畏怖にも近い感情は、綺麗さっぱり消え去っていた。
「探し物」も、「求める答え」も、すっかり霞の中である。

 「――――お解り頂けましたか?」

子供の問い掛けに、ヘビ男は間抜けに立ち尽くすしか無かった。
記憶が飛んだ間、子供はヘビ男に対し、熱心に何か語っていた様である。
「目的が達成されても、求める物は得られない」、その理由を懇々と説いていたのだろうと、
ヘビ男は補間した。
もしかしたら違うかも知れないが、彼にとっては最早どうでも良かった。
この子供に感じた神性は、復活しなかった。
今は何の情動も無い。

 「……君の言う通りだとして、俺は何をすりゃ良いんだ?
  たとえ何も得られないとしても、俺は探し物を止める訳には行かないんだが……」

 「何もしなくて良いのです。
  為すべき事、あるべき姿……そんな物はありません。
  貴方は、今日から先、明日からの生き方を、真剣に考えるべきです」

 「それは無理だって……俺は俺が何者かを確かめるまで、この気が休まる事は無い」

子供は心底びっくりした様子で、暫く固まっていた。
恐らくは、ヘビ男の答えが、自分の予想していた物とは、大きく違っていた事に、動揺しているのだろう。

 「大体、何もしなくて良いなんて、他人に決められる筋合いは無いんだよ」

少し苛付いた口調のヘビ男。
それが止めになったのか、子供は俯いて、声を殺して泣き始めた。

438 :創る名無しに見る名無し:2011/07/31(日) 20:09:17.89 ID:vgr5sX0q
ヘビ男は大いに慌てる。

 「何も泣く事は無いだろう?
  頼むから泣き止んでくれよ!」

この容姿である。
子供を泣かせたとなれば、悪人決定。
最悪、悪『人』とすら認めて貰えない。

 「お、俺が何か悪い事を言ったか!?」

狼狽するヘビ男に、白いローブの子供は涙を零しながら言う。

 「私は貴方の助けになれませんでした……」

この子供は、ヘビ男を説得出来なかった事について、深く悲しんでいた。
その理解し難い思考が、ヘビ男にとっては恐怖ですらある。

 「い、意味が解らん……!
  誰も子供に助けて欲しいなんて思わない!」

 「申し訳ありません……私が至らなかったばかりに……」

 「何故だ!?
  どうやったら、そうなる!?
  俺を助けたいなら、先ずは泣き止んでくれ!」

 「はい……貴方を困らせてしまうのは、私の本意ではありません……」

子供は何とか泣き止む。
ヘビ男は、気味の悪い子供と早く別れたいと思い、尋ねた。

 「俺なんかの事より、君は独り?
  保護者は何処にいる?」

 「保護者?」

 「親とか、兄弟とか……」

白いローブの子供は、とても困った顔をした。

439 :創る名無しに見る名無し:2011/08/01(月) 18:07:45.36 ID:UXYMwwSm
やや後に、この子供は口を開いたが、それは奇妙な答えであった。

 「『両親<ペアレンツ>』?
  私を生んで下さったのは、天に御座す唯一の偉大なる王。
  私の兄弟は、この地上に生きる全ての人々です」

 「……何だ?
  どういう事だ?」

ヘビ男は首を傾げ、何かの暗喩かと考えを巡らす。

 「母親は?」

 「母……?」

ヘビ男と子供は、お互いに疑問面を見せ合った。
無知な子供の反応から、ヘビ男は、この子供が可哀想な子だと、遅蒔きながら気付いた。

 (両親がいないのか……)

しかし、この子供が可哀想な子なのは事実だが、ヘビ男は重大な勘違いをしている。
本当に可哀想なのは、両親がいない事実ではない。

440 :創る名無しに見る名無し:2011/08/01(月) 18:09:43.74 ID:UXYMwwSm
ヘビ男は子供に配慮して、改めて尋ねた。

 「一緒にいてくれる大人の人は、いないのか?」

答え易い質問が来て嬉しかったのか、子供は悪戯っぽく笑う。

 「います。
  しかし、あの人は私を手元に置きたがるので、そこが少し嫌いです。
  だから、私は時々こうして独りになります」

この位の小さい子を、保護者が監視下に置くのは当然。
ヘビ男は、「あの人」に同情した。

 「子供が一人で歩くのは危険だ。
  早く、『あの人』の所に戻った方が良い。
  合流する当てはあるのか?」

優しく諭すと、子供は清らかな笑顔を、ヘビ男に向ける。

 「貴方は何と良い人なのでしょう!」

子供は感動を全力で表現しているが、その大袈裟に過ぎる振る舞いは、ヘビ男からすると、
芝居掛かっている風にしか見えない。
益々演技らしく、子供は直後、再び悲し気な表情を作る。

 「それだけに、私は貴方が不幸になる運命を選択する事が、忍びありません。
  ……貴方は本当に『探し物』を続ける積もりなのですか?」

その心配は本心からの物なのだろうが、安い芝居を見せられている様で、ヘビ男は閉口し、
無言で頷いた。

441 :創る名無しに見る名無し:2011/08/01(月) 18:11:26.13 ID:UXYMwwSm
その直後、ストラドがヘビ男を発見した。

 「この『蛇野郎<ドゥメ・シュランゲン>』、探したぞ!!
  俺の知らない間に、勝手にフラフラどっか行くんじゃねえ!!」

声を掛けられて、ヘビ男も彼に気付き、頭を下げる。

 「あ、ストラドさん……済みません、御心配をお掛けました」

 「御心配じゃねえよ!
  手間掛けさせんな!」

 「所で、この子供――……あれ?」

 「何だ……?
  子供が、どうしたって?」

ヘビ男は、白いローブの子供の保護者探しを、ストラドに手伝って貰おうと思っていたのだが、
周りには白いローブばかりか、子供の姿すら無かった。

 「いや……何でもないです」

 「ったく、爬虫類には、人間には見えない変な物が見えるのか?
  さっさと行くぞ」

口の悪いストラドに、ヘビ男は気落ちした様に、鎌首擡げて付いて行く。
気が付けば、涼しい風は止み、日差しは皮膚を刺す様に強くなっていた。
何の気無しに、ヘビ男はストラドに言う。

 「急に暑くなりましたね」

 「最初っから暑かったよ!
  お前はヘビ人間だから、感覚が違うのかも知れんがな!!」

ストラドは苛付いた口調で返した。

442 :創る名無しに見る名無し:2011/08/01(月) 18:13:05.24 ID:UXYMwwSm
schlangeは女性名詞なので、男・雄を表すならschlangenが正しいかも知れないと、今更気付くのだった。
ヘビ男はwarschlangenになる?
執行者ストラド・ブローデルはエグゼラ出身の気取り屋。
若く有能(というか魔導師になれる人物は基本的に無能ではない)だが、態度が悪い。
実力は、魔導師の中では標準レベル。

443 :創る名無しに見る名無し:2011/08/02(火) 18:32:59.79 ID:K9XT7psf
悪意や敵意、害意を積み上げて、呪詛魔法使いが完成するのならば――――、
その逆に、善意だけを抽出し、積み上げたら、何物が完成するのであろうか?
善意と言っても、人によって「善い」の基準は変わる。
手前勝手な善意の押し付けは、独善に他ならない。
悪意が人の望まざる所を与えるならば、真の善意とは、人の望む所を与える事だろうか?
人の願いを叶えて歩く……その様な魔法使いが実在するのだろうか?

444 :創る名無しに見る名無し:2011/08/02(火) 18:33:59.35 ID:K9XT7psf
呪詛魔法と対を成す魔法は、神聖魔法である。
旧暦――神聖魔法使いは、同じ神聖魔法使い同士で覇権を争ったが、
その全てが私利私欲の為に戦っていたかと言うと、そうではない。
『聖なる王<ホリヨン>』はホリヨンの信じる正義の為に戦っていた。
ホリヨンの正義とは、邪悪なる者の殲滅である。
その為には世を平定し、ホリヨンの道理を徹底して知らしめる必要があった。

445 :創る名無しに見る名無し:2011/08/02(火) 18:34:44.55 ID:K9XT7psf
しかし、強大な力を手にしたホリヨンは、必ず野心を抱き、同属で滅ぼし合った。
悪意の根源たる「邪悪なる者」を殲滅する事自体に無理があったと、多くの者は思うかも知れない。
……だが、それは違うのだ。
悪意の根源を断つ事は可能だった。
その鍵が、『聖なる祈り子<ホーリー・プレアー>』である。
『祈り子<プレアー>』は奇跡を祈る者で、自ら何かを為す事は無い。
真の祈り子は、我を完全に捨て去り、真の奉仕者になる事が出来る。

446 :創る名無しに見る名無し:2011/08/02(火) 18:35:40.49 ID:K9XT7psf
祈り子の祈りを受けて、ホリヨンは偉大に、強大になる。
ホリヨンとは、邪悪なる者を殲滅する使命を負った者である。
ホリヨンは邪悪なる者より、強く賢くなければならない。
ホリヨンは目的の為には手段を選ばない。
ホリヨンは邪悪なる者を殲滅する為、市民の「祈り子」化を進める。
目的の為に、真のホリヨンは2人以上いてはならない。
邪悪なる者を完全に排除する為に、ホリヨンはホリヨンを敵視する。
何らかの事情でホリヨンが死ぬと、神託により、祈り子からホリヨンが生まれる。
神意の代行者であるホリヨンは、複数人存在するが、最後に王となる真のホリヨンは唯一人である。

447 :創る名無しに見る名無し:2011/08/02(火) 18:36:45.06 ID:K9XT7psf
旧暦、絶大な権力を持つホリヨンの真似事をする、偽者が後を絶たなかった。
偽者であっても、祈り子の祈りを集めた者は、大いなる力を得た。
未熟な祈り子は、純粋故に騙され易い。
神託が無くとも、人を欺く才があれば、容易にホリヨンの真似事が出来た。
――それは、誰でもホリヨンになる可能性を秘めている証。
ホリヨンの真贋を視抜く方法は、神意に頼るより他に無かった。
魔法大戦で、ホリヨンは滅んだ。
邪悪なる者は、呪詛魔法使いとして生き延びる事となった。
人類にとって最悪の敵が残ってしまった。
しかし、祈り子は生き残っていた。
旧暦で戦いに明け暮れたホリヨンに失望した祈り子は、新たなる神意の代行者を生み出そうとした。
ホリヨンではない、新しい存在を……。

448 :創る名無しに見る名無し:2011/08/03(水) 18:38:54.53 ID:5xvPSc7U
『黒靴下<ブラック・ソックス>』


足の黒い猫を見かけませんでしたか?
妖獣の化猫です。
全身白毛で、耳と尻尾と後ろ足が黒い、少し大きめの……。
だいたい2歩くらいで、たまに二足歩行します。
口癖は「コレ」、とにかくコレコレうるさいです。
化猫にしては、かなり賢いのですが、そこいらの化猫と違うところが、一つだけあります。
彼は自分を、ニャンダコラスの子孫と言って憚りません。
もし見かけましたら、「ケトゥルナンニャ!」と声をかけてみて下さい。
きっと快く挨拶を返してくれるでしょう。

449 :創る名無しに見る名無し:2011/08/03(水) 18:39:27.21 ID:5xvPSc7U
ケトゥルナンニャ!


第四魔法都市ティナーにて


最初は何がケトゥルナンニャだと思っていました。
道端で見掛ける猫は、どれも『白靴下<ホワイト・ソックス>』。
ケトゥルナンニャって、一体何の『子孫<ケトゥルナン>』だと言うんでしょう?
ニャンダコラス?
馬鹿馬鹿しい。
妖獣神話を真に受けるなんて……。
それでも級友達は、それっぽい猫を発見しては、ケトゥルナンニャ、ケトゥルナンニャと声をかけます。
はっきり言って、幼稚です。
猫と化猫の区別も付かない癖に、どこの誰が流したとも知れない噂を信じて、本当に馬鹿馬鹿しい。
そう思っていました。

450 :創る名無しに見る名無し:2011/08/04(木) 19:47:59.01 ID:ehXg7PII
ある日、私は下校中に、変な人を見掛けました。
浅い緑で縁の広い羽根付き帽子を深々と被り、その帽子と同じ色のマントを羽織った、
私と同じ位の背丈の人。
足が悪いのか、ひょこひょこ小股で歩いていたので、正直、余り係わりたくないなと、
それが第一印象でした。
「彼」は私の前を歩いていたので、追い越すか追い越すまいか、私は悩みました。
でも、後ろをずっと付いて歩くのも嫌だったので、私は出来るだけ自然に追い越そうと決めました。
私は早足にならない様に気を付けながら、「彼」との距離を縮めます。
そして追い抜き去ろうと横に並んだ時でした。

 「……ニャブシッ!!!」

「彼」は大きなくしゃみをしたのです。
私は驚いて、思わず「彼」の様子を窺ってしまいました。
「彼」は私に気付いて、帽子を上げました。

 「コレ、失礼しました、お嬢さん。
  驚かせてしまいましたかなコレ?」

私は二度驚いてしまいました。
その顔は明らかに人の物ではありませんでした。
猫の顔その儘だったのです。

451 :創る名無しに見る名無し:2011/08/04(木) 19:49:18.56 ID:ehXg7PII
こんな化猫がいるなんて怖い!
でも、化猫にしては大きいし、言葉も流暢なので、実は着ぐるみなんじゃ……?
もしかしたら誰かの使い魔だったり?
私の頭の中では色々な情報が駆け巡って、パニックになっていました。
黒靴下とかケトゥルナンニャなんて単語が思い浮かばず、とにかく目の前の大きな化猫に、
どう対応したら良い物かと、そればかりを必死に考えていたのです。

 「あー、コレ、お嬢さんコレ?」

 「あ……は、はい?」

 「コレ、私の様な者に出会った事が無いのですなコレ?
  成る程、成る程……コレ、その様な反応になるのも、無理もありませんなコレ。
  何せ私は、そこらの妖獣共とは違いますからなコレ」

この鼻の周りが黒い猫は、偉そうに髭をピンと張って言います。
コレコレうるさい……。
そこで私は初めて、黒靴下の話を思い出しました。

 「ケ、ケトゥルナンニャ?」

 「お、コレ、私も有名になった物ですなコレ!
  自己紹介致しましょう、コレ。
  私はニャンダコラスの子孫、ニャンダコォーゥレッ!
  そこらの妖獣共と一緒にされては困りますぞコレ!」

 「は、はあ……」

興奮気味の化猫に、私は何と答えて良いか分からず、生返事をするのでした。

452 :創る名無しに見る名無し:2011/08/05(金) 22:02:28.10 ID:ZYY2DHMm
ニャンダコラスが何の彼のと言われても、化猫は化猫です。
妖獣と何が違うのでしょう?
疑問に思う私に構わず、この化猫――ニャンダコーレは上機嫌です。

 「ははは、コレ、理解ある人に会うのは久し振りですなコレ。
  どうですかコレ、ちょっとお茶でも?」

 「えっ……」

知らない人に付いて行ってはいけないと言われますが、それが犬猫の場合は、どうなんでしょう?
戸惑う私に、ニャンダコーレは謝ります。

 「おっと、コレは失礼しましたなコレ。
  人間は十歳を過ぎても成人しないのでしたコレ。
  未成年を他人が連れ回すのはコレ、人間の常識では犯罪でしたなコレ」

しかし、どこか人間を小馬鹿にした口振りでした。
私の考え過ぎかも知れませんが、十年経っても大人になれない事が、
まるで恥ずかしい事であるかの様な……。

 「わ、私は構いませんけど?」

それに対する、反抗心みたいな物だったのでしょうか?
私はニャンダコーレの誘いに乗ってしまいました。
感情を素直に表す、この化猫を、もう全く怖いとは思わなくなっていたのです。

453 :創る名無しに見る名無し:2011/08/05(金) 22:04:24.42 ID:ZYY2DHMm
ニャンダコーレは眉間に皺を寄せて、困った顔をしました。

 「コレ、どうした物かなコレ……?
  人間の掟を破る気は無いんだがな……コレ」

妖獣には人間の法律が適用されないんじゃないのかな……と、私は思いましたが、
大人しく彼の判断を待って、黙っている事にしました。

 「フフゥム……では、コレ、こうしましょうコレ。
  偶々通る道が同じだったという事で……コレ、少し一緒に歩くだけなら問題無いでしょうコレ」

ここで別れる事も出来たのに、どうしてニャンダコーレは、私と話をしたがるのでしょうか?
その理由は、直ぐに解ります。

454 :創る名無しに見る名無し:2011/08/05(金) 22:05:04.25 ID:ZYY2DHMm
ニャンダコーレは私に自分の身の上話を延々と聞かせました。

 「私はニャンダコラスの子孫として、コレ、人間と妖獣の係わりを見守っているのですなコレ」

 「へー」

 「妖獣共はコレ、ニャンダカニャンダカの子孫。
  その誇りを捨て切れない奴等が、コレ、いつ人間に反旗を翻すかも知れませんコレ。
  もし妖獣共がコレ、危険な動きを見せる様なら、コレ、即座に――」

 「即座に?」

 「ニャ……フフッ、コレ、懲らしめてやるのですよコレ」

ニャンダコーレは得意気です。
何か、どうやらこの人(?)は、寂しがり屋さんっぽいです。
こういうのって『~病』って言うんですよね?
知ってます。
友達の少ない人が罹る病気でしょう?
妖獣も罹る物だとは思いませんでした。

455 :創る名無しに見る名無し:2011/08/06(土) 21:16:29.92 ID:cwnLGy+u
つまりニャンダコーレは私に興味が無いのです。
話を聞いてくれるなら、誰でも良いんでしょう。
それは何か癪だったので、私は彼に尋ねました。

 「私の名前は聞かないんですか?」

 「……コレ、子供に名前を尋ねると、コレ、怪しまれると聞きましたがコレ?」

確かに、知らない人に名前を教えてはいけないと言われています。
でも、相手は妖獣です。

 「私はトキマ・ママハ・マギ」

マギ姓は唯一大陸全体で珍しい物ではありません。
トキマとママハは、現在流行の大陸東方名です。
流行なので珍しくありません。
総合して、平凡な名前です。

 「コレ、トキマ殿……簡単に名乗って良いのですかなコレ?
  私の様な、コレ、素性の知れない者に、コレ」

私は黙って頷きました。
問題は無いでしょう。
だって、何度も言いますけど、相手は妖獣なんですから。

456 :創る名無しに見る名無し:2011/08/06(土) 21:17:17.51 ID:cwnLGy+u
それからもニャンダコーレは相変わらず、自分の話ばかりでした。
彼は何年も掛けて、大陸を旅して回っているそうです。
グラマーの砂漠、ブリンガーの草原、エグゼラの雪、ボルガの火山、カターナの海、
私が知らない土地の事を、彼は身振り手振りで一所懸命に伝えます。
私は「話し慣れているなあ」と感じると同時に、「同じ様な話を繰り返し語っているんだな」と思いました。
人間の何倍もある大蛇や、妖獣との戦いの話もありましたが、本気にはしません。
~病の症状、その儘なんですもの。
私は適当に相槌を打ちながら、なるべく自然なタイミングで尋ねました。

 「ニャンダコーレさんは、何歳なんですか?」

 「……………………コレ、100歳以上とだけ、お答えしておきます、コレ」

 「へー、長生きしてるんですね」

何だか隠し事をしている様な、変な間を置いた後の答えでした。
嘘なんでしょうか?
嘘かも知れません。
何たって、~病ですから。
それとも妖獣は100年経って、精神年齢が人間の十代前半に、追い付くのでしょうか?
……そうかも知れません。

457 :創る名無しに見る名無し:2011/08/06(土) 21:24:12.16 ID:cwnLGy+u
ニャンダコーレの話に付き合いながら歩いていると、三叉路に着きました。
私が足を止めると、彼も足を止めます。

 「……コレ、どちらに行かれますかなコレ?」

 「私は左です」

 「コレ、私は右ですコレ。
  では、お別れですな、コレ」

 「はい」

 「コレ、御機嫌よう、トキマ殿」

ニャンダコーレは右手(前足?)で帽子を少し上げて、ちょっと気取ったポーズをしました。

 「はい。
  あの、ニャンダコーレさん……」

私は去ろうとするニャンダコーレに、声を掛けました。
街で噂になっている黒靴下に、偶然出会う。
私は大して気にしていなかったのですが、噂の彼に出会えたのですから、これだけで別れるのは、
何だか惜しい気がしたのです。

 「あ、あの、未だ、この街にいるんですか?」

 「フゥム、コレ、どうでしょうなコレ……。
  コレ、そろそろ発とうと思っている頃ですが……コレ」

 「あ、そうですか……お元気で」

 「あなたも、コレ、お元気で」

ニャンダコーレは左手を上げて、肉球を私に見せた後、マントを翻し、右の道を真っ直ぐ進みます。
私は少し、がっかりしていました。

458 :創る名無しに見る名無し:2011/08/06(土) 21:24:56.98 ID:cwnLGy+u
翌日も、クラスでは黒靴下の噂で持ち切りでした。
何匹も見掛けただの、捕まえようとしたけど逃げられただの、腕を引っ掻かれただの、
皆嘘ばっかり吐いています。
真面目に聞く人も馬鹿です。
私は本当の事を知っていますが、言いません。
信じて貰えないからです。
誰も本当の黒靴下を知らない儘、この噂は終わりそうです。

459 :創る名無しに見る名無し:2011/08/07(日) 21:16:13.76 ID:7/VN310o
第二魔法都市ブリンガー ブロード地区にて


南東の時、晴天高く、雲の間を猛禽が飛んでいる。
『鷹<バーザ>』である。
鷹は地上を見下ろし、ブロード地区の街並みに目標を発見すると、高く一声鳴いて、急降下した。

460 :創る名無しに見る名無し:2011/08/07(日) 21:18:39.92 ID:7/VN310o
ブロード地区の宿屋2階のベランダで、ジラ・アルベラ・レバルトが街の風景を眺めていると、
急に影が差した。

 「ガッ、ガッ」

野太く濁った、痰を吐く様な音が、頭上から聞こえる。
驚いたジラが天を仰ぐと、半身はあろうかという大きな黒い塊が、彼女に向かって高速で落ちて来る。

 「とぅわっ!?」

咄嗟の事に、ジラは横に転げて回避を試みたが、黒い塊は進路を変え、
開けっ放しのベランダの窓から、室内に滑り込んだ。
中にはサティ・クゥワーヴァがいる。
彼女の事だから、そう心配する様な事は無いと思うが、万に一つの事があってはいけないと、
ジラは黒い塊を追って、室内に駆け込んだ。

461 :創る名無しに見る名無し:2011/08/07(日) 21:21:18.06 ID:7/VN310o
室内に駆け込んだジラを待ち構えていたのは、外套掛けに留まって両翼を大きく広げ、
彼女を威嚇する、大きな鷹であった。
この種独特である白黒の美しい翼模様が、見る者を圧倒する。
ジラに向けて端黒の嘴を開け、真っ赤な口内を露にし、今にも飛び掛からん姿勢であった。

 「止めなさい、ヒヨウ!」

即座に主人が制止し、鷹は渋々嘴を閉じて、翼を畳む。
ジラは窓辺に立ち尽くした儘、サティに尋ねた。

 「これ、あなたの使い魔?」

 「そうです。
  シロクロサバクオオタカのヒヨウと言います」

サティが紹介すると、鷹は左翼を広げ、右翼を体の前に持って行き、お辞儀をする。

 「ははぁ……馴れた物ね」

ジラは感心の溜め息を吐く。
彼女は使い魔を持っていないので、使い魔に対する憧れの様な物を抱いていた。
興味津々で鷹に近寄り、サティに確認する。

 「さ、触っても良い?」

 「はい。
  でも、軽く撫でるだけにして下さい。
  警戒心の強い子ですから」

そう言うと、サティはベッドに腰掛け、通信筒から手紙を引き出して、読み始めた。
ジラと使い魔の事を、まるで気にしていない様である。

462 :創る名無しに見る名無し:2011/08/08(月) 20:49:50.46 ID:Vz+iHuhY
ジラもジラで、手紙を読んでいるサティに構わず、鷹の使い魔を触ろうとする。

 「怖くない、怖くないよ」

彼女は子供に言い聞かせる様に囁き掛け、そっと外套掛けの上に手を伸ばす。

 「くっ……」

翼を畳んで大人しく留まっている鷹の頭を、ジラは撫で様とするも、手が届かない。
1身近くある外套掛けの上に、半身もある鳥が乗っているのだから、当然と言えば当然。
彼女は仕方無く、鷹の胴の側面を包む様に撫でる。

 (意外と柔らかい……)

厳つい外見から、ごわごわしているかと思われた鷹の翼は、予想に反して綿毛の様な手触りだった。
……しかし、撫で難い。
ずっと手を上げていなくては撫でられないので、肩が痛くなって来る。
ジラは鷹を恨めしく見上げた。
この鷹は文字通り、お高く留まって、目を合わせ様ともせず、可愛気が無い。
彼女は心の中で、使い魔は主人に似るのだなと、独り合点した。

463 :創る名無しに見る名無し:2011/08/08(月) 20:52:40.81 ID:Vz+iHuhY
好い加減に疲れたジラは、鳥を撫でるのを止めて、両腕を下ろし、サティに尋ねた。

 「サティ、この子を降ろして抱き締めても良い?」

どうしても、「もっと可愛がりたい」という気持ちを抑え切れなかった。

 「……そんなに構いたいのでしたら、御自分の使い魔を手に入れては?」

サティは手紙を読みながら、振り向きもせずに答える。

 「いや……だって、大変そうじゃない?
  自分で躾けたり、世話したりするの」

手間を掛けたくないが、可愛がりたいとは、何とも勝手である。
はにかんで笑うジラに、サティは溜め息で返すのだった。

464 :創る名無しに見る名無し:2011/08/09(火) 20:47:34.93 ID:eIUY9/jZ
嫌な雰囲気を誤魔化しに、ジラはサティに改めて尋ねる。

 「この子、これから一緒にいるの?」

 「いいえ、直ぐグラマーに折り返して貰います」

ジラは驚いた。

 「あなたの使い魔じゃないの?」

 「私の使い魔ですよ」

サティは手紙から目を離さず、平然としている。

 「主人は使い魔と共にあるのが普通でしょう?
  その態度は使い魔の主人としてどうなの?」

 「ヒヨウは私を慕って、私の役に立ってくれています。
  何か問題でも?」

サティは飽くまで淡々と返す。
ジラは使い魔と主人との関係を、ペットと飼い主の関係と誤解していた。
故に彼女は、使い魔に対してドライなサティが、理解出来なかったのである。

465 :創る名無しに見る名無し:2011/08/09(火) 20:48:33.67 ID:eIUY9/jZ
ジラは自らの額に人差し指を押し付け、低く唸った。

 「むぅ……どういう事なの?
  あなたは主人なのに、使い魔の世話をしなくて良いの?
  それで信頼関係が築ける?」

サティは手紙を途中で読み止め、ジラに向き直る。

 「使い魔を『従者<サーヴァント>』と呼ぶ理由が解りませんか?
  使い魔は召使と同じです。
  あなたは召使の面倒を、何から何まで一々見るのですか?
  それでは主従逆転でしょう」

ずばり指摘され、ジラは押し黙る。
理屈としては理解出来なくも無いが、それでも不思議な事が一つ。

 「…………そ、それだと、使い魔は主人に従う事で、何の利益があるの?
  良い様に使われているだけじゃない?」

 「使い魔となる事で、人間の庇護を受けられる。
  これ以上の利益は無いでしょう。
  使い魔を世話してやるべきという、あなたの考えは、寧ろ使い魔を侮っていますよ」

その発言で、ジラは雷に打たれた様な衝撃を受けた。
使い魔という物に対する一般の認識を、初めて知らされたのである。

466 :創る名無しに見る名無し:2011/08/09(火) 20:57:10.33 ID:eIUY9/jZ
魔導師会非公式組織、『僕の会』に所属している魔導師は、全魔導師の約4分の3である。
所属していない魔導師は、詰まり使い魔を持っておらず、使い魔を従える事に憧れながらも、
使い魔の扱いを心得ていない者が、少なからず存在する。
ジラ・アルベラ・レバルトも、その1人であった。
――僕の会に所属している者でも、不心得者は存在するが、それは別の話。

467 :創る名無しに見る名無し:2011/08/10(水) 22:25:30.68 ID:X/zn7cyZ
サティは使い魔を呼ぶ。

 「ヒヨウ、来なさい!」

主の声に従い、鷹は部屋の中で翼を広げる。
ジラは頭を庇って低く屈んだ。
音も無く滑空し、サティが座っている隣に並ぶ鷹。
半身もある大鷹は、サティの座高より高く、その鋭い鉤爪は、人の頭を鷲掴みに出来る程。
これが使い魔であっても、普通の者は、恐ろしくて近寄れない。
そこに恐怖心を抱かないジラは、如何に動物好きとは言え、程度を超えている。

 「ガー」

使い魔が低く甘えた調子で鳴くと、主人は羽並の良い喉を優しく撫でる。

 「よしよし、御苦労様」

 「グルァー……」

 「解ってるよ」

短い遣り取りで意思の交感をしたのか、サティは手紙を通信筒に仕舞い、徐に立ち上がると、
ジラに言った。

 「ジラさん、私達は少し散歩に出掛けます。
  御一緒に、どうですか?」

 「私達って、その子と一緒に?」

ジラはサティの使い魔を指す。

 「はい」

 「……じゃ、行こうかな」

将来、使い魔を手に入れた時の為に、サティの使い魔の扱い方を参考にするのも良いかも知れない。
そう思ったジラは、サティの散歩に付き合う事にした。
……執行者として、サティを監視しなければならないという建前は、全く頭から抜けていた。

468 :創る名無しに見る名無し:2011/08/10(水) 22:26:11.03 ID:X/zn7cyZ
それでサティ・クゥワーヴァと彼女の使い魔とジラ・アルベラ・レバルトは、大通りに出たのだが、
道行く人々の注目は、自然とサティと使い魔に集まった。
サティの使い魔が、彼女の両肩に両足を乗せて、留まっている為である。
ジラは戸惑い気味に尋ねる。

 「……あの、サティ?」

 「何でしょう?」

大きな鷹の足場を崩さない様に、サティは首を動かさず、前を向いた儘で応える。

 「重くない?」

半身もある鷹を乗せているのだ。
見た目からして、重そうである。

 「鳥は見掛けより軽いんですよ」

流石に飛んではいないが、サティの足取りは軽い。

 「本当に?」

 「乗せてみます?」

サティが尋ねると、ジラが答えるより早く、鷹が飛び上がる。

 「えっ……ま、待っ――!?」

ジラは慌てるが、サティが制す。

 「無闇に動かないで下さい。
  ヒヨウの爪は鋭いですよ。
  傷が付いてしまいます」

彼女の警告に従い、ジラは体を硬直させる。
ばさばさと羽撃きの音、巻き起こる風、上から来るプレッシャー。
しかし、元々動物好きであるジラは、恐れより興味が勝っており、内心ではワクワクしていた。

469 :創る名無しに見る名無し:2011/08/11(木) 21:12:55.45 ID:bmaFwB5p
ジラの両肩を、鷹の鉤爪が掴む。

 (痛くない……?)

がっしり爪を立てられる物と、ジラは予想していたが、鷹の握力は意外と弱かった。
よく考えれば、先程までサティの肩に留まっていたのに、加減を知らない訳が無い。
直立姿勢のジラの肩に、徐々に重みが掛かり、柔らかい感触が彼女の後頭部を包む。

 (あ、これ乗ってるな)

ジラは首を動かせないが、大きな鳥が、しっかり自分の肩に留まったと判った。
一応、サティに確認する。

 「乗った?」

 「はい、しっかり乗りました。
  どうですか?
  重いですか?」

 「う……ん、割と軽いけど」

この状態で歩き続けるのは辛いと、答えようとした先。

 「では、行きましょう」

サティは一人で歩き始めてしまう。

 「ああっ、待って……って、痛い、痛い!」

慌てたジラは彼女を追おうとしたが、急に体勢を変えたので、上に留まっていた鷹がバランスを崩し、
ジラの肩に鋭く爪を食い込ませた。

470 :創る名無しに見る名無し:2011/08/11(木) 21:21:17.83 ID:bmaFwB5p
堪らずジラは声を上げる。

 「痛たたたたた!
  は、放してっ!
  早く御主人様の所に行きなさい!」

ジラの命令を勘違いした鷹は、彼女の肩を掴んだ儘、約2身もの翼開長を誇る両翼を全開にして、
大きく羽撃いた。

 「ちょ、止め……飛ぶの!?
  と、飛んじゃうっ?!?」

鷹の力は凄まじく、ジラの足は地面から数指、宙に浮いてしまう。

 「肩に穴が開くからっ、本当に痛いからっ、放してっ、降ろしてっ!!」

悲痛なジラの訴えに、鷹は漸く彼女を解放し、主人の下へ飛び去った。

 「くぅ……っ!」

着地したジラは、両腕を交差させて両肩を押さえ、蹲った。
しかし、サティが心配してくれる様子は無かったので、仕方無く涙目で彼女を追うのだった。

471 :創る名無しに見る名無し:2011/08/12(金) 21:26:54.36 ID:/dDD2NEP
流石にサティも悪い事をしたと思い、立ち止まってジラを待っていた。
……引き返して、自ら迎えに行かない所が、彼女らしい。

 「私を置いて行かないでよ!?
  肩を握り潰されるかと思った!!
  本気で!!」

 「落ち着いて下さい」

サティは怒るジラを無視して、無遠慮に彼女の肩を掴む。

 「つっ、痛っ――!!!
  は、放して……」

鎖骨の下を押さえられたジラは、激しい痛みに耐えられず、声を上げて膝を折った。

 「……これは多分、筋肉が切れています。
  同時に、内出血して痣が出来ているでしょう。
  今、手当てしますから」

サティは直ぐに治癒魔法を詠唱する。
ジラも魔導師、それなりの治癒魔法は使えるのだが、痛みは呪文完成動作に悪影響を与えるので、
自分で自分の傷を治すより、他人に治して貰う方が、効きが良い。
元々大した怪我ではなかったが、十年に一度の才子と言われるだけあって、サティの治癒魔法は、
あっと言う間にジラの痣を治した。

 「人通りの多い所で、余り大きな声を出さないで下さい」

 「だって痛い物は痛かったんだもん……」

余りに痛かったので、子供の様に拗ねるジラ。

 「ヒヨウを乗せて歩くの、初めての人には難しかったですね。
  済みませんでした……こら、ヒヨウ」

サティは彼女に謝ると、己の肩に乗っている使い魔にも、反省を促した。

 「ガー……」

鷹は畏縮し、そっと首を垂れて、太く大きな嘴で、ジラの顔を撫でる。

 「あ、大丈夫、もう痛くないし、怒ってないから」

ジラの言葉は、どちらかと言うと、サティではなく、使い魔の方に向けられていた。

472 :創る名無しに見る名無し:2011/08/12(金) 21:33:31.87 ID:/dDD2NEP
悄気る鷹を見てジラは、「使い魔って良いな」と改めて思った。
怒っていないと言ったのは本心。
痛みが失せたと同時に、従順な使い魔に対する好感度は急回復していた。
サティが何らかの魔法を使った事実は無い。

 「ねぇサティ……あのさ、この子、抱かせてくれない?」

ジラは申し訳無さそうにしているサティに、懇願する。
普通なら使い魔の嫌がる事は認めないが、お詫びの意味でサティは承服した。

 「今回だけですよ。
  ヒヨウ、大人しくして。
  はい……どうぞ」

サティが膝を折ると、ジラは稲妻の速さで鷹を抱き締めた。
鷹は主人の命令を忠実に守り、剥製の様に動かない。

 「うー、この手触りっ、抱き心地っ、最高!」

体重が2桶にはなろうかという大鷹を抱えるのに、苦を感じない程度の動物好き。
腕の中の鷹に頬擦りし、迷惑そうにしているのも気に留めない。

 「さ、行きましょう」

鷹を抱いた儘、そう言ったジラに、2桶重もある鷹を持ち歩くのかと、サティは呆れた。

473 :創る名無しに見る名無し:2011/08/13(土) 21:47:26.33 ID:z+IjkX16
その儘サティとジラが通りを歩いていると、前方から風に運ばれて、良い匂いが漂って来た。
焼けた肉の匂い……道端の露店で、太った中年の肉屋が、大鼠の丸焼きを売っている。
1手から2足程の大鼠の皮を剥いで、腹を開き、臓器を取り除いて、串刺しにして炙るのだ。
ブリンガー地方では、作物を食い荒らす大鼠類は、害獣として駆除され、こうして売られる。
ジラの腕の中で、鷹は恨めしそうに肉屋を見詰めていた。

 「サティ、この子……」

ジラは鷹の視線に気付き、サティに声を掛ける。

 「そうですね」

サティはジラの言わんとせん事を理解していたが、平然と無視した。
肉屋の方を見向きもしない。

 「そうですね、じゃなくて……」

 「元は買ってあげる積もりでしたよ。
  その為に、この通りに出たのです。
  ヒヨウは街の上空を飛んでいた時から、気になっていたそうですから」

何時の間にサティは、使い魔と意思を交感したのか?
宿を出る前という事は確かだが、ジラは気付かなかった。
主人と使い魔の以心伝心に感心しつつ、一言物申す。

 「それなら買ってあげれば良いじゃない」

サティは無言で首を横に振った。

474 :創る名無しに見る名無し:2011/08/13(土) 21:48:17.23 ID:z+IjkX16
ジラは重い鷹を「よいしょっ」と抱え直すと、眉を顰めてサティに訊ねた。

 「もしかして、私の所為?」

 「それは違います。
  悪いのは、私とヒヨウ」

サティは断言した。

 「私は気にしてないから、良いのよ?」

 「ジラさんは良くても、ヒヨウにとっては良くありません」

ジラは立ち止まる。

 「じゃ、私が買う」

サティは数歩遅れて立ち止まり、反論する。

 「無駄ですよ。
  ヒヨウは食べません」

2人は睨み合った。

475 :創る名無しに見る名無し:2011/08/13(土) 21:49:08.62 ID:z+IjkX16
サティとて意地悪で言っている訳では無い。
本心を伝え、その場から動こうとしないジラを、説得しようとする。

 「ジラさん、ヒヨウは人の言葉を理解出来ますが、人の言葉は喋れませんし、
  表情を変える事も出来ません」

 「それが何?」

 「反省の意思を伝えるには、行動で示す他に無いのです」

 「この子が何を反省するって言うの?」

 「私以外の人を、軽々しく運ぼうと思わない事。
  人の肩に爪を立てない事」

 「私は気にしてないって言ってるじゃない」

 「いけません。
  甘やかしては、ヒヨウは同じ過ちを繰り返します」

ジラは押し黙った。
サティの態度は、まるで厳格な親である。
使い魔を躾けるという事は、存外厳しいのだ。

476 :創る名無しに見る名無し:2011/08/13(土) 21:54:02.79 ID:z+IjkX16
これは主人と使い魔の間の問題。
そう判断したジラは、目を伏せて、抗弁を諦めた。
サティは小さく溜め息を吐く。

 「私も軽率でした。
  今後、安易に人の肩にヒヨウを預ける事はしません」

 「……私は良いのよ?」

 「はい。
  しかし、今回の事には、『けじめ』が必要です」

ブリンガー市民であるジラには、「けじめ」に拘る理由が解らない。
そういう物なのかと悩むジラに、サティは言う。

 「ジラさん、早く離れましょう。
  お腹が空いているのに、匂いを嗅ぐだけで、何も食べられないというのは拷問ですよ」

ジラの腕の中では、鷹が涎をだらーっと垂らしていた。
2人は急いで、肉の匂いが届かない所まで移動するのだった。

477 :創る名無しに見る名無し:2011/08/15(月) 21:05:26.16 ID:HcC6uuzw
ややこしくなって来たので、そろそろ自分用に情報整理

サティとジラの旅

1年目
 5月〜 グラマー地方南部→ブリンガー地方北部(6月28日ブロード地区)→
 7月〜 ブリンガー地方北西部→ソーダ山脈→キーン半島→
10月〜 ブリンガー地方東部(10月25日ベル川)→
12月〜 カターナ地方(11月26日港町ビッセン)→ゾナ諸島

2年目
 1月〜 グラマー地方東部→
 2月〜 ティナー地方(2月23日ラクシド地区)→タンク湖一周(3月23日タンク湖)→
 4月〜 テール川→ボルガ地方→
 6月〜 ボルガ地方北部(7月26日ドッガ地区)→閉鎖海域→エグゼラ地方→
 9月〜 テール川→シェルフ山脈→カターナ地方北部→
11月〜 カターナ地方周辺小島群

3年目
 2月〜 グラマー地方→ティナー地方→
 5月〜 エグゼラ地方(5月19日小都市フロークラ)→
 7月〜 メッサー大雪原→ガンガー北極原→ガンガー山脈→
 8月〜 グラマー地方北部→グラマーに滞在→
11月〜 ブリンガー地方→インベル湖→ディアス平原周辺

478 :創る名無しに見る名無し:2011/08/15(月) 21:06:15.04 ID:HcC6uuzw
地名

○グラマー地方
第一魔法都市グラマー
・ランダーラ地区
・ニール地区
・南東区(ギフ)
・禁断共通魔法研究特区(象牙の塔)
ジャルガー村
レフト村
禁断の地

479 :創る名無しに見る名無し:2011/08/15(月) 21:07:15.84 ID:HcC6uuzw
○ブリンガー地方
第二魔法都市ブリンガー
・ブロード地区
インベル湖
ベル川
ベオネ町
カーウェン村
サブレ村
コルディア村
ニーヴ村
ソーダ山脈
ルイン村

480 :創る名無しに見る名無し:2011/08/15(月) 21:08:45.61 ID:HcC6uuzw
○エグゼラ地方
第三魔法都市エグゼラ
・ゼーフェレコルト城
フロークラ市
ルブラン市
ビリャ村

481 :創る名無しに見る名無し:2011/08/15(月) 21:09:46.04 ID:HcC6uuzw
○ティナー地方
第四魔法都市ティナー
・中央区
・ラガラト区
・バルバング地区
・トック村
バルマー市
タンク湖

482 :創る名無しに見る名無し:2011/08/15(月) 21:10:40.35 ID:HcC6uuzw
○ボルガ地方
第五魔法都市ボルガ
・ドッガ地区
ツマガネ村
ハクキ村
グレー村
アノリ霊山
ルーズ川

483 :創る名無しに見る名無し:2011/08/15(月) 21:11:32.67 ID:HcC6uuzw
○カターナ地方
第六魔法都市カターナ
・港町ビッセン
・コターナ島
ゾナ諸島
ルナ島

484 :創る名無しに見る名無し:2011/08/20(土) 05:40:09.36 ID:MuVw45Sa
ほぼ毎日更新してたのに5日の空白か
地方の設定でも考えてるのかな

頑張れー


485 :創る名無しに見る名無し:2011/08/24(水) 18:12:30.08 ID:MWnrqSB6
休憩のつもりで少し板から離れてました
約10日振りの投下です

486 :創る名無しに見る名無し:2011/08/24(水) 18:13:12.87 ID:MWnrqSB6
大陸南方開拓史
南方民俗


大陸南方豊饒の地。
夏季暑過ぎず冬季寒過ぎず。
実り多く飢餓疾病と無縁の処。
我理想郷を見付けたり。

487 :創る名無しに見る名無し:2011/08/24(水) 18:14:36.88 ID:MWnrqSB6
大陸南方住民営農して日を過ごす。
田畑種播けば能く手入れずとも豊なり家畜山に放てば能く世話せずとも肥える。
大陸南方支配者無く争奪無く緩やかなる法の下人徒無為に時を過ごす。
大陸南方住民何時も急かず急かさず日の出と共に起床し日没と共に就寝す。
此の地正に楽園なり。

488 :創る名無しに見る名無し:2011/08/24(水) 18:17:22.19 ID:MWnrqSB6
大陸南方住民魔導師に出会いても共通魔法に興味を示さず。
啓発会魔導師大陸南方の空に魅せられ使命忘れる。
大陸西方の厳しさを思えば是も致し方無し。
大陸南方住民変革を望まず啓発会此に魔法を与する事能わず。
魔導師只慎(しづ)かに民に添う。

489 :創る名無しに見る名無し:2011/08/24(水) 18:17:49.55 ID:MWnrqSB6
早くも一年の時流れ大陸南方住民共通魔法に近付けど未だ理解を持たず。
人満ち足りて平穏に飽く所莫し。
誰も魔法を望まず。
豊饒の地に魔法不要と雖も啓発会時に備えて細々(さいさい)と魔法語り継ぐ。

490 :創る名無しに見る名無し:2011/08/24(水) 18:18:54.44 ID:MWnrqSB6
或る秋大陸南方に疫病の蔓延れり。
此の病畜獣を介して人に伝染し発症後数日の内に死に致る。
患者高熱を発し気狂いて息絶える様に皆々慄き震える。
大陸南方住民病を恐れる余り迷信に縋りて奇行に奔る。
迷信病魔に克てず徒に人を害す許り。
共通魔法の知恵も及ばず。
然れど共通魔法無力に非ず。
発症者の数人魔法で命繋ぎ止めたり。
此の病理の解明十年後の事なれど共通魔法の有用を証明す。

491 :創る名無しに見る名無し:2011/08/24(水) 18:21:02.12 ID:MWnrqSB6
頓て疫病の脅威過ぎ去る。
然れど斯様な事態にも拘らず信じ難くも大陸南方住民の多勢共通魔法を学ぼうとせず。
大陸南方住民安暢(あんのん)なる事飼牛の如し。
啓発会危機を覚え速やかに第二の魔法都市を築く。
此ブリンガーと名付けらる。
但(ただ)新都完成せども大陸南方住民の関心薄く嘆(ああ)街猫を護るが様。

492 :創る名無しに見る名無し:2011/08/26(金) 18:58:49.63 ID:QaBaWOc6
大陸北方開拓史
北方民俗


大陸北方極寒の空。
夏迎える迄草木芽吹かぬ不毛の地。
小獣雪下の蟲を食みて育つ。
生類寒冷凌ぐ可く大食にして肥大化す。
人も例に漏れず。

493 :創る名無しに見る名無し:2011/08/26(金) 19:07:32.03 ID:QaBaWOc6
大陸北方住民狩猟を生業とす北部人と営農を生業とす南部人に分る。
極北に住まう人営農を知らず殊ガンガー山脈の南麓を拠点とする者略奪を繰り返し
刹那の快楽に生きる。
彼常人より頭一つ二つ大なりて極寒に耐え北方南部人を支配し農奴とす。
極北人只獣の如く奪う他に能無し。
人財家畜は自然の湧出と思い違いて畜生にも劣る非道を尽くし省みる所莫し。
此支配者の資格失し。

494 :創る名無しに見る名無し:2011/08/26(金) 19:08:49.45 ID:QaBaWOc6
極北人腕力に任せて体格の劣る者を蔑視し外客の言に耳傾けず。
啓発会の魔導師共通魔法の教えを伝えに征くも骸となりて帰還す。
傍人の曰く極北人魔導師の皮を剥ぎ臓腑を抉りて肉を屠り血の宴を披いたり。
極北人噂(おと)に違わず無残なる事甚だしく飢えた狼の如し。
啓発会極北人の謳う強者絶対の流儀に従いて宣戦布告せども魔導師極寒の空に敗れ
魔力の行使儘ならず。
啓発会大戦六傑の出動を請う。

495 :創る名無しに見る名無し:2011/08/26(金) 19:10:48.71 ID:QaBaWOc6
大戦六傑の一バルハーテ同一ミタルミズ唯二人北方制圧に向かう。
極北人魔法の驚異を知らず大戦六傑の実力を侮りて唯兵千幾許で迎え撃ち大敗す。
バルハーテとミタルミズ三週の内に極北人をガンガーの麓へ追い詰めたり。
極北人の長蛮行の過ちを認めざれど啓発会に服従の意を伝える。
長曰く強者絶対の流儀に従い支配を許すと。
バルハーテ激怒し極北人の支配を放棄す。
彼ミタルミズと共に唯北方南部人を保護す。
極北人営農知らず略奪ならず永年零下の地に封ぜられ徒時の儘に勢力の衰えを待つ。

496 :創る名無しに見る名無し:2011/08/26(金) 19:12:48.32 ID:QaBaWOc6
三年の後極北人全滅の危機に瀕し其の子父祖に代わりて赦しを請う。
バルハーテ問うて曰く何ぞ我が赦す事有ろうかと。
極北人の子惑いて答に窮す。
バルハーテ極北人の子を諭して曰く強者絶対の流儀を棄てよと。
極北人の子赦し得る事能わずガンガーの麓に帰る。
翌年ミタルミズ極北人の長をバルハーテに引き会わせたり。
極北人の長地に伏してバルハーテに赦しを請うもミタルミズ之を制す。
バルハーテ極北人の長を北方南部人の国に通す。
啓発会の下北方南部人の国栄えたり。
バルハーテ曰く見よ人の豊かなるを人に上下無く略奪も無し人人として生き生き人人に縁って生き
人人の為に生きる是世の理と。
極北人の長落涙し支配の何を以って足るかを知る。

497 :創る名無しに見る名無し:2011/08/26(金) 19:13:49.33 ID:QaBaWOc6
大戦六傑の一ミタルミズ北の地を離れグラマーに帰還す。
バルハーテ北の地に留まり極北人と北方南部人の仲立ちをする。
バルハーテ極北人の子を娶り北の地を善く支配しガンガーの麓に第三の魔法都市を築く。
啓発会第三の魔法都市バルハーテの国をエグゼラと命名す。
大陸北方永く平和の時を保つ。

498 :創る名無しに見る名無し:2011/08/27(土) 19:01:28.76 ID:st4BAT1e
大陸中央開拓史
中央民俗


大陸中央平野広がり荒天少なくも土地痩せて草木矮なり。
天地の厳しさ大陸西方に及ばず乍も此の地均しく人獣貧し。
即ち大陸中央見所莫し。

499 :創る名無しに見る名無し:2011/08/27(土) 19:02:11.63 ID:st4BAT1e
旅人の大陸中央評して第一に住民の料理無味し。
女人気風(きふう)好く厚意にて旅人を餐に招くも無味の余り其平らげる事能わず。
第二に住民の饒舌にして口賢しく見知らぬ者にも親類の如く馴れ馴れしく振る舞う。
旅人を見るや老若誰も彼も集り不要の品古物雑物如何物持ち来たりて高物と騙り売らんとす。
偽り口にする事恥じる所莫く一度の拒否撃退に懲りず二度(ふたたび)売りに来る者のありて
其の厚顔さ呆れる許り。
只品物の価値を知らぬと見え稀に高物を安価で売り出す。
旅商良品発掘を期待して住民に価値物の判別を講釈する様観られり。

500 :創る名無しに見る名無し:2011/08/27(土) 19:03:57.78 ID:st4BAT1e
大陸中央住民共通魔法に大いに興味を持つ。
併し意欲充ちて魔導師に倣い魔法の習得に励むも少し少し覚えた処で飽き足り根付(つ)かず。
而も此理解浅薄の分際で教導に回り啓発会を悩ます。
是何時か災禍の種ならんと案じ啓発会魔法都市の建設を急ぐ。
啓発会第四の魔法都市をティナーと名付ける。

501 :創る名無しに見る名無し:2011/08/27(土) 19:05:06.59 ID:st4BAT1e
大陸中央見所莫く住民の文化継承の浅きを是幸いと啓発会魔法秩序の維持を名目とし
都市を大いに改変す。
啓発会大陸中央住民に契約の遵守を徹底し一大交易都市を目指す。
啓発会此の地を共通魔法大陸支配の要砦(ようさい)として強固な魔法結界で守護する。

502 :創る名無しに見る名無し:2011/08/28(日) 18:46:23.03 ID:D0AtTCkj
大陸東方開拓史
東方民俗


大陸東方山岳険しく平地(ひらち)狭くて棲み難し。
移動困難にして外地との交流稀(すくな)く小国の乱立独歩す。
雨天多く時に河の溢れ人家押し流す。
因って地肥沃なれど亦時に地大揺れ大山の頂火を噴いて危うし。
大陸東方住民好く暮らす物と驚き乍も感心す。

503 :創る名無しに見る名無し:2011/08/28(日) 19:02:19.98 ID:D0AtTCkj
大陸東方住民外者(そともの)に淡薄なれど救援を求む声には速やかに応ず。
斯くなる意識は天地御する事能わず降り掛かりたる災厄に抗う為が故か其の由能く知れず。
人の規律固く複雑怪奇な法の夥(おお)く有れど其の多数は名許りにして実体莫し。
時に平然と規律を無視して自縄自縛を回避す。
規律の夥くに比例して迷信小呪(こまじな)い亦夥く破棄に足る道理を説くも解せず嘆人の頑迷なる。
然れど実益利便に敏(するど)く外来の技術を逸早く取り入れたり。
大陸東方住民技術実用に際して新たな規律を考案し積み増(た)す。
斯くして規律益し益し煩雑と化す一方で人頑迷なるが故に規律減る事莫く整う事も亦莫し。
此何時か規律の掌握不能になると余人の事乍危惧す。

504 :創る名無しに見る名無し:2011/08/28(日) 19:02:47.69 ID:D0AtTCkj
大陸東方住民共通魔法の有益なる物を進んで習得し実生活に組み込む。
然れど東方権力者の一部民が魔法得る事嫌気し共謀して共通魔法の使用を禁ず。
啓発会権力者から離れ小村を支援し此を発展させて抗う。
大陸東方住民直向きにして適応に優れ啓発会の手に依り如何な小村も忽ち大都と成り。
其の一を第五の魔法都市ボルガとし啓発会共通魔法を大陸東方に広く伝える。

505 :創る名無しに見る名無し:2011/08/28(日) 19:05:24.52 ID:D0AtTCkj
但大陸東方水蛇の一族是を好とせず啓発会に係わる者を脅迫す。
弱者を狙う其の手段狡猾にして卑劣なれど水蛇恐ろしく啓発会容易に動けず。
啓発会大陸東方探訪の遅れを悔やむ。
折り好く大戦六傑が一織天ウィルルカ第五の魔法都市を訪れり。
織天噂聞き事訳承知して水蛇の討伐を決意し三日経たぬ内に此を降す。
大戦六傑織天の驚異知り旧き権力者大いに動揺す。
最早共通魔法の拡大を止める物莫し。
三年の後固陋な権力者衰退し終に大陸東方の粗方啓発会に降る。

506 :創る名無しに見る名無し:2011/08/28(日) 19:06:13.61 ID:D0AtTCkj
然れど迷信小呪いの類余程の害悪でさえ形(かた)式変えて残れり。
人の頑迷なるは改まらずも啓発会之文化存続の一として問題とせず。

507 :創る名無しに見る名無し:2011/08/29(月) 19:10:51.32 ID:oiDs5OXT
大陸南東開拓史
南東民俗


大陸南東最も海に近く潮風穏やかなる常夏の地。
天候能く晴れ能く雨降り草木の巨大にして実り豊。
亦湿気の多く渇きを知らず大陸西方出身の身としては羨ましく思うも蒸して敵わぬ。
住み心地では大陸南方に及ばず。

508 :創る名無しに見る名無し:2011/08/29(月) 19:15:07.26 ID:oiDs5OXT
大陸南東住民高温多湿の風土故か服装軽易にして肌露。
故に日に灼けて肌色黒く頑健にして逞し。
是を恥じらう事莫く人余程気の太しかと思いきや然に非ず。
住民の肌露なるは只習俗慣例に基(よ)る物なり。
夏暑さ酷くなり大陸南東住民能く海に出づ。
其の泳ぎ上手く速さ陸上を駆けるが如く潜水時間一針にも及ぶ。
着衣の儘では遊泳に当して衣服水含んで重くなり礑と服装軽易の由を知る。

509 :創る名無しに見る名無し:2011/08/29(月) 19:31:14.07 ID:oiDs5OXT
大陸南東住民大らかにして明朗快活なり。
古の精霊魔法使いに似て自然に親しみ暮らし裕かな故か共通魔法への関心薄し。
嵐襲い来るも是を受容し病流行るも是を受容し抗う事を知らず。
然れど海獣共には厳しく幼獣と雖も容赦せず共通魔法専ら海獣狩漁の手段として大陸南東住民に
広まる。
共通魔法の斯く兵器の如き扱いに魔導師心悩ませど此ぞ教導の意義問われんと胆(こころ)す。
共通魔法緩慢乍人の生活に滲入する事確実なり。

510 :創る名無しに見る名無し:2011/08/29(月) 19:32:33.84 ID:oiDs5OXT
魔法暦百年経(す)ぎて大陸六点制覇し共通魔法遂に全土を支配す。
永き時の果てに大陸中の人交わり亡(うしな)われし文明の再興を待つ。

511 :創る名無しに見る名無し:2011/08/31(水) 18:29:29.17 ID:B1nP1iXR
英雄六傑伝


『昏いヨナワ』と『朱いダーニャ』


魔法大戦で共通魔法勢力に付き、活躍した六人の英雄を、魔法大戦の六傑、大戦六傑と言うが、
当然ながら、実際に魔法大戦で共通魔法勢力として戦った者は、たった6人ではない。
大戦六傑とは後世に決められた物であり、六傑と同等か、それ以上の活躍をした者が、
当時存在していたかも知れない。
時に大戦六傑として数えられる『昏いヨナワ』と『朱いダーニャ』は、それを象徴する存在である。

512 :創る名無しに見る名無し:2011/08/31(水) 18:31:02.93 ID:B1nP1iXR
『昏いヨナワ』とは不名誉な渾名である。
無名に埋もれていないだけ良いと言う意見もあろうが、『ヨナワ』の何が『昏い』のかと言うと、
魔法の道理に『昏い』のだ。
ヨナワは魔法が使えなかったのである。
その代わり、武器の扱いに長けていた。
古の賢者達を相手に、ヨナワは所謂魔法道具を使って、大戦で活躍したのだ。
しかし、得物が得物だけに近接戦闘しか実行出来ず、伝承にある様な天地を揺るがす戦いでは、
影が薄かった。
それでも魔法大戦で名が残っているのだから、ヨナワは魔法以外に何かしらの、
優れた能力を有していたのだろう。
例えば――強化魔法にも劣らない身体能力、敵の動きを読む洞察力……等。
惜しむらくは魔法使いでなかった為に、殆ど注目されず、史料文献が殆ど残っていない事である。
故に、大戦での実績は曖昧で、戦後は行方が知れず、戦死したのか、生き延びたのかも不明。
旧暦史学会では、英雄としての存在を怪しむ声もあり、確証が無い現時点では、
存在していなかったも同然の扱いである。

513 :創る名無しに見る名無し:2011/08/31(水) 18:32:25.91 ID:B1nP1iXR
一方、『朱いダーニャ』は歴とした魔法使いである。
大戦六傑の一、『滅びのイセン』の弟子であり、グランド・マージの孫弟子に当たる。
しかし、渾名の朱(あか)が示す通り、余り良い方に評価されていない。
血を流させる事に悦びを見出す、その性格は狡猾にして残忍。
魔法での暗殺を得意とし、敵を倒すには手段を選ばず、一切の容赦をしなかったと言う。
敵殺害数は大戦六傑をも上回り、共通魔法陣営で最大だが、同時に味方の殺害数も多かった、
危険な存在。
実在が確定していながら、大抵の史書で大戦六傑から除外されているのは、敵方の有名所と、
直接交戦していない事と、イセンの弟子である事から、他の六傑と同格の位置付けが難しかった為。
現在では、所謂汚れ役を一手に引き受けていた存在と、認識されている。
魔法大戦での生死は不明だが、戦後に一切の記述が無いので、戦死したと思わる。
大戦六傑の一、『気貴きバルハーテ』と折り合いが悪く、彼によって討たれたとする説もある。

514 :創る名無しに見る名無し:2011/09/01(木) 17:49:22.77 ID:UiasX4Yi
『地を穿つマゴッド』


魔法大戦の六傑、地を穿(う)つマゴッドは精霊魔法使いの一人である。
史書によってはマゴット、マコット、マーゴッドとも。
大戦六傑は史書の著者によって入れ替わり激しいが、彼女が外される事は先ず無い。
織天ウィルルカと同じく旧暦では数少ない女魔法使い。
伝承にあるマゴッドの事を謳った詩が、彼女の実力をよく表している。

マゴッド一つ地を穿てば、草木ざわめき水面が揺れる。
マゴッド二つ地を穿てば、陸が震えて鳥も落ちる。
マゴッド三つ地を穿てば、山は平地に平地は海に、海は山なり天地が逆(かえ)る。

大戦六傑の一、地を穿つマゴッドは、渾名から大地を操る大魔法使いだったと認識されているが、
より大きな概念を操る事が出来たとも考えられている。
魔法大戦で生き残った彼女は、第一魔法都市グラマー完成の建設に協力し、
その後ブリンガー地方に渡ったと云うが、詳細は不明。
ブリンガーの大地が豊かなのは、マゴッドの魔法の恵みとする言い伝えがあるが、
これは開花期に後付けされた話。

515 :創る名無しに見る名無し:2011/09/01(木) 17:49:55.74 ID:UiasX4Yi
『灼熱のセキエピ』


炎を操る魔法大戦の六傑。
『地を穿つマゴッド』と同じく精霊魔法使い。
セキエッピ、セキエーピ、セッキエピ、セッキーピ、セキーパ、サキエッピ、シエキエピ、スエキエビー等、
六傑の中で最も書によって表記揺れが激しい。
生まれが不明確で、辺境の孤児とも、精霊の子とも云われている。
太陽の落とし子、炎の化身とも云われ、精霊魔法使いと言うより、精霊その物に近い扱いをされる。
セキエピの炎は『生ける炎』であり、空を灼いて地を溶かしたと云うが、生ける炎が一体何なのか、
伝承では語られていない。
恐らく、魔法の炎を自在に操ったのだろうと考えられている。
彼は炎によって身を守られており、如何な攻撃も彼の纏う炎を破る事は出来なかった。
魔法大戦で生き残り、第一魔法都市完成前に、唯一大陸を東に旅立ったとされているが、
その後の消息は不明。

516 :創る名無しに見る名無し:2011/09/01(木) 17:53:15.03 ID:UiasX4Yi
『滅びのイセン』


グランド・マージの第四の高弟にして、魔法大戦の六傑の一。
名前は短いが、イーセン、イッセン、エーセン他、発音の違いが幾つかある。
如何なる魔法でも、一目見れば原理を理解し、ありとあらゆる魔法を扱えたとされ、
彼に使えない種類の物は無かったと云う。
魔法大戦では、呪詛返し、無効化、弱体化、死の魔法で、味方の戦いを補助する事が多かったが、
その他の魔法が不得手という訳ではなく、それ等を最も上手く扱えるのが、彼だったに過ぎない。
小細工の苦手な他の六傑と、役割分担をした結果、自然にそうなったと思われる。
魔法大戦を無事生き延び、第一魔法都市グラマーの完成に尽力。
魔法啓発会の初代八導師に名を連ねており、4代目の八導師最長老となった。
八導師の任期を終えた後は、先代のウィルルカに続いて唯一大陸を巡る旅に出て、
行方不明になっている。
ウィルルカとイセンの2人は、グランド・マージの高弟として、魔法大戦の六傑と分けられる場合がある。

517 :創る名無しに見る名無し:2011/09/02(金) 19:06:19.62 ID:49wRoOMi
『轟雷ロードン』


魔法大戦の六傑の一。
渾名の通り、雷、電撃の魔法を得意とする、共通魔法使い。
ロドン、ロドーン、ドドン、ゴゴン、ゴーロンとした書もある。
セキエピに次いで名前違いが多いが、雷鳴を擬音化した物が殆ど。
雷雲を呼び寄せる他、青天の霹靂、妖精の輪といった自然現象を十街規模で引き起した記録がある。
砦を砕き、軍隊を蹴散らす、伝承上では、ウィルルカに次ぐ最大級の共通魔法の使い手。
雷で大国を一つ、小国ならば十幾つは滅ぼしたと云われている。
しかし、魔法大戦の終盤では全く名前が出なくなる。
その為、大戦の後半で戦死したとする説が有力。

518 :創る名無しに見る名無し:2011/09/02(金) 19:07:25.00 ID:49wRoOMi
『鎮まぬミタルミズ』


魔法大戦の六傑の一で、水を操る共通魔法使い。
大柄な男で、物静かな性格だが、一度怒り狂うと収まらない。
バルハーテと共に北方征伐に向かった事から、戦後の実在は確定しているが、
実は魔法大戦中の功績が不明。
大戦初期には伝承に名前が無く、大戦中期、共通魔法勢力の死傷者が増えた事で、
前線に駆り出される様になったとの見方が、古代史学会では優勢。
戦後、第三魔法都市エグゼラの完成に係わり、北方の治安安定に協力した。
北方征伐の後、各地で治水事業に関わったとされているが、ボルガ地方に向かったのを最後に、
行方不明になる。

519 :創る名無しに見る名無し:2011/09/02(金) 19:09:03.34 ID:49wRoOMi
『気貴きバルハーテ』


魔法大戦の六傑の一だが、魔法大戦での戦闘に関する記述が殆ど無く、
戦局に関わる重要な戦いでも、その結果しか遺されていない。
魔法使いではあるが、何の魔法使いか不明で、少なくとも共通魔法使いではなく、
その他の勢力に属していた者でもない。
伝承での登場も、大戦六傑の中では、最も遅い。
魔法大戦後に共通魔法を習得し、その実力は八導師に匹敵したと云うので、
優れた魔法資質の持ち主である事は確か。
多くの史書で大戦六傑に数えられてはいるが、謎の多い人物。
誇り高く、非道な行いを嫌ったとされており、大戦中、主義主張の違いで、
所謂仲間割れをした記録が何度もある。
しかし、何れもバルハーテに敗れて、彼の意見に従わざるを得なくなったとされている。
この部分に関しては、古代史学者の中でも、様々な理解がある。
戦後はミタルミズと共に、現在のエグゼラ地方を開拓。
その儘、現地に留まり、大陸北方を統治して、一生を過ごした。
魔法大戦の六傑の中で唯一、直系の子孫が残っている人物でもある。

520 :創る名無しに見る名無し:2011/09/02(金) 19:11:49.65 ID:49wRoOMi
魔法大戦の六傑は、マゴッドとセキエピ以外、誰が入るか安定してない。
そのマゴッドとセキエピですら、戦後の動向は殆ど知られておらず、最後は消息不明。
八導師も大戦六傑も、魔法大戦の事については、多くを語っておらず、回顧録も無い物とされている。
ウィルルカ、イセン、ミタルミズ、バルハーテ以外は、お互いの面識の有無すら明らかでない。
その中でバルハーテは、大戦中の正体が全く不明な事から、よく大戦六傑から外される。
ミタルミズに至っては戦績不明。
故に、『大戦六傑』の存在を怪しむ声もある。
仮に存在していたとしても、伝承・史書にある実力・実績を誇張と考えている者は、少なくない。
この様な評価に魔導師会は、八導師も大戦六傑も人間であるとだけ回答している。
これは伝承の内容が誇張表現である事を認めた物と、多くの者は思っている。

521 :創る名無しに見る名無し:2011/09/03(土) 18:17:11.56 ID:VD9Pwt9c
魔法暦499年3月3日 第一魔法都市グラマー 象牙の塔


象牙の塔で3月3日と言えば、魔法学校の上級課程を卒業した、新入生の初来日である。
禁呪の研究を志す学生は、適性試験を受けて合格しなければならないが、一度その職に就くと、
もう後戻りは出来ない。
研究者である限り、狭い施設内で過ごす事になり、研究者を辞めても、監視が付く。
何をどうしようが、管理された一生を送る運命が、決定してしまうのだ。
故に、禁呪の研究者になろうと言う学生は少ない。
己の自由と引き換えに、魔法技術を発展させよう等とは、思わないのが普通。
禁呪の研究者になろうと言う時点で、その者は普通ではないのである。

522 :創る名無しに見る名無し:2011/09/03(土) 18:21:22.20 ID:VD9Pwt9c
魔法暦499年の新入生は、B棟に一人だけであった。
カティナ・ウツヒコ、女性、24歳、第四魔法都市ティナー出身、大陸東部(ボルガ地方)系移民の家柄。
二十代前半で魔法学校上級課程を卒業出来るのは、相当な能力者の証。
これから勤める事になるヒレンミ研究室に向かう途中、彼女は擦れ違う研究員から、
好奇の視線を浴びせられる。
B級禁断共通魔法の研究に従事している者は、全体で200人弱。
僻地の公学校の生徒数と大差無い。
同じ棟内では研究員のみならず、事務員も含めて殆どが顔見知り。
全員を把握していない者の方が少ない。
この時期に見慣れない若者が棟内を歩いていれば、何者か察するのは容易。
それに……この年、他の研究棟を含めて、唯一の新入生である。
物好きな他棟の研究者は、わざわざ暇を作って、優秀な新入生を一目見ようと集まっていた。
それが如何程のプレッシャーか、解る人には解るだろう。
そして不幸な事に、新入生の彼女は――……。

523 :創る名無しに見る名無し:2011/09/03(土) 18:43:44.37 ID:VD9Pwt9c
ヒレンミ研究室にて


B級禁呪研究者ヒレンミ・ヒューインは、今年で70歳を迎える老研究者である。
研究内容は、主に遺伝的疾患の治療。
比較的真っ当な研究目的を持っている部署である。
カーラン博士の様に新領域を開拓するのとは違い、既存の技術を応用して、用途の幅を拡げるのが、
ヒレンミ博士の役目。
実際は、カーラン博士が若い内から頭角を現して、数々の驚異的な実績を積み上げた事により、
新領域の開拓はカーラン博士に一任され、他の研究者は未知の領域に挑みたくとも、
それを許可されないのだが……。
その為、カーラン博士は他の研究者に恨まれている所もあるが、ヒレンミのカーランに対する感情は、
嫉妬と言うより、無力感に近い。
若かりし日のヒレンミは高名な師に付き従い、地位を固めて行ったが、丁度その頃から、
カーラン博士は殆ど独力で、研究の成果を上げ始めた。
当時、カーラン博士に対抗心を持っていたヒレンミは、後々後悔する事になる。
僅かな手掛かりも見逃さず、真実を探り当てる嗅覚。
目的の為には手段を選ばない、狂気的な純粋さ。
常人を遥かに上回る、思考・計算能力の速さ。
そして優れた魔法資質と、並ぶ者が無いと言われる魔法を扱う技量。
恐らくカーラン博士は、ヒレンミ博士の存在を何とも思っていない。
競う事すら諦めさせられる、絶望的な才能の差である。

524 :創る名無しに見る名無し:2011/09/04(日) 21:41:50.59 ID:d5cQ1dfg
そのヒレンミが代表を務める研究室で、カティナは新任の挨拶をしなければならなかった。
ヒレンミ研究室の人員は、本人を含めて18名。
カティナは同研究室19人目の研究員となる。
室長のヒレンミに促され、カティナは緊張した面持ちで壇上へ。
彼女は無難に型通りの挨拶を熟した。
その時は、誰もカティナを普通の学生上がりだと思っていた。
ヒレンミは研究員の一人、へイゼントラスターロットをカティナに付け、B棟を案内させた。
……後にヘイゼントラスタロットは、カティナの特殊性を知る、最初の人物となる。

525 :創る名無しに見る名無し:2011/09/04(日) 21:43:43.58 ID:d5cQ1dfg
ヘイゼントラスターロットは、カティナと同じ第四魔法都市の出身で、歳も近い。
カティナの良き先輩、良き同僚になれる者であった。

 「初めまして。
  私はヘイゼントラスターロット、ティナー中央魔法学校の卒業生。
  カティナさんはティナー北東魔法学校の卒業生だったよね?」

 「……はい」

ヘイゼントラスターロットは、施設の案内がてら、間を持たせる為に世間話をしたが、
どうもカティナの反応が良くない。

 「北東って言えば、ほら、二十歳で卒業したプラネッタ・フィーア……だっけ?
  彼女、多分、カティナさんと同い年か、一つ違いだと思うけど、知ってる?」

 「……はい」

鈍く、機械の様に無機質な返事。
はい、いいえで簡単に答えられる質問なのだが、逆に、それが良くないのかと思い、
ヘイゼントラスターロットは質問と話題を変える。

 「――えーと、カティナさんは、どうして禁呪の研究員に?」

 「あ……その……え……あ……」

 「志した理由とか、切っ掛けとか、何かしらあるでしょう?」

カティナは魚の様に口をぱくぱく開閉して、戸惑う。
新任の挨拶は普通に出来たのだから、極端な上がり性ではない筈。
答え難い質問だったのだろうか?
そう思ったヘイゼントラスターロットは、別の質問を考えた。

526 :創る名無しに見る名無し:2011/09/04(日) 21:45:15.46 ID:d5cQ1dfg
どんな話が適切か、暫し思案するヘイゼントラスターロット。
そこに話し掛けて来たのは、別棟の研究者。

 「やや、ヘイズ、『こんな時間』に出会うとは思わなかった。
  そっちの彼女は……?
  見慣れない人だけど」

「こんな時間」とは、研究時間中という意味である。
研究に割く時間は、共同実験や成果報告等を除いて、個々人が自由に配分する。
多くの研究員は、月週日によって研究時間を決めており、同僚や親しい間柄の者は、
互いの研究時間と休憩時間を把握している。
ヘイゼントラスターロットは、露骨に嫌な顔をした。

 「オイヤー、惚ける人は嫌いだよ」

 「ど、どういう意味?」

オイヤーと呼ばれた人物は、苦しい笑みを浮かべる。

 「『こんな時間』に、他所の棟まで足を運ぶ理由は、限られるだろう?」

禁呪の研究者は、あらぬ疑いを避ける為、基本的に他の棟には出入りしない。
オイヤー事、オイヤードントリダントスは、A級禁呪の研究者であるが、ヘイゼントラスターロットと同郷、
且つ同校の出身なので、「友人として」偶に会いに来ると言う事で、気にする者はいない。
実際は、オイヤードントリダントスが、余りに頻繁に出入りするので、誰も気にしなくなったのだが……。

527 :創る名無しに見る名無し:2011/09/05(月) 19:10:59.07 ID:XHTO6kM6
オイヤードントリダントスは逆切れ気味に開き直り、ヘイゼントラスターロットに言った。

 「ああ、そうだよ。
  噂の新人を見に来たんだ」

禁呪の研究者の自由は、大きく制限される。
研究者になった時点で、外の異性との出会いは、諦めた方が良い。
それこそ禁呪の研究に生涯を捧げる覚悟が必要なのだ。
中には人並みの出会いを求める職員もいるが、禁呪の研究者には自己中心的な人物が多いので、
オイヤードントリダントスの様に、施設内で人生の伴侶探しをする者はいない。
どう足掻いても、「ここ」で恋人作りは無理なのだが、オイヤードントリダントスは諦めない。

 「君がカティナ・ウツヒコ……だろ?
  ティナー北東魔法学校では優秀な成績だったと聞いている」

カティナは目を伏せて、返答に惑っている様だった。
傍目には怯えている風に見え、ヘイゼントラスターロットは彼女を庇いに出る。

 「他所の棟なのに、何で知ってるんだ?」

 「今年唯一の新入生なんだから、嫌でも注目されて情報が集まるって」

 「『集まる』じゃなくて、集めたんだと正直に言えよ」

 「……そうだよ、集めたさ!
  集めたとも!」

 「はいはい、私は彼女を案内しないといけないんだ。
  仕事の邪魔をしないでくれ」

 「連れないなぁ……分かったよ。
  カティナさん、後で会おう」

 「しっ、しっ」

ヘイゼントラスターロットに追い払われ、オイヤードントリダントスは退散した。

528 :創る名無しに見る名無し:2011/09/05(月) 19:16:26.66 ID:XHTO6kM6
ヘイゼントラスターロットは深い溜め息を吐き、振り返った。

 「御免ね、カティナさん。
  悪い奴ではないんだが……」

カティナは沈黙した儘であったが、仕草からは何かを言わんとする意思が読み取れる。

 「あ、あの……あ……」

ヘイゼントラスターロットは静かに彼女の言葉を待ったが、何極経っても言語と認識可能な物は、
出て来なかった。
ここで漸くヘイゼントラスターロットは、カティナが「普通」とは違う事を理解した。
しかし、それは誤解であった。
ヘイゼントラスターロットの考える普通とは、健常と言う意味。
所謂、吃音症の類ではないかと。
カティナの異常な部分は、ヘイゼントラスターロットの考える所とは、全く違う物である。
それが判明するのは、数日程先の事となる。

529 :創る名無しに見る名無し:2011/09/06(火) 21:49:04.53 ID:fsXkEykW
就任の翌日から、カティナは同僚に、無口な人物と認識される様になった。
能力と意志があれば採用される禁呪の研究者に、吃音症の者は珍しくない。
禁呪の研究者を志したカティナの実力は本物で、特に重唱を利用した合成魔法の技術は、
群を抜いていた。
彼女が意思を積極的に表明する事は少なかったが、人の話をよく聞き、理解も早かったので、
日常業務には全く支障が無く、同僚は彼女を、無口で控え目な合成魔法の達人と評した。
しかし、カティナ・ウツヒコの本質は、違う所にあったのである。
最初に気付いたのは、先述した様に、ヘイゼントラスターロット。
切っ掛けは、報告書の作成を指導していた時であった。

 「え……その書き方は何?」

ヘイゼントラスターロットは、両手を使って文字を書く者を、初めて見た。
左手で報告書を纏める一方で、右手ではメモ紙に魔法の合成式らしき物を描いている。

 「あ、これは……その……――」

カティナは相変わらず、まともに答えられなかった。
しかし、字を書く手の動きは止まらない。
はにかんだ笑みで、カティナは言う。

 「どうも考え過ぎてしまって……喋るのは苦手なんです。
  予め言う事を決めている時は良いのですが……」

ヘイゼントラスターロットは、カティナが長目の台詞を喋れた事に少し吃驚したが、
取り乱す事無く、自然に対応した。

 「あ、そうなんだ。
  緊張するの?」

 「いいえ、全然」

ヘイゼントラスターロットは、カティナの返事に眉を顰めた。

530 :創る名無しに見る名無し:2011/09/06(火) 21:50:24.32 ID:fsXkEykW
カティナは手を休めずに、ヘイゼントラスターロットに言った。

 「言いたい事が次々浮かんで、喉に詰まる感じ……と言いますか、
  あれもこれも言わないと――と思ってしまって、後が続かないんです。
  中々、人には解って貰えませんが……」

「本当かな?」と半信半疑で、ヘイゼントラスターロットは訊ねる。

 「それも前以って『言う』と決めた事?」

 「そうです。
  想定外の質問が来ない限りは、大体……――」

カティナは再び沈黙した。
頭の回転に口が追い付けなくなったのだ。
ヘイゼントラスターロットは一瞬何が起こったのか理解出来ず、呆気に取られていたが、
事情を察すると、小さく溜め息を吐いた。

 「言葉が追い付かなくなるのか……まるで幽霊博士だなー」

そして小さく笑う。

 「あの博士は話が繋がらなくても、お構い無しで喋り続けるから、それよりはマシなのかも」

「幽霊博士」が誰の事なのか解らず、困惑するカティナ。
それでも両手は独立した生物であるかの様に、動き続けている。
ヘイゼントラスターロットはカティナに言った。

 「成る程ね……この事、ヒレンミ博士は知ってるのかな?」

 「……わ、判りません」

 「そう……?
  カティナさんは大物になるかも知れないよ」

 「……あ、はい……あ、有り難う御座います」

ヘイゼントラスターロットの意味深な台詞を、カティナは素直に褒め言葉と受け取った返事をしたが、
それは中身の無い空虚な物だった。
小さな喜怒哀楽は直ぐに消え去り、感情の乗らない過去の物しか、彼女は語れない。
それは殊の外、難儀な事なのだ。

531 :創る名無しに見る名無し:2011/09/07(水) 19:30:47.87 ID:EaOFuWSC
ヘイゼントラスターロットは、カティナに対する偏見や誤解を無くす為、同僚に彼女の特殊性を説明した。
まるで幽霊博士の様に、脳の使い方が私達とは違うのだと。
話の種にした部分もあるが、善意からの行動と言って良い。
他所では敬遠される性質だが、象牙の塔では大いに歓迎される。
ヘイゼントラスターロットは、当然ヒレンミ博士にも、カティナの事を告げた。

 「何……?
  本当なのか!?」

その話を聞いたヒレンミは、恐ろしい形相でヘイゼントラスターロットを睨み付けた。

 「は、はい」

ヘイゼントラスターロットが怯んだ様子を見せると、ヒレンミは視線を逸らして咳払いを一つする。

 「あ……いや、有り難う。
  彼女は吃音症ではないのだな……うむ」

心ここに在らずと言った感じのヒレンミ。
虚空を見詰める、その真剣な眼差しには、若人の様な、野心に燃える熱情の灯が宿っていた。
眠っていた物が蘇ったのだ。
ヘイゼントラスターロットは少し後悔した。
ヒレンミのカーランに対する複雑な感情は、同研究室の者なら皆知っている。
そこにカーランと一部似た性質を持つ人物が登場したら、どうなるのか?
……こうなるかも知れない事は、予想していた。
遅かれ早かれ、カティナの特殊性は皆に知れ渡っていたであろうが、何か呼び覚ましてはならない物を、
自らの手で起こしてしまった罪悪感があった。

532 :創る名無しに見る名無し:2011/09/07(水) 19:31:33.43 ID:EaOFuWSC
それからヒレンミ博士は、自身の年齢を理由に、現在進めている研究の多くを、次代に引き継がせた。
研究者を鉱石掘りに喩えるなら、カーラン博士は発破士である。
多くの研究者は、彼が掘った鉱道から鉱石を探し当て、使える様に精製する。
誰もカーラン博士の真似をしようとは思わない。
凡人が足掻いても、カーラン博士以上の存在にはなれないし、何より効率が悪い。
しかし、ヒレンミ・ヒューインは、カティナ・ウツヒコを利用して、カーラン・シューラドッドの背を追い掛ける。
「追い掛ける」……何十年と開いた差は、縮む物ではない。
現在進めている研究を疎かにしてまで、追う価値があるかは疑問だ。
それでもヒレンミにとっては、カーランが見ている物を知る事の方が、重要であった。
あわ良くば、カティナ・ウツヒコをカーラン博士の代わりに――――……。
野心成就なるか。

533 :創る名無しに見る名無し:2011/09/09(金) 20:58:50.94 ID:m9EL+CJy
魔法暦496年 禁断の地にて


禁断の地は、高い山に囲まれており、正攻法で内側へ到るには、森を抜けた後、肉の門と呼ばれる、
深い谷を越えなくてはならない。
しかし、魔法資質が低い者は、幻惑されて森を抜ける事が出来ないし、魔法資質が高い者は、
肉の門に阻まれる。
「幻惑の森」と「肉の門」。
禁呪が封じられていると云われる、禁断の地の中央へ到るには、幾重もの森と谷を越えねばならず、
1つ乗り越える度に、より強力な魔法生物が襲い掛かる。
禁断の地の中央部と外縁部の、丁度中程に、1つの小さな村がある。
村民は旧暦の魔法使いの裔。
この村民も肉の門は越えられず、禁断の地から出る事は出来ない。
余程の実力者を除いて……。

534 :創る名無しに見る名無し:2011/09/09(金) 21:03:40.00 ID:m9EL+CJy
「ラビゾー」が禁断の地の住民となって、1年が過ぎようとしていた。
一日を太陽と共にし、村民の唄を聞きながら、魔法の何たるかを想い、時々子供等の相手をし、
農作業を手伝う。
それは何処までも安らかな日々であった。
しかし、それでも彼は、暇さえあれば、禁断の地の中心部に到る道を、そして禁断の地から出る道を、
何度も恨めしそうに見詰めていた。
名前を奪われ、郷愁を失っても、元からの住民でない違和感と疎外感は、どうにも出来ない。
禁断の地の外に、そして禁断の地の中央に、何か大事な物を置いて来た様な気がして、
それでも森の中の村から出られなくて、ラビゾーは遠くばかり眺めていた。

535 :創る名無しに見る名無し:2011/09/09(金) 21:14:53.91 ID:m9EL+CJy
春。
動植物が冬の眠りから目覚める、始まりの季節。
そして恋の季節でもある。
禁断の地の村では、主に動物が番う季節と認識されている。
ある麗らかな日和、ラビゾーは村民の婦人に、簡単な用事を頼まれた。
話によると、どうも人から物々交換で貰った豚の交配が、上手く行かないらしい。
それでバーティフューラーを呼んで来て欲しいと。
婦人は日常会話を織り交ぜて、息吐く暇も無く一方的に捲くし立てる。
お蔭でラビゾーは、「バーティフューラー」なる者に関する質問が一切出来ず、
ただ村の東の外れに住んでいる事しか、聞けなかった。
ラビゾーが出掛けたのは、不能を押し付けられた等と、延々愚痴を零された後だった。

536 :創る名無しに見る名無し:2011/09/09(金) 21:22:11.26 ID:m9EL+CJy
禁断の地の村は狭い。
住民は100人程度。
村の中は親戚と顔見知りばかり。
村と言うより、かなり規模の小さい集落である。
しかし、旧い魔法使い達は、各々の魔法の真義を守る為に、独自の仕来りを重視する傾向があり、
どうしても折り合いの悪い者が生まれる。
無用な衝突を避ける為、禁断の地の中でも、人から離れて暮らす者もいる。
バーティフューラーの一族も、その様な存在であった。
バーティフューラーの一族を何者か知らないラビゾーは、動物と意思の疎通が出来る、
『獣使い<ビースト・テイマー>』に近い物だと、勝手に想像していた。
そして、どうして道程が遠い訳でも、険しい訳でもないのに、自分で呼びに行かないのか、
不思議に思うのだった。

537 :創る名無しに見る名無し:2011/09/10(土) 19:52:39.08 ID:0gVjLlJY
村の東の外れに建っている大きな一軒家に着いたラビゾーは、人の姿を探したが、
辺りには誰もいなかった。
彼は仕方無く、家の戸を敲く。

 「今日はー!
  誰か、いらっしゃいませんかー?」

待つ事、暫し……内から戸を押して出て来たのは、栗色の髪の若い女。
年齢はラビゾーと、そう変わらない様に見える。
鼻を擽る、ふわりとした甘い香水か何かの匂いに、ラビゾーの心臓は大きく一度高鳴った。
女はラビゾーを見るなり、真顔で訊ねる。

 「誰?」

恐らく彼女は自分の事を知らないのだろうと思い、怪しい者ではない事を解って貰う為に、
ラビゾーは師の名を持ち出した。

 「僕はアラ・マハラータ・マハマハリトの弟子です。
  『バーティフューラー』さんを連れて来る様に言われました」

しかし、女は興味無さそうに言う。

 「そんな事、誰も聞いてないわ。
  アンタは誰かって聞いてるのよ」

 「僕はアラ・マハラータ・マハマハリトの――」

再び答えたラビゾーに、女は溜め息を吐いて返した。

 「……そうじゃなくて、アンタの名前は?」

ラビゾーは押し黙った。
師に与えられた「ラヴィゾール」は、仮の名。
堂々と自分の名前として名乗る事は躊躇われる。

 「ラ、ラビゾー」

 「ラビゾー?
  ……ラヴィゾール?」

ラビゾーは如何にも恥ずかし気に、小さく頷いた。

 「はァー、へーェ、フゥーン、ほォー……アンタがラヴィゾール?
  アンタが……ねェ……」

女は大袈裟に驚いて、ラビゾーをまじまじと見詰める。
ラビゾーは「失礼な人だな」と思ったが、気が小さいので文句を言えずに黙っていた。

538 :創る名無しに見る名無し:2011/09/10(土) 19:54:14.84 ID:0gVjLlJY
ラビゾーが対応に困っていると、家の中から別の女の声がする。

 「姉さーん、お客様なのー?」

声の主は、女の妹であった。
姿は見えないが、明るく可愛い声。
女は家の中に向かって、返事をする。

 「あー……その、お呼びが掛かったの。
  この時期、恒例のあれよ。
  ちょっと行って来るわ」

 「はいはい、なるたけ早く帰って来てね」

軽い遣り取りの後、女はラビゾーに向き直って言った。

 「大体何の用で来たかは解ってるから、ぼさっと突っ立ってないで、早く案内しなさい」

 「あ、はい……ええっと、あなたがバーティフューラーさん?」

 「そうよ。
  未だ名乗っていなかったわね。
  アタシはバーティフューラー・トロウィヤウィッチ・カローディア。
  宜しく、アラ・マハラータの弟子ラヴィゾール」

微笑み掛けられ、ラビゾーは再び、どきりとする。
彼がバーティフューラーの一族の魔法が、どの様な物か知るのは、村に着いてからである。

539 :創る名無しに見る名無し:2011/09/10(土) 19:56:08.63 ID:0gVjLlJY
村へと続く天然の並木道を、ラビゾーとバーティフューラーは2人で歩く。
こういう所で全く気が利かないラビゾーは、時々後ろを気遣うだけで、ずっと無言だった。
雰囲気の悪さに耐えられなかったのか、先ずバーティフューラーからラビゾーに話し掛ける。

 「アンタ、喋らないのね。
  もしかして、アタシと口利くなって言われてる?」

 「えっ、何で……?」

 「別に隠さなくても良いのよ?
  アタシの魔法が他人に、どんな風に思われてるか位、解ってるし」

突然の発言に、ラビゾーは戸惑った。
しかし、状況から何と無く、「バーティフューラー」は忌避されている存在なのだと察した。
取り敢えず、口止めされた事実は無い。
それだけは誤解の無い様に伝えなくてはならない。

 「いや、何も聞いてませんよ。
  何をしてはいけないとか、そんな事は全然」

 「……可哀想」

 「えっ」

ラビゾーは寧ろバーティフューラーを哀れに思って、庇う気持ちがあったのだが、
逆に哀れまれるのは心外であった。
気不味い雰囲気の儘、2人は村へと向かうのだった。

540 :創る名無しに見る名無し:2011/09/11(日) 17:50:37.50 ID:vSmoAIeq
村に着くと、ラビゾーが懸念していた、バーティフューラーが忌避されていると言う予感は、
確信に変わった。
バーティフューラーの姿を見るなり、村の大人は外で無邪気に遊んでいる子供を呼び寄せ、
まるで悪しき物から匿う様に、家の中へ退避する。
中には犬猫まで家の中に連れ込む者もいる。
そして屋外には、人っ子一人いなくなるのだ。
温和で親切な村の人々が、この様な振る舞いをする事に、ラビゾーはショックを受けた。
しかし、バーティフューラーの方は全く気にしていない風で、それが彼には余計に悲しかった。
普通の村娘にしか見えない、この女性が、どんな人生を送って来たのか……――。
それを思うと、ラビゾーは口元を固く引き締め、自分は誠実さを貫こうと、胸を張った。

541 :創る名無しに見る名無し:2011/09/11(日) 17:51:27.85 ID:vSmoAIeq
ラビゾーはバーティフューラーを、依頼主の婦人の家に連れて行った。
婦人は露骨に嫌な顔はしなかったが、その態度は何処か余所余所しい様に、ラビゾーには感じられた。
婦人は2人を、家から半通離れた豚小屋に案内した。

 「――体も大きくて、立派な奴だったから、良い取り引きだと思ったよ。
  病気もしない、気性が大人しくて、よく言う事も聞く、これ以上は無い優良な家畜だった。
  でも、どんなに良くっても不能じゃあ種豚としては失格なんだよ。
  美味い話には裏があるとは言うけどさ――」

道すがら、婦人はラビゾーに話したのと同じ内容を、バーティフューラーにも聞かせていた。
……ラビゾーが感じた余所余所しい態度は、彼の思い過ごしだったかも知れない。
バーティフューラーが避けられているとの先入観から、その時は何と無く、そう見えたのだ。
この婦人は理解ある人物なのか、それとも……?
ラビゾーは既に用件を片付けていたのだが、何の疑問も抱かずに、バーティフューラーと共に、
豚小屋に向かっていた。

542 :創る名無しに見る名無し:2011/09/11(日) 17:59:40.94 ID:vSmoAIeq
豚小屋は造りこそ粗いが、そこらの人家より大きい。
小屋の中は薄暗く、獣臭さが充満している。
染み付くと中々落ちない臭いだが、飼い主の婦人とバーティフューラーは、気にする素振りを見せない。
問題の豚は、雌豚と一緒に柵の中に囲われていた。
真っ黒で、体重3槽はあろうかという、大豚。
見た目からして同じ種類であろう雌豚が、子豚程に見える。
ラビゾーは内心、こんなので相手が出来るのかと、本気で心配していた。
婦人はバーティフューラーと二三言葉を交わし、豚小屋から出て行く。
ラビゾーは今更ながら、自分が用無しの存在だと気付いて慌てた。
何度も記憶を辿るが、婦人は確かに、バーティフューラーと共に、ラビゾーを豚小屋に案内した。
何か用事があったのだが、影が薄かったから、忘れられてしまったのか……。
まさか豚の交尾を見せ付ける為に、連れて来た訳ではあるまい。
バーティフューラーの手伝いをしろと言う事なのか……。

 (それなら一言二言あっても良さそうな物だが……)

ラビゾーは悩む。
彼には畜産業の経験が無かった。
恐らくバーティフューラーは手馴れているのだろうが……。

 (豚の交尾を手伝わされるのは嫌だなぁ……)

男の癖に細かい事を気にするのは、良くないと思いつつも、それなら汚れても良い服に、
着替えたかったと思う。
ラビゾーは器の小さい男であった。

543 :創る名無しに見る名無し:2011/09/12(月) 22:21:23.18 ID:YCF93J0u
 「お前、駄目な子だぁね。
  こんな可愛い子が傍にいて、何の気も起こらないの?」

バーティフューラーが言った事に、ラビゾーは過剰に反応した。
彼女は大きな雄豚の頭を撫でていた。
先程の発言は雄豚に向けられた物と知って、ラビゾーは安堵の息を吐く。
しかし、彼の鼓動は収まらない。
心音が頭に響く。
ラビゾーは、大きな雄豚の腹の下で蠢く物に、ふと気付いた。
よく見れば、雌豚が雄豚の脇腹に体を押し付け、囲いの際に追い遣っている。

 「あの子は、とっくにお前を受け入れる準備が、出来ているんだよ」

その甘い囁き声は、雄豚に向けられているのに、ラビゾーの心臓は高鳴った。
バーティフューラーがラビゾーを一瞥する。
一瞬、目と目が合い、ラビゾーの心臓は一段と鼓動を早めた。
豚小屋の臭さが、理性を奪って行く様で、彼は鼻を袖で覆った。
急に、周りの豚の落ち着きが無くなる。
狭い囲いの中をうろうろ徘徊し、大きな声で鳴いたり、柵や壁に乱暴に体当たりをし始める。
ラビゾーは狼狽え、周囲を見回して、必死に異常の根源を探した。

544 :創る名無しに見る名無し:2011/09/12(月) 22:22:22.24 ID:YCF93J0u
豚小屋の妖しい雰囲気は、バーティフューラーの魔法によって齎された物と、ラビゾーは理解した。
薄暗い豚小屋――視覚、嗅覚、聴覚、全てが制限される閉鎖的な空間……。
儀式的な魔法を行う条件が整っている。
一部の外道魔法は、共通魔法と違い、描文・詠唱を要さない代わりに、特殊な条件を満たす事で、
発動する物がある事を、ラビゾーは知っていた。
彼には魔力の流れは読めないが、この場が異常だと言う事だけは、はっきりと断言出来る。
大きな雄豚が雌豚に対して及び腰なのも、それが原因なのかも知れない。
ラビゾーは、そう思った。

 「何を怖がっているの?
  恐れる事なんて、何も無いのよ」

 (この状況を怖がるなって?
  それは無理だよ)

バーティフューラーの言葉は、雄豚に向けられた物。
それでもラビゾーは、必死にバーティフューラーを否定した。
これは尋常ではない。
豚小屋の周囲半通には何も無く、この場に人は二人しかいない。
この状況でラビゾーは、獣の様な目でバーティフューラーを見詰め、如何にして彼女を犯すか、
ずっと頭の隅で考えていた。
それをラビゾーは恥じ入ると同時に、徐々に自分を抑えられなくなっているのに気付き、独り慄いた。
正気と狂気の間で揺れる彼の心は、まるで溺れている様である。
やがて息が苦しくなり、快楽の海に沈んでしまう。
淫らな妄想に耽るのは、豚小屋の空気が悪いのだと決め付け、ラビゾーは出入り口に向かった。
この儘では正気を保てる自信が無かった。
彼は魔法の扱いが下手な故に、魔法に支配される事を人一倍恐れた。
軽々度のV種魔法恐怖症である。

545 :創る名無しに見る名無し:2011/09/12(月) 22:23:33.89 ID:YCF93J0u
ラビゾーが豚小屋の開き戸に手を掛けた時、背後から舌打ちが聞こえた。

 「どうも上手く行かないと思ったら、アンタの所為なのね……」

ラビゾーは驚いて振り返る。

 「ぼ、僕が何か?」

 「アンタの乗りが悪いから、この子も乗って来ないじゃない」

バーティフューラーは、ラビゾーを責める様に睨んでいた。
大きな雄豚は、雌豚の積極的なアプローチに困惑し、未だ逃げ回っていた。
何とも滑稽な様子に、ラビゾーは失笑する。
バーティフューラーは魔法の効きが悪いのを、ラビゾーの所為にしているのだ。

 「乗るって、僕に何をしろって――」

そう言い掛けて、ラビゾーは黙り込んだ。
この先を言っては、薮蛇になると直感した。
話を逸らそうと、彼は慌てて言い繕う。

 「あ……いや、な、何でもありません。
  気分が悪いので、外の空気を吸いたいなと」

ラビゾーの危険を察知する能力は、とても優れていた。
バーティフューラーから直ぐに視線を逸らし、豚小屋の戸を手前に引く。

546 :創る名無しに見る名無し:2011/09/13(火) 19:22:35.19 ID:a8+caGY2
ぎしっと木材が軋む音。
強い抵抗。
ラビゾーの手は、取っ手から滑って離れ、戸は開かない。
押しと引きを間違えたかと思い、ラビゾーは戸を押してみた。
しかし、閊える。

 「……もう呆れて物も言えないわ。
  何で逃げるの?」

背後からの声にラビゾーは身を竦め、ゆっくりと振り返った。
バーティフューラーは息が掛かる距離まで、詰め寄っていた。

 「戸が開かないんですけど……」

ラビゾーはバーティフューラーの問い掛けを無視した。
バーティフューラーは眉を顰める。

 「私の魔法が効かない?」

 (効くから逃げようとしてるんじゃないか!)

理性を失わせる誘惑の魔法は、共通魔法で言うならA級禁呪に該当するが、ここは禁断の地。
化外の地であり、魔導師会が決めた法にも、都市の常識にも囚われない。
ここでは、誘惑の魔法の効果を高める為に、バーティフューラーを襲っても良い。
いや、豚の交尾を成功させる目的では、寧ろ彼女を手篭めにするべきなのだ。
恐らく、その為にラビゾーは、豚小屋に置いて行かれた。
所が、ラビゾーの小さなプライドは、道化になる事を許さなかった。
訳も解らない儘、雰囲気に流されるのは下郎。
ラビゾーは雄である前に、立派な一人前の男でいたかった。
その思想は、今まで彼の人生を歪めて来た、大きな障害物であった。

547 :創る名無しに見る名無し:2011/09/13(火) 19:23:16.90 ID:a8+caGY2
名前を奪われる前のラビゾーは、そうやって何時も何時も、得られる筈の利益を自ら捨てて来た。
その集大成が行き詰まりの人生で、彼は名前を奪われる事により、人生をやり直し、
失った物を取り返す筈であった。
……その様に、師は取り計らった筈であった。
バーティフューラーと関わる事で、真面目なだけが誇りであり、取り柄だった人生に別れを告げさせ、
彼の凝り固まった価値観と、欺瞞に満ちた理想像を崩壊させて、柵から解き放ち、
そして新しい魔法使いに生まれ変わらせる筈であった。
そう――、全ては「筈であった」のだ……。

548 :創る名無しに見る名無し:2011/09/13(火) 19:27:06.64 ID:a8+caGY2
バーティフューラーは深刻な面持ちで、ラビゾーに尋ねた。

 「アンタには……アタシが、どう見えてるの?」

それは彼女の魔法の本質に迫る手掛かりとなる問いであったが、この様な時に限って、
ラビゾーは鈍感だった。

 「え……?
  どうって、どう言う……」

 「美人だとか――」

ラビゾーの判断基準では、確かに美人の部類に入るが、飛び抜けて美人には見えない。

 「うーん……」

 「可愛いとか――」

ラビゾーの判断基準では、確かに可愛い部類に入るが、飛び抜けて可愛くは見えない。

 「うーん……」

バーティフューラーはラビゾーを押し遣り、開き戸に張り付けた。
そして、真剣な表情で迫る。

 「アンタはアタシに何を見てるの?
  ……まさか全く魅力を感じない訳じゃないわよね?」

 「うん……?」

唸るばかりで、態度をはっきりさせないラビゾーに、バーティフューラーは顔を歪めて、
苛立ちを露にしたが、はっと思い付いた様に一言。

 「何か特殊な性的指向とか?」

 「そ、そんな物は無いと思うけど……」

バーティフューラーは落胆し、大きく溜め息を吐いた。

 「何なのアンタ……もう良いわ。
  アンタには種を明かすから、アタシの質問に正直に答えなさい」

 「は、はい。
  その前に……取り敢えず、離れて貰えませんか?
  落ち着きません」

バーティフューラーは聞こえよがしに舌打ちをし、ラビゾーを解放した。

 「ここから出る事は諦めなさい。
  そこの戸は、外からでないと開けられない様になってるから」

小心者のラビゾーは、彼女に怯えながらも、ほっと息を抜いたのだった。

549 :創る名無しに見る名無し:2011/09/13(火) 19:28:42.32 ID:a8+caGY2
何時の間にか、豚小屋は静かになっていた。
バーティフューラーは豚小屋に積まれた干草の上に座り、ラビゾーを手招いて、隣に座る様に促した。
ラビゾーは警戒を解かず、彼女と1身程距離を開けて、立ち通した。
バーティフューラーは不満気であったが、強要はせず、話を始める。

 「アタシは『色欲の踊り子<ラスト・ダンサー>』って言う、『旧い魔法使い<オールド・マジシャン>』の裔。
  アンタ、『旧き征服者<オールド・コンクエラーズ>』って知ってる?」

ラビゾーは静かに首を横に振った。

 「『旧き征服者』って言うのは、人を衝き動かす物の事。
  あらゆる情動、あらゆる妄念、あらゆる欲望。
  抗い難い無意識の領域に名を与える事で、それを自分ではない何者かの所為にして、
  旧暦(むかし)の人は、自制心を保ったの。
  人の醜い部分を『旧き征服者』に押し付けたのよ。
  何か悪い事をしてしまったら、それは全部『旧き征服者』の仕業だって……」

ラビゾーは興味深くバーティフューラーの話を聞いていた。

 「『色欲の踊り子』は、旧暦では、『旧き征服者』を呼び起こす、悪魔の使いと蔑まれていたわ」

 「それは旧暦の迷信――」

ラビゾーが口を挟もうとすると、バーティフューラーが遮る。

 「本当に、そう思う?」

彼女の瞳は真剣だった。

 「どうしてアタシが村外れに住んでいるか……その理由が解る?」

ラビゾーは、どきりとして口を噤んだ。

 「それは…………アタシが村にいると、村中の男共を虜にしてしまうからなんだよ」

陽の加減か、バーティフューラーの髪は、栗色から徐々に濃くなり、闇の様な深い青に変わって行く。
暗かった瞳の色は、逆に明るさを増して、美しい翠になる。
それはラビゾーの記憶の中の誰かに似ていた。
輪郭を求め、目を凝らせば、とても懐かしく、切ない気持ちになる。

 「君は……――」

しかし、彼女の名を思い出す事は出来ない。
それは奪われた名前に深く繋がっている存在だから……。

550 :創る名無しに見る名無し:2011/09/14(水) 21:18:21.95 ID:15w76mh0
ラビゾーの変化を察して、バーティフューラーは立ち上がった。

 「貴方の目には何が見えるの?」

静かに歩み寄るバーティフューラー。
ラビゾーは無言で首を横に振り、悲し気に彼女を見詰めて後退る。

 「今、貴方が見ている物は、貴方が求めて止まなかった物。
  どう?
  これでも迷信だなんて言える?」

バーティフューラーと青い髪の女。
ラビゾーの目には、2人の影が交互に映る。
どちらを見るべきか、彼には分からない。

 「未だ逃げるの?
  そんなに女が怖い?」

 「わ、分からない……」

この返事をバーティフューラーは逃避と受け取ったが、ラビゾーは本当に何も分からなかった。
青い髪の女の正体も、自分の心も分からなかった。

 「貴方は何も悪くない。
  貴方の苦しみの原因は『旧き征服者』――何も彼も『旧き征服者』が悪いのよ」

 「違うんだ……僕は……」

ラビゾーは完全にバーティフューラーの術中に落ちて、正気を失っていた。
もう彼にはバーティフューラーの姿は見えなくなっていた。
聞こえる声も全く違っている。

 「……何も彼も『旧き征服者』の所為にする事は出来ないと言うのね?
  だったら、恐れないで……貴方の内に潜む心を、貴方を衝き動かす物を受け容れて……」

 「違うんだ……君は何も解っていない……」

壁際に追い詰められても、尚、ラビゾーは抵抗する。

 「私に全てを委ねて――」

唇を重ねようとするバーティフューラーを、ラビゾーは突き飛ばした。

 「違うんだ……。
  それは出来ないんだ。
  出来ないんだよぉ……!」

両膝と両手を突いて、泥に塗れた床に崩れ、ラビゾーは嗚咽を堪えて泣いた。
バーティフューラーは呆気に取られて立ち尽くす他に無かった。
こんな男は見た事が無かった。

551 :創る名無しに見る名無し:2011/09/14(水) 21:21:09.90 ID:15w76mh0
これから何をどうした物か、バーティフューラーは困り果てた。

 (無理無理、これはアタシの手には余るわ……。
  外の男ってのは、皆こんな変なのばっかりなのかしら……?)

ラビゾーの事は諦めて、大きな黒豚の様子を窺うと、何時の間にか雌豚に圧し掛かっている。

 「お前も何なの……?
  不能じゃなかったの?
  アタシの愛の手解きは不満だった訳?
  今日は散々ね……自信が無くなるわ」

バーティフューラーは溜め息を吐いた。
それを切っ掛けに、段々虚しさが込み上げて来る。
ラビゾーに自分の魅力を否定され、魔法さえも否定されてしまった。
女として恥を掻かされたのだ。
依頼を受けた『色欲の踊り子』としても、面目が立たない。
その男は女々しく泣いている。
無性に腹が立って、バーティフューラーはラビゾーを足蹴にした。

 「泣きたいのは……こっちの方よっ!」

ラビゾーは怒りと困惑の眼差しを彼女に向けたが、それも一瞬の事で、直ぐに冷静になり、
周囲を見回した後、今度は懐疑の眼差しでバーティフューラーを見詰めた。
魔法の魅了効果が解けたのだ。
彼は幻の女の影を、バーティフューラーから探ろうとしていた。
それが一層腹立たしく、バーティフューラーはラビゾーを睨み付けた。

552 :創る名無しに見る名無し:2011/09/14(水) 21:22:21.32 ID:15w76mh0
バーティフューラーの仕打ちは、ラビゾーにとっては理不尽極まりない物だったが、
彼女には彼女なりの事情があった。
徒に人を魅了するが故に、バーティフューラーの一族は、村を離れて暮らす事を余儀なくされた。
代々の当主は魔法使いの血を絶やさない為に、村人と折り合いを付け、婿を1人受け入れる。
婿は一族と同じく、隔離されて暮らす。
それは決して悲しい事ではなく、魔法使いとしての実力を認められての物であり、誇るべき事。
ラビゾーの態度は、「一族の一員である彼女」を否定する物に映ったのである。
実際、ラビゾーは彼自身の信義と常識を貫く事で、意識的にではないにせよ、
「バーティフューラー」の在り方を否定していた。

553 :創る名無しに見る名無し:2011/09/14(水) 21:36:41.25 ID:15w76mh0
ラビゾーの視線を疎ましく感じたバーティフューラーは、軽蔑した態度で威嚇する。

 「何じろじろ見てんのよ!
  嫌らしい!」

 「違う、その……あの女の人は?
  髪が青くて、翠の目の……」

ラビゾーは好色の目でバーティフューラーを見ていない事を、暗に主張したが、彼女にとっては、
「自分」を見て貰えない事の方が、より屈辱である。

 「何が違うのよ?
  それが嫌らしいっつってんの!
  アンタが勝手に見た幻なんて、アタシが知るわけないでしょ!?」

機嫌の悪さを隠さないバーティフューラーに、ラビゾーは萎縮し、暫し沈黙した。
確かに、青い髪の女はラビゾーの記憶が作り出した幻である。
バーティフューラーに尋ねても、判る筈が無い。
しかし、名前を奪われたラビゾーにとっては、忘れ難い存在であった。
「彼女」に魅了されていた間だけは、欠けた記憶が戻っていた様な気がするのだ。

 「……何だか、夢を見ていた気分なんです。
  あの女の人は、何と言うか、その……」

 「何?
  アンタの恋人とか?」

 「そう言うのとは違う……と思いますけど、とても大事な人だった様な……気がする……様な……」

自信無さ気に俯くラビゾーに、バーティフューラーは何度目か知れない溜め息で応えた。

 「アンタ、はっきりしない奴だから、勝手に独りで想いを寄せてたとかでしょ……所謂片想い」

それにしては意味不明な反応だったと、バーティフューラーは自分で言いながら思い返した。
完全に魔法に掛かって、半覚醒状態でありながら、好意を寄せている相手を拒む。
愛の形は人それぞれとは言え、つくづく外の人間は変な生き物だと……。
その矛盾した愛に、バーティフューラーは興味を引かれた。

554 :創る名無しに見る名無し:2011/09/16(金) 20:33:12.02 ID:RdtdMVXU
それから気不味い沈黙が訪れる。
ラビゾーはバーティフューラーに冷たく遇われたので、再び彼女に話し掛ける事を躊躇っていた。
バーティフューラーはラビゾーの出方を静かに窺っていた。
彼女に見詰められ続けたラビゾーは、何だか会話を催促されている様で、堪らず尋ねる。

 「……あの、バーティフューラーさん……豚の件は?」

 「もう終わったわよ」

彼が女の幻影に惑わされている間に、豚は交尾を終えていた。
バーティフューラーは不機嫌だったが、突き放す様な態度ではなかったので、ラビゾーは少し安心する。

 「あ、終わったんですか……。
  それは良かったです」

 (何が『良かった』なのよ?)

無神経なラビゾーの発言に、バーティフューラーは心の中で毒吐いた。
しかし、不貞腐れる彼女に構わず、ラビゾーは豚小屋の唯一の出入り口である、開き戸を調べ始める。
用が済んだ今、ラビゾーの心は早く臭い豚小屋から出る事に決まっていた。
押したり、引いたり、叩いたり。
ラビゾーは何とか戸を開けようとする。

 「ム……困りましたね……、開きません……。
  どうすれば良いんでしょう?」

流石に他人の家の物なので、乱暴に扱う訳にも行かず、どうすれば良いか、
ラビゾーはバーティフューラーに意見を求めたが、彼女は無言であった。
バーティフューラーは落胆していた。
彼女は心密かに期待していたのだ。
外の人なら、自分を恐れずに受け容れてくれるのではないかと……。
閉鎖的な嫌いのある村の中で、疎外されている者同士、慰め合う事が出来ると思っていた。
所が、期待の男は徹底してバーティフューラーに抗い、拒んだ。
今も、こうして彼女から離れようとしている。

555 :創る名無しに見る名無し:2011/09/16(金) 20:35:57.89 ID:RdtdMVXU
バーティフューラーは、この惚けた男に、今の状況に陥った裏事情を暴露すると決めた。
同情や親切からではなく、猜疑心を植え付ける、意地悪の積もりで。

 「アンタは可哀想な人ね……。
  戸が開かないのは、立て付けが悪いからじゃないわ。
  外から閂が掛かってるからよ」

彼女が言った「可哀想」の意味を、「頭が弱い」と受け取ったラビゾーは、澄ました顔で反論する。

 「それは判ってますよ」

勘違いしている様が滑稽で、バーティフューラーは失笑した。

 「何故こんな状況になったのか……考えないの?」

 「何故って……それは……」

 「豚が何だ、どうしたってのは口実よ。
  アンタはアタシに捧げられた贄なの」

ラビゾーは悪寒を感じて、戸を構う手を止めて振り返った。
しかし、バーティフューラーの纏う雰囲気には変化が無い。
彼女は魔法を使う気は無かった。

 「トロウィヤウィッチの魔法は、人を虜にする。
  トロウィヤウィッチの魔法を使うバーティフューラーの一族は、村中の男を惑わすから、
  女達に疎まれた。
  バーティフューラーは、村から離れて暮らす代わりに、年頃になると、捧げ物として婿を取る。
  恐れられ、疎まれながらも、魔法を存えさせる為に……」

バーティフューラーの声は涙ぐんでいた。
必殺の泣き落としである。

 「誰も彼も、バーティフューラーに婿を送る事を嫌がったわ。
  トロウィヤウィッチの魔法は、女の血統。
  生まれるのは女ばかりで、男の血は絶えるから……」

ラビゾーは表向き真面目な顔で、彼女の話を聞いていた。

556 :創る名無しに見る名無し:2011/09/16(金) 20:37:40.26 ID:RdtdMVXU
バーティフューラーは感極まった調子で語る。

 「アンタは何も知らないから、村の連中に利用されたのよ。
  アンタの師匠も、この事は知っていた。
  でもね……アタシは、それでも別に良いと思っていたの。
  何も知らないアンタなら、アタシを受け容れてくれるんじゃないかって……。
  ふふふ、馬鹿よね……しっかり拒まれちゃって」

彼女は完璧に悲劇のヒロインを演じ切った積もりだったが、ラビゾーは同情するより、
面倒臭い女だと思っていた。

 「……でも、魔法で人の心を操るのは駄目ですよ」

何処までも己の信義に忠実な――と言えば聞こえは良いが、平たく言えば頭の固い男であった。

 「長く付き合って信頼を築き、お互い好き合う者同士、合意の上で付き合うのが最良だと思います」

ラビゾーは真剣だった。
バーティフューラーは泣き真似しながら、「こいつ馬鹿じゃないのか」と呆れ果てた。

557 :創る名無しに見る名無し:2011/09/16(金) 20:46:13.15 ID:RdtdMVXU
間も無く、豚の飼い主である婦人が、閂を外して戸を開けた。
婦人は意味深に、汚れた衣服のラビゾーを見詰めながら、2人を豚小屋の外に出す。

 「豚の件は終わったから」

バーティフューラーは豚小屋から出るなり、そう婦人に告げて、さっさと1人で帰ろうとした。

 「送って行かないの?」

ラビゾーは婦人に促され、一応家まで一緒に行った方が良いのか迷ったが……。

 「必要無いわ。
  ……アンタなんかに」

バーティフューラーに先んじて断られた。
その如何にも訳あり気な断り方に、婦人のラビゾーを見る目は、怪訝な物に変わった。
それに気付いたラビゾーは、何と言い訳した物か、大いに悩んだ後、
お互いに隠し事は無しにすべきと考え、疑問に思っている事を全部吐き出そうと決心した。

 「あの……」

しかし、思い切りが悪く、おどおどしていたので、またしても先んじて質問されてしまう。

 「ラビゾー、こんな事聞くのは何だけど……あなた何したの?」

 「えっ……いえ、いいえ、何もしてませんよ!」

ラビゾーが慌てて否定すると、婦人は大層驚いた。

 「えっ!?」

 「えっ……?」

 「何もしてないの!?」

 「えっ、……え?
  何もしてません……よ?」

婦人はラビゾーを、頭の先から爪先まで、まじまじと観察し、小さく呟いた。

 「好みじゃなかったとか……?
  そんなに悪い男には見えないけど……見えない所に問題があったのかしら……」

ラビゾーは深く傷付いた。
そして、今度こそ自分の話を聞いて貰おうと、意志を固める。

 「そんな事より、どうして豚小屋に鍵を掛けたんですか?」

抗議の意味も込めて、少々厳し目の言い方。
婦人は決まり悪そうに苦笑いした。

558 :創る名無しに見る名無し:2011/09/16(金) 20:49:31.66 ID:RdtdMVXU
 「あはは……。
  バーティフューラーのキャロは、村の者に会うと良い顔をしないからさ、どうも気が引けて……。
  そんな時、偶々マハマハリトさんに例の豚の話をしたら、ラビゾーに任せれば良いって」

 「師匠が……」

 「騙す様で、私も悪いとは思ったんだけど……」

ラビゾーは脱力して肩を落とした。
師が何らかの形で関わっている事は、バーティフューラーの言葉から予想出来た。
この結果も、師の計算通りなのかと思うと、ラビゾーは割り切れない気持ちになる。
何か理由があるのなら、自分を信頼して、それを話して貰いたかった。

 「この儘だと童貞を拗らせて死ぬから、一発やってしまえば考えも変わるとか何とか……。
  あ、マハマハリトさんが言ってたんだからね」

 「師匠……」

ラビゾーも自分の性格に難がある事は自覚していた。
その為に、彼の知らぬ所で、師が所で心を砕いている事は知っているので、
気を遣わせてしまっている事を、心苦しくも思っている。
しかし、今回ばかりは感謝する気になれなかった。
顰めっ面のラビゾーに、婦人は言う。

 「あの子は、悪い娘じゃないんだけど……魔法が魔法だからさ……。
  私達としても、どう付き合うべきか、困っているの。
  村には色んな魔法使いの子孫がいるから、小さい事は気にしないし、
  本当は仲良くやって行きたいんだけどね……だらしない男共が……」

話の内容からラビゾーは、村の女達に疎まれているのは、バーティフューラー自身と言うより、
彼女の魔法の方ではないかと思った。
バーティフューラーは大きな誤解をしているのかも知れない。

 (まさか……僕に解決しろと?)

師が自分とバーティフューラーを引き合わせたのは、この為ではないかと、ラビゾーは独り合点した。
師は無意味な事をする人物ではない――と、彼は思い込みたかった。

559 :創る名無しに見る名無し:2011/09/16(金) 21:00:26.95 ID:RdtdMVXU
これがラビゾーとバーティフューラーの出会いである。
後に、バーティフューラーと村民の関係は、僅かながら好転する。

560 :創る名無しに見る名無し:2011/09/16(金) 21:01:07.04 ID:RdtdMVXU
(何がラヴィゾールよ……! 巫山戯た名前……)


「バーティフューラーのカローディア、お前さんに会わせたい人がいる」

「……誰?」

「ラヴィゾールと言う。儂の弟子だよ」

「ラヴィゾール……?」

「良い名前じゃろう? 外の若者だ」

「噂話は知ってるけど……そのラヴィゾールとか言う外の人は、何なの?
 そんなにアタシに会わせたい?」

「お互い若い者同士、学べる事が多かろうと思うての……」

「悪いけど、マハマハリトさん……人に良くするなんて、アタシには無理よ。
 大体、この魔法は一族の物だから、人から学ぶ事なんて何も……況して、教える事なんて――」

「そうではない。会えば解ろう」

「……男を私に会わせるって事は、どう言う事か、知らない訳じゃないでしょ?」

「うむ。好きにするが良い」

「マハマハリトさんの弟子じゃないの?」

「構わんよ。女を教えてやってくれ」

「あら……後で何を言っても遅いわよ」


(――ラヴィゾール……アンタの愛は何処……?)

561 :創る名無しに見る名無し:2011/09/17(土) 20:11:12.22 ID:MJuakj0q
一つ、声を聞いて呪われる。
二つ、姿を見て呪われる。
三つ、匂い芳い呪われる。
四つ、肌に触れて呪われる。
五つ、肉を味わい呪われる。
六つ、気配を察して呪われる。
七つ、魔法で呪われる。
七感の悉く逃れる術無し。
彼は『旧い魔法使い<オールド・マジシャン>』。
その一挙手一投足、存在その物が魔法。
彼こそ真の魔法使い。

562 :創る名無しに見る名無し:2011/09/17(土) 20:13:33.00 ID:MJuakj0q
アラ・マハラータ・マハマハリト


アラ・マハラータ・マハマハリトは旧い魔法使いである。
襤褸のローブに、ウィザードハット、如何にも古めかしい魔法使いの容姿をした老人。
多くの旧い魔法使いと交流があり、彼等の尊敬を集める存在でありながら、
その中でもマハマハリトの魔法を知っている者は少ない。
どの系統にも属さない、多種多様な魔法を使うが、どれも効果の小さい物や、詐欺紛いの物ばかり。
本人は旧暦から生き続けていると自称しており、何百歳とも何千歳とも噂されている。
その為、永く生きていると言うだけで、尊敬されている節がある。
弟子のラビゾーですら、マハマハリトの事は殆ど知らない。

563 :創る名無しに見る名無し:2011/09/17(土) 20:14:51.14 ID:MJuakj0q
マハマハリトは言動が胡散臭い為に、ラビゾーから魔法使いとして、余り高く評価されていない。
ラビゾーが師を尊敬する理由は、専ら生活面において世話になっているからである。
マハマハリトは一所に留まる事が無く、禁断の地で暮らしていた間も、誰にも行き先を告げずに、
ふらふらと出掛ける事が多かった。
本当に稀にではあるが、ラビゾーに魔法の何たるかを説いたり、適当な課題を与えたり、
それなりに師らしい振る舞いを見せてはいたが、基本的には放任主義。
魔法資質の高さを披露する事も無かった為、ラビゾーが疑問を抱くのも当然であった。
それでもラビゾーより優れた魔法使いである事は、確実だが……。

564 :創る名無しに見る名無し:2011/09/18(日) 18:36:19.17 ID:ypQyld+C
禁断の地で暮らしている間、ラビゾーはマハマハリトが何処へ行くのか、尾行した事がある。
しかし、何時も途中で見失い、禁断の地の中心に向かっているらしい事しか、判らなかった。
禁断の地の森には危険な魔法生物が徘徊しており、村の者が立ち入らない様に、
道に迷わせて村に戻る、幻惑の魔法が掛けられている。
加えて、禁断の地の中心に近付けば近付く程、魔法生物は強力になる。
よって、禁断の地を自由に移動出来る者は、魔法生物を往なす術を持ち、
更に幻惑の魔法を無効化する術を持っていなくてはならない。
マハマハリトは相当な実力の魔法使いである――と推測出来るが、ラビゾーの考えは違った。
幻惑の魔法は、仕組みが判っていれば、解くのは比較的容易。
マハマハリトは、それを知っているか、施術者に無効化して貰っている。
魔法生物に関しても、禁断の地の村が襲われないのと同じく、接触を避ける方法があると睨んでいた。

565 :創る名無しに見る名無し:2011/09/18(日) 18:37:15.39 ID:ypQyld+C
では、マハマハリトは何をしに、禁断の地の中心に行っているのか?
ラビゾーは、それを尋ねた事がある。
よく晴れた、ある秋の日。
夕餉の時間であった。

 「師匠は毎度毎度、何処に出掛けてるんですか?」

 「お前さんと違って、儂は忙しいんでの」

適当に逸らかされ、ラビゾーは追求するか迷ったが、気になる事を放っては置けなかった。

 「……師匠、森の中心に向かってましたよね?
  禁断の地の中心部には、魔法大戦の遺産が眠っているとか……。
  何かあるんですか?」

 「お前さんが思ってる様な物は、何もありゃせんよ」

 「そんな即物的な考えで言ったんじゃなくてですね、僕が言いたいのは――」

 「だから、何も無いと言っておる」

しつこいラビゾーに呆れた風に、マハマハリトは遮断した。
聞いてはならない事だったと思ったラビゾーは、小声で「済みません」と呟いて俯く。

566 :創る名無しに見る名無し:2011/09/18(日) 18:37:37.84 ID:ypQyld+C
それから2人共、無言で食事を続けたが、食べ終わる頃になって、マハマハリトから口を利く。

 「……ラヴィゾール、お前は何故……何故、森の外ばかり見ている?」

 「森の外?
  いや、見えませんけど……」

森の中から、外の風景は見えない。
それをラビゾーは素直に答えた。
彼の頭の固さに、マハマハリトは溜め息を吐く。

 「見える見えないではない。
  森の外を向いて、遠くばかり見詰めているのは何故だ?
  それを訊いとる」

 「……外にいた時の記憶が残ってるからですかね……。
  どうにも落ち着かない時があるんです。
  ここに居て良いのか……。
  何と無く、何時か森を出る日が来ると言うか……出なきゃいけない気がするんです」

 「成る程」

 「もしかしたら、これが郷愁なのかも知れません。
  家族の事とか、憶えてないですから……そう言って良い物か解りませんけど……」

マハマハリトは頷きながらラビゾーの話を聞いていた。

 「そうだな……儂も先の事を考える時が来たのかも知れん」

意味深な台詞を残して、マハマハリトは席を立つ。
これが、師が禁断の地を発つ切っ掛けになろうとは、当時のラビゾーは思いもしなかった。

567 :創る名無しに見る名無し:2011/09/20(火) 22:08:02.23 ID:5tDTrb8s
プラネッタ先生の講義


皆さん、今日は。
今回は魔法の発生について勉強しましょう。
皆さんは、『魔法<マジック>』の対義語を御存知でしょうか?
『魔法』の対義語は『理法<ロジック>』です。
理とは、物理・化学的な領域の事です。
魔とは、そう言った学問では扱えない神秘の領域と、旧暦では考えられていました。
科学的な法則に囚われない、魔の力。
それを扱うのが、魔の法――即ち、魔法なのです。

 「魔法で魔力を使う」

公学校の魔法の授業で最初に習う事ですから、忘れている人も多いでしょう。
『魔法』には、「魔力を使う為の法」と、「魔力が引き起こす現象」の、2つの意味があります。
共通魔法では、前者を『呪文<スペル>』、後者を『効果<エフェクト>』と言います。
共通魔法を「コモン・マジック」ではなく「コモン・スペル」と言う由来ですね。
『効果』は魔法研究関連の組織に属していない人には、耳慣れない単語かも知れません。

568 :創る名無しに見る名無し:2011/09/20(火) 22:08:28.65 ID:5tDTrb8s
魔法の始まりは、旧暦の呪術的儀式にあると考えられています。
共通魔法では、魔法陣を描いたり、呪文を唱えたりして、魔法を使いますが、
これは「呪文」と「効果」の関係が判っているから可能な事です。
それが明確でなかった旧暦では、人々は魔法を使う為に、試行錯誤を繰り返しました。
しかし、旧暦の人々は、一度魔法が成功すると、他の方法を試そうとしなかったので、
似た様な効果の不完全な魔法が数多く生まれました。
その結果、『詠唱<チャント/アリア>』、『描文<ライト/ドロー>』、『儀式<セレモニー/ライト>』、
各々を主とする流派が興り、魔法技術の発達と共に、旧暦は魔法勢力が群雄割拠する、
争覇の時代へと移ります。

569 :創る名無しに見る名無し:2011/09/20(火) 22:08:59.10 ID:5tDTrb8s
儀式を主とする魔法流派は、最良の状態の魔法資質を引き出す事……集中力を高め、
生体リズムを整える事を重視しました。
一方で、詠唱や描文を主とする魔法流派は、「呪文」と「効果」の関係に気付き始めます。

 「特定の音韻や文様が、特定の現象の引き鉄となる」

これを知った旧暦の魔法使い達は、魔法技術を独占する為に、詠唱や描文を複雑にしました。
呪文の暗号化です。
旧暦の魔法呪文の中で、魔法の発動に本当に必要な物は、一部だけ。
この「一部」を『真言語<フィアット>』と言います。
共通魔法は真言語のみで構成されています。

570 :創る名無しに見る名無し:2011/09/21(水) 18:40:01.69 ID:agM//fHb
旧暦、共通魔法が他の魔法流派に攻撃された理由は、この真言語を明らかにした事で、
魔法の神秘性を失わせたからです。
論理的に魔法を使う現在では、「魔法」と「理法」を区別しなくなりましたが、旧暦では、
特別な者にしか扱えない奇跡の力とされていた、魔法の仕組みを解明する行為は、
神秘の領域を冒す物として、敵視されました。
当時、禁忌とされていた、魔法の仕組みの解明……。
それを行っていたのは、共通魔法使いだけではありませんでした。
他流派の魔法を『解読<デコード>』して、再度暗号化し、自らの流派の魔法として取り入れる、
魔法流派同士のスパイ合戦も、旧暦では盛んに行われていたのです。
故に、旧暦の魔法使いは、余程特殊な魔法形式を除き、不特定多数の者が見ている前で、
公に魔法を使う事は、殆どありませんでした。
しかし、それでは魔法の偉大さを信じさせて、魔法勢力を拡大する事が出来ません。
そこで、より複雑な呪文の暗号化が行われました。

571 :創る名無しに見る名無し:2011/09/21(水) 18:41:29.22 ID:agM//fHb
旧暦では、呪文を暗号化する際に、真言語による発動を妨害しない様、可能な限り干渉を抑えた、
『空言語<ナンセンス>』が発達しました。
同時に、暗号化の副産物として、複数の魔法を組み合わせる、合成魔法が誕生しました。
空言語は、魔法の発動には全く関係しませんが、魔法の特定を避けるフェイクとして、
実戦でも多く用いられていました。
共通魔法では、空言語を使わない代わりに、高速詠唱・描文で、速やかに魔法を発動させ、
防御の隙を与えない様にしています。

572 :創る名無しに見る名無し:2011/09/21(水) 18:42:32.01 ID:agM//fHb
この真言語も、空言語も、旧暦では全くと言って良い程、知られていませんでした。
その様な概念を持たない魔法の方が、圧倒的に多かったのです。
真言語・空言語を、明確に意識して使い分けていた魔法流派でも、指導者クラスの人物しか、
その意味を知りませんでした。
末端の魔法使いは、教わった魔法を使うだけ。
旧暦では、魔法の仕組みに関わる事は、「秘して明かさず」が基本だったのです。

573 :創る名無しに見る名無し:2011/09/21(水) 18:42:57.68 ID:agM//fHb
元は力無き人々が、自らの能力では遠く叶わない願いを、成就させる為に始めた、呪術儀式。
旧暦の人々は、人知の及ばない領域を、魔の領域として、それを操る方法――
魔法を懸命に探しました。
探求の果てに、漸く発見した魔法。
しかし、発見者は魔法を広めようとはせず、技術の独占を目論みました。
結果、魔法が使える者と使えない者の間で格差が生じ、それは魔法の発展と共に、
覆し難い物となって行きました。
魔法使いは権力闘争に明け暮れ、人の願いを叶える為の魔法は、人を貶め呪う物へと、
変わって行きます。
旧暦……多くの魔法使いが生まれ、争い、そして滅んで行った時代。
これから魔導師を志す皆さんには、旧暦の歴史を忘れないで貰いたいと思います。

574 :創る名無しに見る名無し:2011/09/21(水) 18:43:28.09 ID:agM//fHb
今日の講義は、ここまで。
次回は旧い魔法使いの禁忌について勉強しましょう。

575 : 忍法帖【Lv=1,xxxP】 :2011/09/22(木) 19:49:05.22 ID:M5GcwtTJ
このスレも容量限界が近づいてまいりました
放置すれば落ちるでしょう
落ちたところで新スレを建てたいと思っています

576 :創る名無しに見る名無し:2011/09/22(木) 19:50:43.68 ID:M5GcwtTJ
やっぱり忍法帖レベル上げ直しか……
スレ建ては最短でも十日後になるな

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